本日、二話目
昼下がりのリビングは、いつもより少しだけ静かだった。
カーテン越しの光が床に淡く広がり、壁に掛けられた時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
いつものように、絵を描くルビーがふと、アクアを見る。
何かを察している――そんな目だった。
アクアはキッチンでコーヒーを淹れていた。
黒い液体がカップに満ちるのを見つめながら、胸の奥で静かに燃え続ける“何か”を感じている。
仮面ライダー魂。
言葉にならない衝動と使命感が、今日に限ってやけに強かった。
「……ルビー」
呼びかけると、ルビーは少し驚いたように顔を上げる。
「なに? お兄ちゃん」
カップを二つ持ってリビングに戻り、テーブルに置く。
いつもの光景。
けれど、今日は“いつも”が終わるかもしれないという予感が、アクアの中に確かにあった。
「ちょっと、出かけてくる」
その言葉に、ルビーの指が止まる。
何も聞かずに「行ってらっしゃい」と言うこともできたはずなのに、今日は違った。
「……また、危ないところ?」
ルビーの声は、明るさを保とうとしている分だけ、少し震えていた。
アクアはルビーの前に立ち、ルビーと視線を合わせる。
誤魔化すことはしなかった。
「多分な。でも――」
一拍置いて、アクアはゆっくりと微笑んだ。
「必ず戻る。アイも、連れ帰る」
その名前を聞いた瞬間、ルビーの瞳がわずかに潤む。
それでも彼女は、泣かなかった。
泣けば、アクアを引き止めてしまう気がしたから。
「……うん」
ルビーは小さくうなずき、精一杯の笑顔を作る。
「いってらっしゃい。お兄ちゃん」
その笑顔は、昔と変わらない。
アイがいた頃、三人で並んで笑っていた頃のままだ。
アクアはその表情を胸に刻み込む。
「ミヤコさんとMEMちょには話してある。何かあったら、すぐ連絡しろ」
「わかってるってば。MEMちょ、さっきも変なスタンプ送ってきたし」
少しだけ空気が和らぐ。
アクアは軽く息を吐き、立ち上がった。
玄関へ向かう背中に、ルビーの声が飛ぶ。
「お兄ちゃん!」
振り返ると、ルビーは少し照れくさそうに、でも真剣な顔で言った。
「……絶対、負けないでね」
アクアは一瞬だけ目を閉じ、それから力強くうなずいた。
「仮面ライダーは、負けない」
玄関の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
―――
昼間の採掘場跡地は、風が強かった。
剥き出しの岩肌、削られた地面、かつて人の営みがあった痕跡だけが残る場所。
アクアはすでに変身を終え、そこに立っていた。
黒と緑を基調とした装甲が太陽光を鈍く反射し、赤い複眼が静かに輝く。
《予感がする》
いや、これは予感ではない。
胸の奥で、仮面ライダー魂がはっきりと叫んでいた。
――最終決戦は近い。
崖の上に、影が現れる。
かつて倒した適応体たち。
一体一体が、以前よりも洗練され、仮面ライダーに近い姿へと変貌している。
世界が、必死に“修正”しようとしている証拠だ。
そして、その中央に立つ存在。
明らかに違った。
無駄のないシルエット、完成された装甲。
まるで“正解”の仮面ライダー。
「……お前が、ボスか」
アクアの問いに、敵ライダーはゆっくりと頷く。
「そうだ」
声は冷静で、感情が読めない。
アクアは一瞬だけ警戒を強める。
罠かもしれない。
だが、やることは決まっていた。
「全員倒す。アイを取り戻す。そして、この世界を守る」
その宣言に、敵ライダーは小さく笑った。
「何がおかしい」
「いいや。ただ……人間らしいと思ってな」
敵ライダーは背後の適応体たちを一瞥する。
「こいつらをすべて倒したら、教えてやる。
世界が、何を望んでいるのかを」
次の瞬間。
適応体たちが、崖の上から一斉に飛び降りる。
重力を無視するかのような動きで、一直線にアクアへと襲いかかった。
アクアは拳を握りしめる。
脳裏に浮かぶのは、ルビーの笑顔。
アイの声。
騒がしくて、温かかった日常。
「――来い」
黒と緑の仮面ライダーは、地を踏みしめる。
世界が悲劇を望もうとも。
修正が運命だとしても。
それでも――
仮面ライダーは、諦めない。
最終決戦の幕は、確かに上がった。