宇宙管理局の喫茶区画。
カイエの涙が。
ようやく落ち着き始めた頃だった。
テーブルの上には。
すっかり冷めたコーヒー。
ペルシアのプリンも。
半分ほど残ったまま。
先ほどまで。
カイエは。
言葉を出すたびに。
何度も呼吸を整えていた。
悔しかった。
辞めたくなかった。
十四班にいたかった。
皆と。
もっと働きたかった。
ずっと飲み込んでいたものを。
初めて。
全部口にした。
そして。
初めて泣いた。
今は。
目元こそ少し赤いものの。
呼吸は戻っている。
ペルシアも。
もう頭を撫でてはいなかった。
向かいの席へ戻り。
カフェラテを一口飲む。
少し。
ぬるい。
「……落ち着いた?」
ペルシアが尋ねる。
カイエは。
少し恥ずかしそうに。
目元へ指を当てた。
「はい」
「すみません」
「だから謝らない」
「……はい」
「それも、もっと普通に」
「分かりました」
カイエは。
ほんの少しだけ笑った。
その表情を見て。
ペルシアも。
少し安心する。
そして。
時計を見る。
かなり話した。
本来なら。
フレイのところへ戻れば。
机の上には。
逃げ出す前より多くの資料が積まれているかもしれない。
普通なら。
それを思い出して。
帰りたくなくなる。
だが今は。
別のことを考えていた。
目の前にいる。
カイエ。
真面目。
周囲をよく見る。
何かがおかしいと思えば。
普段は自分を抑える人間なのに。
乗客や仲間が危険へ晒された時には。
立場の強い相手にも。
言うべきことを言った。
そして。
感情的になった自分の行動まで。
後から省みる。
責任を。
他人へ押しつけない。
ペルシアは。
そういう人間を。
よく知っている。
宇宙管理局へ来てから。
様々な人材へ会った。
フレイ。
イーナ。
ジェームズ。
シャオメイ。
リリア。
フォックス達。
癖の強い人間ばかり。
でも。
共通していることがある。
必要な時に。
自分で考える。
相手の肩書だけを見て。
黙る人間ではない。
そして。
自分の仕事だけではなく。
その向こうにいる人を見る。
カイエは。
十分。
その中に入れる。
いや。
入ったその日から。
動ける。
ペルシアは。
少しだけ考えた。
それから。
カップを置く。
「ねえ、カイエ」
「はい?」
「一個、聞いていい?」
カイエが。
顔を上げる。
「はい」
ペルシアは。
少しだけ。
いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
だが。
目は真剣だった。
「宇宙管理局で働かない?」
カイエの動きが。
止まった。
「……え?」
「ここ」
ペルシアは。
軽く指で下を示す。
「宇宙管理局、私の下で働かない?」
カイエは。
本当に予想していなかったようで。
何度か瞬きをする。
「ペルシアさんの……下ですか?」
「そう」
「私、今は統括官だから」
少し胸を張る。
「一応、人を引っ張ってくる権限もあるのよ」
「一応なのですか?」
「細かいところはフレイに怒られるから、後で詰める」
「……」
「そこ、呆れない」
カイエの口元が。
少しだけ緩む。
ペルシアは。
今度は真面目に続けた。
「でも冗談で言ってるわけじゃない」
カイエの目が。
ペルシアを見る。
「カイエなら即戦力よ、十四班で何をしてきたか、私は知ってる。仕事の組み立ても、客室側の安全を見る目も周りを見て動けるところも、言わなきゃいけない時に、ちゃんと言えるようになったことも」
ペルシアは。
少しだけ笑う。
「前より、ずっと頼もしくなった」
以前。
通信越しにも。
ペルシアはカイエへ。
同じような言葉をかけた。
頼もしくなった。
その時。
カイエは。
任せてください。
と答えた。
ペルシアは続ける。
「フレイとも面識あるし、イーナとも、シャオメイとも、リリアとも、スリッピーとはゲームの話までしてたでしょう?」
「それは仕事とは関係ないです」
「でも人間関係としては大事」
「……そうかもしれませんが」
「ジェームズは」
ペルシアは。
一瞬考える。
「まあ、ジェームズは慣れれば何とかなる」
「そこだけ曖昧ですね」
「本人が面倒くさいから」
カイエが。
小さく笑った。
少し前まで。
涙を流していた顔。
それでも。
こうして笑える。
ペルシアは。
そのことが嬉しかった。
「どう?もちろん今すぐ返事しなくても――」
そこまで言った時。
カイエが。
静かに首を横へ振った。
ペルシアの言葉が止まる。
「……カイエ?」
カイエは。
少しだけ視線を落とす。
でも。
迷っている顔ではなかった。
「ありがとうございます」
先に。
そう言った。
「本当に嬉しいです。ペルシアさんに、必要だと思っていただけることも、宇宙管理局で働かないかと言っていただけることもすごく嬉しいです」
ペルシアは。
何も言わず聞く。
カイエは。
一度。
窓の外へ目を向けた。
宇宙港。
航路へ出ていく船。
整備区画。
管制灯。
これまで。
当たり前のように。
自分の周囲にあった世界。
宇宙。
フライト。
乗客。
船。
乗務。
ドルトムントへ入ってから。
ずっと。
その中にいた。
好きだった。
嫌いになったわけではない。
むしろ。
今でも。
好きなのだと思う。
だからこそ。
一度。
離れたかった。
「でも」
カイエは。
ペルシアへ向き直る。
「一度、宇宙関係から離れてみたいと思います」
ペルシアの目が。
僅かに動く。
カイエは続ける。
「ドルトムントを辞めたばかりで、すぐに別の宇宙関係の仕事へ入ったら、たぶん私は今までと同じことを、そのまま続けると思います」
「……うん」
「今回のこともナッシュさんのことも、自分が怒ったことも、異動になったことも、十四班を辞めたことも、まだ、自分の中で整理できていません」
ペルシアは。
静かに頷く。
「だから、少し離れて、宇宙とは関係ない場所で、自分が何をしたいのか、考えてみたいです」
カイエは。
ほんの少しだけ。
困ったように笑う。
「今まで宇宙関係以外の仕事を真剣に考えたこともなかったので」
「そうね」
ペルシアも。
少し笑う。
「カイエ、ずっとこっち側だったものね」
「はい」
「怖くない?」
カイエは。
一瞬考える。
「怖いです」
素直な返事。
「でも、今はその方がいい気がします」
ペルシアは。
暫く。
カイエを見つめた。
誘いたい。
それは。
本音だった。
カイエが宇宙管理局に来れば。
間違いなく助かる。
仕事は覚える。
周囲を見る。
フレイとも。
イーナとも。
リリア達とも。
きっと上手くやる。
何より。
自分が。
近くで見ていられる。
もう。
一人で抱え込ませずに済む。
そう考える自分もいる。
だが。
それは。
ペルシアの都合だ。
さっき。
自分で言ったばかり。
約束のために。
カイエが苦しむ必要はない。
なら。
宇宙管理局へ来ることだって。
同じ。
自分が必要だから。
カイエを引き止める。
そんなことは。
したくなかった。
ペルシアは。
息を吐く。
「そっか」
それだけ。
カイエが。
少し驚いたように見る。
「……いいんですか?」
「何が?」
「もっと」
「止められるかと思いました」
ペルシアは。
少しだけ目を細めた。
「止めてほしい?」
「いえ」
「なら止めない」
「……」
「それに」
ペルシアは。
カップを持ち上げる。
「私、さっき言ったでしょう?カイエが苦しい思いをするくらいなら私との約束なんてどうでもいいって」
「はい」
「それと同じ。私がカイエに来てほしいからって、カイエのやりたいことを曲げさせる気はないわ」
カイエの表情が。
僅かに緩む。
「でも」
ペルシアが。
指を一本立てる。
「覚えておいて」
「はい?」
「もし一回宇宙から離れて、色々やって、やっぱり宇宙がいいなって思ったら」
ペルシアは。
自分を指差す。
「その時は私のところに来なさい」
カイエが。
少し目を見開く。
「席、空けておくから」
「それは……」
「比喩よ。本当に席を一つ空席にしたら、フレイに怒られる」
「そうでしょうね」
「でも」
ペルシアは。
柔らかく笑う。
「戻ってきたいと思った時に戻れる場所が一個くらいあってもいいでしょ?」
カイエは。
何も言わなかった。
ただ。
目が。
また少しだけ潤む。
今度は。
泣かなかった。
「……ありがとうございます」
深く。
頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます」
「うん」
ペルシアは。
軽く笑う。
「行ってらっしゃい」
カイエが。
顔を上げる。
「……行ってきます」
その言葉。
退職した人間へ。
普通は。
言わないかもしれない。
さようなら。
お疲れ様。
元気で。
そういう言葉の方が。
自然なのかもしれない。
でも。
ペルシアは。
行ってらっしゃい。
と言った。
終わりではないから。
カイエも。
それを分かった。
◇
喫茶区画を出る。
宇宙管理局のエントランス。
カイエは。
来た時より。
少しだけ。
顔が軽くなっていた。
鞄の重さは。
変わっていない。
状況も。
何一つ解決していない。
ドルトムントを辞めた。
明日から。
仕事はない。
十四班へ。
もう出勤することもない。
それでも。
来た時とは。
違った。
ペルシアは。
入口まで見送る。
「じゃあ」
カイエが。
足を止める。
「ペルシアさん」
「何?」
「今日は突然来てしまって、すみませんでした」
ペルシアが。
すぐに眉を上げる。
「また謝った」
「……あ」
「次」
「ありがとうございます」
「よろしい」
ペルシアは。
満足そうに頷く。
カイエも。
少し笑う。
「では」
「ええ」
「また」
「うん。またね」
カイエは。
一礼する。
それから。
宇宙管理局のエントランスを出た。
ペルシアは。
その背中を。
見えなくなるまで見送った。
以前。
自分がドルトムントを去った時。
追いかけてきたのは。
カイエだった。
今日は。
逆。
去っていくカイエを。
自分が見送っている。
ペルシアは。
少しだけ。
寂しそうに息を吐いた。
「……頑張りすぎなのよ」
小さな独り言。
「ほんとに」
そして。
エントランスへ戻る。
その途中。
ペルシアは。
携帯端末を取り出した。
画面を見る。
連絡先。
エリン。
指が。
そこで止まった。
「……どうしようかな」
事情は。
カイエ本人から聞いた。
カイエが。
宇宙管理局へ来たこと。
泣いたこと。
十四班を辞めたことを。
どこまで。
エリンへ話していいのか。
カイエは。
エリンへ電話を返していないと言った。
きっと。
今。
十四班は大変なことになっている。
ククルなら。
絶対に泣いている。
エマも。
ミラも。
ランも。
ガーネットも。
そして。
エリン。
自分がドルトムントを辞めた時。
最後まで。
何も言わなかった自分を。
ペルシアは思い出す。
あの時。
残された側が。
どんな気持ちだったか。
今なら。
以前より。
分かる。
それに。
カイエは。
無事だった。
少なくとも。
一人で。
どこかへ消えたわけではない。
自分のところへ来て。
自分の言葉で話した。
それだけでも。
エリンに伝えれば。
少しは安心する。
「……一報だけ入れた方がいいか」
ペルシアは。
小さく呟いた。
全部は。
話さなくていい。
カイエが何を話したか。
そこは。
本人のもの。
でも。
無事だということ。
話はできたということ。
それだけは。
知らせよう。
ペルシアは。
エリンの名前を押した。
呼び出し音。
一回。
二回。
ほとんど間を置かず。
通話が繋がった。
『ペルシア!?』
いきなり。
エリンの声。
明らかに。
いつもより余裕がない。
ペルシアは。
僅かに眉を下げた。
「エリン」
『ごめん、今ちょっと――』
「カイエのことでしょ」
電話の向こうが。
止まった。
完全な沈黙。
そして。
『……どうして知ってるの?』
エリンの声が。
低くなる。
ペルシアは。
宇宙管理局のエントランスから。
つい先ほどまで。
カイエが歩いていた通路を見る。
「さっきまで」
少し間を置いて。
静かに言った。
「カイエ、私のところにいたから」
『……え?』
「大丈夫」
ペルシアは。
真っ先に。
それを伝えた。
「ちゃんと無事よ」
電話の向こうで。
エリンが。
大きく息を吸う音が聞こえた。
『……本当に?』
「うん」
『怪我は?』
「ない」
『体調は?』
「大丈夫」
『今どこにいるの?』
質問が。
立て続けに飛んでくる。
その速さだけで。
ペルシアには分かった。
エリンがどれだけ焦っていたのか。
「エリン」
『何?』
「一回、落ち着いて」
『落ち着けるわけないでしょう!』
珍しく即座に強い声が返ってきた。
ペルシアは少しだけ目を伏せた。
当然だ。
出勤したら。
カイエの机が空になっていた。
突然の人事異動。
冥王星。
退職。
電話にも出ない。
そんなことを。
一度に知らされた。
『朝まで普通だったのよ』
エリンの声が続く。
『昨日だって普通に話してた。私、何も聞いてない、何も相談されてない。それで突然辞めたって言われて』
声が。
僅かに震える。
『電話しても出ないし、メッセージも返ってこないし、どこにいるかも分からないし……』
ペルシアは。
何も挟まなかった。
エリンがそこまで言ってようやく息を吸う。
『……本当に無事なのね?』
「うん」
ペルシアは、はっきり答えた。
「ちゃんと自分の足でここまで来た。私と話してさっき帰ったところ」
電話の向こうから長い息を吐き出す音が聞こえた。
『……よかった』
小さかった。
でも。
心の底から出た声だった。
『本当に……』
『よかった……』
エリンは。
十四班事務所の隅で壁へ背を預けた。
少し離れたところでは。
ククルがエマに支えられながら座っている。
ミラとラン、ガーネットも。
何も言わずエリンを見ていた。
電話の相手が。
ペルシア。
そして。
エリンの口から。
カイエ。
という名前が出た。
それだけで。
全員が。
会話の内容を察している。
ククルが。
涙で赤くなった目を上げた。
「……カイエ?」
エリンは。
ククルを見る。
そして。
小さく頷いた。
「無事だって」
その一言。
ククルの顔が。
一気に崩れた。
「……よかったぁ……」
エマも。
大きく息を吐いた。
ミラは。
両手で口元を覆う。
ランも。
目を閉じた。
ガーネットだけは。
少し顔を伏せながら。
静かに胸を撫で下ろしていた。
だが。
エリンは。
そこで終われない。
端末を。
握り直す。
「ペルシア」
『何?』
「カイエは何て言ってたの?」
一瞬。
ペルシアが黙った。
エリンは。
すぐに続ける。
「どうして辞めたの?――異動のこと?――ナッシュの件?――誰かに何か言われた?――会社から圧力をかけられた?――私達に言えないことがあったの?――ペルシア。カイエは――」
『エリン』
ペルシアが。
静かに遮った。
エリンの言葉が止まる。
『そこはカイエ本人から聞いて』
「……」
『私から話すことじゃない』
エリンの眉が。
僅かに寄る。
「何か聞いたのね」
『聞いた』
「なら教えて」
『駄目』
「ペルシア」
『駄目』
同じ言葉。
軽くない。
統括官としてでもない。
ただ。
カイエの友人として。
線を引いている。
『あの子、自分で話すために私のところへ来たの。だったら、あの子が私に話したことを私が勝手に他の人へ渡しちゃ駄目でしょ』
エリンは。
何も言えなくなる。
分かる。
理屈では。
正しい。
でも。
心が追いつかない。
「……私には」
声が。
少しだけ低くなる。
「何も言ってくれなかった」
その言葉に。
ペルシアの表情が。
僅かに痛む。
『うん』
「私、そんなに頼りなかったのかな」
『違う』
即答だった。
エリンが。
僅かに目を上げる。
『それは違う。むしろ逆だと思う』
「逆?」
『エリンに話したら、止められるって分かってたんじゃない?』
エリンが黙る。
『あなた止めるでしょ』
「……止めるわよ」
考える必要すらなかった。
「当たり前でしょう。辞めるなんて言われたら。一緒に人事へ行く。タツヤ班長にも相談する。必要ならリュウジでもガーネットにも」
そこで。
エリンは止まる。
自分で。
分かってしまった。
ペルシアが。
静かに言う。
『でしょ?』
「……」
『だから言えなかったのよ』
エリンは。
空になったカイエの机を見る。
何もない。
いつもあった。
端末。
メモ。
マグカップ。
全部。
なくなっている。
『カイエ、皆に迷惑かけるのが嫌だったみたい』
ペルシアは。
事情そのものではなく。
カイエが話してもいいと判断できる範囲だけ。
言葉を選んだ。
『エリンが動く。タツヤ班長も動く。ククル達も怒る。それが嫌だったんだと思う』
「……迷惑なんかじゃない」
エリンが。
小さく言う。
『分かってる』
「迷惑なわけないでしょう」
『うん』
「カイエのためなら、何回でも動く」
『それも分かってる』
「だったら……」
そこで。
声が詰まる。
ペルシアは。
少しだけ。
目を閉じた。
『エリン』
「何?」
『今は』
少し間を置く。
『追わないであげて』
エリンの目が。
大きくなる。
「……何で?」
『カイエ、一回、宇宙関係から離れたいって』
「……え?」
それは。
初めて聞いた。
『私、誘ったの』
「誘った?」
『宇宙管理局で私の下で働かない?って』
エリンが。
少しだけ驚く。
『カイエなら即戦力だから』
「……あなたなら言うと思った」
『でしょ?』
一瞬。
いつものペルシア。
だが。
すぐに。
声が戻る。
『でも断られた』
「カイエが?」
『うん。一度、宇宙関係から離れてみたいって』
エリンは。
何も言わなかった。
十四班。
ドルトムント。
フライト。
客室。
これまで。
カイエが生きてきた場所。
その全部から。
一度。
離れたい。
それほど。
疲れていたのだろうか。
追い詰められていたのだろうか。
自分は。
近くにいたのに。
気づけなかった。
『だから』
ペルシアが続ける。
『少しだけ、好きにさせてあげよう』
「……」
『カイエは逃げたわけじゃない。自分で決めたの、今はその決めたことを、一回尊重してあげよう』
エリンは。
目を閉じた。
追いたい。
今すぐ。
カイエのところへ行きたい。
見つけて。
抱きしめて。
一人で決めないで。
戻ってきて。
そう言いたい。
それが。
エリンの本音だった。
でも。
思い出す。
ペルシアが。
ドルトムントを辞めた時。
自分達は。
何度も。
ペルシアを連れ戻そうとした。
戻ってきてほしかった。
当然だった。
でも。
ペルシアは。
宇宙管理局で。
新しい場所を作った。
新しい仲間を見つけた。
それでも。
十四班との関係は。
終わらなかった。
会社を辞めることと。
人との関係が終わることは。
同じではなかった。
「……ペルシア」
『何?』
「カイエ、泣いてた?」
今度は。
ペルシアの返事が。
少し遅れた。
『……うん』
エリンの呼吸が。
止まる。
『最後にちょっとね』
「……そう」
エリンの目が。
潤む。
「私の前では泣かなかったのに」
『たぶん泣けなかったんじゃない?』
その言葉が。
胸へ刺さる。
『カイエ。ずっと頑張ってたから、最後まで、ちゃんとしようとしてた』
「……」
『だから、今日くらい、泣いてもいいでしょ』
エリンは。
空席を見る。
そして。
ほんの少し。
笑った。
寂しい。
悔しい。
悲しい。
でも。
同時に。
少しだけ。
安心した。
「……ありがとう」
『何が?』
「カイエのところにいてくれて」
ペルシアが。
一瞬黙る。
『別に』
「そういうところ」
『何よ』
「素直じゃない」
『エリンに言われたくない』
「何でよ」
『リュウジのことになると急に面倒くさくなるじゃない』
「今その話関係ないでしょう!」
思わず。
声が戻った。
ククル達が。
一斉に。
エリンを見る。
電話の向こう。
ペルシアが。
少し笑った。
『うん、そのくらい声出るなら大丈夫ね』
「……あなたね」
『でも』
ペルシアの声が。
また柔らかくなる。
『エリン』
「何?」
『カイエを怒らないでね』
「怒らないわよ」
即答。
少し間が空く。
「……少しは怒るけど」
『怒るんじゃない』
「だって何も言わずに辞めたのよ?」
『私の時も怒った?』
「怒った」
『じゃあ同罪ね』
「あなたの場合はもっと酷かったでしょう」
『はいはい』
少しだけ。
二人に。
昔の空気が戻る。
それから。
エリンは。
真面目な声で聞いた。
「ペルシア」
『うん』
「カイエに私から電話していいと思う?」
ペルシアは。
少し考えた。
『今は出ないと思う』
「……そう」
『でもメッセージならいいんじゃない?』
「何て?」
『知らないわよ』
ペルシアは。
少し笑う。
『それくらい、エリンが考えなさい』
「……そうね」
『ただ』
「何?」
『戻ってきては、今は書かない方がいい』
エリンの指が。
端末の縁で止まる。
『カイエ、それを言われたくなくて、皆がいない時に辞めたんだから』
「……」
『だから、今は戻ってこなくていい。でもいつでも話を聞くくらいでいいんじゃない?』
エリンは。
少しだけ。
目を伏せる。
「……分かった」
『うん』
「ペルシア」
『何?』
「本当にありがとう」
今度は。
ペルシアも。
茶化さなかった。
『うん、じゃあ。そっちお願い』
「そっち?」
『ククル達』
ペルシアは。
簡単に想像できた。
泣いて。
怒って。
大騒ぎしている。
『絶対酷いことになってるでしょう』
エリンが。
少しだけ。
周囲を見る。
ククル。
泣いている。
エマ。
その背中を撫でている。
ミラも。
目が赤い。
ランも。
いつもより口数がない。
ガーネットも。
険しい顔。
「……ええ。かなり」
『でしょうね』
「あなたも来る?」
一瞬。
ペルシアが黙る。
『……今日は行かない』
「どうして?」
『カイエが私に会いに来たこと、今は私から広げすぎたくない』
エリンは。
すぐに理解した。
「分かった」
『それに』
ペルシアの声が。
ほんの少し。
嫌そうになる。
『私、戻らないと』
「何に?」
『仕事』
エリンが。
僅かに笑う。
「逃げてたの?」
『何で分かるのよ』
「あなたでしょう?」
『フレイに捕まった』
「でしょうね」
『ジェームズのせい』
「違うと思う」
『みんな冷たい』
「ちゃんと仕事して」
『エリンまで……』
それでも。
先ほどまでより。
空気は。
少しだけ軽くなった。
「じゃあ、また連絡する」
『うん』
「ペルシア」
『何?』
「カイエのこと頼んでいい?」
少しだけ。
昔と逆だった。
かつて。
ペルシアが。
十四班を。
カイエ達を。
エリンへ残していった。
今は。
エリンが。
カイエを。
ペルシアへ頼んでいる。
ペルシアは。
少しだけ。
目を細めた。
『もちろん』
短く。
はっきり答えた。
通話が切れる。
◇
十四班。
エリンは。
端末を下ろした。
全員が。
こちらを見ている。
ククルが。
一番に立ち上がった。
「エリンさん!カイエは!?どこにいるんですか!?戻ってくるんですか!?」
エリンは。
ククルを見る。
それから。
エマ。
ミラ。
ラン。
ガーネット。
全員を見る。
「カイエは無事」
まず。
それを伝える。
「少し前までペルシアと一緒にいたって」
ククルの目から。
また。
涙が落ちる。
「ペルシアさんのところに……」
「うん」
「ちゃんと話もできたって、怪我もしてない」
ミラが。
胸へ手を置く。
「よかった……」
ランも。
静かに息を吐いた。
エマは。
ククルの肩を。
そっと抱く。
ガーネットが。
エリンを見る。
「それで戻ってくるの?」
エリンは。
少しだけ。
黙った。
そして。
首を横へ振った。
「今は戻らない」
ククルの顔が。
また歪む。
「何でですか!私、迎えに行きます!」
「ククル」
「場所聞いてください!私が――」
「駄目」
エリンが。
静かに言った。
ククルの言葉が止まる。
「今は追わない」
「……え?」
誰もが。
意外そうに。
エリンを見る。
先ほどまで。
誰より。
カイエを探そうとしていた。
そのエリンが。
追わない。
エリンは。
カイエの空席を見る。
「カイエ、一回、宇宙関係の仕事から離れてみたいんだって」
ククルが。
言葉を失う。
「ペルシアが宇宙管理局へ来ないかって誘ったみたい。でもカイエは断った」
エマの目が。
少しだけ変わる。
「それほど離れたいってことなんですね」
「……たぶん」
エリンが答える。
「だから今はカイエの時間を作ってあげようと思う」
ククルが。
唇を噛む。
「でも……」
「寂しいよね」
エリンは。
先に言った。
「私も寂しい。すごく腹も立ってる。何も言ってくれなかったこと、勝手に辞めたこと。全部」
少しだけ。
笑う。
「次に会ったら、絶対言う。一人で決めないでって」
「……」
「でも」
声を。
柔らかくする。
「今は、戻ってきてって言わない」
ククルの目から。
涙が落ちる。
「……嫌です」
小さな声。
「私、カイエとまだ仕事したいです」
「うん」
「ゲームの話ももっとしたかった」
「うん」
「フライトも一緒に……」
エマが。
ククルを抱く。
ククルは。
その肩へ顔を伏せた。
「辞めるなんて嫌です……」
エリンは。
何も否定しなかった。
「うん」
ただ。
頷く。
「私も嫌」
その一言で。
ミラの目からも。
涙が落ちた。
ランは。
顔を伏せる。
ガーネットも。
黙ったまま。
カイエの空席を見る。
十四班に。
初めて。
本当に。
一つの席が空いた。
ペルシアが辞めた時とは。
違う。
あの時。
ペルシアは。
宇宙管理局という。
次の場所へ向かった。
今。
カイエは。
まだ。
行き先すら決めていない。
でも。
それが。
本人の選んだ道。
なら。
今は。
無理に引っ張り戻してはいけない。
エリンは。
自分へ。
そう言い聞かせた。
そして。
携帯端末を開く。
カイエとのメッセージ画面。
何度も送った。
『今どこ?』
『会社に戻ってきて』
『一人で決めないで』
それらを。
しばらく見つめた。
そして。
新しい文字を打つ。
『カイエ』
指が止まる。
一度。
深く息を吸う。
『ペルシアから無事だと聞いたよ。今すぐ戻ってきてとは言わない。怒ってない』
そこで。
少し考え。
一文だけ。
付け加えた。
『でも、あなたが十四班の仲間じゃなくなったとは思ってないから』
送信。
エリンは。
画面を見つめる。
既読は。
まだつかない。
それでも。
もう。
電話はかけなかった。
「……待つわ」
小さく。
呟く。
カイエが。
自分から。
こちらを向くまで。
今は。
待つ。
それも。
仲間を守る方法なのだと。
エリンは。
初めて。
自分へ言い聞かせていた。