超人スペックで転生させられた俺はせめて正しい敗北を選びたい 作:正樹
先の衛星破壊作戦、並びにアーガマ・モンブランによる迎撃戦が終了して1時間ほどが経過していた。
ティターンズではジャマイカンがジェリドに嫌味を言っているのとほぼ同じタイミングで、アーガマのブリッジにはブレックス准将、ヘンケン艦長、クワトロ大尉、ケヴィン少尉という、エゥーゴの代表メンバーと言っていい面々が顔を突き合わせていた。
「モンブランのエンジンが不調だと?」
通信士から上がった報告に、ヘンケン艦長が難しい顔をして聞き返した。
「は、はい。先の戦闘での被弾により、バイパスと冷却系にダメージがあるそうです。
致命的ではないものの、全速航行は難しいと……」
通信士からの回答に、3人は難しい表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。
残る1人、俺ことケヴィン・コナー少尉は「撃沈されなかっただけ良かった」と思っているので、そこまで苦い顔はしていない。
「このままだと追いつかれる可能性がありますな」
ヘンケン艦長の発言に、クワトロ大尉が待ったをかけた。
「いいや艦長、幸いと言うべきか、もうすぐサイド4の暗礁宙域だ。
魔の宙域に入る以上、そうそう追いつかれるとも思えん」
少しややこしい話になるのだが、現在のサイド4は、一年戦争当時にはサイド5と呼ばれていた。
戦後にサイドナンバーが再編され、名称が変更された宙域だ。
かつての名は「ルウム」、一年戦争における激戦、ルウム戦役があった場所である。
戦争以前から暗礁空域が近くに存在していた上に、その戦いによって破壊されたコロニーや戦艦の残骸が大量に存在している。
『魔の宙域』と恐れられる、事故の多発する航行の難所である。
逆に言うと、姿を隠しながら進むには絶好の場所でもある。
クワトロ大尉の言葉を受けて、ブレックス准将が問い返す。
「しかし、一旦はどこかで迎え撃つ必要があるのではないか?
敵が減速したとしても、彼我の距離の差が開くわけではない。
一度、敵に痛打を与えなければモンブランが逃げ切れん」
そして3人は考え込んでしまった。
「逃げ切る必要はないのではないでしょうか?」
俺の発言に、3人の視線が一斉にこちらを向いた。
「それはどういう意味かね少尉?」
ブレックス准将の言葉に対し、俺はブリッジのモニターの1つに航宙図を映し出し、それを示す。
「モンブランの不調が敵にバレていれば不可能ですが、現状の距離ではまだ気づかれてはいないでしょう。
また、魔の宙域に入る以上、モンブランとアーガマが速度を落としても、モンブランの不調を悟られる危険性はありません」
俺の言葉を受けて3人が頷く。
ここまでは前提条件でしかない、単なる事実の確認だ。
俺はそのまま続ける。
「このまま我々はサイド4からサイド1に抜け、30バンチにモンブランを隠します」
ブレックス准将が声を上げた。
「30バンチに寄港することは予定通りではあるから構わない。
だが、それでは連中にモンブランが発見されんかね?」
その問いに、俺は「大丈夫でしょう」と返した。
「一応、コロニー内の応急修理用のドックにモンブランを格納し、モンブラン自体にも偽装は施します。
必要ないとは思いますが、念のためです」
30バンチ自体の電力が生きているのはエゥーゴのメンバーによって事前に確認済みだ。
ドックのゲートを開くのは問題ないだろう。
「何故そう思うのかね?」
准将の疑問に、俺はコンソールを操作して、航宙図にアーガマの現在位置からサイド1、サイド2、月への3つのルートを表示させた。
ティターンズからしてみれば、俺たちが3つのルートのどれを通るのか、分からないことを示している。
「我々の30バンチ入港を察知するとすれば、十中八九、それは本隊ではなく部隊を分けた偵察隊です」
「うむ」
ブレックス准将が頷く。
まあ、軍人としては当然の判断だ。
そうでなければ、ティターンズは「エゥーゴがサイド1に向かう」という賭けにすべてをベットしたことになる。
三分の二の確率で、ガンダムMk-Ⅱを強奪したエゥーゴを完全に見失う作戦を取りましたとか、アホの所業だろう。
アーガマのいるルートを当てられればいいが、外した場合、後で報告を受けたバスクが間違いなくブチ切れる。
原作のZガンダム劇中では敵側組織という話の展開上、無能描写が際立っていたティターンズの士官連中だが、基本的には厳しい選抜試験を突破したエリート中のエリート部隊だ。*1
あの私情ばかり優先するジャマイカンですら、癇癪さえ起こさなければという前置きは付くものの、戦術判断については誤ることは少ない。*2
これは部下の人心掌握が致命的に下手という問題とは別の話だ。
それを含めると、あいつは参謀本部付の副官から一歩も動かすべきじゃない人間だと思う。
ちなみに、TV版においてライラ大尉を見捨てたのは、彼女がティターンズでなかったことに加えて、「ティターンズでないくせに自分に意見をしてくる人間」と見なし、最初から捨て駒として扱っていたからだろう。
基本的に好き勝手しまくるジェリドを相手にしても、彼がティターンズ内部の人間だからか、冷遇はしても見捨てているような描写はなかった。
話がずれた。
つまり、ジャマイカンですら人間関係という致命的な欠点さえ抜きにすれば、戦術士官としては割と正常な、悪く言えば教科書的な判断を下すということだ。
まあ、TV版26話でヤザン隊ごと砲撃した一件は、頭がイカれているのでまったく擁護できないのだが。
そのせいで報復食らってヤザンに謀殺されてるしなぁ。
しかも、ヤザンが戻ってきてアレキサンドリアのブリッジ前に陣取っても「報復される」とは一切考えていなかった辺り、あれは真正としか言いようがない。
しかし、戦術的な面で致命的なミスはあの一件ぐらいだろう。
つまり、いくらティターンズでも、三分の一の賭けに全ベットするような、そんなギャンブラーな軍人はいないと言っていい。
「偵察部隊が攻撃してくるようならば、撃退します。
敵が戦闘を避けて撤退する様子を見せた場合においても、我々はミノフスキー粒子を最大濃度で散布します」
そう言ってから、俺は航宙図のサイド1、30バンチ周辺の表示を消した。
ミノフスキー粒子で確認ができなくなったという意味だ。
そしてその宙域から一本だけ、外に向かう航路を表示させる。
「ミノフスキー粒子でレーダーがまったく利かなくなった宙域から、2隻いるはずの艦の1隻が飛び出してきた場合、敵はどう考えるか――」
俺の説明に、合点がいったとばかりにヘンケン艦長が声を上げた。
「モンブランの不調さえ悟られていなければ、逆方向から脱出し、二手に分かれて攪乱したと取るだろうな」
俺は肯定する。
「そうです。
しかも、敵の一番の狙いはアーガマです。
敵の視点で言うなら、二手に分かれて攪乱に出たはずの一方がアーガマであった場合、敵は我々が
そこまで多くない部隊をさらに分けて、どこにいるかすら分からないモンブラン捜索に当てる余裕はないはずです」
今はミノフスキー粒子による電波干渉により、光学的な観測以外に頼れるものがない時代だ。
偵察しても見つからないという事態も普通にあるため、『最初から動いていない』という選択肢は可能性としては存在していても、それを有り得る事象と判断して行動できる士官などほぼいない。
『可能性として否定できない』というレベルでしかない推論に従って、それほど潤沢でない軍艦をさらに別行動させて、最優先目標であるはずのアーガマとは別に、モンブランが潜伏できそうな宙域をしらみつぶしに捜索する余裕など彼らにはない。
ヘンケン艦長はガハハと笑い声をあげた。
「仮に30バンチに入港した時点で敵が我々を完全に見失っていた場合は、モンブランは後から低速でゆっくりと帰還すればいいわけだな。
30バンチに残した場合、モンブランはどうする?」
「最低限の維持人員だけ残して、残りの人員はアーガマへ。
修理部品の到着まで、30バンチで待機してもらいます」
ヘンケン艦長は頷いた後、ブレックス准将に視線を向けた。
「どうします、准将?
私としては勝算があるように思えます」
「私も悪くない手だと思う。
ただ、モンブランのエンジンに無理はさせたくない。
魔の宙域に入った後は、アーガマが先導し、安全を確認した航路をモンブランが後続する形にしよう」
ブリッジでの会議の後、俺はアーガマの中を移動しながら現状について色々と考えていた。
状況については、人的被害や主要人物の状態だけを見れば、一言で言って『原作よりは若干マシ』と言っていいだろう。
少なくとも今のところは、だが。
酸素欠乏症になってしまったがカミーユの母親は一応生存しており、カミーユ自身のメンタルも俺がある程度面倒を見ていたことによって、原作よりは劇的にマシだ。
というか俺から言わせれば、原作のアーガマのクルー達がカミーユを放置しすぎなんだ。
ほぼ同じタイミングで両親を共に亡くしたばかりのティーンエイジャーに、フォローなしとかマジかお前ら……。
モンブランも一応は無事であるため、いずれ修理されれば戦列に復帰できるだろう。
レコア少尉のジャブロー偵察の件については、ほぼ原作通りとなったとはいえ、あれは俺では止められないと、半ば分かっていた。
レコア少尉の言った通り、あの頭がおかしい推力のガーベラを乗りこなせるのが現状俺だけであることは事実だ。
――クワトロ大尉やアムロならそのうち乗りこなしそうだが、それでも数回はゼクスみたいに吐血してもおかしくはない。
それはそれとして、もう一つ理由はある。
あまり知られていない設定であるが、レコア・ロンドという女性は潜在的なスリルジャンキーでもある。
一年戦争でゲリラ兵としての軍歴を持つ彼女は、危機に接することで生の実感を得る性質があるため、危険度の高い任務に拘ってしまう悪癖がある。
今回の志願も、危険に惹かれる彼女の性質と無関係ではないだろう。
それを発端に、人間関係が多重事故を起こした結果が、原作での離反劇だったわけなのだが……。
正直、この世界でも、彼女が原作と同じ展開を辿るかどうかは俺には分からない。
ここまで原作を、しかも一年戦争の時代からひっかき回し続けてきた以上、展開が原作通りに進んでくれるとは俺は微塵も思っていない。
ここから先、俺のまったく知らない展開が来るかもしれない。
もしくは、今回の30バンチ来訪のように、原作で知っている展開と中途半端に似た筋道をなぞることもあるだろう。
フランクリン・ビダンの一件が起こったタイミングのように、唐突に劇場版のような展開を辿ることすらあったしな。
ジャブローでカイ・シデンとともに敵に捕まるような展開になるとも断言はできない。
原作において、彼女は捕らえられた後に性的拷問を受け、男性恐怖症を患った。
しかし、割り切ったものとはいえ男女の関係にあったクワトロ大尉は、その傷を理解できずに放置してしまう。
彼女はその態度に失望し、その反動もあってシロッコのもとへ走った。
それが原作におけるレコア・ロンドという女性の行動だ。
アーガマにおけるメタスのパイロットという自らのアイデンティティのひとつを、ファ・ユイリィに奪われてしまったというのも一因であろうが、一番大きいものはクワトロ大尉への失望と言ってもいいだろう。
まあ、原作のクワトロ大尉の彼女に対する対応も相当に雑だったが、あれは仕方がないだろう。
ブレックス准将が暗殺されて、エゥーゴの代表なんてやりたくもないことをやらされて、特に精神が荒んでいた時期だった。
だから俺は、あれはなるべくしてなった人間関係の多重事故なのだろうと思っている。
だが、この世界、クワトロ大尉とレコア少尉は男女の関係にない。
この世界の彼女にとって、クワトロ大尉は尊敬できる上官以外の何者でもないだろう。
そう考えると、彼女がジャブローで捕まったとしても、シロッコのもとに走る可能性はかなり低いんじゃないか?
無論、スリルジャンキーという彼女の根幹が変わらない以上、決めつけは禁物であるのだが。
たしか小説版なら、自力でトラウマを克服した後、配置換えという穏便な手段で物語からフェードアウトしていたという記憶があるが、そうなる可能性の方がまだ高い気がする。
というか、男性恐怖症を患った女性を、最前線に出ずっぱりの軍艦に置いたまま、男性中心のクルーだけでフォローしようとすること自体が間違いなんだ。
俺がブレックス准将やヘンケン艦長に相談した上で、女性の医師やカウンセラーでも手配し、その診断をもとに異動させた方がはるかにマシだろう。
原作では『レコア少尉が男性恐怖症を患っていること』にアーガマの誰も気づいてなかったわけだが……本当に事故だよなこれ。
レコア少尉のことを一例に挙げたが、こうなっている以上、原作の展開を知っているがゆえの決めつけほど危険なものはない。
人間関係もそうだが、組織関係もだいぶ違っている。
まず、俺の知っている原作のティターンズよりも、この世界のティターンズの方が明らかに規模が大きい。
これはバスクが『味方もろともソーラ・システムIIを照射した』という事実が存在せず、軍内部でのバスクの評判が――少なくとも30バンチ事件の発生までは、非常に高いままだったということも無関係ではないだろう。
実際、1基のコロニーは落とさずに破壊しているわけだしな。
まあそれについては、いずれエゥーゴやカラバに合流することを見越して、4年も前からアムロ・レイを弱体化させないように仕込んでおいた俺が言うのも何だが――。
加えて、原作と違ってまったく弱体化していないどころか、妻子を持って、今が最盛期と言わんばかりの
総戦力では、ティターンズが依然として圧倒している。
だが、エゥーゴ側も質では原作より大幅に向上している。
一方的に蹂躙されず、何とか対抗できる程度には、質で戦力差を埋められていると言っていい。
もっとも、戦力差だけを見れば、原作より厳しいことは認めざるを得ないのだが――どこから湧いたんだ、あのティターンズの人員。
それでも、戦力均衡そのものが原作から大幅に逸脱するほどの差ではないだろう。
しかし、Zガンダム本編において中盤以降の、最も重要なストーリーラインを構築するであろう、アクシズという存在がこの世界ではまったく違う存在だ。
そもそもザビ家がシャアと公的に和解しているので、シャア・アズナブルという存在がそこまで大きな政治的爆弾にはなっていない。
和解しているためにシャアという強力なパイプが生きている上に、シャアよりも太いパイプを持っている俺もいる。
その上で、ドズル・ザビが生存していることにより、アクシズでハマーン・カーンが台頭する余地がまったく無い。*3
しかも、ドズル閣下の下で一枚岩であるアクシズは、ガルマ・ザビ首相率いるジオン共和国を、『影なる剣』として支えることを自らの役割と定めている。
今のアクシズがエゥーゴ、ティターンズと三つ巴になる可能性など、万が一にも存在しない。
アクシズが地球圏に帰還したとしても、エゥーゴとの秘密裏の協力関係が約束されているに等しい。
そう言い切れるだけの人間関係は、今生を通して結んできたつもりである。
ティターンズに対しては「ジオン本国に手を出したらどうなるか分かってるんだろうな?」と圧をかける関係になるだろう。
原作で条件に出されていた、ザビ家の復興?
そこにガルマ・ザビが首相を務めているジオン共和国という国があるではないか。
復興以前に、滅んですらいないぞザビ家。
前提条件が違いすぎるので、原作知識を未来の確定情報として妄信できる段階は、とうに過ぎたと言っていい。
参考にはなるだろうが、参考以上のものにはならないだろう。
バスクやジャミトフなどの人物像から、『奴らなら何をしでかす可能性が高いか』程度なら推測できるかもしれない。
だが、それでも決めつけてかかるにはリスクが高すぎる。
今後の展開だって、ティターンズがジャブローを放棄している可能性は、俺個人としては高いと思っているが、それでも断言はできない。
ジャブローを放棄していたとしても、次の拠点がキリマンジャロであるとも限らない。
デラーズの一件で再びコロニーが落ちたらしいオーストラリア――もう呪われているとしか思えない――に、拠点を作っている可能性も否定できない。
つまるところ、本当の意味で『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に』対応するしかない。
――すごく嫌そうなアムロ・レイの顔が脳裏に浮かんだが気のせいだろう。
何が起こっても対応できる心構えを持ちつつ、やれることをやっていくしかないのだ。
実に面倒くさい。
そう結論を出して、俺は息をついた。
「とりあえず、カミーユの訓練に付き合うか」
それが今、一番堅実にできることだろう。
ここ数日のところ、カミーユ・ビダンは忙しい毎日を送っている。
ケヴィンに組手の相手をしてもらっていた頃も楽ではなかったのだが、あれはカミーユを疲れ果てさせて、いらぬ思考の迷路に陥らせないためのものだったと、カミーユ本人にも分かっている。
今忙しいのは、疲れるためではない――
日々のランニングや筋力トレーニングに加え、士官の誰かの手が空いていれば戦術講義も開いてくれる。
数日おきにはMSを使った模擬戦もある――ケヴィンやクワトロ大尉に勝てる気がしないのが難点だが。
本日、カミーユはケヴィンとともに筋力トレーニングをこなした後、ケヴィンと入れ替わりでやってきたクワトロ大尉から戦術の講義を受けていた。
内容は士官学校で習うカリキュラムに沿っているらしい。
つつがなく講義も終わり、ドリンクを飲んでいるクワトロ大尉にカミーユは視線を向けた。
不思議な人たちだと思った。
自分とほとんど年が変わらないケヴィン。そして、彼を友人と言ってはばからないクワトロ大尉。
一回り近く年齢差があるように見えるが、ケヴィンのクワトロ大尉に対する態度を見ても、友情はきちんと成立しているらしい。
加えて、2人とも怪物かと思えるほどの凄腕のMSパイロットだ。
クワトロ大尉の年齢なら一年戦争にも参加していたのだろうか?
でもそうするとケヴィン少尉は?
まさかあの
さすがに考えても分からないな。
そう思ったカミーユは、なんとなしにクワトロ大尉に問いかけた。
「大尉はどうして軍人の道に?」
「私か?」
不思議そうに問い返してくるクワトロ大尉に、カミーユは「ええ」と返した。
「ケヴィン少尉の来歴も気になりますが、クワトロ大尉のことも聞きたいものです」
ケヴィンのことを聞くことも考えたが、本人のいない場所で、その友人に話を聞くのはさすがに失礼だろう。
それについては、いずれ機会があれば本人に聞こうと思う。
クワトロ大尉は「ふむ……」と数瞬考えてから、ドリンクを一口飲んだ。
「最初は――やりたいことがあった。
それが何なのかまでは、さすがに言えないがね。
色々あって*4、それは断念せざるを得なかったが、今となってはその方が良かったと思っている」
笑いながら話しているということは、その『やりたかったこと』とやらに本当に未練はないのだろう。
カミーユは続けて聞く。
「最初は……ということは、今はどうなんです?」
クワトロ大尉は笑みを止め、真面目な顔つきで返す。
「ティターンズの暴走から家族を守るためだ。
これでも妻子持ちなのだ」
月に家族がいると若干言いづらそうに話すクワトロ大尉の姿に、かつて「親に銃を向けるのか!」と錯乱していた父親の姿が重なった。
カミーユはその思考を「馬鹿な」と切り捨てる。
比べること自体がクワトロ大尉に失礼だ。
「素敵だと思います。
意外です。大尉、ちゃんと父親なんですね」
カミーユの言葉に、クワトロ大尉は笑いながら返した。
「そのせいでアーガマに出ずっぱりだ。
しまいには子どもに顔を忘れられそうなのが怖い」
最後の少々物悲しげなトーンに、カミーユは思った。
子どもに「おじさんまた来てね」とか言われたら、クワトロ大尉は立ち直れないのではないだろうか。
カミーユの訓練やら、機体の整備やらと雑事をこなしている間にも時間は流れ、アーガマはサイド4の空域に入った。
大量の岩石やら残骸が漂っているため、アーガマは居住区域*5を収容し、乗組員全員にノーマルスーツの着用が義務付けられた。
手が空いている船内クルーは命綱を付けた上でアーガマの船外へ出て、飛来する岩石を目視で探す役目を与えられており、保護観察中のエマ中尉も志願してこれに従事している。
パイロットはローテーションを組んでMSを甲板に出して、アーガマが避けられない位置にある岩石に対処することになっているので、MSに乗っていなくても待機が基本である。
進むだけでも一苦労な空域ではあるが、だからこそティターンズも軽々しく追いついてこれないというものだ。
俺は待機しながら、窓から外を眺めていた。
遠目に映る軍艦の残骸はサラミス級だろうか。
ひょっとしたら俺が撃墜したものかもしれない。
俺は「派手に暴れたものだよなぁ」とひとりごちた。
たしかあの時は、シャアと2人の即席の連携で散々に連邦軍を食い荒らしたんだったか。
食い破った陣形に『黒い三連星』のおかわりが追加されて、連邦軍にとっては完全にクソゲーだっただろう。
今更ながら、ご愁傷様である。
そういった残骸が大量に漂う空域を、アーガマを先頭に2隻はゆっくりと進んでいく。
慎重な航行を続けること数日、幸いにもティターンズに捕捉されることなく、2隻は無事にサイド1へと抜け、30バンチに入港できた。
モンブランの隠蔽作業に取り掛かるクルーたちを横目に、俺とクワトロ大尉はカミーユとエマ中尉を伴って30バンチの内部へと進んでいく。
G-3ガスは分解が非常に早いため、ノーマルスーツのバイザーを上げて呼吸しても問題はない。
30バンチ事件が起こってから1年半と少し。
施設を維持する人員もいなくなったコロニーは、太陽光を取り入れるためのミラーも動かなくなり、太陽光が入りっぱなしになった結果、荒野と言ってもいいほどの荒廃ぶりを見せていた。
その様子は、一年戦争時代のテキサスコロニーを思い出させる。
とはいえ、1500万人が毒ガスで虐殺されたコロニーだ。
どこを見渡しても、人のミイラがすぐに視界に入る。
俺の力が及ばずに、彼らを救えなかったという苦い経験が再び思い起こされた。
幸いと言っていいのか、彼らは死を感じる暇もなかったのだろう。
1500万人分の怨念が渦巻いているということもなかった。
そんなことになっていたら、心構えのできている俺とクワトロ大尉はともかく、カミーユが壊れかねないからな。
しかし、怨念そのものは感じなくても、ここに刻まれた殺戮の痕跡は精神を揺さぶるには十分だ。
カミーユが耐えかねたように叫んだ。
「なぜ、こんな風に人を殺せるんですか!?」
クワトロ大尉が冷静に返した。
「直接刃物を持って殺さないからさ。
手に血がつかない人殺しでは、痛みがわからんのだ」
クワトロ大尉に追随して、俺も口を開いた。
「人間そのものを数字で見始めると、こうなる。
バスクにとって、これは『殺人』ではなくて『駆除』のつもりなんだろう。
奴にとっては10人だろうが1500万人だろうが、画面の上の数字でしかないのさ。
非武装デモだろうがなんだろうが、関係ない」
実際、原作中でもコロニーへの毒ガス攻撃を「これでエゥーゴが降伏して戦争が早期に終結するなら、
本当に数字の大小でしか、人間を見られなくなっていたのだろう。
そもそもエゥーゴは民間人を巻き込むことを良しとしないので、
そして、ジャミトフの狙いが『地球経済の崩壊と地球人類の排除』だと知っていると、ティターンズの士官たちは、知らないまま彼の目的に奉仕していたのだと腑に落ちる。
仮に戦争が拡大して何億人が死んだとしても、それすらジャミトフの狙いから外れていないのだから。
ついでに言うと、
つまるところ逆効果であり、早期終結の見積もりすら間違っていると言えるのだが――戦争が長引けば双方の消耗と経済破壊が進むということを考えると、やはりジャミトフの思い通りじゃないか。
政治家としてのジャミトフ怖っ、などと思っていると、クワトロ大尉がエマ中尉に視線を向けた。
「中尉は、ここで反地球連邦のデモを起こした、エゥーゴが悪かったと言うかもしれん。
しかし地球の人々は、地球を復興させることしか考えずに、宇宙に住むスペースノイドのことを一切考えてくれなければ、デモの一つも起こる」
補足するように俺が続ける。
「いまだ連邦の上層部の大部分は、スペースコロニーを本来の意味での宇宙植民地――便利な棄民先としか認識していない。
その認識がスペースノイドの不満を募らせ、ジオン公国を誕生させ、挙句の果てには一年戦争まで引き起こしたというのにな」
更にクワトロ大尉が続く。
「そんな彼らの認識を変えるには、人はすべてコロニーで生活させる必要がある。
そうアピールをしただけなのだ」
エマ中尉は何も言えず、奇妙な沈黙が降りた。
数秒が経過し、空気に耐えられなくなったようにカミーユが言った。
「少し、周辺を見てきていいですか?」
原作通り、ライラ大尉が来ているかは分からないが、ティターンズの偵察部隊が来ていた場合、鉢合わせする可能性はそれなりにある。
そう判断した俺は口を開く。
「構わんよ。だがあまり離れすぎると合流できなくなる。
俺が同行するから、大尉と中尉は後から来てください」
歩き出したカミーユに並んで、30バンチの街並みを歩いていく。
クワトロ大尉とエマ中尉は、少し離れて話しながらついてくる。
街並みを見渡しても、結局、目に付くのはミイラの山ばかりだ。
カミーユはやり切れないといった表情でこちらに聞いてきた。
「なぜ、ここまでできるんです?」
俺は自分なりの見解を述べることにする。
「バスク・オムにとって、動機と手段と名分が最悪な噛み合わせを見せたからさ」
「噛み合わせ?」
問い直すカミーユに、俺は「そうだ」と返した。
「地球の人々はスペースノイドを蔑みながら、同時にスペースノイドを恐れている。
奇しくも、ギレン・ザビが『スペースノイドは優良人種』だのなんだのと散々煽っていたのを、鏡写しにしたようなロジックだ。
力を得たスペースノイドに、いずれ逆襲されるんじゃないか、とな」
個人的な解釈でしかないのだが、彼らがそうなった根幹には、「自分たちはアースノイドであり、上流階層である」という根拠のない優越感と、そこから生まれる無理解があるのだろう。
相手を理解しようとしない姿勢は無知を呼び、その無知は蔑視と恐怖へと変化する。
旧世紀に、欧米列強が植民地支配下の人々に抱いていた感情と同じロジックだ。
彼らは自分たちが『野蛮』とみなした土地に、一方的な文明化を押し付けながら、同時に苛烈な弾圧を加えた。
その上、いざ反乱が起きると、なぜ反乱が起きたのかさえ理解できていない場合もあったらしい。
相手を人間として理解しようとしない。
理解できないから、何をするかわからないと思う。
だから危険視する。
危険だから先に押さえつける。
何百年経とうとも、人間の本質は中々変われないものなのかもしれない。
「それが、名分ですか?」
聞いてくるカミーユに俺は頷いた。
「そして、その中でもバスクはスペースノイドを極端に蔑視している。
憎悪しているとすら言ってもいい。
そのバスクの手には、ジオン残党狩りを名目に結成されたティターンズという力があった。
最悪の組み合わせだろう?」
憎しみを抱く人物の手に、その憎しみを正当化する名分と、実行するための力が揃った。
そうなれば、バスクがその力を振るわない理由はない。
ある意味では必然である。
詮無いことではあるが、一年戦争の時に奴の居場所が確認できていればなぁ、と思わなくもない。
と、かすかに動揺したような気配を感じる。
やはり偵察部隊が来ていたのか。
そう思った瞬間、建物の影から俺の発言を否定する声が上がった。
「嘘だ! 嘘を言うな。
それだけのために、バスクはこれほどの人を殺したりはしない」
俺はとっさにカミーユを引き連れて、建物の陰に隠れた。
ああ、原作通りに単身で偵察に来たのか。
声は女性のものだったので、まあ彼女はライラ大尉と見ていいだろう。
少なくとも、相手が1人ならばどうとでもなる。
俺は建物の影から、推定ライラ大尉に向かって呼びかけた。
「実際にこの死体の山を見ても分からんか?」
最初の返答は銃声だった。
とはいえ、俺たちの隠れている建物にすら当たっていないので、動揺は激しいと見える。
「子どもが賢しい口を!
バスク大佐は4年前、コロニー落としを阻止してみせた英雄だ。
そんなことをするはずがない!」
デンドロビウムや味方部隊ごと巻き込んだソーラ・システムII照射がなかったとはいえ、連邦軍内のバスクの評価、そこまで高いのかよ。
節穴にも程があるだろ。
連邦の広報や人事担当は、奴の普段の言動とかもっとよくチェックしてほしい。
――そこはジャミトフの管轄だったか、ちくしょう。
若干げんなりしながら、俺は返す。
「ここに両親を人質に取られた少年がいるのによく言えたもんだ。
お前こそバスクの何を見ていたんだ?
その様子だと、直接の面識すらないんじゃないか?」
そもそも両親が軍の研究者でその子どもが兵器を盗んだとしても、初手から両親を人質に取り、母親を処刑同然の形で戦場に放り出すとか、完全に頭のネジが飛んでいる。
普通は親を前面に出して説得する。
そこら辺を全部すっ飛ばして、ノータイムで人質処刑作戦を立案して実行させるとか、デラーズの禿野郎*6ですらやらない。
ぐ、とライラ大尉(推定)が言葉に詰まる。
直接の面識がないというのは事実だったのだろう。
「かつてジオンを好きにした、ザビ家の残党の理屈に騙されているんだ!」
動揺したのか、若干論点がズレている。
やはり両親を人質にした処刑作戦は、正規の連邦軍人から見てもドン引きなのだろう。
本当に発想がヤクザのそれなんだよなぁ。
俺は淡々と聞く。
「ならば毒ガスを使っても許されると?
それこそギレン・ザビの理屈と何が違うんだ?」
というか、ギレン・ザビですら毒ガスの使用には「コロニー落としのためのコロニー確保」という戦略上の目標があったというのに、バスクの場合は「とりあえず殺せるだけ殺して怯えさせろ」以外の戦略的な目的が本気で見えないので、考えようによってはギレンより性質が悪いと俺は思っている。*7
先ほど俺はカミーユに対し、「人の死を数でしか見れなくなったら終わりだ」みたいなことを言ったが、奴の場合はその数でさえもどんぶり勘定なんじゃないだろうか。
まあ、奴にとってはスペースノイドの命なんて、どんぶり勘定で十分なのかもしれないが。
言葉に詰まったライラ大尉(推定)を尻目に、俺たちの近くにクワトロ大尉とエマ中尉が走ってきた。
銃声があったことと、俺と彼女が大声で会話しているので、状況は分かっているようだ。
「ライラ大尉!?」
追いついてきたエマ中尉が声を上げた。
どうやら、本当に彼女がライラ大尉だったらしい。
原作でもそうなのだが、なんでエマ中尉がライラ大尉の顔を知っていたのだろう?
ジェリドが宇宙に上がってくる前に面識があったのだろうか?
こちらが4人になり、人数差を見て不利だと判断したのか、ライラ大尉が逃走する。
さすがに俺にレスバで負けたからとかそういうことではないはずだ。
ライラ大尉に対して、エマ中尉が銃を向ける。
が、既に結構な距離が離れているので、俺でもなければ当てられないだろう。
そして、俺は撃つ気はない。
ここで後ろから俺が狙撃すれば、未帰還の彼女を探しにボスニアのMS部隊がやってくるかもしれない。
そうなると偽装中のモンブランが発見される危険性がある。
彼女には艦に戻ってもらい、アーガマのクルーを発見したと報告してもらわなければならない。
それを分かっているクワトロ大尉が、エマ中尉を制止した。
ライラ大尉が遠ざかっていくのを確認し、クワトロ大尉が皆に告げる。
「一応、アーガマに戻るぞ」
「彼女、モビルスーツで来ているのでは?」
聞いてくるカミーユに、クワトロ大尉は淡々と返した。
「おそらくな。だが心配はあるまい」
あまりにも平然としているので、エマ中尉が意外そうな顔で聞いた。
「それはなぜです?」
クワトロ大尉はふっ、と笑って告げた。
「彼女が生身で偵察に出ている時点で、ティターンズの主力艦隊は合流していない。
主力が合流していれば、偵察も複数のMSによる部隊が来ていなければおかしい。
そして、主力部隊を欠いた状態で、少尉のガンダムに戦いを挑む蛮勇を彼女らは持ち合わせていない。
白銀のガンダムを相手にする恐怖は、先日の戦いで染みついているだろう」
なんだか知らんが、すごく失礼なことを言われた気がする。
俺は半眼になりながら、クワトロ大尉に言った。
「俺は
その返答はクワトロ大尉の笑みだった。
「敵にとっては大差ないだろう?」
その言葉への返答代わりに、俺は黙ったままクワトロ大尉の尻を蹴り上げた。
こいつ一年戦争の頃から何気に失礼なんだよ。
俺たちがアーガマに戻って間もなく、クワトロ大尉の読み通り、敵のサラミス型巡洋艦、ボスニアは偵察の任を果たしたとばかりに逃げていく。
若干複雑な心境ではあるが、戦闘が回避できるのならばそれに越したことはない。
事前の打ち合わせ通り、モンブランの維持に必要な最低限のクルーを残し、アーガマはミノフスキー粒子を最大濃度で散布しながら、30バンチを後にした。
読んでいただきありがとうございます。
申し訳ありません。
また1ヶ月と少し間が開いてしまいました。
その上で肝心なストーリーはそんなに進んでおらず、主人公の主観的な現状分析が多めというね……。
ただ一応、一番の時間消費ポイントだった、Zガンダム本編のTV版、劇場版ともに再履修は終わらせました。
・モンブラン故障
撃沈しなかっただけ良かったということで(エゥーゴの人員的にも)
サチワヌは奪取するかもしれないし、モンブランの修理が間に合うかもしれない。
30バンチに隠すのは、我ながら悪くない手じゃないかと思ったりしてます。
・レコアさん人物評
こんな感じ。
原作のクワトロ大尉も悪いけどスリルジャンキーのレコアさんも大概だよ。
というか、ようやくZガンダム全話見直しましたけど、ブレックス准将が暗殺されてからのクワトロ大尉、明らかに余裕なくなっているのが言動から見て取れて「すげぇなお禿様」って思いました。
作中でも言及していますが、本当に色々な要因が最悪の形で組み合った、人間関係の多重事故だと思います。
・ティターンズ強化
お話の都合上で言うと、アクシズが敵になりようがない以上、強化されてないとティターンズが相手にならないという世知辛い問題ががが……。
なので、規模感で言うと、数が倍近くなっているとイメージしていただければ。
バスクの名声補正もありますが、それを利用してジャミトフが上手くやったというのも大きいでしょう。
まだ他に理由もありますが、それは作中にて追々。
それでもティターンズの名前のある士官が少なすぎてジャマイカンですら殺したくないよ……w
ちなみに作中で擁護っぽい書き方をしていますが、ジャマイカンは戦術的判断はそんなにミスらないものの、人心掌握が致命的に下手なので差し引きマイナスだとは私も思っています。
戦死した後、ガディ艦長に「あいつがいたからアレキサンドリアは戦果を挙げられなかった」とかボロクソ言われてましたしねw
・カミーユ強化?
原作を見ていると、一年戦争に比べてMSの性能が上がっていることと、ティターンズがエリート部隊であることを差し置いたとしても、割とカミーユって苦戦描写多いんですよね。
無双描写に至ってはほぼないと言っていい感じ。
終盤でZガンダムに乗っていてもハイザック相手に手こずったりとかしています。
最優のニュータイプとは言っていいものの、パイロットとしての技量がそこに追いついていなかったのではないかと。
天パはノーカン。
あいつマジでなんなん?
この時代でも、あいつだけランドセルだけ切断とか別ゲーしてません?
まぁ、ティターンズが強化(数的な意味で)されているので、カミーユも強化(質的な意味で)されても問題はないでしょう。
・30バンチ会話劇
私的に解釈したこの時代の地球・宇宙論を、ケヴィンに言わせてみました。
TV版Zガンダムでのこのシーンのクワトロ大尉の話、結構抽象的で分かりづらいんですよね。
ニュータイプ関係の話を除いたら、「地球を汚染するな。人類みんな宇宙に上がれ」って環境論の話になっちゃうし。
まあ、私なりの解釈ですのでその辺りはご容赦ください。
・ライラ大尉生存
ビビってる白銀のガンダムがいるのに仕掛けないから、そりゃ生き残るよって話。
既に遭遇したので、ここから劇場版展開でカミーユに撃破されるってことも多分ないでしょう。
そうなると、ジェリドが若干マシな士官になりそうですね。
まあ誤差でしょうけど(無慈悲)
スパロボみたいにジェリド・ライラ・カクリコンの部隊とか組めそうですが、ライラはともかくカクリコンの死亡は、本人の気質的に避けられないんじゃないかなぁ?
一応ですが、グリプス戦役における終戦までの大まかなプロットが先日完成しました。
キャラが勝手に動くことによって細部は変更になるでしょうが、きちんと最後までの話の展開は考えております。
よろしければまたお付き合いいただけますと幸いです。