サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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整備士

 コロニーロカA3の管制棟は、本局よりもずっと小さかった。

 

 外観だけ見れば、清潔で整っている。

 観光用コロニーとして知られるロカA3は、航路も比較的安定しており、管制棟にもどこか落ち着いた空気があった。

 

 だが、ペルシアは入口に入った瞬間から、少しだけ眉をひそめていた。

 

「……平和ね」

 

 隣を歩くフレイが端末を確認しながら言う。

 

「ロカA3は観光便と定期連絡船が中心です。緊急対応件数も、本局や火星圏に比べれば少ないです」

 

「知ってるわよ」

 

「では、何か気になることが?」

 

「平和すぎるのよ」

 

 ペルシアは周囲を見回した。

 

 管制室には数名の職員が座っている。

 モニターには、コロニー周辺の航路、入出港予定、気象ならぬ宇宙環境データ、定期便の遅延情報が映っている。

 

 職員達は丁寧に仕事をしていた。

 

 だが、それだけだった。

 

 手順通り。

 穏やか。

 安定。

 予定されたものを予定通り処理する空気。

 

 もちろん、それは悪いことではない。

 

 ロカA3のような観光コロニーにとって、平常運用を安定させることは重要だ。

 旅客便を遅らせず、事故を起こさず、混乱を防ぐ。

 それは立派な仕事である。

 

 だが、ペルシアが探しているのは、それだけではなかった。

 

 緊急時に、予定外の音を拾える人間。

 曖昧な情報を具体化できる人間。

 現場が焦っている時に、必要なら待てと言える人間。

 平常運用の枠から外れた瞬間に、思考が止まらない人間。

 

 ペルシアは管制責任者と挨拶を交わし、視察を始めた。

 

「統括官自らお越しいただけるとは」

 

 管制責任者は丁寧に頭を下げた。

 

「こちらこそ、急な視察を受けてくれてありがとう」

 

「いえ。オペレーションルームの人材をお探しと伺っています」

 

「ええ。緊急時に本局の判断を支える中核人材を探しているの」

 

「それでしたら、こちらの職員も何名か候補としてご覧ください」

 

 責任者が紹介した職員達は、いずれも真面目そうだった。

 

 航路管理担当。

 入出港調整担当。

 通信補助担当。

 観光便対応担当。

 

 一人ずつ、短い聞き取りを行う。

 

 最初の職員は、航路管理に詳しかった。

 

「ロカA3周辺の定期航路は、ほぼ頭に入っています」

 

「定期航路から外れた民間船が、通信不安定の状態で接近してきたら?」

 

「まず規定に従い、接近警告を出します」

 

「応答がなかったら?」

 

「再度警告を」

 

「その船から、断片的に『船内で倒れた者がいる』という通信が入ったら?」

 

「……医療班へ連絡します」

 

「何を確認する?」

 

「ええと、負傷者の有無を」

 

「倒れた者がいるって言ってるわ。次は?」

 

「人数……でしょうか」

 

「意識、呼吸、出血、船内移動の可否、操縦者が残っているか。最低でもそこは必要ね」

 

「はい……」

 

 悪くはない。

 

 しかし、遅い。

 

 次の職員は、通信の聞き取りは丁寧だった。

 

 だが、聞き取った情報を優先順位に分けるのが苦手だった。

 

「通信内容は拾えているわ。でも、その中で何が命に関わるかが見えていない」

 

「申し訳ありません」

 

「謝らなくていいわ。向き不向きの話だから」

 

 三人目は、規定に詳しかった。

 

 だが、規定にない状況を提示した瞬間、表情が曇った。

 

「その場合は、上席に確認します」

 

「上席が別対応中で、三十秒返事が来ないなら?」

 

「……確認が取れるまで待ちます」

 

「待てない時は?」

 

「ですが、規定上は」

 

「分かったわ」

 

 ペルシアは短く切り上げた。

 

 フレイは横で記録を残している。

 

 四人目。

 五人目。

 六人目。

 

 どの職員も、真面目だった。

 仕事も丁寧だった。

 平常運用なら十分に信頼できる。

 

 しかし、ペルシアの探している人材ではなかった。

 

 管制室を出た後、フレイが端末を見ながら言った。

 

「ロカA3管制、現時点で中核候補なし、でしょうか」

 

「なし」

 

 ペルシアは即答した。

 

「補助訓練なら何人か入れてもいい。でも、私の隣に置く人材じゃない」

 

「理由は」

 

「平時の処理に寄りすぎてる。予定されたものを予定通り処理する力はある。でも、予定外が来た時に、思考が規定の中に戻ろうとする」

 

「緊急対応件数の少なさも影響しているかもしれません」

 

「でしょうね」

 

 ペルシアは窓の外に広がる、穏やかなコロニーの景色を見た。

 

「いいコロニーなのよ。だからこそ、荒れた声に慣れてない」

 

 

 ロカA3を出た後、ペルシアとフレイはその足で別のコロニー管制へ向かった。

 

 コロニーロカB1。

 工業区画を持つ中規模コロニー。

 

 ここには少し期待があった。

 

 貨物船の出入りが多く、資材搬入や整備関連の調整も頻繁にある。

 突発的な遅延や積載ミス、機材トラブルも観光コロニーよりは多いはずだった。

 

 だが、ここでも結果は芳しくなかった。

 

 職員達は実務に強かった。

 特に貨物調整は速い。

 船の到着遅延、積載順、補給スケジュール、整備枠の調整など、手際は良かった。

 

 しかし、救命や事故対応の情報に対する感度が弱かった。

 

「貨物船の荷崩れで、乗員が負傷した可能性がある。何を見る?」

 

「積載物の種類と損傷状況です」

 

「乗員は?」

 

「あ、乗員の状態も確認します」

 

「順番が逆」

 

 ペルシアは静かに言った。

 

「荷物も大事。でも命が先」

 

 その職員は恐縮した。

 

 悪気はない。

 ただ、普段の仕事の優先順位が染みついている。

 

 ここも違う。

 

 次に向かったのは、ロカC4。

 

 居住区中心のコロニーで、定期便や生活物資の輸送が多い。

 

 ここには、住民対応に強い職員がいた。

 

 話し方は柔らかい。

 住民や民間事業者との調整も上手い。

 クレーム対応にも慣れている。

 

 だが、緊急時の情報整理になると、相手に寄り添いすぎて判断が遅れた。

 

「相手の不安を受け止める力はある。でも、受け止めた後に切り分ける力が弱い」

 

 管制を出た後、ペルシアはそう評した。

 

 フレイは記録する。

 

「外部連携補助としては可能性あり。中核候補ではなし、ですね」

 

「そう」

 

 さらに、ロカD2周辺管制。

 

 ここはリゾート地に近く、観光船の出入りが多い。

 ペルシアにとっては、ドルトムント時代の記憶も少し重なる場所だった。

 

 乗客対応に慣れた管制職員は多い。

 言葉遣いも丁寧。

 トラブルへの初期対応も柔らかい。

 

 しかし、やはり緊急時の判断材料を作る力には届かない。

 

 皆、優しい。

 丁寧。

 感じが良い。

 

 だが、怖さの中で止める強さがない。

 

 最後に、小規模な中継コロニー管制にも寄った。

 

 少人数で回している分、職員達の守備範囲は広かった。

 一人で複数の画面を見ている。

 連絡も調整も兼ねている。

 

 ペルシアは期待した。

 

 しかし、そこでは別の問題があった。

 

 人が少なすぎるため、全員が忙しすぎた。

 判断は早いが、記録が粗い。

 通信は拾うが、後で検証できる形に残らない。

 緊急時に動ける人間はいたが、本局のオペレーションルームで中核として使うには、情報の整形力が足りなかった。

 

 日が傾く頃には、ペルシアの表情から明らかに疲れが見えていた。

 

「……いない」

 

 コロニー管制棟を出た後、ペルシアは低く呟いた。

 

 フレイは端末を閉じる。

 

「本日の視察結果では、中核候補なしです」

 

「言われなくても分かってる」

 

「補助候補は数名います」

 

「補助候補ばっかりじゃ足りないのよ」

 

 ペルシアは足を止め、天井の人工空を見上げた。

 

「悪い人材じゃないの。皆、それぞれの場所ではちゃんと働いてる。でも違う。私が欲しいのは、もっと変な人材なのよ」

 

「変な人材、ですか」

 

「そう。平時の評価軸から少しズレてる人。なのに、緊急時には刺さる人。イーナみたいに」

 

 フレイは静かに頷いた。

 

「本日は、部署内評価と実務能力が大きく乖離している人物は確認できませんでした」

 

「そうね」

 

「明日は火星圏管制の事前調整があります。今日は休むべきです」

 

「……飲む」

 

「はい?」

 

「飲むわよ、フレイ」

 

 ペルシアは振り返った。

 

「今日はもう飲まなきゃやってられない」

 

「飲酒量は適正範囲でお願いします」

 

「範囲は私が決める」

 

「駄目です」

 

「フレイ、こういう日は少し優しくして」

 

「優しさとして、飲みすぎを止めます」

 

「そういう優しさじゃないのよ」

 

 

 宿泊先の近くにある居酒屋は、落ち着いた雰囲気の店だった。

 

 観光客向けの派手な店ではなく、地元の管制職員や作業員が仕事帰りに寄るような場所だ。

 

 木目調のテーブル。

 柔らかい照明。

 壁に貼られた手書きの品書き。

 焼き物の香りと、出汁の匂い。

 

 ペルシアは席に着くなり、メニューを開いた。

 

「生」

 

「統括官」

 

「一杯目はいいでしょ」

 

「一杯目は許可します」

 

「許可制なの?」

 

「はい」

 

「私、統括官なのに」

 

「勤務外でも翌日の業務があります」

 

「はいはい」

 

 フレイはノンアルコールの飲み物を頼み、料理をいくつか選んだ。

 

 枝豆。

 焼き鳥。

 出汁巻き。

 揚げ物。

 刺身。

 温かい煮込み。

 

 ペルシアは運ばれてきたビールを手に取り、深く息を吐いた。

 

「お疲れ、私」

 

「お疲れ様です」

 

「フレイも」

 

「ありがとうございます」

 

 二人は軽くグラスを合わせた。

 

 ペルシアは一口飲んだ。

 

「……生き返る」

 

「飲みすぎないでください」

 

「まだ一口」

 

「一口が大きいです」

 

「クリスタルみたいなこと言う」

 

「クリスタルさんからも注意を受けています」

 

「包囲網が遠隔でも機能してる……」

 

 ペルシアは少し不満げに言いながらも、料理に箸を伸ばした。

 

 しばらくは黙って食べた。

 

 よほど疲れていたのだろう。

 

 フレイも無理に話しかけなかった。

 

 だが、ビールが半分ほど減った頃、ペルシアがぽつりと言った。

 

「いないわねぇ」

 

 フレイは静かに顔を上げた。

 

「本日の視察では見つかりませんでした」

 

「本日の、じゃなくてさ」

 

 ペルシアはグラスを見つめる。

 

「ここまで回って、ちゃんと引っかかったのイーナだけよ」

 

「はい」

 

「本局も、ロカA3も、B1も、C4も、D2も、中継コロニーも。皆、ちゃんと働いてるのよ。真面目だし、悪くない。でも違う」

 

「はい」

 

「悪くない人ばっかりなのに、必要な人じゃない」

 

 ペルシアは少しだけ眉を寄せた。

 

「これ、結構しんどいわね」

 

 フレイは黙って聞いていた。

 

 ペルシアは続ける。

 

「候補がダメなら、ダメって言えばいい。変なのばっかりなら怒ればいい。でも今日の人達は、別にダメじゃないの。ちゃんと仕事してる。今の場所なら十分役に立ってる」

 

「はい」

 

「だから余計に疲れる。違うって言うのが」

 

 ペルシアはグラスを置いた。

 

「私、別に人を否定したいわけじゃないのよ」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 フレイは即答した。

 

「統括官は、候補者を否定しているのではなく、役割との適合を見ています」

 

 ペルシアはフレイを見る。

 

「それ、慰め?」

 

「事実です」

 

「フレイの“事実です”って、たまに優しいのよね」

 

「たまにですか」

 

「たまに」

 

 フレイは少しだけ目を細めた。

 

 ペルシアは苦笑し、出汁巻きを一口食べた。

 

「……美味しい」

 

「よかったです」

 

「フレイも食べなさいよ」

 

「いただきます」

 

 フレイは箸を取り、静かに料理を口に運んだ。

 

 少しだけ、表情が和らぐ。

 

「美味しいですね」

 

「でしょ?」

 

 ペルシアは少しだけ機嫌を戻した。

 

 だが、またすぐにため息を吐く。

 

「イーナって、奇跡だったのかしら」

 

「奇跡というより、評価軸から外れていた人材を見つけた事例です」

 

「それが他にもあると思ったのよ」

 

「あると思います」

 

「でも見つからない」

 

「まだ探索範囲の一部です」

 

「フレイは前向きね」

 

「前向きではなく、分析です」

 

 フレイは端末を開こうとして、ペルシアに睨まれた。

 

「居酒屋で端末は禁止」

 

「記録を」

 

「禁止」

 

「……承知しました」

 

 フレイは端末を閉じた。

 

 ペルシアは満足そうに頷く。

 

「今日は資料なし。愚痴だけ」

 

「では、愚痴をどうぞ」

 

「聞くの上手くなったわね、フレイ」

 

「統括官の補佐ですので」

 

「じゃあ聞いて」

 

「はい」

 

 ペルシアは二杯目を頼もうとして、フレイに視線で止められた。

 

「まだ一杯目終わってないでしょ」

 

「よく見てるわね」

 

「職務です」

 

「飲み会でも職務なの?」

 

「はい」

 

 ペルシアは諦めたように笑い、残りのビールを少しずつ飲んだ。

 

「……私さ、役員達に言ったのよ。見つけてきますって」

 

「はい」

 

「局長にも言った。火星でも木星でも、絶対見つけるって」

 

「はい」

 

「イーナにも、あなたは必要だって言った」

 

「はい」

 

「なのに、今日、一人もいない」

 

 声が少しだけ小さくなった。

 

「焦っているのですか」

 

 フレイが聞く。

 

 ペルシアは少し沈黙した。

 

 そして、正直に答えた。

 

「焦ってる」

 

 フレイは何も言わずに待った。

 

「私、勢いで動くでしょ」

 

「はい」

 

「そこは否定しないのね」

 

「事実です」

 

「はいはい」

 

 ペルシアは苦笑する。

 

「勢いで動いて、結果出して、何とかしてきた。スターフォックスもそう。イーナもそう。でも今回は、思ったより見つからない」

 

「人材探しは時間がかかります」

 

「分かってる。分かってるけど、オペレーションルームは早く作らなきゃいけない」

 

「はい」

 

「次に事故が起きた時、今のままじゃまた遅れる。私がいくら怒鳴っても、フォクス達がいくら速く動いても、部屋が弱ければ詰まる」

 

 ペルシアはグラスを見つめた。

 

「それが嫌なのよ」

 

 フレイは静かに言った。

 

「だから、探しているのですね」

 

「そう」

 

「なら、焦っても仕方ありません」

 

「正論」

 

「必要な正論です」

 

「今日のフレイ、厳しい」

 

「いつもです」

 

「そうだった」

 

 少しだけ笑いが戻る。

 

 フレイはゆっくり続けた。

 

「イーナさんを見つけたことで、選定基準は明確になりました。本日の視察で見つからなかったことも、無駄ではありません」

 

「そう?」

 

「はい。ロカA3では、平常運用に強いが緊急時の逸脱に弱い人材が多い。B1では貨物優先の思考が強い。C4では住民対応に寄りすぎる。中継コロニーでは判断は早いが記録が粗い。これらは、オペレーションルームを作る上で重要な情報です」

 

「候補者がいないのに?」

 

「はい。人材だけでなく、各管制の特性を把握できています」

 

 ペルシアは少しだけ目を細めた。

 

「……フレイって、そういうところ本当に優秀よね」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてる」

 

「受け取ります」

 

 ペルシアは頬杖をついた。

 

「じゃあ、今日見つからなかったのも意味はある?」

 

「あります」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 フレイはまっすぐペルシアを見た。

 

「統括官が“違う”と判断したことにも意味があります。向いていない人を無理に引き抜かなかった。現地で役に立っている人材を、適性の違う場所へ動かさなかった。それも重要です」

 

 ペルシアは黙った。

 

 その言葉は、少しだけ胸に落ちた。

 

 見つからなかった。

 

 それは失敗のように感じていた。

 

 でも、違う人材を違う場所へ連れて行かないことも、必要な判断なのかもしれない。

 

 ペルシアはゆっくり息を吐いた。

 

「……フレイ」

 

「はい」

 

「今日、二杯目飲んでいい?」

 

「話の流れで許可を取るのはずるいです」

 

「お願い」

 

「明日の朝、火星圏管制との打ち合わせがあります」

 

「分かってる」

 

「二杯までです」

 

「やった」

 

「それ以上は止めます」

 

「はいはい」

 

 ペルシアは嬉しそうに二杯目を注文した。

 

 フレイはその様子を見て、小さく息を吐いた。

 

 だが、表情はどこか柔らかかった。

 

 

 二杯目の酒が来る頃には、ペルシアの表情も少しほぐれていた。

 

「火星にはいるかしら」

 

「可能性はあります」

 

「木星は?」

 

「特殊環境に強い人材がいる可能性があります」

 

「冥王星は?」

 

「まだ第三段階です」

 

「行きたい」

 

「遠いです」

 

「遠いから面白いのよ」

 

「まず火星と木星です」

 

「分かってるわよ」

 

 ペルシアは酒を一口飲む。

 

「でも、今日はちょっと落ち込んだ」

 

「そう見えました」

 

「見えてた?」

 

「はい」

 

「隠してたのに」

 

「隠せていません」

 

「ひどい」

 

 フレイは静かに料理を取り分けた。

 

「食べてください。飲むだけでは悪酔いします」

 

「保護者」

 

「補佐です」

 

「はいはい」

 

 ペルシアは差し出された料理を食べた。

 

 温かい煮込みが、疲れた身体に染みる。

 

「……明日も頑張るか」

 

「はい」

 

「フレイも付き合ってね」

 

「もちろんです」

 

「大変よ?」

 

「承知しています」

 

「私、愚痴多いわよ?」

 

「承知しています」

 

「資料嫌いよ?」

 

「承知しています」

 

「逃げるかも」

 

「捕まえます」

 

 ペルシアは吹き出した。

 

「本当に頼もしいわね」

 

「ありがとうございます」

 

 フレイは少しだけ微笑んだ。

 

 その笑みを見て、ペルシアは少し驚いたように目を瞬いた。

 

「フレイ、笑った」

 

「笑っていません」

 

「笑ったわよ」

 

「気のせいです」

 

「照れてる?」

 

「照れていません」

 

 ペルシアは楽しそうに笑った。

 

 居酒屋の空気は温かかった。

 

 外では、コロニーの夜が静かに広がっている。

 

 今日、人材は見つからなかった。

 ロカA3でも、他のコロニー管制でも、ペルシアが求める人材はいなかった。

 

 だが、完全な無駄ではなかった。

 

 向いていない場所が分かった。

 各管制の特性が見えた。

 そして、隣にいるフレイが、淡々と支えてくれていることも改めて分かった。

 

 ペルシアはグラスを軽く掲げた。

 

「明日の火星に期待」

 

 フレイもノンアルコールのグラスを軽く上げた。

 

「明日の火星に」

 

 二人は静かにグラスを合わせた。

 

 ペルシアは酒を飲み、少しだけ笑った。

 

「絶対見つけるわよ」

 

「はい」

 

「イーナみたいな、変な人材」

 

「表現は見直してください」

 

「必要な人材」

 

「はい」

 

「絶対、どこかにいる」

 

 フレイは頷いた。

 

「探しましょう」

 

 その短い言葉が、ペルシアには何より心強かった。

 

 愚痴をこぼし、酒を飲み、少しだけ弱音を吐いた夜。

 

 それでも、明日にはまた歩き出す。

 

 火星へ。

 木星へ。

 そして、まだ見つかっていない誰かの元へ。

 

 ペルシアはグラスを置き、ふっと笑った。

 

「フレイ」

 

「はい」

 

「三杯目は?」

 

「駄目です」

 

「即答」

 

「明日があります」

 

「分かってるわよ」

 

 ペルシアは少しだけ不満そうにしながらも、素直に箸を取った。

 

 フレイはそれを見て、またほんの少しだけ笑った。

 

 今度は、ペルシアも何も言わなかった。

 

 

ーーーー

 

 

 火星圏管制との事前調整は、思っていたよりも神経を使うものだった。

 

 火星圏管制は、本局とは空気が違った。

 

 民間航路が多い。

 貨物船も多い。

 観光便もある。

 居住コロニーと開拓区画を結ぶ短距離シャトルも頻繁に動いている。

 

 つまり、情報が雑多だった。

 

 定期便の遅延。

 貨物船の積載変更。

 民間企業からの航路申請。

 医療搬送。

 火星圏特有の砂塵由来の通信障害。

 軌道上作業船の一時退避。

 緊急ではないが放置できない小さな問題が、常にいくつも並行して動いている。

 

 ペルシアは、そこに少し期待していた。

 

 こういう場所なら、いるかもしれない。

 

 雑多な情報をさばきながら、緊急度を見極める人間。

 平時と有事の境目を読む人間。

 声の奥にある危険を拾える人間。

 

 だが、事前調整の段階では、まだ強く引っかかる人材はいなかった。

 

 管制責任者は優秀だった。

 説明も分かりやすい。

 現場の状況も把握している。

 

 しかし、ペルシアが探しているのは責任者ではない。

 

 責任者の下で、普段は目立たず、それでも危機の時に情報の芯を抜き出せる人材。

 

 火星圏管制の本格視察は後日行うことになり、この日は事前調整だけで終わった。

 

 会議室を出たペルシアは、少しだけ疲れた顔で廊下を歩いていた。

 

 隣にはフレイ。

 

 フレイは端末を見ながら、今日の調整内容を整理している。

 

「火星圏管制の本視察は、予定通り三日間で調整できそうです」

 

「そうね」

 

「初日は通常管制の確認、二日目は緊急対応訓練の視察、三日目は候補者面談及び簡易シミュレーションです」

 

「うん」

 

「統括官、聞いていますか」

 

「聞いてるわよ」

 

 ペルシアは少しだけ不満げに返した。

 

「初日が通常管制、二日目が緊急訓練、三日目が候補者面談でしょ」

 

「はい」

 

「それで、今日は木星の本局に戻る」

 

「その予定です」

 

 フレイは端末で移動便を確認する。

 

「本局行きの連絡船は十六時二十分発です。現在時刻から考えると、余裕を持って移動できます」

 

「十六時二十分ね」

 

 ペルシアは廊下の窓から外を見た。

 

 火星圏管制棟の外には、赤みを帯びた人工照明と、遠くに見える航路灯が並んでいる。

 その先には、小さな宇宙ステーションがいくつか浮かんでいた。

 

 物資中継用。

 整備用。

 民間航路補助用。

 医療搬送中継用。

 

 ペルシアは何気なくその一つを見て、足を止めた。

 

「あ」

 

 フレイも止まる。

 

「どうしましたか」

 

「思い出した」

 

「何をですか」

 

「あの近くの宇宙ステーション」

 

 ペルシアは窓の向こうを指差した。

 

「あそこ、宇宙管理局が管理する宇宙船を整備するエアポートがあるわ」

 

 フレイはすぐに端末で確認した。

 

「……確かにあります。火星圏補助整備エアポート。宇宙管理局所有船、救助艇、監視艇、連絡船の定期点検及び緊急整備を担当しています」

 

「行くわよ」

 

 フレイは顔を上げた。

 

「今からですか」

 

「今から」

 

「本局行きの連絡船に間に合わなくなる可能性があります」

 

「次の便は?」

 

「十九時四十分です」

 

「じゃあ、それで帰ればいい」

 

「統括官」

 

「整備エアポートよ。機体構造に詳しい人間がいるかもしれない」

 

 ペルシアの目が、さっきまでとは違っていた。

 

「本局でも整備管理部を見たけど、書類と管理に寄ってた。実際に船を触ってる整備士なら、損傷判断や現場判断補助に向く人間がいるかもしれない」

 

 フレイは少し考えた。

 

「視察予定には入っていません」

 

「予定外だから面白いのよ」

 

「事前連絡なしでは迷惑がかかります」

 

「フレイ、連絡して」

 

「……承知しました」

 

 フレイは端末を操作し始めた。

 

「ただし、あくまで短時間の確認です。本格視察ではありません」

 

「分かってる。ちょっと見るだけ」

 

「統括官の“ちょっと”は信用できません」

 

「ひどい」

 

「実績があります」

 

 ペルシアは肩をすくめた。

 

「じゃあ、信用できるちょっとにする」

 

「意味が分かりません」

 

「気持ちの問題」

 

「なおさら不安です」

 

 それでもフレイは、すぐに連絡を取った。

 

 火星圏補助整備エアポート側は、突然の統括官視察に少し慌てた様子だったが、宇宙管理局所有施設であるため、受け入れ自体は問題なかった。

 

 ペルシアとフレイは予定を変更し、小型連絡艇で整備ステーションへ向かった。

 

 

 整備エアポートに入った瞬間、ペルシアの鼻先を油と金属の匂いがかすめた。

 

 管制室とは違う。

 

 書類の匂いでもない。

 端末の熱でもない。

 消毒された会議室の空気でもない。

 

 ここは、宇宙船を実際に触る場所だった。

 

 広い格納区画には、宇宙管理局の救助艇が二機、監視艇が一機、連絡船が一機並んでいた。

 

 船体のパネルが開かれ、内部配線や推進系統、姿勢制御ユニットの一部が露出している。

 整備士達が工具を手に、あちこちで作業していた。

 

 金属音。

 圧縮空気の抜ける音。

 端末の確認音。

 誰かが部品番号を読み上げる声。

 別の誰かが「トルク確認」と返す声。

 

 そこには、管制室とはまったく別の緊張感があった。

 

 ペルシアはゆっくり周囲を見渡した。

 

「いい匂いね」

 

 フレイは少しだけ眉を動かす。

 

「油の匂いが、ですか」

 

「現場の匂い」

 

「なるほど」

 

 エアポートの整備主任が慌てて近づいてきた。

 

「ペルシア統括官、フレイさん。ようこそお越しくださいました。急でしたので十分なお迎えができず申し訳ありません」

 

「気にしないで。急に来たのはこっちだから」

 

「本日は整備状況の確認ということで?」

 

「ええ。少し見せてもらうだけ。邪魔はしないわ」

 

「承知しました」

 

 整備主任は格納区画を案内した。

 

「こちらは救助艇二号の定期点検中です。推進系統の出力安定性と、牽引用グラップルの点検を行っています」

 

「グラップル」

 

 ペルシアは反応した。

 

「最近、使用頻度は?」

 

「先月の訓練で二回、実任務で一回です。実任務では軽度損傷船の牽引補助でした」

 

「損傷は?」

 

「グラップル先端部に軽微な摩耗があり、交換予定です」

 

「ふうん」

 

 整備士達は手際よく動いていた。

 

 何人かはペルシアを見て緊張している。

 統括官が急に来たのだから当然だ。

 

 だが、作業を止めすぎる者はいない。

 

 ペルシアはそこを見ていた。

 

 整備士には整備士のリズムがある。

 そのリズムを乱さず、必要な時だけこちらに目を向ける者。

 見られていることを意識しすぎて手が止まる者。

 まったく気にしない者。

 

 そして、その中に一人、明らかに空気の違う男がいた。

 

 格納区画の奥。

 

 監視艇の左舷下部パネルを開き、一人で黙々と作業している。

 

 年齢は四十代半ばほど。

 作業服は油で汚れ、袖は少し擦り切れている。

 髪には白いものが混じり、顔つきは無愛想だった。

 

 周囲の整備士達が声を掛け合う中、その男だけはほとんど喋らない。

 

 だが、手は止まらない。

 

 動きに無駄がない。

 

 部品を外す。

 確認する。

 耳を近づける。

 軽く叩く。

 端末を見る。

 また手で触る。

 

 機械を見ているというより、機械と会話しているようだった。

 

 ペルシアは目を細めた。

 

「……あの人は?」

 

 整備主任が視線を向ける。

 

「ああ、ジェームズです」

 

「ジェームズ」

 

「はい。古株の整備士です。腕は確かですが、少々愛想がなくてですね」

 

 ペルシアは返事をせず、ジェームズを見ていた。

 

 男は、周囲がペルシア達に気を取られていても、まったく関心を示さない。

 

 ただ、自分の前の機体だけを見ている。

 

 ペルシアは自然に足が向いていた。

 

 フレイが小声で言う。

 

「統括官」

 

「少し話すだけ」

 

「作業の邪魔にならないように」

 

「分かってる」

 

 ペルシアはジェームズのそばへ近づいた。

 

 男はしばらく気づかないふりをしていた。

 

 いや、気づいていないわけではない。

 

 ペルシアの足音も、フレイの気配も、整備主任の緊張も分かっている。

 それでも、手元の作業を終えるまでは顔を上げなかった。

 

 最後に小さな部品を固定し、トルクを確認してから、ようやく口を開いた。

 

「何かようか?」

 

 声は低く、愛想はまったくない。

 

 整備主任が慌てた。

 

「ジェームズ、こちらはペルシア統括官だ。失礼のないように」

 

 ジェームズは顔を上げずに言った。

 

「統括官だろうが何だろうが、作業中に後ろに立たれると邪魔だ」

 

 場の空気が一瞬凍った。

 

 フレイの目が細くなる。

 整備主任の顔が青くなる。

 

 だが、ペルシアは笑った。

 

「ごめん。邪魔にならない位置に立つわ」

 

 そう言って、本当に少し横へ移動した。

 

 ジェームズはちらりとペルシアを見た。

 

 意外そうな顔ではない。

 ただ、少しだけ評価を変えたような目だった。

 

「で、何の用だ」

 

「あなたの作業が気になったの」

 

「見世物じゃない」

 

「見世物として見てないわ。音を聞いてたでしょ」

 

 ジェームズの手が一瞬止まった。

 

 それはほんのわずかな反応だったが、ペルシアは見逃さなかった。

 

「機体の音」

 

 ペルシアは続けた。

 

「端末の数値より先に、叩いた音を聞いてた。何を見てたの?」

 

 ジェームズは初めて、ペルシアをまともに見た。

 

 目は鋭い。

 そして、疲れている。

 

「左舷姿勢補助の固定部だ」

 

「異常?」

 

「異常ってほどじゃない」

 

「でも気になった」

 

「この機体、前回の訓練で右回頭時に少し遅れが出てる。記録上は許容範囲内だが、左舷側の固定が微妙に甘い。今のままでも飛ぶ。だが、牽引任務で片荷重がかかったらズレる」

 

 ペルシアは目を細めた。

 

「記録には出てない?」

 

「出てる。だが、見える奴にしか見えない」

 

 整備主任が少し苦い顔をした。

 

「ジェームズ、その言い方は」

 

「事実だ」

 

 ジェームズは淡々と言った。

 

「数値だけ見れば許容範囲。だが、前回、前々回、その前の訓練記録を重ねると、同じ方向に遅れが出てる。部品単体の異常じゃない。組み合わせの癖だ」

 

 ペルシアの中で、何かが強く引っかかった。

 

 組み合わせの癖。

 

 それは、オペレーションルームにも必要な視点だった。

 

 単独の情報では異常に見えない。

 だが、複数の情報を重ねると危険が見える。

 

 イーナが曖昧な情報を止める人間なら、ジェームズは機体の「まだ異常ではない異常」を読む人間かもしれない。

 

 ペルシアは尋ねた。

 

「この機体が救助任務に出たとして、どんな場面が危ない?」

 

 ジェームズは少し眉をひそめた。

 

「何の話だ」

 

「仮定。救助対象船が姿勢不安定。右舷側から牽引できない。左舷側から斜めにグラップルをかける必要がある。救助艇側には軽い回頭遅れ。どうなる?」

 

 整備主任が驚いたようにペルシアを見る。

 

 フレイも静かに記録を始めた。

 

 ジェームズは工具を置き、ほんの数秒考えた。

 

「速度による」

 

「中速接近」

 

「駄目だ。左舷側に負荷が乗る。姿勢補助の遅れが出て、接近角を戻すのが遅れる。グラップルを撃つ前に、対象船の外装を擦る可能性がある」

 

「低速なら?」

 

「救助対象が安定してるなら可能。だが、姿勢不安定なら低速すぎると相手の揺れに巻き込まれる。接近角を広めに取って、一度対象船の回転を読んでから入るべきだ」

 

「グラップル位置は?」

 

「船体中央より少し後ろ。前に打つと対象船の頭が振れる。後ろすぎると牽引時に回る。外装損傷があるなら補強フレーム位置を確認してからだ」

 

 ペルシアは黙って聞いていた。

 

 ジェームズの言葉は荒い。

 説明も丁寧ではない。

 だが、内容は的確だった。

 

 彼は、船を知っている。

 

 数字ではなく、実際に負荷がかかった時の挙動を見ている。

 損傷、牽引、姿勢、荷重、接近角。

 

 オペレーションルームで、現場判断補助として欲しかった視点。

 

 ペルシアはさらに聞いた。

 

「現場から『この船はいける』って救助艇が言ってきた。でもあなたの手元の機体記録では、危ない癖がある。どうする?」

 

「止める」

 

 即答だった。

 

 ペルシアの目が光る。

 

「現場が急いでいても?」

 

「急いで壊すなら馬鹿だ」

 

 ジェームズは平然と言った。

 

「救助艇が壊れたら、助ける側も助けられる側も終わりだ。行けると思うのと、行って戻れるのは違う」

 

 フレイの記録する手が止まらない。

 

 ペルシアは口元に笑みを浮かべた。

 

「いいわね」

 

「何がだ」

 

「あなた」

 

「俺?」

 

 ジェームズは明らかに嫌そうな顔をした。

 

「変なこと言うな」

 

「あなた、オペレーションルームに向いてるかもしれない」

 

 その瞬間、整備主任が目を見開いた。

 

「統括官?」

 

 ジェームズはもっと露骨に顔をしかめた。

 

「は?」

 

「緊急時に本局の判断を支える部屋を作ってるの。そこで、機体損傷や牽引可否、姿勢制御の危険を見られる人間が必要」

 

「知らん」

 

「でしょうね」

 

「俺は整備士だ。机の前で喋る仕事じゃない」

 

「でも、あなたの知識は机の前に必要」

 

 ペルシアは一歩も引かなかった。

 

「現場から上がる情報だけじゃ分からないことがある。救助艇の癖、機体の整備履歴、損傷部位に負荷がかかった時の挙動。そういうものを見て、統括官に“行ける”“止めろ”“角度を変えろ”って材料を出す人が欲しい」

 

 ジェームズはペルシアを見た。

 

「俺に命令しろってことか」

 

「違う。判断材料を出してほしいってこと」

 

「同じだろ」

 

「違うわ。最終判断は私がする。責任も私が持つ。でも、間違った材料で判断したら現場が死ぬ」

 

 ペルシアの声が低くなった。

 

「だから、あなたみたいな人間が必要」

 

 ジェームズは黙った。

 

 整備エアポートの音が遠くに聞こえる。

 

 工具の音。

 機械の低い唸り。

 整備士達の声。

 

 ジェームズは手元の部品を見た。

 

「俺は愛想がない」

 

「知ってる」

 

「会議も嫌いだ」

 

「私も資料が嫌い」

 

「関係ない」

 

「少しある」

 

 フレイが小さく咳払いした。

 

「統括官」

 

「はいはい」

 

 ペルシアは笑った。

 

「すぐに連れていくとは言ってない。候補として話を聞きたい。まずは適性確認」

 

「面倒だ」

 

「面倒でも必要」

 

 ジェームズはペルシアを睨むように見た。

 

「俺が断ったら?」

 

「また来る」

 

「しつこいな」

 

「必要な人にはしつこいの」

 

 ジェームズは深いため息を吐いた。

 

「……整備主任」

 

「な、何だ」

 

「この統括官、いつもこうか」

 

 整備主任は答えに困った。

 

 フレイが代わりに言った。

 

「概ね、このような方です」

 

「フレイ、そこは否定して」

 

「事実です」

 

 ジェームズは少しだけ鼻で笑った。

 

 本当にわずかな笑みだった。

 

 ペルシアはそれを見逃さなかった。

 

「笑った」

 

「笑ってない」

 

「今のは笑ったわよ」

 

「うるさい」

 

 ペルシアは楽しそうに笑った。

 

 

 その後、ペルシアはジェームズからさらに話を聞いた。

 

 救助艇の癖。

 監視艇の弱点。

 整備記録に残るが、現場では見落とされやすい兆候。

 数値上は許容範囲でも、連続して出れば危険な振動。

 牽引時に負荷がかかる部位。

 姿勢制御ユニットの劣化の出方。

 グラップルを撃っていい外装と、撃ってはいけない外装。

 

 ジェームズの話し方は不親切だった。

 

 専門用語も多い。

 相手に分かりやすく説明する気はあまりない。

 

 だが、ペルシアが質問を重ねると、必要な答えは返ってくる。

 

 しかも、答えの中身が濃い。

 

 フレイは記録しながら、ペルシアに小声で言った。

 

「知識量は申し分ありません」

 

「でしょうね」

 

「ただし、コミュニケーションには大きな課題があります」

 

「それも分かってる」

 

 ペルシアはジェームズを見た。

 

 彼はもう、ペルシアに興味を示していないように見える。

 再び機体に向き直り、工具を手にしている。

 

 だが、完全に拒絶したわけではない。

 

 質問には答えた。

 仮定にも乗った。

 現場を止めると言った。

 

 十分だった。

 

 ペルシアの直感が告げていた。

 

 ジェームズは必要。

 

 オペレーションルームに必要な人材だ。

 

 イーナが医療と曖昧情報を整理するなら、ジェームズは機体と損傷の危険を読む。

 フレイが時系列を整え、ペルシアが判断する。

 そこにジェームズがいれば、救助艇の接近可否、牽引の危険、機体の癖を判断材料として出せる。

 

 これは大きい。

 

 ペルシアは整備主任へ向き直った。

 

「ジェームズの勤務記録、整備履歴、過去に指摘した不具合、事故未然防止の記録を確認したい」

 

 整備主任は少し戸惑う。

 

「それは、正式な照会ということでしょうか」

 

「ええ。後で文書を出すわ」

 

 フレイがすぐに頷く。

 

「私から正式照会を送ります」

 

 ジェームズが横から言った。

 

「勝手に話を進めるな」

 

 ペルシアは笑顔で返した。

 

「まだ進めてないわ。調べるだけ」

 

「十分進めてるだろ」

 

「必要な人材は逃がさない主義なの」

 

「迷惑な主義だな」

 

「よく言われる」

 

 フレイが静かに言った。

 

「実際、よく言われています」

 

「フレイ、そこは言わなくていい」

 

 ジェームズはまた小さく鼻で笑った。

 

 ペルシアは満足そうに頷いた。

 

「ジェームズ」

 

「何だ」

 

「近いうちに、正式に話を聞きに来るわ」

 

「俺は忙しい」

 

「知ってる。時間は調整する」

 

「来なくていい」

 

「行く」

 

「……勝手にしろ」

 

「ありがとう」

 

「礼を言うな。許可してない」

 

「でも、完全には断ってない」

 

 ジェームズは黙った。

 

 ペルシアは勝ったような顔をした。

 

 

 整備エアポートを出る頃には、本局行きの十六時二十分発には完全に間に合わなくなっていた。

 

 フレイは端末を確認する。

 

「次の便は十九時四十分です」

 

「いいわよ。それで帰る」

 

「予定外の滞在になりました」

 

「でも収穫はあった」

 

 ペルシアの声は明るかった。

 

 フレイも否定しなかった。

 

「はい。ジェームズさんは、有力候補です」

 

「でしょ?」

 

「整備士としての知識は申し分ありません。損傷判断、機体癖の把握、牽引時の危険予測。オペレーションルームの現場判断補助として有用です」

 

「コミュニケーションは?」

 

「大きな課題です」

 

「そこは訓練」

 

「本人が応じれば、ですが」

 

「応じさせる」

 

「統括官」

 

「応じてもらう」

 

「表現はそちらの方が適切です」

 

 ペルシアは窓の外に浮かぶ整備ステーションを見た。

 

 赤い火星圏の光の中で、宇宙管理局の船が静かに整備を受けている。

 

 その奥にいた寡黙な整備士。

 

 ジェームズ。

 

 彼は、自分がオペレーションルームに必要だとは思っていないだろう。

 むしろ、そんな場所に行く気はまったくなさそうだった。

 

 だが、ペルシアには分かっていた。

 

 彼の知識は、机の前に必要だ。

 

 現場で船を触ってきた人間にしか分からない危険がある。

 記録上は許容範囲でも、積み重なれば事故になる兆候がある。

 救助艇が行けると思っても、整備士の目から見れば止めるべき場面がある。

 

 そういう声が、オペレーションルームには必要だった。

 

 ペルシアは小さく笑った。

 

「フレイ」

 

「はい」

 

「二人目、見つけたかも」

 

「はい」

 

「イーナとは全然違うタイプね」

 

「はい。イーナさんは情報を丁寧に整理する人材。ジェームズさんは機体の危険を直感と経験で読む人材です」

 

「いいわね」

 

 ペルシアは楽しそうに言った。

 

「形が見えてきた」

 

 フレイは端末に記録を残す。

 

『ジェームズ:整備エアポート所属。現場判断補助候補。詳細調査必要』

 

 その文字を見て、ペルシアは満足そうに頷いた。

 

「火星圏管制の事前調整だけで終わらなくてよかった」

 

「予定外でしたが、結果的には有意義でした」

 

「でしょ?」

 

「ただし、帰庁後に視察記録が必要です」

 

 ペルシアの表情が一瞬で曇った。

 

「……出た」

 

「必要です」

 

「今は収穫の余韻に浸らせて」

 

「記録は鮮度が重要です」

 

「フレイって、本当に余韻を壊す天才」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてない」

 

 それでも、ペルシアの足取りは軽かった。

 

 さっきまでの疲れは消えている。

 

 イーナに続く、二人目の可能性。

 

 寡黙で無愛想で、机仕事など絶対に嫌がりそうな整備士。

 

 だが、必要な人材。

 

 ペルシアは、木星の本局へ戻る連絡船の中で、端末を開いた。

 

 そして、候補者リストに新しい名前を加える。

 

『ジェームズ

 役割候補:現場判断補助/機体損傷・牽引可否判断

 状態:詳細調査・適性確認予定』

 

 その名前を見て、ペルシアは静かに笑った。

 

「逃がさないわよ、ジェームズ」

 

 隣のフレイが小さくため息を吐く。

 

「その言い方は、本人の前では避けてください」

 

「はいはい」

 

「本当にお願いします」

 

「分かってるって」

 

 連絡船は、木星の本局へ向けて静かに動き出した。

 

 窓の外で、火星圏の光がゆっくり遠ざかっていく。

 

 人材探しは、ようやくまた動き出した。

 

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