割れた窓から差し込む月明かりが、床に散らばる瓦礫を鈍く照らす。その中心に、仮面ライダーは立っていた。
黒と深い緑を基調とした装甲。胸部のラインは静かに脈打ち、まるで生き物のように淡い光を放っている。アクアはゆっくりと拳を握りしめ、息を整えた。
――来る。
その予感は、もはや勘ではなかった。世界が歪む前触れ。空気が軋み、現実の輪郭がぼやける感覚。
闇の奥から、ソレは現れた。
人型。しかし、どこか決定的に違う。仮面ライダーを思わせるシルエット。複眼のような眼部、胸部装甲、腕部の関節構造。だが、その表面は生物的で、金属と肉が無秩序に融合している。
怪人――いや、適応体。
「……また、近づいてきやがったな」
アクアは低く呟く。
前回よりも、明らかに“仮面ライダー”に似ている。構えも、動きも、無駄がない。世界の免疫――そう呼ぶしかない存在が、仮面ライダーという異物を排除するため、学習し、進化してきた結果だった。
適応体が地を蹴る。
一瞬で距離が詰まる。拳が唸りを上げ、空気を裂いた。
ガッ――!!
アクアは両腕でガードする。衝撃が装甲を通して骨にまで響き、火花が散った。
重い。以前とは比べものにならない。
「くっ……!」
踏みとどまるが、次の蹴りが腹部を捉え、アクアの身体が後方へ弾き飛ばされる。コンクリートに叩きつけられ、粉塵が舞った。
適応体は止まらない。追撃。回転しながら放たれる連続打撃。
アクアは転がり、かわし、受け流す。だが、完全には捌ききれない。肩、脇腹、太腿――装甲がきしみ、身体が警報を発する。
(強い……!)
単純な力だけじゃない。動きが合理的だ。
まるで、自分自身と戦っているような錯覚。
適応体の拳が迫る。
その瞬間、アクアの脳裏に浮かんだのは、瓦礫でも月光でもなかった。
ルビー。
絵を描きながら、時々こちらを見るあの表情。
そして――アイの笑顔。
「……負けるわけには、いかねぇんだよ」
低く、しかし確かな声で呟く。
適応体の拳を、今度は正面から受け止める。
衝撃に膝が沈む。それでも、踏みとどまる。
「世界が悲劇を望むなら……」
アクアは適応体の腕を掴み、力任せに引き寄せる。
「俺は、それに逆らうだけだ!」
肘打ち。
適応体の頭部が跳ね上がる。続けてボディへの連打。装甲同士がぶつかり合い、火花と金属音が夜に響く。
適応体は怯まない。
逆に、アクアの動きに合わせ、より洗練された反撃を繰り出してくる。膝蹴り、回し蹴り、カウンター。
その一撃一撃が重く、正確だ。
アクアの視界が一瞬、白く弾ける。
膝が折れそうになる。
(このままじゃ……)
だが、その瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
燃えるような感覚。
仮面ライダー魂――正義に憧れ、守りたいと願い続けた想いが、確かにそこにあった。
アクアは立ち上がる。
痛みを無視し、最後の力を振り絞る。
「仮面ライダーは逃げない!」
叫びと同時に、全身の力を右腕に集中させる。
「――ライダーッパンチッ!!」
渾身の――ライダーパンチ。
黒と緑の拳が、一直線に突き出される。音が遅れて届く。適応体の胸部が歪み、光が裂け、内部構造が崩壊していく。核が砕け散り、夜に溶けるように消えた。
アクアは片膝をついた。
呼吸が荒い。装甲は傷だらけで、内部のダメージも無視できない。
それでも、視線は前を向いていた。
「……適応してきた、ってことは」
「俺の存在が、世界に効いてるってことだ」
ならば、止まる理由はない。
ルビーとアイが、笑い合える世界を取り戻すために。
仮面ライダーは、再び立ち上がる。
燃える魂は、まだ消えていなかった。