サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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ナミとマリ

 

 

木星圏内。

 

宇宙管理局本部。

 

ペルシアの統括官室には、年末の静けさなどほとんどなかった。

 

端末には、オペレーションルーム設置に関する資料がいくつも開かれている。

 

一次情報受付。

 

通信補助。

 

記録整理。

 

宇宙警察連携。

 

事故と事件の境界が曖昧な案件への対応。

 

緊急医療搬送。

 

現場からの映像と音声の取り扱い。

 

統括官が判断するために、どの情報を、どの順番で、どの形式で上げるのか。

 

それを決めるだけで、いくら時間があっても足りなかった。

 

「……本当に、面倒ね」

 

ペルシアが端末を見ながら呟く。

 

隣に立っていたフレイが、淡々と答えた。

 

「統括官、先ほどから三回目です」

 

「何が」

 

「“面倒”という発言です」

 

「数えなくていい」

 

「記録には残していません」

 

「残したら怒るわよ」

 

「承知しています」

 

フレイはいつも通りだった。

 

統括官補佐として、ペルシアの横に立ち、資料と手続きと現実を淡々と差し込んでくる。

 

ペルシアが勢いで動けば、フレイが書式を整える。

 

ペルシアが人材を引っ張ろうとすれば、フレイが権限と配置条件を確認する。

 

ペルシアがため息を吐けば、フレイが回数を数える。

 

それがありがたいのか面倒なのか、ペルシアには時々分からなくなる。

 

「リリアの件は?」

 

ペルシアが聞くと、フレイは端末を切り替えた。

 

「局長承認は下りています。イーナさんに続き、リリアさんも正式メンバーとして登録可能です。ただし、宇宙警察との関係性が強いため、配置条件は明文化する必要があります」

 

「宇宙警察からの出向扱いではないこと。機密情報を持ち込まないこと。オペレーションルームの情報を無断で警察へ流さないこと」

 

「はい。その三点は既に条件案に入れています」

 

「よし」

 

ペルシアは椅子に深く座り直した。

 

イーナに続き、リリアも正式メンバーとなる。

 

それは大きい。

 

リリアは宇宙警察本部長グレイの娘だ。

 

ただの縁故ではない。

 

幼い頃から宇宙警察本部に出入りし、警察側の言葉、緊急照会の流れ、警備区画の取次、身元確認の手順を知っている。

 

宇宙管理局のオペレーションルームが本格稼働すれば、宇宙警察との衝突は必ず増える。

 

事故か事件か。

 

救助か捜査か。

 

未登録船か遭難船か。

 

身元不明者か容疑者か。

 

その境界で揉めた時、警察側の言葉を管理局側が判断できる形に変換できる人材は貴重だった。

 

その意味で、リリアは必要だった。

 

ただし、危うさもある。

 

宇宙警察の監視役と思われれば、内部から警戒される。

 

逆に、宇宙管理局が宇宙警察へすり寄ったように見られれば、外から疑われる。

 

だからこそ、条件を明確にする必要があった。

 

「イーナは?」

 

「資料整理室からこちらへ向かっています」

 

フレイが答えた直後、扉が控えめに叩かれた。

 

「ペルシア統括官、失礼します」

 

イーナだった。

 

資料端末を抱え、少し緊張しながらも、以前よりは落ち着いた表情をしている。

 

「入って」

 

「はい」

 

イーナは一礼してから入室した。

 

ペルシアは端末を閉じる。

 

「リリアの正式登録、進めるわ」

 

イーナの表情が明るくなった。

 

「本当ですか」

 

「ええ。あなたに続いて、リリアも正式メンバー。宇宙警察連携補助としては、今の段階で必要だと判断した」

 

「よかったです。リリアさん、前回の訓練でかなり緊張されていましたが、回答順序は安定していました」

 

「ええ。感情に飲まれず、救助と警察連携を分けた。そこは評価する」

 

「はい」

 

イーナはペルシアに対して、終始敬語だった。

 

ペルシアも、それを無理に崩そうとはしない。

 

イーナの丁寧さは、弱さではない。

 

むしろ、受付や調整には必要なものだ。

 

相手の不安を増やさず、情報を整える。

 

その力は、今のオペレーションルームには欠かせなかった。

 

「イーナ」

 

「はい」

 

「リリアが正式に入ったら、最初はあなたと組ませる。宇宙警察連携の資料整理と、一次受付訓練の補助」

 

「承知しました」

 

「それと、フレイの資料も見て。あの人、正確だけど容赦ないから」

 

フレイが静かに言う。

 

「必要な正確さです」

 

ペルシアは横目で見る。

 

「ほらね」

 

イーナは困ったように微笑んだ。

 

「でも、フレイさんの資料はとても分かりやすいです」

 

「イーナ、あなたまでフレイ側?」

 

「いえ、その……事実です」

 

「最近、みんな私に容赦なくなってない?」

 

フレイが淡々と答えた。

 

「統括官がそういう人材を集めています」

 

「……それは否定できないわね」

 

その時、通信端末に着信が入った。

 

表示されたのは、スターフォックスの外部協力回線だった。

 

フレイが確認する。

 

「フォックスさん、ファルコさん、クリスタルさん、スリッピーさんです」

 

「つなげて」

 

画面が開く。

 

フォックスの落ち着いた顔。

 

その横に、腕を組んだファルコ。

 

少し身を乗り出しているスリッピー。

 

そして、通常の穏やかな表情のクリスタル。

 

『ペルシア、そっちはどうだ?』

 

フォックスが聞いた。

 

ペルシアは肩をすくめる。

 

「相変わらずよ。イーナに続いて、リリアも正式メンバーにする。今、条件を詰めてるところ」

 

スリッピーが嬉しそうに言う。

 

『リリア、正式に入るんだ。よかったね』

 

クリスタルも頷いた。

 

『リリアは必要だと思う。宇宙警察側の言葉を、そのまま管理局に持ってくるんじゃなくて、判断できる形に変えられる子だよ』

 

「そうなのよ」

 

ペルシアは指で端末を軽く叩いた。

 

「ただし、宇宙警察の窓口として固定するつもりはない。あくまでオペレーションルームの一員。そこを曖昧にすると面倒になる」

 

ファルコが鼻で笑う。

 

『もう十分面倒だろ』

 

「ファルコ、黙りなさい」

 

『はいはい』

 

フォックスが画面越しに少し笑った。

 

『ジェームズとシャオメイは?』

 

「まだ正式メンバーじゃない」

 

ペルシアは即答した。

 

「ジェームズは技術助言者としての協力。スリッピーとナウスを通じて、整備ログや機体の癖をオペレーションルーム用に変換してもらう。あの男をいきなり正式に入れたら逃げるわ」

 

スリッピーが苦笑する。

 

『ジェームズ、無愛想だけど、説明してくれる時はちゃんとしてるよ。たぶん、機械の話なら大丈夫』

 

「だからスリッピー経由なのよ」

 

ファルコが言う。

 

『人間相手より機械相手の方が会話できるタイプだな』

 

「その通り」

 

ペルシアは続ける。

 

「シャオメイもまだ正式じゃない。通信解析の協力体制。フォックス達が推薦してくれたのは助かってるけど、まだ若い。いきなり本部中核に入れるには早い」

 

クリスタルが静かに言う。

 

『シャオメイは伸びるよ。でも、場の圧に飲まれやすいところはある。最初は協力体制で見た方がいい』

 

「分かってる。通信ログ整理、訓練補助、ナウスの技術説明の補助。その辺りから」

 

フォックスが頷く。

 

『正式メンバーと協力者を分けておくのは正解だな』

 

「そうしないと組織がぐちゃぐちゃになる」

 

ペルシアがそう言った時だった。

 

扉が再び叩かれた。

 

今度は、通信補助課の課長だった。

 

入ってくる前から、顔が申し訳なさそうだった。

 

ペルシアはその顔だけで、話の種類を察した。

 

「……何その顔。面倒な相談でしょ」

 

課長は苦笑する。

 

「申し訳ありません。ご相談がありまして」

 

「ほら」

 

ファルコが画面の向こうで笑った。

 

『当たりだな』

 

「ファルコ、静かにして」

 

ペルシアは課長を見る。

 

「で、誰?」

 

課長は一瞬だけ言葉を選んだ。

 

「ナミとマリです」

 

その名前を聞いた瞬間、ペルシアの目が変わった。

 

フレイも端末から顔を上げる。

 

イーナも少し驚いたようにペルシアを見た。

 

「ナミとマリ?」

 

ペルシアはゆっくりと繰り返した。

 

「終了式の二人ね」

 

課長は頷いた。

 

「はい。通信補助課に配属された二名です」

 

クリスタルが画面越しに聞く。

 

『ペルシアが前に言っていた新人?』

 

「ええ」

 

ペルシアは腕を組んだ。

 

「半年の新人研修を終えた終了式で見つけた子達。ナミは危険の順番を見る。マリは通報者が言えていない情報を拾う。本当はメンバーとして仲間にしたかったけど、まだ新人だから、いきなり引っ張らずに配属先で基礎を積ませるつもりだった」

 

スリッピーが興味深そうに身を乗り出した。

 

『どんな子達なの?』

 

ペルシアは少しだけ目を細めた。

 

「ナミは、長い黒髪をポニーテールでまとめた子。終了式のデモで、通信障害想定なのに位置情報の確認が遅かったのを指摘した」

 

フォックスが聞く。

 

『位置情報?』

 

「そう。先輩オペレーターが“負傷者確認の次に位置情報”という手順で進めようとした。でもナミは、“通信障害想定なら、先に位置情報と再接続条件を取るべきです”と言った」

 

イーナが小さく頷く。

 

「通信が切れてしまった場合、負傷者情報だけ残っても救助艇が向かえませんね」

 

「その通り」

 

ペルシアは続けた。

 

「負傷者確認も大事。でも、通信が切れる前に取らないと消える情報がある。座標、現在位置、再接続条件。ナミはそこを見た」

 

クリスタルが言う。

 

『危険の順番を見ているんだね』

 

「そう。手順を覚えているだけじゃない。手順が現場の危険と合っているかを見る」

 

課長は苦い顔をした。

 

「その能力は確かです。ただ、配属後も同じように手順の危険を見つけると、その場で指摘します」

 

「噛み付くわけじゃないんでしょ」

 

「はい。噛み付くというほどではありません。本人も失礼に聞こえる可能性は自覚しています。ただ、危険だと思った時に黙れない」

 

「ナミらしいわね」

 

ペルシアは少しだけ口元を上げた。

 

「で、マリは?」

 

課長は続ける。

 

「マリは、短めの髪を綺麗にまとめた新人です。落ち着いていて、声も荒げません。ただ、背景音や通報者が言えていない情報を拾いすぎるため、周囲が戸惑っています」

 

ペルシアは頷く。

 

「終了式でもそうだった」

 

ファルコが画面越しに言う。

 

『背景音って、警報とかか?』

 

「そう。デモの通報者は“機関トラブル”と言っていた。でもマリは、背景音に圧力低下警報に似た音が混じっていると指摘した」

 

スリッピーが目を丸くする。

 

『それ、すごいね』

 

「すごいわよ」

 

ペルシアはあっさり認めた。

 

「通報者が言っていることだけ聞いていたら、機関トラブルで終わる。でも実際には、船内環境異常が同時発生している可能性がある。そうなると医療搬送も救助艇装備も変わる」

 

イーナが資料端末を抱え直す。

 

「救助艇に気密装備が必要かどうか、判断が変わりますね」

 

「そう」

 

ペルシアはマリの声を思い出した。

 

落ち着いていた。

 

無駄がなかった。

 

ただし、冷たいわけではない。

 

マリは“必要でも、言い方は考えるべきでした”と自分で言った。

 

相手の立場も見えている。

 

ただ、見える情報が多すぎて、周囲が追いつかない。

 

課長は少し肩を落とした。

 

「マリは数字と実績も見ます。誰がどの処理に強いか、どの手順で遅延が起きているか、かなり正確に出します。ただし、人を評価したいというより、判断遅れの原因を見つけようとしているようです」

 

「数字で人を切るんじゃなくて、遅れる理由を探している」

 

「はい。ですが、受け取る側はそう感じないことがあります」

 

「でしょうね」

 

ペルシアは椅子の背にもたれた。

 

ナミとマリ。

 

終了式で見つけた、通信席に必要な目を持つ二人。

 

候補N-01。

 

候補M-01。

 

ペルシアは、あの二人をすぐに引っ張らなかった。

 

新人だからだ。

 

自分が面白いと思ったからといって、すぐに統括官室へ呼べば、二人は“特別扱いされた新人”になる。

 

そうなれば、本人達にも周囲にも良くない。

 

だから通信補助課で基礎を積ませ、様子を見てから訓練協力候補として呼ぶつもりだった。

 

だが、予定より早く話が来た。

 

「……いきなり本部に入れるのもな」

 

ペルシアは小さく呟いた。

 

フレイが淡々と答える。

 

「統括官室預かりの訓練枠であれば、正式メンバーとは分けられます」

 

「フレイ、考える前に逃げ道を潰さないで」

 

「逃げ道ではなく、運用案です」

 

「本当に容赦ないわね」

 

フォックスが画面越しに聞く。

 

『受けるのか?』

 

ペルシアはしばらく黙った。

 

ナミは、通信が切れる前に取るべき情報を見る。

 

マリは、背景音や未登録信号、警察連携が救助判断を遅らせるリスクを拾う。

 

オペレーションルームには、どちらも必要だ。

 

今の本部には、イーナとリリアが正式メンバーとして入る。

 

フレイが補佐としている。

 

ジェームズとシャオメイは協力体制。

 

フォックス達も外部協力として関わる。

 

ここへナミとマリを入れれば、確実に面倒は増える。

 

だが、育てるなら今かもしれない。

 

ペルシアは深くため息を吐いた。

 

「はぁ……」

 

ファルコが笑う。

 

『そのため息、受けるやつだな』

 

「黙りなさい、ファルコ」

 

『当たりか』

 

スリッピーが少し心配そうに言う。

 

『でも、新人なんでしょ? 大丈夫?』

 

「大丈夫かどうかで言えば、大丈夫じゃないわね」

 

イーナが不安そうに言う。

 

「ペルシア統括官……」

 

「でも、必要」

 

クリスタルが静かに頷いた。

 

『必要なら、ちゃんと枠を作って入れた方がいい。問題児として引き取るんじゃなくて、能力を使えるように育てる枠』

 

ペルシアは画面のクリスタルを見る。

 

「あなた、本当にこういう時は言い方が上手いわね」

 

『普通に言ってるだけだよ』

 

「その普通が難しいのよ」

 

フレイが端末を開く。

 

「統括官室預かり。オペレーションルーム候補訓練枠。正式メンバーではなく、適性確認期間を設ける形でよろしいでしょうか」

 

ペルシアは課長を見る。

 

「分かった。ナミとマリは、こっちで預かる」

 

課長の表情が明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、厄介だから押し付ける形にはさせない。二人の能力評価、指摘内容、課内で生じた摩擦、指導履歴。全部、正式資料で出して」

 

「はい」

 

「それと、通信補助課で揉めたから逃げてきた子にはしない。こちらで預かる以上、育てる」

 

「承知しました」

 

「今すぐ連れてこられる?」

 

「はい。待機させています」

 

「なら呼んで」

 

課長が一礼し、いったん退室した。

 

ペルシアは椅子に座り直す。

 

「本当に、予定が崩れるわね」

 

フレイが言う。

 

「統括官が終了式で見つけた人材です」

 

「そうだけど」

 

「ご自身で候補登録されていました」

 

「したけど」

 

「なら、時期が早まっただけです」

 

「フレイ、あなたって本当に人の逃げ場をなくすわね」

 

「補佐ですので」

 

イーナが小さく笑った。

 

ペルシアは画面越しのフォックス達へ向き直る。

 

「フォックス、ファルコ、クリスタル、スリッピー。今から二人と話す。外部協力者として見ていて。必要なら後で意見を聞く」

 

フォックスが頷く。

 

『分かった』

 

ファルコは面白そうに笑う。

 

『面倒そうな新人だな』

 

クリスタルがすぐに言う。

 

『ファルコ、最初から面白がりすぎない』

 

『分かってるよ』

 

スリッピーは少し緊張した顔で言う。

 

『僕もちゃんと見るよ。通信席に必要な目なら、ナウスにも共有したい』

 

「お願い」

 

それから間もなく、扉が開いた。

 

課長に案内され、二人の新人が入ってくる。

 

ナミ。

 

長い黒髪をポニーテールでまとめ、背筋を伸ばしている。

 

表情は緊張しているが、目は逸らさない。

 

資料端末を両手で持つ姿勢からも、几帳面さが見える。

 

マリ。

 

短めの髪を綺麗にまとめ、落ち着いた表情で周囲を見ている。

 

声を出す前から、すでに部屋の音と人の配置を確認しているようだった。

 

ペルシアは二人を見て、少しだけ笑った。

 

「久しぶりね。終了式以来かしら」

 

ナミが目を見開く。

 

「覚えていらしたのですか」

 

「覚えてるわよ。あなた、通信障害想定なら位置情報と再接続条件を先に取るべきだって言ったでしょう」

 

ナミは少しだけ視線を落とした。

 

「はい。あの時は、失礼な割り込みだったと思っています」

 

「失礼ではあったわね」

 

ナミの肩が少し固まる。

 

ペルシアはすぐに続けた。

 

「でも、必要だった」

 

ナミは顔を上げた。

 

ペルシアは次にマリを見る。

 

「マリは、背景音の警報を拾った。圧力低下警報に似た音が混じっていたと」

 

マリは静かに頷く。

 

「はい。通報者の発言だけでは、機関トラブルとして扱われる可能性がありました。船内環境異常が同時に起きているなら、救助艇の装備判断と医療搬送の準備が遅れると思いました」

 

「それでいい」

 

ペルシアは頷いた。

 

ファルコが画面越しに小さく言う。

 

『本当に新人かよ』

 

マリは画面を見る。

 

「あなたはファルコさんですか」

 

『ああ』

 

「発言の反応が速いです。ただ、言葉の強さで相手が構える可能性があります」

 

一瞬、部屋が静かになった。

 

スリッピーが吹き出しかける。

 

ファルコは眉を上げた。

 

『……こいつ、面白いな』

 

クリスタルが軽くため息をつく。

 

『ファルコ、ほら、言われた通りだよ』

 

「マリ」

 

ペルシアが額に手を当てる。

 

「初対面でそれを言わない」

 

マリは少しだけ首を傾げた。

 

「申し訳ありません。指摘の優先順位を誤りました」

 

「自覚があるならいいわ」

 

ナミが横から静かに言う。

 

「今の指摘自体は正しいけど、先に挨拶でしょ」

 

マリはナミを見る。

 

「ナミも通信補助課で同じことをしてる」

 

ナミは一瞬黙った。

 

「……その通りだけど」

 

ペルシアは深くため息を吐いた。

 

「似た者同士ね」

 

フレイが端末に記録する。

 

「初回面談時点で、相互指摘傾向あり。ただし双方に自覚あり」

 

「フレイ、記録が早い」

 

「必要です」

 

ペルシアは二人へ向き直る。

 

「ナミ、マリ。通信補助課から話は聞いたわ」

 

ナミが口を開く。

 

「課内での評価について、一部補足があります」

 

「後で聞く。今は私から話す」

 

「はい」

 

「二人とも、能力はある。そこは終了式で見た。ナミは危険の順番を見た。通信が切れる前に取るべき情報を考えた。マリは背景音と通報者が言えていない情報を拾った。未登録信号や警察連携が救助を遅らせる危険も見えている」

 

二人は黙って聞いていた。

 

「だから本当は、オペレーションルームのメンバーとして仲間にしたいと思っていた。でも、まだ新人。いきなり中核に入れたら、あなた達も周囲も壊れる」

 

ナミは少しだけ眉を動かした。

 

「壊れる、ですか」

 

「ええ。ナミ、あなたの指摘は必要。でも、そのまま出すと相手は受け取れない。間違いは残ったまま、関係だけ壊れる」

 

ナミは目を伏せた。

 

「……その自覚はあります」

 

「なら直せる」

 

ナミは小さく頷く。

 

「はい」

 

ペルシアはマリを見る。

 

「マリ。あなたは落ち着いている。相手が言えていない情報を拾える。数字や実績も見られる。でも、数字や観察結果をそのまま出すと、相手は評価されたと感じて構える」

 

マリは静かに答えた。

 

「はい。必要な指摘を、相手が受け取れる形にする必要があると思っています」

 

ペルシアは少しだけ口元を上げた。

 

「終了式でも言っていたわね。必要でも、言い方は考えるべきだったと」

 

「はい」

 

「そこまで分かっているなら、十分よ」

 

イーナが少し安心したように息を吐いた。

 

クリスタルが画面越しに穏やかに言う。

 

『二人とも、悪いところを直すというより、見えているものを届ける訓練が必要なんだと思う』

 

ナミとマリは画面を見る。

 

クリスタルは通常の穏やかな口調で続けた。

 

『ナミは、通信が切れる前に消える情報を見ている。マリは、言葉になっていない危険を聞いている。それは現場に必要な目だよ。でも、その目で見たものを、相手が動ける形にしないと意味がない』

 

ナミは真剣に頷いた。

 

「はい。理解します」

 

マリも静かに言う。

 

「はい。届く形にする必要があります」

 

ペルシアは二人を見る。

 

「今日から、あなた達は通信補助課から一時的にこちらへ移る。ただし、正式メンバーではない。統括官室預かりの訓練枠。オペレーションルーム候補として適性を見る」

 

ナミが聞く。

 

「正式メンバーではないのですね」

 

「ええ。まだ早い」

 

マリが続ける。

 

「評価期間はありますか」

 

「まず一か月」

 

「評価項目は」

 

「作業精度、報告速度、対人伝達、修正受容、緊急時の反応。あと、指摘を相手が受け取れる形にできるか」

 

マリは頷いた。

 

「明確です」

 

ナミが静かに聞く。

 

「危険に気づいた場合は、指摘してよいのでしょうか」

 

「しなさい。ただし、最初はイーナを通す」

 

イーナが姿勢を正した。

 

「必要であれば、私が一度受け取り、表現を整えます」

 

ナミはイーナを見る。

 

「内容が変わらなければ問題ありません」

 

イーナは穏やかに答えた。

 

「内容は変えません。届く形にします」

 

ナミは少しだけ目を見開いた。

 

「……お願いします」

 

ペルシアはマリへ視線を移す。

 

「マリ。あなたの背景音分析と数字の整理は、最初は私とフレイが見る。人員評価として外へ出すのは禁止」

 

マリは頷いた。

 

「分かりました」

 

「未登録信号や警察連携リスクを拾った場合は、リリアの訓練資料にも反映する。リリアが正式に入るから」

 

マリは少し考えた。

 

「宇宙警察連携補助の方ですね」

 

「そう。救助と警察連携を混ぜず、でも切らないための人材」

 

ナミが静かに言う。

 

「救助要請を止めずに、警察連携を並行する必要があります」

 

ペルシアは頷いた。

 

「終了式で見た通りね」

 

フォックスが画面越しに言う。

 

『いい視点だ』

 

ファルコは腕を組む。

 

『ただ、現場でそれを言うタイミングは難しそうだな』

 

ナミはファルコを見る。

 

「はい。私の課題だと思います」

 

ファルコは少しだけ目を細めた。

 

『自覚あるなら、まだマシだな』

 

クリスタルが軽く笑う。

 

『ファルコ、それは褒めてるの?』

 

『褒めてる』

 

スリッピーが言う。

 

『マリの背景音分析は、ナウスにも共有したいな。警報音の分類と未登録信号の照合、かなり役に立つと思う』

 

マリはスリッピーを見る。

 

「スリッピーさんですね。技術支援の方ですか」

 

『うん。ナウスと一緒に協力してるよ。正式メンバーじゃないけど』

 

「承知しました。背景音分類は、技術側の照合が必要です。後ほど形式を確認したいです」

 

スリッピーは嬉しそうに頷く。

 

『もちろん』

 

ペルシアはそこで軽く手を叩いた。

 

「よし。フレイ、仮登録」

 

「はい」

 

フレイが端末を操作する。

 

「ナミさん、マリさん。所属は統括官室預かり。オペレーションルーム候補訓練枠。権限は段階付与。正式メンバーではありません」

 

「はい」

 

「承知しました」

 

ナミとマリが答える。

 

フレイは続けた。

 

「ナミさんは、通信切断前情報整理、手順不整合、再接続条件確認の訓練補助。マリさんは、背景音抽出、未登録信号補助、警察連携リスク整理の訓練補助。初期資料はイーナさん経由で提出してください」

 

イーナが頷く。

 

「私が受け取ります」

 

ナミは丁寧に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

マリも続ける。

 

「よろしくお願いします」

 

ペルシアは二人を見た。

 

「最後に一つ」

 

二人が姿勢を正す。

 

「オペレーションルームは、正解を言って終わる場所じゃない。相手が言えていない危険を拾って、判断できる場所へ渡す場所よ」

 

ナミとマリの表情が引き締まる。

 

「ナミ。あなたの目は、通信が切れる前に何を残すかを見る」

 

「はい」

 

「マリ。あなたの耳は、言葉になっていない危険を拾う」

 

「はい」

 

「どちらも必要。でも、必要な情報は、届いて初めて意味がある」

 

ナミは静かに答えた。

 

「指摘を、届く形にします」

 

マリも答えた。

 

「拾った情報を、運用できる形にします」

 

ペルシアは少しだけ笑った。

 

「よろしい」

 

フォックスが画面越しに頷く。

 

『良い人材だな』

 

ファルコが言う。

 

『面倒そうだけどな』

 

「面倒なのは分かってる」

 

ペルシアは肩をすくめた。

 

スリッピーが笑う。

 

『でも、面白くなってきたね』

 

クリスタルも静かに言った。

 

『うん。少しずつ、ペルシアのオペレーションルームになってきた』

 

「嫌な言い方ね」

 

『褒めてるよ』

 

「なら受け取っておくわ」

 

フレイが端末を閉じた。

 

「仮登録、完了しました」

 

ペルシアは画面に表示された名前を見る。

 

イーナ。

 

リリア。

 

ナミ。

 

マリ。

 

フレイ。

 

そして、協力体制としてのジェームズ、シャオメイ。

 

外部協力としてのフォックス、ファルコ、クリスタル、スリッピー、ナウス。

 

まだ完成形ではない。

 

正式メンバーと協力者が混ざり、新人と候補者が混ざり、外部協力者までいる。

 

綺麗な組織図とはほど遠い。

 

だが、現場で使える組織は、最初から綺麗ではない。

 

必要なのは、動くこと。

 

通信が切れる前に何を取るかを見る目。

 

背景音から言えていない危険を拾う耳。

 

宇宙警察の言葉を管理局が判断できる形にする橋。

 

資料を届く形に整える手。

 

技術者の知見を運用へ変える協力。

 

それらが、少しずつ集まっている。

 

ペルシアは薄く笑った。

 

「さて」

 

全員がペルシアを見る。

 

「問題児じゃなくて、候補者として扱うわよ。ナミ、マリ。今日から訓練開始」

 

ナミが真っ直ぐに頷く。

 

「はい」

 

マリも静かに答えた。

 

「承知しました」

 

ファルコが画面越しに笑う。

 

『やっぱり一番面倒なのはペルシアだな』

 

「黙りなさい、ファルコ」

 

スリッピーが笑い、フォックスが苦笑する。

 

クリスタルはいつもの穏やかな顔で、画面越しに見守っていた。

 

フレイは記録を取り、イーナはナミとマリの初期資料を受け取る準備を始める。

 

ナミは手順資料の確認欄を見て、すでに危険な表現をいくつか見つけている。

 

マリは通信ログの背景音分類欄に視線を落とし、警報音と未登録信号の分類方法を考えている。

 

ペルシアはその二人を見て、またため息を吐いた。

 

「……本当に、面倒ね」

 

フレイが言う。

 

「統括官が見つけた人材です」

 

「分かってるわよ」

 

ペルシアは端末を開いた。

 

木星圏内の宇宙管理局本部。

 

その小さな統括官室で、オペレーションルームはまた一歩、形になり始めていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

続きです。

ナミとマリは互いには通常口調、それ以外には敬語で統一しています。ジェームズとシャオメイは正式メンバーではなく、明日のシミュレーションに参加する協力者として扱っています。

 

ナミとマリが統括官室預かりとなってから、一週間が経った。

 

木星圏内、宇宙管理局本部。

 

ペルシアの統括官室は、以前より確実に騒がしくなっていた。

 

正式メンバーとして固まりつつあるイーナ。

 

正式登録が決まったリリア。

 

補佐として全体の手続きと記録を握るフレイ。

 

そして、統括官室預かりの訓練枠として入ったナミとマリ。

 

まだ完成した組織ではない。

 

むしろ、歯車の形がようやく見え始めた段階だった。

 

その歯車は、きれいに噛み合っているわけではない。

 

時々、軋む。

 

時々、引っかかる。

 

それでも、止まってはいなかった。

 

「ナミさん、この資料の指摘、もう少し柔らかくできますか?」

 

イーナが端末を見ながら言った。

 

ナミは長い黒髪をポニーテールにまとめ、背筋を伸ばして隣に立っている。

 

表情は真剣そのものだった。

 

「はい。ですが、この手順ですと、通信が切れる前に位置情報を取り切れない可能性があります」

 

「内容はそのままで大丈夫です。ただ、“この手順は危険です”ではなく、“通信切断前に取得すべき情報が後段にあるため、順序変更が必要です”の方が通りやすいと思います」

 

ナミは少し考えた。

 

「なるほど。危険という言葉を先に置くと、相手が責められているように感じる可能性がありますね」

 

「はい」

 

「分かりました。修正します」

 

ナミはすぐに文章を書き換えた。

 

一週間前なら、おそらくそのまま出していただろう。

 

“この手順では救助艇が向かえません”

 

正しい。

 

だが、鋭すぎる。

 

今のナミは、正しさを変えずに、届く形へ少しずつ整える訓練をしていた。

 

その向かい側では、マリが通信ログの音声波形を見ていた。

 

短めの髪を綺麗にまとめ、落ち着いた表情のまま、ヘッドセットを片耳に当てている。

 

「この背景音、警報音に近いですね」

 

マリが静かに言った。

 

イーナが顔を向ける。

 

「どの部分ですか?」

 

「通報者が“推進系の異常”と言った直後です。低く三回鳴っています。通常の推進警告ではなく、船内環境系の警告音に近いと思います」

 

ナミが横から画面を覗き込んだ。

 

「マリ、それなら先に救助艇装備の判断に回した方がいいね」

 

マリはナミには通常口調で返した。

 

「うん。警察連携より先だと思う。未登録信号も出てるけど、環境異常なら医療搬送の準備が遅れる」

 

「じゃあ、まずイーナさんに渡して、医療側への確認項目に入れてもらう?」

 

「そうする」

 

マリはイーナに向き直ると、口調を丁寧に戻した。

 

「イーナさん、確認をお願いします。通報者の発言上は推進系異常ですが、背景音から船内環境異常の可能性があります。救助艇の装備判断と医療搬送準備に影響するかもしれません」

 

イーナはすぐに頷いた。

 

「分かりました。リリアさんの警察連携資料にも反映しますが、優先順位は医療と救助艇装備を先にしますね」

 

マリは小さく頷く。

 

「はい。その方がよいと思います」

 

ナミは端末を見ながら、少しだけ口元を緩めた。

 

「マリ、今の言い方は伝わりやすい」

 

「ありがとう。ナミの資料も前より刺さらなくなった」

 

「刺してた自覚はある」

 

「うん。私も殴ってた自覚が少し出てきた」

 

「少し?」

 

「少し」

 

二人のやり取りを聞いていたペルシアは、椅子の背にもたれながら片眉を上げた。

 

「あなた達、互いには案外普通に話すのね」

 

ナミとマリが同時にペルシアを見る。

 

ナミは敬語で答えた。

 

「同期ですので」

 

マリも続ける。

 

「互いの指摘傾向を知っています。敬語で距離を取りすぎると、修正が遅れます」

 

ペルシアは小さく笑った。

 

「理屈は分かるけど、言い方」

 

フレイが端末を見ながら静かに言う。

 

「ナミさんとマリさんは、相互指摘においては効率的です。ただし、第三者がいる場では通常口調と敬語の切り替えが混在するため、議事録上の発言者整理に注意が必要です」

 

ペルシアはフレイを見る。

 

「そこまで記録するの?」

 

「必要です」

 

「本当にあなた、細かいわね」

 

「補佐ですので」

 

イーナは少しだけ笑ってから、資料へ視線を戻した。

 

この一週間で、ナミとマリは大きく変わったわけではない。

 

ナミは今でも、手順の危険にすぐ気づく。

 

マリは今でも、相手が言っていない情報を拾う。

 

ただし、その出し方が少し変わった。

 

ナミは、まずイーナかフレイに確認するようになった。

 

“この言い方で伝わりますか”

 

そう聞けるようになった。

 

マリは、数字や背景音をすぐ評価として投げるのではなく、判断に必要な項目として整理するようになった。

 

“この情報は、どこへ先に渡すべきですか”

 

そう考えるようになった。

 

まだ完全ではない。

 

時々、ナミの指摘は鋭すぎる。

 

時々、マリの分析は相手を冷やす。

 

だが、二人とも直そうとしていた。

 

ペルシアにとって、それは十分だった。

 

 

その日、統括官室にはさらに二人の来客があった。

 

ジェームズとシャオメイ。

 

どちらも正式メンバーではない。

 

ジェームズは、技術助言者としての協力体制。

 

整備ログ解析、救助艇の牽引負荷、機体の癖、異常兆候の読み取り。

 

そうした分野で、必要な時に協力する立場だった。

 

シャオメイも、正式メンバーではない。

 

通信解析の協力者として、通信ログ整理や中継経路判断、遅延比較の補助に入っている。

 

若い。

 

まだ場に呑まれる時もある。

 

だが、通信の流れを読む目は確かだった。

 

明日、初めての本格的なオペレーションルーム・シミュレーションが行われる。

 

そのため、今日は事前確認として二人も統括官室へ足を運んでいた。

 

扉が開くなり、ジェームズは不機嫌そうに言った。

 

「……本当に来る必要があったのか」

 

ペルシアは椅子に座ったまま顔を上げた。

 

「あるわよ。明日参加するんだから」

 

「資料は見た」

 

「資料だけで済むなら、私だってあなたを呼ばないわ」

 

「面倒だな」

 

「第一声がそれなの、相変わらずね」

 

ジェームズは肩をすくめた。

 

その後ろから、シャオメイが入ってくる。

 

赤い髪を団子にまとめ、管制用とは違う軽いヘッドセットを首にかけていた。

 

若さはある。

 

だが、目はしっかりしている。

 

「おはようございます、統括官」

 

「おはよう、シャオメイ。来たわね」

 

「はい。明日の通信経路設定と、遅延比較表を持ってきました」

 

「仕事が早い」

 

「必要だと思いましたので」

 

ファルコが聞けば“生意気”と言いそうな返事だったが、ペルシアは嫌いではなかった。

 

正しいことを言う。

 

ただし、最近のシャオメイは、少しだけ言い方を整えるようになっている。

 

以前なら、“資料が足りません”と正面から言っていたかもしれない。

 

今は、“必要だと思いました”と出せる。

 

それだけでも進歩だった。

 

シャオメイは室内を見回し、ナミとマリに気づいた。

 

「あなた達が、ナミさんとマリさんですか」

 

ナミは丁寧に頭を下げる。

 

「はい。ナミです。よろしくお願いします」

 

マリも続けた。

 

「マリです。よろしくお願いします」

 

シャオメイも軽く頭を下げた。

 

「シャオメイです。まだ正式メンバーではありませんが、通信解析で協力しています」

 

ナミはシャオメイをまっすぐ見た。

 

「ケレス管制で第三中継を優先させた方ですね」

 

シャオメイの眉が少し動く。

 

「知っているんですか」

 

「資料で読みました。判断は適切だったと思います。ただ、変更リスクの提示が後段になっていたため、主任判断が遅れたと記録されています」

 

一瞬、室内の空気が止まった。

 

シャオメイの目が細くなる。

 

ペルシアが口を開こうとしたが、その前にナミが続けた。

 

「すみません。今の言い方は、初対面では鋭すぎました。判断そのものは適切で、比較資料を出した後の対応は速かったです」

 

シャオメイは少しだけ驚いた。

 

そして、ふっと肩の力を抜く。

 

「……その通りです。最初から比較資料を出すべきでした」

 

ナミは頷く。

 

「私も同じ失敗をします」

 

マリが横から通常口調で言った。

 

「ナミは今もたまにする」

 

「マリも、数字で人を冷やすことがある」

 

「あるね」

 

二人のやり取りを見て、シャオメイは少しだけ笑った。

 

「なるほど。ペルシア統括官が預かった理由が分かりました」

 

ペルシアは少し不満そうに言う。

 

「それ、どういう意味?」

 

「扱いは難しそうですが、必要な人材だと思いました」

 

「あなたも大概よ」

 

ジェームズは部屋の隅に腰を下ろしながら、面倒くさそうに言った。

 

「ここ、似たようなのばかり集めてないか」

 

ペルシアは即答する。

 

「あなたも含めてね」

 

「俺は違う」

 

「違わないわよ。見えているものを、そのまま言うところなんか同じ」

 

「俺は新人じゃない」

 

「そこは違うわね。面倒さは年季が入ってる」

 

「褒めてないだろ」

 

「もちろん」

 

イーナが小さく笑いそうになり、慌てて口元を押さえた。

 

フレイは表情を変えずに端末を開く。

 

「全員揃いました。明日のシミュレーション事前確認を開始します」

 

ペルシアは椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ、始めましょうか」

 

 

明日のシミュレーションは、オペレーションルームとしては初めての本格訓練だった。

 

これまでは、整備ログ解析訓練、通信遅延比較、資料整理、警察連携の個別訓練が中心だった。

 

ジェームズの整備ログをイーナが報告文へ変換する訓練。

 

シャオメイが通信経路の比較を出し、判断材料にする訓練。

 

リリアが警察連携と救助判断を分ける訓練。

 

ナミが通信切断前に取るべき情報を整理する訓練。

 

マリが背景音と未登録信号を拾う訓練。

 

それぞれの部品はでき始めている。

 

だが、明日は違う。

 

それらを一つの部屋で動かす。

 

想定は、民間輸送船の異常。

 

推進系統に不具合が発生し、姿勢制御にも乱れが出る。

 

通信には遅延があり、途中で一時切断の可能性がある。

 

船内からの通報には、推進系異常の申告があるが、背景音には環境系警報が混じる。

 

さらに、近辺に未登録信号があり、事故か妨害か判断が揺れる。

 

宇宙警察への連携が必要になる可能性もある。

 

救助艇は接近できるが、牽引角を誤ると救助艇側にも負荷がかかる。

 

つまり、通信、整備、救助、警察連携、医療搬送。

 

全部が絡む。

 

ペルシアは画面に想定概要を映した。

 

「明日はこれを回す。初回だから、完璧を求めるつもりはないわ」

 

ジェームズが画面を見ながら低く言う。

 

「初回でこれか」

 

「軽い想定にしても意味がないでしょ」

 

「軽くはないな」

 

「でしょうね」

 

シャオメイは通信欄を見ていた。

 

「通信遅延と一時切断の条件は、どこまで隠されますか」

 

フレイが答える。

 

「参加者には、遅延がある可能性のみ事前共有。切断タイミングと再接続条件は非公開です」

 

シャオメイは頷いた。

 

「では、最初の通信で座標、進行方向、再接続条件、船内状況をどこまで取れるかが重要になります」

 

ナミが小さく反応する。

 

「その部分は見学で確認します」

 

ペルシアがナミを見る。

 

「ナミとマリは明日、見学よ。参加はしない」

 

ナミはすぐ頷いた。

 

「承知しています。発言は控えます」

 

マリも続ける。

 

「必要がある場合のみ、見学記録に残します」

 

ペルシアは目を細めた。

 

「必要がある場合のみ、ね。途中で口を挟まないこと」

 

ナミは少しだけ目を伏せた。

 

「はい。危険だと思っても、まず記録します」

 

マリがナミには通常口調で小さく言う。

 

「ナミ、たぶん我慢が必要だね」

 

「マリも。背景音を拾っても口に出さないで」

 

「うん。見学だから」

 

ペルシアはそのやり取りを聞いて、少しだけ笑った。

 

「二人とも、それが分かってるならいいわ」

 

イーナが資料を整理しながら言う。

 

「ナミさんとマリさんには、見学記録の様式を渡します。発言タイミング、情報取得順、未確認情報の扱い、判断遅延の要因。この四項目で記録してください」

 

ナミは丁寧に頭を下げる。

 

「分かりました」

 

マリも頷いた。

 

「承知しました」

 

ジェームズは整備欄を見て、眉を寄せた。

 

「牽引角が甘い」

 

ペルシアはすぐ振り返る。

 

「まだ想定概要よ」

 

「概要でも分かる。対象船がこの回転なら、救助艇二号のグラップルに負荷が戻る」

 

スリッピーがいれば目を輝かせただろう。

 

今は代わりに、イーナがすぐメモを取る。

 

「ジェームズさん、明日の訓練では、その判断をどの段階で出す想定でしょうか」

 

ジェームズはイーナを見る。

 

「ログが出てからだ」

 

「通信報告だけでは判断できませんか」

 

「無理だ。回転差がいる。グラップル負荷もいる。通報者の言葉だけなら信用しない方がいい」

 

マリが小さく頷く。

 

「通報者は見えている範囲しか言えません」

 

ナミが続ける。

 

「通信が切れる前に取る情報も、通報者の主観だけでは不足します」

 

ジェームズは二人を見た。

 

「新人か」

 

ナミは丁寧に答える。

 

「はい。ナミです」

 

マリも続ける。

 

「マリです」

 

ジェームズは少しだけ目を細める。

 

「見えてるじゃないか」

 

ナミは少し驚いたように目を開いた。

 

マリも一瞬だけ黙る。

 

ペルシアがにやりと笑った。

 

「ジェームズに褒められるの、珍しいわよ」

 

ジェームズは顔をしかめる。

 

「褒めてない」

 

「今のは褒めてた」

 

「事実を言っただけだ」

 

「それを褒めたっていうのよ」

 

シャオメイが小さく笑った。

 

「ジェームズさんは、褒め方が分かりにくいですね」

 

「お前に言われたくない」

 

シャオメイは少しだけ胸を張る。

 

「私は最近、分かりやすく伝える練習をしています」

 

ペルシアが横から言う。

 

「まだ途中だけどね」

 

「はい。途中です」

 

そこは素直に認める。

 

その素直さに、ペルシアは少し満足した。

 

 

事前確認は一時間ほど続いた。

 

ジェームズは何度も「長い」「そこは違う」「整備士に確認しろ」と言った。

 

だが、席を立たなかった。

 

シャオメイは通信経路の比較表を何度も出し直した。

 

フレイはそれを正式資料へ整えた。

 

イーナは、ジェームズの短い指摘を報告文へ変換し続けた。

 

ナミは、言いたいことを何度も飲み込みながら見学記録へ書いた。

 

マリは、背景音分類と未登録信号の扱いについて、口を挟まずに記録した。

 

ペルシアはその全体を見ていた。

 

悪くない。

 

まだ粗い。

 

まだ全員が自分の見ているものを相手に渡すのに時間がかかる。

 

だが、少しずつつながっている。

 

その時、統括官室の端末が鳴った。

 

フレイが確認する。

 

「統括官。局長室から呼び出しです」

 

ペルシアは眉を寄せた。

 

「今?」

 

「はい。至急ではありませんが、本日中にとのことです」

 

「嫌な予感しかしないわね」

 

ジェームズが横から言う。

 

「行けばいいだろ」

 

「あなたに言われると腹立つわ」

 

「事実だ」

 

「本当にあなた、面倒ね」

 

「そっちもな」

 

シャオメイが少し小声でマリに言った。

 

「統括官とジェームズさん、いつもこうなんですか?」

 

マリは通常口調でナミに視線を向ける。

 

「ナミ、どう見える?」

 

ナミも通常口調で返す。

 

「衝突ではなく、許容された応酬だと思う。言葉は強いけど、情報伝達は止まっていない」

 

マリは頷いた。

 

「同感。関係性による許容範囲内」

 

ペルシアが二人を見る。

 

「あなた達、分析しない」

 

ナミとマリは同時に姿勢を正す。

 

「失礼しました」

 

「申し訳ありません」

 

ペルシアはため息を吐いた。

 

「まったく……。フレイ、少し行ってくる」

 

フレイは頷く。

 

「承知しました。こちらは事前確認の残りを整理しておきます」

 

「イーナ、ナミとマリの記録を見ておいて。途中で口を挟まなかったかも確認」

 

イーナは丁寧に頷く。

 

「はい。確認します」

 

「ジェームズ、帰らない」

 

「帰る理由がある」

 

「戻るまでいて」

 

「命令か?」

 

「お願い」

 

ジェームズは嫌そうな顔をした。

 

「……早く戻れ」

 

「素直じゃないわね」

 

「うるさい」

 

ペルシアは少し笑い、統括官室を出た。

 

 

局長室へ向かう廊下は静かだった。

 

宇宙管理局本部の中でも、局長室周辺は空気が少し違う。

 

人の声が抑えられ、照明も落ち着いている。

 

局長マーカスの性格を考えれば、もっと重々しい部屋でもおかしくない。

 

だが、実際の局長室は過度に豪華ではなかった。

 

広いが、無駄な飾りは少ない。

 

大きな窓の向こうには、木星圏の淡い光が広がっている。

 

「来たわよ」

 

ペルシアが入るなり言った。

 

局長マーカスは、端末から顔を上げた。

 

「早かったな」

 

「嫌な予感がしたから」

 

「鋭い」

 

「当たってほしくないんだけど」

 

局長は小さく笑った。

 

「明日のシミュレーションの件だ」

 

「でしょうね」

 

ペルシアは腕を組んだ。

 

「何? 想定変更? 場所変更? まさか延期?」

 

「延期ではない」

 

「じゃあ何」

 

局長は端末を操作し、画面をペルシアへ向けた。

 

そこには、参加者追加の通知が表示されていた。

 

ペルシアはそれを見て、数秒黙った。

 

そして、低い声で言った。

 

「……局長」

 

「何だ」

 

「これは何」

 

「見ての通りだ」

 

「役員?」

 

「明日のシミュレーションに、役員達が参加する」

 

ペルシアはゆっくりと局長を見た。

 

「まだ初めてのシミュレーションよ」

 

その声には、怒鳴るほどの強さはない。

 

だが、かなり鋭かった。

 

局長は動じなかった。

 

「分かっている」

 

「分かってないでしょ。初めてよ。初回。オペレーションルームとして一回目。まだ部品を繋いでる段階なの」

 

「分かっている」

 

「イーナもリリアも入ったばかり。ナミとマリは見学枠。ジェームズとシャオメイは協力者で、正式メンバーじゃない。フレイだって全体記録で手一杯。そんな状態で役員を入れる?」

 

局長は淡々と答えた。

 

「入れるというより、見に来る」

 

「同じよ」

 

「少し違う」

 

「違わない」

 

ペルシアは端末を指差した。

 

「役員が来た瞬間、現場は“訓練”じゃなくて“評価会”になる。失敗できなくなる。初回なのに、失敗できない空気を作るのは最悪」

 

局長は黙って聞いていた。

 

ペルシアは続ける。

 

「私は、明日のシミュレーションで失敗を見るつもりだった。どこで詰まるか。誰の情報が届かないか。どの順番が遅れるか。誰が固まるか。どこで声が強すぎるか。そこを見るための初回なの」

 

「分かっている」

 

「なら止めて」

 

局長は小さく息を吐いた。

 

「止められなかった」

 

ペルシアの目が細くなる。

 

「局長が?」

 

「完全にはな」

 

「珍しいわね」

 

「珍しくない。役員には役員の都合がある」

 

「嫌な言葉」

 

「私も好きではない」

 

局長は端末を閉じた。

 

「今回のオペレーションルーム設置には予算がついている。外部協力者も入る。宇宙警察との連携もある。役員達は、“どの程度機能するのか”を見たがっている」

 

「初回で?」

 

「初回だからこそ、見たいと言っている」

 

「現場を分かってないわね」

 

「そうだな」

 

局長はあっさり認めた。

 

ペルシアは少し拍子抜けした。

 

「認めるの?」

 

「認める。だから、こちらで条件をつけた」

 

「条件?」

 

「役員は見学のみ。発言権なし。シミュレーション中の介入禁止。終了後の質疑は、私と君が受ける。参加者個人への直接質問は禁止」

 

ペルシアは黙った。

 

局長は続ける。

 

「失敗を見せる訓練だという説明も、事前に出してある」

 

「役員がそれを理解すると思う?」

 

「しない者もいるだろう」

 

「でしょうね」

 

「だから君を呼んだ」

 

ペルシアは眉を寄せた。

 

「どういう意味」

 

「明日、役員達に最初に説明してほしい」

 

「私が?」

 

「君が」

 

「局長が言えばいいじゃない」

 

「私が言えば、局長としての説明になる。君が言えば、統括官としての運用方針になる」

 

ペルシアは嫌そうに顔をしかめた。

 

「面倒なことを押し付けるわね」

 

「君の方が刺さる」

 

「刺したいわけじゃないのよ」

 

「必要な時は刺すだろう」

 

「局長までフレイみたいなこと言わないで」

 

局長は少しだけ笑った。

 

「明日のシミュレーションは、成功を見せる場ではない。失敗を見つける場だ。君の言葉で、それを最初に釘を刺しておけ」

 

ペルシアは腕を組んだまま、しばらく黙った。

 

役員が来る。

 

初めてのシミュレーションに。

 

それは明らかに邪魔だった。

 

イーナは緊張するだろう。

 

リリアも固くなる。

 

ナミは、見学なのに危険を見つけたら言いたくなるかもしれない。

 

マリは、役員の反応まで分析してしまうかもしれない。

 

シャオメイは、見られていることで通し方が荒くなるかもしれない。

 

ジェームズは、役員の前でも普通に「長い」「面倒だ」と言うだろう。

 

いや、むしろ言う。

 

確実に言う。

 

ペルシアは額に手を当てた。

 

「頭が痛い」

 

局長は静かに言う。

 

「薬はいるか」

 

「そういう意味じゃない」

 

「分かっている」

 

「分かってるなら言わないで」

 

局長は少しだけ口角を上げた。

 

「君なら対応できる」

 

「その言い方、便利ね」

 

「事実だ」

 

「ほんと、周りがみんな事実で刺してくる」

 

局長は端末を再び開いた。

 

「役員の一覧は送っておく。中には、数字だけを見る者もいる。見栄えを気にする者もいる。外部協力者の存在を嫌う者もいるだろう」

 

「最悪」

 

「だから、最初に枠を作る」

 

ペルシアは深く息を吐いた。

 

「分かった。明日の冒頭、私が説明する」

 

「助かる」

 

「ただし、条件を追加する」

 

局長が目を上げる。

 

「何だ」

 

「役員の席は後方。オペレーション席には近づけない。見学中の私語禁止。参加者の名前をメモするのはいいけど、個別評価として持ち出すのは禁止」

 

「認める」

 

「それと、役員が途中で口を挟んだら、私が止める」

 

「構わない」

 

「本気で止めるわよ」

 

「構わない」

 

ペルシアは少しだけ目を細めた。

 

「局長、最初からそれを私にやらせるつもりだったでしょ」

 

局長は否定しなかった。

 

「君の方が早い」

 

「便利に使わないで」

 

「使う」

 

「最悪」

 

ペルシアはそう言いながらも、もう頭の中で明日の冒頭説明を組み始めていた。

 

成功を見せる場ではない。

 

失敗を探す場。

 

初回だからこそ、詰まりを見る。

 

役員は評価者ではなく、見学者。

 

参加者を萎縮させない。

 

外部協力者を政治材料にしない。

 

新人見学者を責めない。

 

その全てを、最初に言う。

 

ペルシアは局長室の窓の外を見た。

 

木星圏の光が、静かに広がっている。

 

「……ほんと、面倒」

 

局長は穏やかに言った。

 

「頼んだ」

 

「頼まれたくない」

 

「頼んだ」

 

「二回言わないで」

 

ペルシアは踵を返した。

 

ドアへ向かいながら、肩越しに言う。

 

「局長」

 

「何だ」

 

「明日、役員が一人でも現場を潰すようなことを言ったら、私、遠慮しないから」

 

局長は頷いた。

 

「それでいい」

 

ペルシアは少しだけ驚いた顔をした。

 

「いいんだ」

 

「そのための統括官だ」

 

ペルシアは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。

 

「ほんと、説教くさい局長」

 

「よく言われる」

 

「私にしか言われてないでしょ」

 

「そうかもしれない」

 

ペルシアはドアを開けた。

 

「戻るわ。明日の準備、増えたから」

 

「頼む」

 

「だから二回言わないで」

 

そう言い残して、ペルシアは局長室を出た。

 

 

統括官室へ戻ると、室内の空気は少し変わっていた。

 

ペルシアがいない間に、フレイが事前確認を進めていたらしい。

 

ジェームズは腕を組んで不機嫌そうに座っている。

 

シャオメイは通信経路表をイーナへ説明している。

 

ナミとマリは見学記録の様式を確認していた。

 

イーナは資料を整理しながらも、場を崩さないよう気を配っている。

 

フレイは端末から顔を上げた。

 

「統括官、お戻りなさい」

 

「戻ったわ」

 

ジェームズがすぐに言う。

 

「遅い」

 

「あなたに言われるとは思わなかった」

 

「待たされた」

 

「待ってくれてありがとう」

 

「礼を言うな。気持ち悪い」

 

「失礼ね」

 

シャオメイが少し笑い、すぐに表情を戻した。

 

ペルシアは部屋の中央へ立った。

 

「予定変更」

 

全員の視線が集まる。

 

フレイが端末を構える。

 

「内容は」

 

ペルシアは深く息を吐いた。

 

「明日のシミュレーションに、役員達が見学に来る」

 

室内の空気が、一瞬で固まった。

 

イーナの表情が緊張する。

 

シャオメイの目が鋭くなる。

 

ナミはペンを持つ手を止めた。

 

マリは表情を変えないが、視線だけがわずかに動いた。

 

ジェームズは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「帰っていいか」

 

ペルシアは即答した。

 

「駄目」

 

「役員の前でやる気はない」

 

「協力者であって、見せ物じゃない。そこは私が最初に釘を刺す」

 

「釘で済むのか」

 

「刺さるまで打つ」

 

ジェームズは少しだけペルシアを見る。

 

「……ならいい」

 

シャオメイが手を挙げた。

 

「統括官、役員はシミュレーション中に発言しますか」

 

「させない。見学のみ。介入禁止」

 

フレイが補足する。

 

「局長条件として、役員は後方席。発言権なし。終了後の質疑は局長及び統括官が受けます」

 

イーナは少し安心したように息を吐いた。

 

「参加者への直接質問はありませんか」

 

ペルシアは頷く。

 

「禁止にした」

 

ナミが丁寧に聞く。

 

「見学者である私達も、役員から質問を受ける可能性はありますか」

 

「ないようにする。あなた達は見学枠。明日は発言より記録を優先」

 

ナミは頷いた。

 

「承知しました」

 

マリが静かに言う。

 

「役員がいることで、参加者の判断速度が変わる可能性があります」

 

「でしょうね」

 

「記録項目に入れますか」

 

ペルシアは少しだけ笑った。

 

「入れなさい。ただし、役員個人の評価表は作らないこと」

 

マリは一瞬だけ目を伏せた。

 

「……承知しました」

 

ナミがマリに通常口調で小さく言う。

 

「マリ、今ちょっと作りたそうだった」

 

「作りたかった」

 

「だと思った」

 

ペルシアが睨む。

 

「そこ、聞こえてるわよ」

 

二人は同時に姿勢を正す。

 

「失礼しました」

 

「申し訳ありません」

 

シャオメイが小さく笑う。

 

「役員が来るなら、通信比較表は一画面で見せられる形にします。言葉で説明すると、途中で印象がずれる可能性があります」

 

ペルシアは頷く。

 

「いい判断。シャオメイ、明日は“正しいことを言う”より“判断せざるを得ない形にする”を優先して」

 

「はい」

 

ジェームズが低く言う。

 

「整備ログは削るなよ」

 

フレイが答える。

 

「削りません。ただし、役員向け資料には要約を添えます」

 

ジェームズは嫌そうに顔をしかめた。

 

「要約で危険が消えることがある」

 

イーナがすぐに言った。

 

「消しません。ジェームズさんの判断指標は、グラップル負荷、右舷補助跳ね、対象船回転差、牽引開始後四秒以内の補正波形として残します。その上で、役員向けには“救助艇側損傷リスク”と明記します」

 

ジェームズは黙った。

 

少し長い沈黙。

 

それから短く言った。

 

「それならいい」

 

イーナは小さく頷く。

 

「ありがとうございます」

 

ペルシアはそのやり取りを見て、少しだけ満足した。

 

一週間前より、明らかにつながっている。

 

ジェームズの技術判断。

 

イーナの変換。

 

シャオメイの通信比較。

 

ナミの危険順序。

 

マリの背景情報。

 

フレイの記録。

 

まだ完全ではない。

 

だが、初回のシミュレーションとしては、悪くない。

 

役員が来ることさえなければ。

 

ペルシアは額を押さえた。

 

「ほんと、余計なことをしてくれるわね」

 

フレイが静かに言う。

 

「統括官」

 

「何」

 

「明日の冒頭説明を作成しますか」

 

「作る」

 

「内容は」

 

ペルシアは全員を見る。

 

「まず言うわ。明日は成功を見せる場ではない。失敗を見つける場。初めてのシミュレーションで綺麗に動いたら、むしろ怪しい」

 

ジェームズが鼻で笑う。

 

「正しい」

 

シャオメイも頷く。

 

「詰まりを見るための訓練ですね」

 

イーナが資料に入力する。

 

「役員向け説明に入れます」

 

ナミが静かに言う。

 

「失敗の定義を明確にした方がよいと思います。対応不能ではなく、改善点の発見として扱う、と」

 

ペルシアは頷いた。

 

「いい。入れて」

 

マリも続ける。

 

「役員が見ていることで参加者が発言を控える可能性があります。冒頭で“発言の遅れも訓練結果に影響する”と示すと、発言しやすくなると思います」

 

「それも入れる」

 

フレイが淡々と入力する。

 

「冒頭説明案。成功披露ではなく改善点抽出を目的とする。失敗は対応不能ではなく改善点として扱う。役員見学中も必要発言を控えない。見学者の介入禁止」

 

ペルシアは頷いた。

 

「それでいい」

 

ジェームズが少しだけ椅子に深く座った。

 

「明日、役員が口を挟んだらどうする」

 

ペルシアは笑った。

 

「私が黙らせる」

 

シャオメイが小さく息を呑んだ。

 

ナミとマリも目を向ける。

 

イーナは少し心配そうな顔をした。

 

フレイだけは、当然のように端末へ記録していた。

 

「統括官による見学者制止あり」

 

「フレイ、それは記録しなくていい」

 

「必要です」

 

「本当にあなたは……」

 

ペルシアは深くため息を吐いた。

 

そして、全員を見回した。

 

「いい? 明日は初めてのシミュレーションよ。役員が来ても、初回であることは変わらない。失敗していい。詰まっていい。分からないなら分からないと言っていい」

 

イーナが静かに頷く。

 

シャオメイの目が少し変わる。

 

ナミはペンを握り直した。

 

マリは記録項目を追加した。

 

ジェームズは面倒くさそうに目を逸らしたが、席を立たなかった。

 

ペルシアは続ける。

 

「ただし、黙るのは駄目。見えている危険は出す。聞こえた違和感は残す。数字は隠さない。分からないものは分からないと言う。そこを見たいの」

 

室内の空気が、少し引き締まる。

 

フレイが端末を閉じた。

 

「明日の準備方針、確定しました」

 

ペルシアは頷いた。

 

「よし。今日はここまで……と言いたいところだけど、役員向け資料を追加で作るわよ」

 

ジェームズが立ち上がりかけて止まる。

 

「俺もか」

 

「あなたは整備リスクの一文を確認して」

 

「面倒だ」

 

「一文だけ」

 

「長くするなよ」

 

「イーナが一枚にまとめる」

 

イーナはすぐに頷いた。

 

「はい。作成します」

 

シャオメイが言う。

 

「通信比較表も一画面版を作ります」

 

ナミが続ける。

 

「通信切断前取得情報の順序表を確認します」

 

マリも言った。

 

「背景音と未登録信号の扱いを、見学記録項目に入れます」

 

ペルシアはその全員を見た。

 

少し前まで、ここには何もなかった。

 

フレイと二人で、どう組むか悩んでいた。

 

今は、騒がしい。

 

面倒で、癖が強くて、未完成で、協力者と候補者と新人が混ざっている。

 

でも、動いている。

 

ペルシアは小さく笑った。

 

「ほんと、面倒な部屋になったわね」

 

フレイが静かに言った。

 

「統括官が作っている部屋です」

 

「分かってるわよ」

 

ジェームズが低く言う。

 

「最初から綺麗な部屋なんて使えない」

 

ペルシアは少し驚いてジェームズを見た。

 

ジェームズは目を逸らす。

 

「何だ」

 

「いいこと言うじゃない」

 

「うるさい」

 

シャオメイが小さく笑った。

 

ナミとマリは互いに顔を見合わせる。

 

ナミが通常口調で言った。

 

「マリ、明日は大変そうだね」

 

マリも通常口調で返す。

 

「うん。でも、見学でよかった」

 

「口を挟まない練習だね」

 

「ナミもね」

 

「分かってる」

 

二人はそう言って、また資料に向き直った。

 

ペルシアはその背中を見ながら、もう一度だけため息を吐いた。

 

明日は、初めてのシミュレーション。

 

そこへ役員達が来る。

 

普通なら最悪だ。

 

だが、最悪を使える形に変えるのが、自分の仕事でもある。

 

ペルシアは端末を開き、冒頭説明の一行目を打った。

 

“本日のシミュレーションは、成功を披露する場ではありません。”

 

その文字を見て、ペルシアは少しだけ口元を上げた。

 

明日、役員達がどんな顔をするか。

 

少しだけ、楽しみでもあった。

 

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