事故船が、宇宙管理局の外郭係留エリアに近づいてきた。
大型モニターに映るその姿は、もはや宇宙船というより、かろうじて形を保った金属の塊に近かった。船尾は抉られ、エンジンブロックは消滅し、外殻の一部はめくれ上がっている。だが、中央部はまだ生きていた。生命維持も、か細いながら動いている。
そして、その傷だらけの船を、四機のアーウィンが支えていた。
フォクスとクリスタルが牽引ラインを保ち、スリッピーが船体強度と張力を読み続け、ファルコが周囲を旋回しながら警戒している。
ペルシアはオペレーションルームの中央で、モニターから一瞬も目を離さなかった。
「係留班、受け入れ位置は?」
「第三外郭係留ポイントを確保しました!」
「医療班は?」
「搬送チーム三班、待機完了。低温症、外傷、酸欠を想定した処置準備も完了しています!」
「救助艇は?」
「事故船後方で待機中。スターフォクスの牽引ラインには干渉していません!」
「よし。係留班、ライン受け取りの準備。無理に引っ張らないで。事故船の姿勢が崩れたら終わりよ」
「了解!」
オペレーションルームは騒然としていた。
だが、最初の混乱とは違う。
声に芯がある。
情報の出し方も少しだけ短くなっている。
まだ遅い。まだ雑な部分もある。だが、さっきよりは確実に動いている。
ペルシアは苛立ちを抑えながらも、そこだけは認めていた。
フレイが横に立ち、端末を片手に言う。
「統括官、宇宙警察の艦艇が外郭に到着しました」
「タイミング悪いわね」
「正確には、スターフォクスが事故船を係留圏内に入れた直後です」
「もっと悪いわ」
ペルシアは眉間に皺を寄せた。
宇宙警察。
事故の通報を受けて動いたとはいえ、実際に間に合わなかった。
その間にスターフォクスが現場へ入り、海賊を追い払い、事故船を牽引して帰ってきた。
普通に考えれば、感謝されるべきだ。
だが、宇宙警察はそう単純ではない。
宇宙ハンター。
宇宙管理局との関与禁止。
未登録機。
宇宙海賊との交戦行為。
そして、宇宙警察が以前からスターフォクスを監視していた事実。
嫌な予感しかしない。
「局長は?」
「宇宙警察本部長と通信中です」
「揉めてる?」
「穏やかではありません」
「でしょうね」
ペルシアは短く息を吐いた。
大型モニターの中で、事故船がゆっくりと係留エリアに入る。
フォクスの声が通信に入った。
『こちらフォクス。係留圏内に入った。牽引ラインを管理局側へ引き渡す』
「了解。係留班、慎重に受け取って。張力を急に抜かないで」
「了解!」
係留班が動く。
外郭係留ポイントでは、作業員たちが大型固定アームを展開していた。事故船の船体中央部へ柔らかく接触させ、牽引ラインの負荷を徐々に係留側へ移す。少しでも乱暴に扱えば、船体が割れる。
ペルシアは無意識に拳を握っていた。
「ゆっくり……ゆっくりよ……」
フレイが隣で静かに言う。
「張力、安定しています」
「船体歪みは?」
「許容範囲内」
「生命反応」
「三名、微弱ながら維持」
ペルシアは目を閉じそうになった。
だが、まだ終わっていない。
「医療班、入って」
「医療班、事故船へ進入します!」
救助艇から医療チームが移動する。
外部ハッチを開け、内部へ入る。映像は荒い。暗い船内。散乱した荷物。壁にぶつかった跡。浮いた血液の粒。非常灯だけが赤く瞬いている。
数十秒後、通信が入った。
『一名確認! 意識なし、呼吸あり!』
「医療班、搬送」
『二名目確認! 負傷あり、生存!』
「よし」
『三名目確認! 生命反応あり、ただし低体温状態!』
オペレーションルームに、張り詰めていた息が一気に漏れた。
ペルシアは椅子に崩れ落ちそうになりながら、何とか踏みとどまった。
「三名、生存確認……」
フレイが静かに言う。
「はい。三名とも生存です」
ペルシアは目を閉じ、短く息を吐いた。
「……よかった」
本当に小さな声だった。
だが、その瞬間だけは、統括官ではなく、一人の人間の声だった。
しかし、安堵は長く続かなかった。
別のモニターに、外郭着陸場の映像が映る。
スターフォクスの四機が、宇宙管理局の着陸エリアへ降りてくる。
アーウィンが一機ずつ着陸し、整備員たちが距離を取って見守る。
そこへ、宇宙警察の隊員たちが列を作って現れた。
ペルシアの表情が一瞬で変わった。
「……何あれ」
フレイも映像を見る。
「宇宙警察の拘束部隊です」
「は?」
ペルシアの声が低くなる。
「何で拘束部隊が出てくるのよ」
映像の中で、フォクスが機体から降りる。
続いてファルコ、スリッピー、クリスタル。
フォクスは周囲を一瞥し、短く言った。
「終わったな」
その言葉は、救出が終わったという意味だった。
だが、目の前には宇宙警察がいる。
グレイ本部長の部下と思われる隊員が一歩前へ出た。
音声は映像越しに拾われている。
『スターフォクス。宇宙警察の監視対象である貴方たちに、未登録武装機による宙域侵入、宇宙海賊との交戦、及び管理局救出活動への無許可介入の疑いがある。身柄を拘束する』
オペレーションルームの空気が凍った。
ペルシアは信じられないものを見るように画面を見つめた。
「……何を言ってるの?」
映像の中で、ファルコが肩をすくめた。
『おいおい。助けてやった相手にこの扱いかよ』
スリッピーが慌てる。
『ちょ、ちょっと待ってよ! 僕たち、救助しただけで――』
クリスタルは静かに目を細める。
『やっぱり、こうなるのね』
フォクスは動かなかった。
警戒はしている。
だが、抵抗すれば状況が悪くなることを理解している。
宇宙警察の隊員が近づき、フォクスの腕に手錠をかけた。
続いて、ファルコ。
スリッピー。
クリスタル。
金属音が響く。
ペルシアの中で、何かが切れた。
「ふざけないで……」
低い声。
フレイがすぐに気づく。
「統括官」
「ふざけないでよ!」
ペルシアは机を叩いた。
オペレーションルームが静まり返る。
「あの人達がいなかったら三人は死んでた! 救助艇も近づけなかった! 宇宙警察は間に合わなかった! それを、今、ここで、手錠!?」
「統括官、落ち着いてください」
フレイが言う。
「落ち着けるわけないでしょう!」
ペルシアは局長の方を見る。
局長は通信中だった。顔は険しい。
宇宙警察本部長と話しているのだろう。だが、状況は変わらない。
映像の中で、フォクス達は連行されていく。
フォクスは最後に一度だけ、管理局棟の方を見た。
ペルシアには、その視線が自分に向けられたように思えた。
怒り。
悔しさ。
そして、情けなさ。
頼んだのは自分だ。
要請したのは自分だ。
彼らはそれに応じた。
なのに、守れなかった。
ペルシアは拳を握りしめた。
「……取り返す」
フレイが息を呑む。
「統括官?」
「取り返すわよ。あんなの、不当拘束でしょうが」
「まず局長と調整を――」
「待ってたら遅い」
「統括官!」
フレイの制止より早く、ペルシアはオペレーションルームを飛び出していた。
◇
三日間。
フォクス達は、宇宙警察本部の拘留所にいた。
檻、と言っても、古典的な鉄格子ではない。透明な強化フィールドと金属壁で囲まれた拘留室だ。
四人は同じ区画内の別々の房に入れられていたが、互いに声は届く。
最初の数時間、ファルコはずっと文句を言っていた。
「ったく、助けてやったら手錠かよ。宇宙警察様は礼儀正しいこった」
スリッピーは落ち着かなかった。
「僕たち、いつ出られるのかな……。機体、大丈夫かな。ナウス、ちゃんと管理されてるかな」
クリスタルは静かだった。
「騒いでも無駄よ」
「お前は落ち着きすぎなんだよ」
「慣れたくはないけど、慌てても変わらないわ」
フォクスは、一番奥の房で壁にもたれて座っていた。
目を閉じている。
眠っているわけではない。
考えているのだ。
宇宙管理局は信用しない。
宇宙警察も信用しない。
今回も、その通りになった。
ペルシアはどう動いたのか。
あの女なら騒ぐだろう。間違いなく騒ぐ。
だが、宇宙警察相手にどこまでできるか。
そこまで考えたところで、フォクスは少しだけ眉をひそめた。
……騒ぐだけで済むだろうか。
あのペルシアが。
三日目の朝。
拘留所の扉が開いた。
宇宙警察の隊員が数名入ってくる。その後ろに、見覚えのある人物がいた。
宇宙管理局長、マーカス。
ファルコが口笛を吹いた。
「お偉いさんのお迎えか?」
局長は苦笑した。
「君達には迷惑をかけた」
「迷惑って言葉で済むと思ってんのか?」
ファルコの声には棘があった。
局長は否定しない。
「済まないと思っている。だから、君達を釈放するよう本部長に頼んだ」
フォクスが目を開ける。
「頼んだ?」
「正確には、三日かけて説得した」
「三日もかかったのかよ」
ファルコが吐き捨てる。
「宇宙警察は、君達を簡単に外へ出したくなかったようだ」
「でしょうね」
クリスタルが冷たく言う。
局長は拘留所の前に立ち、隊員へ頷いた。
「開けてくれ」
隊員がロックを解除する。
強化フィールドが消え、房の扉が開いた。
フォクスが立ち上がる。
ファルコは肩を回す。
スリッピーはほっと息を吐き、クリスタルは表情を変えずに出てきた。
手錠は外された。
だが、空気は軽くない。
フォクスは局長を見る。
「用件は?」
「君達に一緒に来てほしい」
「どこへ」
「別の拘留区画だ」
ファルコが眉を上げる。
「まだ誰か捕まってんのか?」
局長は少しだけ困ったような顔をした。
「……君達に、見てもらった方が早い」
スリッピーが不安そうに言う。
「まさか、ナウスが?」
「いや、人工知能は捕まっていない」
「じゃあ誰?」
局長は深いため息をついた。
「ペルシアだ」
四人が同時に止まった。
ファルコが先に声を上げる。
「は?」
クリスタルの目が鋭くなる。
「……何をしたの」
局長は、少しだけ遠い目をした。
「君達が捕まったことを受けて、宇宙警察相手に『不当逮捕だ』と騒いだ」
「そこまでは想像できるな」
ファルコが言う。
「その後、君達を取り返そうとして、宇宙警察の拘束区画へ突入しようとした」
「……は?」
スリッピーが目を丸くする。
「警備員と揉め、制止を振り切り、警察本部長の執務室へ乗り込もうとして、最終的に公務執行妨害で逮捕された」
沈黙。
そして、ファルコが腹を抱えて笑い出した。
「はははははっ! 馬鹿だ! 馬鹿がいる!」
スリッピーも困ったように笑い始める。
「ペルシアらしいけど……本当にやったんだ……」
クリスタルは額に手を当てた。
「……あの人、何をしてるの」
フォクスは、ほんのわずかに口元を動かした。
笑いかけたのを、すぐに抑えた。
「案内しろ」
局長は頷いた。
「こちらだ」
◇
別区画の拘留所は、先ほどの場所より少し奥にあった。
そこは、暴れた者や一時的に隔離が必要な者を入れるための区画らしい。
透明な強化フィールドの向こうに、ペルシアはいた。
横になっていた。
拘留所の簡素なベンチに不服そうに寝転がり、腕を組み、天井を睨みながらブツブツ文句を言っている。
「……だいたい何なのよ。助けた相手に手錠って。宇宙警察って名前が泣くわよ。正義の味方ぶってるくせに、現場に間に合わなかったくせに、後から来て偉そうに……あー腹立つ。ほんと腹立つ。三日も何してるのよ局長。交渉が遅いのよ。フレイも止めるならもっと早く止めなさいよ。いや止められても行ったけど……」
フォクス達は、入口で固まった。
ファルコがまた笑い出す。
「本当にいた」
ペルシアが声に気づき、がばっと起き上がった。
「……フォクス達!」
スリッピーが強化フィールドに近づく。
「ペルシア、何で君まで捕まってるの!?」
「見れば分かるでしょ」
「分からないから聞いてるんだよ!」
ファルコは腹を抱えながら言う。
「お前、俺ら取り返そうとして暴れたんだって?」
「暴れてないわよ!」
局長が横から静かに言う。
「警備員五名を突破しようとした」
「突破しようとしただけ!」
「本部長室の扉を蹴った」
「開かなかったから!」
「それを暴れたと言う」
「うるさいわね!」
ペルシアが叫ぶ。
ファルコは涙が出るほど笑っている。
「馬鹿がいる! 宇宙管理局の統括官が、宇宙警察本部で暴れて捕まってる!」
「うるさい! 誰のためだと思ってるのよ!」
クリスタルが呆れたように言う。
「私達のために捕まらないでほしかったわ」
「それは……そうかもしれないけど!」
ペルシアは少しだけ言葉に詰まる。
スリッピーは心配そうに聞いた。
「怪我してない?」
「してない。向こうが私を傷つけたら、それこそ大問題になるからね」
「ならよかった」
クリスタルはペルシアをじっと見た。
「寝てた?」
「寝てないわよ。こんな所で寝られるわけないでしょ」
局長が静かに言う。
「昨日の夜、いびきをかいていたそうだ」
「局長!」
ペルシアが顔を真っ赤にする。
ファルコがまた笑う。
「いびき付きかよ!」
「笑うな!」
フォクスは黙ってペルシアを見ていた。
そして、低く言った。
「何をしている」
ペルシアは少しだけ表情を引き締めた。
「何って、あなた達を出そうとしてたのよ」
「それで自分が捕まったのか」
「結果的にね」
「馬鹿だな」
「フォクスまで!」
ペルシアが怒ると、フォクスは淡々と続けた。
「だが、無駄ではなかったらしい」
ペルシアは目を瞬く。
局長が隊員に合図し、ペルシアの房のロックが解除される。
強化フィールドが消えた。
ペルシアは立ち上がり、服の皺を払った。
「局長、遅いわよ!」
「三日で出しただけでも感謝してほしい」
「後一日遅かったら、脱獄してたわよ」
宇宙警察の隊員たちが一斉に反応する。
局長が額を押さえた。
「そういうことを拘留所で言わない」
「本気だったもの」
「本気でも言うな」
ファルコが笑いながら言う。
「やっぱ馬鹿だろ」
「うるさい!」
ペルシアは房から出ると、少しだけ身体を伸ばした。
ずっと拘留されていたせいで、肩が凝っている。
クリスタルが静かに近づいた。
「……本当に、私達のために?」
ペルシアは顔をそらす。
「勘違いしないで。あなた達を要請したのは私。あなた達が捕まったら、私の責任でもあるの」
「責任だけ?」
「それだけじゃないわよ」
ペルシアは少しだけ小さな声になる。
「……三人を助けてくれた人達が、手錠をかけられるのが許せなかった。それだけ」
クリスタルは黙った。
スリッピーは少し泣きそうな顔で笑った。
「ペルシア……」
「泣かないでよ」
「泣いてないよ」
「泣きそうじゃない」
「ちょっとだけ」
ファルコは腕を組み、にやりと笑う。
「で? 統括官様。ここからどうすんだ?」
ペルシアの目が、すっと変わった。
拘留所で文句を言っていた顔ではない。
寝不足で酒を飲んでいた顔でもない。
宇宙管理局のオペレーションルームで指示を飛ばしていた時の顔。
統括官の顔だった。
「さて」
ペルシアは服の襟を整え、局長を見た。
「最後の仕事をするわよ」
フォクスが目を細める。
「最後の仕事?」
「ええ」
ペルシアは歩き出した。
「あなた達を釈放して終わりじゃない。あの救出が、正式に“救出”として記録されなきゃ意味がない。宇宙海賊を追い払い、事故船を牽引し、乗員三名を生かして帰した。そこに手錠をかけた宇宙警察の判断も、きっちり記録に残す」
局長が小さくため息を吐く。
「本部長と話す気か」
「当然」
「穏便に」
「努力する」
「努力では困る」
「じゃあ、なるべく」
「もっと困る」
ファルコが楽しそうに笑う。
「いいねぇ。殴り込みか?」
「違うわよ。正式抗議」
「言い方が違うだけだろ」
「全然違う」
スリッピーが不安そうに言う。
「また捕まらない?」
「今度は局長がいるから大丈夫」
局長が即座に言う。
「大丈夫ではない。私の胃が痛む」
「局長なら慣れてるでしょ」
「慣れたくはない」
クリスタルはペルシアの横に並んだ。
「私達も行くの?」
「もちろん」
「なぜ」
「当事者だから」
ペルシアは真っ直ぐ前を見ながら言った。
「あなた達が、自分の口で言う必要がある。管理局に入るとか、信用するとか、そういう話じゃない。今回、あなた達が何をしたのか。何を見たのか。どう判断したのか。それを残す」
フォクスが静かに言う。
「記録に残して、どうする」
「次に同じことが起きた時、宇宙ハンターだからってだけで手錠をかけられないようにする」
ペルシアは振り返らない。
「少なくとも、私が統括官でいる限りは」
その言葉に、フォクスはしばらく黙った。
ファルコも笑うのをやめた。
スリッピーは驚いたようにペルシアを見た。
クリスタルの目が、少しだけ柔らかくなる。
局長が先を歩き、宇宙警察本部の廊下を進む。
その後ろにペルシア。
そしてスターフォクスの四人。
宇宙警察の職員たちが、通路の両側で彼らを見ていた。
宇宙ハンター。
拘留されていた者たち。
そして、宇宙警察本部で暴れて捕まった宇宙管理局の統括官。
誰も声をかけない。
だが視線だけは痛いほど注がれていた。
ペルシアはまったく気にしなかった。
むしろ、顎を少し上げた。
「見たいなら見ればいいわ」
小さく呟く。
クリスタルが隣で言う。
「貴方、こういう時だけ本当に堂々としてるのね」
「こういう時だけじゃないわよ」
「普段はドーナツ食べてる姿しか知らないわ」
「それも堂々としてるでしょ」
「否定はしないわ」
スリッピーが少し笑った。
ファルコが肩をすくめる。
「なあフォクス。俺たち、とんでもねぇ女に絡まれたんじゃねぇか?」
フォクスは短く答えた。
「ああ」
「後悔してる?」
スリッピーが聞く。
フォクスは少しだけ間を置いた。
「まだ判断中だ」
ペルシアは振り返り、にやりと笑った。
「判断は早めにお願いね。私、あなた達を諦めてないから」
ファルコが吹き出す。
「この状況でも勧誘かよ!」
「確認よ」
「どっちでも同じだろ」
ペルシアは前を向いた。
その先には、宇宙警察本部長グレイの執務区画がある。
三日間の拘留。
不当な手錠。
救われた三つの命。
そして、まだ記録されていない真実。
最後の仕事。
それは、彼らの行動を、ただの違反行為で終わらせないことだった。
ペルシアは足を止めない。
「行くわよ」
声が響く。
スターフォクスは、その後ろについて歩いた。
まだ宇宙管理局を信用していない。
ペルシアのことも、完全に信用したわけではない。
それでも、今は同じ方向へ歩いていた。
それだけで、ペルシアにとっては十分な前進だった。
ーーーー
本部長室へ向かう廊下は、異様なほど静かだった。
宇宙警察本部の中枢区画。
壁も床も磨き込まれ、無駄な装飾はない。白と濃紺を基調とした通路は清潔で、職員たちの足音すら抑えられている。
だが、ペルシアには分かった。
この静けさは、秩序の静けさではない。
緊張を押し殺した静けさだ。
通路の両端に立つ警備員たちは、ペルシア達が近づくたびに視線だけを動かした。
その視線は、スターフォクスへ向けられている。
宇宙ハンター。拘留されていた者。宇宙警察にとっては、長年追い続けてきた疑惑の対象。
そして、ペルシアへ向けられる視線もまた、穏やかではなかった。
宇宙管理局の統括官。
宇宙警察本部で騒ぎ、スターフォクスを取り返そうと暴れ、公務執行妨害で拘留された女。
ペルシアはその視線を真正面から受け止めたまま、堂々と歩いていた。
隣には局長マーカス。
その後ろにフォクス、ファルコ、スリッピー、クリスタル。
ファルコは腕を組み、わざとらしく周囲を眺めている。
「いやぁ、立派な建物だな。人を助けた連中を閉じ込めるには、ちょうどいいってか?」
「ファルコ、挑発しない」
クリスタルが低く言う。
「向こうが先に喧嘩売ってきたんだろ」
「今は余計なことを言わないで」
「はいはい」
スリッピーは落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「本部長室って、やっぱり緊張するね……」
「スリッピー、下を向くな」
フォクスが短く言う。
「あ、うん」
スリッピーは背筋を伸ばす。
ペルシアは振り返らずに言った。
「大丈夫よ。噛みつかれたら私が噛み返すから」
「それが一番心配なのよ」
クリスタルが呆れたように言う。
「穏便にって局長にも言われたでしょう」
「努力するわ」
「その言い方、絶対に穏便に終わらないわね」
局長が前を歩きながら、静かにため息をついた。
「ペルシア、お願いだから最初の十秒は穏やかに話してくれ」
「十秒でいいんですか?」
「まずはそこからだ」
「局長、私を何だと思ってるんですか」
「自分の胸に聞きなさい」
ファルコが小さく笑う。
「よく分かってるじゃねぇか、局長さん」
ペルシアは振り返って睨んだ。
「ファルコ、後で覚えてなさい」
「怖ぇ怖ぇ」
軽口はある。
けれど、その奥にある緊張は誰も消せなかった。
扉の前に着く。
宇宙警察本部長室。
重厚な扉の横に、二人の警備員が立っていた。彼らは局長を見ると、無言で扉を開けた。
中は広かった。
正面には大きな机。
壁には宇宙警察の紋章。
窓の向こうには、コロニー外縁部と宇宙港が見える。
整いすぎた部屋だった。余白がありすぎて、かえって冷たい。
その机の向こうに、宇宙警察本部長グレイが座っていた。
濃紺の制服。
硬い表情。
細い目。
その視線は、最初からスターフォクスへ向けられていた。
歓迎する気配はない。
局長が一歩前に出る。
「グレイ本部長。お時間をいただき感謝します」
「感謝される筋合いはない」
グレイの声は冷たかった。
「君が三日間も粘ったから、仕方なくこの場を設けただけだ。彼らの釈放についても、私は納得したわけではない」
ペルシアの眉が動いた。
局長がちらりと彼女を見る。
十秒。
十秒は穏やかに。
ペルシアは深く息を吸い、口を閉じた。
グレイは続ける。
「スターフォクス。君達が今回、事故船の救出に関わったことは確認している。だが、それで過去の疑いが消えるわけではない。未登録武装機の運用、宇宙海賊との交戦、宇宙管理局救出活動への無許可介入。見逃せるものではない」
ファルコが口を開きかける。
クリスタルが肘で止めた。
ペルシアは静かに前へ出た。
「本部長。まず、今回の救出については、宇宙管理局統括官である私が緊急協力を要請しました。無許可介入ではありません」
「宇宙ハンターへの要請自体が問題だ」
「問題かどうかは後で議論できます。でも、あの場で宇宙警察は間に合いませんでした」
グレイの目が鋭くなる。
「何が言いたい」
「あの三人は、スターフォクスがいなければ死んでいた可能性が高いということです」
「可能性の話だ」
「現場では可能性で動くしかない時があります」
ペルシアの声は抑えられていた。
だが、奥には熱がある。
「救助艇は宇宙海賊の存在で近づけなかった。宇宙警察の到着には時間がかかった。事故船はエンジン消滅、自力航行不可。標準牽引点へのグラップル打ち込みも船体破断の危険があった。あの状況でスターフォクスが動かなければ、乗員三名は救えなかった」
グレイは机に指を置いた。
「君は、その功績を理由に彼らを正当化しようとしている」
「違います」
ペルシアは即答した。
「功績を功績として記録しろと言っています。疑いは疑いとして調べればいい。でも、救助した事実を消してはいけない」
「宇宙ハンターに勲章でも与えろと?」
「それが必要なら」
局長が一瞬、額に手を当てた。
グレイの表情がさらに硬くなる。
「ペルシア統括官。君はまだ分かっていない。彼らはただの外部協力者ではない。過去に重大事件への関与が疑われている危険対象だ」
「疑われている、ですよね」
「十分だ」
「十分ではありません」
ペルシアの声が少し強くなる。
「疑いだけで救助者に手錠をかけた。三日間拘留した。今回の救助記録にも、宇宙警察側の判断が影を落としかねない。それは正しい対応ですか?」
「正しい」
グレイは即答した。
「宇宙警察は秩序を守る。危険な者を野放しにはできない」
「命を救った者でも?」
「過去に命を奪った疑いがあるなら」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
フォクスの目が、わずかに細くなる。
ファルコの軽さが消える。
スリッピーの顔が強張る。
クリスタルは静かにグレイを見つめていた。
ペルシアは、しばらく黙った。
説得はここまでか。
言葉を積んでも、グレイは動かない。
今回の救出。三名の命。現場判断。宇宙管理局からの要請。
それらをいくら並べても、彼の中の“過去”がすべてを塞いでいる。
ペルシアは、深くため息を吐いた。
「……そう」
局長がペルシアを見る。
嫌な予感がしたのだろう。
「ペルシア」
「局長、大丈夫です。十秒は過ぎました」
「そういう問題ではない」
ペルシアは一歩前へ出た。
「本部長。話をしてもいい?」
「何の話だ」
「五年前、土星の近くで発生した、旅行便を襲った宇宙海賊の件について」
その瞬間。
部屋の空気が完全に凍った。
フォクスが目を見開いた。
「……知っていたのか!?」
声には、驚きだけでなく、警戒と怒りが混じっていた。
ファルコも表情を変える。
「おい、ペルシア……」
スリッピーは青ざめ、クリスタルは一歩も動かなかった。
ペルシアはフォクスの方をちらりと見た。
「私は天才だから、何でも知ってるのよ」
平然と言う。
だが、心の中では小さく呟く。
(本当はカラスに調べてもらったけどね)
数日前。
ペルシアは、カラスにもう一度連絡を取った。
スターフォクスと宇宙警察の関係。
宇宙管理局の記録から消えている何か。
五年前の土星近傍の旅行便襲撃事件。
調査料は高くついた。
腹が立つほど高くついた。
だが、カラスは情報を持ってきた。
表向きの記録。
消された通信。
曖昧にされた証言。
唯一の生存者。
そして、宇宙警察本部長グレイの妻が、その旅行便に乗っていたこと。
ペルシアはその資料を見た時、ようやく分かった。
グレイがなぜ、ここまでスターフォクスを憎むのか。
フォクスはしばらくペルシアを見ていた。
やがて、低く言う。
「……構わない」
ペルシアは頷いた。
「ありがとう」
グレイは机に置いた手を強く握った。
「その事件を、軽々しく口にするな」
「軽々しくなんて話しません」
ペルシアの声から、軽さが消えた。
「あの事件は、宇宙海賊が略奪目的で旅行便を襲った出来事。乗客、パイロット共に多数の死者が出た。救助者は一名。歴史に残るほどの大惨事だった」
室内は静まり返っていた。
ペルシアは続ける。
「そして、その首謀者がスターフォクス。表向きの記録では、そうなっている」
「その通りだ」
グレイが低く言った。
その声は震えていた。怒りで。
「あの旅行便に乗っていたんだ。私の妻が」
グレイは立ち上がった。
「お前達は、私の妻を殺したんだ!」
怒号が本部長室に響いた。
スリッピーが肩を震わせる。
クリスタルの表情が痛みに歪む。
ファルコは拳を握る。
フォクスだけは、真正面からグレイの怒りを受け止めていた。
グレイは机を叩いた。
「私は忘れない。あの日の通信を。燃える旅行便の映像を。壊れた船体を。救助者が一名だけだったという報告を。そして、宇宙ハンター、スターフォクスの名が上がったことを!」
彼の声は荒れていた。
「妻は帰ってこなかった。棺の中にも戻らなかった。遺品すら焼け残らなかった。なのに、加害者は宇宙のどこかでのうのうと生きていた!」
フォクスは目を伏せなかった。
ペルシアは、その二人の間に立つように一歩前へ出た。
「……それは表向きの話。実際は違うのよ、本部長」
グレイの目が、ぎらりとペルシアを射抜く。
「違う?」
「ええ」
「何が違うと言うんだ」
ペルシアはフォクスを見る。
「フォクス。自分で説明する?」
フォクスは、しばらく黙っていた。
話したくない。
それは分かった。
五年間、話さなかったことだ。話せなかったことだ。
話しても信じられず、話せば傷が開くことだ。
だが、今は逃げられない。
フォクスはゆっくり頷いた。
「ああ」
その声は静かだった。
だが、重かった。
フォクスはグレイを見た。
「五年前。俺たちは、民間の依頼で別の宇宙船の護衛をしていた。その帰りだった」
グレイは睨みつけたまま黙っている。
「土星近傍航路を抜ける途中で、異常な通信を拾った。救難信号ではなかった。ほとんどノイズに潰れていた。だが、スリッピーが人の声を拾った」
スリッピーは小さく俯いた。
「……助けて、って聞こえたんだ」
フォクスは続ける。
「現場へ向かった時、旅行便は既に宇宙海賊に襲われていた。船体は損傷。内部火災。生命維持も不安定。エンジンは死にかけていた。あの船が長く持たないことは、一目で分かった」
ファルコが低く言う。
「海賊共は、まだ船に取りついてた。積荷と乗客の私物を漁ってやがった」
クリスタルの声は静かだった。
「船内には、まだ生存反応があった」
フォクスは拳を握った。
「だから、俺たちは乗り込んだ。宇宙海賊を排除し、生存者を探した」
グレイが吐き捨てるように言う。
「排除? 都合のいい言葉だな」
「殺した」
フォクスは逃げなかった。
「船内にいた宇宙海賊は殺した。乗客を殺し、まだ生きている者を見捨て、船を漁っていた連中だ。俺たちは止めるために殺した」
本部長室に重い沈黙が落ちる。
フォクスの声は、さらに低くなる。
「だが、遅かった。生きていたのは一人だけだった。若い女性だ。重傷で、意識もほとんどなかった。俺たちは彼女を連れ出し、近くの宇宙港へ移送した」
スリッピーが震える声で続ける。
「僕、管理局に連絡したんだ。旅行便が襲われていたこと。宇宙海賊がいたこと。生存者を一名救助したこと。全部」
ファルコが歯を噛む。
「だが、俺たちが宇宙港を離れた後、話が変わった」
クリスタルが言う。
「真実は闇に葬られた」
フォクスはグレイを見据えた。
「気づいたら、俺たちが旅行便を襲ったことにされていた。宇宙海賊として扱われ、首謀者にされた。俺たちは管理局にも、警察にも説明しようとした。だが、記録は消え、通信は残らず、俺たちの言葉は“宇宙ハンターの言い逃れ”にされた」
フォクスの声に、初めて怒りが滲んだ。
「だから俺たちは宇宙管理局を信じない。宇宙警察も信じない」
部屋が静まり返った。
ペルシアは、その言葉を胸の奥で受け止めた。
やっと聞けた。
彼らが何を背負っていたのか。
なぜ管理局を信じなかったのか。
なぜ宇宙警察にあれほど警戒していたのか。
グレイは、しばらく動かなかった。
やがて、震える声で言った。
「嘘だ」
フォクスは静かに返す。
「嘘じゃない」
「嘘だ!」
グレイは怒鳴った。
「そんな話、信じられるか! 報告書には、君達の機影が残っていた。旅行便付近で確認されたと。海賊の襲撃後、君達が現場から離脱したと!」
「海賊を追い払った後だ」
「都合が良すぎる!」
「事実だ」
「証拠はあるのか!」
フォクスは黙った。
そこが、五年間、彼らを縛ってきた。
証拠がない。
記録が消えた。
通信が残らない。
唯一の救助者は、当時意識がなく、証言能力も不明だった。
だから、彼らは疑われ続けた。
グレイは息を荒げている。
「私の妻は死んだ。旅行便の乗客も死んだ。君達は生きている。今も自由に宇宙を飛び回っている。そんな言い訳で、私に納得しろと言うのか!」
ペルシアは静かに口を開いた。
「だから今日は、その確認をするために来てもらってるんでしょ」
グレイがペルシアを見る。
「……何?」
ペルシアは扉の方を向いた。
「入って」
扉が静かに開いた。
一人の女性が入ってきた。
年齢は二十代半ばほど。
落ち着いた雰囲気の女性だった。だが、その顔には緊張が浮かんでいる。細い手は胸元で重ねられ、足取りはわずかに震えていた。
グレイの顔が、一瞬で変わった。
「……リリア」
女性は、ゆっくりと頭を下げた。
「お父さん」
その一言で、部屋の空気が変わった。
フォクス達も、息を呑んだ。
スリッピーが小さく呟く。
「……あの時の」
クリスタルが目を見開く。
ファルコは言葉を失った。
フォクスは、ただ静かに彼女を見ていた。
リリア。
五年前の旅行便で救助された、唯一の生存者。
そして、グレイ本部長の娘。
グレイは震える声で言った。
「なぜ……ここに……」
ペルシアが静かに言う。
「私が呼びました」
「勝手なことを……」
「必要だったから」
グレイはペルシアを睨みつける。
だが、リリアが一歩前へ出た。
「お父さん。私が話したいって言ったの」
グレイの表情が揺れる。
「リリア、君はまだ――」
「もう五年よ」
リリアの声は震えていた。
だが、逃げなかった。
「私はずっと、あの日のことを思い出せなかった。思い出そうとすると、火の音と、警報と、誰かの叫び声だけが頭に響いて……何も言えなかった」
グレイは唇を噛んだ。
リリアは続ける。
「でも、全部忘れていたわけじゃないの」
彼女はフォクス達を見た。
「助けてくれた人達のことは、断片的に覚えていた」
スリッピーの目が潤む。
リリアはゆっくりと言った。
「燃えていた。息ができなかった。身体が動かなかった。誰かが私を抱き上げて、火の中を走ってくれた。誰かが“まだ生きてる!”って叫んでいた。誰かが“急げ、船が持たない!”って言った」
フォクスは黙っている。
その顔は、硬い。
「その声を、最近になって少しずつ思い出したの。私を殺した人達の声じゃない。私を助けようとしていた人達の声だった」
グレイは首を横に振る。
「リリア、君は混乱している。あの時の記憶は――」
「混乱してた」
リリアは頷いた。
「でも、ペルシアさんが私に記録を見せてくれた。消された通信の断片。宇宙港の古い搬送記録。私が運び込まれた時の医療ログ。そこには、搬送者の名はなかった。でも、記録に残っていたの」
ペルシアは小さな端末を取り出し、机に置いた。
「宇宙港の医療ログです。正式記録ではなく、バックアップの断片。カラスが……いえ、情報提供者が見つけました」
局長が一瞬、ペルシアを見た。
「カラスと言いかけたな」
「今そこ突っ込まないでください」
ペルシアは咳払いをした。
「医療ログには、搬送時の証言が残っていました。『未登録小型艇から搬送。搬送者は四名。うち一名は女性。救助者は、海賊による襲撃と証言』と」
グレイは端末を見つめた。
手が震えている。
「……なぜ、その記録が今まで」
「表の捜査記録には上がっていません」
ペルシアは静かに言った。
「誰かが止めたのか、握り潰したのか、単なる混乱で埋もれたのか。それはこれから調べる必要があります。でも、少なくともこの記録は、スターフォクスが救助者だった可能性を示しています」
「可能性……」
グレイは低く呟く。
「可能性だけで、私は五年間の憎しみを捨てろと言われるのか」
「捨てろとは言いません」
ペルシアは首を横に振った。
「奥様が亡くなった事実は消えません。あの事件の悲劇も消えません。本部長が怒るのも、憎むのも、当然です」
グレイの表情が歪む。
ペルシアは続けた。
「でも、その怒りを向ける相手を間違えたままでは、本当の加害者が逃げ続ける」
その言葉が、部屋に落ちた。
フォクスは静かに目を伏せた。
クリスタルは唇を噛み締める。
スリッピーは涙を堪えている。
ファルコは、珍しく何も言わなかった。
リリアがグレイへ近づく。
「お父さん」
「……」
「あの日、お母さんは帰ってこなかった。私も、ずっと苦しかった。お父さんがスターフォクスを憎んでいることも知ってた。私も、そう思おうとした。あの人達が悪いんだって。そう思えたら、少しは楽だったから」
リリアの声が震える。
「でも、違ったの」
グレイの目が揺れる。
「私を助けたのは、この人達だった」
彼女はフォクス達を見た。
「ずっと言えなくて、ごめんなさい」
スリッピーが首を振った。
「謝らないで……君が生きててよかった。それだけで、本当に……」
声が詰まる。
クリスタルは静かに言った。
「あなたが生きていたなら、それで十分よ」
ファルコは視線を逸らした。
「……まったく。五年越しに礼言われるとはな」
フォクスは、しばらく黙っていた。
そして、リリアへ静かに言った。
「生きていてくれて、よかった」
リリアは涙をこぼした。
グレイは、椅子に崩れるように座った。
「……私は」
声が震えていた。
「私は、五年間……」
ペルシアは何も言わない。
謝罪を急かすつもりはなかった。
真実を突きつけられた人間が、すぐにすべてを飲み込めるわけがない。
妻を失った。
娘は傷ついた。
怒りの矛先として、スターフォクスを憎み続けた。
それが間違いだったと知るには、あまりにも重すぎる。
グレイは顔を覆った。
「……なぜ、誰も言わなかった」
フォクスが静かに答えた。
「言った。だが、届かなかった」
グレイの肩が震える。
ペルシアは端末を回収し、机の上に別の資料を置いた。
「本部長。今回の件について、三つお願いがあります」
グレイは顔を上げる。目は赤かった。
「……何だ」
「一つ。今回の事故救出におけるスターフォクスの行動を、正式に救助協力として記録してください」
グレイは黙っている。
「二つ。五年前の土星近傍旅行便襲撃事件について、再調査を開始してください。宇宙管理局、宇宙警察、当時の宇宙港医療ログ、通信記録、すべてを洗い直す」
局長が静かに頷いた。
「宇宙管理局としても協力します」
「三つ」
ペルシアはグレイをまっすぐ見る。
「スターフォクスへの監視指定を、少なくとも再調査完了まで凍結してください」
ファルコが目を見開く。
「おい、そこまで言うか」
「言うわよ」
ペルシアは答えた。
「救助者に手錠をかけたんだから、このくらい当然でしょう」
グレイは長く沈黙した。
部屋の誰も動かなかった。
やがて、グレイは低く言った。
「……すぐに全てを受け入れることはできない」
「でしょうね」
「だが」
グレイはフォクス達を見る。
その目には、まだ痛みがあった。
憎しみの残滓もある。
だが、それだけではなかった。
「今回の救助協力については、正式記録に残す」
ペルシアは小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
「五年前の件についても、再調査を命じる」
リリアが涙を拭う。
局長が静かに頷いた。
「管理局も協力します」
グレイは最後に言った。
「監視指定については、再調査開始に伴い、一時凍結する。ただし完全解除ではない」
ペルシアは少しだけ不満そうな顔をした。
「まあ、今はそれでいいわ」
「君に許可をもらう話ではない」
「でも、前進です」
グレイは疲れたように息を吐いた。
「ペルシア統括官」
「はい」
「君は、宇宙警察本部で暴れたことについて、後で正式に処分を受ける可能性がある」
「それは嫌です」
「嫌では済まない」
「でも、スターフォクスの記録が直るなら、まあ考えます」
「考える立場ではない」
ファルコが小声で笑う。
「懲りてねぇな」
クリスタルも呆れたように言う。
「本当に反省しないわね」
スリッピーは少しだけ笑っていた。
フォクスは、静かにペルシアを見た。
「ペルシア」
「何?」
「なぜ、ここまでする」
ペルシアは肩をすくめた。
「言ったでしょ。私はあなた達を諦めてない」
「それだけか」
「それだけじゃないわ」
ペルシアは、少しだけ表情を柔らかくした。
「救われた命があるなら、救った人達も救われるべきだと思った。それだけ」
フォクスは何も言わなかった。
だが、その沈黙は、以前のような拒絶ではなかった。
グレイは椅子から立ち上がった。
そして、フォクス達へ向き直る。
長い沈黙の後、深く頭を下げた。
「……今回の拘束については、私の判断だった。君達の行動を正しく見ようとしなかった。すまなかった」
本部長室に、重い空気が落ちた。
ファルコは少し困ったように頭を掻いた。
「謝られると、逆にやりづれぇな」
スリッピーは小さく頷いた。
「僕たちは、助けられてよかったと思ってます」
クリスタルは静かに言った。
「謝罪は受け取ります。ただ、信頼とは別です」
グレイは頷いた。
「分かっている」
フォクスは最後に言った。
「俺たちは、管理局も警察も信じていない」
その言葉に、ペルシアの表情が少しだけ変わる。
フォクスは続けた。
「だが、今日の話は覚えておく」
それは、彼にとって最大限の譲歩だった。
ペルシアは笑った。
「十分よ」
「勘違いするな」
「しないわよ」
「俺たちはお前のチームに入るとは言っていない」
「分かってる」
「まだ信用もしていない」
「それも分かってる」
「……だが」
フォクスは少しだけ目を伏せ、再びペルシアを見る。
「今日の借りは覚えておく」
ペルシアは、満足そうに頷いた。
「じゃあ、次はチーム入りね」
「違う」
「早い?」
「違うと言っている」
ファルコが笑い出す。
「こりゃ駄目だ。お前、完全に絡まれたな、フォクス」
スリッピーも笑う。
「でも、ちょっとだけ前進したよね」
クリスタルは呆れたように息を吐きながらも、どこか穏やかな顔をしていた。
「本当にしつこい人」
「褒め言葉として受け取るわ」
「褒めてない」
「知ってる」
ペルシアはそう言って、本部長室の扉へ向かった。
最後の仕事は、まだ完全には終わっていない。
再調査。正式記録。監視指定の凍結。宇宙警察への抗議文。管理局内の報告。やることは山ほどある。
だが、一つだけ確かだった。
五年間閉じられていた扉が、少しだけ開いた。
スターフォクスが背負ってきた冤罪の影に、初めて光が差した。
ペルシアは扉の前で振り返る。
「さて、戻るわよ。やることが山ほどあるんだから」
局長が疲れたように言う。
「君はまず休みなさい」
「嫌です」
「即答するな」
「だって、報告書を書かないと」
「フレイに任せなさい」
「それはそれで怒られる気がする」
「君は少し怒られた方がいい」
ファルコが笑いながら言う。
「なあ、ペルシア。今度の土産は何だ?」
「そうねぇ」
ペルシアは少し考えた。
「今日はさすがに甘いものじゃなくて、お酒かしら」
クリスタルが即座に言った。
「寝不足で飲むのは禁止」
「まだ何も言ってないじゃない」
「言う前に止める」
スリッピーが笑う。
フォクスは、そのやり取りを見ながら、ほんのわずかに口元を緩めた。
誰にも気づかれないほど、小さく。
だが、ペルシアだけは見逃さなかった。
「今、笑った?」
「笑っていない」
「笑ったわよ」
「見間違いだ」
「私、耳だけじゃなく目もいいのよ」
「うるさい」
フォクスはそう言って歩き出した。
ペルシアは満足そうに笑い、その後を追った。
宇宙管理局を信用しない。
宇宙警察も信用しない。
それはまだ変わっていない。
でも、フォクス達はもう、ペルシアを完全には拒んでいなかった。
それだけで、十分な一歩だった。
ーーーー
それから数日が経った。
宇宙管理局の空気は、まだ落ち着いていなかった。
事故船救出の件。
宇宙海賊の関与。
スターフォクスの緊急協力。
宇宙警察による拘束。
そして、五年前の土星近傍旅行便襲撃事件の再調査。
それらが一気に表面へ浮かび上がり、局内のあちこちで職員たちが慌ただしく動いていた。
特に、五年前の事件については、想像以上に根が深かった。
宇宙警察だけではない。
宇宙管理局の内部にも、当時の通信記録を止めた者がいた。
医療搬送ログが正式な事故報告へ上がらなかった理由。
スターフォクスからの通報が、なぜ「未確認情報」として処理され、その後消えたのか。
旅行便の航路データが、一部だけ欠落していた理由。
まだすべてが明らかになったわけではない。
だが、少なくとも一つだけ、局長とペルシアには分かっていた。
五年前、スターフォクスは加害者ではなかった。
旅行便を襲ったのは宇宙海賊であり、スターフォクスは現場に駆けつけ、生存者を救助した側だった。
そして、その真実を握り潰した流れの中に、宇宙管理局がいた。
その事実は、重かった。
局長室。
マーカス局長は、机の上に積み上げられた資料を見つめていた。
その表情は、いつもの飄々としたものではない。深く、重く、疲れていた。
ペルシアはその前の椅子に座り、腕を組んでいた。
珍しく、何も食べていない。
コーヒーも飲んでいない。
ただ黙って、机の上の資料を見つめている。
「……最悪ね」
ぽつりと、ペルシアが言った。
局長は頷いた。
「ああ。最悪だ」
「宇宙警察の本部長だけじゃなかった。私達のところも、真っ黒じゃない」
「当時の担当者はすでに退職している者も多い。亡くなっている者もいる。だが、組織として責任が消えるわけではない」
「そんなの、分かってる」
ペルシアは唇を噛んだ。
「フォクス達が管理局を信じないって言った理由、今なら嫌というほど分かるわ」
「……そうだな」
「言ったのよ、私」
「何をだい?」
「何度も。私を見て判断してって。管理局じゃなくて、私を見てって」
ペルシアは自嘲するように笑った。
「でも、あの人達からすれば、私はその管理局の人間なのよね」
「君個人の責任ではない」
「分かってる。でも、私が背負わなくていい話でもないでしょ」
局長は、ペルシアの顔を見た。
彼女は怒っていた。
そして、それ以上に悔しがっていた。
五年前のことは、ペルシアがしたことではない。
ペルシアはその時、宇宙管理局にすらいなかった。
それでも、彼女は「自分のいる組織」が犯した過ちとして受け止めている。
だからこそ、彼女はペルシアなのだろう。
局長は静かに言った。
「今日、彼らが来る」
「ええ」
「君も同席してくれ」
「当然でしょ」
ペルシアは即答した。
「逃げるわけないじゃない」
その時、局長室の扉がノックされた。
「入ってくれ」
局長が言う。
扉が開いた。
まず入ってきたのは、フレイだった。
「局長、スターフォクスの皆様が到着されました」
その後ろに、四人がいた。
フォクス。
ファルコ。
クリスタル。
スリッピー。
いつものように、フォクスは先頭に立っている。
ファルコは少し斜め後ろで腕を組み、軽そうな表情をしているが、目は笑っていない。
クリスタルは静かに、しかし油断なく周囲を見ている。
スリッピーは緊張しているのか、胸の前で手を握っていた。
そして、部屋の端末に接続される形で、ナウスの音声も入った。
『ナウス、接続確認』
局長は立ち上がった。
ペルシアも立ち上がる。
フォクス達は局長の机の前まで来ると、立ち止まった。
数秒、誰も喋らなかった。
その沈黙の重さを、ペルシアは真正面から受け止めた。
局長が先に口を開いた。
「フォクス。ファルコ。クリスタル。スリッピー。そしてナウス。今日は来てくれてありがとう」
フォクスは短く答える。
「礼を言われるために来たわけじゃない」
「分かっている」
局長は、深く息を吸った。
そして、頭を下げた。
ペルシアも、同じように頭を下げた。
局長室の空気が、静かに揺れた。
「五年前の土星近傍旅行便襲撃事件について、宇宙管理局の内部で、本来記録されるべき情報が適切に処理されなかった事実が確認された」
局長の声は、低く、重かった。
「君達からの通報。宇宙港医療ログ。救助者の搬送記録。宇宙海賊による襲撃を示す通信断片。それらが正式記録へ反映されず、結果として君達が首謀者と疑われる流れを止められなかった」
フォクスは何も言わない。
ファルコの拳が、わずかに握られている。
クリスタルの目は冷たく澄んでいる。
スリッピーは唇を噛んでいた。
局長は頭を下げたまま続けた。
「宇宙管理局として、謝罪する。本当に、申し訳なかった」
ペルシアも頭を下げたまま言った。
「ごめんなさい」
その声には、いつもの軽さはなかった。
「私は五年前の担当者じゃない。あの時、管理局にもいなかった。でも、今は宇宙管理局の統括官としてここにいる。だから、謝らせて」
部屋は静かだった。
長い沈黙の後、ファルコが低く言った。
「謝って済むと思ってんのか?」
局長は頭を上げずに答えた。
「思っていない」
「五年だぞ」
「ああ」
「五年間、俺達はずっと疑われた。宇宙警察にも追われた。行く先々で嫌な目を向けられた。依頼が消えたこともある。助けたはずの事件で、俺達が殺したことにされた」
ファルコの声が震えていた。
怒りで。
「それを、申し訳なかった、で済ませろって?」
「済ませろとは言わない」
局長は顔を上げた。
その目は逃げていなかった。
「だから、真実を公表する」
その言葉に、スリッピーが顔を上げる。
局長は続けた。
「宇宙管理局として、五年前の事件について再調査結果を公表する。スターフォクスが加害者ではなく、救助者であった可能性が極めて高いこと。管理局の記録処理に重大な問題があったこと。宇宙警察とも協議し、当時の記録を訂正する」
ペルシアも続ける。
「表に出すわ。全部。少なくとも、今出せる範囲では絶対に隠さない」
フォクスが、そこで口を開いた。
「断る」
ペルシアは目を見開いた。
「……え?」
局長も驚いたようにフォクスを見る。
「断る、とは?」
「真実の公表は不要だ」
フォクスの声は静かだった。
だが、確固としていた。
ペルシアは思わず一歩前に出る。
「ちょっと待って。どうして? あなた達は五年間、濡れ衣を着せられていたのよ。公表すれば、少なくとも――」
「少なくとも、何だ」
フォクスがペルシアを見る。
「俺達の疑いが晴れる? 宇宙警察が謝る? 世間が手のひらを返す? 五年前に死んだ人間が戻るのか?」
ペルシアは言葉を詰まらせる。
「それは……」
「公表すれば、またあの事件が掘り返される。あの娘も、本部長も、遺族も、また世間に晒される」
クリスタルが静かに続けた。
「私達は真実を隠したいわけじゃない。でも、全部を表に出せば、救助された彼女もまた苦しむ。遺族も傷つく。宇宙警察と管理局の責任追及だけが独り歩きすれば、あの旅行便で亡くなった人達が、また騒ぎの材料にされるわ」
スリッピーが小さく頷く。
「僕たちは……もう知ってる人が知ってくれれば、それでいい」
ファルコは不機嫌そうに頭を掻いた。
「もちろん腹は立つぜ。今でもな。だが、世間に大騒ぎされたいわけじゃねぇ」
ペルシアは黙った。
胸の中で、いろんな感情がぶつかった。
悔しさ。
驚き。
納得できない気持ち。
そして、彼らが他人の痛みまで考えていることへの、言葉にできない尊敬。
フォクスは局長へ向き直った。
「真実を完全に公表する必要はない。だが、宇宙管理局と宇宙警察の内部記録は訂正しろ。俺達が首謀者であるという扱いは消せ」
局長は頷いた。
「それは必ず行う」
「監視指定も解除だ」
「宇宙警察との協議になるが、再調査の結果をもって解除に向けて動く」
「向けて、じゃない」
フォクスの声が低くなる。
「解除しろ」
局長は数秒黙った後、頷いた。
「分かった。私からも強く求める」
フォクスはそれ以上追及しなかった。
だが、そこでペルシアは気づいた。
フォクスは、まだ何かを言おうとしている。
彼の視線が、一瞬だけペルシアに向いたからだ。
「その代わりとして」
フォクスが言った。
ペルシアは背筋を伸ばす。
「代わり?」
「ああ」
フォクスは、はっきりと言った。
「俺達を、ペルシアのチームに入れろ」
時間が止まったようだった。
ペルシアは目を丸くしたまま、言葉を失った。
「……は?」
あまりにも間の抜けた声が出た。
ファルコがにやりと笑う。
「おいおい、統括官様が間抜けな顔してるぞ」
「うるさい!」
ペルシアは即座に言い返したが、動揺は隠しきれていない。
「ちょ、ちょっと待って。今、何て言ったの?」
フォクスは淡々と繰り返す。
「俺達を、ペルシアのチームに入れろと言った」
「……あなた達、ずっと断ってたじゃない」
「ああ」
「管理局は信用しないって」
「今も信用していない」
「私のチームにも入らないって」
「言ったな」
「じゃあ何で!?」
ペルシアは思わず声を上げた。
フォクスは、少しだけ目を細めた。
「今回の事故で分かった。管理局の救助体制は遅い。判断も硬い。だが、変えようとしている人間はいる」
その視線が、ペルシアへ向く。
「お前だ」
ペルシアの胸が、どくんと鳴った。
「俺達は管理局を信用しない。だが、お前が現場で何をしようとしているかは見た。三人を助けるために、規則より命を取った。俺達に頭を下げた。俺達が捕まったら、宇宙警察相手に暴れた」
「そこは言わなくていい!」
ペルシアが顔を赤くする。
ファルコが笑う。
「いや、そこ大事だろ。公務執行妨害までやってんだからな」
「うるさい!」
フォクスは少しだけ口元を緩めたように見えた。
「だから、ペルシアのチームなら入る」
ペルシアは言葉を失った。
フォクスは一歩前へ出る。
「俺は宇宙ライセンスA級を持っている。救助、探索、現場での指示は任せろ。未探索領域での判断も、事故現場の即応もできる」
その声は、静かで、揺るぎない。
「ただし、俺は管理局の犬にはならない。現場でおかしいと思えば、お前にも反対する」
ペルシアは小さく笑った。
「それが欲しかったのよ」
次に、ファルコが前へ出た。
「俺も宇宙ライセンスA級だ。戦闘と操縦の腕なら負けない。海賊相手でも、危険宙域でも、先行偵察でも、俺に任せな」
ファルコはにやりと笑う。
「ただし、細かい書類仕事は御免だぜ」
「それは覚悟してたわ」
ペルシアが苦笑する。
「でも、最低限はやらせるからね」
「げっ」
「げっ、じゃない」
クリスタルが静かに前へ出た。
「私は宇宙ライセンスB級よ。操縦はフォクスやファルコほどではないけれど、現場支援、索敵、対人対応はできる。あと、医療資格もあるから任せて」
ペルシアはクリスタルを見つめる。
「医療資格も?」
「ええ。宇宙ハンターは、助けが来るまで待っていられないことも多いから」
「頼もしすぎるわね」
「ただし、貴方が寝不足で酒を飲もうとしたら止めるわ」
「そこは見逃して」
「見逃さない」
「厳しい」
「当然よ」
ペルシアは苦笑した。
最後に、スリッピーが少し緊張しながら前へ出た。
「僕は宇宙ライセンスC級だけど、機械とシステムには強いよ。機体整備、通信解析、救助用機材の改良、ナウスとの連携もできる。現場ではちょっと怖がるかもしれないけど……でも、頑張る」
ペルシアは、柔らかく笑った。
「スリッピーがいなかったら、あの事故船の信号も拾えなかった。十分よ」
スリッピーの顔が明るくなる。
「ありがとう」
フォクスが続ける。
「あと、ナウスも頼む」
『私の参加も要件に含まれます』
ナウスの声が局長室に響く。
『ただし、条件があります。私の独立性を保証すること。強制解析、強制停止、ログの無断提出を行わないこと。スターフォクスの生存と任務遂行を阻害しないこと』
局長が真剣な顔で頷いた。
「当然だ。ナウスについては、統括官直属チームの外部独立AI支援ユニットとして扱う。ログやシステムへの干渉は、ペルシア統括官の承認なしには行わない」
『ペルシアの承認のみでは不十分です。フォクスの承認も必要です』
局長は少し驚いた後、頷く。
「分かった。ペルシア統括官及びフォクスの双方承認としよう」
『条件を暫定的に受諾します』
ペルシアは、まだ呆然としていた。
夢じゃないかと思った。
あれだけ拒まれた。
何度も断られた。
宇宙管理局は信用しないと言われた。
線を越えるなと言われた。
来るなと言われた。
それでも、通った。
ドーナツを持って通った。
クッキーを持って通った。
ビールを持って行って怒られた。
事故現場で要請し、彼らは動いてくれた。
拘束され、取り返そうとして自分まで捕まった。
五年前の真実を掘り起こし、本部長室で向き合った。
その先に、今があった。
ペルシアの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
自分でも驚いた。
「あ……」
慌てて拭おうとするが、次から次へと溢れてくる。
ファルコが目を丸くする。
「おいおい、泣いてんのか?」
「泣いてない!」
「いや、泣いてるだろ」
「泣いてないって言ってるでしょ!」
声が震えている。
全然説得力がない。
スリッピーが慌てる。
「ペルシア、大丈夫?」
「大丈夫……大丈夫よ……」
クリスタルが静かに近づき、ハンカチを差し出した。
「使いなさい」
「……ありがとう」
ペルシアはハンカチを受け取り、目元を押さえた。
フォクスは黙って見ていた。
その表情は、いつものように硬い。
けれど、どこか柔らかかった。
「泣くほどのことか」
「泣くほどのことよ!」
ペルシアは涙声で叫んだ。
「私、ずっと欲しかったんだから! あなた達が必要だって何度も言ったでしょ! 断られても、警戒されても、銃向けられても、ドーナツ自分で食べても、ずっと諦めなかったのよ!」
「ドーナツは関係ないだろ」
「あるわよ! あれも努力の一部!」
ファルコが笑い出す。
「努力って言うか、ただ食ってただけだろ!」
「うるさい!」
ペルシアは涙を拭いながら、笑っていた。
局長も、静かに微笑んだ。
「スターフォクス。改めて、宇宙管理局として君達を歓迎する」
局長は深く頭を下げた。
「よろしく頼む」
フォクスは短く頷いた。
「ああ」
ファルコは肩をすくめる。
「まあ、退屈はしなさそうだな」
クリスタルはペルシアを見る。
「無茶をする統括官の監視も必要そうだしね」
「監視って何よ」
「必要でしょ」
「否定できないけど」
スリッピーは嬉しそうに言った。
「僕、管理局のシステム見てみたかったんだ。改良できるところ、いっぱいありそうだし」
フレイが入口付近で静かに反応した。
「システム改修には正式な申請が必要です」
スリッピーがびくっとする。
「あ、はい!」
ペルシアが笑う。
「スリッピー、紹介するわ。フレイよ。真面目で、私に厳しくて、ナウスと気が合いそうな人」
フレイは丁寧に頭を下げる。
「フレイです。よろしくお願いいたします」
『ナウスです。以前より興味がありました』
「こちらこそ、ナウスさん」
スリッピーが目を輝かせる。
「すごい、ナウスが人に興味持ってる」
『観測対象として興味があります』
「それ、ナウス語で興味って意味だよ」
『否定します』
局長室に、初めて穏やかな笑いが広がった。
ペルシアはハンカチを握りしめながら、ようやく涙を落ち着かせた。
そして、大きく息を吸う。
「よし!」
全員がペルシアを見る。
「飲みに行こ!」
局長が即座に眉を上げた。
「待ちなさい」
クリスタルも同時に言う。
「却下」
ペルシアは目を見開く。
「何でよ!」
クリスタルは腕を組んだ。
「貴方、寝不足で飲んだ前科があるわ」
「今日は寝たわよ!」
「何時間?」
「……そこそこ」
「具体的に」
「……三時間くらい?」
「却下」
「厳しい!」
局長もため息を吐く。
「まずは手続きが先だ。チーム編成、契約形態、権限範囲、装備管理、ナウスの取り扱い、宇宙警察との調整、再調査記録の処理。やることが山ほどある」
ペルシアは顔をしかめる。
「えー」
フレイが静かに言う。
「統括官、まず書類です」
「出た、書類」
「当然です」
ファルコが笑う。
「おいおい、チーム入り初日から書類地獄かよ」
ペルシアはファルコを指差した。
「ファルコもよ。書類仕事は最低限やらせるからね」
「マジかよ……」
「マジよ」
スリッピーが恐る恐る手を上げる。
「僕、書類苦手なんだけど……」
「大丈夫。フレイが教えてくれるわ」
フレイが頷く。
「丁寧に指導いたします」
スリッピーが小さく震える。
「な、なんか怖い……」
『フレイの指導には興味があります』
「ナウス、助けてくれるんじゃないの!?」
『観測します』
「観測じゃなくて!」
また笑いが起きた。
フォクスは、その輪の外側で静かに立っていた。
ペルシアはそれに気づく。
「フォクス」
「何だ」
「ありがとう」
フォクスは少しだけ目を逸らした。
「礼を言うのは早い」
「早くないわよ」
「俺達は管理局を完全に信用したわけじゃない」
「分かってる」
「お前のチームに入るだけだ」
「それが嬉しいのよ」
「……そうか」
ペルシアは涙の跡が残る顔で笑った。
「ようこそ、私のチームへ」
フォクスは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「ああ」
それは小さな返事だった。
けれど、ペルシアにとっては十分だった。
ずっと閉ざされていた扉が、開いた音がした。
宇宙管理局を信用しない彼らが、ペルシアのチームには入ると言った。
それは、組織への信頼ではない。
ペルシア個人への、まだ小さく、危うく、でも確かな一歩だった。
ペルシアは、もう一度大きく息を吸った。
「よし、じゃあ書類終わったら飲みね!」
「まだ言うのか」
フォクスが呆れる。
「当然!」
「私は止めるわよ」
クリスタルが言う。
「じゃあノンアルコールで乾杯!」
「それなら許すわ」
「えー」
「えーじゃない」
ファルコが笑う。
「このチーム、初日から騒がしいな」
スリッピーが嬉しそうに言う。
「でも、楽しそうだよ」
ナウスが淡々と告げる。
『統括官直属探索チーム、仮編成を確認。構成員、ペルシア、フォクス、ファルコ、クリスタル、スリッピー、ナウス。運用上の課題、多数』
ペルシアが笑う。
「課題があるなら、潰せばいいのよ」
『非効率が予測されます』
「信用って非効率なものなのよ」
『記録しました』
局長は、そのやり取りを見ながら静かに微笑んだ。
五年前の傷は、すぐには癒えない。
宇宙管理局の過ちは消えない。
宇宙警察との問題も、これからだ。
真実をどこまで公表するか。再調査をどう進めるか。監視指定をどう解除するか。課題は山ほど残っている。
それでも、今日、確かに何かが始まった。
ペルシアは、涙を拭き終えたハンカチをクリスタルに返そうとした。
「洗って返すわ」
「当然よ」
「そこは、あげるって言わないのね」
「言わないわ」
「厳しい」
「貴方にはこのくらいでちょうどいいの」
ペルシアは笑った。
そして、フォクス達を見回した。
「改めて、よろしく。フォクス、ファルコ、クリスタル、スリッピー、ナウス」
フォクスが頷く。
「ああ」
ファルコが軽く手を上げる。
「よろしくな、統括官様」
「様はいらない」
「じゃあ、ペルシア」
「それでいいわ」
クリスタルが静かに言う。
「よろしく、ペルシア」
「うん。よろしく、クリスタル」
スリッピーが笑顔で言う。
「よろしくね、ペルシア!」
「よろしく、スリッピー」
『よろしくお願いします、ペルシア』
「よろしく、ナウス」
ペルシアは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、少し泣き腫らしていて、少し疲れていて、それでも心から嬉しそうだった。
新しいチームが、ここに生まれた。
まだ正式な書類はできていない。
課題も山積み。
信頼も始まったばかり。
でも、ペルシアにとっては、それで十分だった。
「さあ!」
ペルシアは両手を叩いた。
「まず書類! その後、乾杯!」
フレイがすぐに端末を差し出す。
「では、こちらの仮編成申請書からお願いします」
ペルシアの笑顔が固まった。
「……今から?」
「今からです」
「飲みは?」
「その後です」
「何枚?」
「現時点で十七種類です」
「十七!?」
ファルコが吹き出す。
「地獄だな」
スリッピーが青ざめる。
「十七種類……」
クリスタルが微笑む。
「頑張りましょう、統括官」
フォクスは短く言った。
「現場より面倒そうだな」
ペルシアは頭を抱えた。
「やっぱり飲んでから書かない?」
「駄目です」
フレイとクリスタルが同時に言った。
局長室に、また笑い声が広がった。
こうして、ペルシア直属の新しい探索チームは、涙と謝罪と決意と、そして大量の書類から始まった。
ーーーー
翌日。
ドルトムント財閥宇宙事業部の十四班事務所は、いつも通りの空気に包まれていた。
ククルは朝から元気よく資料を運び、エマは端末の横に小さな菓子を置きながら穏やかに作業をしている。カイエは表情こそ落ち着いているが、片手で端末を操作しつつ、もう片方ではミラの入力内容を確認していた。
「ミラ、ここの入力だけど、出発時刻と到着時刻の欄が逆になってるよ」
「あっ、す、すみません!」
「大丈夫。こういうのは慣れだから。落ち着いて確認すればいいよ」
「はい、ありがとうございます、カイエさん!」
ミラは背筋を伸ばして返事をした。
十四班に来たばかりの頃に比べれば、声もずいぶん自然になってきた。まだ緊張は残るが、少なくとも怯えたような空気は薄れている。
その様子を、エリンは少し離れた席から穏やかに見ていた。
「カイエ、教え方が柔らかくなったわね」
エリンがそう言うと、カイエは少しだけ照れたように視線を落とした。
「そうですか? ミラが頑張ってくれているので、私もちゃんと応えたいだけです」
「うん。いいことね」
エリンは優しく微笑む。
その隣で、リュウジは黙々と端末に向かっていた。
訓練記録と航路確認の資料を見ながら、時折、操縦シミュレーションのログを確認している。静かだが、集中している時のリュウジの横顔は、どこか鋭い。
タツヤ班長はというと、いつものように自席でゆるく背もたれに寄りかかりながら、紙の書類と端末の画面を交互に眺めていた。
「んー……この報告書、誰か字をもう少し大きくしてくれないかなぁ。目が疲れるよねぇ」
「班長、昨日も同じこと言ってましたよ」
エマが笑いながら言う。
「昨日も疲れてたし、今日も疲れてるってことだよ」
「それは単純に飲み過ぎじゃないですか?」
ククルが突っ込む。
「ククル、鋭いねぇ」
「否定してくださいよ!」
事務所に笑いが広がる。
その時だった。
タツヤ班長の端末が鳴った。
着信表示を見た瞬間、タツヤの目が少しだけ丸くなる。
「……おや」
その反応に、エリンが顔を上げた。
「どうしました?」
「いやぁ、珍しい人から電話だよ」
タツヤは少しだけ笑い、通話を取った。
「はいはい、タツヤだよ」
『タツヤ班長〜、久しぶり〜』
聞き慣れた軽い声が、端末から響いた。
その瞬間、事務所の空気が一瞬止まる。
ククルが真っ先に反応した。
「えっ、今の声って……」
エマも目を丸くする。
「ペルシアさん?」
カイエの手が止まり、ミラは驚いたように背筋を伸ばした。
リュウジも端末から視線を上げる。
エリンは、ほんの少しだけ目を見開いた後、すぐに柔らかい表情になった。
タツヤは椅子に座ったまま、肩の力を抜いた声で答えた。
「久しぶりだね、ペルシア。元気にしてる?」
『元気よ〜。そっちは? みんな元気?』
「元気だよ。まあ、ペルシアがいなくなってから、少し静かになったけどね」
『何それ。私が騒がしかったみたいじゃない』
「みたいじゃなくて、騒がしかったよ」
『ひどいわね〜』
ペルシアの軽い笑い声が聞こえる。
その声だけで、事務所の空気が少しだけ懐かしいものに変わった。
あの頃と同じ。
仕事をサボってドーナツを買いに行き、軽口を叩き、誰よりも人の心を読んでいた副パーサーの声。
タツヤは少しだけ目を細める。
「そっちはどう? 宇宙管理局は大変そうだけど」
『大変なんてもんじゃないわよ。書類は多いし、会議は長いし、みんな動きが遅いし。私、何回机叩いたか分からないもの』
「ほどほどにしなよ。机が壊れるよ」
『壊れたら新しいの買わせるわ』
「そういうところ、変わってないねぇ」
タツヤが笑うと、ペルシアも笑った。
『それで、みんな元気? ククルは相変わらず元気?』
「元気すぎるくらいだよ」
「ペルシアさん! 元気です!」
ククルが思わず大きな声を出す。
『あ、聞こえた。ククル、相変わらず声が大きいわね〜』
「す、すみません!」
『いいのよ。ククルはそれくらいが可愛いんだから』
ククルは顔を赤くしながら、嬉しそうに笑った。
『エマは? ちゃんと甘いもの食べてる?』
「はい。今日も食べています」
エマが穏やかに答える。
『でしょうね。エマは絶対そうだと思った』
「ペルシアさんもお元気そうで安心しました」
『元気よ。甘いものとお酒があれば、だいたい生きていけるわ』
「それ、エリンさんに怒られますよ」
『エリンには内緒ね』
端末越しにペルシアが笑う。
エリンが静かに言った。
「聞こえてるわよ、ペルシア」
数秒、沈黙。
『……あれ? エリンいるの?』
「いるに決まってるでしょう。十四班の事務所に電話してるんだから」
『あはは、そうだったわね』
「ちゃんと食事と睡眠は取っているの?」
『開口一番それ?』
「当然でしょう」
『大丈夫よ。たまに寝てるし、たまに食べてる』
「それは大丈夫じゃないわ」
エリンの声が少し低くなる。
ペルシアは慌てたように笑った。
『やだなぁ、冗談よ冗談』
「本当かしら」
『本当、本当。クリスタルって子がうるさくてね。寝ろとか飲むなとか、もうエリンみたいなのよ』
「それは良い人ね」
『良い人だけど厳しいのよ〜』
「あなたにはそれくらいがちょうどいいわ」
『みんなそう言うのよねぇ』
そのやり取りに、事務所の何人かが小さく笑った。
ミラは端末の方へ少し近づき、緊張した声で言った。
「あ、あの、ペルシアさん……ミラです」
『ミラ! 久しぶり。ちゃんとやってる?』
「は、はい! 皆さんに教えていただきながら、頑張っています!」
『そう。よかった。カイエにしごかれてない?』
カイエが少し苦笑いする。
「ペルシアさん、私はそこまで厳しくしていませんよ」
『カイエは真面目だから、無自覚に厳しくなるのよ』
「そ、そうでしょうか……」
『でも、カイエに教われば間違いないわ。ミラ、頑張りなさい』
「はい!」
ミラの返事は、少しだけ涙ぐんでいるように聞こえた。
ペルシアは続ける。
『それで、エリンとリュウジは付き合った?』
事務所の空気が、また一瞬止まった。
エリンとリュウジが、ほぼ同時に咳き込む。
「ペルシア!」
エリンの声が鋭く飛ぶ。
リュウジも珍しく眉をひそめた。
「ペルシア、いきなり何を言ってるんだ」
『えー、まだなの?』
「お前、変な噂を流していっただろ」
リュウジが少し硬い声で言う。
だが、エリンが横で少し顔を赤くしているのを、ククルもエマもカイエもミラも見逃さなかった。
エマが小声で言う。
「やっぱり、まだなんですね」
「まだって言っちゃ駄目だよ、エマ」
ククルが小声で返す。
カイエは苦笑しながら端末に視線を戻したふりをした。
ミラは口元を押さえている。
エリンはその四人を鋭く見た。
「みんな、聞こえてるわよ」
「す、すみません!」
ククルとミラが同時に背筋を伸ばす。
ペルシアは端末の向こうで楽しそうに笑っていた。
『いや〜、相変わらずで安心したわ』
「安心しなくていいわ」
エリンがため息をつく。
タツヤは笑いながら言った。
「それで、ペルシア。本題は何かな? まさか、みんなの近況確認だけじゃないよね?」
『さすがタツヤ班長。話が早いわね』
ペルシアの声が少しだけ切り替わった。
軽い調子は残っている。
だが、仕事の話に入る時の芯がある。
『リュウジに、操縦を見てもらいたい子達がいるのよ』
リュウジの表情がわずかに変わった。
「俺に?」
『そう。今度、そっちに行かせるからよろしく』
タツヤは一瞬、言葉を失った。
「……はぁ? 何を言って――」
『ごめん! これから会議だから!』
「いやいや、待って待って。ペルシア、話が飛びすぎだよ。子達って誰? 何人? どこの所属? そもそもリュウジに見てもらうって、操縦訓練の話?」
『細かいことは後で資料送るわ』
「その“後で”が一番怖いんだけどね」
『大丈夫、大丈夫。ちょっと個性的だけど、腕は確かだから』
「個性的って、ペルシアが言うとかなり不安だねぇ」
『褒め言葉よ』
「いや、たぶん違うと思うよ」
タツヤは額に手を当てた。
エリンが横から口を開く。
「ペルシア、その人達は宇宙管理局の関係者なの?」
『まあ、そんな感じ』
「そんな感じ?」
『正式には私の直属チームになる予定』
リュウジが少し目を細めた。
「直属チーム……」
ペルシアは明るい声で言った。
『そう。やっとメンバーが揃ったのよ』
その声には、隠しきれない嬉しさがあった。
エリンはそれを聞き取り、少しだけ表情を柔らかくした。
「そう。よかったわね、ペルシア」
『うん。ありがと、エリン』
その一瞬だけ、ペルシアの声が素直になった。
しかし、次の瞬間にはまたいつもの軽い調子に戻る。
『あ、そうだ』
「まだ何かあるの?」
タツヤが嫌な予感を覚えた声で聞く。
『私、宇宙警察に捕まったんだけど、タツヤ班長も捕まらないように気をつけてね』
事務所の空気が完全に凍った。
タツヤが目を瞬かせる。
「……うん?」
『じゃ、会議だから切るわ! またね〜』
「ちょ、ペルシア――」
通話は一方的に切れた。
ツー、ツー、という無機質な音だけが、事務所に響いた。
しばらく、誰も動かなかった。
タツヤは端末を見つめたまま、ゆっくりと椅子にもたれた。
「……相変わらず、嵐みたいな子だねぇ」
エリンが恐る恐る尋ねる。
「タツヤ班長……どうかしました?」
タツヤは、ゆっくりと顔を上げた。
「うん。今、ペルシアから電話だったんだけどね」
「はい、聞いてました。」
「みんな元気かとか、ミラはちゃんとやってるかとか、エリンとリュウジは付き合ったかとか、まあ色々聞かれてね」
「そこは省略してください」
エリンが少し顔を赤くする。
タツヤは苦笑しながら続けた。
「それで、本題としては、リュウジに操縦を見てもらいたい子達がいるから、今度こっちに行かせるって」
リュウジは静かに腕を組んだ。
「誰を送ってくるつもりなんでしょうか」
「さあねぇ。ペルシアのことだから、普通の子達じゃないだろうね」
タツヤが言うと、エリンも頷いた。
「ペルシアが“個性的”と言うなら、かなり覚悟した方がよさそうね」
ククルが目を輝かせる。
「でも、ペルシアさんの直属チームなんですよね? ちょっと会ってみたいです!」
「ククル、そういう時ほど慎重になった方がいいよ」
エマが穏やかに言う。
「ペルシアさんの周りに集まる人って、絶対ただ者じゃなさそうだもん」
カイエも柔らかく苦笑した。
「そうですね。ペルシアさんがわざわざリュウジさんに見てもらいたいということは、操縦技術に関して何か理由があるのでしょう」
ミラは少し不安そうに手を上げた。
「あの……それで、さっき最後に何か言ってませんでしたか?」
タツヤは、しばらく黙った。
そして、深いため息をついた。
「うん。言ってた」
「何をですか?」
エリンが尋ねる。
タツヤは、非常に困ったように笑った。
「私、宇宙警察に捕まったんだけど、タツヤ班長も捕まらないように気をつけてね、って」
その瞬間。
「捕まった!?」
エリンの声が事務所に響いた。
ククルは口を開けたまま固まる。
「え、ええ!? ペルシアさん、何したんですか!?」
エマは苦笑しながら頬に手を当てる。
「捕まったって、そんな軽く言うことじゃないですよね……」
カイエも目を丸くしていたが、すぐに困ったように笑った。
「ペルシアさんらしいと言えば、らしいですけど……」
ミラは真っ青になっている。
「う、宇宙警察に捕まるって、大丈夫なんですか!? え、でも電話してきたってことは釈放されたんですよね!? ですよね!?」
リュウジは、静かに額に手を当てた。
「……何をしてるんだ、ペルシアは」
エリンはしばらく固まっていたが、やがて深く息を吐いた。
「本当に……本当にあの子は……」
怒っている。
呆れている。
心配している。
そして、少し安心もしている。
声を聞けた。
元気そうだった。
相変わらずだった。
それが分かっただけでも、胸の奥が少し温かくなる。
タツヤは椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見た。
「まあ、ペルシアが捕まったって言っても、どうせ誰かを助けようとして暴れたとか、そんなところじゃないかなぁ」
「班長、笑いごとじゃありません」
エリンが言う。
「笑いごとじゃないんだけどね。でも、ペルシアだからねぇ」
その言葉に、全員が微妙な表情を浮かべた。
否定できなかった。
ククルがぽつりと言う。
「ペルシアさん、本当にどこに行ってもペルシアさんなんですね」
「そうね」
エマが笑う。
「ちょっと安心しました」
カイエも柔らかく頷いた。
「はい。無茶をしているのは心配ですけど、ペルシアさんらしいです」
ミラはまだ不安そうだったが、小さく笑った。
「ペルシアさん、すごいですね……」
リュウジは端末を見つめたまま言った。
「その送ってくるという人達、資料が来たら確認します」
タツヤが頷く。
「お願いするよ、リュウジ。ペルシアがわざわざ君に見せたいって言うなら、相当な理由があるはずだからね」
「はい」
エリンは少し考えてから言った。
「私も同席するわ。ペルシアの直属チームなら、操縦だけでなく現場対応も見る必要があるでしょうし」
ククルが手を上げる。
「私も見たいです!」
「ククルは仕事」
「ええー!」
エマが笑う。
「でも歓迎の準備くらいはした方がいいかもしれませんね」
カイエが頷く。
「そうですね。ペルシアさんの大切なチームなら、失礼のないようにしたいです」
ミラも小さく拳を握った。
「私も、お手伝いします!」
タツヤはその様子を見て、ゆるく笑った。
「じゃあ、また忙しくなりそうだねぇ」
エリンは少しだけ呆れたように言った。
「ペルシアが電話一本で嵐を置いていきましたね」
「ほんとだね」
タツヤは端末を机に置き、ぽつりと呟いた。
「でも、声が聞けてよかったよ」
その言葉に、事務所の空気が少しだけ柔らかくなった。
ペルシアはいない。
けれど、彼女の声は一瞬で十四班を揺らし、笑わせ、心配させ、そして前へ動かす。
相変わらずだ。
エリンは窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「本当に、無茶ばかりするんだから」
その声は叱るようで、でもどこか優しかった。
リュウジは静かに端末を開き、ペルシアから資料が届くのを待ち始めた。
ククルは「どんな人達だろう」とそわそわし、エマは歓迎用の甘いものを考え始め、カイエはミラに「まずは今の業務を終わらせようね」と優しく声をかけた。
タツヤ班長は、再び背もたれに寄りかかった。
「宇宙警察に捕まるな、かぁ……」
そして、苦笑しながら言った。
「ペルシアにだけは言われたくないよねぇ」
その言葉に、事務所中から笑いが起きた。
ペルシアのいない十四班に、久しぶりにペルシアの風が吹いた。
嵐のようで、騒がしくて、心配で、でもどこか懐かしい風だった。