サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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連れて行きたい所

 

 

「メリークリスマス!」

 

ランの少し大きな声に、ミラが慌てて袖を引く。

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん。でも、メリークリスマスです!」

 

その言い直しに、皆が笑った。

 

多目的スペースの空気は、思ったよりも柔らかかった。

 

壁の小さな星飾り。

 

窓際の白いライト。

 

テーブルに並んだ料理。

 

唐揚げ。

 

サラダ。

 

温かいスープ。

 

小さなサンドイッチ。

 

そして、エマが譲らなかった三つのケーキ。

 

控えめな飾りつけの中に、十四班らしい手作り感があった。

 

派手ではない。

 

けれど、温かい。

 

エリンはその部屋を見渡しながら、少しだけ目を細めていた。

 

「本当に、全部準備してくれたんだね」

 

ククルが嬉しそうに言う。

 

「はい! 今回はエリンさんに座っていてもらう会なので!」

 

「そんな会だったの?」

 

エリンが苦笑すると、エマが静かに頷いた。

 

「そうです。今日は座る日です」

 

「エマまで」

 

カイエもお茶を置きながら言う。

 

「エリンさん、今日は私たちに任せてください」

 

エリンは少しだけ困ったように笑う。

 

「分かった。今日は任せる」

 

その言葉に、ククルが小さく拳を握った。

 

「よし」

 

カイエが横目で見る。

 

「ククル、声」

 

「ごめん」

 

リュウジは、テーブルに置かれた唐揚げを見ていた。

 

それを見逃さなかったエマが、当然のように小皿を差し出す。

 

「リュウジさん、唐揚げです」

 

「ありがとう」

 

「多めにあります」

 

「見れば分かる」

 

「安心ですね」

 

リュウジは少しだけ目を伏せた。

 

「……ああ」

 

そのわずかな反応に、ククルがカイエの袖を軽く引く。

 

「今、少し嬉しそうだったよね」

 

カイエは小さく頷く。

 

「うん」

 

エマも満足そうに唐揚げの皿を見た。

 

「作戦成功」

 

「エマ、唐揚げに自信持ちすぎ」

 

「効果があった」

 

「うん、あったね」

 

ミラとランは、端の方で飾りつけの最終確認をしていた。

 

ランは落ち着かない様子で、何度も星飾りの位置を見ている。

 

「ミラ、ここ曲がってない?」

 

「大丈夫」

 

「本当に?」

 

「うん。三回確認した」

 

「じゃあ大丈夫かな」

 

「うん」

 

ミラはそう言って、少しだけ笑った。

 

ランもつられて笑う。

 

まだ緊張はある。

 

けれど、最初に十四班へ来た時のような固さではない。

 

この場所で、自分が何かを準備した。

 

そのことが、ランを少しだけ落ち着かせていた。

 

ガーネットは、テーブルの端に置かれた小さな袋を気にしていた。

 

ユイ用に用意した星の飾りだ。

 

タツヤ班長がそれに気づく。

 

「ガーネット、それユイの?」

 

「はい。来られるかは分からないと聞いていましたが、一応」

 

「ありがとう」

 

タツヤ班長は少し柔らかい顔をした。

 

「今日は少しだけ顔を出せると思う。今、迎えを頼んである」

 

ガーネットの表情が明らかに明るくなった。

 

ククルが小声でエマに言う。

 

「ガーネットさん、やっぱりユイちゃん好きだね」

 

エマも頷く。

 

「うん。分かりやすい」

 

カイエはその様子を静かに見ていた。

 

ガーネットが子どもを見る時の表情。

 

おでんの時にも見た。

 

それは作っているものではない。

 

カイエはまだ、ガーネットを完全には許していない。

 

けれど、こういう一面を見なかったことにはしない。

 

それも、仕事と同じように、ちゃんと見る。

 

「ガーネットさん」

 

カイエが声をかける。

 

「何?」

 

「ユイちゃんが来たら、その飾りを渡すのはガーネットさんからでいいと思います」

 

ガーネットは少し驚いたようにカイエを見た。

 

「私から?」

 

「はい。用意したのはガーネットさんですから」

 

ガーネットは少しだけ目を伏せた。

 

「……ありがとう」

 

その短いやり取りを、ミラとランも見ていた。

 

ランが小声で言う。

 

「カイエさん、少し変わりましたね」

 

ミラが静かに頷く。

 

「うん」

 

ランはすぐに慌てて口を押さえた。

 

「今の、聞こえてないよね?」

 

「たぶん」

 

しかし、カイエには聞こえていた。

 

聞こえていたが、何も言わなかった。

 

 

料理が一通り並び、飲み物が配られると、タツヤ班長が軽く手を叩いた。

 

「じゃあ、改めて。今日はみんな、準備ありがとう。ランとミラの飾りつけもいいし、ククルとカイエの段取りも助かったし、エマの料理選びもかなり気合いが入ってる」

 

エマが静かに言う。

 

「ケーキは重要です」

 

「うん。そこは伝わってる」

 

皆が少し笑った。

 

タツヤ班長は続ける。

 

「ガーネットも、ユイ用の飾りをありがとう」

 

ガーネットは少しだけ頭を下げた。

 

「いえ」

 

「エリンとリュウジは、今日は何も考えずに食べること」

 

エリンは苦笑する。

 

「班長、それは少し難しいです」

 

「じゃあ、少しだけ考えてもいい。でも食べること」

 

リュウジは真面目に頷く。

 

「はい」

 

「リュウジ、それだと任務みたいだよ」

 

エリンが横から言う。

 

リュウジは少し困った顔をする。

 

「食べます」

 

「うん。それでいい」

 

ククルが小さく笑った。

 

「やっぱりエリンさんとリュウジさん、会話が自然ですね」

 

エリンが少しだけ頬を赤くする。

 

「ククル」

 

「すみません」

 

エマが静かに言う。

 

「でも、自然です」

 

「エマまで」

 

カイエはお茶を配りながら、何も言わない。

 

ただ、少しだけ口元が緩んでいた。

 

ランがまたミラに小声で言う。

 

「やっぱり夫婦みたい……」

 

ミラがすぐに袖を引く。

 

「ラン」

 

「あ、ごめん」

 

エリンは聞こえていた。

 

聞こえていたが、今回は強く否定しなかった。

 

「違うよ。そういう関係じゃないから」

 

そう言いながらも、その声は少し柔らかい。

 

完全に嫌がっているわけではないことが、周りには分かった。

 

リュウジは目を伏せ、唐揚げを一つ取った。

 

タツヤ班長は、その反応を見て楽しそうに笑っていた。

 

 

食事が進むにつれ、部屋の空気はさらに柔らかくなった。

 

ランは最初こそ緊張していたが、唐揚げを食べた頃には少しずつ声が戻っていた。

 

「この唐揚げ、美味しいです!」

 

「ラン、声」

 

「ごめん。でも本当に美味しい」

 

エマが小さく頷く。

 

「よかった」

 

ククルが言う。

 

「エマ、唐揚げもいけるね」

 

「唐揚げはリュウジさん用。ケーキは全員用」

 

カイエが静かに言う。

 

「エマ用でもあるよね」

 

「それもある」

 

「正直だね」

 

リュウジは唐揚げを食べながら、少しだけ表情を緩めていた。

 

その変化は本当にわずかだった。

 

だが、十四班の面々には十分だった。

 

エマはそれを見て、何も言わずに唐揚げの皿を少しリュウジ側へ寄せた。

 

リュウジが気づく。

 

「エマ」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

「多めにあります」

 

「……ああ」

 

ククルが小さく笑う。

 

「エマ、唐揚げ係みたいになってる」

 

「重要な係」

 

カイエが頷く。

 

「今日はかなり重要」

 

エリンはそのやり取りを見ながら、少しだけ肩の力を抜いていた。

 

自分が準備しなくても、場は回っている。

 

ククルが明るく動く。

 

エマが食べ物で空気を整える。

 

カイエが全体を見ている。

 

ミラとランが飾りを気にしながら笑っている。

 

ガーネットが少しずつ会話に入っている。

 

タツヤ班長が、全体を見守っている。

 

リュウジが、唐揚げを食べている。

 

ただそれだけの光景なのに、エリンの胸の奥が少し温かくなった。

 

未探索領域の話は消えない。

 

リュウジはまだ決めていない。

 

エリンもまだ、完全には落ち着いていない。

 

けれど、今ここにあるものは確かだった。

 

「エリンさん」

 

ククルが声をかける。

 

「何?」

 

「ちゃんと食べてます?」

 

「食べてるよ」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

エマが皿を見る。

 

「エリンさん、スープが減っていません」

 

エリンは少し驚く。

 

「見てたの?」

 

「見えました」

 

カイエがすぐにスープを少し前へ出す。

 

「エリンさん、温かいうちにどうぞ」

 

エリンは苦笑した。

 

「みんな、今日は厳しいね」

 

ククルが笑う。

 

「今日はエリンさんを座らせる会ですから」

 

「さっきと目的が少し変わってない?」

 

「だいたい同じです」

 

エリンは観念したようにスープを手に取った。

 

「分かった。いただきます」

 

それを見て、ククルは満足そうに頷いた。

 

 

食事が一段落した頃、エマが小さく手を叩いた。

 

「次はケーキ」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、待ってましたって顔してる」

 

「待ってた」

 

「隠さないね」

 

「隠す必要がない」

 

カイエがケーキを並べる。

 

「一つ目が全員用。二つ目がユイちゃん用も含めた小さめ。三つ目が予備」

 

エリンが目を瞬かせた。

 

「予備?」

 

エマが真顔で答える。

 

「予備です」

 

「ケーキに予備があるんだ」

 

「安心のためです」

 

リュウジが少しだけ首を傾げる。

 

「ケーキが足りなくなることがあるのか」

 

ククルが笑う。

 

「エマがいると、あるかもしれません」

 

エマは否定しなかった。

 

「可能性はある」

 

エリンは思わず笑った。

 

その笑いに、周囲の空気が少しだけ明るくなる。

 

リュウジも、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

その時、扉が開いた。

 

「エリンさん!」

 

小さな声が響く。

 

ユイだった。

 

タツヤ班長が振り返る。

 

「お、来たね」

 

ユイは小さなコートを着て、少し頬を赤くしていた。

 

付き添ってきた職員に軽く頭を下げたタツヤ班長が、ユイを迎える。

 

ユイはすぐにエリンの方へ走った。

 

「エリンさん!」

 

エリンは膝を折る。

 

「ユイ、来られたんだね」

 

「うん!」

 

ユイはエリンに抱きつき、それからリュウジを見つけて顔を輝かせた。

 

「リュウジ!」

 

リュウジは静かに頷く。

 

「こんばんは、ユイ」

 

「メリークリスマス!」

 

「メリークリスマス」

 

ユイはそのままテーブルの方を見る。

 

「ケーキ!」

 

エマが即座に反応する。

 

「あります」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、返事が早い」

 

ガーネットは用意していた小さな袋を手に取った。

 

少しだけ緊張している。

 

カイエが静かに言う。

 

「ガーネットさん」

 

ガーネットはカイエを見る。

 

カイエは小さく頷いた。

 

「渡してあげてください」

 

ガーネットは少しだけ目を伏せ、それからユイの前に膝を折った。

 

「ユイ」

 

ユイが振り返る。

 

「ガーネット!」

 

ガーネットの表情が柔らかくなる。

 

「これ、クリスマスの飾り。よかったら持って帰って」

 

小さな袋の中には、星の形をした飾りが入っていた。

 

ユイはそれを見て目を輝かせる。

 

「きれい!」

 

「気に入った?」

 

「うん! ありがとう!」

 

ユイは嬉しそうにガーネットに抱きついた。

 

ガーネットは一瞬驚き、それからそっとユイの背中に手を添えた。

 

「どういたしまして」

 

その光景を、カイエは静かに見ていた。

 

許すという言葉は、まだ遠い。

 

けれど、今のガーネットを否定する理由もなかった。

 

 

ケーキを食べ終わる頃、ククルが立ち上がった。

 

「それでは、次はプレゼント交換です!」

 

ランが楽しそうに拍手する。

 

「待ってました!」

 

ミラが小さく笑う。

 

「ラン、さっきから楽しそうだね」

 

「うん。こういうの好き」

 

ククルは小さな袋をいくつも入れた箱を持ってきた。

 

「一人一つずつ、番号で交換です。誰のが当たるかは開けてからのお楽しみ!」

 

エマが静かに補足する。

 

「食べ物系は保存期限を確認してください」

 

「エマらしい注意」

 

カイエが番号札を配る。

 

「順番に引いて。ユイちゃんも一つあるよ」

 

ユイが目を輝かせる。

 

「ユイも?」

 

「うん」

 

タツヤ班長が少し驚いた顔をする。

 

「ユイの分まで用意してくれたの?」

 

ククルが笑う。

 

「来るかもしれないって聞いてたので」

 

エマが頷く。

 

「子ども用は別枠」

 

ガーネットが少しだけ嬉しそうにしている。

 

ユイは番号札を持って、嬉しそうに跳ねた。

 

「ユイ、これ!」

 

その賑やかな空気の中で、エリンとリュウジは少しだけ顔を見合わせた。

 

エリンは小さく困った顔をする。

 

「……リュウジ」

 

「はい」

 

「私、プレゼント用意してない」

 

「俺もです」

 

二人の間に、少し気まずい空気が流れる。

 

今回のパーティーは急に知らされた。

 

しかも二人は、準備をしなくていいと言われていた。

 

だから、プレゼント交換があるとは思っていなかった。

 

エリンはククルを見る。

 

「ククル、ごめん。私、プレゼントを用意していないの」

 

リュウジも少し頭を下げる。

 

「俺も用意していない」

 

ククルはすぐに首を横に振った。

 

「大丈夫です!」

 

エマも頷く。

 

「大丈夫です。今回はエリンさんとリュウジさんは参加してくれるだけでいいので」

 

カイエも静かに言う。

 

「はい。今回は私たちが勝手に企画したものですから」

 

ミラが続ける。

 

「そうです。気にしないでください」

 

ランも大きく頷く。

 

「はい! 来てくれただけで十分です!」

 

ミラがすぐに小声で言う。

 

ガーネットも穏やかに言った。

 

「二人には、急でしたから。気にしなくていいと思います」

 

タツヤ班長も笑う。

 

「そうそう。今日はエリンとリュウジを座らせる会だから」

 

エリンは少し困ったように笑った。

 

「だから、いつの間にそういう会に……」

 

それでも、皆の言葉に胸が温かくなる。

 

気を遣わせている。

 

そう思う自分もいる。

 

だが、それだけではない。

 

皆が、自分とリュウジを見てくれている。

 

理由を聞かずに、ただ少し楽になれる場所を作ってくれている。

 

エリンは少しだけ目を伏せ、それから微笑んだ。

 

「ありがとう。じゃあ、今度、クッキーでも焼いてくるわね」

 

ククルの顔がぱっと明るくなる。

 

「エリンさんのクッキー!」

 

エマも静かに反応する。

 

「それは重要です」

 

カイエが少し笑う。

 

「エマ、すぐ食べ物に反応するね」

 

「エリンさんのクッキーなら当然」

 

ミラも嬉しそうに言う。

 

「楽しみです」

 

ランも少し身を乗り出す。

 

「私も食べたいです!」

 

エリンは笑った。

 

「じゃあ、今度ちゃんと焼いてくるね。みんなの分」

 

ユイがすぐに手を上げる。

 

「ユイも!」

 

エリンは膝を折って、ユイに微笑む。

 

「もちろん。ユイの分もね」

 

ユイは嬉しそうに笑った。

 

「やった!」

 

その光景を見て、リュウジは少し黙っていた。

 

エリンがクッキーを焼くと言った。

 

皆が喜ぶ。

 

ユイも喜ぶ。

 

その空気が、とても自然だった。

 

自分も何か返すべきだと思った。

 

義務ではない。

 

ただ、返したいと思った。

 

リュウジは少しだけ考え、それから口を開いた。

 

「俺も」

 

全員の視線がリュウジへ向く。

 

リュウジは少しだけ困ったようにしながら続けた。

 

「次の休みに、連れて行きたい所がある」

 

一瞬、部屋が静かになった。

 

それから、ククルの目が輝いた。

 

「連れて行きたい所、ですか?」

 

「ああ」

 

エマが静かに聞く。

 

「食べ物がありますか」

 

カイエがすぐに言う。

 

「エマ、そこから聞くんだ」

 

「大事」

 

リュウジは少しだけ考えた。

 

「ある」

 

エマの表情が少し明るくなった。

 

「重要です」

 

ククルが身を乗り出す。

 

「どこですか? どこですか?」

 

リュウジは首を横に振る。

 

「当日まで内緒だ」

 

ランが思わず声を上げる。

 

「ええっ、気になります!」

 

ミラが袖を引く。

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん。でも気になります」

 

ガーネットも少し興味を持ったように言う。

 

「リュウジが連れて行きたい場所って、少し意外ね」

 

カイエが頷く。

 

「たしかに。リュウジさんが自分から言うのは珍しいですね」

 

リュウジは少し目を伏せた。

 

「前から、いつか行ければと思っていた場所だ」

 

エリンが静かにリュウジを見る。

 

「私たち全員で?」

 

「はい」

 

「十四班で?」

 

「はい」

 

その返事に、エリンの胸の奥が少しだけ揺れた。

 

十四班で。

 

次の休みに。

 

連れて行きたい所がある。

 

それは、ただの外出の提案ではなかった。

 

リュウジが、自分から「次」を口にした。

 

未探索領域のことを抱えながら。

 

二月から四月の依頼を考えながら。

 

それでも、次の休みの話をした。

 

皆で行く場所の話をした。

 

エリンは、それが嬉しかった。

 

「楽しみにしてる」

 

エリンがそう言うと、リュウジは少しだけ頷いた。

 

「はい」

 

タツヤ班長がにやりと笑う。

 

「リュウジが企画か。珍しいねぇ」

 

「企画というほどではありません」

 

「いや、十分企画だよ」

 

ククルが笑う。

 

「すごい楽しみです!」

 

エマも頷く。

 

「食べ物があるなら安心です」

 

カイエが静かに言う。

 

「エマの基準はそこなんだね」

 

「かなり大事」

 

ミラがランを見る。

 

「ラン、楽しみだね」

 

「うん! でも何だろう。星を見るところかな。食べ物があるなら、展望レストランとか?」

 

「ラン、もう予想が始まってる」

 

「気になるから」

 

ガーネットが少し柔らかく言う。

 

「当日まで内緒なら、楽しみにしておきましょう」

 

ユイがリュウジの袖を引いた。

 

「ユイも行ける?」

 

リュウジは少しだけ困った顔をした。

 

「場所によるな」

 

ユイは頬を膨らませる。

 

「ユイも行きたい」

 

エリンが優しく言う。

 

「ユイは、班長に聞いてからね」

 

タツヤ班長が笑う。

 

「場所次第だね」

 

ユイは少し不満そうだったが、すぐにケーキへ視線を戻した。

 

「じゃあ、ケーキもう少し」

 

エリンがすぐに言う。

 

「ユイ、少しだけね」

 

リュウジがケーキの皿に手を伸ばしかける。

 

エリンが横から見る。

 

「リュウジ」

 

「少しだけです」

 

「まだ何も言ってない」

 

「言われる前に」

 

「そういうところ」

 

ククルが小さく笑う。

 

「やっぱり夫婦みたいです」

 

エリンが頬を赤くする。

 

「ククル」

 

「すみません」

 

エマが静かに続ける。

 

「でも、今のはかなり自然でした」

 

「エマ」

 

カイエはお茶を飲みながら小さく言う。

 

「否定しづらいですね」

 

「カイエまで」

 

ランも小声でミラに言う。

 

「やっぱり……」

 

ミラが袖を引く。

 

「ラン、今日は三回目」

 

「あ、ごめん」

 

リュウジは目を伏せたまま、ユイの皿にケーキをほんの少しだけ乗せた。

 

エリンが量を確認する。

 

「それくらいならいいよ」

 

「はい」

 

そのやり取りを見て、タツヤ班長は楽しそうに笑った。

 

 

プレゼント交換が始まった。

 

番号札を引き、同じ番号の包みを受け取る。

 

ククルが引いたのは、ミラが用意した小さな髪飾りだった。

 

「かわいい!」

 

ミラは少し照れたように言う。

 

「よかったです」

 

ククルはすぐに髪に当てる。

 

「似合う?」

 

エマが静かに頷く。

 

「似合う」

 

カイエも言う。

 

「うん、ククルっぽい」

 

「ほんと? ありがとう!」

 

エマが引いたのは、カイエが用意した小さな茶葉のセットだった。

 

「これは……」

 

カイエが言う。

 

「エマ、甘いものを食べる時に合いそうだったから」

 

エマの表情が少しだけ明るくなる。

 

「分かってるね、カイエ」

 

「付き合い長いからね」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、すごい嬉しそう」

 

「嬉しい」

 

カイエが引いたのは、ククルの用意した手作りの小さな布製ポーチだった。

 

「これ、ククル?」

 

「うん。細かいもの入れられるかなって」

 

カイエはそれを手に取った。

 

「ありがとう。使う」

 

ククルは嬉しそうに笑った。

 

ミラが引いたのは、エマの用意した焼き菓子の詰め合わせ。

 

「ありがとうございます」

 

エマが頷く。

 

「訓練後に食べるといい」

 

ランがすぐに覗き込む。

 

「ミラ、いいな」

 

「ラン、あとで少し分けるよ」

 

「本当?」

 

「うん」

 

ランが引いたのは、ガーネットの用意した小さな手帳だった。

 

「わ、きれい……」

 

ガーネットは少しだけ説明する。

 

「訓練で気づいたことを書く用に。ランは反応が早いから、後で整理する場所があるといいと思って」

 

ランは手帳を大事そうに抱えた。

 

「ありがとうございます、ガーネットさん」

 

「使ってくれたら嬉しい」

 

ガーネットが引いたのは、ランの用意した星柄のハンカチだった。

 

ランは少し慌てる。

 

「すみません、そんなに高いものじゃなくて」

 

ガーネットは首を横に振った。

 

「いいえ。綺麗ね」

 

「本当ですか?」

 

「うん。ありがとう」

 

ランは嬉しそうに笑った。

 

ユイが引いたのは、ククルが用意した小さなぬいぐるみだった。

 

「かわいい!」

 

ユイはぬいぐるみを抱きしめる。

 

ククルが笑う。

 

「ユイちゃん、気に入った?」

 

「うん!」

 

ガーネットが用意した星飾りと、ククルのぬいぐるみ。

 

ユイの手はいっぱいになっていた。

 

タツヤ班長はその様子を見て、少し目を細めた。

 

「ユイ、よかったね」

 

「うん!」

 

プレゼント交換が進む中で、エリンとリュウジは何も受け取らないつもりでいた。

 

だが、ククルが二つの小さな包みを持ってきた。

 

「エリンさんとリュウジさんにもあります」

 

エリンは驚く。

 

「え、でも私たちは用意していないのに」

 

ククルは笑った。

 

「だから大丈夫ですって言ったじゃないですか」

 

エマも頷く。

 

「参加賞です」

 

リュウジが少し困った顔をする。

 

「参加賞か」

 

「はい」

 

カイエが静かに言う。

 

「二人に来てもらうための会でもありましたから」

 

エリンは言葉を失った。

 

ククルがエリンに渡した包みの中には、小さなハンドクリームが入っていた。

 

「エリンさん、手が荒れやすいって前に言っていたので」

 

エリンはそれを見て、少しだけ目を細めた。

 

「覚えていてくれたの?」

 

「はい」

 

「ありがとう、ククル」

 

ククルは嬉しそうに笑った。

 

リュウジの包みには、小さな携帯用の箸が入っていた。

 

エマが静かに言う。

 

「唐揚げ用ではありません」

 

カイエが横から言う。

 

「言わなくても、リュウジさんはそう思っていなかったと思う」

 

エマは少し考える。

 

「念のため」

 

リュウジは箸を見て、少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとう」

 

エマが頷く。

 

「よく食べる時に使ってください」

 

「ああ」

 

エリンはその様子を見て、微笑んだ。

 

「本当に、ありがとう。次はちゃんと私も用意するね」

 

リュウジも静かに言う。

 

「俺も、何か考えます」

 

タツヤ班長がにやりとする。

 

「連れて行きたい場所があるんだろ?」

 

全員の視線がまたリュウジへ集まる。

 

リュウジは少しだけ困ったように頷いた。

 

「はい」

 

ククルが目を輝かせる。

 

「絶対行きます!」

 

エマも言う。

 

「食べ物があるなら行きます」

 

カイエが笑う。

 

「エマ、それだと食べ物がなかったら行かないみたい」

 

「行く。でも、食べ物がある方がいい」

 

ミラが微笑む。

 

「楽しみです」

 

ランも頷く。

 

「はい! すごく楽しみです!」

 

ガーネットも静かに言う。

 

「リュウジさんが選ぶ場所なら、何か意味がありそうね」

 

リュウジは少しだけ黙った。

 

「意味は、ある」

 

その言葉に、エリンは静かにリュウジを見た。

 

意味がある。

 

リュウジがそう言うなら、きっとただの遊び場所ではない。

 

でも、今は聞かない。

 

当日まで内緒だと言ったのだから、待つ。

 

それもまた、今のエリンに必要なことだった。

 

 

パーティーは、その後も穏やかに続いた。

 

ユイはぬいぐるみと星飾りを抱えたまま、あちこちに見せて回った。

 

「見て! 星!」

 

ガーネットが優しく頷く。

 

「綺麗ね」

 

「ガーネットがくれた!」

 

「うん」

 

「こっちはククル!」

 

「そうだよ」

 

ククルが笑う。

 

「ユイちゃん、ちゃんと覚えてるね」

 

「うん!」

 

ユイは次にリュウジのところへ来る。

 

「リュウジ、見て!」

 

リュウジは膝を折って目線を合わせた。

 

「よかったな」

 

「うん!」

 

「落とさないように」

 

「落とさない!」

 

エリンが横から言う。

 

「ユイ、走ると落とすよ」

 

「走らない!」

 

言った直後、ユイは少し早歩きになり、エリンがすぐに声をかける。

 

「ユイ」

 

「走ってない!」

 

「早歩き」

 

「早歩きはいい?」

 

リュウジが言いかける。

 

「少しなら――」

 

エリンが見る。

 

「リュウジ」

 

「……ゆっくり歩こう」

 

ユイは少し不満そうにしながらも頷いた。

 

「はーい」

 

ククルが笑い、エマが静かにケーキを切り分け、カイエが飲み物を足していく。

 

ミラとランは、飾りの前で写真を撮っていた。

 

ランは何度も姿勢を直し、ミラに笑われている。

 

ガーネットはその様子を見ながら、少しだけ穏やかな顔をしていた。

 

十四班。

 

まだ完全に馴染んだわけではない。

 

過去が消えたわけでもない。

 

けれど、今ここに自分の場所が少しだけある。

 

それを感じていた。

 

エリンは、部屋の端でその全体を見ていた。

 

座っていろと言われたのに、結局立ってしまっている。

 

だが、今日は指示を出しているわけではない。

 

ただ見ている。

 

皆が笑っている。

 

リュウジが唐揚げを食べている。

 

ユイが嬉しそうに飾りを持っている。

 

タツヤ班長が楽しそうに見守っている。

 

それだけで、少しだけ救われる気がした。

 

「エリンさん」

 

リュウジが横に来た。

 

エリンは少し驚く。

 

「リュウジ」

 

「少し、外を見ますか」

 

エリンは部屋の中を見た。

 

皆はまだ楽しそうに話している。

 

「今?」

 

「はい。少しだけ」

 

エリンはリュウジの表情を見た。

 

まだ完全には晴れていない。

 

けれど、数日前より少し柔らかい。

 

エリンは頷いた。

 

「うん。少しだけ」

 

二人は多目的スペースのすぐ外、窓際の通路へ出た。

 

窓の外には、人工の雪のような光が流れている。

 

クリスマス演出として、宇宙港の外縁に小さな光粒が散らされていた。

 

本物の雪ではない。

 

だが、それでも綺麗だった。

 

リュウジはしばらく黙っていた。

 

エリンも黙って待つ。

 

やがて、リュウジが静かに言った。

 

「今日、来てよかったです」

 

エリンは少し微笑む。

 

「うん。私も」

 

「皆が、何も聞かずにいてくれました」

 

「そうだね」

 

「たぶん、気づいています」

 

「うん。たぶんね」

 

リュウジは窓の外を見た。

 

「それでも、聞かないでいてくれるのは、ありがたいです」

 

エリンは静かに頷いた。

 

「十四班らしいね」

 

「はい」

 

少し沈黙が流れる。

 

リュウジは続けた。

 

「次の休みに連れて行きたい場所があります」

 

「うん」

 

「そこへ行ってから、もう一度話したいです」

 

エリンの表情が少しだけ変わる。

 

「未探索領域のこと?」

 

「はい」

 

「分かった」

 

エリンはすぐにはそれ以上聞かなかった。

 

聞きたいことはある。

 

どこへ行くのか。

 

何を見せたいのか。

 

そこで何を話すのか。

 

でも、リュウジが「行ってから」と言った。

 

なら、今は待つ。

 

「楽しみにしてる」

 

エリンはそう言った。

 

リュウジは小さく頷く。

 

「はい」

 

その時、扉の向こうからククルの声が聞こえた。

 

「エリンさん、リュウジさん、ケーキの予備を開けますよ!」

 

エリンは思わず笑った。

 

「予備、開けるんだ」

 

リュウジも少しだけ口元を緩めた。

 

「早いですね」

 

「エマがいるからね」

 

二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。

 

その笑いは、まだ小さい。

 

でも確かだった。

 

 

二人が戻ると、エマは本当に三つ目のケーキを開けていた。

 

カイエが少し呆れたように言う。

 

「エマ、予備じゃなかったの?」

 

「予備は使うためにある」

 

「そういう考え方なんだ」

 

ククルが笑う。

 

「まあ、みんな食べられそうだし、いいよね」

 

ミラも頷く。

 

「はい。美味しいです」

 

ランは嬉しそうに皿を持っている。

 

「予備があってよかったです!」

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん」

 

ガーネットも小さく笑っていた。

 

ユイはタツヤ班長の膝の近くで、ぬいぐるみを抱えながら眠そうにしている。

 

「ユイ、眠い?」

 

タツヤ班長が聞く。

 

「ねむくない……」

 

エリンが優しく笑う。

 

「眠い顔だよ」

 

リュウジが静かに言う。

 

「眠い時は、無理しない方がいい」

 

ユイはリュウジを見上げる。

 

「リュウジ、だっこ」

 

リュウジは少しだけ目を丸くした。

 

エリンが横から見る。

 

「リュウジ」

 

「少しだけです」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「……言われる前に」

 

タツヤ班長が笑った。

 

「リュウジ、本当にユイに甘いねぇ」

 

リュウジはユイをそっと抱き上げた。

 

ユイはぬいぐるみと星飾りを抱えたまま、リュウジの腕の中で目を閉じる。

 

エリンが自然に上着を直す。

 

「リュウジ、少し右」

 

「はい」

 

「星飾り、落ちそう」

 

「持ち直しました」

 

「ありがとう」

 

そのやり取りを見て、ククルがまた小声で言う。

 

「やっぱり……」

 

エリンが振り返る。

 

「ククル」

 

「すみません」

 

でも、エリンの声はあまり強くなかった。

 

頬は少し赤い。

 

けれど、嫌そうではない。

 

リュウジは困ったように黙っている。

 

ランがまたミラに小声で言う。

 

「夫婦みたいですね」

 

ミラが小さくため息をつく。

 

「ラン、今日何回目?」

 

「ごめん。でも、見えるから……」

 

ガーネットも静かに頷く。

 

「見えるわね」

 

カイエが淡々と言う。

 

「否定は難しいですね」

 

エリンは目を細める。

 

「みんな、今日は少し自由すぎるよ」

 

タツヤ班長が笑う。

 

「クリスマスだからね」

 

「班長まで」

 

その場に、また笑いが広がった。

 

リュウジはユイを抱えたまま、その笑いを聞いていた。

 

温かい。

 

そう思った。

 

そして少しだけ、怖くもなった。

 

この場所を離れるかもしれない。

 

二か月。

 

未探索領域。

 

その言葉は、まだ消えない。

 

だが、今日ここで見たものは、リュウジの中で別の重さを持ち始めていた。

 

離れる場所ではなく、帰る場所。

 

そう考えれば、少しだけ違う。

 

リュウジは眠るユイを揺らさないように抱え直した。

 

エリンがそれに合わせて上着を整える。

 

二人の動きは自然だった。

 

その自然さが、周りをまた少しだけ笑顔にした。

 

 

パーティーが終わる頃、外の光粒はゆっくりと流れていた。

 

ユイは完全に眠り、タツヤ班長が抱えて帰ることになった。

 

ただし、リュウジが車寄せまで運ぶと言い、エリンが上着を整えた。

 

エマは残ったケーキを丁寧に分け、ククルは飾りを一部だけ残して片づけを始める。

 

カイエは進行表を閉じ、ミラとランに片づけの指示を出している。

 

ガーネットはユイが持ち帰る星飾りが袋に入っているか確認していた。

 

「ちゃんと入ってる?」

 

ククルが聞く。

 

「うん。ぬいぐるみも一緒にある」

 

「よかった」

 

ガーネットは少しだけ微笑む。

 

「ユイ、喜んでくれてよかった」

 

カイエがその横で静かに言う。

 

「よかったですね」

 

ガーネットはカイエを見た。

 

「うん」

 

短い返事。

 

でも、その中に少しだけ近さがあった。

 

パーティーの片づけが終わり、皆が多目的スペースを出る。

 

最後に、エリンが部屋を振り返った。

 

飾りの外された壁。

 

少し残った白いライト。

 

空になった皿。

 

三つとも開けられたケーキの箱。

 

その光景を見て、エリンは微笑んだ。

 

「いいパーティーだったね」

 

ククルが嬉しそうに言う。

 

「はい!」

 

エマが頷く。

 

「ケーキも良かったです」

 

カイエが少し笑う。

 

「エマは最後までケーキだね」

 

「大事」

 

ミラが言う。

 

「リュウジさんの次の休みの話、楽しみですね」

 

ランも頷く。

 

「はい! すごく楽しみです!」

 

ガーネットも静かに続ける。

 

「何を見せてくれるのか、気になるわね」

 

リュウジは少しだけ困ったようにする。

 

「あまり期待しすぎるな」

 

ククルが笑う。

 

「無理です。もう期待してます」

 

エマも頷く。

 

「食べ物もありますし」

 

カイエが言う。

 

「エマ、それは確認済みなんだね」

 

「はい」

 

エリンはリュウジを見た。

 

リュウジも、エリンを見る。

 

まだ話すべきことは残っている。

 

未探索領域のこと。

 

二か月のこと。

 

行くかどうか。

 

帰ること。

 

でも、今は皆の期待がある。

 

次の休みに、皆で行く場所がある。

 

その約束が、少しだけ未来を照らしていた。

 

タツヤ班長が眠るユイを見ながら言う。

 

「じゃあ、今日は解散。みんな、準備ありがとう」

 

ククル、エマ、カイエ、ミラ、ラン、ガーネットがそれぞれ頷く。

 

エリンも静かに頭を下げる。

 

「本当にありがとう。今度、クッキーを焼いてくるね」

 

ククルがすぐに反応する。

 

「楽しみにしてます!」

 

エマも真剣に言う。

 

「必ずお願いします」

 

「エマ、そこ真剣だね」

 

「重要なので」

 

皆が笑った。

 

リュウジも、小さく笑った。

 

ほんの少し。

 

けれど、今日の中で一番自然な笑いだった。

 

エリンはそれを見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

まだ答えは出ていない。

 

けれど、今日のクリスマスパーティーは確かに意味があった。

 

リュウジは一人で考えているだけではなかった。

 

エリンも一人で悩んでいるだけではなかった。

 

十四班が、そこにいた。

 

そして、次の休み。

 

リュウジが連れて行きたいと言った場所へ。

 

皆が、少しの期待を胸に、また一歩進むことになった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

クリスマスパーティーから数日が過ぎた。

 

スペースホープの中は、年末特有の落ち着かなさに包まれていた。

 

いつもなら、この時期の十四班はフライトで忙しい。

 

年末年始の帰省便、観光便、臨時便。

 

乗客の数も増え、客室側も操縦側も息をつく暇がなくなる。

 

だが今年の十四班は、少し違っていた。

 

正式な出番は年明けから。

 

年内は応援待機と訓練調整が中心で、いつもより少しだけ余白がある。

 

その余白が、かえって落ち着かない者もいた。

 

特にリュウジは、相変わらず表情が堅かった。

 

クリスマスパーティーで少し緩んだものの、未探索領域の調査依頼は消えていない。

 

北の未探索領域。

 

二月から四月。

 

およそ二か月。

 

その言葉は、リュウジの中でまだ重く残っていた。

 

エリンも、それを知っている。

 

だから、必要以上には踏み込まない。

 

だが、何もできないわけではなかった。

 

その日の訓練後。

 

十四班のフロアに、甘い匂いが広がった。

 

「何の匂い?」

 

ククルが顔を上げる。

 

エマはすぐに反応した。

 

「焼き菓子」

 

「エマ、早いね」

 

「分かる」

 

カイエも端末から顔を上げた。

 

「クッキーかな」

 

ミラは少し首を傾げる。

 

「クッキー、ですか?」

 

ランがぱっと顔を明るくする。

 

「いいですね!」

 

ミラがすぐに小声で言う。

 

「ラン、声」

 

「あ、ごめん。でも、いい匂い」

 

フロアの扉が開いた。

 

入ってきたのは、エリンだった。

 

手には、綺麗に包まれた箱がいくつもある。

 

「みんな、少し時間ある?」

 

ククルがすぐに立ち上がる。

 

「あります!」

 

「ククル、声」

 

カイエが横から言う。

 

ククルは少し笑って肩をすくめた。

 

「ごめん、つい」

 

エリンは微笑んだ。

 

「この前の約束。クッキーを焼いてきたの」

 

その言葉に、フロアの空気が一気に明るくなった。

 

エマの目が、分かりやすく変わる。

 

「エリンさんのクッキー」

 

「エマ、反応が早いね」

 

エリンが笑う。

 

「クリスマスパーティーで言ったからね。ちゃんとみんなの分を焼いてきたよ」

 

ククルが嬉しそうに手を合わせる。

 

「ありがとうございます、エリンさん!」

 

カイエも静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

エマは箱を見つめている。

 

「種類は何ですか?」

 

「バタークッキーと、ナッツ入りと、少しだけチョコを混ぜたもの」

 

エマの表情がさらに真剣になる。

 

「三種類」

 

「うん」

 

「重要です」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、もう食べる気満々だね」

 

「当然」

 

カイエが少し呆れたように笑った。

 

「エマらしいね」

 

エリンは一人ずつに小さな包みを渡していった。

 

ククルには、少し多めのチョコ入り。

 

「ククルは甘い方が好きそうだから」

 

「分かります? 嬉しいです!」

 

エマには、三種類をきっちり同じ数で詰めた包み。

 

「エマは比べそうだから」

 

「比べます」

 

「やっぱり」

 

カイエには、ナッツ入りを少し多めにした。

 

「カイエは、甘すぎない方が好きかなと思って」

 

カイエは包みを受け取って、少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

ミラには、小さめに焼いたものを多めに。

 

「ミラは、訓練の合間に少しずつ食べるかなと思って」

 

ミラは丁寧に受け取る。

 

「ありがとうございます。大事に食べます」

 

ランには、割れにくい厚めのクッキーを入れた。

 

「ランは、持ち歩いても大丈夫なように」

 

ランは目を輝かせる。

 

「ありがとうございます! あ、すみません、声が……」

 

ミラが横で笑う。

 

「今日は少しなら大丈夫」

 

「本当?」

 

「うん」

 

ガーネットにも、エリンは包みを渡した。

 

「ガーネットの分も」

 

ガーネットは少し驚いたようにエリンを見る。

 

「私にも、ですか」

 

「もちろん。十四班全員の分だから」

 

ガーネットは包みを両手で受け取った。

 

「ありがとうございます、エリンさん」

 

「どういたしまして」

 

ガーネットは少しだけ目を伏せた。

 

こういう時、エリンは自然に全員の中へ入れてくる。

 

過去のことを忘れたわけではない。

 

でも、今ここにいる者として扱う。

 

その自然さが、ガーネットには少し眩しかった。

 

そして最後に、エリンはリュウジの前に立った。

 

リュウジは少しだけ姿勢を正す。

 

「エリンさん」

 

「リュウジの分」

 

エリンはクッキーの包みを渡した。

 

リュウジは両手で受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

「唐揚げほどじゃないかもしれないけど」

 

「いえ。嬉しいです」

 

リュウジは真面目にそう言った。

 

その声に、エリンは少しだけ微笑んだ。

 

そして、周囲に気づかれないように、もう一つ小さな包みをリュウジの手元へ滑らせた。

 

リュウジの指が止まる。

 

「……エリンさん?」

 

エリンは声を落とした。

 

「クリスマスプレゼント。遅くなったけど」

 

リュウジは小さな包みを見る。

 

布の柔らかい感触。

 

「開けても?」

 

「ここでは、あとで」

 

エリンは少しだけ目を逸らした。

 

「みんなに見られると、また何か言われるから」

 

リュウジは一瞬だけ周囲を見た。

 

ククルとエマは、明らかにこちらを気にしている。

 

カイエは気づいているが、あえて見ていないふりをしている。

 

ミラとランは、リュウジの手元までは見えていない。

 

ガーネットは少し目を細めたが、何も言わなかった。

 

リュウジは包みをそっと上着の内側へ入れた。

 

「ありがとうございます。大切にします」

 

エリンは少しだけ頬を赤くした。

 

「まだ中身、見てないでしょ」

 

「エリンさんがくれたものなので」

 

その言葉に、エリンは一瞬だけ黙った。

 

そして、少し困ったように笑った。

 

「そういうこと、自然に言うよね」

 

「すみません」

 

「謝るところじゃないよ」

 

ククルが小声でエマに言う。

 

「今の、絶対何か渡したよね」

 

エマも小声で返す。

 

「渡した」

 

カイエが二人を見る。

 

「見なかったことにしよう」

 

ククルが小さく頷く。

 

「うん」

 

エマも頷く。

 

「でも、気になる」

 

「エマ」

 

「見ない」

 

ガーネットはクッキーの包みを見ながら、少しだけ微笑んでいた。

 

「十四班って、本当に分かりやすいわね」

 

カイエが静かに言う。

 

「そうですね」

 

ガーネットはカイエを見る。

 

「今のは、私にも敬語なのね」

 

「ガーネットさんには敬語です」

 

「そう」

 

ガーネットは少しだけ笑った。

 

「少し距離を感じるけど、悪くないわ」

 

カイエは何も言わなかった。

 

ただ、少しだけ目を伏せた。

 

 

その日の夕方。

 

訓練後のフロアは、いつもより少しだけゆっくりしていた。

 

年末が近い。

 

お正月間近。

 

通常なら、フライト予定の確認や乗務調整で慌ただしい時期だ。

 

だが、十四班の出番は年明けからの応援。

 

今は、次の体制に向けて準備を整える時間だった。

 

ククルはクッキーを一枚食べて、目を輝かせた。

 

「おいしい……」

 

エマも静かに頷く。

 

「かなりおいしいです」

 

「エマ、それ本気で言ってるね」

 

「本気」

 

カイエはナッツ入りを食べて、少しだけ表情を緩めた。

 

「甘すぎなくていいね」

 

ミラも小さく頷く。

 

「はい。食べやすいです」

 

ランはクッキーを両手で持ちながら、嬉しそうに言う。

 

「すごくおいしい。ミラ、あとで半分交換しない?」

 

ミラは笑う。

 

「いいよ」

 

「やった」

 

その自然なやり取りを見て、エリンは少し嬉しそうにしていた。

 

リュウジは少し離れた席で、包みをまだ開けずに持っていた。

 

エリンが近づく。

 

「まだ開けないの?」

 

リュウジは少しだけ目を伏せる。

 

「あとで、一人の時に見ます」

 

「そんな大げさなものじゃないよ」

 

「それでも」

 

エリンは少しだけ笑った。

 

「分かった」

 

リュウジは静かに頷いた。

 

その包みの中身は、マフラーだった。

 

宇宙港の外縁や冷却区画近くでは、人工空調が冷えることがある。

 

普段、リュウジはあまり寒いとは言わない。

 

でも、エリンは知っている。

 

外縁通路で考え込んでいる時、リュウジは上着をきちんと閉めない。

 

首元が冷えていても、気にしない。

 

だから選んだ。

 

派手ではない、落ち着いた色のマフラー。

 

リュウジに似合うと思った。

 

ただ、それを本人に正面から言うのは、少し照れくさかった。

 

リュウジも、エリンのその気持ちをなんとなく察していた。

 

だから、ここでは開けなかった。

 

皆の前で開ければ、きっとからかわれる。

 

エリンが困る。

 

それは避けたかった。

 

ただ、胸の奥は温かかった。

 

 

クッキーを食べ終えた頃、タツヤ班長がフロアに顔を出した。

 

「お、いい匂いがするね」

 

エリンがすぐに振り返る。

 

「班長の分もあります」

 

「本当?」

 

「はい。もちろんです」

 

エリンは別に分けておいた包みを渡した。

 

タツヤ班長は嬉しそうに受け取る。

 

「ありがとう。エリンのクッキーは久しぶりだね」

 

「そうですね。最近、なかなか焼けなかったので」

 

「忙しかったからねぇ」

 

タツヤ班長は包みを見て、それからフロアの面々を見渡した。

 

「みんな、少し落ち着いてるみたいだね」

 

ククルが笑う。

 

「エリンさんのクッキー効果です」

 

エマも頷く。

 

「大きいです」

 

カイエが静かに言う。

 

「甘いものは、空気を変えますね」

 

「カイエまで言うんだ」

 

タツヤ班長は笑った。

 

ランが少し身を乗り出す。

 

「班長、年明けからの応援って、やっぱり忙しくなりますか?」

 

「なるだろうね。年始便が落ち着いた頃に、いくつか応援が入ると思う」

 

ミラが丁寧に頷く。

 

「分かりました。準備しておきます」

 

「うん。でも年内は少し余裕がある。今のうちに休めるところは休んでおこう」

 

その言葉に、エリンが少し頷いた。

 

「そうですね」

 

タツヤ班長はリュウジを見る。

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「例の話、まだ考えてる?」

 

フロアの空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

タツヤ班長は、すぐにそれ以上踏み込まなかった。

 

この場で未探索領域の話を広げるつもりはない。

 

リュウジも、それを理解していた。

 

「はい。まだ考えています」

 

「そうか」

 

タツヤ班長は軽く頷く。

 

「焦らなくていい」

 

「はい」

 

エリンはそのやり取りを静かに聞いていた。

 

ククル、エマ、カイエ、ミラ、ラン、ガーネットも、何かあることは感じた。

 

だが、誰も聞かなかった。

 

聞かないことも、今は支えることだと分かっていた。

 

リュウジは少しだけ息を吸った。

 

そして、フロアの全員を見る。

 

「この前、言った場所のことですが」

 

ククルがすぐに顔を上げる。

 

「連れて行きたい所ですか?」

 

「うん」

 

エマも静かに姿勢を正す。

 

「食べ物がある場所ですね」

 

カイエが小さく言う。

 

「エマ、そこはもう確定なんだね」

 

「確認済み」

 

ミラが少し笑う。

 

「どこなんでしょう」

 

ランも目を輝かせる。

 

「気になっていました」

 

ガーネットはリュウジを見る。

 

「リュウジさんが言うなら、ただの観光ではなさそうですね」

 

リュウジは少しだけ黙った。

 

それから、静かに言った。

 

「ロカA2に行こうと思う」

 

その言葉で、空気が止まった。

 

ククルが瞬きをする。

 

「ロカA2……?」

 

エマが少し首を傾げる。

 

「ロカA2って、あのロカA2ですか?」

 

カイエも表情を引き締めた。

 

「観光地、という感じではないですね」

 

ミラは少し不安そうに言う。

 

「ロカA2に、ですか?」

 

ランも声を少し落とした。

 

「何か、理由があるんですか?」

 

リュウジは頷いた。

 

「理由はある」

 

ククルが少し身を乗り出す。

 

「どんな理由ですか?」

 

リュウジは首を横に振った。

 

「今は言わない」

 

「内緒ですか?」

 

「うん」

 

エマが少し考えてから聞く。

 

「食べ物はありますか」

 

カイエがすぐに見る。

 

「エマ、そこは聞くんだ」

 

「重要」

 

リュウジは少しだけ考えた。

 

「ある」

 

エマの表情が少し明るくなった。

 

「なら、行きます」

 

ククルが笑う。

 

「エマ、判断早い」

 

「大事な確認は終わった」

 

ミラはランを見る。

 

「ラン、楽しみ?」

 

ランは頷く。

 

「うん。ロカA2、行ってみたい」

 

ミラは少し驚く。

 

「ラン、今は普通口調」

 

「あ」

 

ランは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「ミラには、普通でいいんだった」

 

「うん」

 

その小さなやり取りに、フロアの空気が少しだけ柔らかくなる。

 

ガーネットはリュウジを見たまま、静かに聞いた。

 

「リュウジさん、その目的は、今は誰にも言わないつもりですか」

 

「はい」

 

「エリンさんにも?」

 

リュウジは少しだけエリンを見た。

 

エリンもリュウジを見る。

 

リュウジは静かに答えた。

 

「エリンさんにも、まだ言っていません」

 

エリンは小さく頷いた。

 

「うん。聞いてない」

 

ククルが目を丸くする。

 

「エリンさんにも内緒なんですね」

 

エリンは少しだけ微笑んだ。

 

「そうみたい」

 

カイエはリュウジを見る。

 

「リュウジさんがそこまで内緒にするなら、何か考えがあるんですね」

 

リュウジは頷く。

 

「ある」

 

ガーネットは少しだけ目を細めた。

 

「分かりました。では、今は聞きません」

 

ランが少しそわそわする。

 

「気になりますけど……聞かない方がいいんですよね」

 

ミラが小さく言う。

 

「うん。リュウジさんが当日まで内緒にするなら、待とう」

 

「分かった」

 

ククルも頷いた。

 

「じゃあ、当日まで楽しみにしてます!」

 

エマも言う。

 

「食べ物も」

 

カイエが笑う。

 

「エマはそこだけ忘れないね」

 

「忘れない」

 

タツヤ班長はリュウジを見ていた。

 

「ロカA2か」

 

「はい」

 

「年内に行く?」

 

「行けるなら」

 

「分かった。行程はこっちでも確認するよ。ただし、無茶な予定にはしない」

 

「はい」

 

タツヤ班長は軽く頷いた。

 

「それと、目的は内緒でいい。ただ、危ないことなら先に言えよ」

 

リュウジは少しだけ真面目な顔になる。

 

「危険な場所へ連れて行くつもりはありません」

 

「ならいい」

 

エリンはリュウジの横に立つ。

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「ロカA2で、何かを見せたいんだね」

 

リュウジは少しだけ目を伏せた。

 

「はい」

 

「分かった。じゃあ、待つ」

 

リュウジは顔を上げた。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、当日になっても言わなかったら怒るかも」

 

リュウジは少しだけ困った顔をした。

 

「それは、困ります」

 

「じゃあ、ちゃんと話して」

 

「はい」

 

その返事は、いつものように短い。

 

けれど、少しだけ違っていた。

 

一人で考えている時の硬さではない。

 

誰かと一緒に進むための返事だった。

 

タツヤ班長は、その二人を見て少しだけ笑った。

 

「じゃあ、決まり。次の休みはロカA2だ」

 

ククルが明るく言う。

 

「はい!」

 

エマがクッキーをもう一枚手に取りながら言う。

 

「楽しみです」

 

カイエも静かに頷いた。

 

「私も」

 

ミラは丁寧に言う。

 

「準備しておきます」

 

ランも少しだけ声を抑えて言った。

 

「楽しみにしています」

 

ガーネットは包みを胸元に持ち、静かに頷いた。

 

「私も、行きます」

 

エリンは皆を見渡した。

 

十四班。

 

年末。

 

年明けからの応援。

 

その前に、ロカA2へ行く。

 

リュウジが皆に見せたいと言った場所へ。

 

ただし、その理由はまだ内緒。

 

未探索領域のことも、二か月のことも、何も終わっていない。

 

けれど、次に向かう場所は決まった。

 

それだけで、少しだけ前に進んだ気がした。

 

リュウジは、上着の内側にしまった小さな包みにそっと手を触れた。

 

エリンから渡されたマフラー。

 

まだ開けていない。

 

けれど、その温かさだけは、もう分かっていた。

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