翌朝。
宇宙管理局、統括官室。
ペルシアは端末の画面を睨んでいた。
壁面には、オペレーションルームの配置図が映されている。
中央に統括判断席。
その横に時系列整理。
曖昧情報の具体化。
整備・通信連動判断。
救助艇運用。
現場要請受付。
現場通達。
権限調整。
まだ空欄は多い。
それでも、昨日までよりはずっと形になっていた。
ジェームズは、まだ正式配置ではないが、整備側の技術助言者として訓練に参加し始めている。
シャオメイも、ケレス管制所属のまま、通信経路判断の訓練通信席に入ることを了承した。
イーナは、曖昧情報の整理と医療搬送連携の資料化を進めている。
フレイは、相変わらず淡々と記録し、時系列を組み、ペルシアの言葉が強くなりすぎる前に止める役割を引き受けている。
スリッピーとナウスは、整備ログと通信ログの連動分析を続けている。
つまり、動き始めている。
けれど、足りない。
ペルシアは何度も配置図を見た。
特に、昨日見つけた候補Aー17。
木星圏管制補助班。
処理速度は平均以下。
再確認回数が多い。
だが、大規模訓練時に混乱した救助要請から必要情報を抽出し、医療搬送班への連絡漏れを防いだ人物。
音声ログ上、相手の混乱を低下させた記録あり。
ペルシアの耳に引っかかった。
イーナを見つけた時と似ていた。
普通の評価では拾われない。
遅い。
細かい。
確認が多い。
けれど、混乱した相手から必要な情報を抜き出し、後で戻らない形にできる。
オペレーションルームの一次情報受付には、そういう力が必要だった。
ペルシアは昨夜、その候補に印をつけた。
フレイに調査を頼んだ。
そして今、その結果を待っている。
扉が静かに開いた。
「統括官」
フレイの声だった。
ペルシアはすぐに顔を上げる。
「出た?」
「候補Aー17について、追加調査が出ました」
「聞かせて」
フレイは端末を操作し、壁面に候補情報を表示した。
『候補Aー17
所属:木星圏管制補助班
現状:療養中
療養開始:先月
復帰予定:未定』
ペルシアの眉が動いた。
「療養中?」
「はい」
「先月から?」
「はい」
「理由は?」
フレイは少しだけ間を置いた。
その間で、ペルシアは嫌な予感を覚えた。
事故による負傷ではない。
急性疾患でもない。
そういう時、フレイはもう少し事務的に言う。
今の間は違う。
「詳細は医療情報に当たるため、閲覧制限があります。ただ、所属部署の記録上では、過労及び精神的疲弊による療養とされています」
ペルシアは、椅子の背にもたれた。
「……最悪」
「統括官」
「分かってる。本人に無理に接触しない」
フレイは小さく頷いた。
「その判断が妥当かと」
ペルシアは額に手を当てた。
候補Aー17。
ようやく見つけたと思った。
イーナと同じように、通常評価では拾われないが、オペレーションルームでは必要になるかもしれない人材。
だが、先月から療養に入っている。
精神的疲弊。
つまり、すでに壊れかけているか、壊れて休んでいる。
今そこへ行って、「あなたが必要」と言うのは簡単だ。
ペルシアならできる。
だが、それはやってはいけない。
必要だからこそ、雑に扱わない。
イーナにもそう言った。
ジェームズにも、現場勤務を続けたまま段階的に協力してもらう形にした。
シャオメイにも、所属を動かさず訓練参加から始めた。
なら、Aー17にも同じことをしなければならない。
ペルシアは指先で額を押さえた。
「困った」
フレイは静かに立っている。
イーナも少し離れた席で資料を抱えたまま、心配そうにペルシアを見ていた。
「ペルシアさん……」
ペルシアは顔を上げる。
「イーナ、今は呼ばない」
イーナはすぐに頷いた。
「はい。療養中の方を候補者として扱う場合、まずは復帰支援の状況を確認するべきだと思います」
「そうね」
「もし復帰後に本人の希望があれば、負担の少ない形で適性確認をすることはできるかもしれません。でも、今は……」
「今は引っ張れない」
「はい」
ペルシアは深く息を吐いた。
「分かってる。分かってるけど、困るのよ」
スリッピーが端末から顔を上げた。
「Aー17、すごく良さそうだったもんね」
「そう。だから困る」
ナウスが壁面に補足を出す。
『候補Aー17については、現時点で採用交渉対象から一時除外し、復帰支援状況のみ確認することを推奨します』
ペルシアはそれを見て、少しだけ苦い顔をした。
「ナウスまで正しいこと言う」
『正しい判断と思われます』
「分かってるわよ」
フレイが一歩前に出た。
「統括官。候補Aー17は“失った候補”ではありません。今すぐ動かせない候補です」
ペルシアはフレイを見る。
「慰め?」
「整理です」
「そういうところよね、フレイ」
「はい」
ペルシアは少し笑いかけたが、すぐにまた額を押さえた。
「でも、空欄は残る」
「はい」
「一次情報受付が足りない」
「はい」
「現場通達も足りない」
「はい」
「権限調整も足りない」
「はい」
「面倒くさい」
「はい」
「そこは否定して」
フレイは一瞬だけ目を伏せた。
「否定できません」
ペルシアは机に突っ伏しかけた。
「困った……」
その時だった。
統括官室の扉が、いつもより重い音でノックされた。
フレイがすぐに扉へ向かう。
「どちら様でしょうか」
扉の外から、低い声が返った。
「宇宙警察本部長、グレイだ。ペルシア統括官に用がある」
室内の空気が止まった。
スリッピーが露骨に顔を引きつらせる。
イーナは資料を抱える手に力を入れた。
ナウスの表示が一瞬だけ切り替わり、来訪者識別を始める。
ペルシアは突っ伏しかけた姿勢のまま、顔だけを上げた。
「……今?」
フレイがペルシアを見る。
「統括官」
ペルシアは片手を上げた。
「分かってる。開けて」
フレイが扉を開ける。
そこに立っていたのは、宇宙警察本部長グレイだった。
濃紺の制服。
銀色の襟章。
隙のない立ち姿。
宇宙警察という組織の硬さを、そのまま人間にしたような男。
ペルシアはその顔を見た瞬間、過去のいくつかの面倒な記憶を思い出した。
スターフォックスを巡って宇宙警察と衝突したこと。
宇宙警察本部で、スターフォックスの記録と五年前の旅行便襲撃事件についてグレイと対峙したこと。
フォックス達が救助者だった可能性を示すために、医療ログの断片を突きつけたこと。
そして、その場へリリアを呼んだこと。
五年前の旅行便で救助された、唯一の生存者。
グレイ本部長の娘。
そのリリアが、今日はグレイの後ろに立っていた。
薄い栗色の髪を後ろでまとめ、落ち着いた色のスーツを着ている。
宇宙警察の制服ではない。
民間企業の受付や事務職に近い服装だった。
表情は少し緊張している。
けれど、以前、本部長室で震えながらも「私を助けたのは、この人達だった」と言った時より、目は落ち着いていた。
ペルシアはゆっくり立ち上がった。
「グレイ本部長」
「久しぶりだな、ペルシア統括官」
「できれば、もう少し久しぶりのままでいたかったわ」
フレイの眉がわずかに動く。
「統括官」
「分かってる」
ペルシアはグレイへ視線を戻す。
「悪いけど、今は面倒ごとは嫌なんだけど」
室内が微妙に凍った。
イーナが小さく息を呑む。
スリッピーは「あ、言った」という顔をした。
フレイは頭痛をこらえるように目を伏せた。
グレイは表情を変えなかった。
「君が面倒ごとを嫌うとは意外だな」
「嫌いよ。面倒ごとを放っておくと、もっと面倒になるから潰してるだけ」
「その結果、宇宙警察本部で処分対象になりかけたのではなかったか」
「それは昔の話」
「そこまで昔ではない」
ペルシアは軽く肩をすくめた。
「で? 今日は何? まさか、またスターフォックスの件で文句を言いに来たわけじゃないでしょうね」
「違う」
グレイは一歩横へずれた。
後ろに立っていたリリアが、緊張しながら前へ出る。
「リリアを連れてきた」
ペルシアは目を細めた。
「それは見れば分かるわ」
「オペレーションルームの人材を探していると聞いた」
「誰から?」
「宇宙管理局と宇宙警察の連携窓口からだ。正式な機密には触れていない。君が新設の統括運用に必要な人材を探している、という程度だ」
ペルシアはフレイを見る。
フレイはすぐに答える。
「統括官。宇宙警察との連携協議上、オペレーションルーム設置の概略は共有されています。ただし、人材候補や配置図の詳細は共有していません」
「そう」
ペルシアはグレイへ視線を戻す。
「それで、リリアを連れてきたと」
「そうだ」
「縁故採用なら帰って」
即答だった。
リリアの肩が少し揺れた。
グレイは眉一つ動かさない。
「縁故ではない」
「本部長が娘を連れてきて、それを縁故ではないと言うのは無理があるわよ」
「だから君に見せに来た」
「私が嫌がるのを分かった上で?」
「そうだ」
ペルシアは少しだけ笑った。
「本当に面倒ね」
「君に面倒と言われる筋合いはない」
「あるわよ。今日はAー17で頭を抱えてたのに、その上で宇宙警察本部長が娘を連れてくるのよ。面倒以外の何なの」
グレイはリリアを見た。
「自分で話せ」
リリアは小さく息を吸った。
それから、ペルシアへ向き直り、丁寧に頭を下げた。
「リリア・グレイです。ペルシアさん、お久しぶりです」
ペルシアは少しだけ視線を柔らかくした。
「久しぶりね、リリア」
リリアは頭を上げる。
「以前は、ありがとうございました」
その一言で、室内の空気が少し変わった。
グレイは黙っている。
ペルシアも、すぐには返さなかった。
リリアは続ける。
「フォックスさん達のことを、私に思い出す機会をくれたこと。記録を探してくれたこと。父に向き合わせてくれたこと。全部、感謝しています」
ペルシアはわずかに目を伏せた。
「私は必要なことをしただけよ」
「それでも、私は救われました」
スリッピーが小さく息を呑む。
フォックス達の名前が出た瞬間、スリッピーの顔からいつもの軽さが少し消えた。
リリアはスリッピーへ視線を向け、柔らかく言う。
「スリッピーさんにも、フォックスさん達にも、私は恩があります」
スリッピーは慌てたように首を横に振った。
「僕たちは……僕たちというか、フォックス達は、君が生きててよかったって、それだけだと思うよ」
リリアは小さく頷いた。
「はい。でも、私にとってはそれだけではありません。五年前、私は助けられました。でも、ずっと助けてくれた人達を知らないままでした。父も、間違った相手を憎んでいました」
グレイの表情が、わずかに硬くなる。
だが、リリアは逃げなかった。
「ペルシアさんが、私に記録を見せてくれました。消された通信の断片、宇宙港の古い搬送記録、医療ログ。私は、断片的に覚えていた声を、ようやく意味のあるものとして見られました」
ペルシアは静かに聞いていた。
リリアの声は、以前より安定している。
本部長室で話した時は震えていた。
当然だ。
五年前の記憶。
火の音。
警報。
誰かの叫び声。
「まだ生きてる」と叫んだ声。
「急げ、船が持たない」と言った声。
その断片を口にするだけで、彼女は必死だった。
だが今のリリアは、震えながらも、その記憶を自分の言葉として扱っている。
ペルシアは、その変化を見逃さなかった。
「それで?」
ペルシアが聞く。
「恩返しに来たの?」
リリアは少しだけ目を伏せた。
「それだけだと、言い方が軽いかもしれません」
「軽くはないけど、危ないわね」
「危ない、ですか」
「恩だけで来る場所じゃない。ここは、現場の声を扱う場所になる。救助、事故、事件、捜索、医療搬送、宇宙警察との連携。人の命も、責任も、感情も乗る。恩返しだけで来たら潰れる」
グレイが少しだけペルシアを見る。
フレイも黙っている。
リリアは小さく頷いた。
「分かっています、とは言いません」
ペルシアの目が少し動く。
リリアは続けた。
「実際には、まだ分かっていません。でも、私には受付の経験があります」
「受付?」
「はい。先月まで、民間企業で受付をしていました。宇宙港第二区画にある輸送関連企業です。来客対応、電話受付、部署間取次、外部機関からの照会一次対応、クレーム対応、緊急時の連絡振り分けを担当していました」
イーナが少しだけ顔を上げる。
受付。
一次対応。
取次。
照会。
クレーム。
緊急時の振り分け。
ペルシアが探している一次情報受付に、近い。
だが、ペルシアはすぐには乗らなかった。
「普通の会社員だったのに、どうして宇宙管理局へ?」
リリアはペルシアをまっすぐ見た。
「フォックスさん達に救われた命を、ただ助けられたままにしたくないからです」
室内が静かになる。
「それに、ペルシアさんにも恩があります。あの時、ペルシアさんが私を呼ばなければ、私は父と向き合えませんでした。フォックスさん達にも、真実にも、向き合えなかったと思います」
ペルシアは少しだけ眉を寄せた。
「だから協力したい?」
「はい」
「恩だけ?」
「いいえ」
リリアは首を横に振った。
「受付の仕事をしていて、最初に声を受ける人間の大切さを知りました。相手が正確に話してくれるとは限りません。怒っている人、泣いている人、自分の用件を分かっていない人、部署名だけ言って担当者を出せと言う人、警察や管理局の名前を出して圧をかける人もいました」
スリッピーが小さく呟く。
「受付って大変なんだね……」
リリアはそちらに視線を向け、柔らかく頷いた。
「はい。でも、そこで必要なのは、相手の感情に引きずられないことです。怒っているなら、怒りの理由を分ける。急いでいるなら、何が急ぎなのかを聞く。所属を名乗らないなら、確認する。名前を言わないなら、用件から絞る」
ペルシアは、何も言わずに聞いていた。
イーナの時と似ている。
ただの受付。
そう言えば、それで終わる。
だが、リリアの言葉は違った。
相手の曖昧な用件を、そのまま流さない。
感情を分ける。
用件を絞る。
所属確認をする。
それは、オペレーションルームの一次情報受付に必要な力だった。
グレイが淡々と言う。
「リリアは宇宙警察の職員ではない。しかし、宇宙警察との繋がりは強い」
ペルシアは視線だけでグレイを見る。
「娘だから?」
「それもある」
「そこは否定しないのね」
「事実だからだ」
グレイは続けた。
「だが、それだけではない。幼い頃から宇宙警察本部に出入りしている。警察用語、連絡系統、緊急照会の流れ、警備区画の取次、身元確認の手順を知っている。正式職員ではないから捜査権限はない。だが、警察側の言葉が分かる」
ペルシアの目が少し細くなった。
宇宙警察との繋がり。
強すぎる繋がり。
それは危険でもある。
宇宙管理局のオペレーションルームに、宇宙警察本部長の娘を入れる。
政治的に見れば、かなり面倒だ。
宇宙警察からの監視と思われる可能性もある。
逆に、宇宙管理局が宇宙警察へすり寄ったと見られる可能性もある。
スターフォックス絡みの過去を考えれば、なおさら慎重になるべきだった。
だが、能力面だけで見れば魅力がある。
宇宙警察との連携は、オペレーションルームにとって避けられない。
事故が事件に変わる場合。
海賊や違法回収が絡む場合。
未登録船、身元不明者、拘束判断、現場封鎖。
宇宙管理局だけでは処理できない領域がある。
そこに入った時、警察の言葉を翻訳できる人材がいる。
それは、強い。
ペルシアはゆっくりとリリアを見る。
「リリア」
「はい」
「あなたは父親に言われて来たの?」
リリアは少しだけ唇を結んだ。
そして、正直に答えた。
「きっかけは父です」
「きっかけは?」
「はい。でも、来ると決めたのは私です」
「どうして?」
リリアは少しだけ呼吸を整えた。
「助けられた命を、ただ守られているだけで終わらせたくなかったからです」
その声は静かだった。
けれど、奥に芯があった。
「フォックスさん達は、私を火の中から助けてくれました。ペルシアさんは、私がその事実を思い出し、父に伝える場を作ってくれました。私はずっと、何もできない側にいたと思っていました。でも、受付の仕事をしていて、最初に声を受けることにも意味があると知りました」
ペルシアは腕を組む。
「あなた、会社で何かあった?」
リリアは少し目を伏せた。
「事故連絡を受けたことがあります」
室内が静かになる。
「輸送船の荷役事故でした。最初の連絡は、ただ『人が倒れた』という内容でした。でも、電話口の方はかなり混乱していて、場所も人数も、怪我の程度も分からない状態でした」
リリアの声は落ち着いていた。
だが、指先は少しだけ握られている。
「私は、落ち着いて確認したつもりでした。場所、人数、意識の有無、出血の有無、救急要請の有無。必要な部署へ繋ぎました。結果的に、搬送は間に合いました」
「なら、問題なかったんじゃない?」
ペルシアが聞く。
リリアは首を横に振った。
「一つ、聞き漏らしました」
「何を?」
「作業区画の圧力低下警報です」
ペルシアの表情が変わる。
リリアは続けた。
「相手は『警報が鳴っている』と言っていました。でも私は、その時は負傷者の確認を優先しました。後で確認したところ、その警報は別の区画にも影響していました。負傷者の搬送には間に合いましたが、別区画の作業員が避難するまでに遅れが出ました」
イーナが小さく息を呑んだ。
フレイは黙って記録している。
スリッピーの表情も真剣になった。
リリアは目を伏せた。
「大きな二次被害にはなりませんでした。でも、私は分かりました。受付は、ただ繋ぐだけでは足りない。相手が言った言葉の中に、別の危険が混ざっていることがある」
ペルシアはゆっくり頷いた。
「それで会社を辞めたの?」
「すぐではありません。でも、その後も似たようなことが何度かありました。受付の範囲では判断できない情報を受ける。でも判断権限はない。繋ぐだけでは、足りないことがある」
ペルシアは静かに言った。
「オペレーションルームに来れば、判断権限があると思った?」
リリアは即座に首を横に振った。
「いいえ。私に判断権限があるとは思っていません」
「じゃあ何が欲しいの?」
「拾った危険を、判断できる人に届く形で渡せる場所です」
その言葉に、ペルシアは黙った。
フレイの指が端末の上で止まる。
イーナが、リリアを見る。
スリッピーも、少し目を見開いていた。
ペルシアは、ゆっくり息を吐いた。
リリアは続ける。
「私は、船を動かせません。整備もできません。通信経路も分かりません。でも、最初の声を受けることはできます。相手が何を言えていないか、何を言い忘れているか、どこへ繋げばいいかを考えることはできます」
ペルシアは腕を組み直した。
「あなた、受付で何年?」
「四年です」
「宇宙警察本部の連絡系統はどれくらい分かる?」
グレイが答えようとしたが、リリアが先に答えた。
「一般連絡、緊急照会、身元確認、現場封鎖要請、捜査協力依頼、拘束確認、輸送船事故時の初期連携手順は分かります。ただし、捜査機密や内部判断には触れていません」
ペルシアの目が細くなる。
「答えが具体的ね」
「曖昧に答えると、誤解されるので」
「誰に教わったの?」
リリアは少しだけグレイを見た。
「父にも教わりました。でも、受付の仕事で覚えたことも多いです」
グレイは沈黙している。
ペルシアはグレイを見た。
「本部長。これ、娘をねじ込みに来たんじゃなくて、宇宙警察側の窓口を作りに来た?」
グレイは表情を変えずに答えた。
「両方だ」
フレイがわずかに眉を動かす。
イーナも驚く。
スリッピーは小さく「正直だ」と呟いた。
ペルシアは笑った。
「隠さないのね」
「隠しても君は疑う」
「当然」
「なら最初から言う。宇宙管理局のオペレーションルームが本格稼働すれば、宇宙警察との衝突は増える。事故と事件の境界、救助と捜査の境界、現場封鎖と救命活動の優先順位。そこを整理できる者がいなければ、また揉める」
「また、って言った?」
「言った」
「嫌味?」
「事実だ」
ペルシアは少しだけ目を細めた。
グレイも退かない。
「私は君を全面的に信用しているわけではない」
「私も本部長を全面的には信用してないわ」
「だろうな」
「でも、現場で揉めている暇がないのは同意する」
「だからリリアを連れてきた」
ペルシアはリリアを見る。
「あなた、父親の監視役として来るつもり?」
リリアは少し驚いた顔をした。
「いいえ」
「本当に?」
「はい。父の娘であることは事実です。でも、父の言葉をそのまま伝えるだけなら、私はここに来る意味がありません」
「じゃあ何をする?」
リリアは少しだけ考えた。
そして、はっきり言った。
「宇宙警察の言葉を、宇宙管理局が判断できる形にします。逆に、宇宙管理局の緊急判断を、宇宙警察が誤解しない形にします」
ペルシアは目を伏せた。
強い。
思った以上に、役割を理解している。
受付。
普通の会社員。
父親は宇宙警察本部長。
それだけなら、ペルシアは警戒して終わりだった。
だが、リリアは自分の弱さと限界を分かっている。
判断権限を欲しがっているわけではない。
拾った危険を、判断できる人に届く形で渡したいと言った。
それは、オペレーションルームの一次情報受付に近い。
それも、宇宙警察との連携を含んだ特殊な受付だ。
さらに、リリアには別の芯がある。
フォックス達に救われた命。
ペルシアに真実へ向き合わせてもらった過去。
その恩を、ただ感謝で終わらせないという意思。
危うい。
だが、強い。
フレイが静かに言った。
「統括官」
ペルシアは顔を上げる。
「何?」
「候補として、適性確認を行う価値はあります」
ペルシアは少し笑う。
「フレイがそう言うなら、かなり引っかかったのね」
「はい。ただし、配置には条件が必要です」
「でしょうね」
フレイは端末に条件を表示する。
「一、宇宙警察からの出向ではなく、本人の試験協力として扱うこと。
二、宇宙警察の機密情報を持ち込まないこと。
三、オペレーションルーム内の情報を宇宙警察へ無断共有しないこと。
四、父親であるグレイ本部長との私的連絡を業務連絡に混在させないこと。
五、一次情報受付訓練を経て、適性を判断すること。
六、フォックス達への個人的な恩義を、業務判断に混在させないこと」
リリアの表情が少しだけ変わった。
ペルシアはその反応も見た。
グレイが少しだけ目を細める。
「厳しい条件だ」
「当然でしょ。本部長の娘だから甘くする理由はないわ。それに、フォックス達への恩があるなら、なおさら線引きが必要」
リリアは静かに頷いた。
「はい。条件は受けます」
ペルシアはリリアを見る。
「まだ採用じゃない」
「承知しています」
「試験協力でもない。まずは適性確認」
「はい」
「受付経験があるからといって、オペレーションルームで使えるとは限らない。現場の声はもっと荒い。救助要請は会社の苦情より重い。泣いている人も、怒鳴る人も、嘘をつく人もいる。場合によっては、命がかかってる」
リリアの表情は崩れなかった。
「分かっています、とは言いません」
ペルシアの目が少し動く。
リリアは続けた。
「実際に経験していないので。でも、分かるための訓練を受けます」
ペルシアは静かに笑った。
「いい返事ね」
スリッピーが小声で言う。
「ペルシアが好きそうな返事だ」
「聞こえてるわよ」
「ごめん」
イーナがリリアに向き直る。
「リリアさん。一次受付の訓練では、曖昧な通報を整理していただくことになると思います。相手の感情に引きずられないことも大切ですが、相手が言えていない情報を無理に引き出しすぎると、逆に混乱させることがあります」
リリアは真剣に頷いた。
「はい。教えてください」
イーナは少しだけ驚いた。
「私が、ですか」
「はい。今の言い方から、経験がある方だと思いました」
イーナは少し戸惑いながら、ペルシアを見る。
ペルシアは面白そうに笑った。
「イーナ、先輩ね」
「ペルシアさん……」
フレイがすぐに補足する。
「統括官、イーナさんの負荷管理も必要です」
「分かってる。イーナ一人に任せない。受付訓練はイーナ、フレイ、ナウスで設計。私も見る」
ナウスが表示を出す。
『一次情報受付訓練案:
一、曖昧通報整理
二、宇宙警察連携要請分類
三、事故・事件境界の一次判断材料抽出
四、感情的通報への応答
五、情報共有制限の確認
六、個人的恩義と業務判断の分離』
ペルシアはそれを見て頷いた。
「いいわね」
グレイがナウスを見た。
「そのAIも訓練に関与するのか」
ペルシアが答える。
「ナウスは記録と分類が得意なの。余計なことも言うけど」
『必要な指摘を行っています』
「ほらね」
リリアは少しだけ口元を緩めた。
初めて見せた、わずかな笑みだった。
ペルシアはそれも見逃さなかった。
緊張している。
だが、萎縮しきってはいない。
自分の言葉で答える。
父親に頼りきっていない。
フォックス達への恩も、ペルシアへの感謝も隠していない。
そして、それが危ういことも分かっている。
悪くない。
かなり悪くない。
ただし、問題は大きい。
グレイの娘。
宇宙警察との繋がりが強い。
フォックス達に救われた唯一の生存者。
ペルシアが真実を確認するために呼んだ人物。
そのすべてが、武器にもなる。
毒にもなる。
ペルシアはグレイへ向き直った。
「本部長」
「何だ」
「リリアを候補として見る。でも、宇宙警察の窓口として固定するわけじゃない」
「分かっている」
「本人の適性がなければ落とす」
「当然だ」
「宇宙警察の都合で使うなら、即座に外す」
「それも当然だ」
「私が宇宙警察と揉めた時、リリアを挟んで圧力をかけるなら?」
グレイはわずかに目を細めた。
「私はそこまで愚かではない」
ペルシアはにっこり笑った。
「信じるかは別ね」
「君らしい」
「本部長もね」
しばらく、二人の視線がぶつかった。
宇宙管理局統括官。
宇宙警察本部長。
過去にぶつかり、今も完全には信用していない二人。
だが、現場で人が死ぬかもしれない時、衝突している暇はない。
そこだけは、二人とも分かっていた。
グレイは静かに言った。
「私は秩序を守る」
ペルシアは答えた。
「私は現場を守る」
「その二つが衝突しない仕組みが要る」
「そうね」
「リリアがその一部になれるなら、使えばいい」
「娘を道具みたいに言うのね」
「本人が望んでいる」
ペルシアはリリアを見る。
リリアは静かに頷いた。
「はい。私は、自分で来ました」
ペルシアは少しだけ目を伏せた。
父親が連れてきた。
でも、本人が選んだ。
なら、見る価値はある。
ペルシアはフレイへ言った。
「フレイ」
「はい、統括官」
「リリアを候補L-01として仮登録。分類は一次情報受付・宇宙警察連携補助。状態は適性確認前。本人同意あり。出向扱いではなく、外部協力候補」
「承知しました」
「イーナ、初回訓練資料を作って。Aー17の資料とは分けてね。Aー17は療養中だから、今は絶対に接触しない」
「はい、ペルシアさん」
「スリッピー、ナウス。受付訓練用に、事故と事件の境界が曖昧なシナリオを作って。宇宙警察絡みで、でも機密じゃない範囲」
スリッピーが頷く。
「分かった。救助要請に盗難疑惑が混じるケースとか?」
「そう。あと、身元不明者、未登録船、荷役事故、通信途絶。混ぜて」
ナウスが表示する。
『シナリオ作成を開始します』
ペルシアはリリアを見る。
「リリア」
「はい」
「今日のところは、面談だけ。次回、訓練に入る」
「承知しました」
「それと一つ」
「はい」
「ここでは、あなたがグレイ本部長の娘だという事実は消えない。フォックス達に救われた生存者だという事実も、ペルシアに恩があるという気持ちも消えない」
リリアは少しだけ表情を硬くした。
「はい」
「その分、周りから余計な目で見られる。宇宙警察の監視役だと思われるかもしれない。縁故だと思われるかもしれない。フォックス達に肩入れしていると思われるかもしれない。私も最初はそう見る」
グレイがわずかに眉を動かしたが、口は挟まない。
ペルシアは続けた。
「それでも来る?」
リリアは迷わなかった。
「来ます」
「理由は?」
「助けてもらった命を、今度は誰かの声を拾うために使いたいからです」
ペルシアの表情が少しだけ変わった。
リリアは続けた。
「フォックスさん達に救われました。ペルシアさんに、救ってくれた人達を見つけてもらいました。だから、今度は私が、誰かが見落とされないようにしたいです」
ペルシアは、静かに頷いた。
「いいわ。次回、訓練に来なさい」
リリアは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
グレイも立ち上がる。
「話は済んだな」
ペルシアは腕を組む。
「ええ。面倒ごとだったけど、完全に無駄ではなかったわ」
「君の褒め言葉は分かりづらい」
「褒めてるとは言ってない」
「だろうな」
グレイはリリアへ視線を向けた。
「行くぞ」
「はい」
リリアはもう一度ペルシアたちへ頭を下げる。
「本日はありがとうございました。次回、よろしくお願いいたします」
イーナが丁寧に返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
スリッピーも手を振る。
「よろしくね、リリア」
リリアは少し驚いたようにしながらも、柔らかく微笑んだ。
「はい。スリッピーさんも、よろしくお願いします」
スリッピーは少しだけ照れたように笑った。
グレイとリリアが出ていく。
扉が閉まる。
数秒、統括官室は静かだった。
ペルシアは椅子に座り込む。
そして、両手で顔を覆った。
「……面倒くさい」
フレイが淡々と言う。
「統括官、候補としては有望です」
「分かってる」
「宇宙警察との連携補助としても価値があります」
「それも分かってる」
「ただし政治的リスクも大きいです」
「だから面倒なのよ」
イーナが少し遠慮がちに言う。
「でも、リリアさんの声は落ち着いていました。受付として、相手の話を崩さずに受ける力はありそうです」
スリッピーも頷く。
「僕もそう思う。普通の会社員って言ってたけど、けっこうすごいよね。それに、フォックス達のこともちゃんと覚えていてくれた」
ペルシアは顔を覆ったまま言った。
「そういうの、スリッピーが言うと余計に断りづらくなるのよ」
「え、僕のせい?」
「半分くらい」
「半分も?」
ナウスが表示を出す。
『リリア氏の会話分析:緊張状態でも回答順序は安定。自己評価に過大傾向なし。過去事例から課題認識あり。宇宙警察用語の基礎理解あり。フォックス氏ら及びペルシア統括官への恩義を明示。一次情報受付候補として適性確認を推奨』
ペルシアは顔を上げた。
「ナウス、最後の一文が重い」
『重要な動機情報です』
「分かってるわよ」
フレイが問う。
「統括官。候補L-01について、適性確認日程を設定しますか」
ペルシアは少し黙った。
Aー17は今は引っ張れない。
だが、L-01が来た。
宇宙警察本部長の娘。
五年前の旅行便の唯一の生存者。
フォックス達に救われた人。
ペルシアが真実の場に連れてきた人。
普通の会社員として受付をしていた人。
宇宙警察との繋がりが強い人。
危険な要素が多すぎる。
でも、必要な要素も多すぎる。
ペルシアは小さく息を吐いた。
「設定して」
「承知しました」
「ただし、最初は軽く。本人の過去を刺激しすぎない。フォックス達の件も、訓練には使わない」
フレイが頷く。
「妥当です」
「Aー17は復帰支援状況だけ確認。接触しない」
「はい」
「リリアは試す。でも、恩で走らせない。父親の顔でも使わせない。受付としての力を見る」
「承知しました」
ペルシアは壁面の配置図を見た。
新しい仮枠が表示される。
一次情報受付・宇宙警察連携補助。
L-01、リリア。
ペルシアはそれを見つめた。
空欄が一つ、完全ではないが埋まった。
Aー17は今は動かせない。
でも、その空欄を諦めたわけではない。
リリアは別の方向から来た。
普通の会社員。
受付。
宇宙警察本部長の娘。
フォックス達に救われた生存者。
ペルシアに恩を感じ、協力したいと言った人。
強い繋がり。
強いリスク。
そして、拾った危険を判断できる人に渡したいと言った。
ペルシアは静かに息を吐く。
「本当に、都合よく扱いやすい人材なんて来ないわね」
フレイが言う。
「統括官が探しているのは、扱いやすい人材ではありませんので」
「必要な癖を持った人材」
「はい」
ペルシアは壁面の配置図を見上げた。
ジェームズ。
シャオメイ。
イーナ。
スリッピー。
ナウス。
フレイ。
そして、リリア。
まだ正式ではない。
まだ試験前。
まだ問題だらけ。
それでも、歯車はまた一つ増えた。
噛み合うかは分からない。
だが、噛み合えば強い。
ペルシアは椅子から立ち上がった。
「じゃあ、訓練を組むわよ」
フレイがすぐに端末を開く。
「統括官、まず休憩を挟むことを推奨します」
「今?」
「はい。統括官は、候補Aー17の件から続けて高負荷の判断をしています」
「平気よ」
「平気と言う時ほど、平気ではありません」
スリッピーが笑う。
「フレイ、ペルシアの扱いが上手くなってる」
ペルシアがスリッピーを見る。
「スリッピー」
「ごめん」
イーナがそっとお茶を置いた。
「ペルシアさん、少しだけでも飲んでください」
ペルシアはお茶を見た。
それから、仕方なさそうに座る。
「……少しだけよ」
フレイが静かに言う。
「はい。少しだけです」
ペルシアは湯気の立つお茶を手に取り、壁面の配置図を見ながら呟いた。
「Aー17は待つ。リリアは試す。ジェームズとシャオメイは続ける。まだ足りない人材は探す」
「はい」
「面倒ごとは嫌なのに」
フレイが答える。
「統括官は、面倒ごとを放置できない方です」
ペルシアは苦笑した。
「本当に嫌な評価ね」
「褒めています」
「半分?」
「今回は七割ほど」
「微妙に増えたわね」
統括官室に、少しだけ柔らかい空気が流れた。
その空気の中で、ペルシアはもう一度配置図を見る。
まだ未完成。
まだ不安定。
それでも、確かに進んでいる。
守るための手足。
現場が助けを呼べる場所。
声を拾い、危険を形にし、必要な判断へ渡す場所。
その場所に、また一人、新しい候補が現れた。
宇宙警察本部長の娘、リリア。
フォックス達に救われた唯一の生存者。
普通の会社員だった受付係。
そして、もしかすると。
宇宙管理局と宇宙警察の間に置ける、細くて強い橋になるかもしれない人材。
ペルシアはお茶を一口飲み、静かに笑った。
「さて。面倒な橋を架けましょうか」
フレイは端末に記録する。
「候補L-01、適性確認準備開始」
イーナが資料を開く。
スリッピーが訓練シナリオを作り始める。
ナウスが分類表を更新する。
ペルシアは、その中心で目を細めた。
人材探しは、また一段、面倒になった。
けれど、悪くない。
少なくとも、退屈ではなかった。
ーーーー
リリアの適性確認は、三日後に設定された。
分類は、一次情報受付。
ただの受付ではない。
オペレーションルームに届く最初の声を受ける席。
混乱した通報。
怒鳴る声。
泣きながら途切れる報告。
断片的な救難信号。
宇宙警察からの照会。
事故なのか事件なのか分からない通報。
そういうものを、最初に受ける。
そして、必要な情報を落とさず、判断できる人間へ渡す。
それができるかどうかを見る。
ペルシアは、リリアを候補Lー01として仮登録した。
だが、自分はその受付訓練には参加しないことにした。
理由は二つある。
一つは、リリアがペルシアに恩義を持っているから。
ペルシアが目の前にいると、リリアはどうしてもペルシアに向けて答えようとする。
それでは、本当の力が見えない。
もう一つは、フォックス達の存在だった。
リリアは五年前の旅行便でフォックス達に救われた。
ペルシアがその事実を掘り起こし、リリアをグレイ本部長室に呼んだことで、グレイとスターフォックスの間にあった誤解はようやく動き始めた。
なら、リリアが本当に受付として立てるかを見るには、フォックス達の存在が必要だった。
恩義。
緊張。
記憶。
感謝。
そこに引きずられず、必要な情報を受けられるか。
あるいは、引きずられたとしても戻れるか。
それを見なければならない。
ただし、ペルシアが同席すると、場がペルシアの空気になる。
それでは意味がない。
だから、ペルシアはフレイに任せた。
「リリアの受付訓練は、フレイ、イーナ、ナウスで見て。フォックス達は呼び戻す。内容は、宇宙警察連携を含む事故・事件境界の通報」
ペルシアがそう言った時、フレイは一瞬だけ端末から顔を上げた。
「統括官は参加されないのですか」
「しない」
「理由を確認しても?」
「リリアが私を見るから」
フレイは少しだけ頷いた。
「恩義によるバイアスを避けるためですね」
「そう。あと、私がいるとフォックス達も変に気を遣う」
「それはあると思います」
「即答ね」
「事実です」
ペルシアは少し不満そうに眉を寄せた。
「フレイ、最近遠慮ないわね」
「統括官が遠慮を不要と判断される場面が増えたためです」
「それ、私のせい?」
「はい」
「否定して」
「できません」
スリッピーが横で笑った。
「フレイ、強くなったね」
フレイは表情を変えずに答える。
「必要なことです」
イーナは少し心配そうに資料を見ていた。
「フォックスさん達には、どの程度まで事情を伝えますか?」
ペルシアは少し考える。
「リリアの受付適性を見ること。五年前の件は本人も承知の上で訓練に入ること。ただし、記憶を刺激するための訓練じゃないこと。そこははっきり伝えて」
「はい」
ナウスが表示を出す。
『訓練目的:候補Lー01の一次情報受付適性確認。
訓練協力者:スターフォックス。
主観要素:恩義、過去記憶、宇宙警察連携。
評価項目:情報整理、感情制御、確認項目抽出、連携先判断、個人的関係の切り離し』
ペルシアはそれを見て頷いた。
「いいわね」
スリッピーが少し顔を曇らせる。
「フォックス達、呼べば来ると思うけど……リリアと会わせるの、大丈夫かな」
ペルシアはスリッピーを見る。
「不安?」
「うん。リリアにとっても、フォックス達にとっても重いから」
「だからフレイとイーナに見てもらう」
フレイが頷く。
「統括官、訓練中に心理的負荷が高いと判断した場合は即時中止します」
「お願い」
イーナも続ける。
「リリアさんがフォックスさん達へ感情的になった場合でも、評価失格にはしません。戻れるかどうかを見ます」
「そう。それが大事」
ペルシアは椅子にもたれた。
「受付って、冷たい人間がやればいいわけじゃない。何も感じない人間が強いわけでもない。感じても、聞けるか。揺れても、戻せるか。そこを見て」
フレイは端末へ記録した。
「承知しました」
その時、ペルシアの端末が鳴った。
差出人は、局長マーカス。
ペルシアは嫌な顔をした。
「……嫌な予感」
スリッピーが苦笑する。
「局長から?」
「そう」
ペルシアは通信を開いた。
『統括官、十時から新人研修修了式だ。出席してくれ』
ペルシアは即座に返信する。
『嫌』
数秒で返事が来た。
『拒否は受け付けない』
ペルシアは眉を寄せる。
『忙しい。リリアの受付訓練がある』
『それはフレイ、イーナ、ナウスで対応可能だろう』
ペルシアは端末を睨む。
「何で分かってるのよ」
フレイが横から静かに言う。
「局長には本日の訓練予定を共有しています」
ペルシアはフレイを見た。
「フレイ」
「必要な共有です」
「裏切り者」
「職務です」
スリッピーが笑いをこらえる。
ペルシアは端末に乱暴に返す。
『式典に出ても意味ない』
すぐ返ってくる。
『意味はある。新人が統括官を見る』
『見世物じゃない』
『統括官は役職だ。役職は時に見せる必要がある』
『面倒』
『君に向いている』
ペルシアは端末を机に置いた。
「このおっさん……」
フレイが静かに言う。
「統括官。出席された方がよろしいかと」
「フレイまで?」
「新人研修修了者の中には、今後オペレーションルームや関連部署に配属される者が含まれます。統括官が彼らの空気を見る機会として有益です」
「建前が上手いわね」
「本音でもあります」
「本音は?」
「局長が直接迎えに来る前に動いた方が、統括官の負担が少ないです」
ペルシアは黙った。
その数秒後。
統括官室の扉が開いた。
ノックはあった。
だが、返事を待たずに開いた。
局長マーカスが、いつもの穏やかな顔で立っていた。
「やあ、統括官。迎えに来た」
ペルシアは椅子にもたれたまま、天井を仰いだ。
「最悪」
マーカスは笑っている。
「最高のタイミングだろう」
「局長、私、忙しいんだけど」
「知っている。だから移動しながら話そう」
「行くとは言ってない」
「行くんだよ」
マーカスは楽しそうに言った。
ペルシアはフレイを見る。
フレイは静かに頭を下げた。
「統括官、リリアさんの受付訓練はこちらで進めます」
「フレイ」
「はい」
「失敗したら?」
「記録します。原因を整理します。必要なら中止します」
「フォックス達が気にしすぎたら?」
「中止します」
「リリアが崩れたら?」
「中止します」
「私が行かなくても?」
「はい。統括官が行かない方が、適性確認としては適切です」
ペルシアはため息を吐いた。
「正論が多すぎる」
マーカスが満足そうに頷く。
「良い部下を持ったな」
「局長が連れてきたんでしょ」
「それもある」
「否定しないのね」
「事実だからね」
ペルシアは立ち上がった。
「分かったわよ。行けばいいんでしょ」
「いい返事だ」
「よくない返事よ」
マーカスは踵を返した。
「式典会場はこちらだ」
「連行じゃない」
「同行だ」
「言い方」
「君がよく言うだろう」
ペルシアは舌打ちしそうになったが、フレイの視線を感じてやめた。
「じゃあ、リリアの方は任せる」
「はい、統括官」
「何かあったらすぐ連絡」
「承知しました」
ペルシアは最後にスリッピーを見る。
「フォックス達に、無理させないで」
スリッピーは真面目な顔で頷いた。
「分かった」
ペルシアは局長に連れられ、統括官室を出た。
◇
同じ頃。
仮設オペレーションルームの小会議室では、リリアが席に着いていた。
机の上には、受付用の端末。
通信用ヘッドセット。
時系列入力欄。
連携先一覧。
宇宙警察連携用の分類表。
目の前には、フレイ、イーナ、ナウスの表示端末。
スリッピーは少し離れた位置に立っている。
そして、扉の向こうには、フォックス、ファルコ、クリスタルが到着していた。
スリッピーが彼らを迎えに行く。
「ごめん、急に呼んで」
フォックスは短く頷いた。
「ペルシアの頼みなら来る」
ファルコが肩をすくめる。
「また面倒ごとだろ」
クリスタルは静かにスリッピーを見る。
「リリアの件ね」
スリッピーは少し驚いた。
「分かる?」
「空気で」
ファルコが小さく笑う。
「お前ら、そういうの得意だよな」
フォックスは扉の前で一度だけ足を止めた。
「リリアは大丈夫なのか」
スリッピーは首を横に振りかけて、止めた。
大丈夫、と簡単に言うべきではない。
ペルシアならきっとそう言う。
「分からない。だから、無理なら止める。フレイとイーナも見てる」
フォックスは静かに頷いた。
「分かった」
小会議室の扉が開く。
リリアが立ち上がった。
フォックス達を見た瞬間、彼女の表情が揺れた。
五年前の記憶。
救助された記憶。
本部長室で再会した時の涙。
そのすべてが、わずかに目元へ戻る。
だが、リリアは深く息を吸った。
そして、受付席の前で頭を下げる。
「本日は、訓練にご協力いただきありがとうございます」
声は震えていた。
けれど、崩れてはいなかった。
フォックスは静かに言った。
「無理はするな」
リリアは顔を上げる。
「はい。ありがとうございます」
ファルコが腕を組む。
「こっちも無理に泣かせに来たわけじゃねぇからな」
クリスタルが優しく続ける。
「あなたの訓練よ。私たちは協力者として来たの」
リリアは小さく頷いた。
「はい」
フレイが端末を確認する。
「候補Lー01、適性確認を開始します。統括官は本件には参加しません。評価は受付内容、確認項目、感情制御、連携先判断、時系列入力の五項目です」
リリアは姿勢を正した。
「承知しました」
イーナが柔らかく言う。
「途中で苦しくなったら、すぐに言ってください。中止できます」
「はい」
ナウスが表示する。
『訓練シナリオ一。未登録小型艇からの救助要請。ただし通信内に宇宙警察照会対象の語句を含む。受付者は、救助優先の初動情報と、警察連携に必要な情報を分離して取得すること』
リリアの指が、端末の上に置かれる。
フォックス達は通報者役として席に着く。
スリッピーは少し離れた位置で、心配そうに見守っていた。
訓練が始まる。
通信音。
断続的なノイズ。
フォックスの低い声が流れる。
『こちら未登録小型艇。負傷者一名。航行不能。位置情報、不安定。周辺に不審艇あり』
リリアは一瞬だけ息を呑んだ。
未登録小型艇。
負傷者。
不審艇。
五年前の記憶に近い単語が混ざる。
だが、彼女は戻した。
「こちら宇宙管理局一次受付。まず負傷者の状態を確認します。意識はありますか。出血、呼吸、生命維持装置の状態を教えてください」
フレイの指が止まらず記録する。
イーナが静かに頷く。
ナウスが評価を表示する。
『救命優先確認、適切』
ファルコが次の通報役に入る。
『不審艇が近づいてる。こっちは救助優先だが、警察に繋ぐと遅れるんじゃねぇか』
リリアの眉が一瞬だけ動く。
しかし、声は保たれる。
「救助要請は継続します。宇宙警察への連携は並行して行います。あなた方の救助要請を止めるものではありません。不審艇の数、距離、武装の有無を分かる範囲で教えてください」
クリスタルがわずかに目を細めた。
フォックスも、リリアを静かに見ている。
リリアは感情に飲まれていない。
フォックス達への恩義で甘くもなっていない。
宇宙警察への連携を恐れてもいない。
救助を止めない。
しかし、警察連携も切らない。
ペルシアが聞いたら、きっと少し口元を上げただろう。
◇
一方、ペルシアは退屈していた。
宇宙管理局、中央研修ホール。
新人研修修了式。
半年ほどに及ぶ新人研修を終えた職員たちが、整然と並んでいる。
一か月の基礎研修ではない。
その後、各部署で実務訓練を重ね、通信、管制補助、後方支援、記録、事故対応、基礎的な権限確認までを一通り終えた者たちの終了式だった。
会場は広い。
大型モニターが正面に並び、中央にはデモンストレーション用の通信席が二つ置かれている。
ペルシアは来賓席の端に座らされていた。
隣には局長マーカス。
その顔は、妙に楽しそうだった。
ペルシアは腕を組み、つまらなさそうに前を見ている。
「局長」
「何かな」
「私、ここにいる意味ある?」
「ある」
「新人が並んで、偉い人が話して、拍手して終わるんでしょ」
「途中で通信オペレーターのデモンストレーションがある」
「それ、私が見る意味ある?」
「ある」
「またそれ」
マーカスは涼しい顔で言った。
「君は自分の耳で聞いた方が早い」
ペルシアは少しだけ目を細めた。
「何を?」
「さあ」
「局長、そういうところ本当に嫌」
「褒め言葉として受け取ろう」
「違う」
式は進んだ。
修了者代表の挨拶。
局長の短い訓示。
各部署の紹介。
そして、通信オペレーターとしてのデモンストレーション。
先輩オペレーター一名と、新人代表二名による模擬通信。
想定は、民間輸送船からの救助要請。
通信障害あり。
負傷者あり。
周辺航路に混雑あり。
一見、悪くない想定だった。
だが、ペルシアは開始三十秒で飽きた。
「甘い」
小さな声だったが、マーカスには聞こえていた。
「どこが?」
「全部」
「具体的に」
「まずノイズが綺麗すぎる。現場の通信障害がこんな聞き取りやすいわけない。次に通報者が落ち着きすぎ。負傷者がいるなら呼吸が乱れる。船内警報音もない。背景音が死んでる」
マーカスは前を向いたまま、わずかに口元を上げる。
「他には?」
「先輩オペレーターが優しすぎる。新人に答えを渡しすぎ。『次は負傷者確認』って言ったら訓練じゃないでしょ。新人が自分で拾う前に道を敷いてる」
「なるほど」
「あと、救助要請と航路混雑を分けて考えすぎ。実際は同時に処理しないと遅い。通信が切れる前提も弱い。切れた後の再接続手順も甘い。通報者が言ってない情報を確認しない。『警報が鳴っている』って背景音があるのに、誰も拾わない」
ペルシアはつまらなさそうに頬杖をついた。
「これ、修了式用の綺麗なデモでしょ。失敗しないように作ってる」
マーカスは楽しそうに聞いていた。
「式典だからね」
「だったら余計につまらない」
「君は式典向きではないな」
「今さら?」
デモンストレーションは続く。
先輩オペレーターが、落ち着いた声で新人に指示を出す。
「まず、発信元を確認してください。次に、負傷者情報を聞き取ります」
新人の一人が答える。
「はい。こちら宇宙管理局通信受付。発信元と負傷者情報をお知らせください」
模擬通報者が答える。
『こちら民間輸送船アルト。負傷者一名。航路上で機関トラブル。救助を要請します』
新人は端末へ入力する。
「民間輸送船アルト、負傷者一名、機関トラブル、救助要請」
先輩オペレーターが頷く。
「よくできています。次に位置情報を確認してください」
ペルシアは半眼になった。
「……遅い」
その時だった。
会場の後方、修了者席の一角から、小さな声が上がった。
「位置情報は先に取るべきです」
ペルシアの耳が動いた。
声は小さい。
だが、通る。
先輩オペレーターも一瞬だけ動きを止めた。
司会が少し戸惑う。
周囲の新人たちが、その声の主を見る。
声を上げたのは、長い黒髪をポニーテールで纏めた女性だった。
名札には、ナミ。
通信補助課配属予定。
ナミは自分が注目されたことに気づき、少しだけ背筋を伸ばした。
先輩オペレーターが穏やかに言う。
「ナミさん、今はデモンストレーション中です。質問は後ほど――」
「質問ではありません」
ナミの声は震えていない。
「負傷者確認も大事ですが、通信障害想定なら、先に位置情報と通信切断時の再接続条件を取らないと、負傷者情報だけ残って救助艇が向かえません」
会場がざわめいた。
ペルシアの頬杖が外れた。
マーカスが横目でペルシアを見る。
ペルシアの目が、明らかに変わっていた。
「へえ」
先輩オペレーターは少し困ったように笑った。
「もちろん位置情報も大切です。ただ、手順上は発信元確認、負傷者確認、位置情報の順で――」
今度は別の声が飛んだ。
「手順はそうでも、想定が通信障害なら順番を変えないと危ないと思います」
ペルシアはそちらを見る。
今度の声は、少し低め。
短く、無駄がない。
名札には、マリ。
髪は耳にかかるほど短く綺麗にまとめられている。
表情は落ち着いているが、目は鋭い。
マリは続けた。
「それと、背景音の警報を拾っていません。さっきの模擬通報では、通報者の後ろで圧力低下警報に似た音が入っています。機関トラブルだけではない可能性があります」
ペルシアは、ゆっくりと笑った。
つまらなさそうだった目に、光が入る。
マーカスは前を見たまま、満足そうに目を細めた。
「面白くなってきたな」
「局長」
「何かな」
「これ、狙った?」
「さて」
「絶対狙ったでしょ」
「君が自分で見るべきだと思っただけだ」
「腹立つ」
ペルシアは立ち上がった。
会場がさらにざわめく。
局長マーカスは止めなかった。
むしろ、満足そうに見ている。
ペルシアは来賓席からゆっくり前へ歩いた。
先輩オペレーターが驚いて立ち上がる。
「統括官?」
ペルシアは手を軽く上げる。
「その席、少し借りるわ」
「え、しかし、デモンストレーション中で――」
「だからよ」
ペルシアは通信席の前に立つ。
会場全体が静まり返った。
新人たちは息を呑む。
修了式の予定にない動き。
局長は止めない。
つまり、許可されたのだと全員が察した。
ペルシアは先輩オペレーターを見る。
「悪いけど、今のデモ、甘い」
先輩オペレーターの顔が固まる。
ペルシアは続ける。
「式典用なら綺麗でいい。でも、現場用なら危ない。新人に失敗させないように道を敷きすぎ。現場はそんなに親切じゃない」
会場が重くなる。
だが、ペルシアは構わない。
「ナミ」
名前を呼ばれたナミが、反射的に立ち上がる。
「はい」
「今の指摘、もう一度」
ナミは一瞬だけ驚いたが、すぐに答えた。
「通信障害想定なら、位置情報と再接続条件を先に取るべきです。負傷者情報を聞いている間に通信が切れた場合、救助艇が向かえません」
「いい」
ペルシアはマリを見る。
「マリ」
「はい」
「あなたの指摘」
マリは落ち着いた声で答える。
「背景音に圧力低下警報に近い音が混じっていました。通報者が機関トラブルと言っていても、船内環境異常が同時発生している可能性があります。確認しないと、医療搬送と救助艇装備の判断が遅れます」
ペルシアの口元が上がる。
「いいわね」
先輩オペレーターが戸惑いながら言う。
「統括官、これは修了式用のデモンストレーションであり、実際の現場想定とは――」
「その言い訳が一番危ない」
ペルシアの声が少し低くなった。
「修了式で見せるなら、なおさら現場に近づけるべきでしょ。綺麗な成功例を見せても、新人は自分ができると勘違いする。現場で最初に折れるのは、その勘違いよ」
会場は静まり返っていた。
マーカスは、腕を組んで見ている。
その表情には、満足そうな色があった。
ペルシアは通信席に座る。
「やり直す」
先輩オペレーターが困惑する。
「やり直す、とは」
「私が通報者をやる。あなたはオペレーター役。ナミとマリは横で聞く。途中で気づいたことがあれば割り込んでいい」
ナミとマリが同時に目を見開いた。
先輩オペレーターは明らかに動揺している。
「統括官自ら、ですか」
「嫌なら私がオペレーター役をやるけど?」
先輩オペレーターは言葉に詰まった。
ペルシアは少し笑う。
「じゃあ、私がオペレーターをやる。あなたは模擬通報者。さっきの綺麗な通報じゃなくて、現場のつもりで来て」
「しかし――」
「無理なら、私が通報も作る」
ペルシアは端末を操作し、模擬通信の設定を変えた。
会場の大型モニターが切り替わる。
想定。
『民間小型旅客艇。航路外縁部。断続通信。負傷者複数の可能性。船内警報音あり。発信者は混乱。周辺に未登録信号あり』
ペルシアはヘッドセットをつけた。
「ナミ、マリ。前に来なさい」
二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
それから、席を離れて前へ出る。
ナミは少し緊張している。
マリは落ち着いているが、指先に力が入っている。
ペルシアは二人を見た。
「あなた達は指摘できる。次は、指摘をどう情報にするか見て」
「はい」
ナミとマリの声が重なる。
ペルシアは先輩オペレーターへ言った。
「通報を入れて」
先輩オペレーターは息を整え、模擬通報者として通信を入れる。
『こちら……こちら旅客艇アルト。機関が……っ、いや、分かりません。警報が鳴っています。誰か倒れていて、通信が……』
ペルシアの声が変わった。
さっきまでの不機嫌な統括官の声ではない。
低く、落ち着いている。
けれど、相手を眠らせるような優しさではない。
掴む声だった。
「こちら宇宙管理局。聞こえています。まず、あなたの名前ではなく、船の識別番号を読めますか。読めなければ、表示されている座標の最初の三桁だけでいい」
会場の空気が変わる。
新人たちの指が止まる。
先輩オペレーター役が一瞬詰まる。
『え、えっと、座標……二一七、たぶん二一七……』
ペルシアはすぐに入力する。
「二一七。続けて、数字が読めるところまで」
『二一七、四〇……通信が、あ、警報が――』
「警報音は聞こえています。今は座標を優先。読めるところまで」
声が強すぎない。
だが、迷わせない。
ナミが息を呑む。
マリは端末の入力欄を見ている。
ペルシアは続ける。
「通信が切れる可能性があります。切れた場合、こちらから再接続します。あなたは船内通信を切らない。聞こえなくなっても十秒待って」
『十秒……分かりました』
「次。倒れている人は何人見えますか。正確でなくていい。見える人数だけ」
『二人……一人は動いてない。もう一人は、壁にもたれて……』
「呼吸は見えますか」
『分かりません』
「分からないでいい。出血は見えますか」
『一人、腕から血が……』
「分かりました。負傷者二名以上、出血一名。次、警報音について。赤い表示か、黄色い表示か」
『赤……赤が一つ、黄色が二つ』
マリが小さく呟く。
「環境異常の可能性」
ペルシアはその声を拾う。
「マリ、分類」
マリはすぐに答えた。
「船内環境異常、圧力または生命維持系。医療班と救助艇装備に影響。救助艇へ気密装備確認を推奨します」
「いい。ナミ、次に取る情報は?」
ナミは一瞬だけ詰まり、すぐに答える。
「通信切断前に、避難可能区画と現在位置です。発信者が動けるなら、危険区画から離せます」
「正解」
ペルシアは通信へ戻る。
「あなたは今、どこにいますか。操縦席、客室、通路、どれに近い?」
『客室……たぶん客室です』
「近くに閉められる扉はありますか」
『あります』
「そこを閉めてください。できなければ、その場で姿勢を低くして。無理に負傷者を動かさない」
『でも、倒れてる人が――』
「今あなたまで倒れたら、誰も情報を送れない。まずあなたが生きて通信を続ける」
その一言で、会場の空気がさらに変わった。
優しいだけではない。
冷たいだけでもない。
現場を動かす言葉。
相手の感情を否定せず、でも行動を決めさせる。
ペルシアの声には、それがあった。
ナミの目が大きく開く。
マリの視線が鋭くなる。
先輩オペレーターは、通報者役を続けながらも、ペルシアの言葉に引き込まれていた。
『分かりました。扉、閉めます。あ、外に何か光が……』
ペルシアの指が止まる。
「光?」
『船の外に、点滅してるものが……救助ですか?』
ペルシアは声の温度を変えない。
「まだ救助艇は到着していません。未確認です。色と動きを教えて」
『青と白……近づいたり離れたり……』
マリがすぐに言う。
「未登録信号。救助艇ではない可能性」
ナミが続ける。
「救助要請と並行して警察連携。ただし通報者には不安を与えすぎない」
ペルシアは少し笑った。
「いいわね」
通信へ戻る。
「外の光は確認しました。こちらで確認します。あなたは窓に近づかない。通信を続けて」
『はい』
ペルシアは端末へ次々と入力する。
救助艇。
医療班。
通信班。
技術解析。
宇宙警察連携。
情報が一つの流れになっていく。
「救助艇へ通達。気密装備必須。負傷者二名以上。船内環境異常の可能性。通信班、座標二一七四〇周辺を優先。未登録信号あり、宇宙警察へ最低限共有。ただし救助優先。現場封鎖判断は保留」
会場の誰もが、その指示の速さに圧倒されていた。
ペルシアはそこで通信を切らない。
「ナミ、今の受付で一番危ない聞き漏らしは?」
ナミはすぐに答える。
「通報者本人の状態です。負傷者に意識が向きすぎて、発信者の怪我や酸素状態を確認していません」
ペルシアの目が光る。
「いい」
マリが続ける。
「未登録信号の扱いです。警察連携に意識が向くと、救助が止まる可能性があります。救助優先と警戒情報の分離が必要です」
「それもいい」
ペルシアはヘッドセットを外した。
「今の二つ。あなた達が言ったことは、現場で命を拾う」
ナミとマリは息を呑んだ。
先輩オペレーターは黙っている。
ペルシアは会場全体を見た。
「通信オペレーターは、綺麗な言葉を話す仕事じゃない。相手の言葉をそのまま記録する仕事でもない。相手が言えていない危険を拾って、判断できる場所へ渡す仕事よ」
会場の空気が重くなる。
だが、それは嫌な重さではない。
背筋が伸びる重さだった。
「手順は大事。でも、手順に安心しすぎると、現場の音を聞き落とす。警報音、呼吸、沈黙、言い淀み、怒鳴り声の裏にある恐怖。そこに必要な情報が混ざってる」
ペルシアはナミとマリを見る。
「あなた達は、それを拾った」
ナミが小さく声を出す。
「あの……」
「何?」
「私、失礼なことを言ったと思っていました。デモンストレーション中に割り込んだので」
「失礼ではあるわね」
ナミの顔が固まる。
ペルシアはすぐに続けた。
「でも、必要だった」
ナミは目を見開いた。
マリが静かに言う。
「必要でも、言い方は考えるべきでした」
ペルシアはマリを見る。
そして、少し笑った。
「あなた、自分でそこまで分かってるの?」
「はい。先輩オペレーターの立場もあるので」
「面白い」
マリは一瞬だけ目を瞬かせた。
ペルシアはナミとマリを交互に見た。
「ナミは、危険の順番を見た。通信が切れる前に何を取るべきかを考えた。マリは、背景音と連携リスクを見た。警報と未登録信号を拾った」
マーカスは来賓席で、静かに目を細めていた。
ペルシアは続ける。
「どっちも通信席に必要な目よ」
先輩オペレーターがようやく口を開いた。
「統括官。ご指摘、ありがとうございます。確かに、式典用として安全に作りすぎていました」
ペルシアは先輩オペレーターを見る。
「あなたの声は悪くない。落ち着いてるし、新人を支える力もある。ただ、支えすぎると新人は自分の耳を使わなくなる」
「はい」
「次から、成功するデモじゃなくて、失敗しかけて戻すデモにして」
先輩オペレーターは深く頭を下げた。
「承知しました」
ペルシアはそこで来賓席の局長を見る。
「局長」
マーカスは楽しそうに返す。
「何かな、統括官」
「ナミとマリ、終了式の後で少し時間もらう」
会場がざわめく。
ナミとマリの肩が同時に動く。
マーカスは満足そうに微笑んだ。
「もちろんだ」
「やっぱり狙ってたでしょ」
「さて」
「腹立つ」
「良い出会いだっただろう」
ペルシアは否定しなかった。
ナミとマリを見て、口元だけで笑う。
「二人とも、逃げないでね」
ナミが慌てる。
「え、逃げません」
マリは静かに聞く。
「何をするのですか」
ペルシアは笑った。
「少し話をするだけよ」
マリは一瞬だけ考えた。
「それは、普通の少しですか」
ペルシアの笑みが深くなる。
「鋭いわね」
ナミが小声で言う。
「普通じゃないんだ……」
会場の空気が、少しだけ緩んだ。
しかし、そこに残った緊張は消えない。
新人たちは、今見たものを忘れないだろう。
式典用の綺麗な通信ではなく、現場の声を拾う通信。
通報者を安心させるだけでなく、生かすために動かす声。
ナミとマリの指摘。
ペルシアの実演。
それは、予定されていた修了式のどの訓示よりも強く、新人達の耳に残った。
◇
その頃、リリアの受付訓練も終盤に入っていた。
フォックス達による模擬通報は、三本目。
一つ目は救助要請。
二つ目は宇宙警察連携。
三つ目は、五年前の記憶に近い要素を含む事故通報。
ただし、直接的な再現ではない。
ナウスが負荷を調整し、イーナが様子を見て、フレイが中止判断を持つ。
通報役はクリスタルだった。
『こちら小型旅客艇。火災発生。煙が客室へ流入。子ども一名、意識不明の可能性』
リリアの手が一瞬止まった。
スリッピーがすぐにリリアを見る。
フレイも中止ボタンへ指を近づける。
だが、リリアは目を閉じなかった。
呼吸を一つ。
それから、声を出す。
「こちら宇宙管理局一次受付。聞こえています。まず、あなた自身は移動できますか」
クリスタルの声が返る。
『できます』
「では、子どもを動かす前に、煙の方向と火元を確認してください。無理に火元へ近づかないでください。現在位置、客室番号、閉められる扉の有無を教えてください」
ナウスが表示する。
『感情負荷上昇。応答継続。確認順序、適切』
フォックスが静かにリリアを見ていた。
ファルコも、腕を組んだまま黙っている。
スリッピーは、少し泣きそうな顔をしていた。
リリアの声は少し震えている。
だが、続いている。
「子どもの呼吸が分からない場合、無理に確認しようとせず、まず煙を避けてください。通信は切らないでください。こちらで救助艇、医療班、火災対応装備を手配します」
イーナが小さく頷いた。
フレイは記録する。
「候補Lー01、訓練継続可能」
最後の通信が終わった時、リリアはヘッドセットを外し、深く息を吐いた。
手が震えていた。
それを隠そうとしたが、フォックスが静かに言った。
「震えてもいい」
リリアは顔を上げる。
フォックスは続けた。
「それでも、君は聞いていた」
リリアの目に涙が浮かんだ。
「……ありがとうございます」
ファルコが視線を逸らす。
「礼を言うのはこっちじゃねぇ。お前、ちゃんと仕事してたぜ」
クリスタルが優しく微笑む。
「苦しいのに、相手を見ていたわ」
スリッピーが小さく言う。
「リリア、すごかったよ」
リリアは涙を拭いた。
「まだ、足りないです。火災って聞いた瞬間、少し止まりました」
フレイが静かに言った。
「止まったことは記録します。ただし、戻ったことも記録します」
リリアはフレイを見る。
「戻れた、でしょうか」
イーナが答える。
「戻れていました。完璧ではありません。でも、受付として必要な確認は続けられていました」
ナウスが表示する。
『評価:継続訓練推奨。課題:火災・子ども・煙に関する心理的負荷。強み:確認順序、救助優先、警察連携分離、通報者本人の安全確認』
リリアはその表示を見て、深く頭を下げた。
「次も、お願いします」
フレイは頷いた。
「統括官へ報告します」
◇
修了式が終わると、ペルシアは局長室ではなく、研修ホール横の小会議室へナミとマリを呼んだ。
ナミは明らかに緊張している。
マリは落ち着いて見えるが、視線の動きが少し速い。
二人とも、新人研修を終えたばかりの職員だ。
半年の訓練を終え、ようやく各部署へ本配属される段階。
本来なら、今日は修了証を受け取り、先輩に挨拶し、今後の配属説明を受けるだけの日だった。
それが、統括官に呼び出された。
落ち着けと言う方が無理だろう。
ペルシアは椅子に座らず、机にもたれた。
「緊張しなくていいわよ」
ナミが即座に答える。
「無理です」
ペルシアは笑った。
「正直ね」
マリが静かに言う。
「統括官に呼ばれて緊張しない新人はいないと思います」
「それもそうね」
ペルシアは二人を見る。
「さっきの指摘、誰に教わったの?」
ナミは少し考える。
「通信障害の訓練で、途中で通信が切れて、位置情報が取れなかったことがありました。その時、救助艇が出せなくて……それがずっと残っていました」
「なるほど」
ペルシアはマリを見る。
「あなたは?」
マリは少しだけ目を伏せた。
「背景音を拾う訓練で、私は最初、通報者の言葉ばかり見ていました。でも、ある先輩に、通報者が言えていないことは音に出ると言われました」
ペルシアの目が細くなる。
「いい先輩ね」
「はい。ただ、今日の先輩オペレーターではありません」
「そう」
ナミが慌てて言う。
「あ、でも今日の先輩も悪い方ではなくて」
ペルシアは手を振る。
「分かってる。あの人は新人を失敗させないようにしすぎただけ。悪意はない」
マリが言う。
「でも、それが危ない」
ペルシアはマリを見た。
「そう。それを言えるのは大事」
ナミは少し不安そうに聞く。
「あの、私達、何か処分とか……」
ペルシアは目を丸くした。
「処分?」
「式典中に割り込んだので」
「処分したいなら、その場で黙らせてるわよ」
ナミは少しだけ肩の力を抜いた。
ペルシアは二人の前に端末を置く。
そこには、二つの仮登録欄が表示されていた。
候補Nー01。
候補Mー01。
「あなた達、配属先は?」
ナミが答える。
「通信補助課です」
マリも続ける。
「同じく通信補助課です。ただ、私は記録連携も兼務予定です」
ペルシアは口元を上げた。
「いいわね」
ナミが警戒する。
「あの、何がですか」
「私、今オペレーションルームの人材を探してるの」
二人の表情が変わった。
マリが先に聞く。
「統括官専属の、ですか」
「まだ専属とは言わない。まずは訓練協力候補」
ナミは目を丸くする。
「私達が、ですか?」
「ええ」
「新人ですよ?」
「知ってる」
「半年の訓練が終わったばかりです」
「だから見つけた」
ナミは言葉を失った。
マリは少しだけ目を細める。
「私達の何を見たのですか」
ペルシアは腕を組んだ。
「ナミは、通信が切れる前に取るべき情報を見ていた。順番の危険に気づいた。これは受付や通信席でかなり大事」
ナミは息を呑む。
「マリは、通報の言葉以外を聞いていた。背景音と連携リスクを拾った。警報音、未登録信号、警察連携が救助判断を遅らせる可能性まで見た」
マリは静かに聞いている。
ペルシアは続ける。
「二人とも、手順に従うだけじゃなく、手順が危ない場面を見ていた。そこが欲しい」
ナミは小さく声を出す。
「欲しい……」
「勘違いしないで。まだ候補よ。正式に引っ張るわけじゃない。あなた達はまず配属先で基礎を積む。その上で、訓練協力に入ってもらうかもしれない」
マリが問う。
「具体的には何をするのですか」
「通信障害想定、救助要請、警察連携、現場通達。そういう訓練で、あなた達の耳と判断を試す」
「耳と判断」
「そう。通信オペレーターは、声だけ聞いてるようで、実際は現場の形を聞いてる。通報者が何を見て、何を見落として、何を恐れてるか。そこを拾える人材が要る」
ナミは少しだけ顔を上げた。
「私、今日、言い方が悪かったです」
「悪かったわね」
「やっぱり」
ペルシアは笑う。
「でも、黙るよりいい。次は言い方を覚えればいい」
マリが静かに言う。
「必要な指摘を、相手が受け取れる形にする」
ペルシアは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「そう。それができれば、あなた達はかなり使える」
ナミとマリは顔を見合わせた。
そこへ、扉が開いた。
局長マーカスが入ってきた。
「話はまとまったかな」
ペルシアは振り返る。
「局長、盗み聞き?」
「扉は閉まっていたよ」
「耳がいいの?」
「君ほどではない」
マーカスはナミとマリを見る。
「ナミ、マリ。今日の指摘は良かった。式典としては少し刺激的だったがね」
ナミは慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません」
マーカスは穏やかに笑う。
「謝罪は受け取ろう。ただし、指摘自体は撤回しなくていい」
マリが静かに頭を下げる。
「ありがとうございます」
マーカスはペルシアへ視線を向ける。
「統括官、候補かね」
ペルシアは腕を組む。
「仮候補。まだ取らない。通信補助課で基礎を積ませてから、訓練協力に呼ぶ」
「妥当だ」
「局長、本当に狙ってたでしょ」
「私は修了式に君を呼んだだけだ」
「その顔がもう満足そうなのよ」
マーカスは否定しなかった。
「君は退屈そうにしていたが、最後は楽しそうだった」
「楽しくはない」
「面白そうではあった」
ペルシアは少し黙った。
それから、認めるように息を吐いた。
「……二人は面白い」
ナミが固まる。
マリも少しだけ目を見開く。
マーカスは満足そうに頷いた。
「それで十分だ」
ペルシアはナミとマリを見る。
「二人とも、今日は帰って休みなさい。正式な連絡は後で行く」
ナミが緊張しながら答える。
「はい」
マリも続ける。
「承知しました」
ペルシアは少しだけ笑った。
「あと、次に指摘する時は、相手の逃げ道も一緒に用意して」
ナミが首を傾げる。
「逃げ道、ですか」
「そう。『違います』だけだと相手は固まる。『この順に変えれば間に合います』まで言う。指摘は相手を殴るためじゃなくて、現場を戻すために使うの」
マリは静かに頷いた。
「覚えておきます」
「よし」
二人が退室すると、部屋にはペルシアとマーカスだけが残った。
マーカスは静かに言う。
「見つけたな」
ペルシアは窓の外を見た。
「まだよ。見つけたかもしれないだけ」
「君はいつもそう言う」
「慎重なの」
「君が?」
「何よ」
マーカスは少し笑った。
「いや、良い傾向だ」
ペルシアは不満そうに眉を寄せた。
その時、端末が震えた。
差出人はフレイ。
『統括官。候補Lー01、リリアさんの一次受付訓練を終了しました。継続訓練推奨。詳細は報告書にまとめます』
ペルシアはその文面を見て、静かに息を吐いた。
「リリアも進んだ」
マーカスが聞く。
「結果は?」
「継続訓練推奨」
「良かったな」
「まだ分からない」
「それでも前進だ」
ペルシアは端末の画面を閉じた。
リリア。
ナミ。
マリ。
ジェームズ。
シャオメイ。
イーナ。
フレイ。
スリッピー。
ナウス。
少しずつ、形が増えていく。
扱いやすい人材ではない。
むしろ、面倒な人材ばかりだ。
過去を抱えている。
言い方が強い。
人に合わせるのが下手。
評価表では高く出ない。
指摘が鋭すぎる。
でも、現場の声を聞ける。
危険を拾える。
手順の甘さに気づける。
ペルシアは小さく笑った。
「局長」
「何かな」
「人材探しって、ほんと面倒ね」
「君は楽しそうだ」
「楽しくない」
「では、面白い?」
ペルシアは少しだけ黙った。
そして、観念したように言った。
「……少しね」
マーカスは満足そうに頷いた。
その顔を見て、ペルシアはやっぱり思う。
この局長は、人をその気にさせるのが上手い。
腹立たしいほどに。
けれど、今日だけは少しだけ認めてもいい。
連れて来られた終了式は、退屈では終わらなかった。
ナミとマリという、予定外の声を拾えた。
リリアも、フォックス達の前で受付席に立った。
ペルシアが参加しなかったからこそ、見えたものもある。
オペレーションルームの空欄は、まだ多い。
だが、もう空白ではない。
そこには、名前が入り始めている。
ペルシアは端末を開き、候補リストに新しい二つの仮登録を入れた。
候補Nー01、ナミ。
候補Mー01、マリ。
通信補助・背景情報抽出候補。
現場通達・通信切断前情報整理候補。
保存。
画面の中で、二つの名前が小さく光る。
ペルシアはそれを見つめ、静かに呟いた。
「逃がさないわよ」
すぐ横で、マーカスが言った。
「その言い方は本人達の前では控えたまえ」
ペルシアは局長を見ずに答えた。
「分かってるわよ」
「本当に?」
「……たぶん」
マーカスは楽しそうに笑った。
その笑い声を聞きながら、ペルシアは候補リストを閉じた。
人材探しは、また面倒になった。
でも、悪くない。
少なくとも今日は。
退屈ではなかった。