サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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協力

 

 

ジェームズが技術助言者として初期協力に同意し、シャオメイが通信技師として試験協力に入ることが決まってから、宇宙管理局のオペレーションルーム準備室は一気に騒がしくなった。

 

騒がしいと言っても、音が大きいわけではない。

 

むしろ、部屋の中は以前より整っていた。

 

フレイが時系列表を作る。

 

イーナが候補者資料と訓練結果を整理する。

 

スリッピーが整備ログを読み込む。

 

ナウスがその横で、ログパターンの抽出と分類を続ける。

 

ペルシアは統括官席に座り、何度も同じ資料を見返していた。

 

机の上には、二つの名前が並んでいる。

 

ジェームズ。

 

シャオメイ。

 

どちらも正式配置ではない。

 

どちらも、まだ候補だ。

 

ジェームズは技術助言者として初期協力に同意しただけ。

 

シャオメイも通信技師としての試験協力であり、まだ宇宙管理局へ移ると決めたわけではない。

 

しかし、ペルシアには分かっていた。

 

この二人は必要だ。

 

ジェームズは、機体の「まだ異常ではない異常」を読む。

 

数値だけなら許容範囲。

 

記録だけなら問題なし。

 

だが、前回、前々回、その前の訓練記録を重ねると見えてくる癖。

 

救助艇の接近角。

 

牽引時の負荷。

 

姿勢制御補助装置の遅れ。

 

そういうものを、ジェームズは見逃さない。

 

一方、シャオメイは通信の遅れを読む。

 

単なる通信混雑なのか。

 

中継局の処理遅延なのか。

 

圧縮の癖なのか。

 

経路選択の判断ミスなのか。

 

そして、必要だと思えば上司相手でも意見を言う。

 

物怖じしない。

 

ただし、言い方はまだ荒い。

 

判断は早いが、周囲を乗せる技術は足りない。

 

ペルシアは資料を見ながら、指先で机を叩いた。

 

「……二人とも、必要なのよね」

 

スリッピーが顔を上げる。

 

「ジェームズとシャオメイ?」

 

「そう」

 

「うん。必要だと思う。ジェームズは整備ログの読み方が全然違うし、シャオメイは通信の詰まり方を見るのが早い」

 

ナウスが端末上に分析を表示する。

 

『現時点での役割分類案を提示します。ジェームズ氏は機体損傷・牽引可否・姿勢制御補助判断。シャオメイ氏は通信経路・遅延原因・中継局切替判断。両者とも、通常の管制判断を補完する専門判断要員として有効です』

 

イーナが資料を整えながら頷く。

 

「二人とも、通常の報告書だけでは拾いづらい情報を見ています。ジェームズさんは整備記録の癖、シャオメイさんは通信ログの癖です」

 

ペルシアはイーナを見た。

 

「イーナ、今の整理いいわね」

 

イーナは少し驚き、それから丁寧に頭を下げる。

 

「ありがとうございます、ペルシアさん。ただ、資料上ではまだ課題も大きいです」

 

「課題?」

 

「はい。ジェームズさんは説明の変換が必要です。本人の言葉をそのまま現場に渡すと、伝達時に反発が出る可能性があります。シャオメイさんは逆に、判断を急ぎすぎて、周囲が納得する前に結論を出してしまう傾向があります」

 

「つまり、二人とも正しいけど扱いづらい」

 

「はい」

 

ペルシアは椅子にもたれた。

 

「いいじゃない。扱いやすいだけの人材なら、ここには要らないわ」

 

フレイが端末から顔を上げる。

 

「統括官、その言い方ですと、また問題のある人材ばかり集めているように聞こえます」

 

「問題があるんじゃなくて、癖があるの」

 

「結果として、調整負担は増えます」

 

「そこは否定しない」

 

フレイは静かにため息をついた。

 

「否定していただきたいところでした」

 

スリッピーが笑う。

 

「でも、ペルシアらしいよね。普通の人材じゃなくて、必要な癖を持ってる人を探してる」

 

ペルシアはスリッピーを見る。

 

「そう。必要な癖よ」

 

ペルシアは立ち上がり、壁面の役割表へ歩いた。

 

そこには、まだ未完成のオペレーションルーム配置図が表示されている。

 

中央に統括判断席。

 

その横に時系列整理。

 

その下に医療搬送連携、曖昧情報整理。

 

右側に整備・機体損傷判断。

 

左側に通信経路・管制連携。

 

さらに下に、救助艇運用、避難誘導、現場要請受付、情報発信の空欄。

 

空欄はまだ多い。

 

ペルシアは、その空白を見つめた。

 

「まだ足りない」

 

フレイが頷く。

 

「はい。現状では、骨格が見え始めた段階です」

 

イーナが資料を確認する。

 

「現時点で役割が具体化しているのは、ペルシアさん、フレイさん、スリッピーさん、ナウス、私、ジェームズさん、シャオメイさんです。ただし、ジェームズさんとシャオメイさんは試験協力です」

 

「正式じゃない」

 

「はい」

 

「でも、必要」

 

「はい」

 

ペルシアは目を細めた。

 

「じゃあ、交渉を続ける。二人を正式配置まで一気に持っていくんじゃなくて、段階を踏む」

 

フレイがすぐに端末へ記録する。

 

「ジェームズさんは、技術助言者としての初期協力から、シミュレーション参加へ移行。シャオメイさんは、通信経路判断の試験協力から、訓練通信席への限定参加へ移行。そういう形でしょうか」

 

「ええ」

 

イーナが続ける。

 

「本人の意思確認も必要です。特にシャオメイさんは、ケレス管制側の所属調整もあります」

 

「そこはフォックスたちに頼む」

 

スリッピーが手を挙げる。

 

「ジェームズは僕が行くよ。スリッピーとナウスで整備ログ解析訓練をやる予定なんでしょ?」

 

「そうね。ジェームズは、私が正面から押すと逃げる」

 

フレイが静かに言う。

 

「本人の前では言わない方がよい表現です」

 

「分かってる」

 

「本当にお願いします」

 

「はいはい」

 

スリッピーが苦笑した。

 

「また注意されてる」

 

「いつものことよ」

 

フレイは即座に訂正する。

 

「いつものことにしないでください」

 

ペルシアは少し笑った。

 

 

最初の交渉は、ジェームズからだった。

 

火星圏補助整備エアポート。

 

いつもの格納区画。

 

救助艇三号は整備用フレームに固定され、左舷側の外装が開かれていた。

 

ジェームズは相変わらず作業服を油で汚し、端末と機体の間を往復している。

 

ペルシア、フレイ、スリッピーが近づいても、顔を上げない。

 

ただし、今回は最初から少しだけ違った。

 

ジェームズは、ペルシアたちの足音が近づいた時点で、低く言った。

 

「後ろに立つな」

 

ペルシアは足を止めた。

 

「言われなくても横に立つわよ」

 

「前回は覚えたようだな」

 

「私は成長する女なの」

 

「その言い方がうるさい」

 

スリッピーが笑う。

 

「ジェームズ、今日は最初から反応してくれたね」

 

「騒がしいのが来たからな」

 

「僕?」

 

「両方だ」

 

ペルシアは少しだけ目を細めた。

 

「両方って、私も入ってる?」

 

「当然だ」

 

「失礼ね」

 

フレイが淡々と言う。

 

「統括官、ここでは本題に入りましょう」

 

「はいはい」

 

ジェームズが工具を置く。

 

「で、何だ。前に言っていたログの訓練か」

 

スリッピーの顔が明るくなった。

 

「うん! ナウスに整備ログと実運用ログを重ねさせたいんだ。ジェームズが危ないと判断する癖を、どう分類すればいいか相談したくて」

 

「相談じゃなくて、面倒を押しつけに来たんだろ」

 

「少し違うかな」

 

「同じだ」

 

ペルシアは一歩前に出た。

 

「ジェームズ」

 

「あ?」

 

「今日は正式配置の話じゃないわ」

 

「なら帰れ」

 

「最後まで聞きなさい」

 

「面倒だ」

 

「面倒でも必要」

 

ジェームズは深いため息を吐いた。

 

ペルシアは続ける。

 

「前に、あなたは技術助言者として初期協力に同意した。スリッピーとナウスとの整備ログ解析訓練を行う予定。正式配置は未定」

 

「記録を読むな」

 

「事実確認よ」

 

「だから面倒だ」

 

フレイが静かに補足する。

 

「本日の目的は、初期協力の具体的範囲を確認することです。勤務時間、対応するログ範囲、ナウスへの教師データ提供の可否、スリッピーさんへの技術説明の頻度を整理します」

 

ジェームズはフレイを見た。

 

「教師データという言い方が気に入らん」

 

スリッピーが首を傾げる。

 

「じゃあ、ジェームズの見方の手がかり?」

 

「それも気に入らん」

 

「じゃあ……危ない癖の見分け方?」

 

ジェームズは少しだけ黙った。

 

「それならまだいい」

 

スリッピーは嬉しそうに頷いた。

 

「じゃあ、それでいこう」

 

ペルシアはそのやり取りを見ながら、内心で笑った。

 

フレイの資料では動かない。

 

ペルシアの言葉では逃げる。

 

だが、スリッピーの言い換えには反応する。

 

ジェームズに必要なのは、自分の言葉を奪われないことだった。

 

フレイが記録を修正する。

 

「名称を『危険癖分類訓練』に変更します」

 

ジェームズが眉を寄せる。

 

「それも硬い」

 

スリッピーが笑う。

 

「じゃあ、あとで一緒に決めよう」

 

「勝手に一緒にするな」

 

「でも、名前が気に入らないんでしょ?」

 

「……」

 

「なら、ジェームズが決める?」

 

ジェームズは黙った。

 

ペルシアがにやりと笑う。

 

「決定ね。訓練名はジェームズが決める」

 

「勝手に決めるな」

 

「嫌なら今決めなさい」

 

「……保留だ」

 

フレイが端末へ入力した。

 

「訓練名称、保留」

 

ジェームズは不満そうに舌打ちした。

 

だが、拒否はしなかった。

 

それだけで十分だった。

 

ペルシアは声を少し柔らかくした。

 

「ジェームズ。あなたを本局に閉じ込める気はない」

 

「当たり前だ」

 

「最初は、現場勤務を続けたまま、一定のログだけ見てもらう。スリッピーとナウスが、それをオペレーションルームで使える形に変換する。イーナが判断材料として整理する。フレイが時系列に置く。私はそれを使って判断する」

 

「前にも聞いた」

 

「今日は、それを紙にする」

 

「紙が嫌いだ」

 

「私も資料は嫌いよ」

 

フレイが即座に言う。

 

「作成してください」

 

「してるわよ」

 

ジェームズが少しだけ口元を動かした。

 

「資料嫌いの統括官が作るなら、俺も少しは見る」

 

ペルシアはその反応を逃さなかった。

 

「じゃあ、見るのね」

 

「少しだ」

 

「十分」

 

「勝手に広げるな」

 

「広げない。最初は少し」

 

スリッピーが端末を開く。

 

「じゃあ、今日は救助艇二号と三号の牽引ログだけでいい?」

 

ジェームズは少し考えた。

 

「二号、三号、それから監視艇七号だ」

 

ペルシアが目を上げる。

 

「増えたわね」

 

「七号は通信遅延時の姿勢補助ログが残ってる。通信側と合わせるなら、あれを見ろ」

 

スリッピーの目が輝いた。

 

「通信側?」

 

「救助艇が遅れたと思われてるが、実際には通信応答の遅れで接近タイミングがズレた記録だ。機体の癖だけじゃない。管制と通信の遅れが絡んでる」

 

ペルシアの表情が変わった。

 

「それ、シャオメイにも見せたい」

 

ジェームズは面倒そうに眉を寄せる。

 

「誰だ」

 

「ケレス管制で見つけた通信技師。若いけど、通信遅延の原因を見る目がいい」

 

「若い?」

 

「十七歳」

 

「子どもか」

 

スリッピーが苦笑する。

 

「ジェームズ、それ本人に言わない方がいいよ」

 

「事実だろ」

 

ペルシアは腕を組んだ。

 

「年齢で見ないで。ログで見て」

 

ジェームズはペルシアを見た。

 

その言葉に、少しだけ反応した。

 

ログで見る。

 

それはジェームズにとって、分かりやすい言い方だった。

 

「……通信ログを持ってこい」

 

ペルシアは笑った。

 

「いいの?」

 

「見るだけだ」

 

「十分」

 

「勝手に決めるな」

 

「決めてないわ。見るだけでしょ」

 

ジェームズは舌打ちした。

 

フレイが静かに記録する。

 

「ジェームズさん、監視艇七号の機体ログ及び通信応答ログを、シャオメイさんとの合同訓練候補として提示」

 

ジェームズは嫌そうに言った。

 

「記録が早い」

 

フレイは表情を変えない。

 

「仕事です」

 

「そうか」

 

ペルシアは口元を緩めた。

 

一歩進んだ。

 

ジェームズは正式配置にはまだ遠い。

 

だが、通信技師のログを見ると言った。

 

それは、整備側から通信側へ橋をかける一歩だった。

 

 

次はシャオメイだった。

 

ケレス管制。

 

通信席の奥、青白い表示灯に囲まれた狭い訓練室。

 

シャオメイは、通信ログを前にして腕を組んでいた。

 

若い。

 

まだ表情には幼さも残っている。

 

だが、目は強い。

 

ペルシアが入ると、すぐに立ち上がった。

 

「ペルシア統括官」

 

「座っていいわ。今日は正式な面接じゃない」

 

「でも、話は正式に近いですよね」

 

ペルシアは少し笑った。

 

「鋭いわね」

 

シャオメイは遠慮なく言った。

 

「前回の試験協力のあと、フォックスさんたちから聞きました。宇宙管理局のオペレーションルームで、通信経路判断の訓練に参加するかもしれないと」

 

隣にいたフォックスが静かに頷く。

 

「必要な範囲で説明した」

 

クリスタルも言う。

 

「本人に黙って話を進めるべきではないもの」

 

ファルコが笑う。

 

「まあ、黙っててもこの子なら気づくけどな」

 

シャオメイはファルコを見る。

 

「気づきます」

 

「ほらな」

 

ペルシアはそのやり取りを見て、改めて思った。

 

この子は、ただ若いだけではない。

 

自分の扱われ方にも敏感だ。

 

勝手に決められることを嫌う。

 

だからこそ、使い方を間違えると潰れる。

 

あるいは、周囲を刺す。

 

ペルシアは正面の席に座った。

 

「シャオメイ。今日はあなたに、次の段階の協力を頼みに来た」

 

「次の段階」

 

「ええ。ケレス管制での限定試験ではなく、宇宙管理局の訓練通信席に入ってもらう」

 

シャオメイの目が少しだけ光った。

 

だが、すぐに警戒も浮かぶ。

 

「私を引き抜く話ですか」

 

「まだ違う」

 

「まだ?」

 

「試験協力。正式配置ではない。あなたの所属はケレス管制のまま。訓練時だけ、通信ログの分析と経路判断に参加してもらう」

 

「判断権限は?」

 

ペルシアは少しだけ目を細めた。

 

いい質問だ。

 

若いのに、そこを聞く。

 

「最初は助言権限。停止権限は持たせない」

 

シャオメイの表情が硬くなる。

 

「危ないと分かっても、止められないんですか」

 

「止める材料を出すの」

 

「それでは遅いことがあります」

 

「あるわね」

 

「なら――」

 

ペルシアは手を上げて制した。

 

「だから訓練する。あなたが危ないと思ったことを、どういう形で出せば統括判断に届くか。どの段階で管制側へ注意喚起するか。どの条件を満たせば停止権限へ進めるか。そこを決める」

 

シャオメイは黙った。

 

ペルシアは続ける。

 

「前回、あなたは正しかった。でも、言い方は危なかった」

 

シャオメイは唇を結ぶ。

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

「……分かっているつもりです」

 

「なら言ってみて」

 

シャオメイは少し息を吐いた。

 

「私は、早く切り替えないと遅れると思いました。だから、その手順は遅いと言いました」

 

「うん」

 

「でも、管制主任はその場で責任を持って判断しなければならなかった。私が結論だけを言っても、主任は判断材料を持てなかった」

 

「その通り」

 

「だから、次は……この経路に切り替えれば待機時間が何分減るか、遅延原因がどこにあるか、切替時のリスクがどの程度か、それを出してから判断を求めるべきでした」

 

ペルシアは満足そうに頷いた。

 

「いいわね」

 

シャオメイは少し驚いた顔をした。

 

「いいんですか」

 

「かなりいい」

 

「でも、まだ足りないですよね」

 

「足りないわ」

 

シャオメイの表情が少し引き締まる。

 

ペルシアは笑った。

 

「でも、足りないと分かっているなら伸びる」

 

クリスタルが静かに微笑んだ。

 

フォックスも腕を組んだまま、少しだけ頷いた。

 

ファルコは小さく笑う。

 

「この子、褒められてもすぐ反省するんだよな」

 

シャオメイは不満そうに言う。

 

「必要だからです」

 

「そういうところだ」

 

ペルシアは端末を開いた。

 

「シャオメイ。あなたに見てもらいたいログがある」

 

「通信ログですか」

 

「通信ログと機体ログ」

 

シャオメイの目が変わった。

 

「機体ログ?」

 

「火星圏補助整備エアポートのジェームズという整備士が提示した。監視艇七号の記録。通信応答の遅れが、接近タイミングと姿勢補助にどう影響したかを見る」

 

シャオメイはすぐに身を乗り出した。

 

「通信遅延が機体挙動に影響したということですか」

 

「可能性がある」

 

「見たいです」

 

「でしょうね」

 

シャオメイは少し恥ずかしそうに座り直した。

 

「すみません」

 

「謝らなくていい。そういう反応が欲しかった」

 

ペルシアは端末をシャオメイへ渡した。

 

「ただし、条件がある」

 

「何ですか」

 

「結論だけを言わない。まず、観測した事実。次に、推定。最後に、提案。三段階で話す」

 

シャオメイは少し考えた。

 

「事実、推定、提案」

 

「そう」

 

「分かりました」

 

「それから、強い言葉を使う時は理由をつける。『遅いです』ではなく、『このままだと通信応答が四分遅れ、接近判断が一周期遅れる可能性があります』」

 

シャオメイは真剣に頷く。

 

「はい」

 

ペルシアは少しだけ声を柔らかくした。

 

「あなたの強さは消さなくていい。怖がらずに言えるところは、通信席に必要。でも、その声が届く形にする」

 

シャオメイはペルシアを見た。

 

その目に、少しだけ迷いがあった。

 

「私、言いすぎることがあります」

 

「知ってる」

 

「周りから、扱いづらいと言われます」

 

「でしょうね」

 

「否定しないんですか」

 

「扱いやすい子を探してるわけじゃないもの」

 

シャオメイは目を見開いた。

 

ペルシアは笑った。

 

「必要な子を探してるの」

 

その言葉に、シャオメイは黙った。

 

そして、小さく頷いた。

 

「訓練通信席、参加します。ただし、私の意見を形だけ聞くなら行きません」

 

「形だけなら呼ばないわ」

 

「危ない時は止めます」

 

「止める材料を出して」

 

「最終的に止める必要があるなら?」

 

「私が止める」

 

「責任は?」

 

「私が持つ」

 

シャオメイはペルシアを見つめた。

 

少しして、静かに言った。

 

「分かりました」

 

ファルコが小さく口笛を吹く。

 

「決まったな」

 

フレイはすでに端末へ記録している。

 

「シャオメイさん、通信経路判断訓練への限定参加に同意。監視艇七号ログを用いた整備・通信合同解析を実施予定。正式配置は未定」

 

シャオメイはその記録を見て言った。

 

「正式配置は未定なんですね」

 

ペルシアが笑う。

 

「そこからよ」

 

「未定から確定にするには?」

 

「結果を出すこと。周囲を乗せること。自分の声を潰さず、相手に届く形にすること」

 

シャオメイは頷いた。

 

「やります」

 

ペルシアは満足そうに笑った。

 

「いい返事」

 

 

ジェームズとシャオメイの合同訓練は、三日後に設定された。

 

宇宙管理局本局、仮設オペレーションルーム。

 

まだ正式発足前の部屋だが、配置だけはかなり整ってきている。

 

中央席にペルシア。

 

右にフレイ。

 

左にイーナ。

 

技術解析席にスリッピー。

 

その端末内にナウス。

 

通信席にはシャオメイ。

 

整備助言者席には、渋々座ったジェームズ。

 

ジェームズは部屋に入るなり言った。

 

「狭い」

 

ペルシアは笑顔で返す。

 

「ようこそ」

 

「歓迎するな」

 

「歓迎会はまだよ」

 

「やるな」

 

スリッピーが明るく言う。

 

「やるなら今度はおでん?」

 

ジェームズが眉を寄せる。

 

「何の話だ」

 

「十四班でおでん歓迎会があったらしいよ」

 

ペルシアが一瞬だけ目を細めた。

 

「へえ」

 

フレイがすぐに言う。

 

「統括官、今は訓練です」

 

「分かってるわよ」

 

「本当にお願いします」

 

「はいはい」

 

シャオメイはジェームズを見ていた。

 

ジェームズもシャオメイを見た。

 

数秒の沈黙。

 

先に口を開いたのはジェームズだった。

 

「子どもか」

 

シャオメイの眉がぴくりと動いた。

 

「若いだけです」

 

「十七だろ」

 

「通信ログを見るのに年齢は関係ありません」

 

「口は達者だな」

 

「ジェームズさんも口は悪いですね」

 

スリッピーが慌てて笑う。

 

「はい、そこまで。初対面でぶつかるの早いよ」

 

ペルシアは腕を組みながら見ていた。

 

予想通りだ。

 

ぶつかる。

 

ただし、悪くないぶつかり方だった。

 

互いに引いていない。

 

それでいて、仕事の話に入れば噛み合う可能性がある。

 

フレイが淡々と言う。

 

「本日の訓練目的を確認します。監視艇七号の通信応答ログ、姿勢補助ログ、接近判断記録を用い、通信遅延と機体挙動の相関を確認します」

 

イーナが資料を配る。

 

「こちらが時系列表です。赤が通信応答遅延、青が姿勢補助、緑が管制判断、黄が整備記録の注意点です」

 

シャオメイが資料に目を落とす。

 

「通信応答遅延は、三回連続しています。単発ではありません」

 

ジェームズがすぐに言う。

 

「姿勢補助の跳ねも三回目で出ている」

 

シャオメイが端末を操作する。

 

「通信遅延が先です」

 

「姿勢補助だけ見ても原因は見えない」

 

「つまり、通信応答の遅れで接近判断が一周期遅れ、その補正を機体側が拾った?」

 

ジェームズは少しだけ目を細めた。

 

「半分だ」

 

シャオメイはむっとした。

 

「半分ですか」

 

「通信だけじゃない。管制の判断も遅い。遅れた通信を前提に、さらに確認を挟んでいる。そこで接近角の修正が遅れた」

 

シャオメイはすぐに画面を切り替える。

 

「確かに、管制確認が余分に入っています。でも、通信側から見ると、この確認は仕方ありません。前段の中継局が不安定です」

 

「仕方ないで救助艇に負荷をかけるな」

 

「通信が不安定な状態で無理に接近させる方が危険です」

 

「だから止めるんだ」

 

「止める判断を誰がするんですか」

 

ジェームズとシャオメイの声が重なった。

 

部屋の空気が一瞬張る。

 

ペルシアは手を上げた。

 

「そこ」

 

二人がペルシアを見る。

 

ペルシアは静かに言った。

 

「今のが必要なの」

 

シャオメイは少し戸惑う。

 

「今のが?」

 

「ジェームズは機体側から止める理由を出した。シャオメイは通信側から止める理由を出した。二人とも同じ方向を見ている。言い方はぶつかってるけど」

 

ジェームズが不機嫌そうに言う。

 

「同じ方向じゃない」

 

シャオメイも言う。

 

「違います」

 

スリッピーが笑う。

 

「いや、同じだよ。二人とも、無理に接近させるなって言ってる」

 

ナウスが表示を出す。

 

『整備側判断:姿勢補助負荷増大により接近継続は危険。通信側判断:応答遅延により接近判断が一周期遅れるため継続は危険。結論一致:接近一時停止、通信経路切替後に再評価』

 

イーナがその表示を見て、資料に書き込む。

 

「結論は一致しています。ただし、そこに至る説明経路が違います」

 

フレイが頷く。

 

「この二つを時系列表に重ねれば、統括判断に使えます」

 

ペルシアは静かに言った。

 

「つまり、こういうこと」

 

ペルシアは全員を見る。

 

「現場は急ぐ。救助艇は行きたがる。管制は遅れを嫌う。通信は繋がっていると言う。整備は機体はまだ飛べると言う。でも、その全部を重ねたら、止めるべき瞬間がある」

 

ジェームズは黙った。

 

シャオメイも黙った。

 

ペルシアは続ける。

 

「その瞬間を拾うために、あなたたちが必要なの」

 

ジェームズは少しだけ視線を逸らした。

 

「また必要か」

 

「言うわよ。必要だから」

 

シャオメイは小さく息を吐いた。

 

「……必要と言われるのは、少し怖いです」

 

ペルシアはシャオメイを見る。

 

「怖い?」

 

「はい。期待されると、失敗できない気がするので」

 

その言葉に、イーナが少しだけ顔を上げた。

 

イーナには分かるのだろう。

 

必要と言われる怖さ。

 

自信がないのに、必要だと言われる重さ。

 

ペルシアは少し声を柔らかくした。

 

「失敗しない人を探してるんじゃない。失敗した時に戻れる人を探してる」

 

シャオメイの目が揺れた。

 

「戻る?」

 

「そう。間違えたら戻す。足りなければ足す。言い方を間違えたら言い直す。判断が早すぎたら、根拠を添える。黙り込むよりずっといい」

 

ジェームズが低く言う。

 

「間違った判断は危険だ」

 

「だから一人に背負わせない」

 

ペルシアはジェームズを見る。

 

「あなたの判断も、シャオメイの判断も、スリッピーとナウスが形にする。イーナが整理する。フレイが時系列に置く。私が最終判断する」

 

フレイが静かに言う。

 

「そのための仕組みです」

 

イーナも頷く。

 

「一人の強さではなく、役割分担で危険を減らします」

 

スリッピーが明るく言う。

 

「だから、二人とも一人で全部説明しなくていいんだよ」

 

ジェームズは少し不満そうに言った。

 

「説明は面倒だ」

 

シャオメイも言う。

 

「結論だけ言いたくなります」

 

ペルシアは笑った。

 

「二人とも課題が分かりやすいわね」

 

ナウスが淡々と表示した。

 

『訓練課題:ジェームズ氏は専門判断の言語化。シャオメイ氏は結論提示前の根拠整理。共通課題:相手を動かす説明』

 

スリッピーが笑う。

 

「ナウス、容赦ないね」

 

『事実です』

 

ジェームズが端末を見て言う。

 

「このAI、フレイに似てるな」

 

フレイが表情を変えずに返す。

 

「光栄です」

 

ペルシアが小さく笑った。

 

部屋の空気が少しだけ緩む。

 

訓練は続いた。

 

監視艇七号のログ。

 

救助艇二号の牽引記録。

 

中継局切替時の遅延比較。

 

姿勢制御補助装置の補正波形。

 

ジェームズは不親切ながらも、危険な癖を指摘した。

 

シャオメイは時々言い方が鋭くなったが、そのたびに事実、推定、提案の順へ戻した。

 

スリッピーは二人の言葉を拾い、ナウスに入力する。

 

ナウスは分類する。

 

イーナは資料化する。

 

フレイは時系列に置く。

 

ペルシアは、最後に判断する。

 

訓練が終わる頃、仮設オペレーションルームの壁面には、一枚の表ができていた。

 

『整備・通信連動判断表』

 

一、通信応答が二周期以上遅延した場合、通信席は原因分類を提示。

 

二、同時に姿勢補助ログに同方向の補正が出た場合、整備助言者へ確認。

 

三、管制判断が一周期以上遅れた場合、統括判断席へ注意喚起。

 

四、通信遅延と機体補正が重なった場合、接近継続ではなく一時停止を標準選択肢に入れる。

 

五、再接近は通信経路切替後、整備側の機体負荷確認を経て判断。

 

ペルシアはその表を見て、深く息を吐いた。

 

「形になった」

 

フレイが頷く。

 

「まだ粗いですが、訓練用の判断表としては使用できます」

 

イーナが資料を整えながら言う。

 

「この表があれば、通信側と整備側の判断を同じ形式で整理できます」

 

スリッピーが嬉しそうに言う。

 

「ジェームズとシャオメイの言葉が一つの表になったね」

 

ジェームズは腕を組んだまま言った。

 

「雑だ」

 

シャオメイも表を見て言う。

 

「まだ足りません」

 

ペルシアは二人を見た。

 

「二人とも、同じ顔してるわよ」

 

「してない」

 

「していません」

 

ジェームズとシャオメイの声が重なった。

 

スリッピーが笑い、イーナも少しだけ口元を緩める。

 

フレイは淡々と記録した。

 

「次回訓練で修正予定」

 

ジェームズが言う。

 

「次回?」

 

ペルシアが笑う。

 

「もちろん」

 

「勝手に決めるな」

 

シャオメイが静かに言う。

 

「私は参加します」

 

ジェームズがシャオメイを見る。

 

「早いな」

 

「必要なので」

 

「子どものくせに」

 

「年齢は関係ありません」

 

「口が減らないな」

 

「ジェームズさんもです」

 

スリッピーが慌てて間に入る。

 

「はいはい、次回までに続きを用意しよう」

 

ペルシアはその様子を見ていた。

 

ぶつかる。

 

でも、進む。

 

悪くない。

 

むしろ、かなりいい。

 

 

その日の夕方。

 

訓練記録を終えた後も、ペルシアは統括官室に戻らなかった。

 

仮設オペレーションルームに残り、壁面の配置図を見つめている。

 

ジェームズとシャオメイの訓練は成功だった。

 

成功と言っていい。

 

少なくとも、二人は次につながる反応を見せた。

 

ジェームズは「次回」と言われて文句を言ったが、完全には拒否しなかった。

 

シャオメイは参加すると言った。

 

だが、ペルシアの目はまだ空欄を見ていた。

 

救助艇運用。

 

現場要請受付。

 

避難誘導。

 

広報・情報発信。

 

航路判断補助。

 

心理的負荷対応。

 

まだ人が足りない。

 

フレイが静かに近づく。

 

「統括官」

 

「何?」

 

「また人材を探す顔をしています」

 

ペルシアは振り返った。

 

「そんな顔ある?」

 

「あります」

 

イーナも資料を持って近づく。

 

「ペルシアさんが必要な人材を見つける時は、少し目が怖くなります」

 

「イーナまで」

 

「すみません。でも、本当です」

 

スリッピーも端末を抱えて言う。

 

「次は誰を探すの?」

 

「まだ分からない」

 

ペルシアは配置図を指差した。

 

「でも、足りない役割は見えてきた」

 

フレイが確認する。

 

「具体的には?」

 

「現場要請受付。救助艇や管制から来る情報を最初に受ける席。ここが弱いと、情報が散らばる」

 

イーナが頷く。

 

「私が整理できますが、一次受付まで兼ねると負荷が高くなります」

 

「そう。イーナには曖昧情報の具体化と医療搬送連携を見てほしい。入口全部を任せたら潰れる」

 

イーナは少し驚いた顔をした。

 

「……ありがとうございます」

 

「必要だから雑に扱わないって言ったでしょ」

 

イーナは小さく頷いた。

 

ペルシアは次の空欄を指す。

 

「それから、現場への言葉を作る人。オペレーションルーム内で判断が固まっても、それを現場にどう伝えるかで動きが変わる」

 

フレイが言う。

 

「情報発信、または現場通達担当ですね」

 

「ええ。冷静すぎても届かない。強すぎても反発される。ペルシアが全部やると、たぶん圧が強い」

 

スリッピーが小さく笑う。

 

「自分で言うんだ」

 

「最近、自覚してきたの」

 

フレイが静かに言う。

 

「良い傾向です」

 

「フレイ、そこで褒めるの?」

 

「はい」

 

ペルシアは苦笑した。

 

「あと、航路判断補助。リュウジやタツヤ班長みたいに、船の揺れや乗客の不安まで分かるパイロットの目が欲しい」

 

スリッピーが首を傾げる。

 

「リュウジを呼ぶ?」

 

ペルシアは一瞬だけ黙った。

 

それから首を横に振る。

 

「駄目。リュウジはドルトムントのS級。十四班の中核よ。引っ張るわけにはいかない」

 

フレイが頷く。

 

「協力訓練や意見照会なら可能性はありますが、配置候補にはできません」

 

「そうね。リュウジの目を参考にはしたい。でも、リュウジ本人を使うんじゃない。そういう視点を持つ人材を探す」

 

ナウスが表示を出す。

 

『不足役割候補:

一、一次情報受付・要請整理

二、現場通達・情報発信

三、航路判断補助

四、心理的負荷対応

五、権限調整・停止判断補助』

 

ペルシアは腕を組む。

 

「権限調整も要るわね。止める判断を出した時に、どの権限で、どこまで止められるか。ここが曖昧だと現場が揉める」

 

フレイが頷く。

 

「局内規程、管制権限、救助艇運用規則に詳しい人材が必要です」

 

スリッピーが少し顔をしかめる。

 

「それ、すごく書類っぽいね」

 

「だから必要なのよ」

 

ペルシアは端末を開いた。

 

「人材候補を洗い直す。火星圏、ケレス、木星本局、各管制、整備、医療、救助艇運用、総務、法務。全部見る」

 

フレイがすぐに言う。

 

「範囲が広すぎます」

 

「広く見るの」

 

「優先順位をつけてください」

 

「じゃあ、一次情報受付と現場通達から」

 

イーナが言う。

 

「一次情報受付なら、過去の事故対応記録から候補を探せるかもしれません。混乱時に報告を整理できていた人、逆に報告が散らばった現場で立て直した人を抽出します」

 

ペルシアは嬉しそうにイーナを見る。

 

「それ、お願い」

 

「はい。過去三年分の訓練記録と実対応記録から、受付担当者名と差し戻し率、再確認回数、報告整理時間を抽出します」

 

スリッピーが目を丸くする。

 

「イーナ、すごいね」

 

イーナは少し照れたようにする。

 

「資料なら、できます」

 

ペルシアはすぐに言った。

 

「資料なら、じゃない。資料ができるから必要なの」

 

イーナは小さく頷いた。

 

「はい」

 

フレイが続ける。

 

「現場通達については、管制記録の音声ログを確認する必要があります。単に正確なだけでなく、相手を落ち着かせ、動かせる言葉を使える人材を探します」

 

ペルシアは少し目を細める。

 

「それ、ペルシアが得意な分野じゃない?」

 

スリッピーが言う。

 

ペルシアは首を横に振った。

 

「私は近い距離ならできる。でも、オペレーションルームでは、もっと安定して、広い相手に伝えられる人が要る。私みたいに感情で押し切るんじゃなくて、言葉を整えて渡せる人」

 

フレイが静かに言う。

 

「ご自身の傾向をかなり正確に把握されています」

 

「褒めてる?」

 

「半分ほどは」

 

「半分なの?」

 

イーナが小さく笑った。

 

その時、ナウスが音声を発した。

 

『候補抽出条件を提案します』

 

壁面に新しいリストが表示される。

 

『候補抽出条件:

一、緊急時の発話ログで、相手の返答速度が改善した者

二、混乱した現場から必要情報を三項目以上引き出した者

三、誤情報を訂正しつつ、相手を萎縮させなかった者

四、複数部署間の権限衝突時に記録を整理した者

五、過去に評価が低いが、特定条件下で高い安定性を示した者』

 

ペルシアはその最後の項目を見て、口元を上げた。

 

「いいわね」

 

フレイがナウスを見る。

 

「五番が、統括官向きですね」

 

ナウスが答える。

 

『はい。ペルシア統括官は、標準評価では高く見えないが特定条件下で有効な人材を選好する傾向があります』

 

スリッピーが吹き出した。

 

「ナウスまで言うんだ」

 

ペルシアは腕を組んだ。

 

「否定しないわ」

 

イーナが静かに言う。

 

「でも、それで私も見つけてもらいました」

 

その言葉に、ペルシアは少しだけ表情を柔らかくした。

 

「そうね」

 

イーナは続ける。

 

「総務部では、私は処理が遅い職員でした。でも、ペルシアさんは曖昧な情報を確認する力を見てくれました」

 

フレイも言う。

 

「ジェームズさんも、勤務評価上は協調性に難ありですが、機体危険判断では高い適性があります」

 

スリッピーが続ける。

 

「シャオメイも、物怖じしないけど言い方が強い。でも通信判断は早い」

 

ペルシアは壁面の空欄を見た。

 

「つまり、まだいるはずなのよ」

 

標準評価では拾われない人材。

 

処理が遅いと言われるが、確認を捨てない人。

 

愛想がないが、機体の危険を見逃さない人。

 

若くて生意気だが、通信遅延の原因を正確に見る人。

 

そういう人間は、きっと他にもいる。

 

どこかで埋もれている。

 

どこかで扱いづらいと言われている。

 

どこかで、自分の見ているものを理解されず、黙っている。

 

ペルシアは静かに言った。

 

「探すわよ」

 

フレイが頷く。

 

「はい。ただし、範囲を絞ってください」

 

「分かってる。まずは、一次情報受付と現場通達」

 

「候補抽出はイーナさんとナウスで実施。音声ログ分析はナウス、発話評価は統括官と私で確認。スリッピーさんは整備・通信ログ連動訓練の継続」

 

「完璧」

 

「完璧ではありません。人手が足りません」

 

「だから探すのよ」

 

フレイは小さく息を吐いた。

 

「その通りです」

 

 

その夜。

 

ペルシアは一人、統括官室に残っていた。

 

机の上には、候補者抽出の初期リストが置かれている。

 

まだ名前は少ない。

 

一次情報受付候補、三名。

 

現場通達候補、二名。

 

権限調整候補、一名。

 

どれも、まだ資料上の候補にすぎない。

 

しかし、ペルシアはその中の一つに目を止めた。

 

『候補番号 A-17

所属:木星圏管制補助班

役割履歴:臨時通報整理、救助艇要請受付補助

評価:処理速度は平均以下。再確認回数が多い。

特記事項:大規模訓練時、混乱した救助要請から必要情報を抽出し、医療搬送班への連絡漏れを防止。音声ログ上、相手の混乱を低下させた記録あり』

 

ペルシアは資料を見つめた。

 

処理速度は平均以下。

 

再確認回数が多い。

 

だが、必要情報を抽出し、連絡漏れを防止。

 

相手の混乱を低下させた。

 

「……いるじゃない」

 

ペルシアの目が細くなる。

 

机の端末が光る。

 

ナウスの表示。

 

『候補A-17の追加資料を取得中です』

 

ペルシアは静かに笑った。

 

「次は、この子ね」

 

背後で扉が開いた。

 

フレイが入ってくる。

 

「統括官。まだ残っていたのですか」

 

「見つけたかも」

 

フレイは一瞬だけ黙った。

 

それから、静かに言った。

 

「またですか」

 

「またよ」

 

「どの候補ですか」

 

「A-17。木星圏管制補助班。処理速度は平均以下。でも、混乱した通報から必要情報を拾ってる」

 

フレイは端末を確認する。

 

「再確認回数が多いですね」

 

「そこが気になる?」

 

「はい。通常評価では減点対象です」

 

「でも、オペレーションルームでは?」

 

フレイは少し考えた。

 

「曖昧な通報を確認できるなら、加点対象になる可能性があります」

 

ペルシアは笑った。

 

「でしょ?」

 

フレイは小さく息を吐いた。

 

「調査します」

 

「お願い」

 

「ただし、明日にしてください。今日はもう遅いです」

 

「今少しだけ」

 

「明日です」

 

「フレイ」

 

「明日です」

 

ペルシアは口を尖らせた。

 

「固いわね」

 

「必要な硬さです」

 

「分かったわよ」

 

フレイは少しだけ表情を緩めた。

 

「ジェームズさんとシャオメイさんの交渉は、進んでいます。今日は十分です」

 

ペルシアは壁面の配置図を見た。

 

ジェームズ。

 

シャオメイ。

 

そして、まだ名前のない空欄。

 

「十分じゃないわ。まだ足りない」

 

「足りないからこそ、順番に進めます」

 

「……そうね」

 

フレイの言う通りだった。

 

焦れば潰す。

 

イーナにも言った。

 

必要だから雑に扱わない。

 

ジェームズにも言った。

 

一人に全部説明しろとは言わない。

 

シャオメイにも言った。

 

声を消さず、届く形にする。

 

なら、自分も同じだ。

 

必要な人材を見つけたからといって、すぐに引っ張ってはいけない。

 

見つける。

 

調べる。

 

話を聞く。

 

本人の意思を確かめる。

 

そして、役割を作る。

 

ペルシアは静かに息を吐いた。

 

「分かった。今日は帰る」

 

フレイは頷く。

 

「はい」

 

ペルシアは端末を閉じる前に、候補A-17の名前欄をもう一度見た。

 

まだ詳細は伏せられている。

 

ただ、そこに次の可能性がある。

 

ジェームズのように、扱いづらいかもしれない。

 

シャオメイのように、言葉が強いかもしれない。

 

イーナのように、自信がないかもしれない。

 

それでも、必要な人かもしれない。

 

ペルシアは小さく笑った。

 

「人材探しって、本当に面倒ね」

 

フレイが静かに言う。

 

「統括官は、少し楽しそうです」

 

「そう見える?」

 

「はい」

 

ペルシアは否定しなかった。

 

「……そうね。楽しいのかもしれない」

 

十四班にいた頃、ペルシアは客室の空気を読んでいた。

 

乗客の声。

 

乗務員の迷い。

 

エリンの判断。

 

リュウジの短い報告。

 

タツヤ班長ののらりとした言葉の奥にある芯。

 

それらを拾い、必要な時に動いた。

 

今は、もっと広い場所でそれをしている。

 

宇宙管理局。

 

管制。

 

整備。

 

通信。

 

医療。

 

救助。

 

その中に埋もれている声を拾う。

 

誰かに「扱いづらい」と言われた人材の中から、必要な癖を見つける。

 

それは面倒で、危険で、時間がかかる。

 

でも、ペルシアは思う。

 

きっと、自分はこういう仕事が嫌いではない。

 

守りたいものがある。

 

そのために、人を集める。

 

ただ強い人ではなく、必要な人を。

 

ペルシアは端末を閉じた。

 

「明日から忙しくなるわね」

 

フレイは即答した。

 

「既に忙しいです」

 

「夢がないわね」

 

「現実です」

 

ペルシアは笑った。

 

「現実を動かすために、夢が要るのよ」

 

フレイは少しだけ目を細めた。

 

「では、明日は現実的に候補A-17の調査から始めます」

 

「お願い」

 

二人は統括官室を出た。

 

廊下の照明は夜間モードに落ちている。

 

窓の外には、木星圏の光が静かに揺れていた。

 

オペレーションルームは、まだ完成していない。

 

ジェームズも、シャオメイも、正式配置ではない。

 

人材も足りない。

 

課題は山ほどある。

 

それでも、歯車は少しずつ増えている。

 

一つひとつは癖が強く、噛み合うまで時間がかかる。

 

だが、噛み合えばきっと大きな力になる。

 

ペルシアは歩きながら、静かに呟いた。

 

「逃がさないわよ」

 

フレイがすぐに言った。

「統括官、その言い方は本人の前では禁止です」

 

「分かってるって」

 

「本当にお願いします」

 

「はいはい」

 

そのやり取りが、夜の廊下に小さく響いた。

 

人材探しは、まだ始まったばかりだった。

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