本日、二話目
夜の倉庫街は、潮と鉄の匂いが混じった、ひどく古びた空気を吐き出していた。
錆びたシャッター、割れたアスファルト、水たまりに映る街灯の白い光。そのすべてが、ここが人の営みから取り残された場所だと主張している。
――MEMちょの話を、アクアは思い返していた。
「二つの記憶を持ってるって言ったら、意外と“自分もある”って人がいたんだよね」
現実と食い違う記憶。
複数人が共有している記憶とは違う現実。
それを人はマンデラ効果と呼ぶのだと、MEMちょは軽い口調で教えてくれた。だが、軽い言葉の裏で、彼女の目は確かに怯えていた。
――二つの記憶を持つ者が、狙われている。
その仮説は、嫌なほどこの胸にしっくりと収まる。
そして、今夜もその「予感」は外れなかった。
アクアはすでに変身を終えている。
黒と緑を基調とした装甲が、街灯の光を鈍く反射する。人目はない。あったとしても構わない。この世界は、どうせすぐに“帳尻を合わせる”。
「……来る」
空気が歪んだ。
闇が、形を持つ。
倉庫と倉庫の隙間から現れたソレを見た瞬間、アクアは息を呑んだ。
――仮面ライダー?
人型。
複眼。
装甲。
そのシルエットは、あまりにも“自分”に近い。だが決定的に違う。色彩は歪み、装甲は生体的に脈打ち、全身から不快な違和感を放っている。
「……お前は、仮面ライダーなのか?」
問いかけに、返事はない。
次の瞬間、敵ライダーは地面を蹴った。
爆音と共に距離が消える。速い。鋭い。拳が一直線にアクアの顔面へ。
「っ!」
ガード。
だが衝撃は想像以上だった。装甲が軋み、火花が散る。防ぎきれなかった衝撃が腕を痺れさせる。
――重い。
続く連打。
肩、脇腹、太腿。ガードの隙間を縫うように叩き込まれ、被弾した箇所から火花が弾ける。
「くっ……!」
後退。アスファルトを滑る足。
敵は追う。無言のまま、ただ“排除”するために。
このままじゃ――
脳裏に、浮かぶ顔があった。
――俺が負けたら、どうなる?
答えは考えるまでもない。
「……分かった」
アクアは深く息を吸い、構えを変えた。
受けるのをやめる。流す。
敵の拳を受け止めず、軌道をずらす。肩で受け、腰を回し、重心を崩す。拳が空を切る。
「お前は――敵だ!!」
反撃。
腹部へ一撃。装甲が歪む感触。
続けざまに肘、回し蹴り。敵は体勢を立て直そうとするが、遅い。
跳ぶ。
夜空を切り裂くように、アクアの身体が宙を舞う。
回転。軸足を引き絞り、全体重と意志を一点に集める。
「――はああああ!!」
ライダーキック。
衝撃が爆ぜた。
火花と衝撃波が倉庫街に響き、敵ライダーは背中から叩きつけられる。装甲がひび割れ、黒い霧のようなものが噴き出した。
しばらくの沈黙。
やがて、敵は形を保てなくなり、影のように崩れ、消えていった。
アクアはその場に着地し、荒い息を吐く。
「……仮面ライダーに、似せた怪人」
拳を握りしめる。
あれは偶然じゃない。俺に“合わせて”きた存在だ。
――適応してきている。
仮面ライダーという存在。
二つの記憶を持つ者。
世界から消えたものと、向こう側から現れる怪人。
点と点が、少しずつ繋がり始めている。
「……待ってろ、アイ。ルビー」
夜風が装甲を撫でる。
アクアは静かに立ち上がり、再び闇の中へと歩き出した。
答えはまだ見えない。
だが、戦いは確実に次の段階へ進んでいた。