●月●日【前世の記憶を思い出したぜ】
前世の記憶を思い出したので、レポートを書くことにした。
俺の名前はマサラタウンのサトシ。
そう、俺はポケットモンスターの世界に主人公として転生してしまったのだ。
……いや、普通こんな展開あるか? 創作物の世界に転生なんて、夢物語だと思ってたんだけどな。
記憶が戻った理由は、おそらく昨日の高熱だ。突然バタンと倒れて、意識が飛んで――気づいたら前世の記憶がぶわっと蘇っていた。
本当にそれが原因かはわからないが、おそらくまぁトリガーにでもなったんだろう。
とはいえ、思い出したところで特に支障はない。少しばかり人格や価値観とかが前世寄りになってる気はするが、俺が俺であることに変わりはないから
むしろ、勉強が苦手だった俺にとっては、何もしなくてもポケモンの知識が自動インストールされたようなもので、正直ラッキーなり。
追記。
前世の記憶をもう少し掘り返してみると、重要なことが判明した。
ここは“アニポケ時空”である。そして俺の前世は、そのアニポケの知識をほとんど持っていなかった。思い浮かぶのは、この世界とは別の“ゲーム時空”の情報ばかりだ。
……まぁ、世の中そんなに甘くないってことだ。
●月●日【アニメじゃない本当のことさ】
この世界では10歳になると多くの子どもがポケモントレーナーとして旅に出るといった風習が根づいている。
そして現在の俺の年齢は9歳。つまり旅立ちまで残された時間はあとわずか1年ということになる。
ふぅむ……思っていたより余裕がない。
何に焦っているのかと言えば俺の記憶にあるゲームの知識と、この世界の実際の挙動とのズレを確認するためだ。
なぜそんなことをしているのか。
それは、俺が知っている常識と違う部分が多すぎるからにほかならない。
特に大きく異なるのはポケモンの技に関する仕様だ。
たとえば『いやなおと』のような音系の技は『ばくおんぱ』のような強力な音波を打ち消し、効果を無効化することができるらしい。
さらに、『たたきつける』のような衝撃のある技は応用次第で『じしん』に近い効果を発生させることも可能だという。
つまり、この世界の技はゲーム版よりもずっと自由度も破壊力も高い、ということだ。
スタンドバトルかよ。いや、スタンドバトルは能力が1つしかないためそっちのほうがまだ楽である。
また、ゲームでは技は4つまでしか覚えられず、新しい技を習得するたびにどれかを忘れなければならなかったがこの世界ではポケモンが覚えられる技ならば無制限に習得することができる。
ただし、バトルにおいて実際に使用できる技は4つまでというルールが設けられているらしい。
加えて、ここはゲーム世界ではなく現実である。
当然、バトルはターン制ではなくすべてがリアルタイムで進む。
そのため、トレーナーの指示速度や判断力、戦術の巧みさが試合を大きく左右する。
ポケモンの実力が拮抗していても、トレーナーの腕前が違えば手も足も出せずに敗北する。そんなことも珍しくないという。
だからこそ旅に出るまでにやるべきことは山ほどある。
技の研究、この世界のルールの把握、そして情報収集……。
まずはそこから始めなければならない。
とりあえず、明日はオーキド博士の研究所へ行こう。
それが、俺の第一歩だ。
●月●日【情報収集】
翌日、俺はさっそくオーキド研究所へ向かった。
博士に頼んでポケモンに関する資料や図鑑を見せてもらえないかと相談してみたところ、最初こそ俺の変貌ぶりに首をかしげていたものの、すぐに了承してくれた。
どうやら「サトシがようやく勉強の大切さに気づいた」と盛大に勘違いしたらしく感動した様子で次々と資料を手渡してくる。
そういえば、ママも俺の急なやる気に不思議そうな表情を向けていたな。
まあ大丈夫だろう。成長期の一種だと思ってくれているはずだ。
そうしているうちに博士が大量の資料を抱えて戻ってきた。
両手いっぱい――いや、それどころかどうやったのか頭の上にまで資料を器用に積み上げている。
……あの、博士。どうやってその状態で歩いてきたんですか?
うへぇ……目の前に積み上がった資料の山はまさに壁という言葉が似合う量だ。
けれどここで尻込みしている暇はない。
前世の記憶を思い出したところで、俺の夢であるポケモンマスターになるという目標は揺るがない。
未来のポケモンマスターがこの程度で挫けてたまるものか。
俺は深呼吸し、目の前の資料の山に向かって手を伸ばした。
●月●日【個人的ポケモン七不思議のひとつ】
どうやらフェアリータイプという分類は、すでにこの世界では常識として知られているらしい。
ピッピやプリンといったポケモンは、俺の記憶だとこの頃はまだノーマルタイプだったはずだが今では堂々たるフェアリータイプとして登録されている。
いや、正確にはプリンはノーマル・フェアリーの複合タイプだったか。そこは若干ややこしい。
それより驚いたのはブイズだ。
ニンフィアはもちろん、エーフィやブラッキーのような進化形も、このカントー地方ではまだ発見されていないという。
つまり、既にフェアリータイプが認知されているのに関わらず、カントー地方では初代でおなじみのシャワーズ、サンダース、ブースターだけしか確認されていない。
……やっぱりポケモンって不思議な生き物だ。
●月●日【え? レッドさんいるの?】
レッドさんおったんかワレ。
過去のリーグの試合映像を確認していると、この世界にレッドが実在していたことが判明したのだ。しかも、カントー地方のチャンピオンとして堂々と名を連ねている。
ではワタルはどうしているのかというと、彼はジョウト地方のチャンピオンを務めつつ、カントー地方の四天王も兼任していた。
さらにキョウはまだジムリーダーであるため、代わりにキクコとシバの2人がカントーとジョウトの四天王を兼任しているらしい。
……さすが、カントーとジョウトのポケモンリーグが事実上ひとつだからこそ成立する離れ業だろう。
しかし、どう考えてもパルデア地方もびっくりなレベルの人手不足である。
とはいえ、ポケモンリーグの労働基準法を憂いている場合ではない。
俺がレッドの存在に驚いた最大の理由は、彼が本来ゲーム時空にしかいない人物だからだ。
つまりレッドがいるということは、この世界がただのアニポケ時空ではなくゲームとアニメが混ざり合った第3の時空である可能性が高い。
ちなみに同じくゲーム時空にのみ登場する人物であるグリーンも存在していた。
どうやらシゲルとは従兄弟の関係にあるらしい。
そのシゲルとは誰かというと現在、隣でギャラドスの『はかいこうせん』をまともに食らって吹っ飛んでいっている、あのオーキド博士の孫だ。
博士はああ見えてポケモン研究者界では権威と呼ばれるほどの超スゴい人物である。……おっと、いまその超スゴい人物が綺麗な放物線を描いて飛んでいったな。大丈夫だろうか、あれ。
そんな偉大な博士の孫であるシゲルも、当然ながらポケモンの知識が豊富でなかなかの逸材……なのだが、いかんせん自信過剰という点が少々玉にキズである。
俺のことをいつも「サ〜トシ君」とからかってくるが、なんだかんだ根はいいやつだ。
そういえば前世の記憶を思い出してからはシゲルに会っていない。
だが、ママも博士も特に問題なかったし、シゲルもきっと大丈夫だろう。
追記。
ゲーム時空ではグリーンの姉であるナナミさんもこの世界ではシゲルの姉として存在しており、現在はポケモンコーディネーターとして現役バリバリで活躍しているらしい。
●月●日【モンスターボールZ】
突然だがこのレポートを読んでいる君はスーパーマサラ人という単語をご存じだろうか。
スーパーマサラ人とは、某戦闘民族と同等の超人的身体能力を持つ者を指す言葉である。
無論、そのスーパーマサラ人とはこの俺……サトシのことだ。
ご存じの通り、アニポケ世界では数々の伝説を打ち立てており、体重72キロのヨーギラスを肩に乗せたまま平然と歩いたり、『かえんほうしゃ』や『10まんボルト』を真正面から食らっておきながら無傷だったりといったことを平然とやってのける。そこにシビれる憧れ……いや俺のことだったわ。
どうかしている。いや本当に。自分のことながらドン引きだ。
まあ、ここまでの超人エピソードはアニメ補正で説明できなくもない。だが俺はそうは考えない。
なぜなら、サトシ――つまり俺は波導使いだからだ。
ちなみに、このレポートでは“波動”ではなく“波導”と表記することにする。
波導というのは、あらゆる物質が持つ固有の振動のことだ。いわゆる“気”とか“オーラ”とか呼ばれる類のもので、波導使いとはそれを操る技術者……まあ簡単に言えば、感覚がバグっててエネルギーも飛ばせる人のことを指す。
波導を扱えるようになれば、視力のあるなしや距離の遠近を問わず物体の存在を感じ取ることができるし、さらには波導そのものを発射するなんて芸当まで可能になる。
……なお、某・摩訶不思議アドベンチャーとは一切関係ありませんので、レポート読者諸君は誤解なきよう。
要するに何が言いたいのかというとスーパーマサラ人の正体は、波導で身体能力を強化しているのではないか、ということだ。
もしこの仮説が正しければ、俺も晴れてスーパーマサラ人へと覚醒できるはずだ。そうなればできることは格段に増えるだろう。たとえば、敵の群れに突っ込んで暴れたりとか……あとは……敵の群れに突っ込んで暴れたりとか。
まあいい。波導を使いこなせて損することはない。
よし、波導の習得方法も本格的に模索しておくか。
●月●日【多分、沢山のサイコ・ロックが現れている】
今日もオーキド博士の手伝いをしていると、ついにシゲルと顔を合わせた。
いつものように、得意げにポケモンの知識を披露してくるシゲル。だが、その中にひとつだけ間違いを見つけたので、思わず訂正してしまった。
するとシゲルは、目を丸くして固まった。
……失礼な。それくらい知っていてもおかしくないだろ。
「さすがにそれは失礼だろ」と抗議してみたものの、返ってきたのは「それは君が今までの自分を振り返ってから言ってくれないか」という正論だった。
ぐぬぬ……反論できない。痛いところを突かれた。
案の定、「それにしても、どうして急にポケモンに詳しくなったんだい?」と突っ込まれる。
少し考えてから、「トレーナーになる自覚が芽生えてきたからさ」と答えておいた。
シゲルはどこか引っかかる様子を見せつつも、ひとまず納得してくれたようだ。
もしここで前世の記憶の話などをしていたら、「とうとう本物のバカになったか」と思われかねない。
……前世の記憶については、墓まで持っていくことにしよう。
●月●日【波導修業録】
波導の習得方法を手探りで探していくうちに、ひとつの答えに行き着いた。
結論から言うと、波導の修業法は「確かに存在する」。
ただし――驚くほど地味で、ひたすら地道だ。
まず前提として、波導は筋トレや技の反復練習のように、「毎日百回やれば身につく」といった類のものではない。
波導は完全な感覚系スキルであり、才能と意識、そして経験の積み重ねがすべてを決める。
最初にやるべき修業は、波導を“出す”ことではない。
感じることだ。
目を閉じ、近くにある物体の存在を意識する。
人やポケモンが動いたときの“気配”を追う。
触れなくても、「そこにある」と分かる感覚を掴む。
ルカリオ系統が得意とする、あの感覚。
視覚に頼らず、世界を“振動”として捉えるための練習だ。
次に重要なのが、波導の同調である。
一緒に静かに座る。
呼吸を合わせる。
感情を落ち着かせた状態を保つ。
波導使いは、感情が乱れると精度が著しく落ちる。
つまりこの修業は、技術訓練であると同時に、メンタルトレーニングでもあるということだ。
そして最後に――極限状態での覚醒。
これは正直、おすすめはしない。
だが、歴代の波導使いたちは、概ねこの段階で目覚めている。
・大切なものを守ろうとした瞬間
・強烈な感情が爆発したとき
・生死がかかった局面
そうした場面こそが、波導が発動する引き金となる。
安全性? そんなものはない。
まとめると、修業の流れはこうだ。
静――感知。
調――同調。
動――実戦。
この三段階を踏めば、スーパーマサラ人への道は確かに見えてくる。
……ただし。
敵の中に突っ込んで暴れるのは、最後にしろ。
それは修業ではなく、ただの事故だからな。
ともあれ、これで波導使いとしての第一歩を踏み出せたな。