戦場ではいつだって、焦げた匂いが染みついていく。
戦場では決まって二つだけ。
勝った者が金と共に帰り、負けた者は燃え尽きる。
この上なくシンプルで、この上なく理不尽だ。
俺はこんな理不尽な世界に足を踏み入れてから、もう五年近くになる。
まだ死んでいないのは、それなりの腕前と、それなりの運があってこそだ。
この戦場には、頼れる人間など基本はいない。
だが、俺は別の傭兵と協働で依頼を行う。
昔からこの方法が俺には合っていた。
傭兵が裏切るのなら始末する。企業が裏切るのなら共に生き残るために手を組んで戦う。
これが俺なりの戦場に対する生き方の答えだった。
だが、いつだって俺の隣に立つ者は俺より先にいなくなる。
やっとの思いで打ち解けた者もあっさりと散っていく。
いつもやってくるその現実だけは、飲み込むことができなかった。
だが今更このやり方を変えるわけにもいかない。
そう自分に言い聞かせてまた次の依頼を引き受ける。
それからも協働依頼を行なっていた。
そんな時、妙な女傭兵と出会った。
名をマリーと言うらしい。
口数こそお互いに少ないものの、息はぴったりだった。
連携も完璧、企業に裏切られても生還、ACと二対四の死闘ですら潜り抜けた。
依頼を終えた夜、俺たちはいつも元喫茶店だった俺の家で飲んだ。
「今日も完璧なサポートだった、感謝する。マリー」
「…別に、お礼なんて……いらない」
そう言って、彼女は黄色い髪を耳の後ろにかけると、カップを口に運ぶ。
焦げた匂いに混じる、コーヒーの香り。
それが、やけに落ち着いた。
いつからか、俺は思っていた。
この時間が、ずっと続けばいいと。
戦場から帰る場所がある。
誰かと同じテーブルにつく。
それだけで、十分だった。
次の依頼は、やけに報酬が高かった。
企業側のAC乗りと、俺とマリーを含めた五名による共同依頼。
ある区画の調査。
それだけだ。
内容は簡素で、危険度の記載も曖昧だった。
にもかかわらず、提示された額は明らかに釣り合っていない。
「やめておくか?」
呟くように言った。
「…大丈夫だよ、今までだって、やれたんだから」
俺はその言葉に何も言えなかった。
いや、その言葉を信じてしまっていた。
任務区域に到達後、散開して調査を開始する。
基本に忠実な動きだ。
だが、俺とマリーは自然と同じ進路を選んでいた。
声を掛け合うでもなく、ただそうなった。
静かな区画だった。
当然人の気配はない。
風の音と、遠くで軋む金属音だけが耳に残る。
「……リーサン」
マリーの声が、通信に乗る。
「…どうした?」
少し間があった。
「この依頼が…終わったらさ…」
言葉が続かない。
俺が何か返す前に――
照明が、落ちた。
一つ、また一つ。
区画を照らしていた灯りが、順番に闇へ沈んでいく。
「マリー、警戒――」
最後まで言い切る前に、爆発音が響いた。
嫌な音だ。
ACが破壊された時の、聞き慣れてしまった音。
俺とマリーは即座に音源へ向かう。
辿り着いた先で見たものに、俺たちは言葉を失った。
三機のAC。
燃え尽き、装甲は歪み、完全に沈黙している。
そして、その残骸の上に立つ影。
四脚型のACだった。
芦毛の様な色の四脚。
そこから上半身は光を吸収している様な黒。
交戦後とは思えない、静かな佇まい。
通信は、ない。
ただ、こちらを見ている。
背中を冷たいものが走った。
この威圧感。
直感で分かる。
こいつは――トップランカーに匹敵する。
先に動いたのは、マリーだった。
両肩のミサイルとハンドミサイルが一斉に放たれる。
だが、四脚は避けた。
正確には、攻撃が当たる位置に既に存在しなかった。
次の瞬間、光が走る。
レーザーランスによる突進。
直撃。
接近していたマリーのACが逆に弾かれ、右腕が爆散した。
「マリー!…くそっ……!」
俺は前に出ようとする。
その瞬間、一瞬周囲が光り、反射的に回避する。
レーザードローン。
無数の光線が網のように張られ、進路を塞ぐ。
四脚ACがリニアライフルを正確に撃ってくる。
一歩も近づけない。
四脚は、ゆっくりとマリーに近づく。
その脚が、彼女の機体を踏みつけた。
「マリー!離脱をっ!」
だがもう遅かった。四脚で確実に地面に押し当てられている。
一瞬の静寂の後、通信に乗った声は、驚くほど穏やかだった。
「……ご…めん…リー…」
レーザーランスが、コアを貫いた。
何かが、俺の中で音を立てて崩れた。
叫びながら突撃する。
自暴自棄で、ひたすら言葉にもならない声で叫んだ。
ただ、怒りと絶望だけを吐き出す。
だが、四脚は俺を意にも介さない。
容易くいなされ、
最後に――
グレネードキャノンが直撃した。
衝撃で視界が回り、制御が死ぬ。
機体が地面に叩きつけられる。
終わった、と嫌でも理解した。
だが、四脚は一度だけこちらを見下ろすと、背を向けた。
そして、そのまま飛び去っていった。
⸻
生き残った。
マリーは、もういない。
残ったのは、意味のない報酬と、あの一瞬だけ鼻を刺した、焼け焦げた匂いだけだった。
俺は、その日で戦場を降りた。
もう、隣に立つ者を失うのは自分の死より恐ろしくなったから。
今も、俺はこうしてコーヒーを淹れる。
あの夜と同じようで、違う香り。
過去を忘れようとした俺に、古い友人から連絡があった。店の隣、そこのガレージを使いたいのだと言う。
最初はどうでもよかった。
だがガレージを使う奴が傭兵であると知った時、そしてその傭兵を見た時、思ってしまったのだ。
――お前だけは、死なないでほしい…と
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