青春とは嘘であり、悪である。(連載)   作:10気筒VTEC

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中毒

雪ノ下雪乃は、悩んでいた。 八幡の異変は、明らかだった。だが、それが何に起因するのかが分からない。 鶴見留美の件で、一度は関係の崩壊を覚悟した。しかし、八幡は「変わる」と誓い、交際を維持することを選んだ。その八幡が、今、何かに怯え、疲弊している。

 

「彼は、また、何かを一人で背負おうとしているの……?」

 

雪ノ下は、かつてのように、独りで結論を出すことをやめた。彼女は、他者を頼ることを学んでいた。

 

彼女が電話をかけたのは、由比ヶ浜結衣だった。

 

「もしもし、ゆきのん? どうしたの、急に!」

 

電話口の由比ヶ浜の声は、明るい。

 

「由比ヶ浜さん。……少し、相談があるの。比企谷くんのことで」

 

その一言で、由比ヶ浜のトーンが変わった。

 

「ヒッキー? ヒッキーが、どうかしたの? ゆきのん、心配してたもんね……。私も、なんかヒッキー、最近変だなって思ってた!」

 

「ええ。……彼、大学のレポートやサークルで、無理をしすぎているのかもしれないわ。私が『変わる努力』を求めたせいで、彼を追い詰めているのなら……」

 

「そんなことないよ! ヒッキーだって、ゆきのんのために頑張ってるんだし!」

 

由比ヶ浜の善意が、電話越しに伝わってくる。

 

「でも、今の彼は、少し、一人で抱え込みすぎているように見えるの。だから、由比ヶ浜さんにお願いがあるわ。……彼が、無理をしないように、あなたが、彼の息抜きを手伝ってあげてくれないかしら」

 

雪ノ下は、自分が近づきすぎることが、八幡のプレッシャーになることを恐れていた。だからこそ、八幡が最も心を許しやすい(と雪ノ下が思っている)由比ヶ浜に、その役目を託したのだ。

 

「任せて、ゆきのん! ヒッキーが疲れてるなら、私たちがパーッと元気付けなきゃね! よーし!」

 

由比ヶ浜は、その純粋な善意で、この依頼を快諾した。

 

 

 

数日後。俺は、由比ヶ浜に「打ち上げ」という名目で、半ば強引にカラオケボックスに連れ出されていた。

 

「ヒッキー! もっと盛り上がってこー!」

 

薄暗い部屋の中、ミラーボールが回り、大音量で音楽が鳴り響く。由比ヶ浜だけでなく、戸部や海老名さん、三浦といった、あの高校時代のメンバーまで集まっていた。

 

「よぉ、ヒキタニくん! 大学でもぼっちとか、マジないわー!」

 

戸部の、悪気のない、しかし俺の神経を逆撫でする声。 由比ヶ浜が、雪ノ下の依頼を受けて、俺を元気付けるために企画した、サプライズパーティだった。

 

「由比ヶ浜さん。……これは、どういう……」

 

「えへへ。ゆきのんに聞いたんだ。ヒッキー、最近疲れてるって。だから、みんなで元気付けようと思って!」

 

由比ヶ浜が、屈託のない笑顔を向ける。 その笑顔が、俺の最後の理性を、粉砕した。

 

(元気付ける……? 俺が、疲れている理由も、知らないくせに)

 

雪ノ下は、俺を心配して、由比ヶ浜に頼んだ。 由比ヶ浜は、俺を心配して、この騒がしい場所を用意した。

 

彼女たちの善意が、俺の逃げ場を、完全に塞いだ。

 

(うるさい。うるさい。うるさい)

 

鳴り響く音楽。戸部の馬鹿笑い。由比ヶ浜の明るい歌声。 そのすべてが、俺の罪悪感を責め立てるノイズに変わった。

 

「……ヒッキー? どうしたの、顔、真っ青だよ?」

 

由比ヶ浜が、マイクを置いて、俺の顔を覗き込む。

 

その瞬間、俺の目の前で、由比ヶ浜の顔が、雪ノ下に、そして留美に変わった。

もう、誰が誰かも、自分が何であるかもわからない。

 

「……あ」

 

声が出ない。

 

「やめろ……。俺を見るな……!」

 

「ヒッキー!?」

 

息ができない。 喉が、見えない手で締め付けられるように、ヒューヒューと鳴る。 雪ノ下への嘘。 留美への依存。 友人たちの善意。 その全てが、俺の精神の上で、ぐちゃぐちゃに混ざり合い、俺を圧迫する。

 

「……う、ぁ……っ」

 

俺は、床に崩れ落ちた。息ができない。 手足が痺れ、視界が白んでいく。

 

「ヒッキー! しっかりして!」

 

「おい、ヒキタニくん!? どうしたんだよ!」

 

由比ヶ浜の悲鳴のような声と、戸部の慌てた声が、遠くに聞こえる。 俺は、もう、何も演じることができなかった。 雪ノ下の前で演じていた「変わろうとする俺」も、留美の前で演じていた「依存する俺」も、由比ヶ浜たちの前で演じていた「捻くれた友人」も。 そのすべてが、剥がれ落ちた。

 

意識が途切れる直前、俺のポケットの中で、スマホが振動した。 見なくてもわかる。

 

『八幡、今日はどうしてる? 無理してない?(留美)』

 

その通知の光が、俺の、最後の景色だった。

 

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