サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

69 / 76
メリークリスマス

 

スペースホープの空気は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

ランとガーネットが十四班に加わり、最初のぎこちなさはまだ残っているものの、訓練の流れは整いつつあった。

 

ミラはランを支え、ランは声の大きさを三割落とす練習を続けている。

 

ガーネットは、カイエの冷静な視線を受けながらも、仕事で少しずつ信頼を積み直していた。

 

ククルとエマは相変わらず、場を明るくしたり、静かに補正したりしている。

 

そして、エリンはその全体を見ていた。

 

チーフパーサーとして。

 

十四班の中心として。

 

そして、ペルシアが抜けた穴を、ただ埋めるのではなく、新しい形に整える者として。

 

そんな中、リュウジがタツヤ班長に呼ばれた。

 

「リュウジ、少しいいか」

 

訓練後のスペースホープ内、タツヤ班長の執務スペースだった。

 

いつものように、タツヤ班長は軽い調子で呼んだ。

 

だが、その声の奥がいつもと少し違うことに、リュウジはすぐ気づいた。

 

「はい」

 

リュウジは端末を閉じ、タツヤ班長の前に立つ。

 

タツヤ班長は椅子にもたれ、しばらく黙っていた。

 

その沈黙は、タツヤ班長らしくないわけではない。

 

この人は、重要な話ほど、最初に軽く言わない。

 

のらりくらりとした空気のまま、急に芯を出す。

 

リュウジはそれをよく知っていた。

 

「座れよ」

 

「はい」

 

リュウジは向かいの椅子に座った。

 

タツヤ班長は机の上に一枚の資料を置く。

 

表紙には、宇宙連邦連盟の印があった。

 

リュウジの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 

「宇宙連邦連盟からの依頼ですか」

 

「そう」

 

タツヤ班長は資料を指で軽く叩いた。

 

「北の未探索領域の調査依頼が来てる」

 

リュウジは黙った。

 

北の未探索領域。

 

その言葉だけで、空気が少し変わる。

 

通常航路ではない。

 

観光航路でもない。

 

補給線でもない。

 

既存の管制網も、救助網も、通信中継も不安定な領域。

 

名前だけは地図にある。

 

だが、実際にはほとんど誰も入っていない。

 

入れない、という方が正しいかもしれない。

 

「調査内容は?」

 

リュウジが聞く。

 

タツヤ班長は資料を開いた。

 

「航路候補の確認、重力乱流の観測、通信中継可能地点の調査、未登録漂流物の有無確認。あとは、連盟が持っている古い観測記録との照合だな」

 

「護衛は」

 

「宇宙連邦連盟側から最低限は出る。ただし、調査船の操縦責任者として、S級相当のパイロットを求めてる」

 

「それで、俺ですか」

 

「そういうこと」

 

タツヤ班長はいつもの軽い口調だった。

 

だが、目は笑っていない。

 

「期間はおよそ二か月。二月から四月」

 

リュウジは資料へ視線を落とした。

 

二か月。

 

ただ長いだけではない。

 

スペースホープから二か月離れる。

 

十四班から二か月離れる。

 

その間、訓練も、通常運航も、急な対応も、すべて他の者で回すことになる。

 

そして何より、未探索領域だ。

 

戻って来られる保証はある。

 

だが、絶対ではない。

 

リュウジはその現実を、言葉にする前から理解していた。

 

「依頼は、俺個人への指名ですか」

 

「ほぼ指名だな。宇宙連邦連盟側の文面は丁寧だけど、要するに“リュウジに来てほしい”って話だ」

 

「断ることは」

 

「できる」

 

タツヤ班長は即答した。

 

「これは命令じゃない。ドルトムント財閥からの業務命令でもない。宇宙連邦連盟からの調査協力依頼だ。受けるかどうかは、お前の意思が必要になる」

 

リュウジは黙った。

 

タツヤ班長は続ける。

 

「もちろん、連盟側としては受けてほしいだろうな。北の未探索領域をまともに飛べる人間は限られる。揺れを殺せる。異常を数字だけじゃなく体感で拾える。通信が遅れても機体を落ち着かせられる。そういう操縦ができる人間は多くない」

 

「買いかぶりすぎです」

 

「そうでもない」

 

タツヤ班長は静かに言った。

 

「俺はお前の操縦を見てる」

 

リュウジは少しだけ目を伏せる。

 

タツヤ班長は、こういう時だけ言葉を軽くしない。

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「これは、危ない仕事だ」

 

リュウジは顔を上げた。

 

「はい」

 

「ただ、誰かがやらなきゃいけない仕事でもある。未探索領域の調査が進めば、将来的には航路が広がる。救助網も整えられる。通信中継も置ける。今は危ない場所でも、いずれ誰かが通る場所になるかもしれない」

 

「はい」

 

「だが、その“誰かのため”で、お前が無理に行く必要はない」

 

リュウジはタツヤ班長を見た。

 

タツヤ班長は穏やかな顔をしていた。

 

だが、その目は厳しい。

 

「お前が断っても、俺は責めない。エリンも責めない。十四班の誰も責めさせない」

 

リュウジはすぐには答えなかった。

 

資料に視線を落とす。

 

北の未探索領域。

 

二月から四月。

 

およそ二か月。

 

依頼としては明確だ。

 

危険も、意味も、分かる。

 

リュウジにしかできない、と言われれば、反応するものはある。

 

だが、それだけで決めてはいけない。

 

今の自分は、ただのパイロットではない。

 

十四班の一員だ。

 

スペースホープの中に、自分の役割がある。

 

エリンがいる。

 

タツヤ班長がいる。

 

ククル、エマ、カイエ、ミラ、ラン、ガーネットがいる。

 

そして、ペルシアは今、宇宙管理局で別の場所から現場を守ろうとしている。

 

自分が二か月抜けるということは、ただ席が空くというだけではない。

 

その空白を誰かが埋める。

 

誰かに負担が行く。

 

リュウジは静かに言った。

 

「少し、考えさせてください」

 

タツヤ班長は頷いた。

 

「ああ」

 

「すぐには答えられません」

 

「それでいい」

 

「資料は持ち帰っても?」

 

「もちろん。ただし、扱いには気をつけろ。まだ一部の人間しか知らない」

 

「分かりました」

 

リュウジは資料を閉じる。

 

立ち上がり、軽く頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

タツヤ班長は、少しだけ声を低くした。

 

「一人で抱えるなよ」

 

リュウジは一瞬だけ止まった。

 

それから、短く答えた。

 

「……はい」

 

タツヤ班長は、その返事の中に含まれた迷いを聞いていた。

 

だが、それ以上は追わなかった。

 

リュウジは資料を持ち、執務スペースを出ていった。

 

扉が閉まる。

 

タツヤ班長は、しばらくその扉を見ていた。

 

「さて」

 

小さく呟く。

 

「難しい話だな」

 

 

リュウジが出ていってから、しばらくして。

 

扉が再びノックされた。

 

「班長、少しよろしいですか」

 

エリンの声だった。

 

タツヤ班長は、少しだけ目を細めた。

 

やはり来たか、と思った。

 

「いいよ」

 

扉が開く。

 

エリンが入ってくる。

 

緑色の長い髪をきちんと整え、いつものように姿勢は崩れていない。

 

だが、その表情は普段より少し硬かった。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ、エリン」

 

エリンは部屋の中を一度見た。

 

机の上に資料はない。

 

タツヤ班長はすでに片づけていた。

 

それでも、エリンには分かる。

 

空気が違う。

 

リュウジがここから出ていった後の空気。

 

何かを決める前の空気。

 

それは、客室で乗客の不安を読む時と同じように、エリンの耳と目に引っかかっていた。

 

「リュウジが、少し考え込んでいるように見えました」

 

タツヤ班長は苦笑する。

 

「よく見てるねぇ」

 

「見えます」

 

「だろうね」

 

エリンは一歩近づいた。

 

「何かあったんですか?」

 

タツヤ班長はすぐには答えなかった。

 

椅子にもたれ、少しだけ考える。

 

この話は、まだ一部の人間しか知らない。

 

リュウジ本人も、まだ答えを出していない。

 

軽く広げるべきではない。

 

だが、エリンには言わなければならない。

 

エリンはチーフパーサーだ。

 

十四班の客室側をまとめる人間であり、リュウジの変化に最も早く気づく一人でもある。

 

何より、リュウジが二か月不在になる可能性があるなら、エリンには関係がある。

 

タツヤ班長は静かに言った。

 

「宇宙連邦連盟から、リュウジに依頼が来ていてね」

 

エリンの表情が変わった。

 

ほんのわずか。

 

だが、確かに。

 

「依頼、ですか」

 

「北の未探索領域の調査」

 

エリンは黙った。

 

北の未探索領域。

 

その言葉の意味は、エリンにも分かる。

 

安全が確認されていない領域。

 

通信が不安定な領域。

 

通常の乗客を乗せる航路ではない。

 

それでも、いつか航路になるかもしれない場所。

 

そのための調査。

 

危険な仕事。

 

必要な仕事。

 

リュウジに声がかかる理由も、分かってしまう。

 

エリンは少しだけ息を吸った。

 

「期間は?」

 

「およそ二か月。二月から四月」

 

エリンの指先が、わずかに動いた。

 

二か月。

 

長い。

 

ただ長いだけではない。

 

リュウジが二か月いない。

 

その事実が、思った以上に重く胸に落ちた。

 

エリンはすぐに表情を整えた。

 

「本人は、何と?」

 

タツヤ班長はエリンを見る。

 

「少し考えたいって」

 

「……そうですか」

 

エリンは静かに答えた。

 

それは当然の返事だった。

 

リュウジらしい。

 

即答しない。

 

危険だから逃げるわけでもない。

 

名誉だから飛びつくわけでもない。

 

意味と危険と周囲への影響を、全部一度自分の中に入れる。

 

そして、考える。

 

エリンはそんなリュウジを知っている。

 

だからこそ、胸の奥が少し痛んだ。

 

「班長は、どうお考えですか」

 

タツヤ班長は苦笑した。

 

「難しい質問だね」

 

「はい」

 

「行けば、意味はある。未探索領域の調査は、将来の航路や救助網に繋がる。リュウジの操縦なら、成功率は上がると思う」

 

「はい」

 

「でも、危ない。二か月だ。通常の任務とは違う。通信も、救助も、予測も、全部が不安定になる」

 

「はい」

 

「だから、俺から行けとは言わない。行くなとも言わない。本人が考えて決めることだと思ってる」

 

エリンは静かに頷いた。

 

それがタツヤ班長らしいと思った。

 

軽く見せる。

 

だが、線は引く。

 

リュウジの選択を奪わない。

 

同時に、背負わせすぎない。

 

「リュウジには、一人で抱えるなと言ったよ」

 

エリンは少しだけ目を伏せる。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼を言われることじゃない」

 

「いえ。必要なことです」

 

タツヤ班長はエリンを見た。

 

「エリン」

 

「はい」

 

「まだ、広げる話じゃない」

 

「分かっています」

 

エリンは即答した。

 

「ペルシアにも、ククル達にも言いません」

 

その名前を出してから、エリンは少しだけ表情を変えた。

 

ペルシアなら、すぐに声の違いで気づくだろう。

 

リュウジの声。

 

エリンの声。

 

タツヤ班長の空気。

 

どこかから漏れれば、必ず拾う。

 

だが、まだ言えない。

 

まだリュウジ本人が決めていない。

 

エリンは、それを勝手に誰かへ渡すつもりはなかった。

 

タツヤ班長は頷いた。

 

「助かる」

 

「ただ」

 

「うん?」

 

エリンは少しだけ顔を上げた。

 

「リュウジが考えると言ったなら、たぶん一人でかなり考えます」

 

「だろうね」

 

「考えすぎます」

 

「それも分かる」

 

「だから、様子は見ます」

 

タツヤ班長は少し笑った。

 

「エリンが見てくれるなら安心だ」

 

「安心かは分かりません」

 

「そう?」

 

エリンは少しだけ困ったように笑った。

 

「私が見すぎると、リュウジは余計に隠そうとするかもしれません」

 

「ああ、ありそうだねぇ」

 

「なので、距離は考えます」

 

「さすが」

 

エリンは目を伏せる。

 

「でも……」

 

言葉が止まる。

 

タツヤ班長は急かさなかった。

 

エリンは、チーフパーサーとしての言葉と、一人の人間としての感情を分けようとしていた。

 

その分け方が上手い人間だ。

 

だが、完全に分けられるわけではない。

 

「二か月、ですか」

 

エリンは小さく言った。

 

タツヤ班長は静かに頷く。

 

「うん」

 

「二月から四月」

 

「うん」

 

「長いですね」

 

「長い」

 

タツヤ班長はそこをごまかさなかった。

 

エリンはしばらく黙っていた。

 

リュウジがいない十四班。

 

想像できないわけではない。

 

運航は回せる。

 

訓練も続けられる。

 

客室側はエリンがまとめる。

 

カイエもいる。

 

ククルもエマもいる。

 

ミラとランも伸びている。

 

ガーネットも少しずつ仕事で見せている。

 

十四班は、誰か一人がいなければ崩れる班ではない。

 

そう作ってきた。

 

そうでなければならない。

 

だが、それでも。

 

リュウジがいない。

 

その事実は、ただの欠員ではなかった。

 

エリンは静かに息を吐いた。

 

「危険度は、どの程度ですか」

 

タツヤ班長は少し目を細める。

 

「正確には分からない」

 

「分からない、ですか」

 

「未探索領域だからね。分からないことが一番の危険だ」

 

エリンは頷いた。

 

「そうですね」

 

「ただ、連盟側も無茶な単独突入をさせるつもりではない。調査船、護衛、観測機、最低限の支援体制は組む。でも、完全じゃない」

 

「完全ではない」

 

「うん」

 

エリンは、その言葉を胸の中で繰り返した。

 

完全ではない。

 

客室でも同じだ。

 

どれだけ準備しても完全ではない。

 

だから、想定する。

 

だから、訓練する。

 

だから、声を聞く。

 

リュウジもきっと同じことを考える。

 

自分が行く意味。

 

行かない意味。

 

行った場合の危険。

 

残る者への負担。

 

戻って来る可能性。

 

戻れない可能性。

 

エリンは、そこまで考えてしまう自分を止めた。

 

今、勝手に悪い方向へ進めてはいけない。

 

「班長」

 

「うん?」

 

「リュウジが決めるまで、私は待ちます」

 

タツヤ班長は静かにエリンを見る。

 

「うん」

 

「ただ、決める前に、ちゃんと話は聞きます」

 

「それがいい」

 

「止めるかどうかは、その時考えます」

 

タツヤ班長は少しだけ笑った。

 

「止める可能性もある?」

 

エリンは即答しなかった。

 

それから、静かに言った。

 

「あります」

 

タツヤ班長は、その返事を聞いて少しだけ目を細めた。

 

エリンらしい答えだ。

 

感情だけで止めるとは言わない。

 

けれど、危険なら止める。

 

リュウジが自分を軽く扱うなら止める。

 

誰かのために、必要以上に自分を削るなら止める。

 

それがエリンだ。

 

「リュウジは、止められるのが嫌いじゃないと思うよ」

 

タツヤ班長が言う。

 

エリンは少し驚いたように顔を上げた。

 

「そうでしょうか」

 

「嫌いだったら、エリンの言葉をあんなに聞かない」

 

エリンは少しだけ頬を緩めた。

 

「聞いているようで、時々聞いていません」

 

「それも含めて、聞いてるんだよ」

 

「班長はリュウジに甘いですね」

 

「そうかな」

 

「はい」

 

「エリンも、わりと甘いと思うけど」

 

エリンは少し目を見開いた。

 

「私がですか?」

 

「うん」

 

「私は、リュウジにはかなり厳しいと思います」

 

「厳しいけど、甘い」

 

エリンは言葉に詰まった。

 

タツヤ班長は楽しそうに笑う。

 

「まあ、その話は今じゃなくていいか」

 

「班長」

 

「ごめんごめん」

 

エリンは軽く息を吐いた。

 

だが、その表情は少しだけ柔らかくなっていた。

 

 

その頃、リュウジはスペースホープの展望通路にいた。

 

人工重力の効いた細い通路。

 

窓の外には、地球圏の光が小さく揺れている。

 

遠くには整備中の船影。

 

さらに奥には、航路表示の灯り。

 

リュウジは資料を開かず、ただ外を見ていた。

 

北の未探索領域。

 

二月から四月。

 

二か月。

 

頭の中では、すでに航路の想定が始まっている。

 

重力乱流。

 

通信遅延。

 

補給限界。

 

乗員構成。

 

調査船の反応速度。

 

支援船との距離。

 

緊急帰還可能なポイント。

 

それらを考えるのは、リュウジにとって自然なことだった。

 

危険を測る。

 

必要な準備を考える。

 

行けるか、行けないか。

 

判断する。

 

だが、今回はそれだけではない。

 

行く意味はある。

 

リュウジはそれを否定できない。

 

未探索領域の調査が進めば、未来の航路が増える。

 

今は危険な場所が、いつか誰かを運ぶ道になるかもしれない。

 

救助網も整えられる。

 

通信中継も置ける。

 

ペルシアが宇宙管理局で作ろうとしているオペレーションルームにも、いずれその情報は必要になるだろう。

 

危険な場所を、危険なまま放置しない。

 

それは意味がある。

 

だが。

 

リュウジは窓に映る自分の顔を見た。

 

「二か月か」

 

小さく呟く。

 

長い。

 

十四班を離れる。

 

タツヤ班長を離れる。

 

エリンを離れる。

 

それを考えた時、胸の奥に小さな抵抗が生まれる。

 

それが何なのか、リュウジはすぐには言葉にできなかった。

 

任務への不安ではない。

 

危険への恐怖でもない。

 

帰れない可能性への恐怖とも、少し違う。

 

ただ、エリンに何と言えばいいのか分からなかった。

 

まだ決まっていない。

 

だから言えない。

 

だが、決まってから言うのは違う。

 

タツヤ班長に「一人で抱えるな」と言われた。

 

その言葉が、ずっと残っている。

 

リュウジは資料を閉じたまま、通路に立っていた。

 

その背後から、足音が近づく。

 

軽いが、乱れのない足音。

 

リュウジは振り返らなくても分かった。

 

「エリンさん」

 

エリンは少し離れたところで立ち止まった。

 

「分かるんだ」

 

「はい」

 

「私の足音?」

 

「はい」

 

エリンは少しだけ笑った。

 

「それ、客室側からすると少し怖いよ」

 

「すみません」

 

「謝らなくていいけど」

 

エリンはリュウジの横に並んだ。

 

しばらく、二人とも窓の外を見ていた。

 

エリンはすぐに本題へ入らなかった。

 

リュウジも何も言わなかった。

 

沈黙が続く。

 

だが、重苦しくはない。

 

二人の間には、こういう沈黙がある。

 

焦らない。

 

急かさない。

 

必要な時に、必要な言葉を待つ。

 

やがて、エリンが静かに言った。

 

「班長から聞いた」

 

リュウジは少しだけ目を伏せた。

 

「そうですか」

 

「北の未探索領域の調査依頼」

 

「はい」

 

「二月から四月。およそ二か月」

 

「はい」

 

エリンはリュウジを見る。

 

「考えたいって言ったんだね」

 

「はい」

 

「リュウジらしい」

 

リュウジは少しだけ困ったようにする。

 

「そうですか」

 

「うん。すぐには決めないと思った」

 

「決める材料が多すぎます」

 

「そうだね」

 

エリンは窓の外へ視線を戻す。

 

「危険?」

 

リュウジは少しだけ黙った。

 

そして、正直に答えた。

 

「危険です」

 

エリンは頷いた。

 

「どのくらい?」

 

「分かりません」

 

「分からないのが危険なんだね」

 

「はい」

 

「班長も同じことを言ってた」

 

リュウジは少しだけ目を細める。

 

「そうですか」

 

「うん」

 

エリンはリュウジの横顔を見た。

 

「行きたい?」

 

リュウジはすぐには答えなかった。

 

その沈黙に、エリンは少し胸が痛んだ。

 

行きたくないなら、すぐ否定する。

 

だが、リュウジは黙った。

 

つまり、行く意味を感じている。

 

それが分かる。

 

リュウジは静かに言った。

 

「行く意味はあると思います」

 

「うん」

 

「俺が行く必要があるかは、まだ分かりません」

 

「そう」

 

「でも、俺が行けば、調査の安全性は上がると思います」

 

その言い方に、エリンは少しだけ笑った。

 

「自信があるんだ」

 

リュウジはエリンを見る。

 

「そう聞こえましたか」

 

「少し」

 

「すみません」

 

「謝らなくていいよ。リュウジが自分の技術を必要以上に低く言わないのは、私は良いことだと思う」

 

リュウジは黙った。

 

エリンは続ける。

 

「でも、それだけで決めないで」

 

「はい」

 

「誰かが必要としているから。自分ならできるから。そういう理由だけで行くなら、私は止めるかもしれない」

 

リュウジは静かにエリンを見た。

 

「止めますか」

 

「止める可能性はある」

 

エリンの声は柔らかい。

 

だが、曖昧ではない。

 

「リュウジが行く意味をちゃんと考えて、自分で選ぶなら、私は聞く。でも、自分を道具みたいに考えるなら止める」

 

リュウジは目を伏せた。

 

その言葉は、痛いところを突いていた。

 

自分ならできる。

 

自分が行けば成功率が上がる。

 

それは事実かもしれない。

 

だが、その考えの中に、自分の身を軽く扱う部分があることを、リュウジは完全には否定できなかった。

 

エリンはそれを見抜いている。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「俺は、道具ではありません」

 

エリンは静かに頷いた。

 

「うん。分かってる」

 

「でも、そう考えてしまう時があります」

 

「それも分かってる」

 

リュウジは少しだけ驚いた顔をした。

 

エリンは、窓の外を見たまま言う。

 

「リュウジは、自分ができることを見つけると、それをやるのが当然だと思うところがある。危険でも、必要なら行く。自分がやれば誰かが助かるなら、やる。それは強さだけど、怖いところでもある」

 

リュウジは何も言えなかった。

 

エリンは続ける。

 

「私は、リュウジのそういうところを尊敬してる。でも、嫌いでもある」

 

リュウジの表情が少し動く。

 

「嫌い、ですか」

 

「うん。リュウジが自分を後回しにするところは嫌い」

 

エリンはようやくリュウジを見る。

 

「だから、ちゃんと考えて。行くなら、帰ってくる前提で考えて。誰かのために行くんじゃなくて、リュウジ自身が行くと決めて」

 

リュウジは、静かにその言葉を受け止めた。

 

帰ってくる前提。

 

その言葉が、思ったより重かった。

 

行くか行かないか。

 

それだけではない。

 

行くなら、どう帰るか。

 

帰ってきた後、何を渡すか。

 

その全てを含めて判断する必要がある。

 

リュウジは小さく頷いた。

 

「分かりました」

 

エリンは少し目を細める。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「リュウジの“分かりました”は、時々危ないから」

 

「危ないですか」

 

「うん。分かったと言いながら、一人で全部考えて、結論だけ持ってくる時がある」

 

リュウジは黙った。

 

思い当たることがないわけではない。

 

エリンは少しだけ笑う。

 

「だから、今回は結論だけじゃなくて、途中も話して」

 

「途中、ですか」

 

「そう。迷っているところも、怖いところも、行きたい理由も、行きたくない理由も」

 

リュウジは少しだけ困った顔をした。

 

「怖いところも、ですか」

 

「あるなら」

 

「……あります」

 

エリンの表情が柔らかくなった。

 

「それを聞けただけで、少し安心した」

 

「安心するんですか」

 

「うん。怖いと思えるなら、無茶は減るから」

 

リュウジは、窓の外へ視線を戻した。

 

「二か月、離れることになります」

 

「うん」

 

「十四班にも負担がかかります」

 

「かかるね」

 

「エリンさんにも」

 

「それは、私が考えること」

 

「でも」

 

「リュウジ」

 

エリンの声が少し強くなる。

 

リュウジは口を閉じた。

 

エリンは静かに言った。

 

「負担がかかるから行くな、とは言わない。でも、負担がかかるから行けない、と一人で決めるのも違う」

 

リュウジはエリンを見る。

 

「それは、どういう意味ですか」

 

「残る側にも、選ばせて」

 

その言葉に、リュウジは動きを止めた。

 

エリンは続ける。

 

「リュウジが行くなら、残る私たちはどうするか考える。支える準備をする。戻ってきた時に受け取れるようにする。それは、リュウジだけが決めることじゃない」

 

リュウジは、何も言えなかった。

 

一人で抱えるな。

 

タツヤ班長の言葉が、また浮かぶ。

 

そして今、エリンが同じことを別の形で言っている。

 

残る側にも、選ばせて。

 

リュウジは静かに頭を下げた。

 

「……すみません」

 

エリンは少しだけ微笑む。

 

「謝るところじゃないよ」

 

「でも、考えていませんでした」

 

「今、考えればいい」

 

リュウジは頷いた。

 

しばらく、二人は並んで外を見ていた。

 

地球圏の灯りが、遠くで揺れている。

 

北の未探索領域は、その光の向こうにある。

 

まだ見えない場所。

 

誰も正確には知らない場所。

 

リュウジは、その見えない場所を思った。

 

そして、隣に立つエリンを思った。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「少し時間をください」

 

「うん」

 

「考えます。行く理由も、行かない理由も。帰ってくる方法も」

 

エリンは頷いた。

 

「聞くよ」

 

「はい」

 

「いつでも」

 

リュウジは、少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとうございます」

 

エリンも少しだけ笑う。

 

「それと」

 

「はい」

 

「ペルシアには、まだ言わない」

 

リュウジは目を伏せた。

 

「はい」

 

「まだ一部の人間しか知らない話だから。リュウジが決める前に広げる話じゃない」

 

「分かっています」

 

「でも、ペルシアは気づくかもしれない」

 

「……気づきそうですね」

 

「うん。声で」

 

リュウジは少しだけ困ったように笑った。

 

「隠せる気がしません」

 

「私も」

 

二人は、少しだけ笑った。

 

けれど、その笑いは短かった。

 

すぐにまた、静かな空気が戻る。

 

エリンはリュウジの横顔を見た。

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「行くにしても、行かないにしても、私はリュウジの選択を聞く」

 

「はい」

 

「でも、納得できなかったら、ちゃんと文句は言う」

 

リュウジは少しだけ目を丸くした。

 

そして、静かに頷いた。

 

「エリンさんらしいです」

 

「そう?」

 

「はい」

 

「じゃあ、覚悟しておいて」

 

「分かりました」

 

「その返事、また硬い」

 

「すみません」

 

エリンは小さく笑った。

 

その笑顔を見て、リュウジの胸の奥にあった重さが、ほんの少しだけ形を変えた。

 

消えたわけではない。

 

危険は消えない。

 

二か月という時間も消えない。

 

未探索領域の不確かさも消えない。

 

だが、一人で持つ重さではなくなった。

 

それだけで、考え方が少し変わる。

 

リュウジは資料を握る手に、少しだけ力を入れた。

 

「まず、航路と支援体制を確認します」

 

「うん」

 

「危険がどこにあるか整理します」

 

「うん」

 

「その上で、また話します」

 

エリンは頷いた。

 

「待ってる」

 

リュウジは、窓の外を見た。

 

北の未探索領域。

 

そこへ行くかどうかは、まだ決めていない。

 

だが、決めるために必要なものが、少し分かった。

 

自分だけの判断ではない。

 

残る者の声も聞く。

 

待つ者の気持ちも考える。

 

帰ってくることを前提にする。

 

リュウジは静かに息を吐いた。

 

隣で、エリンも同じように外を見ている。

 

二人の間に言葉はない。

 

けれど、その沈黙は、先ほどより少しだけ穏やかだった。

 

 

その後、エリンはタツヤ班長のところへ戻った。

 

タツヤ班長は、窓際で湯飲みを持っていた。

 

「話せた?」

 

エリンは少し驚いたようにする。

 

「分かっていたんですか」

 

「まあね」

 

「班長、本当に見ていますね」

 

「一応、班長だから」

 

エリンは少し笑った。

 

「リュウジは、まだ決めていません」

 

「うん」

 

「でも、ちゃんと考えると思います」

 

「そうだろうね」

 

「一人で抱えようとしたら、止めます」

 

タツヤ班長は頷いた。

 

「頼むよ」

 

「はい」

 

エリンは少しだけ表情を引き締める。

 

「班長」

 

「うん?」

 

「リュウジが行く場合、十四班の体制を早めに考えたいです」

 

「さすが、もうそこまで考えるか」

 

「考えます」

 

エリンの声は静かだった。

 

「リュウジが行くなら、残る側も準備が必要です。航行側の補助、客室側の連携、ミラとランの訓練、ガーネットの役割、カイエの負担、ククルとエマの配置。全部、少しずつ調整が必要になります」

 

タツヤ班長は少し満足そうに笑った。

 

「エリンらしいね」

 

「チーフパーサーですから」

 

「それだけ?」

 

エリンは少しだけ言葉を止めた。

 

そして、静かに言った。

 

「……それだけでは、ありません」

 

タツヤ班長は何も言わなかった。

 

エリンは目を伏せる。

 

「でも、今はチーフパーサーとして考えます」

 

「うん。それでいい」

 

タツヤ班長は湯飲みを机に置いた。

 

「リュウジがどう決めても、十四班は動けるようにしておく」

 

「はい」

 

「ただし、まだ正式に広げない」

 

「分かっています」

 

「ペルシアにも?」

 

エリンは少しだけ苦笑した。

 

「はい。まだ言いません」

 

「ペルシアは気づきそうだけどねぇ」

 

「それが問題です」

 

二人は少しだけ笑った。

 

だが、すぐに空気は静かになる。

 

二月から四月。

 

二か月。

 

北の未探索領域。

 

その言葉は、まだスペースホープの中で小さく隠されている。

 

リュウジは考える。

 

エリンは待つ。

 

タツヤ班長は見守る。

 

まだ何も決まっていない。

 

けれど、確かに何かが動き始めていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

それから数日。

 

スペースホープの中で、表面上は何も変わっていないように見えた。

 

訓練は予定どおり進んでいる。

 

ランは声の大きさを三割落とす練習を続けている。

 

ミラはランの横で、必要以上に支えすぎない距離を覚えようとしている。

 

ガーネットは、まだ十四班に完全に馴染んだわけではない。

 

けれど、副パーサーとしての動きは安定してきた。

 

カイエはそれを冷静に見ている。

 

許したわけではない。

 

ただ、仕事は見ている。

 

ククルは相変わらず明るく、訓練後の空気を少し軽くする。

 

エマはその横で、無理に前へ出ず、必要な時だけ静かに言葉を足す。

 

そして、エリンは全体を見ている。

 

いつものように。

 

チーフパーサーとして。

 

十四班の中心として。

 

ただし、いつもと少しだけ違っていた。

 

それに最初に気づいたのは、ククルだった。

 

「……エリンさん、最近ちょっと考え込んでるよね」

 

訓練後、控室の片隅。

 

ククルが小さくそう言った。

 

隣で端末を整理していたエマが顔を上げる。

 

「エリンさん?」

 

「うん」

 

ククルは声を落とした。

 

「いつも通りに見えるんだけど、なんか少し違うんだよね。訓練中はちゃんとしてるし、指示も変わらないんだけど、ふとした時に遠く見てるというか」

 

エマは少し考えた。

 

「たしかに、資料を見る時間が少し長いかも」

 

「でしょ?」

 

「でも、エリンさんはもともと全体を見ているから、判断しにくい」

 

「そこなんだよね」

 

ククルは腕を組んだ。

 

「疲れてるだけなら、休んでくださいって言えるんだけど」

 

「そう簡単に休む人じゃないよね」

 

「うん」

 

エマは端末を閉じた。

 

「私が気になっているのは、リュウジさんの方」

 

ククルが目を丸くする。

 

「リュウジさん?」

 

「ここ数日、表情が堅い」

 

「リュウジさんって、いつも堅くない?」

 

「違う」

 

エマは即答した。

 

ククルが少し驚く。

 

エマは静かに続ける。

 

「普段のリュウジさんは、表情が動かないだけ。今は、表情が止まっている」

 

「違いが細かい」

 

「でも違う」

 

「エマ、よく見てるね」

 

「食事の時も、少し間が空く。返事はしているけど、考えが別のところにある」

 

「え、食事の時まで見てたの?」

 

「リュウジさんが大根を食べる速度が遅かった」

 

ククルは一瞬黙った。

 

「そこ?」

 

「大事」

 

「エマらしいね」

 

エマは淡々としている。

 

だが、ふざけているわけではなかった。

 

ククルにもそれは分かった。

 

リュウジの表情が堅い。

 

エリンがどこか悩んでいる。

 

その二つが同じ時期に起きている。

 

偶然かもしれない。

 

だが、十四班でそういう違和感を放っておくと、後で大きくなる。

 

ペルシアがいた頃なら、声色だけで拾っていたかもしれない。

 

今は、ペルシアはいない。

 

だから、気づいた者が動くしかない。

 

ククルは少し考え込んだ。

 

「カイエに相談しよ」

 

エマは頷く。

 

「それがいいと思う」

 

 

カイエは、訓練記録を確認していた。

 

ミラとランの動き。

 

ガーネットの補助。

 

ククルの乗客対応。

 

エマの記録整理。

 

一つ一つを見ながら、次の訓練でどこを修正するかを考えている。

 

そこへ、ククルとエマが来た。

 

「カイエ、ちょっといい?」

 

カイエは端末から顔を上げる。

 

「いいけど、どうしたの」

 

ククルは周囲を確認してから、声を落とした。

 

「エリンさんとリュウジさんのこと」

 

カイエの目が少し動いた。

 

「何か聞いたの?」

 

「聞いてない」

 

「じゃあ、見たの?」

 

「うん。エリンさんが少し悩んでる気がする」

 

エマが続ける。

 

「リュウジさんは表情が堅い。ここ数日ずっと」

 

カイエは黙った。

 

その沈黙で、ククルは察した。

 

カイエも気づいている。

 

「カイエも気づいてた?」

 

「少し」

 

「やっぱり」

 

カイエは端末を閉じた。

 

「ただ、理由までは分からない。聞くべきかも迷っていた」

 

エマが静かに言う。

 

「リュウジさんは聞かれても、たぶん必要なことしか言わない」

 

「でしょうね」

 

カイエは小さく息を吐いた。

 

「エリンさんも、まだ言うべきでないことなら言わないと思う」

 

ククルは頷く。

 

「だよね」

 

「でも、このまま放っておくのも違う」

 

カイエの声は静かだった。

 

「ただ、直接踏み込むのは危ない。リュウジさんもエリンさんも、理由があって黙っている可能性がある」

 

ククルは少し困った顔をした。

 

「じゃあ、どうする?」

 

エマが考える。

 

「理由を聞かずに、空気を変える」

 

ククルがエマを見る。

 

「空気を変える?」

 

「うん。何か食べるとか」

 

「エマ、すぐ食べ物に行くね」

 

「有効」

 

カイエも少しだけ考えた。

 

「理由を聞かずに集まる場を作る、ということ?」

 

「そう」

 

ククルの目が明るくなる。

 

「それ、いいかも」

 

カイエは腕を組んだ。

 

「ただ、普通に食事会をすると、歓迎会の続きみたいになるね」

 

「それはそれでいいけど……」

 

エマがふと顔を上げる。

 

「もうすぐクリスマス」

 

ククルもはっとする。

 

「あ」

 

カイエも少しだけ目を上げた。

 

「クリスマスパーティーか」

 

ククルの顔がぱっと明るくなる。

 

「それだ!」

 

「声が大きい」

 

「ごめん」

 

エマは静かに頷く。

 

「クリスマスなら自然に集まれる。理由を聞かなくてもいい」

 

カイエも少し考えた後、頷いた。

 

「悪くないと思う。エリンさんも、リュウジさんも、パーティーなら断りにくい」

 

ククルが笑う。

 

「それ、ちょっと作戦っぽいね」

 

「作戦だね」

 

カイエは真顔で答えた。

 

エマが続ける。

 

「料理を用意する。飾りつけをする。プレゼント交換もできる」

 

ククルが目を輝かせる。

 

「いい! すごくいい!」

 

カイエは少しだけ表情を緩めた。

 

「ただ、エリンさんに全部準備させないようにしないと」

 

「そうだね。エリンさん、絶対に全体を仕切ろうとする」

 

エマが頷く。

 

「今回は、エリンさんを休ませる側」

 

ククルが拳を握った。

 

「よし。じゃあ、エリンさんには“来てください”って言う!」

 

カイエがすぐに言う。

 

「それだけだと、エリンさんは準備を始める」

 

「たしかに」

 

「だから、班長から言ってもらった方がいいかもしれない」

 

ククルが納得する。

 

「タツヤ班長に協力してもらう?」

 

「うん。班長から“今回は若手主体でやるから、エリンは座ってて”と言ってもらえば、少しは効くと思う」

 

エマが静かに言う。

 

「リュウジさんには、料理で釣る」

 

ククルがエマを見る。

 

「唐揚げ?」

 

「唐揚げ」

 

カイエも頷く。

 

「リュウジさんは唐揚げが好きだからね」

 

「よし、唐揚げ決定」

 

ククルはすぐに端末を開いた。

 

「あと、ケーキ。エマ、ケーキは?」

 

「必要」

 

「即答」

 

「クリスマスパーティーにケーキがないのは不完全」

 

カイエが淡々と続ける。

 

「エマの中ではかなり重要だね」

 

「最重要に近い」

 

「そこまで」

 

ククルは小さく笑った。

 

その時、控室の扉が開いた。

 

ミラとランが入ってくる。

 

「お疲れ様です」

 

ミラが丁寧に言う。

 

ランも続いた。

 

「お疲れ様です。あの、今、何か相談中ですか?」

 

ククルが振り返る。

 

「あ、ミラ、ラン。ちょうどよかった」

 

ランは少し緊張した顔になる。

 

「え、何かありましたか?」

 

「悪い話じゃないよ」

 

エマが静かに言う。

 

「クリスマスパーティーをしようと思って」

 

ミラが少し目を丸くする。

 

「クリスマスパーティー、ですか?」

 

ランの顔が一気に明るくなる。

 

「いいですね! そろそろクリスマスですし、やりましょう!」

 

声が少し大きい。

 

ミラがすぐに袖を引く。

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん」

 

ククルが笑う。

 

「ランらしくていいよ」

 

ランは少し照れたように笑った。

 

「でも、本当にいいと思います。最近、十四班も少し張り詰めている気がしますし……」

 

言ってから、ランは自分の言葉に気づき、少し慌てた。

 

「すみません、まだ来たばかりなのに」

 

カイエは首を横に振る。

 

「ううん。気づいたことは言っていい」

 

ランは少し安心したように頷いた。

 

ミラも静かに言う。

 

「私も、クリスマスパーティーはいいと思います。理由を聞くより、みんなで一度集まった方がいいかもしれません」

 

ククルはカイエを見る。

 

「ね、やっぱりいいよね」

 

カイエは頷いた。

 

「やろう」

 

エマが端末を開く。

 

「料理、飾り、参加者、場所を決める必要がある」

 

ククルがすぐに言う。

 

「場所はスペースホープ内の休憩ラウンジ?」

 

カイエは考える。

 

「人数を考えると、訓練後に使える多目的スペースの方がいいかもしれない。班長に確認しよう」

 

ミラが少し手を挙げる。

 

「飾りつけなら、私とランでできます」

 

ランも頷く。

 

「はい! やります!」

 

「ラン、声」

 

「あ、また……」

 

ククルが笑う。

 

「大丈夫。パーティー向きの声だよ」

 

ランは少し嬉しそうにする。

 

カイエは端末に項目を作った。

 

「参加者は十四班全員。タツヤ班長。リュウジさん。エリンさん。ガーネットさんも当然参加」

 

その名前が出た時、ククルは少しだけカイエを見た。

 

カイエは表情を変えない。

 

しかし、以前なら少し間が空いたかもしれない。

 

今は、普通に名前を入れた。

 

それは小さな変化だった。

 

エマも気づいていたが、何も言わなかった。

 

ランが少し不安そうに聞く。

 

「ガーネットさん、来てくれますかね」

 

カイエは静かに答える。

 

「来てもらう。十四班の一員だから」

 

その言葉に、ミラが少しだけ微笑んだ。

 

ククルも嬉しそうに頷く。

 

「じゃあ、ガーネットさんには何か役割をお願いしよっか」

 

エマが考える。

 

「子ども向けの飾りを選ぶのが上手そう」

 

「ユイちゃん?」

 

ククルが言う。

 

カイエは少し考えた。

 

「ユイちゃんを呼ぶかは、タツヤ班長に確認だね。クリスマスだし、来られるなら喜ぶと思う」

 

エマが即座に言う。

 

「子どもが来るなら、ケーキは多め」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、またケーキ」

 

「大事」

 

「うん、分かった。大事だね」

 

 

その日の夕方。

 

ククル、エマ、カイエはタツヤ班長のところへ向かった。

 

ミラとランは、その間に飾りつけ案を考えると言って控室に残った。

 

ガーネットにはまだ伝えていない。

 

まずは班長の許可が必要だった。

 

タツヤ班長の執務スペースに入ると、タツヤ班長は端末を見ながら湯飲みを持っていた。

 

「お、三人そろってどうしたの」

 

カイエが一歩前に出る。

 

「班長、少し相談があります」

 

「改まってるねぇ」

 

ククルがすぐに言う。

 

「クリスマスパーティーをしたいんです」

 

タツヤ班長は少し目を丸くした。

 

「クリスマスパーティー?」

 

「はい!」

 

カイエが補足する。

 

「十四班全員で、一度集まる場を作りたいと考えています。最近、少し空気が固いので」

 

タツヤ班長は、三人の顔を見た。

 

ククルは明るい顔をしている。

 

エマは静かだが、目は真剣。

 

カイエはいつも通り冷静に見えるが、声の奥に少し気遣いがある。

 

タツヤ班長は、その理由を察した。

 

リュウジ。

 

エリン。

 

未探索領域の件。

 

まだ広げていない。

 

だが、気づく者は気づく。

 

リュウジの表情。

 

エリンの空気。

 

十四班は、そういう変化に鈍い班ではない。

 

タツヤ班長は少しだけ笑った。

 

「いいんじゃない」

 

ククルの顔が明るくなる。

 

「本当ですか?」

 

「うん。むしろ、やろうか。そろそろそういうのが必要だと思ってたし」

 

エマが静かに頷く。

 

「ありがとうございます」

 

カイエが続ける。

 

「場所は多目的スペースを考えています。訓練後の時間帯で使用許可をいただければ」

 

「大丈夫。押さえておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

タツヤ班長は椅子にもたれた。

 

「で、エリンにはもう言った?」

 

カイエは首を横に振る。

 

「まだです」

 

「正解」

 

タツヤ班長は笑った。

 

「先に言ったら、エリンが全部仕切り始めるからね」

 

ククルが勢いよく頷く。

 

「そうなんです! 今回はエリンさんに休んでほしいんです」

 

エマが続ける。

 

「準備は私たちでします。エリンさんには来てもらうだけにしたいです」

 

タツヤ班長は満足そうに目を細めた。

 

「いいねぇ」

 

カイエは少しだけ声を落とした。

 

「それと、リュウジさんにも自然に来てもらいたいです」

 

タツヤ班長はカイエを見る。

 

「自然に?」

 

「はい。理由を聞くのではなく、少しでも空気を変えたいので」

 

ククルも小さく頷く。

 

「最近、リュウジさん、少し堅いので」

 

エマが静かに言う。

 

「食事の時も、反応が遅いです」

 

タツヤ班長は少しだけ笑った。

 

「エマはそこを見るんだね」

 

「見えます」

 

「うん。大事だね」

 

タツヤ班長は湯飲みを置いた。

 

「分かった。リュウジには俺からも言っておくよ。堅苦しくならないように」

 

ククルが嬉しそうに言う。

 

「ありがとうございます!」

 

「料理は?」

 

エマが即答する。

 

「唐揚げとケーキです」

 

タツヤ班長は一瞬止まった。

 

「早いね」

 

「重要なので」

 

ククルが笑う。

 

「リュウジさん、唐揚げ好きですし」

 

タツヤ班長は頷く。

 

「それは来るね」

 

カイエが淡々と続ける。

 

「エマはケーキが必要だと主張しています」

 

「クリスマスですから」

 

エマは真顔だった。

 

タツヤ班長は笑った。

 

「いいよ。ケーキも用意しよう。ユイも来られるか確認するよ」

 

ククルが顔を輝かせる。

 

「ユイちゃんも!」

 

「来られたらね」

 

カイエは少しだけ柔らかい表情になる。

 

「ガーネットさんが喜びそうですね」

 

「子ども好きだったもんね」

 

タツヤ班長は少し目を細めた。

 

「それもいい機会かもね」

 

 

その後、クリスマスパーティーの準備は、思ったより早く進んだ。

 

ミラとランは飾りつけを担当した。

 

ランは張り切りすぎて、最初に作った飾りの数が明らかに多かった。

 

「ラン、多い」

 

ミラが端末上のリストを見て言う。

 

「そうかな?」

 

「多い。多目的スペースが飾りで埋まる」

 

「でも、クリスマスだから」

 

「クリスマスでも限度がある」

 

「三割減らす?」

 

「うん。いつもの三割」

 

「また三割……」

 

ランは少し落ち込んだが、すぐに笑った。

 

「でも、ミラと一緒にやるの楽しい」

 

ミラも少し笑う。

 

「私も」

 

その様子を見ていたククルが言う。

 

「二人とも仲いいね」

 

ランはすぐに姿勢を正す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

ミラが小さく笑う。

 

「ラン、もう少し普通でいいよ」

 

「分かってるんだけど、まだ緊張する」

 

ククルが手を振る。

 

「いいよいいよ。だんだんで」

 

エマは料理のリストを作っていた。

 

唐揚げ。

 

サラダ。

 

温かいスープ。

 

小さなサンドイッチ。

 

ケーキ。

 

追加のケーキ。

 

予備のケーキ。

 

それを見たカイエが眉を上げる。

 

「エマ、ケーキ多くない?」

 

「一つは全員用。一つは子ども用。一つは予備」

 

「予備って何」

 

「何かあった時のため」

 

「ケーキに何かある前提なんだ」

 

「あるかもしれない」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、完全にケーキ中心で考えてるね」

 

「クリスマスだから」

 

「万能の理由だね」

 

カイエは少しだけ呆れたように息を吐く。

 

「まあ、ユイちゃんが来るなら多めでもいいかもしれない」

 

エマは頷く。

 

「そう。ユイちゃんが来るなら必要」

 

「エマが食べたいだけじゃないの?」

 

「それもある」

 

「正直」

 

その時、ガーネットが入ってきた。

 

「何をしているの?」

 

ククルが振り返る。

 

「あ、ガーネットさん」

 

ガーネットは少しだけ眉を上げる。

 

「その呼び方、まだ慣れないわね」

 

カイエが静かに言う。

 

「ガーネットさん、クリスマスパーティーをします」

 

「クリスマスパーティー?」

 

「はい。十四班全員で」

 

ガーネットは一瞬だけ言葉を失った。

 

「私も?」

 

カイエは当然のように答える。

 

「十四班全員ですから」

 

ガーネットはカイエを見た。

 

その言葉が、思った以上に胸に入った。

 

まだ完全に許されたわけではない。

 

それは分かっている。

 

カイエの中にある線も、まだ消えていない。

 

それでも、十四班全員と言う時、カイエは自分を外さなかった。

 

ガーネットは静かに頷く。

 

「ありがとう」

 

カイエは少しだけ目を伏せた。

 

「準備も手伝ってください」

 

「もちろん」

 

ククルが嬉しそうに言う。

 

「ガーネットさん、ユイちゃんが来るかもしれないんです」

 

ガーネットの表情がすぐに柔らかくなった。

 

「ユイが?」

 

「はい。まだ分からないですけど」

 

「それなら、子ども用の飾りも必要ね」

 

エマがすぐに端末へ追加する。

 

「子ども用飾り」

 

カイエがガーネットを見る。

 

「お願いできますか」

 

ガーネットは少しだけ笑った。

 

「任せて」

 

その笑顔を見て、ククルは少し嬉しくなった。

 

おでんの時と同じだ。

 

ガーネットは子どもの話になると、表情が柔らかくなる。

 

それは、十四班の中で少しずつ知られ始めていた。

 

 

一方、エリンはまだ何も知らなかった。

 

訓練後、彼女は資料を整理していた。

 

リュウジのことを考えないようにしながら、考えていた。

 

北の未探索領域。

 

二月から四月。

 

二か月。

 

リュウジはまだ決めていない。

 

そのことを、エリンは知っている。

 

だから、待つ。

 

待つと決めた。

 

だが、待つことは簡単ではない。

 

リュウジが少し黙るたびに、考えているのだろうと思う。

 

リュウジが資料を見ていない時でも、頭の中では航路を組んでいるのだろうと思う。

 

エリンは、それを止められない。

 

止めたくもない。

 

ただ、無理はしてほしくない。

 

自分を道具のように考えてほしくない。

 

その思いが、何度も胸の中で揺れていた。

 

「エリン」

 

タツヤ班長の声がした。

 

エリンは顔を上げる。

 

「はい、班長」

 

「今度、十四班でクリスマスパーティーをやることになった」

 

エリンは少し目を瞬かせた。

 

「クリスマスパーティー、ですか?」

 

「うん」

 

「急ですね」

 

「まあ、そろそろ時期だしね」

 

エリンはすぐに端末を開こうとした。

 

「では、場所と準備を――」

 

タツヤ班長が手を上げる。

 

「今回は、エリンは準備しない」

 

エリンの動きが止まる。

 

「え?」

 

「若手主体でやるってさ。ククル、エマ、カイエ、ミラ、ラン、ガーネット。みんなで準備する」

 

「でも、全体確認は必要では」

 

「俺が見る」

 

「班長が?」

 

「うん」

 

エリンは少し不安そうな顔をした。

 

タツヤ班長は笑う。

 

「何その顔」

 

「いえ……」

 

「エリン、俺だって一応班長だよ」

 

「分かっています」

 

「今の間は何?」

 

「何でもありません」

 

タツヤ班長は楽しそうに笑った。

 

「とにかく、今回は来るだけ。リュウジも呼ぶ」

 

エリンの表情が少しだけ変わった。

 

タツヤ班長はそれを見逃さない。

 

だが、指摘はしなかった。

 

「エリンも来るよね」

 

「はい。もちろんです」

 

「よし」

 

エリンは少しだけ考えた。

 

十四班のみんなが企画したクリスマスパーティー。

 

リュウジも来る。

 

理由は聞かない。

 

ただ集まる。

 

もしかすると、みんな気づいているのかもしれない。

 

リュウジの表情。

 

自分の迷い。

 

それを直接聞かずに、空気を変えようとしてくれているのかもしれない。

 

エリンは、少しだけ胸が温かくなった。

 

「班長」

 

「うん?」

 

「ありがとうございます」

 

「俺は許可しただけだよ」

 

「それでもです」

 

タツヤ班長は少しだけ目を細めた。

 

「エリンも、たまには座って食べるだけでいいんだよ」

 

「努力します」

 

「そこは“はい”でいいんじゃない?」

 

「……はい」

 

タツヤ班長は満足そうに頷いた。

 

 

リュウジにも、タツヤ班長から話が伝えられた。

 

「リュウジ、クリスマスパーティーやるから来なさい」

 

場所は整備区画近くの通路だった。

 

リュウジは端末から顔を上げる。

 

「クリスマスパーティーですか」

 

「うん。十四班全員で」

 

「急ですね」

 

「そういう時もある」

 

リュウジは少し考える。

 

「訓練後ですか」

 

「そう」

 

「分かりました。参加します」

 

タツヤ班長は少し笑った。

 

「唐揚げもあるらしいよ」

 

リュウジの表情が、ほんの少しだけ動いた。

 

「唐揚げですか」

 

「うん」

 

「誰が」

 

「エマがリストに入れてた」

 

リュウジは小さく頷いた。

 

「そうですか」

 

タツヤ班長はそのわずかな反応を見て、内心で笑った。

 

やはり効いた。

 

リュウジは平静を装っているが、唐揚げには反応する。

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「その日くらい、少し考えるのを休め」

 

リュウジは一瞬だけ止まった。

 

タツヤ班長は軽く言った。

 

「全部忘れろとは言わない。でも、ずっと考えてると、判断が固くなる」

 

「……はい」

 

「エリンも来る」

 

リュウジの目が少し動いた。

 

「はい」

 

「十四班のみんなもいる。少し食べて、少し話せ。それも判断材料になる」

 

リュウジはタツヤ班長を見た。

 

「判断材料、ですか」

 

「そう。自分が残すかもしれない場所が、どんな場所か見るのも大事だろ」

 

その言葉に、リュウジは黙った。

 

残すかもしれない場所。

 

十四班。

 

スペースホープ。

 

エリン。

 

タツヤ班長。

 

みんな。

 

そこを見ずに、未探索領域だけ見ても意味がない。

 

リュウジは静かに頷いた。

 

「分かりました」

 

「よし」

 

タツヤ班長は軽く手を振った。

 

「じゃあ、当日な」

 

「はい」

 

タツヤ班長が去った後、リュウジはしばらくその場に立っていた。

 

クリスマスパーティー。

 

唐揚げ。

 

十四班全員。

 

エリンも来る。

 

それだけの言葉なのに、胸の奥の重さが少しだけ揺れた。

 

 

準備は、静かに進んだ。

 

静かに、というには、ランの声が時々大きかったが。

 

「この飾り、こっちでいいですか!」

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん」

 

「でも、その位置はいいと思う」

 

「本当?」

 

「うん」

 

ミラとランは飾りを貼る位置を調整している。

 

ククルはテーブルの配置を考え、エマは料理の数を確認し、カイエは全体の進行表を作っている。

 

ガーネットは、ユイが来た場合の小さなプレゼントを用意していた。

 

「ガーネットさん、それ何?」

 

ククルが覗き込む。

 

「小さな星の飾り。ユイが来たら、持って帰れるように」

 

「かわいい!」

 

ガーネットは少しだけ照れた。

 

「子どもは、こういうものを覚えているから」

 

エマが静かに頷く。

 

「分かる。食べ物も覚えている」

 

カイエが言う。

 

「エマは食べ物基準だね」

 

「大事」

 

ククルが笑う。

 

「ケーキ、ちゃんと三つ頼んだ?」

 

「頼んだ」

 

「本当に三つ?」

 

「三つ」

 

カイエは端末を見る。

 

「予備のケーキ、正式に入ってる」

 

ククルは吹き出した。

 

「本当に予備あるんだ」

 

エマは真顔で言う。

 

「安心」

 

その空気は、いつもの十四班に近かった。

 

けれど、そこには少しだけ目的があった。

 

リュウジが笑うかどうか。

 

エリンが少しでも肩の力を抜けるかどうか。

 

それを、誰もはっきり言わない。

 

言わないまま、準備している。

 

それが十四班らしかった。

 

 

クリスマスパーティーの当日。

 

多目的スペースには、控えめな飾りが施されていた。

 

派手すぎない。

 

だが、温かい。

 

壁には小さな星飾り。

 

窓際には白いライト。

 

中央には大きめのテーブル。

 

唐揚げ、サラダ、スープ、サンドイッチ。

 

そして、エマの主張どおり、ケーキが三つ。

 

ククルがそれを見て笑う。

 

「やっぱり三つある」

 

エマは満足そうに頷く。

 

「安心」

 

カイエは進行表を確認している。

 

「時間は訓練後三十分。班長がエリンさんとリュウジさんを連れてきます」

 

ミラは飾りを最後に直している。

 

ランは緊張でそわそわしている。

 

「大丈夫かな」

 

ミラが言う。

 

「ラン、これは訓練じゃないよ」

 

「でも、エリンさんとリュウジさんが来ると思うと緊張します」

 

「分かるけど」

 

ガーネットはユイ用の星飾りを小さな袋に入れていた。

 

「ユイは来られるの?」

 

ククルが聞く。

 

カイエが端末を確認する。

 

「班長から、少しだけ連れて来られるかもしれないと連絡があった」

 

ガーネットの表情がわずかに明るくなる。

 

エマがそれを見て、小さく言う。

 

「ガーネット、嬉しそう」

 

ガーネットは少しだけ視線を逸らした。

 

「子どもが来るなら、準備は必要だから」

 

ククルが笑う。

 

「素直じゃないですね」

 

ガーネットは少しだけ困った顔をした。

 

その時、扉の外から足音が聞こえた。

 

全員が少しだけ姿勢を正す。

 

扉が開く。

 

最初に入ってきたのは、タツヤ班長だった。

 

「おお、いい感じだね」

 

その後ろに、エリン。

 

そして、リュウジ。

 

エリンは部屋を見た瞬間、少しだけ目を見開いた。

 

「すごい……」

 

ククルが嬉しそうに言う。

 

「エリンさん、今日は座ってください!」

 

エリンが苦笑する。

 

「本当に準備してくれたんだね」

 

カイエが静かに言う。

 

「はい。今日はエリンさんは準備なしです」

 

「でも、何か手伝うことが」

 

エマが即座に言う。

 

「ありません」

 

エリンは少し驚く。

 

「エマまで」

 

「今日は座る日です」

 

ククルも続ける。

 

「そうです! エリンさんは食べる係です!」

 

エリンは少し困ったように笑った。

 

「食べる係って」

 

タツヤ班長が楽しそうに言う。

 

「いいじゃない。たまには」

 

リュウジはテーブルの上を見た。

 

唐揚げがある。

 

それを見て、ほんの少しだけ表情が緩んだ。

 

本当に、ほんの少し。

 

だが、エマは見逃さなかった。

 

「リュウジさん、唐揚げあります」

 

リュウジはエマを見る。

 

「見えてる」

 

「多めにあります」

 

「…‥…ありがとう」

 

エマは静かに頷いた。

 

ククルが小声でカイエに言う。

 

「少し表情、緩んだよね」

 

カイエも小さく頷く。

 

「うん」

 

エリンも、それを見ていた。

 

リュウジの表情が、少しだけ緩んだこと。

 

そのことに、思った以上に安心している自分がいる。

 

エリンはそっと息を吐いた。

 

「リュウジ、よかったね」

 

リュウジは少しだけ困った顔をする。

 

「はい」

 

「唐揚げ、好きだもんね」

 

「……はい」

 

そのやり取りを見て、ランが小声でミラに言う。

 

「やっぱり、少し夫婦みたいですね」

 

ミラが慌ててランの袖を引く。

 

「ラン、声」

 

「あ」

 

エリンが聞こえていたのか、少しだけ頬を赤くする。

 

「ラン」

 

「す、すみません!」

 

リュウジは目を伏せた。

 

タツヤ班長は楽しそうに笑っている。

 

ククルは口元を押さえ、エマは静かにケーキの位置を直し、カイエは何も言わずお茶を用意した。

 

その空気は、少しだけ軽かった。

 

完全に悩みが消えたわけではない。

 

未探索領域の話は、まだそこにある。

 

リュウジの中にも。

 

エリンの中にも。

 

タツヤ班長の中にも。

 

けれど、今この部屋には、唐揚げがあり、ケーキがあり、星飾りがあり、仲間たちがいた。

 

理由を聞かずに集まってくれた仲間たちがいた。

 

リュウジはテーブルの前に立ち、少しだけ周囲を見た。

 

ククル。

 

エマ。

 

カイエ。

 

ミラ。

 

ラン。

 

ガーネット。

 

エリン。

 

タツヤ班長。

 

全員が、何かを察しているのかもしれない。

 

だが、誰も聞かない。

 

ただ、そこにいる。

 

それが、思った以上に重く、温かかった。

 

タツヤ班長が手を叩いた。

 

「じゃあ、始めようか」

 

ククルが元気よく言う。

 

「はい!」

 

ランもつられて大きな声を出す。

 

「メリークリスマス!」

 

ミラがすぐに袖を引く。

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん。でも、メリークリスマスです!」

 

その声に、皆が笑った。

 

リュウジも、ほんの少しだけ笑った。

 

エリンはそれを見て、胸の奥が少しだけほどけるのを感じた。

 

まだ答えは出ていない。

 

でも、今はこれでいい。

 

少なくとも今この瞬間、リュウジは一人で考えているだけではなかった。

 

エリンも、一人で悩んでいるだけではなかった。

 

十四班が、そこにいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。