超人スペックで転生させられた俺はせめて正しい敗北を選びたい 作:正樹
ぶっちゃけドズル視点。
湯気の残る浴室を出て、タオルで髪を乱暴に拭きながら自室へ戻った。
軍服ではなく、くたびれた寝間着。
こういう格好でいられる夜が、最近は妙にありがたい。
ドアを押し開け、灯りを点ける――その瞬間、胸の奥が小さくざわついた。
違和感がある。
さっき出たときは、あの椅子は別のところにあったはずではないか?
椅子が元あったであろう場所に目を向けると、小さな影があった。
背筋に冷たいものが走り、思考が回転する。
誰だ? 連邦の刺客か? それともダイクン派か? どこから入った? 警備は?
――そもそもいまだ攻撃をしてこないのは何故だ?
「誰だ!?
こんな夜分に不躾な訪問とは、ずいぶん礼儀がなっておらんな」
声は自然と低くなる。
武器を携帯しておらずとも、この肉体は十分に凶器であると自負している。
ならず者の一人や二人、叩きのめすことなど造作もない。
「ドズル・ザビ大佐殿とお見受けします。
夜分にこのような形での訪問となりました無礼を、まずはお詫びさせていただきます」
返ってきた声は、落ち着いていた。
そして女性の声かと思うほどに高かった。
影が一歩、灯りの下へ出る。そこでようやく、俺は相手の輪郭を認識した。
自分の腰の高さよりも小さい。
「こ、子供!?」
正直なところ、驚きが先に出た。
まだ幼年学校にすら入学していないだろう年頃の子供が、ここまで来られたという事実に、頭が混乱する。
「私の名はエルンスト・ヴァルツァー。
ヴァルツァー孤児院に籍を置く、一介の孤児です。
この度は、大佐殿にお願いがあり参りました」
孤児院。
その単語が耳に残り、若干の憐憫を覚える。
だが、感傷に浸る暇はない。
まず確認すべきは、こいつがどうやってここまで来たのかだ。
詰めている警備の兵は10名ではきかないのだぞ。
「警備どもがいたはずだ。どうやって入った?」
子供は肩をすくめもせず、当然のことを言うように淡々と答える。
「戦時下でもないので、特に警戒もしていない警備兵の裏をかくことはさほど難しくありません。
誰も私の侵入に気付いてはいないと思います」
……ほざきやがる。
だが、嘘を言っているようには見えない。
背筋のぞわりとした感覚が、形を変える。
恐れではない。興味だ。
「いいだろう。話ぐらいは聞いてやろう」
俺はベッド脇の椅子へ腰を下ろす。
相手を座らせる気はない。
「ありがとうございます。では単刀直入に。
私は大佐殿に自分を売り込みに参りました。是非とも、ご推薦をいただきたい」
売り込み。
子供が言う言葉じゃないな。
いや、言葉だけではないか。言い方も、息遣いも、目の据わり方も、子供とは思えん。
「売り込み、ねぇ。推薦とはなんだ?」
民間企業への仕事の斡旋程度なら、一筆書いてやるのもやぶさかではない。
年齢が年齢だろうから、相当渋られるとは思うが、軽い丁稚奉公程度ならなんとかなるだろう。
「士官学校校長でもあられる大佐殿には釈迦に説法とは思いますが、士官学校の受験資格はご存じですか?」
民間企業とかへの就職目的ではないのか?
「当然だ。
満15歳以上の宇宙籍を持つスペースノイド、並びにジオンを自らの手で守らんとする気概を持たんとするもの、だ」
「それには最後に補足があったはずです」
ハッとする。
こいつ、子供の発想ではないぞ。
「お前、まさか……」
「ただし特例において、入学試験を受験するに足る資格があると、然るべき人物より推薦を受けた者についてはこの限りではない、と」
思わずうなった。
確かに、だ。
全体としては小さな注釈――だが効力は確かにある。
本来ならば、この文章は、『アースノイドであってもジオンを守りたいという熱意あふれる人物』が現れたときのための一文である。
そして、それすらも本来は現れることを想定していない、いわばパフォーマンスのために付けられたものであり、「我らジオンは愛国心があれば差別をしない」というメッセージのためのものだ。
だが、
だがしかし、このような子供を戦場へ送り出すのか、自分が?
俺は口の中に溜まった唾を、苦く飲み込んだ。
「何故だ?」
「何故、とおっしゃいますと?」
「お前は若い。若すぎる。幼いと言ってもいい。
そのような幼子が、なぜ焦って軍人を志そうとする?
既定の年齢になるまで成長してからでも遅くは――」
「申し訳ありませんが、それからでは遅すぎます」
間髪入れずに遮られた。
その断言に、俺は何かを感じ取った。
こいつは己の才気に逸っただけではない。何かの覚悟の上でここに来たのだろうと。
「――話してみろ」
俺は椅子に深く座り直し、腕を組む。
外面で取り繕ったほど、心は平穏じゃない。
だが聞く。聞いてみる価値があると思った。
「まず、私の育ったヴァルツァー孤児院には、私と同じ4歳前後の子供が多くいます。
ジオン・ダイクンが逝去されて1年以内の時期で生まれ、両親が亡くなったわけでもないのに棄てられた子供たちが大半です。
そしてそのタイミングはつまり、地球とジオンの関係が急速に悪化した時でもある。
この時期でこの年齢の孤児が多いということは、つまり……」
俺の脳裏に、いくつもの顔が浮かぶ。
それは、こちらを見下し切った、連邦の駐在官どもの顔だった。
「連邦の置き土産ということか……」
「はい。そして、私の見る限り、事態は私の成長を待ってくれません」
――待ってくれない。
たった一言だが、その言葉は重い。
士官学校への入学を希望する男児が、間に合わないということはそれはつまり――
「……何年と見る?」
「早くて5年。遅くとも7年と言ったところかと。
連邦が態度を改めず、ジオン、いえ、コロニーを下に見続ける限り、民衆の我慢もその辺りが限界でしょう」
ギレン兄の見立てに近い。
実際、ダーク・コロニーでのモビルワーカーの実戦投入研究もそれぐらいを見込んで計画されている。
かなり正確な見立てと言えるだろう。
この小僧は、数年後に戦争が迫っていることを半ば確信している。
いや――確信しているというより、『前提』にしている。
大の男が
「そしてそうなった場合、私のいる孤児院にとって、世間の目は非常に厳しいものとなるでしょう。
私はともかく、私の兄弟姉妹たち、私を育ててくれたマザーはどうなるか、考えたくはありません。
それを回避するための唯一の手段は――」
俺は理解した。
こいつは自分のためではなく、
……面白い。
「ジオンにて士官となり、上層部からの覚えと、民間からの視線を良くするために戦果をあげる、か」
「はい。それが私にとって現状唯一取れる策であると判断しました。
そして、それを直訴できる相手は、私の見立てでは大佐殿しかおられませんでした」
「なるほどな」
椅子の肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。
確かに父であるデギンは一顧だにしないだろうし、兄であるギレンや妹であるキシリアは、軍人としてではなく、プロパガンダの一環としてしか利用価値を見出さないだろう。
そして、それでは一面のニュースをしばらく賑わせることはあっても、決して長続きなどしない。
長くて1月ほど、ニュースを騒がせてそれで終了だ。
幼児を軍人の道に引きずり込むことに若干の抵抗を覚えなくはない。
だが、それ以上に――
この小僧は面白い。
胆力は確認できた。会話している限り頭も回る。
なら後は問題となるのは実力だけだが……。
「出せるのは受験許可までだぞ?」
にやりと笑うと、小僧も不敵な笑みを返す。
本当に面白い拾い物をしたのかもしれん。
「それで十分です。下駄をはかせてもらって合格しても、意味はないでしょう」
この口ぶり。
見栄ではない。
そう言えるだけの自信が、既にある。
「よかろう。一応、貴様の経歴も確認しなければならんから即日は無理だが……
2日後の昼にでもまた来るがいい。今度は正門から正式にだ。衛兵には通達しておく」
「ありがとうございます」
そう言って、深く一礼をすると小僧は扉を開けて出て行った。
すぐに扉を開けて廊下を確認するが、もう影も形もない。
ジャパニーズニンジャみたいな奴だ。
そう思いながら再び椅子に腰を下ろす。
「これは、もしかするかもしれん」
俺はにやりと笑った。
ガルマに刺激的な学友ができるかもしれない。
この時代が、そして俺が、こいつをどう使うのか。
そして、こいつがこの時代をどう変えるのか。
胸の奥が少々熱くなった。
戦争の昂ぶりとは違う。
未来への希望と言ってもいいのかもしれない。
「まずはギレン兄に報告と根回しをしておくか」
明日は忙しくなりそうだ。
長々と会話劇をしてもダルそうなのでドズルがチョロいのは仕様とお考え下さい。
幼少期(正確にはずっと幼少期ですが)のエピソードはサクサクといって、開戦まで行きたい。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。