ヤンデレマッドサイエンティスト妹の悪戯   作:動伊勢けむり

3 / 3
3話 妹の髪を乾かす/鯨谷りんの一夜作戦

 それは、ある日曜日のことだった。一人で──りんちゃんは研究にお熱だった──商店街を歩いて食材を買い込んでいると、一枚の抽選券を貰った。どうやら商店街でキャンペーンをやっているらしく、一定以上の金額のお買い物をすると抽選ができるとのことだった。

 折角なのでやってみることにした。仮設テントの抽選会場で、はっぴを着たお兄さんに券を渡す。木でできた八角柱の箱を回して、出てきた球の色で投球が決まるという奴だ。

 

「どうぞお姉さん」

「よい、しょ……結構重いですね……と、何色かな?」

 

 数回転させると、箱の側面について穴から小さな球が出てきた。見ると、緑色をしている。緑色は何賞だったか──とパネルを見るや否や、からんからんと大きな音が耳元で鳴った。

 

「おめでとうございます、一等です!」

「え? 緑が?」

「はい! うちは、緑町商店街なので!」

「……金色とかじゃないんだ」

 

 どうやら、緑色は一等賞だったらしい。からんからんとベルを鳴らして、係の人達は口々に「一等が出ました!」「一等賞です!」「一等! 一等!」と言い騒ぐ。注目されて恥ずかしい反面、一等が当たったのは嬉しい。

 さて、一等の景品は何だろう。そう思っていると、係の人が「こちらが景品です!」と、一枚の封筒を手渡してくれた。どうやら一等の景品は、高級旅館のペア宿泊券だったようだ。──確かこの旅館、1泊夕朝食付きで、一人8万円ぐらい、したような……?

 

「ささ、どうぞ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 封筒をかばんにしまい、会場を後にする。──ペア宿泊券か。そうだ、りんちゃんを誘って旅行に行ってみるのはどうだろうか。次の連休なら私も大分暇だ。

 幼い頃、私とりんちゃん、それぞれの家族で旅行に行ったことが一度ある。りんちゃんはうきうきとしていて、私も楽しかった。私が大人になり、彼女も成長した今、もう一度旅をしてみたい。そんな気持ちになっていた。

 

 

 

 

「と言う訳なんだけどさ。どうかな、りんちゃん。次の連休、一緒に旅行に行かない?」

 

 その日の夕食。二人で食卓を囲みながら、私は打ち明けた。……内心、「研究の方が有意義だ」「……あまり外に出るのは好みではないな」と断られることも想定していた。けれど、返ってきた答えは違っていた。

 

「絶対行く!」

 

 即答だった。あまりの勢いに、状況が理解できなかった。少しして、彼女が承諾したのに気が付いた。

 

「え? あ、い、行くんだよね?」

「だから、そう言っただろう? ……ボク様が行くと言っただけで、何をそんなに驚くことがあるんだ」

「あ、ご、ごめんね? その、ちょっと考え事しちゃってたかも」

「……ふーん?」

 

 まさか、「行かないって言うんじゃないかなと思っていた」なんて言える訳も無く。私はその場を誤魔化した。りんちゃんはむすっとしながらも、ご飯を食べ進める。今日の献立は、夏でもさっぱり冷しゃぶだ。ヘルシーだし、ビタミンが豊富なので、夏の食卓にはよく並ぶ。

 

「……まあいいか。それで、叶葉。行き先はどこなんだ? ペア宿泊券があたった、というのは聞いたけれど」

「そう、そこ気になるよねぇ~。なんと~これ、です!」

 

 じゃじゃん! と、私はペア宿泊券を取り出す。そこに書かれているのは、在里凪温泉竜閣荘(ありなおんせんりゅうかくそう)。私の想像通りならば、1泊8万円の高級宿だ。

 

「……ああ、在里凪温泉か。で、竜閣荘……結構高級だったのではなかったか?」

「そう! しかも良く見たらさ、ほらここ。なんと、ちゃんと晩ご飯も、朝ご飯もついてくるんだよね」

 

 チケットを指さす。細かい条件が書かれた所には、確かに夕朝食付きの文字がある。夕食はすき焼きで、朝ご飯は御膳らしい。

 

「へえ、いいじゃないか。……へえ、叶葉。どうやら、露天風呂付きの部屋らしいぞ」

「わ、本当だ!」

 

 りんちゃんの指が、別の所を指す。なるほど、かなりグレードの高いプランらしい。せいぜい数千円の買い物が、ここまで化けるとは。あの商店街、今後も通おう。

 

「ふふ、叶葉と旅行か。懐かしいな……あの時はまだ、ボク様は小学生だったかな?」

「そうそう。その頃のりんちゃん、とっても可愛かったなぁ……勿論、今も最高に可愛いけど」

「……ふ、そうか。……まあ、悪い気はしないな」

 

 彼女はそこで、俯いてお茶を飲んだ。喉が渇いていたのか、ごくごくと一息で飲み干した。出がらしの麦茶を注いであげると、そちらも半分ほど一気に飲む。顔を上げた彼女の頬は赤い。暑かったのだろうか。冷房は効いている筈だけれど。

 

「それで、日程は次の連休で良い? 勿論、用事があるなら優先して大丈夫だよ、私の方で合わせるから」

「いや、空いているから問題ないよ。……それに、お姉ちゃんとの旅行なら……他の予定なんて……」

「え、何か言った?」

「……何も」

 

 彼女は私の提案に首肯する。途中、なにかぼそぼそと呟いていたけれど、お茶を注いでいて聞こえなかった。

 そうこうしているうちに二人ともご飯を食べ終わっていた。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさま……りんちゃん、今日はお風呂、どうする? 先に入る?」

「そうするよ。……その、少し運動していて、汗が、な」

「うん、分かった。じゃあ、すぐ沸かすね!」

 

 ボタン一つで、風呂の湯が沸く。随分と楽だ。一人暮らしをしている同僚には羨ましがられる。ただ、りんちゃんが言うには「ボク様なら五右衛門風呂の物件だろうがリモコンはつけられるぞ?」とのことだ。流石はりんちゃんだ。

 数分待てば、お風呂が入ったことを知らせる音楽が鳴る。鳴るや否や、りんちゃんは風呂場へ。中々に素早い動きだ。結構汗をかいていたのかな。

 

「よーし、皿洗いだ」

 

 彼女の風呂を待つ間に、皿を洗うことにした。りんちゃんは結構長風呂だ。まあ、あれだけ綺麗な長い髪なのだから、当然と言えば当然だけれど。

 

「冷しゃぶは、油汚れが無いから楽だなぁ」

 

 鍋を、洗剤をつけたスポンジで洗う。茶碗、コップ、平皿、箸。数ヶ月もやると案外慣れるものだ。水で流して、ふきんで軽く洗って水切りかごに置く。手袋──二人暮らしを初めて最初の方は着けていなかったが、“手が荒れるだろう”とりんちゃんに言われてから着けるようにしている──を脱いで時計を見ると、りんちゃんが風呂に入ってから10分ほど経っていた。もう少しかかりそうだ。

 ソファに座って、テレビのリモコンをいじる。特に見るものは無い。ただ、生活音として流している方が落ち着く。いくつかチャンネルを回していると、ふとニュースが目にとまった。……国内での、銃撃事件。ここ最近、ずっとニュースではこの話題で持ちきりだ。

 

『首都圏で起こった銃撃事件ですが、容疑者は黙秘を貫いています。警察は拳銃の出所について調査を進めており……』

 

 街中で突如、青年が銃を乱射。幸い死者は出なかったが、重傷者多数。センセーショナルな事件をマスコミ各社が報じている。

 事件で注目されているのは、犯人がどうやって銃を手に入れることができたのか。というのも犯人は引きこもりだったらしく、事件以前は、ほとんど外出していなかったという。しかし彼が使っていた銃は、犯罪組織などで取引されているコピー品で、入手経路が不明だというのだ。背後に組織があり、銃を供与しているというのが、主な見解。

 ──そんな事件が、短期間で3件発生した。

 

『監視カメラなどの映像から、警察は事件発生1週間前、容疑者の自宅に荷物を配達した配達員を関係者として捜索──』

「つまらないニュース。アニメはやっていないのかな?」

「あ、りんちゃん。上がったんだ」

 

 後ろから伸びてきた手がリモコンを弄る。画面は切り替わり、化粧品か何かの広告が映る。振り向くと、タオルを頭に巻き、薄い桃色のパジャマを着たりんちゃんだ。

 

「アニメは、あんまり今の時間はやってないかなぁ……」

「ふーん」

 

 彼女はそのまま、私の隣に座る。フローラルな香りが漂う。私と彼女は同じシャンプーやボディソープを使っている筈なのだが、妙なことに彼女の纏う芳香の方が、良く感じられる。

 ……こうして見ると、やっぱり肌が白い。金色の髪と相まって、まるで精巧に作られた人形のような美しさだ。

 

「……叶葉、何かボク様の顔についてる?」

「え?」

 

 彼女の姿に見とれていると、こちらを振り向いた彼女が首をかしげた。風呂上がりで前髪を上げているからか、どこか表情は幼く感じられる。

 

「別に叶葉だから良いけれど、じっくり見られると少し気になる」

「あ、ごめんね? その、やっぱりりんちゃんは可愛いなぁって思って」

「……へーえ。そうか、ボク様は可愛いか」

「うん、勿論!」

「叶葉に言われると、悪い気はしないな。よし、じゃあ叶葉。そんな可愛いボク様からぁ、叶葉に一つお願いをしようかなぁ~」

 

 彼女は見るからに機嫌が良くなり、足をパタパタと動かしながら鼻歌交じりに、私に“お願い”を告げる。

 

「ボク様の、髪を~乾かして貰おうかな!」

「髪を?」

「そうだ。幼い頃はよく、やってくれていただろう?」

「あー、そうだったね。懐かしいな」

 

 言われて、昔を思い出す。まだ彼女も私も小学生の時なんかは、二人で一緒にお風呂に入っていた。私は姉として振る舞いたかったから、彼女の髪を乾かしてあげていた。彼女も彼女で、私がりんちゃんの髪に触れていると、どこか楽しそうに、鼻歌を口ずさんでいた。

 

「久々に……その、して欲しいな、と……思うんだが、ダメ、かな……?」

 

 りんちゃんは、少し肩をすくめて、どこかか細い声で続ける。可憐な彼女の様子に心を打ち抜かれ、私は直ぐさま「大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい!」と返事をしていた。それを聞いたりんちゃんはほっとした様子で、「じゃあ頼んだ」と微笑む。

 ドライヤーを持ってきて、彼女を椅子に座らせる。このくらいの高低差があった方がやりやすい。……子どもの頃は、二人とも立ったまましていたから、時折まだ濡れているなんてこともあった。

 

「……やっぱりりんちゃんの髪の毛、本当に綺麗だね」

 

 冷風でゆっくり乾かしていく。……自分の髪を乾かすときなんかはあまり気にしないのだが、りんちゃんの髪となれば話は別だ。

 

「ふふ……相変わらず、叶葉は丁寧だな」

「そりゃあ、りんちゃんの髪だもの。傷んじゃったりしたらダメだからねぇ」

 

 言葉をかわしながら、指で髪を梳かし、乾かしていく。風に揺られる彼女の髪は美しく、肌に触れる感触は柔らかい、まるで、金色の絹のような。

 そんな美しい髪が、背中程まで伸ばされている。けれども傷みは無く、どこもかしこも綺麗だ。

 

「……ちゃんと、お手入れはしてたの?」

「まあ、そうだな。ある程度気は使っていた」

「へえ、やっぱり。凄く綺麗だもんね。流石はりんちゃんだ。……昔なんか、『面倒くさい』って言って、全部ケアは私がやってたもんねぇ」

 

面倒だから、お姉ちゃんがやって。……そんなの、必要なの? 私が彼女の髪とかお肌とかに気をつけるように言う度に、彼女は気怠げにそう返していた。

 その頃を思い出して、自然に頬が緩む。当の彼女はと言えば、少し頬を膨らませている。

 

「……むぅ、そんな昔のこと言わなくたっていいじゃないか。というか、その頃の叶葉の知識だって……そこまでだっただろう?」

「う、それを言われると……」

 

私は少しませていたので、子どもながら美容の雑誌を読みあさっては、かじった知識であれやこれや話していた。面倒くさがりながらも甘える妹と、聞きかじっただけの知識で世話を焼こうとする姉。そんな事を思い出しながら、彼女の髪を乾かしていく。量が多いから、なんだかんだと時間がかかる。

どこか気まずくて、どちらも暫く黙っていた。部屋にはテレビから垂れ流される音楽番組の流行の曲と、ドライヤーの音だけが響いている。

 

「……まあ、それに。その……ほら。もしかしたら、気づかないかも、しれないだろう?」

 

 暫く押し黙った後、絞り出す様な声で、彼女は言った。

 

「……気づかない?」

「……その。昔は良く、ボク様の髪とか、褒めてくれていただろう? 綺麗だ、綺麗だと。……今でもはっきり言って、ボク様に容姿の美醜とか、そういうことは分からない。でも……その、叶葉が褒めてくれた髪が、綺麗で無くなっていたら……ボク様だって、気づいてもらえないかも……だから。いつか、再会したときに。……それは困る、から」

 

 途切れ途切れに。やっぱり絞り出すようなか細い声で、彼女は続けた。ともすれば、ドライヤーにもかき消されてしまうような声。けれども私の耳には、一言一句、しっかりと届いていた。

 普段は強気な彼女が時折見せる、弱気。けれどもそれがどこか、引っ込み思案だった昔のりんちゃんを思わせる。……私は愛おしくなって、ドライヤーを手放し──後ろから、りんちゃんを優しく抱き締めた。

 

「……ふふ、そんなこと心配してたんだ。大丈夫……私がりんちゃんを忘れることも、気づかないことも、ないよ」

「……うん、なら、いいけど……」

 

 ──こうしているとよく分かる。りんちゃんは、昔のりんちゃんのままだ。大切な、私の妹。まあ、従姉妹、だけれど。

 愛おしさに抱きついてしまっても、彼女は離れない。大きくなったから、こういうスキンシップはあまり好きではなくなったのかな、とも思っていたけれど、どうやら違ったみたいだ。──もしも、反抗期なんて来たら、怖いなぁ。いや、でも反抗するとしても、私に、なのだろうか?

 

「さっ、乾いたよ。じゃあ、私もお風呂入ってくるね!」

「……あ、あぁ」

 

 彼女から離れ、ドライヤーを持って、お風呂場へ。久しぶりに彼女の髪を乾かして、お姉ちゃんっぽいことができたからか、気分が良い。心なしか、普段の何も変わらないバスタブに入ったお湯が、温泉のようにも感じてしまう。

 その後風呂を上がって、二人でテレビを見たり、久しぶりにゲームをやったり──彼女が作ったというVRのホラーゲームは非常に怖かった──して、その日は眠りに就いた。ただ、風呂から上がった後のりんちゃんが、一瞬だけ固い顔をしていたのが、妙に気に掛かった。

 

 

 

 

 お姉ちゃんは、優しい。お姉ちゃんは、美しい。お姉ちゃんは、可愛い。お姉ちゃんは素敵で、賢くて、誰よりも私の側にいてくれる。

 

私が返事を書きあぐねて、結局出せずじまいだったのに、何年間もずうっと、お手紙を書いてくれた。可愛い便せんだった。偶に金庫から取り出して、最初から読み返している。段々と、手紙の中で変遷していくお姉ちゃんの姿を見ると、笑みがこぼれてくる。

 

 ──と、思いながら、風呂場へと歩いて行く姉の後ろ姿を見つめる。子どもの頃、風呂上がりに髪を乾かして貰う、あの時間が好きだった。優しい手触り。髪は女の命とも言うけれど。そんな私の命を、姉が丁寧に扱ってくれるあの瞬間が、たまらなく好きだった。

 

「……旅行、楽しみだなぁ。相変わらず叶葉は、運が良い」

 

 テレビに映る、温泉街。私達が行く予定の場所とは違うけれど、石畳の町並みを、浴衣に身を包んで歩く。そんな光景が、目に映る。姉の浴衣は、幼い頃に何度か見た。浴衣では無いが、成人式で振袖を着た姿も、記憶に新しい。

 

両親伝にもらった姉の写真を見て、どれほその場にいたかったと、地団駄を踏んだことか。あれ以来、カメラのついたナノマシンやら、鳥形ロボットの開発に打ち込んだっけ。今では、昔読んだとある漫画に出てくる、極小の虫型ロボットくらいなら作れるようになった。

 

『──警察では、一連の事件が組織的犯罪であると見て、捜査を続けています。専門家からは、海外のマフィア組織との関連も──』

「……相変わらず、つまらないニュースだ」

 

 リモコンのスイッチを押して、チャンネルを切り替える。先ほどまでやっていたニュース。

 

“ある掲示板”に、合言葉を書きこんだ人物の元に、数丁の銃と弾薬が秘密裏に届けられる。その銃を使って、書きこんだ人物が銃乱射事件を起こす。──ということまでは、警察はまだ分かっていない、あるいは報道規制を敷いているかは知らないが、表向き世間に知られているのは、『銃など所持できるはずも無い人物が起こす乱射事件』だ。

 

 私なら、すぐにその掲示板にはたどり着ける。正直な話、どうでも良かった。というのも、掲示板に書きこむ人物の位置さえ把握していれば、姉が銃撃に巻き込まれて死ぬ可能性は無いからだ。──つまり、裏を返せば。

 

「在里凪温泉……か」

 

 掲示板に書きむ人物には、特徴がある。──有り体に言えば、糞程にもつまらない、社会不適合な引きこもり共だ。やれ「リア充氏ね」だのなんだのと大真面目に話す愚者。彼らにはどうやら、人生を楽しんでいる人間が憎く映るらしい。「人だかりに行って、銃をぶっ放したい」などという、理解不能な動機。勿論、実現しようとする者は本来ならば皆無だろう。

 

 だが、そんな奴らに、銃を渡せば。人だかりで、銃撃が起こる。その見極めが、“組織”は上手い。確かに、適当に混乱を招くならば、良い手段だ。──が。

 

「──私に……いや、お姉ちゃんに銃口を向けたのは……悪手だったな」

 

 掲示板に書きこんだ人物。その書き込みの中に、在里凪温泉というものがあった。人気の温泉地だ。暴れるにはもってこい──ということだろう。

 

 そして。その銃が届けられるのは、明後日の明朝。犯人が銃を撃つ日が、連休と重なれば? あるいは連休以前に事件が起きて、旅館の営業が中止になれば? 旅行など、できない。

 

「ふざけるなよ……? 旅行の邪魔など、させない」

 

 テレビは既に、違うニュースをやっている。──さて。明後日に届くのであれば、物流的に、リミットは明日の、業務開始時間までだろう。この後、風呂を出てきた姉と、いつものように過ごす。そして、姉が眠れば。

 

「……ひと晩で、潰してやる」

 

 銃をばらまく、“組織”を潰す。

 

 

 

 

 次の日の朝。いつもなら平日は、りんちゃんは朝ご飯を作り出す頃に起きてくる。ただなぜか、彼女は私が起きた時には、既に目を覚ましていたのか、ソファに座ってテレビを眺めていた。朝のニュース番組だ。彼女はそこまでニュースが好きではないのに、珍しい。

 

「おはよう、叶葉」

 

 私が起きてきたのに気づいたのか、彼女は振り返り、こちらを向く。

 

「……おはよう、りんちゃん。今日は、早起きだね?」

「まあ、一度目がさめてな。それで……まあ、二度寝するのもあれだから、こうして起きていたというわけさ」

 

 ふふ、と笑うりんちゃん。……なぜだろうか。顔を見ると、妙に違和感がある。元気がない。早く起きたから、まだ目が覚めていないのだろうか? それにしては、声に張りがない。もしかして。一つの可能性に思いつき、彼女に投げかける。

 

「……ねえ、りんちゃん。もしかして、徹夜した?」

「……い、いやぁ? そ、そんな徹夜など……してはいないがぁ?」

 

 嘘だ。露骨に目をそらし、声が震える彼女を見てすぐに気づく。……こちらに越してきて、1週間くらいだったろうか? 一度、彼女が徹夜をしていたことがある。徹夜は身体に悪い。まだ彼女は成長期だ。あの時は少しだけ注意して、それ以来していなかったのだが。

 

「……ねえ、りんちゃん。夜更かしは、身体に悪いんだよ?」

「い、いやぁ……まあ、その……け、んきゅうがはかどったというかぁ」

「例えそうでも。それで倒れたら、元も子もないでしょ? 徹夜は肌にも悪いし、脳にもダメージはいくんだよ? 折角可愛いし賢いんだから、しっかり寝ないとダメでしょ?」

「う、ぐ……」

 

 ばつが悪そうに、彼女は目線をそらす。肩をすくめる様は、まるで段々と小さくなっていくようだ。

 

「まったく……朝ご飯は冷蔵庫に入れておくから、一回寝てきなさい。おじさん達にも心配がかかっちゃうでしょ? 研究して徹夜して……それで倒れたら、研究もできなくなっちゃうかからね? 分かった?」

「う……わ、分かったよ、お姉ちゃん……寝てきます……」

 

 項垂れたまま、彼女は立ち上がり、リビングの扉へと向かっていく。──やっぱり徹夜をしたからだろう、少し足取りが重い。

 ただ、彼女は結構素直だ。私が注意したことは、しっかり聞くし、迷惑をかけるようなことも……あんまり、しない。きっと、彼女なりに理由はあったはずだ。帰ってきたら、ちゃんと聞いてあげよう。

 

「うん。起きてお腹が空いてたら、メモ書いとくから、しっかり温めて食べるようにね? じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ……」

 

 彼女の後ろ姿を見て、ちゃんと部屋に入ったことを確認した後、私は戻って、自分で作った朝ご飯を、ニュースを見ながら食べていた。

 適当に流し見していると、話題は最近話題の、銃撃事件へと切り替わる。ただ、その内容は思いも寄らないことだった。

 

『本日未明、インターネット上の掲示板を利用し、銃器を販売していたとして、指定暴力団“五九道(ゴクドー)組”の組長、五九度史春(ごくどうふみはる)が銃刀法違反の疑いで逮捕されました。警察は、容疑者が銃乱射事件に関与していたと発表しています』

「……え、首謀者?」

 

 どうやら、銃撃事件の背後には、暴力団がいたらしい。ニュースによると、掲示板の書き込みから、“銃を乱射する人材”を見つけて、供与していたらしい。

 首謀者が逮捕されたのは驚きだったが、それよりも驚きなのが、次いで逮捕された、無職の男性。何と彼は、在里凪温泉で銃乱撃を起こす予定……ということを、取り調べで供述したのだとか。

 

「……もしかしたら、巻き込まれてたかもね。怖いなぁ……にしても、なんで捕まったんだろう……?」

『……警察の発表では、ダークウェブ上へのアクセス記録から、容疑者を捕まえたとしています。専門家として、情報学に詳しい、別道教授にお越し頂いております。……教授、今回の逮捕については──』

 

 ニュースは、逮捕時の映像からスタジオへ。眼鏡をかけたひげ面の男性が、キャスターからの問に答える。

 

『警察の捜査で発見した可能性も高いですが……ダークウェブへのアクセスは通常、複数地域のサーバーを経由しますから、特定の難易度は極めて高い。よほど凄腕のハッカーが警察に協力したか、あるいは暴力団の組員が情報を漏らしてしまった……というのが、真相ではないんですかねぇ……』

「……へえ……ハッカー、ねえ……」

 

 もしかして、りんちゃんだったり──は、しないかな。彼女はあんまり、世間に興味も無いし。警察が頑張ったのだろうな。まあ、何はともあれ、安心だ。

 朝ご飯を食べ終わったので、テレビを消して、仕事へ向かう。普段なら、りんちゃんが玄関で見送ってくれるのだが、今日は一人だ。少しだけ寂しいけれど、大事なのは彼女の健康だ。

 

「いってきまーす」

 

 深呼吸を一つして、私は会社への道を歩き始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。