ミスティに大胆な告白をした怪しげな軽薄男はノルドと名乗った。
「いやぁ、マジナイスボン、キュッ、ボーン!ですわー!惚れ惚れしやすわ」
「ノルド君、だっけ?殴ってもいい?」
「中々大胆なアプローチ!そういうの嫌いじゃなーい!」
ヘーイ!と一人勝手に舞い上がってるノルドにゴミ虫を見るような目すらも向けることも放棄したライム達はそそくさとその場を立ち去った。
今は変態の相手をしている暇などない、せっかく買った食糧がダメになってしまったらどうしてくれよう。
「あいつのせいにすればいいんじゃないか。名前も丁寧に名乗ってくれたし」
「だな」
レッドとライムは真顔でそう呟いた。
ノルドという長い棒を持った不審な男の存在とはその場だけの出会いだけでありたいものである。
今もノルドは公衆の面前であるにも関わらず耳が痛くなるような音量で愛を叫んでいる、迷惑な話である。
未知との遭遇を済ませた二人と一羽は真っ直ぐ戻り、ハルキに買ってきた物の確認をしてもらった。
確認を終えたあたりでハルクとシャリーも帰宅した、二人は早速仕事に追われていたのだ。
ハルクとしては少しでもルナと一緒にいたいのだが、仕事なら仕方ないと割り切っている(はず)
買ってきた食材を調理するため台所に立ったライム、ハルク、ティルナの三人。
何とも奇妙な面子である、ここ数日の調理組も同じ面子で行われている。
ミスティに調理させるのを止めたのはライムで、ハルキを台所に立つことを許さなかったのはハルクとティルナである。
レッドは調理なんてできないし、ルナは調理できることはできるのだが現状それどころではない、シャリーは既にお疲れで口数よりも欠伸の数の方が多い。
ハルクが丁寧に野菜を切りながら口元に左手を近づける。
「チッ、ついやっちまうな」
「無理に我慢することないんじゃないか?もう何年も吸ってたんだろ」
「そういうわけにもいかねぇよ」
ハルクはルナが目を覚ましてから自主禁煙している。
散々周囲から止められてきていたのに今になってやめるなんて、ハルクの心境の変化が窺える。
鍋を煮込んでいるティルナはその様子を見てクスリと笑みをこぼす。
「−−−で、何だっけ?そのミスティちゃんに告った不審者の話だったか?」
「あぁ、気のせいかもしれないが誰かに似てるような気がしたんだよな」
「何だそりゃ、根拠もない。世の中似てる人間は五人いてもおかしくねぇだろ。世界ってのは広いようで狭いんだからよ」
「そうなんだけどなぁ」
ジャバジャバとハルクの切った野菜をライムが丁寧に洗いながら記憶を辿るように虚空を見上げる。
−−−そんなに昔の話ではない、つい最近な気もする。
「ライム」
ハルクの声に我に返ったライムは彼が冷や汗を流しながらこちらを凝視していることに気がつく。
「.....ビャルク、葉焼けてるぞ」
「うぉ!?」
普通の野菜よりも多くの水分を吸収するビャルクは他の野菜よりも葉焼けやすい。
サッと洗ってサッと回収するのが基本なのだが、考え事をしている内に思った以上の水分を吸ってしまったようだった。
そんなトラブルもあったが、無事に料理は完成し食卓に並んだ。
既に待機していたミスティ達は待っていました!とばかりにテーブルを囲っていた。
「ハルキさん、俺たち明日になったら出発します」
「急じゃない、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「まぁ、できるならそうしたいんですけど.....」
ライムはシャリシャリと焼いたビャルクを頬張りながら、ハルキはドリンクを飲みながら会話を進める。
なんか、買い出し中に現れた不審者とかもいるし。
初対面であのアプローチなのだからグラッダに滞在していればまたいつ出くわすかわからない。
無視すれば何の問題もないのだが、絡んでくること自体が面倒である。
まぁ、ハルキにその話をするのが面倒というのもあり説明は省く。
というか思い出すだけでも疲れてしまうため記憶の片隅にそっと置いておくことにした。
ハルキはライムとミスティ、レッドの顔を順に見渡してふぅ、と軽く息を吐く。
「そう、寂しくなるわね」
「仕方ないさ姉貴。元々ライム達は俺が無理頼んで来てもらったんだからよ、引き止めても仕方ねぇ」
「可愛い子には旅をさせろってこのことを言うのね」
「違うよ」
ズズズ、とハルキはスープを飲みながらしみじみと頷いた。
「−−−まぁ、それなら今夜くらいはゆっくりしていきなさいな。しばらくの間ここに戻るつもりはないんでしょ?」
「まぁ、そうですね」
元々この旅の目的は復讐にある。
今はライムの身の内に潜んでいるどす黒い憎悪という感情が表に出ない限り楽しい旅にはなるのだが、その憎悪すらも忘れてはならない。
それを忘れてしまえば本当に旅の意味がなくなってしまうのだから。
※
翌朝、ライム達は早朝に目を覚まして出発の準備を済ませ海の向こうから太陽が上がってきているのが見えた。
見送りに目を覚ましてくれたのはハルキとハルクの姉弟であった。
「しっかりやりなさいよ、それとまたいつでも来な!」
「本当お世話になりましたハルキさん、中途半端ですみませんでした」
「いいのよ、後はライム君の工夫次第でバリエーションは広がるから。私は基礎を教えただけ、それを忘れないで」
「はい、師匠!」
ガシッ、とライムとハルキは固い握手を交わす。
「色々迷惑かけたな、ミスティちゃん」
「何言ってんの、お互い様でしょ」
「痛っ、魔法使ってまで殴るなよ!」
「いいのよ、ばーか!ルナちゃんしっかり幸せにしないと許さないわよ!」
「言われなくてもやってやるよ、クソッタレ!」
癖で口元に手を近づけながら笑みを浮かべるハルクに対して、どこか寂しさを含んだ笑みを浮かべるミスティ。
その瞳はわずかに潤んでいるようにも見えた。
−−−ライム達が去り、太陽が随分上になってもハルクとハルキは二人と一羽の去った後をぼんやりと眺めていた。
波の音と海鳥の鳴き声がどこまでも響きわたる。
「まったく、この鈍感愚弟は」
「ん、何か言ったか姉貴?」
「何でもないよ、私ルナちゃん達起こしてくるから朝飯よろしくね!」
「はいはい」
※
グラッダを出発したライム達は事前に予定していた通り南東を目指していた。
道なりに港を目指して他大陸に渡るというルートを選んだのだ。
それまでにこの大陸で収集できる情報は収集する、行き当たりばったりではあるが相手も常に移動している可能性が大いにある。
最悪クラスの指名手配犯であるため一つの町に留まるにはリスクが高すぎるためである。
ライム達が向かう方向とは反対の方向から何組かの行商人のグループとすれ違ったため、少なくともこの近くに村か町があることは確かである。
「ねぇライム君、そういえば地図は?」
「あー、イルバースのときのゴダゴダでどっかいった。でも、あれも古いやつだったからいつかは買い換える予定だったんだが、グラッダで買っとけばよかったなぁ」
「.....お金あったの?」
「ちゃんと稼ぐよ!稼いでから買い換える予定だったんだ!」
まぁ、今は道なりになっているためよほどのことがなければ迷うことはあるまい。
見通しもいいし、行商人達も歩いている。
少なくとも人がよく通る道である、整備されてない山道や獣道とは違うのだ。
「あの人たちからは何も買わないの?話題にあった地図とか」
「金がない!ほぼ全額グラッダの修繕募金に出したから」
「.....ライム君って私以上に無駄な投資してるんじゃ」
「人様の役に立つことが無駄なわけないだろ、ていうか無駄って自覚あったのかよ」
ハァ、とライムは頭を抱えながら溜息を吐く。
少し進んだところで道はなくなり、魔物も闊歩するような平野へと突入した。
無駄な戦闘は避けたいため、なるべく魔物を刺激しないように静かにゆっくりと歩き先を急いだ。
−−−が、嵐は何の前触れもなく突然やってくる。
「うおおおおおおおおおおおおおおい!!!待ってくれよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
(((出た!不審者!)))
ライム達の来た道からドドドドドドドドドドドドドド、という走行効果音が聞こえてきそうな勢いで不審者、もといノルドは信じられない速度で走ってきた。
奴から避けるためにグラッダを早く出発したのに付いてきてしまったのだ、これでは何の意味もない。
「待ってくれよ、ミスティちゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!とその他。俺の話を聞いてくれ!」
「その他っつたか、変態!」
「落ち着けライム!」
魔力を放出し、戦闘態勢を取ったライムをレッドは諌めようとする。
ミスティに関しては疲れや呆れを通り越して、現実逃避したい思いでいっぱいいっぱいであった。
しかも、ライム達が騒いでしまったせいで周囲の魔物を刺激してしまったようでピリピリとした緊迫感が空気に張り詰めていた。
トラブルメーカーノルドは周囲の様子を一切気にする様子もなく、勢いよく跳躍したかと思えば、ミスティに向かって勢いよく顔からダイブしてきた。
「俺と、結ゴ!?」
「お断りします」
−−−そして、勢いよく破談した。
※
何とか魔物達を撒いて、近くの岩場でライム達と何故かノルドは円になって仲良く(?)座っていた。
ノルドの額には新しい赤い痣ができ、両手は後ろに回され鋼鉄で拘束されていた。
「改めまして、ノルド・ディルコックと申します」
「.....名前はもういいよ」
ノルドは身動きが取れない状態にあるのだが、それでも態度が変わったり狼狽えたりする様子は一切なかった。
逆にそのことがライムの警戒心を高めるには十分であった。
「で、俺は断られたわけですがまだ諦めねぇぞミスティちゃん!じゃないと俺が故郷に帰れない!」
「故郷?」
「俺はエクレールって集落の者でさ」
「エクレールって、あの雷文化の栄えるエクレール集落か?」
「そうだ、鳥の兄ちゃん」
レッドはエクレールと呼ばれる集落の存在を知っている様子だった。
曰く、現在のエクレールでは少子化が進んでおり子供、つまり後継ぎが生まれず世代が固まってしまっていると。
曰く、エクレールの長から相手を見つけるまでは戻ってくるなと言われて半年近く大陸を旅していると。
曰く、ノルドは巨乳派なのだが、エクレールには貧乳しかいないため集落で相手を見つけることができないと。
「おい、ちょっと待て」
「どうしたんですかい?」
「いや、最後のは必要なのか?」
途中まではよかったのだが、最後だけが個人的なことすぎた気がする。
気のせいかもしれないためライムは確認のためにもう一度尋ねてみたが、答えは変わらなかった。
「だって皆まな板なんだよ!何だよ、あのペッタン娘どもはよ、本当わけわからねぇよ、理解できない!女ってのは胸があっての正義であって、それがないのは希少価値だとか言ってる奴らもいるが、俺には理解できないね!あれがなかったら俺は女を女と認めねぇ!男の股間にあれが生えてないのと一緒であって生物的に違うんだよ、じゃなきゃ納得するか!ノー貧乳!イエス巨乳!!!」
「.....女の何人かを敵にしたな、こいつ」
「というわけで、だ!」
「どういうわけだよ」
完全に話の主導権を握られてしまったライムは溜息を吐くしかなかった。
ミスティとレッドはもう混じる気はないようで既に別のことを各々でしてしまってるし。
「俺は故郷に帰れない、このまま帰ったらサテライトさんにぶっ殺される」
「いっそそのまま帰れよ」
顔を青ざめさせるノルドにライムは結構割と本気で言ってみた。
冗談に聞こえなかった(実際半分本気)ノルドは首を勢いよく横に振るった。
「−−−だが、俺はさっさと故郷に戻らないといけない理由もあるんだ」
「理由?」
「特にないけど帰りたい」
「オイ」
所謂帰巣本能?というやつなのかはわからない。
「だから頼む、ミスティちゃんをください」
「何故俺に言うんだ、本人と交渉してくれよ」
「さっき断られたから兄ちゃんならいいかなって」
「何で人の将来を俺が決めなきゃいけないんだよ!?」
このままではキリがない、どうしたものかとライムが息を荒げているとミスティがこちらにやって来た。
.....そもそも何故話の中心であるはずの彼女が会話に入ってなかったのか、そこから問題がある気がする。
「ノルド君、結婚はしないけど私が付いていけばエクレールには戻れるの?」
「え?」
「は?」
ノルドとライムが同時に素っ頓狂な声を出していた。
彼女の言っていることがイマイチ理解できなかった。
「実は私ちょっと興味あるのよね、エクレールって他者を寄せ付けない天然の要塞。多くの山岳と降り注ぐ雷に守られてる、一度は行ってみたかったのよね」
「おい、ミスティ!そんな勝手に−−−」
「.....エクレールの魔術文化は相当よ、もしかしたら情報があるかも」
ミスティの一言でライムも賛成した。
「じゃ、形式的に俺とミスティちゃんは恋人同士ってことで頼みますわ。さすがにバレちゃマズイんで」
「えー」
「そんなに嫌ですか!?」
こうして、ライム達は雷の集落エクレールを目指すことになった。
変態、もといノルドと共に。
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