メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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第三章、始まりま〜す(^^)


第三章 〜雷の集落〜
76.五色の虹


 

ここはノレオフォール大陸、グラッダより北西に離れた位置にある小さな港町セピリア。

交易やいくつもの店が立ち並び、漁師は海に住む食用魔物を捕らえに海へと足を運び、住人達は活気に満ちたごくごく平和などこにでもあるような日常の風景。

 

「今日も獲れたての新鮮な魚がいっぱいだよー!」

 

「ちなみに今日の一番の功労賞はギダさん!24mクラスのウォッグシャークを一本釣りしたらしいぜ!ヒャッホーイ!」

 

「そりゃスゲェ!ウォッグシャークといやぁ、ここらじゃ一番大きな魔物じゃねぇか!?しかも平均サイズ18mを遥かに上回るサイズを一本釣りときたか!」

 

「さすが、元はリーノイアで国王直属の部隊に配属されてただけのことはある!」

 

がやがや、と今日も漁から帰ってきた猛者達を海から歓迎し、オレンジ色に染まり始めた海の向こうに沈む太陽と水平線を眺めながら今日という一日は静かに終わりを告げようとしていた。

−−−そのはずであった。

 

「だ、誰かー!そこのフード被った奴を捕まえてくれ!食い逃げだ!」

 

−−−両手にフライパンを持ったシェフが走る、目の前に走る深緑のフード付きのコートを目深に被った者は片手に

新聞を持ち、口には骨つき肉を咥えていた。

もう片方の手には身の丈を超える長い包みの棒の先端に小包を引っ掛けている装いである。

誰がどう見てもこの者が食い逃げをしたというのだろう。

周囲の人々は食い逃げ犯のあまりにも奇怪な服装に近づけずにその場に立ち尽くしていた。

 

(ここにもいなかった、一体どこにいるってんだ?)

 

−−−故郷を出発し、かれこれ探し始めて約半年。

大陸を歩き回り、思い当たる場所はしらみ潰しに行ったのだが、どうも上手くいかなかった。

 

食い逃げ犯は新聞の一面を読みながらシェフから逃げる。

曲がり角を曲がり、家と家の間の路地に入り込みセピリアから出ようと南を目指して走っていた。

 

「−−−俺の(未来の)嫁」

 

彼、食い逃げ犯は男性特有の変声期を終えた低い声色で小さく呟いた。

男は新聞を脇に挟み、骨つき肉の骨を手掴み、肉をむしゃりと噛み千切った。

 

夕日を背に男はあてもなく走り続けた。

 

 

 

ルナが目を覚ましてから六日が経過した。

グラッダの空には五色の虹の橋が架かっており、一色は消えかかっている。

雨も止んでおり、雨季は過ぎ去っていた。

虹の色の数から今年の雨季は五日であったことがわかる。

 

「次はあっちに行ってみるか」

 

こくん。

 

「ま、あまり長くウロウロしてたら姉貴にどやされちまう。次で最後にしようぜ」

 

こくん。

 

ハルクの言葉にルナは縦に頷くばかりで会話はない。

そんな様子にハルクはどこか寂しげな笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、そろそろ戻るか」

 

「大丈夫だハルク。何のために俺が付いてきたと思ってるんだよ?」

 

ハルクとルナの後ろについて歩いてるライムが溜息を吐きながらハルクに話しかける。

ハルクは乾いた笑みを浮かべつつもどこか焦った様子でライムに応えを返す。

 

「でもよぉ、心配になるだろ。目が覚めてくれたのは本当にありがたいが病み上がりなんだからよ」

 

「まぁ、そりゃそうだが」

 

それでも少しは信用してくれてもいいんじゃね?と思ったライムは少しだけ機嫌を損ねる。

だが、完全に信用されないのも無理はなかった。

 

−−−結局、ルナの記憶は戻らなかった。

主治医のティルナと何度も診察し検査したのだが、どうやってもライム達の力では彼女の記憶を以前のものに戻すことは不可能とわかってしまった。

記憶、という存在そのものが厄介であり人間の身体や建物のように決まった形があるわけではない。

特に今回ルナの脳にダメージを受けた部分は思い出などを保存する組織であり、いわゆるメモリー記憶とかいうやつである。

 

いくら脳を治療しようとも失ってしまった記憶は元には戻らない。

精密機械のハードディスクデータが吹っ飛んでしまったものと考えればわかりやすいかもしれない。

他にも言語機能もダメージを受けてしまっており、言葉を理解することはおろか話すことすらも難しいかもしれない。

 

最初のうちはハルクも現実を受け入れられずに三日間部屋に篭りっぱなしだったが、姉であるハルキの叱責とルナの登場により少しずつだが、現実と、ルナ・シノハラと正面から向かい合う姿勢を取っている。

 

『ライム君達は全力を尽くした、ルナちゃんも目が覚めた!たしかに、前みたいに話したり笑いあったり、今までの思い出もなくなっちゃったかもしれないけど、それならこれから楽しい思い出を作ればいい話よ!記憶も絶対に戻らないって決まったわけじゃない、いつまでも女々しくしてんじゃないよ愚弟!現実と、あんたの惚れた女としっかり向き合いな!』

 

と、そんなことを二時間くらいハルクに浴びせた後頬を一発ぶん殴ったという次第である。

未だにハルクの頬には殴られた痕がしっかりと残っている。

 

「ライム」

 

「うん?」

 

「.....あのときは、怒鳴って悪かった。お前は必死になってくれてたのに、礼の一つもなしに」

 

「.....そのことならもういいって言っただろ?慣れてるし、俺もルナさんを救えなかったんだ。あれくらいのことは覚悟してたさ」

 

「あ、あれくらいって」

 

キュ、とルナはハルクの服の裾を引っ張る。

言葉が通じ合っているのかわからないが、ルナはどこか怒った様子で頬を軽く膨らませていた。

 

「ルナ.....」

 

以前のルナであれば、『もう、そういうこと言っちゃダメでしょ!』と人差し指を立てながら説教をしていただろう。

ハルクにはその光景が目に見えてしまい、プッと吹き出してしまう。

 

「ハルク?」

 

「あぁ、悪い。そうだよな、ルナ」

 

ハルクは目尻に涙を浮かべながら空いた方の手を口元に近づける。

また煙草を吸うのかと思えば手には何もなかった。

 

「.....チクショウ、癖ってのは中々直らねぇもんだな。悪いなライム、もう少しだけウロウロさせてくれ」

 

「だから、いいって言ってるだろ」

 

二人は笑う、心の底から以前のように友人同士の他愛のない会話で。

先ほどまでの鬱憤や暗い思いは消え、ルナだけは首を横に小さくこくりと傾げていた。

 

たしかにルナは記憶を失ったが、感情まで失ったわけではない。

まだわかりにくいが、ハルクの前では感情を露わにすることが非常に多い。

ライムの前、ミスティの前、レッドの前、ハルキの前、ティルナの前、シャリーの前では中々見せない笑顔もハルクの前では一番よく見せている気がする。

人間はまだわからないことが多い、ライムは目の前の仲睦まじく歩く二人を見ながらそんなことを思っていた。

 

 

 

その頃、ハルクの姉であるハルキはグラッダ一の酒場である「黒夜叉」にシャリーを連れてきていた。

決して子供に酒を飲ませるとかそういう魂胆があるわけではない。

 

臨時休業、と書かれた扉の奥にはグラッダの重鎮達が顔を揃えていた。

 

「でよ、ティロス亡き今誰がグラッダの町の代表になるかだ」

 

最初に口を開いたのは商店街を仕切っているバジルという老年の男。

本来であればティロスの実の娘であるシャリーがその職に就くべきなのだが、何分幼すぎる。

しかし、その席をいつまでも空けていては他の町にも示しがつかない上に雑務が溜まってしまう。

 

「イルバースでは、シャリーちゃんの年齢の子が代表してるみたいだけど?うちもそれでいいんじゃない、私らが支えばいいんだし」

 

反論したのはハルキ、見た目は幼いがこの中での発言力は一、二を争う。

 

「だが、グラッダには多くの行商人がやってくる。舐められぬためにも男が継ぐべきだ」

 

「男、なら問題ないと?」

 

「幼い女子よりもマシであろう」

 

ハルキはその言葉にムッとするが、同時に一人心当たりのある人物、というよりも身内の名前を出す。

 

「なら、うちの愚弟のハルクを補佐にしてシャリーちゃんをトップに据えるってことでいいんじゃない?」

 

「ハルクか」

 

ぬぅ、と顎に手を添えるバジル。

他にも賛成の声を上げるドケチガンコの兄弟、「黒夜叉」のオーナーであるビリヘイル。

この場にいる誰よりも権力のある五人が中心となって会話は進んでいく。

他に集まった十二人の町民達は賛否を決めるために集められた者達に過ぎなかった。

 

「私ほどじゃないにしろ腕っ節はある。そこらの賊なんかには負けないと思うよ、負けたら負けたで私がしごくけど」

 

いやぁこの町であんたに敵うやつなんていねぇよ、とその場の意見が心の中で一致した。

そんな中でビリヘイルが発言する。

 

「あいつは今イルバースでロブさんの元で働いているのだろ?ロブさんの手伝いを優先するべきではないのか?」

 

大恩あるロブさんのことよりも町のことを優先させてもいいのだろうか、というのがビリヘイルの意見であった。

 

かつてこのグラッダの町はロブ・ランダリー率いるランダリーファミリーに救われたことがある。

その時に幼いハルキとハルクも救われランダリーファミリーに加入することになるのだ。

 

−−−バジルが重々しく口を開く。

 

「それにハルクとてあんたの弟ではあるが、まだまだ若僧。世間を知らぬ井の中の蛙だ、この役職に就くには些か不安でもある」

 

「ルナちゃんのことだってある、今のハルクにそのような重役を与え仕事をこなす余裕があるとは思えないが」

 

バジルの言葉に乗ってきたのはビリヘイル。

二人の言うことも最もであるが、ここで誰かがシャリーの補佐に就かねば町は安泰とはとても言えない。

それにハルク以外の最適な人材がこのグラッダには残されていないことも事実である。

 

ドケチとガンコはそれぞれ店を持ち、バジルは老い先短い上に野心家であり暴走しがち、ビリヘイルもまた店の経営に時間を割かれる。

ハルキはというと面倒そうなのでやりたくないとのこと。

それにシャリーは極度の人見知り、ある程度慣れ親しんだ者の方がいいだろうというハルキなりの考慮だったらしいが、皆には上手く伝わらなかったようだった。

 

「−−−時間もねぇ、試しにそれでやってみるのもいいのでは?」

 

「ガンコ!」

 

「どちらにしろいつかは決めなきゃいけないんだ、それが早かれ遅かれ変わりはない」

 

ガンコの一押し、これによりバジルとビリヘイルもまた悩み始める。

彼の言うこともまた正論であったからだ、さらにドケチも後押しをかける。

 

「それに俺たちみたいな中年が出しゃばっても仕方ねぇだろ。若い世代に後のことは任せるのもアリなんじゃねーの?」

 

ドケチの言葉にビリヘイルは頷く、そろそろ自分も「黒夜叉」の経営をあいつに任せるか、なんてことも考えながら。

 

「俺はドケチの言うことに一理あると思うが、バジルさんはどうだ?」

 

「.....」

 

バジルは大きく息を吐いて、やれやれと言った様子で発言する。

 

「もし、何かあれば責任は取らんぞ」

 

お前何様だよこの老害、とハルキは心の中で悪態を吐きながら頷く。

 

「全ての責任は愚弟に」

 

(軽く弟を売りやがった)

 

(ハルクよ、強く生きるんだぞ)

 

(ドンマイ、ハルク)

 

(今度採れたての野菜やるか)

 

そんなわけで会議は終了したのだった。

同時に本人のいないところでハルクは重役に任命されたのだったが、本人がこのことを知るのは半日後のことである。




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