イーナの一次訓練合格は、統括官室にとって大きな前進だった。
まだ正式採用ではない。
まだオペレーションルーム中核要員として確定したわけでもない。
これから継続訓練を重ね、実際の高負荷環境でどこまで動けるかを確認しなければならない。
それでも、ペルシアの中ではほとんど方向性が固まっていた。
イーナは採用の方向で進める。
総務部で「仕事が遅い」と言われていた女性。
けれど、医療班で五年の経験を積み、曖昧な情報を整理し、必要な確認を怠らず、現場からの圧に震えながらも「待ってください」と言えた女性。
オペレーションルームに必要な人材だった。
統括官室の大きなモニターには、一次訓練の評価表が表示されている。
『イーナ
一次訓練:合格
継続訓練:実施
配置候補:医療搬送連携、曖昧情報具体化、統括官補助情報整理
課題:報告速度、画面操作、優先順位の即時提示
所見:必要な確認を怠らず、現場圧下でも停止時間が短い。育成価値大』
ペルシアはその評価表を眺めながら、満足そうに腕を組んだ。
「よし」
隣でフレイが端末に記録を残している。
「イーナさんについては、採用方向で局長へ中間報告を上げます」
「お願い」
「ただし、正式配置ではなく、継続訓練対象としての報告です」
「分かってるわよ」
ペルシアは少しだけ頬を膨らませた。
「でも、私の中ではもうほぼ決まり」
「統括官の中で決まっていても、手続きは必要です」
「フレイ、そういうところ本当にフレイね」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
「必要な指摘です」
フレイは相変わらず表情を崩さない。
そのやり取りを、フォクス達が少し離れた席で見ていた。
ファルコは椅子に背を預け、足を組みながら言う。
「ま、あのイーナって女は使えそうだったな」
「ファルコが認めるなら、かなり評価は高いわね」
クリスタルが微笑む。
ファルコは少し顔を逸らした。
「別に褒めてねぇよ。現場に待てって言えたのは悪くなかったってだけだ」
「それを褒めていると言うのよ」
「うるせぇ」
スリッピーも端末を操作しながら笑った。
「でも本当にすごかったよ。最初はすごく緊張してたのに、最後はちゃんと情報を分けられてた。画面操作はまだ遅いけど、そこは僕が教えれば何とかなると思う」
『イーナの操作ログを分析した結果、情報の選択判断には大きな問題はありません。物理的な操作速度と画面配置への慣れが不足しているだけです』
ナウスの声が端末から響く。
ペルシアは頷いた。
「じゃあ、スリッピーとナウスには、イーナ用の画面配置案を作ってもらおうかしら」
「了解!」
『承知しました』
フォクスは腕を組んだまま静かに言った。
「イーナは、現場を止めることを怖がっていた」
「ええ」
「だが、必要なら止めた。あれは大きい」
ペルシアは少し目を細めた。
「そこなのよ。現場に合わせるだけなら誰でもできる。でも、現場が危ない方向へ行きそうな時に止めるには、勇気がいる」
「総務部で確認を続けていた経験が活きたのかもしれないわね」
クリスタルが言う。
「遅いと言われても、確認することをやめなかった。だから訓練でも、恐怖で完全に流されなかった」
「そうね」
ペルシアはモニターのイーナの名前を見つめた。
「総務部で潰される前に見つけられてよかった」
フレイが静かに言う。
「統括官、その表現は局長報告には記載しないでください」
「分かってるわよ」
「“現所属における評価軸と候補者の特性に差異がある”程度にしてください」
「言い方が役所っぽい」
「組織文書ですので」
「はいはい」
ペルシアは椅子に深く座り直した。
イーナという一人目の柱が見つかったことで、オペレーションルーム構想はようやく形を持ち始めた。
だが、それは同時に、まだ足りないものをはっきりさせることでもあった。
フレイは時系列記録と統括官補佐。
イーナは医療搬送連携と曖昧情報の具体化。
しかし、映像・センサー担当がいない。
現場判断補助が足りない。
外部連携に強い人間も必要だ。
複数通信を束ねる受信担当も必要になる。
最低でも、あと四人。
余裕を見るなら六人。
ペルシアは机に指を置き、ゆっくり叩いた。
「……足りない」
フレイがすぐに反応する。
「はい。イーナさんを採用方向で進めても、中核要員としてはまだ不足しています」
「本局だけじゃ、見つからないかもね」
その言葉に、部屋の空気が少し変わった。
フレイがペルシアを見る。
「統括官?」
ペルシアは顔を上げた。
その目は、すでに次を見ている。
「他も探す」
「他、とは」
「木星、火星、冥王星、それから各コロニーにある管制」
フレイの手が止まった。
ファルコが思わず笑う。
「おいおい、本気か?」
ペルシアは当然のように頷いた。
「本気よ」
スリッピーも目を丸くした。
「全部回るの?」
「全部」
クリスタルが少し心配そうに言う。
「ペルシア、それはかなりの規模になるわよ」
「分かってる」
フレイはすぐに端末を操作し始めた。
「木星圏管制、火星圏管制、冥王星外縁航路管制、各コロニー管制……対象施設をすべて回るとなると、日程は非常に長期化します」
「長期化していいわ」
「よくありません」
フレイの声が少し強くなる。
「統括官、本局内の視察だけでも通常業務に影響が出ています。今後はイーナさんの継続訓練、局長報告、オペレーションルーム設計、スターフォックスの運用調整、救助班訓練、システム部改修、宇宙警察との協議もあります。さらに外部管制まで全て回るとなれば、統括官室の業務が滞ります」
「分かってる」
「では」
「でも、本局だけで探して足りないなら、外へ行くしかないでしょ」
ペルシアは立ち上がった。
その声には、いつものだらけた響きがなかった。
「事故は本局の近くでだけ起きるわけじゃない。木星圏でも、火星航路でも、冥王星外縁でも、コロニー間でも起きる。なら、そこで実際に情報を拾ってる管制の中に、人材がいる可能性がある」
フォクスが静かに頷く。
「外縁管制の方が、現場判断に慣れている者がいるかもしれないな」
「そう」
ペルシアはフォクスを見る。
「本局の人間は、設備も人も揃ってる環境に慣れすぎてる。だけど、遠い管制ほど少人数で判断しなきゃいけない場面があるはず。通信遅延、設備不足、救助艇到着までの時間。そういう環境で鍛えられてる人がいるかもしれない」
スリッピーが端末を操作しながら言った。
「木星圏は通信遅延と磁気嵐の影響があるよね。センサー情報の読み替えに強い人がいるかも」
「火星は民間航路が多いから、外部調整に強い人間がいるかもしれない」
クリスタルが続ける。
「冥王星外縁は医療搬送が難しい地域ね。搬送優先順位や待機判断に慣れている人がいそう」
ファルコがにやりと笑った。
「コロニー管制は雑多だぜ。民間船、貨物、観光便、訓練機、色々来る。揉まれてる奴はいるかもな」
「でしょ?」
ペルシアは満足そうに言った。
「だから行く」
フレイは額に手を当てそうになるのを堪えた。
「統括官、行くとしても計画が必要です」
「もちろん」
「全管制を物理的に訪問する場合、移動時間、宿泊、現地調整、視察許可、機密区画へのアクセス、各管制責任者との協議が必要です」
「分かってる」
「分かっている方の発言とは思えません」
「フレイ」
「事実です」
ペルシアは少しだけ口を尖らせた。
だが、今回は引かなかった。
「計画は立てる。無計画に飛び回るつもりはないわ」
「それなら、まず局長承認が必要です」
「取る」
「長期出張扱いになります」
「構わない」
「本局業務の代行体制も必要です」
「フレイがいる」
「私一人では足りません」
「そこは分かってる」
ペルシアは腕を組んだ。
「だから、イーナの継続訓練は本局で進めながら、私は外部管制を回る。訓練記録はフレイが見て、必要なところは通信で私が確認する。フォクス達にも分担してもらう」
ファルコが眉を上げた。
「俺達もか?」
「当然。あなた達、直属チームでしょ」
「便利に使うな」
「便利だもの」
クリスタルが少し笑った。
「具体的には?」
ペルシアはすぐに答える。
「フォクスは救助系管制を見る時に同行。現場判断補助に向く人を見てもらう。ファルコは操縦・機動判断に強い管制を見る時。スリッピーとナウスはセンサー、映像、システム系。クリスタルは医療搬送連携と外縁管制。フレイは本局で記録と調整、必要に応じて一部同行」
「私は留守番が多いのですね」
フレイが言う。
「あなたがいないと本局が止まるもの」
「統括官も止まります」
「私は外で動く」
「資料はどうされるのですか」
「……通信でやる」
「本当に?」
「やるわよ」
フレイの目は疑っていた。
ペルシアはその視線に少しだけ怯む。
「やるってば」
「出張先で資料から逃げる可能性があります」
「何で先に疑うの」
「実績がありますので」
「出た、実績」
スリッピーが笑った。
「でも、外部管制を回るのはいい案だと思うよ。データだけじゃ見えない人がいそう」
フォクスも頷く。
「本局に推薦されない人材を探すなら、現地を見るしかない」
「だが、範囲が広すぎる」
クリスタルが冷静に言う。
「一度に全部回るのではなく、優先順位をつけた方がいいわ」
「それはそうね」
ペルシアはモニターに宇宙管理局管轄管制一覧を表示した。
木星圏。
火星圏。
冥王星外縁。
主要コロニー管制。
中継ステーション管制。
救助艇待機基地管制。
画面いっぱいに施設名が並ぶ。
ペルシアはそれを見て、少しだけ顔をしかめた。
「多いわね」
ファルコが笑った。
「今さらかよ」
「言ってみたかったの」
フレイはすぐに優先順位案を作り始めた。
「まず、事故対応件数が多い場所。次に、通信遅延や特殊環境下での管制経験が多い場所。さらに、他部署から評価が高いものの本局推薦に上がっていない職員がいる可能性のある場所を優先すべきです」
「フレイ、さすが」
「計画化しなければ破綻しますので」
「つまり?」
「第一段階として、火星圏管制と木星圏管制。第二段階として、主要コロニー管制。第三段階として、冥王星外縁及び中継ステーション管制が現実的です」
ペルシアは少し不満そうに言った。
「冥王星は第三段階?」
「遠いです」
「遠い人材ほど面白そうなのに」
「移動時間も長いです」
「そこを何とか」
「なりません」
ペルシアは机に突っ伏しかけた。
しかし、すぐに顔を上げる。
「じゃあ、まず火星と木星」
「はい」
「火星は民間航路、外部調整、人の多さを見る。木星は通信遅延と特殊環境、センサー判断。そこで候補が見つかればいい」
「見つからなければ?」
「コロニーを回る」
「それでも足りなければ?」
「冥王星」
フレイは深く息を吐いた。
「分かりました。局長への提案資料を作成します」
「お願い」
「統括官も作成してください」
「……え?」
「提案者は統括官です」
「フレイ、そこは作ってくれる流れじゃないの?」
「下書きは作りますが、統括官の視察方針、評価基準、外部管制を回る必要性については、統括官自身の言葉が必要です」
「資料……」
ペルシアは今度こそ机に突っ伏した。
「結局、資料じゃない」
ファルコが笑う。
「高給取りなんだろ? 働けよ」
「ファルコ、今それ言わないで」
クリスタルが優しくも厳しく言う。
「でも、必要な資料よ。局長を納得させるには、きちんと理由を示さないと」
「分かってるわよ」
ペルシアは机に突っ伏したまま手を上げた。
「やる。やるわよ。やればいいんでしょ」
「その姿勢で言われても説得力がありません」
フレイが淡々と告げる。
ペルシアはゆっくり体を起こした。
そして、画面に新規資料を開いた。
『外部管制視察及びオペレーションルーム中核要員追加選定計画』
タイトルを打ち込む。
その文字を見た瞬間、ペルシアはため息を吐いた。
「長い」
「内容を正確に表しています」
「もっと短くならない?」
「局長提出資料ですので」
「はいはい」
ペルシアはキーボードに指を置いた。
少し考えてから、本文を書き始める。
『本局内での候補者確認の結果、オペレーションルーム中核要員として有望な人材を一名確認した。一方で、必要人数にはなお不足があり、現行の部署推薦及び本局内視察のみでは、人材発掘に限界がある。』
フレイが横から見る。
「よい書き出しです」
「珍しく素直に褒めた」
「評価です」
「もうそれでいいわ」
ペルシアは続ける。
『事故対応は本局周辺に限定されず、木星圏、火星圏、外縁航路及び各コロニーにおいても発生する。特に遠隔地管制では、通信遅延、設備制約、少人数体制等により、独自の判断力及び情報整理能力を有する職員が存在する可能性がある。』
スリッピーが感心したように言う。
「ちゃんと書けてる」
「私は天才だから」
ファルコがすかさず言う。
「普段からやれ」
「それは嫌」
クリスタルが笑った。
ペルシアはさらに打つ。
『したがって、外部管制施設を段階的に視察し、現場における通常業務及び緊急対応訓練を確認することで、部署推薦では把握困難な実務適性を持つ人材を発掘する。』
フレイは頷く。
「局長は納得しやすいと思います」
「でしょ」
「ただし、視察範囲を“全て”と書くのは避けてください」
「何で?」
「現実的ではないと思われます」
「全部回るつもりなのに」
「段階的に、と表現してください」
「便利な言葉ね」
「必要な言葉です」
ペルシアは少し考え、文章を直した。
『第一段階として火星圏管制及び木星圏管制を対象とし、その結果を踏まえて主要コロニー管制、外縁航路管制へ拡大する。』
「これでいい?」
「はい」
フレイは満足そうに頷いた。
◇
その後、局長への提案は、その日のうちにまとめられた。
ペルシアは文句を言いながらも、かなりの速度で資料を書き上げた。
イーナという一人目を見つけたことで、彼女の中に確かな手応えが生まれていたのだ。
本局の中に埋もれていた人材がいるなら、外部管制にも必ずいる。
その確信が、ペルシアを動かしていた。
夕方。
局長室で資料を説明すると、局長は静かに聞いていた。
「火星と木星から始めるのか」
「ええ。本局だけでは足りない。外へ行く必要があるわ」
「かなり大きな計画になる」
「分かってる」
「君の負担も増える」
「それも分かってる」
「それでも必要だと?」
ペルシアは迷わず答えた。
「必要」
局長はしばらくペルシアを見た。
そして、ゆっくり頷いた。
「分かった。第一段階として、火星圏管制と木星圏管制の視察を承認する」
ペルシアの顔が明るくなる。
「本当?」
「ただし」
局長が続ける。
「日程管理はフレイに従うこと。通常業務を止めないこと。視察結果は必ず記録すること」
ペルシアの顔が少し曇る。
「記録……」
「当然だ」
「はい」
「それから、無茶はしないこと」
「局長まで」
「これは命令に近い注意だ」
ペルシアは少しだけ肩をすくめた。
「分かったわよ」
局長は微笑んだ。
「期待している、統括官」
その言葉に、ペルシアは少しだけ背筋を伸ばした。
「任せて」
◇
統括官室に戻ると、ペルシアは扉を開けるなり言った。
「承認取れた!」
スリッピーが笑顔になる。
「やった!」
ファルコがにやりと笑う。
「火星と木星か。悪くねぇな」
クリスタルも頷く。
「かなり大きく動くことになるわね」
フォクスは静かに言った。
「準備が必要だ」
「もちろん」
フレイはすでに端末を開いている。
「第一段階視察計画を確定します。火星圏管制は三日間、木星圏管制は四日間を予定。移動日を含めると、全体で十日前後になります」
「十日かぁ」
ペルシアは少し楽しそうに呟いた。
「出張ね」
「仕事です」
フレイが即座に言う。
「分かってるって」
「観光ではありません」
「分かってるわよ」
「夜の飲食予定は事前申請してください」
「そこまで!?」
「必要です」
ファルコが大笑いした。
「管理されてんな、統括官」
「うるさい、ファルコ」
クリスタルが微笑む。
「でも、楽しそうね」
ペルシアは少しだけ笑った。
「ええ。楽しみよ」
その声には、資料から逃げる時の軽さとは違う、前向きな響きがあった。
「だって、いるはずだもの。まだ見つかってない人材が」
窓の外には、宇宙管理局の夜景が広がっている。
本局で見つけた一人目。
総務部のイーナ。
彼女が示した可能性は、ペルシアの視野を大きく広げた。
評価されていない人材。
部署の基準では埋もれている力。
現場の片隅で、誰にも気づかれずに危険を止めている人。
そういう人達を、見つけに行く。
木星へ。
火星へ。
そして必要なら、冥王星へ。
コロニー管制へ。
ペルシアは端末に新しい候補者リストを開き、イーナの名前の下に空白を作った。
二人目。
三人目。
四人目。
そこに、これから出会う誰かの名前が入る。
ペルシアは口元に笑みを浮かべた。
「さあ、忙しくなるわよ」
フレイが即座に返す。
「既に忙しいです」
「さらによ」
「望ましくはありませんが、必要です」
「でしょ」
ペルシアは椅子に座り、出張計画の資料を開いた。
資料は相変わらず嫌いだった。
だが、今は少しだけ、嫌ではなかった。
その資料の先に、まだ見ぬ人材がいる。
その人材が、いつか誰かの命を救うかもしれない。
そう思えば、少しくらいならキーボードを叩いてもいい。
少しくらいなら。
そう思った矢先、フレイが静かに言った。
「統括官、視察計画のほかに、旅程表、局長報告、各管制への依頼文、同行者調整表、予算申請も必要です」
ペルシアは固まった。
「……いくつ?」
「現時点で最低五種類です」
ペルシアはゆっくり机に突っ伏した。
「ハゲそう」
ファルコの笑い声が響いた。
クリスタルは呆れながらも微笑み、スリッピーは苦笑し、フォクスは静かに肩をすくめる。
フレイは当然のように言った。
「本日中に下書きを作成します」
ペルシアは机に突っ伏したまま、片手を上げた。
「はい……」
それでも、その声には少しだけ楽しさが混じっていた。
ーーーー
それから数日、統括官室は戦場だった。
ただし、レーザー銃が飛び交うわけではない。
宇宙海賊が襲ってくるわけでもない。
救助艇が緊急発進するわけでもない。
飛び交っていたのは、資料だった。
「ペルシア統括官、火星圏管制への視察依頼文、修正版です」
「はいはい」
「木星圏管制の機密区画立入申請も確認してください」
「はいはい……」
「同行者調整表のフォクスさんの区分が未入力です」
「フォクスは現場判断補助でいいでしょ」
「正式な職務区分で記載してください」
「面倒くさっ」
「統括官」
「書くわよ、書くってば」
ペルシアは机に向かい、半分ほど魂の抜けた顔でキーボードを叩いていた。
火星圏管制。
木星圏管制。
外部管制視察計画。
出張旅程表。
局長説明資料。
予算申請。
各管制への依頼文。
機密区画立入申請。
同行者役割分担。
視察時評価項目。
候補者抽出基準。
イーナの継続訓練計画。
総務部との調整記録。
増える。
とにかく増える。
片付けたと思えば、フレイが新しい資料を差し出す。
修正したと思えば、別の部署から確認が入る。
局長へ回す前に、文言整理が必要になる。
ペルシアは頭を抱えた。
「ねぇ、フレイ」
「はい」
「資料って、倒しても倒しても湧いてくるのね」
「倒すものではありません。作成し、確認し、提出するものです」
「その正論が一番心に刺さる」
ソファでは、ファルコが面白そうに笑っていた。
「お前、宇宙海賊より資料の方が苦手そうだな」
「宇宙海賊は撃退できるけど、資料は増殖するのよ」
「言い訳が独特だな」
スリッピーは端末をいじりながら言う。
「でもペルシア、今回は結構ちゃんとやってるよね」
「私はいつもちゃんとやってるわよ」
フレイが即座に言う。
「今回は、です」
「フレイ?」
「今回は非常に助かっています」
「褒めるなら最後まで褒めなさいよ」
クリスタルは少し笑いながら資料を読んでいた。
「でも、内容はよくまとまっているわ。外部管制を回る理由も分かりやすい」
「でしょ? 私は天才だから」
フォクスは静かに言う。
「本局だけでは足りない理由も明確だ。局長も通しやすいだろう」
「そうなのよ。外へ出るには、ちゃんと理由が必要なの。火星も木星も遊びに行くんじゃないんだから」
「酒を飲みに行くんじゃないのか?」
ファルコが笑う。
「仕事よ!」
「夜は?」
「……現地の文化を知るのも統括官の仕事」
フレイが顔を上げる。
「統括官」
「冗談よ」
「現地での飲酒予定は事前申告してください」
「本当に管理される……」
そんなやり取りをしながらも、ペルシアは資料を仕上げていった。
不思議なことに、今回は完全に逃げなかった。
もちろん、途中で机に突っ伏した。
甘いものも食べた。
「もう倒れそう」と三回言った。
「フレイ、代わりにやって」と二回言った。
「もう帰っていい?」とも一回言った。
しかし、それでも最後まで机に戻ってきた。
理由は分かっていた。
イーナを見つけたからだ。
総務部で埋もれていた人材。
遅いと言われながら、実際には危険な抜けを止めていた人。
本局に一人いた。
なら、火星にもいるかもしれない。
木星にもいるかもしれない。
冥王星外縁にも、コロニーにもいるかもしれない。
そう思うと、資料の向こう側に人の顔が見えた。
ただの文書ではない。
視察計画の先に、誰かがいる。
誰かの能力を見つけ、誰かの居場所を変え、いつか誰かの命を救うかもしれない。
そう考えれば、少しだけキーボードを叩く手が軽くなる。
ほんの少しだけだが。
◇
数日後。
ペルシアは最後の資料を送信し、椅子の背にもたれた。
「終わった……」
声は、完全に抜け殻のようだった。
フレイが端末を確認する。
「提出資料一式、確認しました。局長提出用、各管制依頼文、旅程表、同行者調整表、予算申請、機密区画立入申請、候補者評価基準、イーナさんの継続訓練計画。全て揃っています」
「つまり?」
「現時点で必要な資料は完了です」
ペルシアは両手を上げた。
「勝った!」
ファルコが拍手をする。
「おー、資料に勝った統括官」
「軽い拍手ね」
「本気で褒めてるぜ」
「嘘っぽい」
スリッピーは笑いながら言った。
「でも本当にお疲れ様。今回はすごい量だったよ」
クリスタルも頷く。
「よく頑張ったわ」
フォクスは短く言った。
「これで動けるな」
「ええ」
ペルシアは椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。
「これで火星も木星も行ける。次は人探しよ」
その時、フレイの端末に通知が入った。
「統括官」
「何?」
「局長からです。今すぐ局長室へ来るようにとのことです」
ペルシアの動きが止まった。
「……今すぐ?」
「はい」
「何か修正?」
「内容までは分かりません」
「やだ」
「行ってください」
「終わった瞬間に呼ばれるの、嫌な予感しかしないんだけど」
「行ってください」
「フレイ、もう少し優しく」
「お気をつけて」
「そういう優しさじゃない」
ペルシアは渋々、上着を羽織った。
ファルコが手を振る。
「追加資料じゃねぇの?」
「縁起でもないこと言わないで」
スリッピーが苦笑する。
「でも局長なら、何か大事な話かも」
クリスタルは少し真面目な顔になる。
「火星や木星の管制を回るなら、関係者への根回しも必要でしょうね」
「……そういうことかしら」
ペルシアはため息を吐いた。
「じゃあ行ってくるわ」
◇
局長室に入ると、局長はすでに資料を読んでいた。
机の上には、ペルシアが提出したばかりの外部管制視察計画が表示されている。
「来たか」
「呼ばれたからね」
ペルシアは椅子に座る。
「資料、何か足りなかった?」
「いや、よくまとまっている」
「本当?」
「ああ。君にしては非常に丁寧だ」
「局長まで“君にしては”って言うのね」
局長は少し笑った。
「フレイの指導が効いているのだろう」
「否定できないのが悔しい」
ペルシアは背もたれに寄りかかる。
「それで、何?」
局長は表情を真面目に戻した。
「今回の視察計画だが、火星圏管制、木星圏管制を第一段階として回ることは承認する」
「それは聞いたわ」
「だが、もう一つ考えなければならないことがある」
「嫌な言い方」
「万が一、各管制から優秀な人材を本部へ引き抜く場合だ」
ペルシアは少し目を細めた。
「……ああ」
局長は頷く。
「各管制はそれぞれ独自の運用体制を持っている。優秀な人材ほど、現地でも重要な役割を担っているはずだ。君が本部へ引き抜くとなれば、現地側だけでなく、役員にも話を通す必要がある」
「役員」
「そうだ。管制配置や人事、予算に関わる話になる。特に木星圏や火星圏の管制から人を動かす場合、現地管制の負担増や補充計画も絡む」
ペルシアは腕を組んだ。
「つまり、私が良い人材を見つけても、はい連れていきます、とはいかないってことね」
「当然だ」
「面倒ね」
「組織だからな」
「組織って本当に面倒」
「君もその組織の統括官だ」
「分かってるわよ」
局長は少しだけ笑った後、言った。
「そこで、今日、役員達との会食がある」
ペルシアの動きが止まった。
「……会食?」
「ああ」
「今日?」
「今日だ」
「私、聞いてない」
「今言っている」
「局長」
「君も来なさい」
ペルシアは少しだけ口を開けた。
「私も?」
「そうだ。今回の視察計画の中心は君だ。役員達には、君の口から話した方がいい」
「資料でいいじゃない」
「資料だけでは足りない」
「何で?」
「人を動かす話だからだ」
局長の声が少し重くなる。
「役員達は、数字と計画だけを見るわけではない。君が本当にこの仕事を任せられる人物なのかを見る。外部管制から人を本部へ引き抜く可能性があるなら、君自身が信頼される必要がある」
ペルシアは黙った。
確かに、そうだ。
火星や木星で優秀な人材を見つけたとしても、現地管制からすれば貴重な戦力を奪われることになる。
役員からすれば、若くして統括官になったペルシアが、本当に全体を見ているのか確認したいはずだ。
資料だけで納得する相手ではない。
ペルシアは小さく息を吐いた。
「分かった。行くわ」
「助かる」
「でも、会食ってことはお酒出る?」
局長は少し目を細めた。
「出るだろうな」
「よし」
「飲みすぎるな」
「局長までそれ言う?」
「君の周囲から複数の注意喚起が来ている」
「誰よ」
「フレイ、クリスタル、あと匿名で一件」
「匿名って絶対ファルコじゃない」
局長は笑った。
「とにかく、今日はあくまで仕事だ」
「分かってる。役員達と仲良くなればいいんでしょ」
「簡単に言うな」
「得意分野よ」
ペルシアはにやりと笑った。
「人と話すのは、資料よりずっといい」
◇
夜。
会食の場は、宇宙管理局の本部近くにある格式の高い店だった。
派手すぎず、しかし安っぽくない。
個室の奥には大きな丸卓があり、役員達がすでに数名集まっていた。
局長とペルシアが入ると、会話が一度止まる。
役員達の視線がペルシアに向いた。
若い。
女性。
元ドルトムント財閥の客室乗務員。
新設ポストの統括官。
宇宙ハンターであるスターフォックスを直属チームに引き入れた人物。
宇宙警察相手に暴れて拘留されたという噂まである。
興味。
警戒。
値踏み。
好奇心。
いくつもの感情が、声になる前から空気に混じっている。
ペルシアはそれを耳で拾った。
そして、にこりと笑った。
「初めまして。統括官のペルシアです。今日はよろしくお願いします」
丁寧すぎず、砕けすぎず。
明るく、しかし軽く見えない声。
役員の一人が笑う。
「君がペルシア統括官か。噂は色々聞いているよ」
「良い噂だけ信じてください」
場に小さな笑いが起きた。
別の役員が言う。
「悪い噂も多いのでは?」
「悪い噂はだいたい誇張です。たまに事実も混じっていますけど」
さらに笑いが広がる。
局長が横で少しだけ眉を上げたが、ペルシアは動じない。
乾杯の酒が注がれる。
局長が簡単な挨拶をし、会食が始まった。
最初は探るような会話だった。
「外部管制を回るそうだね」
「はい。火星圏と木星圏から始めます」
「本局だけでは足りないと?」
「足りないというより、見えない人材がいると思っています」
「見えない人材?」
「はい。推薦に上がる人材だけが優秀とは限りません。部署の中では評価されにくくても、緊急対応に必要な能力を持っている人がいる。実際、本局でも一人見つけました」
役員達の目が少し変わる。
ペルシアはイーナの名前までは出さず、概要だけを話した。
「総務部で処理が遅いと言われていた職員です。でも、確認力が高く、差し戻しが少なく、医療班経験もある。訓練では、現場に待ってくださいと言えました」
役員の一人が興味深そうに聞く。
「現場に待てと言うのは、簡単ではないな」
「はい。現場の声は強いです。早くしろ、今すぐ決めろ、行っていいのか悪いのか。そう言われると、多くの人は流されます。でも、情報が足りない時に“待ってください”と言える人間が必要です」
ペルシアはグラスを置いた。
「オペレーションルームは、現場の背中を押す場所でもあります。でも、危ない時は止める場所でもある。私は、そういう人材を探しています」
役員達は静かに聞いていた。
最初にあった軽い値踏みの空気が、少しずつ変わっていく。
彼女はただ勢いで動いているわけではない。
人を見る基準を持っている。
現場を理解している。
そして、組織の評価軸から漏れる能力を拾おうとしている。
そのことが、会話の中で自然に伝わっていった。
◇
酒が進むにつれて、場は少しずつ和んでいった。
ペルシアは酒の席が得意だった。
無理に媚びるわけではない。
必要以上にへりくだるわけでもない。
だが、相手の声の色を聞き、どの話題なら乗ってくるかを見極める。
ある役員は、現場出身だった。
ペルシアはその役員が救助班時代の話をした瞬間、すぐに聞き手に回った。
「その時、救助艇は何分で到着したんですか?」
「十二分だ。だが、現場では永遠に感じたよ」
「分かります。待つ側も、向かう側も、時間の感じ方が違いますよね」
「そうなんだ。机の上で見る十二分とは違う」
「だから、オペレーションルームの時間感覚を現場に近づけたいんです」
役員は満足そうに頷いた。
別の役員は、財務畑だった。
最初は少し冷めた目で見ていたが、ペルシアが予算の話を避けずに言った。
「人を引き抜くなら、現地管制の穴埋めも必要です。そこを無視したら、ただ本部が強くなるだけで、全体は弱くなります」
財務担当の役員は目を細めた。
「分かっているならいい。優秀な人材を集めると言うのは簡単だが、抜かれる側には負担が出る」
「はい。だから、引き抜きありきではなく、まずは人材の特性を把握します。本部採用が必要な人、現地に残した方がいい人、兼務や遠隔支援で活きる人。全部同じにはしません」
「ほう」
「優秀だから全部本部へ、というのは雑です」
その言葉に、財務役員は初めて笑った。
「君は思ったより現実的だな」
「思ったより、は余計です」
ペルシアが笑って返すと、場がまた和んだ。
さらに別の役員は、ペルシアの若さに少し懐疑的だった。
「しかし、君はまだ若い。各管制の責任者は年上ばかりだ。反発もあるだろう」
「あるでしょうね」
ペルシアはあっさり答えた。
「怖くないのかね?」
「怖いというより、面倒です」
役員達が笑う。
ペルシアは続ける。
「でも、反発されること自体は悪くないと思っています。現地には現地の事情がありますから。問題は、反発の中身です。人を抜かれたくないのか、体制が崩れるのか、本当に候補者が向いていないのか。それを聞き分けます」
「聞き分ける?」
「はい。私は耳がいいので」
ペルシアは軽く笑った。
だが、その目は真剣だった。
「言葉に出ていない不安も聞こえます。そこを無視して押し切るつもりはありません」
若さを懸念していた役員は、しばらくペルシアを見てから、静かに頷いた。
「なるほど。局長が君を選んだ理由が少し分かった気がする」
「ありがとうございます」
◇
酒がさらに進む。
ペルシアは役員達と和気藹々に飲んでいた。
だが、ただ楽しく飲んでいるだけではない。
相手の話をよく聞く。
相手の過去の現場経験を引き出す。
財務面の懸念には現実的に答える。
人事面の不安には、段階的な選定だと説明する。
現地管制への配慮も忘れない。
その上で、時々冗談を挟む。
「統括官は資料嫌いだと聞いたが?」
役員の一人が笑いながら言う。
ペルシアはすぐに答える。
「嫌いです」
局長が横で咳払いした。
ペルシアは続ける。
「でも、必要な資料は作ります。嫌いなだけで、逃げるとは言ってません」
局長が小さく呟く。
「逃げようとはしていただろう」
「局長、そこは秘密にしてください」
役員達が笑う。
「正直でいいな」
「資料が好きですって嘘をつく方が信用できないでしょう?」
「確かに」
「ただ、人を見つけるための資料なら作ります。資料の向こうに誰かがいるなら、少しだけ我慢できます」
その言葉に、場が少し静かになった。
軽い冗談の中に、ペルシアの本音が混じっていたからだ。
資料の向こうに誰かがいる。
それは、役員達にも響いた。
組織の上にいる者達は、数字や報告書を多く見る。
だが、その先にいる人間を忘れれば、組織は硬くなる。
ペルシアはそこを見ている。
若いが、軽くはない。
そう感じ始めた役員が、一人、また一人と増えていった。
◇
会食の終盤になる頃には、最初の緊張感はほとんど消えていた。
役員達はペルシアに次々と話しかける。
「火星へ行くなら、あそこの管制責任者には気をつけた方がいい。頑固だぞ」
「頑固な人は嫌いじゃありません。理由がある頑固なら」
「木星圏は環境が特殊だ。現地職員の方が本局より詳しい部分も多い」
「だからこそ見に行きたいんです」
「冥王星まで行く気なのか?」
「必要なら行きます」
「遠いぞ」
「遠い人材ほど、埋もれているかもしれません」
「面白いことを言う」
別の役員が笑いながら言った。
「君は本当に全部回りそうだな」
「止められなければ」
ペルシアが答えると、局長がすぐに言った。
「止める時は止める」
「局長が一番現実的」
また笑いが起きる。
やがて、一番年長の役員がグラスを置いた。
「ペルシア統括官」
「はい」
「君の計画には、役員会としても一定の理解を示す必要があるだろう」
場が少し静かになる。
「ただし、人を動かすなら慎重に進めなさい。現地管制の力を削いではならない」
「はい」
「だが、埋もれた人材を拾うという考え方は悪くない。むしろ、今の管理局に必要かもしれん」
ペルシアは真っ直ぐに頷いた。
「ありがとうございます」
「火星、木星で何を見つけてくるか、楽しみにしている」
その言葉に、周りの役員達も頷いた。
「私も協力しよう。火星圏管制には顔が利く」
「木星側には私から話を通しておく」
「人事面は、正式な話になったら早めに相談してくれ」
「予算は無限ではないが、必要性があれば検討する」
ペルシアは一瞬、目を瞬いた。
予想以上だった。
もちろん、完全な承認ではない。
何をしてもいいと言われたわけでもない。
だが、役員達は明らかに味方寄りになっている。
局長が横で静かに微笑んでいた。
ペルシアはグラスを持ち、軽く掲げた。
「ありがとうございます。私、ちゃんと見つけてきます」
年長の役員が笑う。
「期待しているよ」
「期待されると働く女です」
「資料もか?」
「……そこはフレイに監視してもらいます」
全員が笑った。
◇
会食が終わる頃、ペルシアはすっかり役員達に気に入られていた。
理由は一つではない。
明るい。
話が面白い。
相手の話をよく聞く。
現場感覚がある。
若いのに、変に飾らない。
資料嫌いだと正直に言いながら、必要なことは理解している。
そして何より、人を見る目を持っている。
役員達は最初、ペルシアを値踏みしていた。
だが最後には、彼女が火星や木星で何を見つけるのかを楽しみにしていた。
店を出た後、局長はペルシアに言った。
「上出来だ」
ペルシアは少し頬を赤くしているが、足取りはしっかりしている。
「でしょ?」
「まさか、ここまで役員達と打ち解けるとは思わなかった」
「人と話すのは得意なのよ。資料よりずっと」
「それはよく分かった」
「役員さん達、いい人達じゃない」
「君が懐に入るのが早いんだ」
ペルシアはふっと笑った。
「皆、不安があっただけよ。人を抜かれる不安、現場が崩れる不安、若い統括官に任せていいのかって不安。そこを聞けば、話はできる」
局長は静かに頷いた。
「君の耳は、やはり強みだな」
「でしょ?」
「ただし」
「何?」
「飲みすぎてはいないな?」
「局長まで……」
「確認だ」
「大丈夫よ。今日はちゃんと仕事のお酒」
「仕事のお酒という表現は少し危ないが、まあいい」
その時、ペルシアの端末が鳴った。
フレイからだった。
『会食はいかがでしたか。飲酒量は適正範囲ですか』
ペルシアは画面を見て、思わず笑った。
「フレイ、本当に保護者みたい」
局長も苦笑する。
「良い補佐だ」
「ええ。厳しいけどね」
ペルシアは返信を打った。
『大成功。役員みんな味方っぽい。飲酒量は適正。たぶん。』
すぐに返信が来る。
『“たぶん”は不要です。帰庁後、明日の打ち合わせを行います』
ペルシアは顔をしかめた。
「明日でいいじゃない」
局長が笑う。
「仕事熱心で何よりだ」
「私じゃなくてフレイがね」
ペルシアは夜空を見上げた。
火星。
木星。
そして、その先。
役員達との会食は、ただの酒の席では終わらなかった。
彼らの理解を得た。
協力の糸口を作った。
人を引き抜く可能性への地ならしもできた。
これで、外へ行ける。
本当に探しに行ける。
ペルシアは小さく笑った。
「さあ、忙しくなるわね」
局長が隣で言う。
「君が自分で始めたことだ」
「分かってる」
「後悔しているか?」
「少しだけ」
ペルシアは正直に言った。
「でも、それ以上に楽しみ」
局長は満足そうに頷いた。
「ならいい」
夜の宇宙管理局へ戻る道で、ペルシアの足取りは軽かった。
資料に追われ、会食に呼ばれ、役員達に囲まれた一日。
それでも、結果は上々。
役員達は味方になった。
局長も背中を押している。
フレイは厳しく支えてくれる。
スターフォックスも動く準備がある。
イーナも継続訓練へ進んだ。
歯車が、少しずつ噛み合い始めていた。
ペルシアは端末をしまい、夜風の中で呟いた。
「火星でも木星でも、絶対見つけてやるわ」
その声には、酔いよりも強い、高揚が宿っていた。