サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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アーケード

 その日の朝、ドルトムント財閥宇宙事業部の旅行会社フロアは、いつも通りの空気に包まれていた。

 

 始業時間までは、まだ少しだけ余裕がある。

 

 ククルは自席で今日の訓練予定を確認しながら、昨日エリンに注意された「声量」と「足音」の二つをメモの端に大きく書いていた。

 

『声量!

 足音!

 周りを見る!』

 

 書いた本人は真剣だったが、横から見れば少し勢いがありすぎる文字だった。

 

 エマはその隣で、休憩用の小さなお菓子を引き出しにしまっている。

 ミラは姿勢よく端末を立ち上げ、その日使う資料を一つずつ開いていた。

 エリンはすでに席についており、フライト予定と乗務員配置の確認をしている。

 リュウジは少し離れた席で、操縦ログの確認をしていた。

 

 そしてカイエは。

 

 珍しく、朝から少しそわそわしていた。

 

 普段のカイエは、朝に強い方ではない。

 

 寝不足気味の日は特に、コーヒーを片手に静かに端末を立ち上げ、しばらく画面を見つめてからようやく動き出す。

 ゲームの大型アップデート翌日などは、目の下にうっすら疲れを残しながらも、妙に満足そうな顔をしていることもあった。

 

 だが、その日のカイエは違った。

 

 眠そうではある。

 けれど、どこか落ち着かない。

 

 端末を開き、閉じる。

 資料を確認し、また閉じる。

 そしてちらりとリュウジの席を見る。

 

 また端末を見る。

 またリュウジを見る。

 

 その様子に最初に気づいたのは、やはりククルだった。

 

「……カイエ?」

 

「何?」

 

 カイエはすぐに反応したが、少しだけ声が早かった。

 

「何かあった?」

 

「別に」

 

「本当?」

 

「本当」

 

 答えは短い。

 

 しかし、ククルはじっとカイエを見た。

 

 カイエは視線を逸らす。

 

「……何?」

 

「いや、なんか今日のカイエ、変だなって」

 

「いつも通りだよ」

 

「いつも通りにしては、リュウジさんの方を見すぎじゃない?」

 

 カイエの指が、ほんの少し止まった。

 

 ククルは目を細めた。

 

「あれ?」

 

 エマもそれに気づき、そっとカイエを見る。

 

「カイエ、リュウジさんに用事があるの?」

 

「……少しだけ」

 

 カイエは観念したように答えた。

 

 ミラが顔を上げる。

 

「リュウジさんにですか?」

 

「うん」

 

「操縦関係ですか?」

 

 ミラが素直に聞くと、カイエは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

「まあ……近いような、遠いような」

 

「近いような遠いような?」

 

 ククルが身を乗り出す。

 

「何それ、気になる!」

 

「大したことじゃないよ」

 

 カイエはそう言ったが、普段ならすぐに話を切り上げるところを、どこか言い切れないような雰囲気がある。

 

 エマが柔らかく微笑む。

 

「話しづらいことなら、無理に聞かないけど」

 

「うん。ちょっと、本人に確認してからにしたい」

 

「本人?」

 

 ククルの目がさらに輝いた。

 

 カイエは小さく息を吐いた。

 

「ククル、そんな目で見ない」

 

「見てない!」

 

「見てる」

 

 その時、カイエは時計を見た。

 

 始業時間まで、あと数分。

 

 カイエは静かに立ち上がった。

 

 その動きに、ククル、エマ、ミラの三人が同時に反応した。

 

 カイエは三人の視線を気にしつつも、リュウジの席へ向かった。

 

 リュウジは端末から顔を上げる。

 

「リュウジさん、ちょっといいですか?」

 

「ああ」

 

 リュウジはすぐに頷いた。

 

 その迷いのなさに、三人はさらに驚いた。

 

 カイエは少しだけ声を落とす。

 

「始業前に少しだけ、外で話してもいいですか?」

 

「分かった」

 

 リュウジは端末を閉じ、席を立った。

 

 二人はそのままフロアを出ていく。

 

 ククルはぽかんと口を開けた。

 

「……え?」

 

 エマも少し目を丸くしている。

 

「二人で席を外したね」

 

 ミラは不安と興味が混じった顔で二人の背中を見送った。

 

「何のお話でしょうか……」

 

 ククルはすぐに立ち上がりかけた。

 

「ちょっと見に――」

 

「ククル」

 

 エリンの声が飛ぶ。

 

 ククルはぴたりと止まった。

 

「はい」

 

 エリンは端末から視線を上げずに言った。

 

「あまり詮索しないの」

 

「で、でもエリンさん、気になりませんか?」

 

「本人達が必要だと思って話しているなら、戻ってくるまで待てばいいわ」

 

 落ち着き払った声だった。

 

 ククルは少しだけ不満そうに座る。

 

「エリンさん、余裕ですね」

 

「余裕というより、信頼しているだけよ」

 

「信頼……」

 

 エマが小さく微笑む。

 

 ミラはその言葉を聞いて、少しだけほっとしたようだった。

 

 しかし、ククルの中では疑問が膨らみ続けていた。

 

 カイエが、あんなにそわそわしていた。

 リュウジにだけ声をかけた。

 二人でフロアの外へ行った。

 しかも、始業前の短い時間に。

 

 何かある。

 

 絶対に何かある。

 

 ククルは端末の画面を見つめながらも、内容がまったく頭に入ってこなかった。

 

 

 二人が戻ってきたのは、始業時間ぎりぎりだった。

 

 扉が開き、まずリュウジが入ってくる。

 

 表情はいつも通りだった。

 

 落ち着いている。

 特に変化はない。

 何かを隠しているようにも見えない。

 

 その後ろから、カイエが入ってきた。

 

 ククル達は、すぐに気づいた。

 

 カイエの表情が違う。

 

 普段の静かな顔ではない。

 

 口元が少しだけ緩んでいる。

 目がわずかに明るい。

 足取りも、いつもより軽い。

 

 まるで、何か楽しい予定ができた時のような顔だった。

 

 ククルは小声で言う。

 

「……カイエ、嬉しそう」

 

 エマも頷く。

 

「うん。ちょっとウキウキしてるね」

 

 ミラは両手を胸の前で握った。

 

「何があったんでしょう……」

 

 カイエは三人の視線に気づいたのか、少しだけ目を逸らしながら自席へ戻った。

 

 リュウジは何事もなかったように席へ戻る。

 

 エリンはその様子をちらりと見た。

 

 カイエが嬉しそうであることにも、もちろん気づいている。

 リュウジが普段通りであることにも気づいている。

 

 ただ、何も聞かなかった。

 

「それでは、始業します」

 

 エリンの声で、その日の業務が始まった。

 

 ククルは気になって仕方なかったが、業務中は聞けない。

 

 エマも、ちらちらとカイエを見ながらも、書類作業に集中しようとしている。

 ミラは気になりすぎて、端末の入力を一度間違え、カイエに小さく訂正されていた。

 

 カイエはいつも通り仕事をしているように見える。

 

 ただ、時折、ほんの少しだけ口元が緩む。

 

 それが、余計に気になった。

 

 ククルは昼休みに聞こうとした。

 

「カイエ、朝の――」

 

「ごめん、ちょっと用事」

 

 カイエはそう言って、端末を持って席を外してしまった。

 

 エマも声をかけようとしたが、カイエは自然にかわした。

 

 ミラもタイミングを見失う。

 

 結局、誰も聞けないまま、時間は過ぎていった。

 

 

 終業後。

 

 その日の業務が終わると同時に、カイエは驚くほど手早く片付けを始めた。

 

 端末を閉じる。

 資料を整理する。

 椅子を戻す。

 鞄を持つ。

 

 いつものカイエなら、業務後に少しコーヒーを飲んだり、ゲームの通知を確認したりしてから帰ることが多い。

 だが今日は違う。

 

 明らかに、何か予定がある。

 

 ククルはその様子をじっと見ていた。

 

「……早い」

 

 エマも頷く。

 

「朝と同じ感じだね」

 

 ミラは小声で言う。

 

「やっぱり、リュウジさんと何か……」

 

 その瞬間。

 

 カイエは鞄を持ったまま、まっすぐリュウジの席へ向かった。

 

 ククル達の背筋が伸びる。

 

 リュウジはすでに端末を閉じ、帰り支度を終えていた。

 

 カイエが少し嬉しそうに言う。

 

「お待たせしました。それでは行きましょう」

 

 リュウジは静かに頷いた。

 

「ああ、行こうか」

 

 二人はそのまま足早にフロアを出ていった。

 

 静寂。

 

 ククル、エマ、ミラの三人は、同時に顔を見合わせた。

 

「……怪しい」

 

 ククルが低く言う。

 

「確かに、少し気になるね」

 

 エマも否定しなかった。

 

 ミラは少し慌てた。

 

「で、でも、もしかしたら真面目なお話かもしれませんし……」

 

「真面目なお話なら、カイエがあんなにウキウキするかな?」

 

 ククルの指摘に、ミラは言葉に詰まる。

 

「そ、それは……」

 

 エマが少し考える。

 

「カイエがあんなに楽しそうなのは、ゲーム関連の時くらいだけど……リュウジさんと?」

 

「そこが謎なの!」

 

 ククルは机に手をついた。

 

「これは確認するしかないよ」

 

「確認って……」

 

 ミラが恐る恐る言う。

 

「まさか、後をつけるんですか?」

 

「うん」

 

 即答だった。

 

「ええっ」

 

 ミラは目を丸くする。

 

 エマは少し困ったように微笑む。

 

「尾行はあまりよくない気もするけど……」

 

「でも、気にならない?」

 

「……気になる」

 

 エマは正直だった。

 

 ミラも小さく手を上げる。

 

「私も、少し……」

 

「決まり!」

 

 ククルは鞄を掴んだ。

 

 その時、エリンが近くを通りかかった。

 

「三人とも、どうしたの?」

 

 三人は一斉にびくっとした。

 

 ククルが慌てて言う。

 

「い、いえ! ちょっと、カイエとリュウジさんがどこに行くのかなって!」

 

「つまり、後をつけるつもりなのね」

 

 エリンは即座に言った。

 

 三人は固まった。

 

「……分かります?」

 

 エマが苦笑する。

 

「分かるわ」

 

 エリンは小さくため息を吐いた。

 

「あんまり詮索しすぎないようにね」

 

「止めないんですか?」

 

 ククルが驚く。

 

「本当に嫌がることなら止めるけれど、カイエとリュウジでしょう? 大丈夫だと思うわ」

 

「エリンさん、気にならないんですか!?」

 

 ククルが思わず聞く。

 

 エリンは少しだけ微笑んだ。

 

「気にならないと言えば嘘になるけれど、二人とも必要があって行っているんでしょう。何か危ないことをするわけではないと思うわ」

 

「すごい余裕……」

 

 エマがぽつりと言った。

 

 ミラも小声で続ける。

 

「なんだか……正妻感が……」

 

 エリンの眉がぴくりと動いた。

 

「ミラ?」

 

「す、すみません!」

 

 ミラは慌てて頭を下げる。

 

 ククルはエマの袖を引いた。

 

「でも分かる。エリンさん、リュウジさんのことで動じなさすぎる」

 

 エマも小声で言う。

 

「信頼してる感じがすごいよね」

 

 エリンは聞こえていた。

 

 少しだけ頬を染めたが、すぐに咳払いする。

 

「とにかく、迷惑をかけないこと。もし本人達に見つかったら、素直に謝ること」

 

「はい!」

 

 ククルが元気よく返事をする。

 

「ククル、声量」

 

「あ、はい」

 

 エリンは三人を見送りながら、ふっと微笑んだ。

 

 本当に、何をしに行くのかは気になる。

 

 だが、リュウジが一緒なら大きな問題にはならないだろう。

 カイエが嬉しそうだったのなら、きっと彼女にとって大事なことなのだ。

 

 そう思えた。

 

 ただ、ミラの「正妻感」という言葉だけは、少しだけ胸に残った。

 

「……正妻って何よ」

 

 エリンは小さく呟き、自席へ戻った。

 

 

 ククル、エマ、ミラの三人は、少し距離を空けながらリュウジとカイエの後を追った。

 

 尾行。

 

 と言っても、三人とも本格的に人を尾行した経験などない。

 

 ククルはすぐ前に出すぎる。

 エマは人混みに紛れようとして、逆に周囲に謝りながら歩く。

 ミラは緊張しすぎて、何度も柱の陰に隠れようとする。

 

「ククル、近いよ」

 

 エマが小声で注意する。

 

「あ、ごめん」

 

「ミラ、隠れすぎると逆に怪しいよ」

 

「す、すみません!」

 

 ククルは前を見つめる。

 

 少し先に、リュウジとカイエが歩いていた。

 

 リュウジはいつも通り落ち着いた歩き方。

 カイエはその横で、どこか楽しそうだった。

 

 いつもの静かなカイエとは違う。

 表情が柔らかい。

 会話の内容は聞こえないが、リュウジに何か説明しているようで、時々手を動かしている。

 

 ミラが小声で言った。

 

「なんか……カイエさん、幸せそうです」

 

 ククルは頷く。

 

「分かる。すごく楽しそう」

 

 エマも少し微笑む。

 

「カイエがあんなに表情に出すの、珍しいね」

 

「やっぱりゲームかな?」

 

「でも、リュウジさんとゲーム……?」

 

 ミラが首を傾げる。

 

「リュウジさん、ゲームをされるんでしょうか」

 

「想像できない」

 

 ククルが即答した。

 

「リュウジさんって、ゲームでも無言で上手そう」

 

「分かる」

 

 エマが笑う。

 

「淡々と高得点を出しそう」

 

「でも、カイエが誘うくらいだから、何かあるんだよ」

 

 三人はさらに追う。

 

 リュウジとカイエは、ドルトムント財閥のビルを出て、近くの商業エリアへ向かった。

 

 飲食店街ではない。

 カフェでもない。

 書店でもない。

 

 さらに奥へ進む。

 

 そして、二人が入っていったのは。

 

 大きなゲームセンターだった。

 

 三人は入口の少し手前で固まった。

 

「……え?」

 

 ククルが声を漏らす。

 

 エマも目を丸くした。

 

「ゲームセンター……?」

 

 ミラはぽかんとしている。

 

「カイエさんが行くのは分かりますけど……リュウジさんも……?」

 

 目の前の建物からは、賑やかな電子音が漏れている。

 

 リズムゲームの音。

 格闘ゲームの効果音。

 クレーンゲームの軽快な音楽。

 子どもや学生、仕事帰りの人々の声。

 

 カイエなら自然に馴染む場所かもしれない。

 

 だが、リュウジが入っていったと思うと、どうにも不思議だった。

 

 ククルは入口を見つめた。

 

「……入ろう」

 

「本当に?」

 

 エマが聞く。

 

「ここまで来たら確認するしかないよ」

 

 ミラは少し迷ったが、結局頷いた。

 

「はい……」

 

 三人はそっとゲームセンターへ入った。

 

 

 ゲームセンターの中は、予想以上に広かった。

 

 入口付近にはクレーンゲームが並び、ぬいぐるみやフィギュア、お菓子が景品として置かれている。

 奥にはリズムゲーム。

 さらに奥へ進むと、対戦ゲームや大型筐体が並ぶエリアがあった。

 

 カイエが向かったのは、その一番奥。

 

 宇宙船を操縦して戦うアーケードゲームの筐体だった。

 

 大きな座席型の筐体。

 左右に操縦桿。

 足元にペダル。

 正面には大型モニター。

 さらに左右にも視界補助用の小型モニターがついている。

 

 まるで簡易的な操縦シミュレーターのようだった。

 

 筐体の上には、派手な文字でタイトルが表示されている。

 

『STAR BATTLE FRONTIER』

 

 ククルが小声で読む。

 

「スター・バトル・フロンティア……?」

 

 エマが首を傾げる。

 

「宇宙船で戦うゲームみたいだね」

 

 ミラは画面を見て驚く。

 

「本格的です……」

 

 リュウジとカイエはその筐体の前にいた。

 

 カイエは、明らかに楽しそうだった。

 

 普段の落ち着いた表情ではない。

 目が輝いている。

 説明する手の動きも早い。

 

 リュウジは筐体を見ながら、静かに説明を聞いている。

 

「これがメインスティックです。こっちで姿勢制御、こっちで推進方向を調整します。ペダルがブーストと制動で、右側のボタンが主砲、左側が補助兵装です」

 

「ああ」

 

「ゲームなので実機とは違うんですけど、癖が少し独特で……慣性が変に残るというか、旋回後の戻しが遅いというか」

 

「なるほど」

 

「私は最近これにハマっているんですけど、上位ステージの敵機動がどうしても読めなくて。操縦の基本を分かっている人なら、最初にどこを見るのか知りたくて……」

 

 カイエはそこで少しだけ恥ずかしそうに言葉を濁した。

 

 リュウジは淡々と頷く。

 

「分かった。一度やってみればいいんだな」

 

「はい。お願いします」

 

 リュウジは筐体の座席に座った。

 

 その姿に、三人は物陰から目を見開く。

 

 ククルが小声で言う。

 

「リュウジさんがゲームの椅子に座ってる……」

 

 エマが微笑む。

 

「なんだか新鮮」

 

 ミラは両手を胸の前で握っている。

 

「でも、似合います……」

 

 ククルが頷く。

 

「確かに。ゲームセンターなのに、なんか本物の操縦席に見える」

 

 リュウジは画面の説明を読み、操縦桿を軽く動かした。

 

 カイエが横で説明する。

 

「最初はチュートリアルでもいいですか?」

 

「いや、通常ステージでいい」

 

「えっ、初見ですよ?」

 

「操作確認しながらやる」

 

 カイエの目がさらに輝いた。

 

「はい!」

 

 ゲームが始まった。

 

 画面に宇宙空間が広がる。

 

 プレイヤー機が発進し、敵機が数機現れる。

 

 リュウジは最初、操作感を確かめるようにゆっくり動かした。

 

 操縦桿の重さ。

 画面内の慣性。

 旋回時の遅れ。

 ブースト後の制動。

 武器の発射間隔。

 

 数秒。

 

 本当に、数秒だった。

 

 リュウジの手の動きが変わった。

 

 無駄が減る。

 機体の向きが安定する。

 敵機の射線を避けながら、最小限の動きで背後を取る。

 

 画面の中の宇宙船が、まるで本当にリュウジの手足のように動き始めた。

 

 カイエの口が少し開く。

 

「……え」

 

 ククル達も物陰で固まった。

 

「……上手い」

 

 エマが呟く。

 

「初めてですよね?」

 

 ミラが小声で言う。

 

「リュウジさん、やっぱりすごいです……」

 

 敵機が一機、二機と撃墜される。

 

 リュウジは派手に動かない。

 

 むしろ、画面上では地味にすら見える。

 

 だが、敵の攻撃が当たらない。

 無駄なブーストを使わない。

 必要な時だけ加速し、必要な分だけ旋回し、撃つべきタイミングで撃つ。

 

 ゲーム特有の派手さよりも、実戦的な安定感がある。

 

 カイエは真剣に画面を見ていた。

 

「今、どうして左に逃げなかったんですか?」

 

 リュウジは画面を見たまま答える。

 

「左は敵の増援が来る空間が空きすぎている。右の小惑星を盾にした方が射線を切れる」

 

「でも、右だと旋回が遅れて……」

 

「だから先に機首を戻した」

 

「先に……」

 

「このゲーム、旋回後に慣性が少し残る。敵を見てから戻すと遅い。敵が撃つ前に戻す」

 

 カイエは完全に聞き入っていた。

 

「なるほど……」

 

 リュウジはさらに続ける。

 

「ブーストは逃げるためだけに使うと足りなくなる。敵の射線が重なる前に短く使う。長く踏むと制動が遅れる」

 

「短く……」

 

「あと、補助兵装は敵を倒すためより、動かすために使った方がいい」

 

「動かすため?」

 

「敵の進路を変えさせる。そこに主砲を置く」

 

 その瞬間、リュウジは画面上で補助兵装を放った。

 

 敵機が回避行動を取る。

 

 その回避先に、すでに主砲の照準が置かれていた。

 

 撃墜。

 

 カイエは感動したように息を呑んだ。

 

「……すごい」

 

 ククルも物陰で興奮を抑えきれない。

 

「リュウジさん、ゲームでも操縦士だ……」

 

 エマが小さく笑う。

 

「本当に」

 

 ミラは完全に見惚れていた。

 

「かっこいいです……」

 

 その時だった。

 

 リュウジが、画面を見たまま言った。

 

「ククル、エマ、ミラ」

 

 三人は凍りついた。

 

 リュウジは操縦桿から手を離さず、敵の攻撃を避けながら続ける。

 

「そこにいるなら出てこい」

 

 ククルの顔が引きつる。

 

「……バレてる」

 

 エマが苦笑する。

 

「やっぱり」

 

 ミラは真っ青になった。

 

「す、すみません……!」

 

 三人はおずおずと物陰から出てきた。

 

 カイエが振り返る。

 

「えっ、三人とも!?」

 

 ククルは両手を合わせた。

 

「ご、ごめん! 気になって……」

 

 エマも頭を下げる。

 

「後をつけるようなことをして、ごめんなさい」

 

 ミラは深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません!」

 

 リュウジは画面内の敵を撃墜しながら言った。

 

「エリンさんには?」

 

「エリンさんには……あんまり詮索しすぎないようにって言われました」

 

 ククルが正直に答える。

 

「止められなかったのか」

 

「はい……」

 

 リュウジは少しだけため息を吐いた。

 

「なら、終わった後で謝っておけ」

 

「はい!」

 

 カイエは顔を赤くしている。

 

「見られてたんだ……」

 

 ククルは慌てて言った。

 

「いや、その、カイエがすごく嬉しそうだったから、何かと思って!」

 

 エマも優しく言う。

 

「心配というより、気になってしまって」

 

 ミラは小さく続ける。

 

「カイエさんが、あんなに楽しそうだったので……」

 

 カイエは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「……そんなに楽しそうだった?」

 

 三人は同時に頷いた。

 

「うん」

 

「はい」

 

「とても」

 

 カイエはさらに顔を赤くした。

 

 リュウジはステージをクリアした。

 

 画面にスコアが表示される。

 

 初見とは思えない高得点だった。

 

 カイエはスコアを見て、また目を丸くした。

 

「初見でこのスコア……」

 

 リュウジは席から立ち上がる。

 

「ゲームの癖は少し分かった」

 

「少しでこれですか……」

 

 カイエは半ば呆然としている。

 

 ククルがたまらず聞いた。

 

「それで、結局どういうことだったの?」

 

 カイエは少し困ったように三人を見た。

 

 それから、小さく息を吐き、観念したように話し始めた。

 

「最近、この宇宙船を操縦して戦うアーケードゲームにハマってるんだ」

 

「うん、それはカイエらしい」

 

 ククルが言う。

 

「でも、ステージが進むと敵の動きが急に複雑になって、どうしても癖が掴めなくて。ゲームとしての攻略動画も見たけど、何かしっくり来なくて」

 

 カイエはリュウジを見る。

 

「それで、実際に操縦が上手い人なら、初めて触った時に何を見るのか、どう動かすのか、手本を見せてもらいたくて」

 

 エマが納得したように頷く。

 

「それでリュウジさんに」

 

「うん」

 

 カイエは恥ずかしそうに笑った。

 

「でも……ゲームの操縦でリュウジさんに頼むところを皆に知られるのは、ちょっと恥ずかしくて」

 

 ククルは一瞬黙り、それからぱっと笑った。

 

「可愛い!」

 

「ククル」

 

 カイエがすぐに睨む。

 

「ごめん! でも、すごくカイエらしい!」

 

 エマも微笑んだ。

 

「恥ずかしがることじゃないよ。好きなものをもっと上手くなりたいって、素敵なことだと思う」

 

 ミラも頷く。

 

「はい。カイエさんが楽しそうで、私も嬉しいです」

 

 カイエは少しだけ視線を落とした。

 

「……ありがとう」

 

 リュウジは静かに言った。

 

「俺に頼むのが恥ずかしいことか?」

 

 カイエは慌てて首を横に振る。

 

「違います! リュウジさんに頼むのが恥ずかしいんじゃなくて、ゲームで真剣になっているところを皆に見られるのが……」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「なら、気にしなくていい。真剣になるのは悪いことじゃない」

 

 リュウジの言葉に、カイエは少しだけ目を見開いた。

 

「リュウジさん……」

 

「それに、これはゲームだが、操縦の考え方は少し使える」

 

 ククルが興味津々で聞く。

 

「本当ですか?」

 

「ああ。もちろん実機とは違う。だが、慣性、射線、機体の向き、加速と制動、敵の進路を誘導する考え方は似ている」

 

 カイエは真剣に頷く。

 

「やっぱり、そうなんですね」

 

「ただし、ゲームはゲームだ。実機と同じ感覚でやると逆に合わない部分もある」

 

「そこを知りたかったんです」

 

 カイエは再び筐体を見る。

 

「私、どうしてもブーストを長く踏みすぎるんです。敵の攻撃を避けようとして、逃げすぎて、その後の制動で隙ができる」

 

「さっき見た限り、このゲームは短い制動が重要だ」

 

「はい」

 

「カイエは状況を見ようとしている分、少し反応が遅れるかもしれない。先に逃げ道を決めておくといい」

 

「先に逃げ道を……」

 

「フォクスやファルコにも言ったことがあるが、戻る基点を決める。ゲームでも同じだ」

 

 カイエは完全にメモを取りたい顔になっている。

 

 エマが笑う。

 

「カイエ、端末出しそう」

 

「出していい?」

 

「いいんじゃない?」

 

 カイエはすぐに端末を取り出した。

 

 ククルは笑いをこらえる。

 

「本当に出した」

 

 カイエは真剣だった。

 

「リュウジさん、もう少し教えてもらってもいいですか?」

 

「ああ」

 

 リュウジは再び筐体に座った。

 

「次はカイエがやってみろ。横で見る」

 

 カイエの顔がぱっと明るくなる。

 

「はい!」

 

 その表情を見て、ミラがまた小声で言った。

 

「やっぱり幸せそうです……」

 

 ククルは頷いた。

 

「うん。これは邪魔しちゃ駄目なやつだね」

 

 エマも微笑む。

 

「でも、見守るのはいいよね」

 

「うん」

 

 

 カイエが筐体に座った。

 

 普段、訓練中は落ち着いているカイエだが、ゲームの前では少しだけ子どものような期待が見える。

 

 リュウジは横に立ち、画面を見る。

 

「まず、最初の敵が出る前に、右の小惑星帯を見る」

 

「はい」

 

「敵の出現位置は固定か?」

 

「序盤は固定です。中盤からランダムが混じります」

 

「なら、序盤で無駄に動かない。最初の二機は正面で落とせる」

 

「はい」

 

 ゲームが始まる。

 

 カイエは操縦桿を握る。

 

 動きは慣れている。

 普段からやり込んでいるのが分かる。

 

 だが、最初の敵を倒した後、次の攻撃を避けるところでブーストを長めに踏んだ。

 

「長い」

 

 リュウジがすぐに言う。

 

「はい」

 

「今の半分でいい。制動を残す」

 

「半分……」

 

 カイエは次の場面で意識して短く踏む。

 

 機体の戻りが早くなった。

 

「あ、戻しやすい」

 

「そこで機首を先に向ける」

 

「はい」

 

「撃つ」

 

 カイエが撃つ。

 

 敵機に当たる。

 

「当たった……!」

 

 カイエの声が弾んだ。

 

 ククルが思わず拍手しそうになり、慌てて手を止める。

 

「すごい!」

 

 エマも嬉しそうに見ている。

 

 ミラは完全に応援モードだった。

 

「カイエさん、頑張ってください……!」

 

 カイエはリュウジの指示を受けながら、次々と動きを修正していく。

 

「敵を追いすぎない」

 

「はい」

 

「射線を切る。倒すより、まず当たらない位置」

 

「はい」

 

「補助兵装は今」

 

「はい!」

 

 カイエの機体が、今までよりも安定して動き始めた。

 

 派手さはない。

 しかし、被弾が減る。

 

 スコアよりも、生存時間が伸びる。

 結果的に、撃墜数も増える。

 

 カイエは集中していた。

 

 目は真剣。

 口元は少しだけ楽しそう。

 

 ククルはそれを見て、胸が温かくなった。

 

「カイエ、楽しそう」

 

 エマが頷く。

 

「好きなことをしている時の顔だね」

 

 ミラも微笑む。

 

「私、カイエさんのこういうところ、初めて見ました」

 

 ステージが終わった。

 

 カイエのスコアは、自己最高には届かなかったが、被弾数は明らかに減っていた。

 

 カイエは画面を見つめたまま、しばらく黙った。

 

 そして、ぽつりと言った。

 

「……分かってきたかもしれません」

 

 リュウジは頷く。

 

「なら、もう一度やればいい」

 

「はい!」

 

 カイエは嬉しそうに返事をした。

 

 その姿は、普段の冷静なカイエからは少し想像できないほど素直だった。

 

 ククルは笑った。

 

「これは、尾行してよかったかも」

 

「そこは謝るところだよ」

 

 エマが柔らかく言う。

 

「あ、そうだった」

 

 ククルはリュウジとカイエに向き直った。

 

「本当にごめんなさい。勝手についてきて」

 

 エマも頭を下げる。

 

「ごめんなさい。気になってしまって」

 

 ミラも深く頭を下げた。

 

「すみませんでした」

 

 カイエは少し照れくさそうに首を振った。

 

「もういいよ。見られたのは恥ずかしいけど……どうせ明日にはバレていた気もするし」

 

「言っていいの?」

 

 ククルが聞く。

 

「広めないで」

 

「はい!」

 

 リュウジも言った。

 

「エリンさんには謝っておけ」

 

「はい」

 

「それと、カイエが嫌がるなら、この話は広げるな」

 

 三人は真剣に頷いた。

 

「もちろんです」

 

 エマが答える。

 

 カイエは少しだけ笑った。

 

「別に、絶対秘密というわけじゃないけど……ゲームでリュウジさんに指導してもらったって言うと、ククルが絶対からかうから」

 

「からかわないよ!」

 

「もう可愛いって言った」

 

「あれは褒め言葉!」

 

「それが恥ずかしいの」

 

「ごめん」

 

 ククルは素直に謝った。

 

 カイエは少しだけ目を細める。

 

「でも……来てくれたなら、見ていて。私、もう少しやりたい」

 

 三人は顔を見合わせた。

 

 そして、笑顔で頷いた。

 

「もちろん!」

 

 エマが言う。

 

「応援するね」

 

 ミラも小さく拳を握る。

 

「頑張ってください、カイエさん」

 

 リュウジは筐体の横に立ったまま、静かに言った。

 

「次は中盤のランダム出現を見る。焦らず、最初に逃げ道を決めろ」

 

「はい」

 

 カイエは操縦桿を握り直した。

 

 画面に再び宇宙空間が広がる。

 

 ゲームセンターの喧騒の中で、十四班の小さな放課後のような時間が始まった。

 

 

 その後、カイエは何度かプレイを重ねた。

 

 リュウジの指導は、ゲームセンターでも変わらず的確だった。

 

「今の敵は追う必要がない」

 

「はい」

 

「スコアを取りに行くなら追ってもいいが、ステージクリア優先なら捨てる」

 

「なるほど」

 

「ここで右へ逃げると次の敵に挟まれる。左へ流して、戻る」

 

「はい」

 

「撃つ前に機首を安定させる。無理に当てにいくな」

 

「はい!」

 

 カイエはどんどん吸収していった。

 

 ゲームの操縦に対して、ここまで真剣に向き合うカイエは、ククル達にとって新鮮だった。

 

 普段のカイエは、落ち着いていて、少し眠そうで、ゲーム好きではあるが、ここまで表情を変えることは少ない。

 

 だが今は違う。

 

 悔しがる。

 納得する。

 目を輝かせる。

 少しだけ笑う。

 

 その一つひとつが、カイエの別の一面だった。

 

 ククルは小声で言う。

 

「カイエって、こんなに楽しそうにするんだね」

 

 エマは優しく答える。

 

「うん。好きなものを誰かに分かってもらえるのが嬉しいのかも」

 

 ミラも頷く。

 

「リュウジさんも、ちゃんと真剣に教えてくださっていますし」

 

 そう。

 

 リュウジは、ゲームだからといって適当に扱っていなかった。

 

 実機とは違うと前置きしながらも、カイエが真剣に悩んでいることを真剣に受け止めている。

 

 それが、カイエには嬉しかったのだろう。

 

 やがて、カイエは一つ上のステージをクリアした。

 

 これまで何度も詰まっていたステージだったらしい。

 

 画面にクリア表示が出た瞬間、カイエは小さく息を呑んだ。

 

「……クリアできた」

 

 ククルが我慢できずに拍手した。

 

「すごい!」

 

 エマも拍手する。

 

「おめでとう、カイエ」

 

 ミラも嬉しそうに言う。

 

「おめでとうございます!」

 

 カイエは少し照れながらも、嬉しさを隠せない顔をしていた。

 

「ありがとうございます。リュウジさんのおかげです」

 

 リュウジは静かに首を振る。

 

「カイエが修正したからだ」

 

「でも、教えていただかなければ分かりませんでした」

 

「なら、次は自分で考えればいい」

 

「はい」

 

 カイエは真剣に頷いた。

 

「次は、自分で戻る基点を決められるようにします」

 

「それでいい」

 

 リュウジの声は穏やかだった。

 

 

 ゲームセンターを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

 商業エリアの灯りが夜道を照らし、仕事帰りの人々が行き交っている。

 

 カイエはまだ少しだけ浮かれた表情をしていた。

 

 ククルが横から覗き込む。

 

「カイエ、楽しかった?」

 

「……うん」

 

 カイエは素直に頷いた。

 

「すごく楽しかった」

 

 その言い方があまりにも素直で、ククルはまた「可愛い」と言いそうになったが、ぐっと堪えた。

 

 エマが微笑む。

 

「よかったね」

 

「うん」

 

 ミラも言う。

 

「私も見ていて楽しかったです」

 

「本当?」

 

「はい。カイエさんが楽しそうで」

 

 カイエは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「見られるのは恥ずかしかったけど……来てくれてよかったかも」

 

 ククルはぱっと顔を明るくする。

 

「じゃあ、次も応援に――」

 

「尾行は駄目」

 

「はい」

 

 即答で止められた。

 

 リュウジは静かに歩きながら言う。

 

「次に行く時は、普通に誘えばいい」

 

 カイエが驚く。

 

「いいんですか?」

 

「俺は構わない。時間が合えば」

 

 カイエの顔がまた明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、遅くなるまではやらないぞ」

 

「はい」

 

 ククルが小声でエマに言う。

 

「エリンさんに言ったら、また正妻感出そう」

 

 エマが小さく笑う。

 

「言わない方がいいよ」

 

 ミラは慌てる。

 

「聞こえますよ」

 

 リュウジは少しだけ振り返った。

 

「何か言ったか?」

 

「何でもありません!」

 

 ククルが勢いよく返事をした。

 

「声が大きい」

 

「あ、はい」

 

 リュウジに注意され、ククルは思わず笑った。

 

「リュウジさんもエリンさんみたいです」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「それは……いいことなのか?」

 

 リュウジが少しだけ困った顔をする。

 

 エマが微笑んだ。

 

「いいことだと思います」

 

 ミラも頷く。

 

「はい。とても」

 

 カイエも静かに言う。

 

「エリンさんも、リュウジさんも、ちゃんと見てくれるところが似ています」

 

 リュウジは少しだけ黙った。

 

 そして、視線を前に戻した。

 

「……そうか」

 

 その声は、ほんの少し柔らかかった。

 

 

 翌朝。

 

 十四班のフロアでは、当然のようにエリンが三人を待っていた。

 

 いや、待っていたというより、いつも通り席にいただけだ。

 

 だが、ククル、エマ、ミラの三人は、出社するなり自然とエリンの前に並んだ。

 

 エリンは顔を上げる。

 

「おはよう。三人とも、どうしたの?」

 

 ククルが代表して頭を下げた。

 

「昨日、リュウジさんとカイエの後をつけました。すみませんでした」

 

 エマも頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

 

 ミラも深く頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 エリンは少しだけ目を瞬いた。

 

 そして、静かに言った。

 

「ちゃんと謝れたのね」

 

「はい」

 

「本人達には?」

 

「謝りました」

 

「なら、いいわ。ただし、次からは本人に聞くか、無理に詮索しないこと」

 

「はい」

 

 エリンは三人を見た。

 

「それで、何だったの?」

 

 三人は顔を見合わせた。

 

 ククルが言う。

 

「カイエが、宇宙船を操縦して戦うアーケードゲームにハマっていて」

 

「……ゲーム?」

 

 エリンが少し意外そうにする。

 

「はい。それで、操縦の癖が掴めないから、リュウジさんに手本を見せてもらっていたんです」

 

「そうだったの」

 

 エリンは少しだけ笑った。

 

「カイエらしいわね」

 

 ちょうどその時、カイエが出社してきた。

 

 昨日より少し眠そうだったが、どこか満足そうでもある。

 

 エリンはカイエを見る。

 

「カイエ」

 

「はい」

 

「昨日、楽しかった?」

 

 カイエは一瞬で顔を赤くした。

 

「……聞いたんですね」

 

「ええ」

 

「すみません。仕事に関係ないことでリュウジさんを」

 

「いいのよ。業務後でしょう?」

 

「はい」

 

「リュウジが嫌がっていないなら問題ないわ」

 

 カイエは少しだけ安心した。

 

「ありがとうございます」

 

 エリンは微笑む。

 

「それに、好きなことに真剣になるのは悪いことではないわ。むしろ、カイエの新しい一面が見られて嬉しいわ」

 

 カイエはますます照れた。

 

「……あまり見ないでください」

 

「分かったわ」

 

 エリンは柔らかく笑った。

 

 そこへリュウジも出社してくる。

 

 エリンが顔を向けた。

 

「リュウジ、昨日はカイエに付き合ってくれてありがとう」

 

「いえ、エリンさん。大したことはしていません」

 

「ゲームでも、操縦指導は操縦指導でしょう?」

 

「実機とは違いますが、考え方は少し使えました」

 

「そう」

 

 エリンは少しだけ楽しそうに微笑んだ。

 

「今度、私も見てみたいわ」

 

 その一言で、ククル達の目が一斉に輝いた。

 

 カイエが驚く。

 

「エリンさんもですか?」

 

「ええ。カイエがそんなに楽しそうなら、少し興味があるわ」

 

 リュウジは静かに言った。

 

「エリンさんなら、すぐに動きを掴むと思います」

 

「そうかしら」

 

「はい」

 

 また自然に褒める。

 

 ククルが小声でエマに言う。

 

「リュウジさん、エリンさんには本当に素直だよね」

 

「うん」

 

 ミラは頬を赤くして頷く。

 

「素敵です……」

 

 エリンは聞こえていたが、今回は注意しなかった。

 

 ただ、少しだけ頬を染めながら、端末を開いた。

 

「さて、始業前の話はここまで。今日も訓練があります。ククル、昨日遅くまで出歩いた分、集中できるわね?」

 

「はい!」

 

「声量」

 

「あ、はい」

 

 フロアに笑いが広がった。

 

 カイエは自席に座りながら、昨日のゲームの感覚を思い出していた。

 

 戻る基点。

 短いブースト。

 敵を倒すより、動かす。

 射線を切る。

 

 それはゲームの話だった。

 

 けれど、どこかで自分の乗務員としての動きにもつながる気がした。

 

 焦らず、全体を見る。

 先に逃げ道を決める。

 相手の動きを誘導する。

 必要以上に動かない。

 

 リュウジがゲームを通じて教えてくれたことは、ただの遊びでは終わらなかった。

 

 カイエは小さく笑った。

 

 ククルがそれを見逃さない。

 

「カイエ、また嬉しそう」

 

「……別に」

 

「今度、私もやってみたい!」

 

「ククルはブースト踏みっぱなしにしそう」

 

「ひどい!」

 

 エマが笑う。

 

「私は後ろで見てるね」

 

 ミラも小さく言う。

 

「私も、少しだけなら……」

 

 カイエは三人を見る。

 

 そして、少しだけ照れくさそうに言った。

 

「じゃあ、今度みんなで行く?」

 

 三人の顔が明るくなる。

 

「行く!」

 

「楽しそう」

 

「はい!」

 

 その様子を、エリンは静かに見ていた。

 

 十四班は、仕事だけでつながっているわけではない。

 

 訓練で支え合い、失敗を共有し、時には勘違いし、時にはこっそり後をつけ、ゲームセンターで笑う。

 

 そういう時間も、きっと班を強くする。

 

 エリンは微笑み、今日の訓練予定を開いた。

 

 そしてリュウジは、カイエに昨日教えたゲームの動きを思い出しながら、淡々と操縦ログの確認を始めた。

 

 十四班の朝は、今日も少し賑やかに始まった。

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