経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。If マリアルート 作:笑嘲嗤
俺の右手が血に染まってる。痛い。だけどそれ以上に心が叫んでいる。
「リュート?!どうしてそんなことをするの?!」
月愛が叫ぶ。だけど俺を怖がって近くに寄ってくる気配はない。
「加島君……」
黒瀬さんが俺の左側に寄ってくる。
「駄目だよ。そんなことしちゃ。……気持ちはわかるけど……駄目……」
悲しそうな顔で黒瀬さんは俺の目を見詰めている。
「あんたなんでこんなことするの?!どうして!センパイがあんたに何したっていうの!?」
山名さんが俺を涙目で睨んでいる。責められても仕方がない。だけどそれ以上に許せなかった。山名さんの傍に関谷さんが倒れている。頬に大きな痣が出来ている。
「俺はこの人が許せない。許せない!!人の気持ちを弄ぶなぁあ!!!」
俺は叫ぶ。大方丈の庭園に俺の叫びだけが無常に響いた。
経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。If.Not the Last Man, but the First Man Who Chose the Future — with Maria.
ーーーマリアルートーーー
【未来共に見る聖母】
予備校で黒瀬さんと遭遇してしまった。月愛と黒瀬さんはいまは仲がいいけど、それでもやっぱり昔俺が告白したことがあるから気まずいし、月愛に余計な心配をかけさせたくない。
「じゃあ。俺はこれで」
「成績はどう?」
俺が離れようとした瞬間そう聞かれた。ヤバい困る。
「わりいいかな」
「そうなんだ」
会話が一瞬で死んだ。俺は俺で離れるタイミング失ったし、黒瀬さんも黙り込んでるけど、離れていかないし、なんか気まずい。
「ねぇ加島君はなにになりたいか、考えた?」
「いや、俺はまだなにも」
想像するのは月愛と結婚することくらいだろうか。いい仕事について子供がいて。月愛と家族を作る。
「でも月愛と付き合ってるよね?将来とか考えてないの?」
「まあ……うん……そういう想像はするけど」
「でもお仕事は?家族は大事だけど、自分の夢とかないの?」
「……コンサル?」
「それはわたしがこの間言ったことだよね?まあ大学入った後に考えるのもいいかもしれないけど」
「うーん。法応大学には行きたいけど」
「法応大学、すごいね!……わたしも目指してみたい……」
俺がそう言うと黒瀬さんの顔が曇った。
「黒瀬さんは俺より成績いいと思うけど」
「予備校の科目数が足りないよ……これ以上科目は増やせないから……」
黒瀬さんの家はあまり裕福ではない。大学は奨学金で賄うそうだけど、そもそも大学に行くための予備費の捻出もかなり苦労している。俺みたいに受験科目フルスペックではなく、少ない科目だけ取って、予備校の自習室をつかっている状態だ。なんだろう。このいいようのない後ろめたさ。それに格差。その時、ふっと思いついた。
「黒瀬さん、ちょっと外でいいかな?」
「え?」
「ここじゃ話しづらいからファミレスとかいいかな」
「う、うん」
そして俺たちは予備校を出て、近くのファミレスに入った。ドリア食べたいとか思ったけど、コーヒーだけにする。黒瀬さんはそれさえ頼まなかった。
「あの。わたしにお話って何かな?」
「余計なことかもしれないんだけどね。俺の受けてる予備校の授業ノートとテキストのコピー。いる?」
俺がそう言うと黒瀬さんが目を見開いた。
「え?でもそれって。よくないよ。……でも……」
「黒瀬さんの成績ならテキストと授業ノートで自学自習できると思うんだ。予備校のテキストってやっぱり市販の参考書よりもずっとよくできてるし」
「……いいの?」
「黒瀬さんは夢があるじゃない。漫画の編集者。ならさ、いい大学目指すべきだよ」
「そう言ってくれるのはわたしが月愛の妹だから?」
「ちがう!そうじゃない……その。うん。自己満足だよ……」
「そっか。うん。そっか!」
黒瀬さんは笑みを浮かべた。
「じゃあお言葉に甘えさせてくれる?」
それはとても魅力的な笑顔だった。やっぱりこの子は綺麗だなって思った。
「じゃあ学校で渡す感じに」
「学校じゃコピーできないよ。予備校もさすがにまずいし、こうやって外で会う感じじゃ駄目かな?」
「……うん。わかった。じゃあそれで」
余計なことをしたってすぐに思った。だけど黒瀬さんが助かるんだ。それは悪いことじゃない。月愛には話せないけど、別に浮気するわけではないんだからいいだろう。今はそう自分に言い訳することにした。