午前中のガレージ街は、意外と騒がしい。
整備の音、運搬車のエンジン、稀に聞こえてくる修理費に文句を言う傭兵の声。
戦場とは違うが、ここもまた生き残った連中の集まりと言える。
その中で、ひときわ落ち着いた空気の喫茶店があった。
理由はよく分からない。
看板が派手なわけでも、特別な売り文句があるわけでもない。
ただ、なんとなく気になって、俺はドアを押した。
ベルが鳴る。
「…いらっしゃい」
カウンターの奥にいた店主は、年齢の分からない男だった。
無口そうだが、目つきは柔らかい。
午前中だというのに、店内はほぼ満席。
常連らしき客が多く、会話も穏やかだ。
(…おお…繁盛してるな)
戦場帰りに行く店にするのも、ありだな。
窓際の席に案内され、コーヒーを頼む。
出てくるまでが早い。
カップが置かれる音が、やけに静かだった。
(……手際良いな?)
いやいや、何を関心してるんだ俺は。
腕のいい店主なんて、いくらでもいる。
コーヒーを一口飲み、デバイスを起動する。
ニュースは相変わらずだった。
企業同士の小競り合い。
色んな商品の宣伝。
何度も目に入ってくる死者数。
(いつまでやってんだこいつらは…)
画面をスクロールする。
――「ランカーの謎の失踪」
――「ランカーを狙った連続殺人」
おいおいまたか、と思う。
(最近この手の話、多すぎだろ)
さらに下。
――「ブラックアウト現象 ルビコンでも確認される」
……嫌な名前だ。
(ブラックアウトってなんだよ……停電じゃないんだよな、どうせ)
記事を開く。
原因不明。
センサー記録消失。
生存ログなし。
目撃者の証言は一致せず。
(どうかしてるだろ、こいつら)
はぁ…落ち着け。
どうせ誇張だ。
企業が都合の悪い部分を都市伝説みたいなのを演出して隠してるだけだ。
トップランカーとか、変な出来事積み重なれば、話は盛られる。
いつものことだ。
(……でも、最近“盛られ方”が変なんだよな)
勝った、負けた、じゃない。
“曖昧になってる”。
ぞわっと、背中に何かが走る。
「おかわり、いかがですか」
気づくと、店主が横に立っていた。
「あ、はい、お願いします」
反射的に答えてから思う。
(ビビったぁ…気配、消しすぎじゃないか…?)
コーヒーが注がれる。
その手つきが無駄に綺麗だ。
……いや、余計な詮索はやめよう。
俺は普通の客だ。
その時、ドアベルが鳴った。
視線が自然とそちらへ向く。
入ってきたのは、一人の客だった。
紫色の髪を高く結ったポニーテール。
すらりとした体格。
顔立ちは、正直言って――かなり整っている。
(……え)
一瞬、思考が止まった。
(いや、待て待て待て)
戦場で何度も死にかけた人間が、
こんなところで動揺してどうする。
その客は店内を一瞥し、空いている席を見つける。
動きが、やけに早い。
(……ん?)
目が合った。
鋭いわけじゃない。
だが、何かを測るような視線。
そして、すぐに興味を失ったように逸らされた。
(……あ、スルーされた)
胸の奥が、変な音を立てた。
(いや違う、これは違う)
俺は慌ててコーヒーに視線を落とす。
(落ち着け。
あれはただの――顔が良い人ってだけだ)
そうだ。
顔が良いだけだ。
たぶん。
その客は店主に軽く会釈し、席についた。
名前も聞かない。
声も出さない。
それなのに、妙に目が行く。
(……チョロすぎだろ、俺)
自分にツッコミを入れながら、デバイスを閉じる。
この街には、
ニュースになる怪物と、
“ニュースにすらならない怪物”がいる。
そして今、
美形で済ませていいのか分からない存在が、
同じ店にいる。
(……ああいう人が、傭兵じゃないといいな)
傭兵をやっていると、頭がどうにかなってしまいそうだが、少なくとも、異性にドキドキできる自分は、まだ正気だ。
会計を済ませ、席を立つ。
店を出る直前、ふと振り返る。
紫髪の客は、窓の外を見ていた。
その横顔は、やけに静かだった。
目が合うことはもうなかった。
外に出ると、昼の光が眩しい。
(……はぁ…どうかしてるだろ、この世界)
普通に。
できればこのまま、普通でいたい。
――できれば、ニュース記事の化け物とは関わらずに。
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