サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

64 / 77
シャオメイ

ジェームズの説得は、想像以上に骨が折れていた。

 

ペルシアは、火星圏補助整備エアポートの一角にある小さな整備管理室で、腕を組んだまま立っていた。

 

目の前には、無愛想な整備士――ジェームズ。

 

そして、その横ではスリッピーが整備ログを食い入るように見ている。ナウスは端末を広げ、ジェームズが口にした専門用語を即座に記録していた。イーナは資料を整理しながら、必要な項目を静かに抜き出している。

 

フレイは少し離れた位置に立ち、全体の空気を見ていた。

 

「つまり、このログのこの波形、姿勢制御ユニットの癖だけじゃなくて、通信遅延の補正が一瞬噛んでるってことだよね?」

 

スリッピーが目を輝かせながら言った。

 

ジェームズは不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「見れば分かるだろ」

 

「見ても普通は分からないよ。だから聞いてるんだよ」

 

「聞く前に考えろ」

 

「考えた上で聞いてるんだって」

 

二人の会話は、噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない。

 

だが、少なくともジェームズは、スリッピーを完全には追い払っていなかった。

 

それだけでも前進だった。

 

ペルシアはその様子を見て、心の中で小さく息を吐いた。

 

面倒くさい。

 

だが、悪くない。

 

ジェームズは人付き合いが悪い。

 

言葉もきつい。

 

協力する気があるのかないのか、表情だけでは分からない。

 

しかし、技術に関しては嘘をつかない。

 

分からないことを分かったふりで済ませる人間を嫌い、逆に、分かろうとする相手には不機嫌ながらも答える。

 

スリッピーはそこに食いついた。

 

ナウスは記録する。

 

イーナは整理する。

 

フレイは全体を調整する。

 

この四人に任せれば、ジェームズを完全に逃がすことはないだろう。

 

そう判断しかけた時、ペルシアの端末に通信が入った。

 

発信者は、ケレス管制に派遣していたフォックスだった。

 

ペルシアは画面を開く。

 

『ペルシア、今いいか?』

 

画面に映ったフォックスは、いつものように落ち着いた顔をしていた。

 

ただ、その目には少しだけ面白がっているような色がある。

 

ペルシアは眉を上げた。

 

「フォックスがその顔をする時って、大体何か見つけた時よね」

 

『分かるか』

 

「分かるわよ。で、何?」

 

画面の横からファルコが顔を出した。

 

『面白い奴を見つけたぜ』

 

その奥には、クリスタルもいた。

 

彼女は少し困ったように笑いながら、しかし興味深そうに頷いていた。

 

『名前はシャオメイ。ケレス管制の通信技師よ。まだ若いけれど、かなり目がいいわ』

 

「通信技師?」

 

ペルシアの目が細くなる。

 

宇宙管理局の新体制において、通信系統は重要だった。

 

航行、管制、整備、救助、民間航路、特別案件。

 

それらを結ぶ通信網に穴があれば、どれだけ優秀なパイロットや整備士がいても現場は崩れる。

 

フレイがちらりとペルシアを見る。

 

スリッピーもログから顔を上げた。

 

ナウスはすでに記録の手を止め、通信内容に意識を向けている。

 

イーナも静かに資料を閉じた。

 

フォックスが続ける。

 

『若いが、物怖じしない。上官相手でも、必要なら真正面から意見を言う』

 

ファルコがにやりと笑う。

 

『さっきなんか、管制主任に向かって「その手順だと遅いです」って言いやがった』

 

「へえ」

 

ペルシアの口元が少し上がった。

 

「それで?」

 

クリスタルが答える。

 

『ただ強気なだけではないわ。指摘の根拠がある。通信遅延の原因を、管制側では航路混雑と判断していたのだけれど、シャオメイは中継局の圧縮処理の癖だと言ったの』

 

「当たってたの?」

 

『当たっていた』

 

フォックスが短く言った。

 

『俺たちが確認した。彼女の判断が正しい』

 

ペルシアは腕を組み直した。

 

通信技師。

 

若い。

 

物怖じしない。

 

上に意見を言える。

 

そして、根拠がある。

 

宇宙管理局に必要なのは、まさにそういう人材だった。

 

上の顔色を見て黙る人間ではない。

 

現場で危ないと思った時に、声を出せる人間。

 

ただし、感情で押し切るだけでは駄目だ。

 

必要なのは、根拠を持って、場を動かせること。

 

ペルシアは少し考えた後、フレイに視線を向けた。

 

「フレイ」

 

「はい」

 

「ジェームズは一旦任せる。スリッピー、ナウス、イーナと一緒に、技術助言者として協力範囲を詰めて」

 

フレイはすぐに頷いた。

 

「承知しました」

 

ジェームズが不機嫌そうに言う。

 

「勝手に決めるな」

 

ペルシアはジェームズを見る。

 

「勝手に決めてないわよ。あなたがまだ正式に協力するって言ってないのは分かってる。でも、スリッピーとは話すでしょ?」

 

ジェームズは黙った。

 

スリッピーが横からにこにこしながら言う。

 

「じゃあ、このログの続き見ようよ」

 

「お前は少し黙れ」

 

「黙ってたら質問できないよ」

 

「なら質問を減らせ」

 

「それは無理かな」

 

ジェームズは深くため息をついた。

 

だが、端末を閉じなかった。

 

ペルシアはそれを見て、勝った、と心の中で呟いた。

 

完全に落ちてはいない。

 

だが、逃げてもいない。

 

それで十分だった。

 

イーナがペルシアを見る。

 

「ペルシア、ケレス管制へ向かうの?」

 

「ええ。面白い通信技師って聞いたら、見ないわけにはいかないでしょ」

 

ナウスが端末に予定を表示する。

 

「ケレス行きの最短便は三十分後です。管理局の優先移動権限を使えば、接続込みで二時間以内に到着可能です」

 

「じゃあそれで」

 

フレイが一歩前に出る。

 

「こちらはお任せください。ただし、ジェームズさんへの交渉条件は、まだ確定させません。技術協力の範囲、報酬、守秘義務、局内での立場を確認してからにします」

 

「助かる」

 

ペルシアは頷いた。

 

「ジェームズ」

 

「あ?」

 

「逃げないでよ」

 

ジェームズは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「逃げる理由がない」

 

「ならいいわ」

 

「お前の言い方は腹が立つ」

 

「よく言われる」

 

「直せ」

 

「無理」

 

ジェームズはまたため息をついた。

 

スリッピーが小さく笑う。

 

「ペルシアとジェームズ、案外相性いいんじゃない?」

 

「最悪だ」

 

「最悪ね」

 

ジェームズとペルシアの声が同時に重なった。

 

イーナが思わず笑い、ナウスもわずかに表情を緩めた。

 

ペルシアは上着を手に取る。

 

「じゃあ、私はケレスに行く。何かあったらすぐ連絡して」

 

「承知しました」

 

フレイが静かに答えた。

 

スリッピーは端末に視線を戻しながら手を振る。

 

「いってらっしゃい。シャオメイって子、面白そうだね」

 

「面白いだけなら採らないわよ」

 

ペルシアはそう言いながら、扉へ向かった。

 

「必要なら、引っ張る」

 

 

ケレス管制センターは、派手さこそないが、重要な施設だった。

 

小惑星帯の航路調整、資源輸送船の誘導、民間船の通過許可、緊急時の救難通信。

 

地球や火星ほど大規模ではない。

 

だが、ここを通る情報は細かく、複雑で、途切れればすぐに現場へ影響する。

 

ペルシアが到着すると、入口でフォックスが待っていた。

 

「来たな」

 

「来たわよ。ジェームズを置いてまで来たんだから、つまらなかったら怒るわよ」

 

フォックスは小さく笑った。

 

「それはないと思う」

 

「自信あるわね」

 

「少なくとも、俺は面白いと思った」

 

管制室へ向かう通路で、クリスタルとファルコも合流した。

 

クリスタルは穏やかな表情で言う。

 

「シャオメイは今、第三通信卓にいるわ。通常なら新人が触るには少し重い卓だけれど、今は人手不足で入っているみたい」

 

ファルコが肩をすくめる。

 

「人手不足って言っても、あいつは普通に回してるぜ。むしろ周りの方がついていけてない」

 

ペルシアは足を止めずに聞く。

 

「性格は?」

 

フォックスが答える。

 

「強い」

 

ファルコが続ける。

 

「生意気」

 

クリスタルが少し笑う。

 

「でも、乱暴ではないわ。言い方はまっすぐすぎるけれど、相手を潰そうとしているわけではない」

 

「なるほど」

 

ペルシアは口元を上げた。

 

「私、そういう子嫌いじゃないわ」

 

管制室に入ると、まず耳に入ってきたのは、複数の通信音声だった。

 

各卓から短い報告が飛び、モニターには航路情報と通信状況が流れている。

 

その中で、第三通信卓だけが少し騒がしかった。

 

「だから、今その順番で呼び出したら、外縁側の輸送船が先に待機に入ります。優先順位が逆です」

 

若い女の子の声がした。

 

声は高めだが、はっきりしている。

 

苛立っているわけではない。

 

だが、引く気もない。

 

管制主任らしき男が困ったように言う。

 

「シャオメイ、手順書ではこの順番だ」

 

「その手順書、更新前の中継局配置が前提です。今の配置だと、ケレス第三中継を先に噛ませた方が早いです」

 

「だが、正式な改訂はまだ――」

 

「正式改訂を待っている間に、通信待機が六分伸びます。今なら二分で済みます」

 

「勝手な判断は困る」

 

「勝手じゃありません。ログを見てください。昨日も同じ遅延が出ています」

 

ペルシアは少し離れた位置で足を止めた。

 

第三通信卓に座っている少女。

 

それがシャオメイだった。

 

年齢は若い。

 

まだ新人に近いのだろう。

 

赤い髪を団子にまとめ、管制用のヘッドセットを片耳に掛けている。手元の端末には複数の通信ログが開かれており、指先は迷いなく動いていた。

 

周囲の大人たちは困っている。

 

だが、シャオメイは怯んでいない。

 

ただし、感情的に叫んでいるわけでもない。

 

必要な情報を出し、根拠を示し、判断を迫っている。

 

ペルシアは小さく呟いた。

 

「面白いわね」

 

ファルコがにやりと笑う。

 

「だろ?」

 

クリスタルが静かに言う。

 

「彼女は、相手が誰でも同じように言うわ」

 

「それで嫌われてる?」

 

フォックスが頷いた。

 

「一部には」

 

「でしょうね」

 

ペルシアは苦笑した。

 

こういう人材は、組織の中では扱いづらい。

 

正しいことを言う。

 

だが、正しさだけでは組織は動かない。

 

相手が受け取れる形にしなければ、せっかくの判断も反発で潰される。

 

シャオメイには、その危うさがあった。

 

ペルシアは第三通信卓へ歩いていった。

 

管制主任が気づき、慌てて姿勢を正す。

 

「宇宙管理局の方ですね。失礼しました。今、少し確認を――」

 

「続けて」

 

ペルシアは短く言った。

 

「私は見に来ただけだから」

 

シャオメイが一瞬だけペルシアを見る。

 

目が合った。

 

その目は、初対面の相手を前にしても揺れなかった。

 

シャオメイはすぐに画面へ視線を戻す。

 

「第三中継を先に噛ませます。許可をください」

 

管制主任は困った顔をした。

 

「しかし――」

 

「責任は私が持ちます」

 

シャオメイが言う。

 

その瞬間、ペルシアは口を挟んだ。

 

「それは違うわ」

 

シャオメイの手が止まる。

 

「何がですか」

 

ペルシアはシャオメイの横に立った。

 

「現場判断を提案するのはいい。でも、責任を私が持つ、は駄目」

 

シャオメイの眉がわずかに動く。

 

「なぜですか」

 

「あなた一人で持てる責任じゃないから。通信経路を変えるなら、管制全体の判断になる。あなたが背負うって言えば格好はつくけど、それは周りを巻き込まない言い方でもある」

 

シャオメイは黙った。

 

ペルシアは続けた。

 

「正しい判断を通したいなら、自分が背負うんじゃなくて、周りに判断させる材料を渡しなさい」

 

シャオメイの目が細くなる。

 

「材料は出しています」

 

「足りないわ」

 

「どこがですか」

 

空気が張る。

 

管制主任が慌てて止めようとした。

 

しかし、フォックスが軽く手で制した。

 

ペルシアはシャオメイの端末を見た。

 

「昨日のログ、今日の遅延、第三中継の処理速度。そこまでは出してる。でも、変更した場合のリスクを出してない」

 

シャオメイがすぐに答える。

 

「第三中継の負荷上昇は許容範囲です」

 

「それを主任に見える形で出した?」

 

「……」

 

「出してないでしょ」

 

シャオメイの唇が少し固くなる。

 

ペルシアは責めるようには言わなかった。

 

「あなたは頭の中で分かってる。でも、相手には見えてない。見えてない相手に、何で分からないんですか、って言っても動かないわ」

 

シャオメイは一瞬だけ目を伏せた。

 

だが、すぐに画面を操作した。

 

第三中継の負荷予測。

 

通信待機時間の比較。

 

変更しない場合の遅延。

 

変更した場合のリスク。

 

それらをまとめ、管制主任の端末へ送る。

 

「主任、これで判断してください。第三中継を先に使用した場合、負荷上昇は一時的に四パーセント。許容範囲内です。変更しない場合、外縁側輸送船の待機時間は六分以上伸びます」

 

管制主任は資料を見て、表情を変えた。

 

「……確かに、これなら変更した方がいい」

 

「許可を」

 

「第三中継優先で通せ」

 

「了解」

 

シャオメイは即座に通信を切り替えた。

 

「外縁輸送船カリスト三七、こちらケレス管制。通信経路を第三中継優先に変更します。応答確認」

 

『こちらカリスト三七。応答良好。遅延、改善しました』

 

「確認しました。航路指示を更新します」

 

通信が滑らかに流れ始める。

 

待機していた別の船にも順に案内が入る。

 

数分後、第三通信卓の混雑は収まった。

 

シャオメイはヘッドセットを外し、小さく息を吐いた。

 

その横顔には、安堵よりも、まだ少し納得していないような悔しさがあった。

 

ペルシアはそれを見逃さなかった。

 

「シャオメイ」

 

少女が顔を上げる。

 

「はい」

 

「今の判断、悪くなかったわ」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、通し方が荒い」

 

シャオメイの表情が少し硬くなる。

 

「間違っていましたか」

 

「判断は間違ってない。だから惜しいのよ」

 

ペルシアは腕を組む。

 

「あなたは速い。見えてるものも多い。通信ログの癖を拾う目もある。でも、自分が見えているものを、周りも同じ速度で見えていると思ってる」

 

シャオメイは黙る。

 

フォックスが静かに見ている。

 

ファルコは面白そうに口元を上げていた。

 

クリスタルは、シャオメイの感情の揺れを確かめるように見つめている。

 

ペルシアは続ける。

 

「現場で必要なのは、正しいことを叫ぶことじゃない。正しい判断に、周りを乗せること」

 

「……周りが遅い場合は?」

 

シャオメイが尋ねた。

 

その声には、反発があった。

 

だが、質問でもあった。

 

ペルシアは少し笑う。

 

「遅いなら、速く見える形に変える」

 

「どういう意味ですか」

 

「今みたいに、比較を出す。リスクを出す。判断材料を一画面で見せる。相手が迷う時間を減らす。言葉で押すんじゃなくて、判断せざるを得ない形にする」

 

シャオメイは考え込んだ。

 

「……それは、説得ですか」

 

「違うわ。管制技術よ」

 

シャオメイの目が少し開いた。

 

ペルシアは第三通信卓を指した。

 

「通信は、ただ声を繋ぐだけじゃない。情報をどの順番で、どの形で、誰に渡すか。それで現場の動きが変わる。あなたはそれが分かってる。でも、人に渡す形がまだ荒い」

 

シャオメイは小さく息を呑んだ。

 

その言葉は、刺さったようだった。

 

ペルシアは尋ねた。

 

「シャオメイ、あなた何歳?」

 

「十七です」

 

「若いわね」

 

「若いと駄目ですか」

 

「いいえ。若いのにここまで見えてるなら、むしろ面白い」

 

シャオメイは戸惑った顔をした。

 

褒められると思っていなかったのだろう。

 

ファルコが横から言う。

 

「な? 面白いだろ」

 

ペルシアはファルコを見る。

 

「あなたが言うと、生意気な後輩を見つけて喜んでるみたいに聞こえる」

 

「実際、ちょっと喜んでる」

 

フォックスが軽くため息をつく。

 

「ファルコ」

 

「分かってるって」

 

クリスタルがシャオメイに微笑む。

 

「あなたの判断は、私たちも確認したわ。通信遅延の原因を最初に見抜いたのは、あなたよ」

 

シャオメイは少しだけ視線を落とした。

 

「でも、主任にはすぐ伝わりませんでした」

 

「それが課題ね」

 

ペルシアが言う。

 

シャオメイは顔を上げる。

 

「あなたは、宇宙管理局の人ですよね」

 

「そうよ」

 

「私を叱りに来たんですか」

 

「違うわ」

 

「では、何をしに来たんですか」

 

ペルシアはまっすぐにシャオメイを見た。

 

「あなたを見に来た」

 

シャオメイの表情が止まる。

 

「私を?」

 

「フォックスたちが、面白い通信技師を見つけたって連絡してきたのよ。若いけど、物怖じせず意見を言う子がいるってね」

 

シャオメイはフォックスたちを見る。

 

ファルコはひらひらと手を振る。

 

「推薦したわけじゃねえぞ。面白いって言っただけだ」

 

フォックスが冷静に言う。

 

「だが、能力はあると思った」

 

クリスタルも頷く。

 

「ただ、今のままでは潰れる可能性もあるわ」

 

シャオメイの眉が動く。

 

「潰れる?」

 

ペルシアが答えた。

 

「正しいことを言い続けても、通し方を間違えれば、周りから浮く。浮いた人間は、最初は便利に使われる。そのうち面倒がられる。最後は黙らされる」

 

シャオメイは何も言えなかった。

 

心当たりがあったのだろう。

 

管制主任も少し気まずそうに視線を逸らした。

 

ペルシアは声を柔らかくした。

 

「あなたの目は必要よ。でも、その目を活かす場所と使い方を間違えると、あなた自身が消耗する」

 

「……では、どうすればいいんですか」

 

シャオメイの声は、さっきより小さかった。

 

初めて、年相応の不安が見えた。

 

ペルシアは静かに言う。

 

「宇宙管理局に来ない?」

 

管制室の空気が止まった。

 

シャオメイも目を見開く。

 

「宇宙管理局に、ですか」

 

「正式採用を今ここで約束するわけじゃない。でも、通信系統の試験配置として推薦できる。オペレーションルームの立ち上げに、通信を見る人間が必要なの」

 

フォックスが補足する。

 

「今、宇宙管理局は新しい運用体制を作っている。航行、整備、救助、管制を繋ぐ場所だ」

 

クリスタルが続ける。

 

「そこでは、若いから黙っていろ、という扱いはされないわ。ただし、根拠と説明は求められる」

 

ファルコが笑う。

 

「意見を言いたいなら、うってつけだぜ。まあ、ペルシアに絞られるけどな」

 

「ファルコ」

 

ペルシアが睨む。

 

「事実だろ」

 

「余計な一言が多いのよ」

 

シャオメイはしばらく黙っていた。

 

その目は揺れていた。

 

迷い。

 

興味。

 

警戒。

 

そして、少しの期待。

 

「私は、まだ若いです」

 

「そうね」

 

「経験も足りません」

 

「それもそう」

 

「それでも、必要なんですか」

 

ペルシアは即答した。

 

「必要かどうかを見に来た」

 

シャオメイは少し息を止める。

 

ペルシアは続ける。

 

「今の時点で、あなたは未完成。でも、未完成だから駄目とは思わない。完成してる人材なんて、そうそういないわ。大事なのは、伸びるかどうか。折れずに学べるかどうか」

 

「……厳しいですか」

 

「厳しいわよ」

 

ファルコが笑う。

 

「そこは否定しないんだな」

 

ペルシアはファルコを無視した。

 

「でも、正しいことを言っただけで潰される場所にはしない」

 

シャオメイの目が、少し変わった。

 

その言葉は、彼女が一番欲しかったものだったのかもしれない。

 

正しいと思ったことを言う。

 

危ないと思った時に止める。

 

そのせいで浮く。

 

そのせいで扱いづらいと言われる。

 

それでも黙れない。

 

シャオメイは、そういう人間だった。

 

ペルシアはそれを見抜いていた。

 

「一つ聞かせて」

 

ペルシアが言う。

 

「さっき、なぜあそこまで強く言ったの?」

 

シャオメイは少し考えてから答えた。

 

「通信待機が伸びると、外縁輸送船の燃料消費が増えます。あの船は補助推進系が古い型です。六分の待機でも、後続の航路調整に影響が出る可能性がありました」

 

「それを主任に言った?」

 

「……言っていません」

 

「どうして?」

 

「ログを見れば分かると思ったからです」

 

ペルシアは頷いた。

 

「そこね」

 

シャオメイは悔しそうに唇を結んだ。

 

「分かりました。私は、相手が見ていないものを、見ている前提で話していました」

 

「そういうこと」

 

「なら、次は先に出します」

 

「よろしい」

 

ペルシアは笑った。

 

その笑いを見て、シャオメイは少しだけ肩の力を抜いた。

 

管制主任が恐る恐る口を開く。

 

「宇宙管理局へ、というのは本気ですか」

 

ペルシアは主任を見る。

 

「本気よ。ただし、すぐに引き抜くとは言っていない。まずは試験協力。ケレス管制側の許可、本人の意思、管理局側の受け入れ体制を確認する」

 

主任は複雑そうな顔をした。

 

手放したくない。

 

しかし、今のまま置いておけば持て余す。

 

その両方が見えていた。

 

フォックスが静かに言う。

 

「彼女の能力を活かすなら、広い通信網を見せた方がいい」

 

クリスタルも頷く。

 

「ここで経験を積むことも大事だけれど、今のままでは彼女の声が届ききらない」

 

ファルコが肩をすくめる。

 

「それに、ここで燻ってるより、あっちで揉まれた方が伸びるぜ」

 

シャオメイはファルコを見る。

 

「揉まれる前提なんですね」

 

「そりゃそうだろ。ペルシアの下だぜ」

 

「ファルコ」

 

「はいはい」

 

ペルシアはシャオメイに向き直る。

 

「どうする? 今すぐ答えなくてもいいわ」

 

シャオメイは黙った。

 

しかし、その沈黙は迷いだけではなかった。

 

考えている。

 

自分の行き先を。

 

自分の声を、どこで使うべきかを。

 

やがて、シャオメイは口を開いた。

 

「一つ、条件があります」

 

ペルシアは目を細める。

 

「言ってみなさい」

 

「私は、ただ言うことを聞くだけの通信員にはなりたくありません」

 

「でしょうね」

 

「危ないと思ったら言います。おかしいと思ったら止めます。相手が上でも、必要なら反論します」

 

「いいわよ」

 

シャオメイは少し驚いた。

 

「いいんですか」

 

「その代わり、根拠を出しなさい。相手が判断できる形で。感情で押し切るのは無し」

 

シャオメイは頷いた。

 

「分かりました」

 

「あと、言い方は学びなさい」

 

「……それは苦手です」

 

「見れば分かる」

 

シャオメイは少しむっとした顔をした。

 

ペルシアは笑う。

 

「でも、苦手なら覚えればいい。あなたは通信技師でしょ。相手に届く形に変換するのも、通信の一部よ」

 

シャオメイは目を伏せ、それから小さく頷いた。

 

「分かりました。試験協力、受けます」

 

管制室の空気が少し揺れた。

 

フォックスは静かに頷く。

 

クリスタルは微笑んだ。

 

ファルコは満足げに笑う。

 

「決まりだな」

 

ペルシアは端末を取り出した。

 

「まだ仮決定よ。フレイに話を通して、手続き組む。イーナにも人事記録を見てもらわないと」

 

シャオメイが尋ねる。

 

「フレイさんとイーナさんというのは?」

 

「宇宙管理局で今、一緒に動いてる人たち。フレイは調整役。イーナは資料整理と人事面が強い。スリッピーは技術。ナウスは記録と運用支援」

 

「では、私は通信ですか」

 

「候補ね」

 

「候補……」

 

「そこに不満そうな顔しない」

 

シャオメイは少し慌てた。

 

「していません」

 

「してたわよ」

 

ファルコが笑う。

 

「してたな」

 

クリスタルも微笑む。

 

「少しだけ」

 

フォックスが淡々と言う。

 

「分かりやすかった」

 

シャオメイは視線を逸らした。

 

「……気をつけます」

 

ペルシアは端末を操作し、フレイへ通信を入れた。

 

数秒後、画面にフレイが映る。

 

『ペルシア、どうしましたか』

 

「ケレスで通信技師の候補を見つけた。名前はシャオメイ。十七歳。通信ログの解析、遅延原因の特定、現場判断はかなりいい。ただし、言い方が荒い」

 

シャオメイが少しだけ顔をしかめる。

 

フレイは落ち着いて頷いた。

 

『試験協力の候補ですね』

 

「ええ。手続き組める?」

 

『可能です。ケレス管制側の承認、本人の同意、管理局側の試験配置枠を確認します』

 

「お願い」

 

画面の向こうで、スリッピーの声が聞こえた。

 

『通信技師? 通信系の子? ログ見たい!』

 

ナウスの声も続く。

 

『候補者名、シャオメイ。記録しました』

 

イーナの声が穏やかに入る。

 

『人事情報を確認します。経歴と評価記録を送ってください』

 

ジェームズの低い声が最後に聞こえた。

 

『また増やすのか』

 

ペルシアはにやりと笑った。

 

「面白い子なら増やすわよ」

 

『面倒を見る気があるならな』

 

「あるわよ」

 

『なら好きにしろ』

 

通信の向こうで、スリッピーが笑った。

 

『ジェームズ、だんだん協力的になってるね』

 

『黙れ』

 

通信が少し騒がしくなる。

 

ペルシアは苦笑しながら画面を切った。

 

シャオメイが不思議そうに言う。

 

「宇宙管理局は、いつもあんな感じなんですか」

 

ペルシアは少し考えた。

 

「今は立ち上げ中だから、特に騒がしいわね」

 

「大丈夫なんですか」

 

「大丈夫にするのよ」

 

シャオメイはその言葉を聞き、少しだけ目を見開いた。

 

大丈夫だから動くのではない。

 

大丈夫にするために動く。

 

その考え方は、彼女にとって新鮮だった。

 

ペルシアはシャオメイの肩越しに、第三通信卓を見る。

 

「シャオメイ」

 

「はい」

 

「最後に一つだけ確認するわ」

 

「何ですか」

 

「あなたは、怖くても声を出せる?」

 

シャオメイはすぐには答えなかった。

 

その質問は、技術ではない。

 

能力でもない。

 

もっと深いところを問うものだった。

 

しばらくして、シャオメイは静かに答えた。

 

「怖い時もあります」

 

「うん」

 

「言った後で、言わなければよかったと思うこともあります」

 

「うん」

 

「でも、言わなかったせいで誰かが困る方が、もっと嫌です」

 

ペルシアは満足そうに笑った。

 

「合格」

 

シャオメイは目を瞬かせる。

 

「今ので、ですか」

 

「今のでよ」

 

「技術試験ではなく?」

 

「技術はこれから見る。でも、今の答えは必要だった」

 

フォックスが静かに頷いた。

 

クリスタルも優しく微笑む。

 

ファルコは腕を組み、少し楽しそうに言った。

 

「よかったな、シャオメイ。地獄の入口へようこそ」

 

「ファルコ」

 

ペルシアが低い声を出す。

 

シャオメイは真顔で尋ねた。

 

「地獄なんですか」

 

ファルコが笑う。

 

「半分な」

 

ペルシアは言った。

 

「違うわよ」

 

クリスタルが少し首を傾げる。

 

「半分くらいは合っているかもしれないわ」

 

「クリスタルまで」

 

フォックスが静かに言う。

 

「厳しい場所ではある」

 

ペルシアは額に手を当てた。

 

「あなたたち、勧誘する気ある?」

 

ファルコが肩をすくめる。

 

「あるから正直に言ってんだろ」

 

シャオメイはそのやり取りを見て、初めて少し笑った。

 

ほんの小さな笑みだった。

 

だが、ペルシアはそれを見逃さなかった。

 

この子は、緊張していた。

 

強く見せていただけだ。

 

物怖じしないのは事実。

 

だが、怖くないわけではない。

 

それでも声を出す。

 

なら、十分だった。

 

ペルシアはシャオメイに手を差し出した。

 

「改めて。ペルシア。宇宙管理局で、今は新しいオペレーションルームの人材集めをしてる」

 

シャオメイはその手を見つめた。

 

少し迷い、それから握り返した。

 

「シャオメイです。ケレス管制、第三通信卓担当。試験協力、受けます」

 

「よろしく、シャオメイ」

 

「よろしくお願いします」

 

握手を交わした瞬間、ペルシアの端末にまた別の通知が入った。

 

フレイからだった。

 

内容は短い。

 

――ジェームズさん、技術助言者としての暫定協力に同意しました。

 

ペルシアは画面を見て、思わず笑った。

 

フォックスが尋ねる。

 

「どうした?」

 

「ジェームズが落ちた」

 

ファルコが吹き出した。

 

「早いな」

 

クリスタルが微笑む。

 

「スリッピーが粘ったのね」

 

「多分ね」

 

ペルシアは端末をしまった。

 

「整備にジェームズ。通信にシャオメイ。少しずつ形になってきたわ」

 

シャオメイが尋ねる。

 

「他にも人を集めているんですか」

 

「ええ。操縦、管制、整備、通信、記録、調整。必要な人材はまだ足りない」

 

「大きな計画なんですね」

 

ペルシアは窓の向こうに広がるケレスの光を見た。

 

「大きいわよ。だから、面白いの」

 

フォックスがその横に並ぶ。

 

「次はどうする?」

 

ペルシアは少し考えた。

 

「まずはシャオメイの試験配置手続き。ケレス管制との調整。それから、ジェームズの条件確認。フレイに負担が寄りすぎる前に戻る」

 

ファルコが言う。

 

「忙しいな」

 

「忙しくしてるのよ」

 

クリスタルが穏やかに言った。

 

「でも、いい流れね」

 

「ええ」

 

ペルシアは頷いた。

 

「ようやく、宇宙管理局らしくなってきた」

 

シャオメイはその言葉を聞きながら、第三通信卓を振り返った。

 

今まで自分が座っていた場所。

 

何度も意見を言い、何度も煙たがられ、それでも離れられなかった場所。

 

そこから、別の場所へ行くかもしれない。

 

怖さはある。

 

だが、それ以上に、胸の奥が少し熱かった。

 

自分の声が、もっと広い場所へ届くかもしれない。

 

自分の判断が、誰かの航路を守るかもしれない。

 

シャオメイはペルシアを見る。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「私は、まだ未熟です」

 

「知ってる」

 

「でも、必要なら言います。おかしいと思ったら、止めます」

 

「うん」

 

「その代わり、言い方は学びます」

 

ペルシアは笑った。

 

「上出来」

 

フォックス、クリスタル、ファルコもそれぞれ頷いた。

 

ケレス管制の通信音が、再び静かに流れ始める。

 

小惑星帯を行き交う船の声。

 

中継局を渡る信号。

 

遅延を調整する無数の判断。

 

その中で、シャオメイという若い通信技師の声が、確かに一つ、宇宙管理局へ届いた。

 

ペルシアは端末を開き、フレイへ追加の短文を送る。

 

――通信候補、確保。名前はシャオメイ。かなり面白い。

 

すぐに返信が来た。

 

――承知しました。受け入れ準備を進めます。

 

その下に、スリッピーからの短い追伸が表示された。

 

――通信ログ、早く見たい!

 

さらに、ナウスから。

 

――候補者データベースに仮登録しました。

 

最後に、イーナから。

 

――また個性的な人材のようですね。

 

ペルシアは画面を見て笑った。

 

「ええ、個性的よ」

 

そして、シャオメイの方を見る。

 

「でも、今の宇宙管理局には、そういう子が必要なのよ」

 

ケレス管制の窓の外で、小さな輸送船が航路灯を点滅させながら遠ざかっていく。

 

その光を見送りながら、ペルシアは確信していた。

 

ジェームズ。

 

シャオメイ。

 

フレイ。

 

イーナ。

 

スリッピー。

 

ナウス。

 

フォックス。

 

クリスタル。

 

ファルコ。

 

少しずつ、必要な歯車が集まり始めている。

 

まだ形は不完全だ。

 

不安定で、騒がしくて、扱いづらい者ばかりだ。

 

だが、それでいい。

 

完璧な人材を並べるだけでは、現場は動かない。

 

癖のある人間が、自分の役割を見つけ、ぶつかりながら噛み合っていく。

 

それこそが、ペルシアの作ろうとしている宇宙管理局の新しい現場だった。

 

「さて」

 

ペルシアは軽く息を吐いた。

 

「次は、この子をどうやってフレイに紹介するかね」

 

ファルコが笑う。

 

「そのまま連れて行けばいいだろ」

 

クリスタルが首を振る。

 

「フレイは驚かないと思うわ」

 

フォックスが静かに言う。

 

「むしろ、ペルシアがまた拾ってきたと思うだけだろう」

 

「人を拾ってきたみたいに言わないで」

 

ペルシアは少し不満そうに言った。

 

シャオメイが真顔で尋ねる。

 

「私は拾われたんですか」

 

「違うわよ」

 

ファルコが横で言う。

 

「半分くらいはな」

 

「ファルコ」

 

ペルシアの低い声に、ファルコは笑いながら肩をすくめた。

 

シャオメイはそのやり取りを見て、今度ははっきりと笑った。

 

その笑顔を見て、ペルシアは思った。

 

大丈夫。

 

この子は、まだ伸びる。

 

そして、宇宙管理局の通信席には、きっとこういう声が必要になる。

 

物怖じせず、根拠を持ち、必要なら止められる声。

 

その声が、いつかリュウジたちの航路を守ることになるかもしれない。

 

ペルシアは、まだ見ぬその瞬間を思い浮かべながら、ケレス管制の光の中で小さく笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。