サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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初シュミレーション

 

 

翌日。

 

宇宙管理局本部のオペレーションルームは、朝から落ち着かない空気に包まれていた。

 

まだ正式運用前の部屋。

 

壁面には大きな航路表示。

 

中央には統括用の大型卓。

 

その周囲に、通信、記録、外部連携、技術助言、警察連携の仮席が並べられている。

 

席の配置は、昨日の夜まで何度も変えられた。

 

通信が前に出すぎれば、整備情報が遅れる。

 

整備情報を中心に置きすぎれば、通報者の音声や警察連携が遅れる。

 

警察連携を早く出しすぎれば、救助判断が止まる。

 

全部を同時に見せようとすると、誰も見られない。

 

ペルシアは、昨日の時点でそう判断し、初回のシミュレーションではあえて完璧な配置にしなかった。

 

詰まる場所を見るためだ。

 

失敗を見つけるためだ。

 

うまくいかない部分こそ、今日見たいものだった。

 

だが、その訓練に役員達が来る。

 

ペルシアは、オペレーションルームの入り口近くに立ち、腕を組んでいた。

 

「……本当に来るのね」

 

隣でフレイが端末を持ったまま答える。

 

「はい。予定では、あと五分で到着です」

 

「帰ってくれないかしら」

 

「帰りません」

 

「分かってるわよ」

 

「統括官、冒頭説明の資料は最終版でよろしいですか」

 

「ええ。成功を見せる場ではない、失敗を見つける場。役員は見学のみ。介入禁止。参加者個人への直接質問禁止。見学者席から出ない。これでいく」

 

「承知しました」

 

フレイは静かに頷いた。

 

その少し後ろでは、イーナが資料端末を確認していた。

 

今日は正式メンバーとして、情報整理席に座る。

 

緊張はしている。

 

だが、手は止まっていない。

 

昨日の夜に追加された役員向け資料も、彼女が中心になって整えた。

 

「イーナ」

 

ペルシアが声をかける。

 

イーナはすぐに顔を上げた。

 

「はい、ペルシア統括官」

 

「役員がいても、いつも通りでいいわ。ジェームズの言葉が短かったら、あなたが判断できる形に整える。それだけ」

 

「はい。分かっています」

 

「緊張してる?」

 

「しています」

 

「正直でよろしい」

 

イーナは少しだけ苦笑した。

 

その隣では、リリアが警察連携席の表示を確認していた。

 

彼女も正式メンバーになったばかりだ。

 

宇宙警察連携の補助。

 

未登録信号。

 

事故か事件かの境界。

 

警察照会のタイミング。

 

その全てを見なければならない。

 

リリアは小さく息を吸い、表示を切り替えた。

 

「リリア」

 

ペルシアが声をかける。

 

リリアは振り返る。

 

「はい」

 

「今日は警察連携を急ぎすぎないで。未登録信号が出ても、救助判断を止めないこと」

 

「分かりました。警察照会は並行、救助判断の停止条件にはしません」

 

「そう。それでいい」

 

反対側では、シャオメイが通信席の設定を確認していた。

 

正式メンバーではない。

 

通信解析の協力者。

 

だが、今日は実際に通信席に座る。

 

管制側から送られる遅延データ、現場のスターフォックスからの通信、対象船から発信される自動信号。

 

それらを比較する役割だ。

 

シャオメイは端末に向かいながら、何度も小さく呼吸を整えていた。

 

ジェームズは、その隣から少し離れた技術助言席に座っている。

 

腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。

 

「帰りたい」

 

ペルシアは即答した。

 

「駄目」

 

「まだ何も始まってない」

 

「始まってないから駄目」

 

「役員が来るなら俺は要らないだろ」

 

「むしろ要るわ。整備ログを読める人間がいないと、現場判断が見た目だけになる」

 

ジェームズは舌打ちした。

 

「面倒だな」

 

「知ってる」

 

「見られるのは嫌いだ」

 

「分かってる。だから役員には口出しさせない」

 

ジェームズはちらりとペルシアを見る。

 

「本当に止めるんだろうな」

 

「止めるわよ。そのために私は今日、参加しないんだから」

 

そう。

 

今回のシミュレーションに、ペルシアはオペレーション要員として参加しない。

 

本来なら、統括官として中央卓に座るべきだった。

 

情報を受け、判断し、優先順位を決める。

 

それが統括官の役割だ。

 

だが、今日は違う。

 

役員達が来る。

 

なら、ペルシアがやるべきことは一つだった。

 

現場を守る。

 

役員を止める。

 

見学者が訓練を壊さないようにする。

 

そのために、ペルシアはあえて中央卓に座らないことを決めた。

 

中央卓には、フレイが記録統括として入り、各席から上がる情報を整理する。

 

最終判断役は置かない。

 

初回だからだ。

 

誰がどこで詰まるかを見るために、あえて完全な統括判断を入れない。

 

それが今日の設計だった。

 

ナミとマリは、後方の見学席に並んで座っていた。

 

二人とも訓練枠。

 

今日は参加ではなく、見学。

 

ナミは長い黒髪をポニーテールにまとめ、見学記録用の端末を膝の上に置いている。

 

マリは短い髪をきれいにまとめ、背景音記録用の補助端末を開いていた。

 

「ナミ」

 

マリが小声で言う。

 

「何?」

 

ナミはマリには通常口調で返す。

 

「今日、口を挟まない練習だね」

 

「うん。危険に気づいても、まず記録」

 

「背景音も?」

 

「マリも、まず記録」

 

「分かってる」

 

マリは小さく頷いた。

 

「でも、言いたくなると思う」

 

「私も」

 

二人は互いに顔を見合わせ、少しだけ苦笑した。

 

その様子を見ていたペルシアが目を細める。

 

「そこ、聞こえてるわよ」

 

二人はすぐに姿勢を正した。

 

「失礼しました」

 

「申し訳ありません」

 

ペルシアは小さく笑った。

 

「いいわ。自覚があるなら」

 

 

やがて、オペレーションルームの扉の外が少し騒がしくなった。

 

フレイが端末を確認する。

 

「役員の方々が到着されました」

 

ペルシアは軽く息を吐き、姿勢を整えた。

 

「じゃあ、始めましょうか」

 

扉が開く。

 

数名の役員達が入ってきた。

 

年齢も雰囲気もさまざまだ。

 

厳格そうな者。

 

数字に強そうな者。

 

穏やかそうな者。

 

現場には慣れていなさそうな者。

 

だが、その表情は、ペルシアを見た瞬間に少し変わった。

 

「ああ、ペルシア統括官」

 

「久しぶりだな」

 

「今日の説明は君がするのか」

 

「いやあ、楽しみにしていたよ」

 

「君が作っている部屋なら、きっと面白いものになるだろう」

 

役員達は、思った以上に嬉しそうだった。

 

硬い視察の空気ではない。

 

むしろ、ペルシアに会うことを楽しみにしていたような雰囲気すらある。

 

ペルシアは、少しだけ表情を柔らかくした。

 

「こんにちは。お忙しい中、ありがとうございます」

 

その声は、いつもの統括官室での鋭さより少し丸い。

 

明るく、自然で、人懐っこい。

 

役員の一人が笑う。

 

「相変わらず元気そうだな、ペルシア君」

 

「元気じゃないです。今日、初回のシミュレーションに役員の皆様が来ると聞いて、昨夜から頭が痛いです」

 

役員達の間に笑いが起きた。

 

「ははは、正直だな」

 

「君は昔からそうだ」

 

「でも、そこがいい」

 

ペルシアは肩をすくめる。

 

「褒められていると思っておきます」

 

そのやり取りを、オペレーション席の端からジェームズが見ていた。

 

彼は露骨に眉をひそめる。

 

「……なんだあいつは」

 

隣でフレイが端末を確認したまま、静かに答えた。

 

「統括官は人懐っこいですから」

 

ジェームズはフレイを見る。

 

「あれが?」

 

「はい」

 

「普段と違いすぎるだろ」

 

「統括官は、相手に合わせて距離を詰めるのが上手い方です」

 

「俺には詰めてこないぞ」

 

「ジェームズさんは、詰められると逃げるからでは?」

 

ジェームズは一瞬黙った。

 

「……お前も言うな」

 

フレイは表情を変えない。

 

「事実です」

 

ジェームズは面倒くさそうに目を逸らした。

 

一方、ペルシアは役員達を見学席へ案内していた。

 

「皆様の席は後方です。オペレーション席には近づかないでください」

 

「随分はっきり言うな」

 

「はい。今日はそういう日です」

 

ペルシアは微笑んでいる。

 

だが、声には芯があった。

 

「本日のシミュレーションは、成功を披露する場ではありません。失敗を見つける場です」

 

役員達の表情が少し変わる。

 

ペルシアは続けた。

 

「初回です。詰まります。迷います。意見がぶつかります。通信が遅れ、整備判断と警察連携が噛み合わず、現場からの声と本部側の整理がずれる可能性もあります」

 

役員の一人が少し眉を上げる。

 

「それを見せるのかね」

 

「はい」

 

ペルシアは即答した。

 

「見せます。初回から綺麗に動く部屋は、実戦では信用できません。どこで止まるか。誰が黙るか。どの情報が遅れるか。どの言葉が届かないか。そこを見るための初回です」

 

オペレーション席の方で、イーナが少しだけ顔を上げた。

 

シャオメイも、手を止めてペルシアを見た。

 

ジェームズは腕を組んだまま、わずかに目を細める。

 

ナミとマリも後方で黙って聞いていた。

 

「そのため、見学者の皆様にお願いがあります」

 

ペルシアの声が少し低くなる。

 

「シミュレーション中の発言は禁止です。参加者への直接質問も禁止です。個人評価を目的とした記録も禁止です。終了後の質疑は、局長と私が受けます」

 

役員達の間に、わずかな沈黙が落ちた。

 

ペルシアは笑顔のまま続ける。

 

「もし途中で口を挟んだ場合、私が止めます」

 

「君が?」

 

「はい。私が止めます」

 

役員の一人が苦笑した。

 

「相変わらずだな」

 

「相変わらずです」

 

ペルシアは軽く頭を下げた。

 

「今日は、現場を守るためにここにいます。ご理解ください」

 

役員達は互いに顔を見合わせた。

 

そして、一人が笑った。

 

「分かった。見学に徹しよう」

 

「ありがとうござます」

 

「君に止められるのは少し怖いからな」

 

「怖がっていただけるなら助かります」

 

また小さな笑いが起きた。

 

ペルシアはその場を柔らかくしながら、同時に境界線を引いていた。

 

役員達は、それを嫌がるどころか、むしろ楽しそうに受け取っている。

 

ペルシアが役員達に気に入られているのは、明らかだった。

 

ただ媚びているのではない。

 

言うべきことは言う。

 

止めるべき時は止める。

 

だが、相手の懐へ入るのが早い。

 

ジェームズはそれを見ながら、もう一度小さく呟いた。

 

「本当に、なんだあいつは」

 

フレイは静かに答えた。

 

「統括官です」

 

「説明になってない」

 

「十分な説明です」

 

 

シミュレーションの概要が表示された。

 

今回の訓練は、机上だけではない。

 

今年度中に廃棄予定の旧式宇宙船を、実際に管理区域内の宇宙空間へ浮かべている。

 

もちろん、燃料系統や危険物は抜かれている。

 

自動姿勢制御も制限され、遠隔停止装置も備えられている。

 

だが、外観、質量、反射、通信応答、回転挙動は実機に近い。

 

それを対象船として使用する。

 

現場には、スターフォックスが近づく。

 

フォックス、ファルコ、クリスタル、スリッピー。

 

彼らは実際に現場付近へ入り、対象船の観測、接近判断、通信、救助艇との位置関係を模擬する。

 

本部側は、オペレーションルームとして情報を受け取り、整理し、判断材料を出す。

 

ただし、最終判断を完璧に下すことが目的ではない。

 

どこで詰まるかを見ることが目的だった。

 

大型画面に、現場映像が映る。

 

暗い宇宙空間。

 

その中に、旧式宇宙船が浮かんでいる。

 

廃棄予定とはいえ、船体はまだ形を保っていた。

 

片側の外装には古い傷。

 

右舷側の補助推進部には、わずかな歪み。

 

姿勢は完全に安定しておらず、ゆっくりと回転している。

 

通信画面には、スターフォックス側の映像が表示された。

 

『こちらフォックス。現場付近に到着。対象船を確認した』

 

フォックスの声が入る。

 

シャオメイがすぐに通信席で応答する。

 

「こちら宇宙管理局オペレーションルーム。フォックス、通信状態確認。遅延〇・八秒。映像受信良好です」

 

『了解』

 

ファルコの声が続く。

 

『見た目より回ってるぞ。右舷側、少し嫌な揺れ方だ』

 

ジェームズが画面を見て低く言う。

 

「右舷補助が跳ねてる」

 

イーナがすぐに顔を上げる。

 

「ジェームズさん、判断材料をお願いします」

 

「映像だけじゃ弱い。回転差、右舷補助の戻り、グラップル負荷予測がいる」

 

イーナは素早く入力する。

 

「整備側確認項目。回転差、右舷補助の戻り、グラップル負荷予測」

 

フレイが記録する。

 

「時刻〇九一二。整備助言、追加情報要求」

 

リリアが警察連携席で表示を見ていた。

 

「未登録信号が近くに出ています。対象船からではなく、二時方向の外縁側です。宇宙警察への照会を並行します」

 

シャオメイがすぐに言う。

 

「待ってください。今、通信帯域が細くなっています。警察照会を同時にかけると、フォックス側の映像更新が落ちる可能性があります」

 

リリアは画面を見る。

 

「ですが、未登録信号が妨害源だった場合、警察照会が遅れると接近判断に影響します」

 

シャオメイは少しだけ声を強くした。

 

「映像更新が落ちれば、接近判断そのものが遅れます」

 

イーナが間に入ろうとする。

 

「一度整理します。救助判断に必要な映像維持と、未登録信号照会を並行する場合の通信帯域を——」

 

その時、現場からファルコの声が入った。

 

『おい、右舷側に近づくのはやめた方がいい。こいつ、外から見るより戻りが悪い』

 

フォックスが続ける。

 

『本部、接近方向の推奨はあるか?』

 

シャオメイが通信席を見る。

 

「接近方向の推奨には、回転差データが必要です。現場側、対象船の回転周期を送れますか」

 

スリッピーの声が入る。

 

『今送ってる! でも、対象船の自動応答が途切れてる。外部測定で出すから少し待って!』

 

ジェームズが低く言う。

 

「少し待つと近づきすぎる」

 

イーナが振り返る。

 

「では、現時点で禁止方向だけ先に出しますか」

 

ジェームズは少し苛立ったように言う。

 

「右舷後方は駄目だ。牽引したら救助艇側に負荷が返る」

 

リリアが警察連携席から言う。

 

「未登録信号が二時方向なら、左舷前方へ逃がすと警察確認の未了区域に近づきます」

 

シャオメイが画面を見ながら言う。

 

「通信帯域がさらに落ちています。警察照会を一旦止めるか、映像を落とすか選ばないと——」

 

「映像を落とすな」

 

ジェームズが即座に言う。

 

「でも警察照会を止めると、未登録信号の扱いが遅れます」

 

リリアの声も少し強くなる。

 

イーナが両方の情報を整理しようとする。

 

「現在の優先順位を確認します。第一に現場接近安全、第二に未登録信号確認、第三に牽引可否判断——」

 

「牽引可否は第二だ」

 

ジェームズが遮る。

 

「牽引可否が分からないまま接近するな」

 

シャオメイが言う。

 

「牽引判断に必要なデータが来るまで通信を維持する必要があります。警察照会は後段に回すべきです」

 

リリアは首を横に振る。

 

「未登録信号が妨害源なら、通信維持そのものに影響します。後段に回す判断は危険です」

 

フレイが記録しながら言う。

 

「意見整理。通信維持優先、牽引可否優先、警察照会優先の三点で衝突」

 

現場からクリスタルの声が入った。

 

『本部、対象船の近くに微弱な反射がある。未登録信号と同じ方向だけど、距離感が少し違う。信号だけで判断しない方がいい』

 

フォックスが続ける。

 

『接近判断がほしい。こちらは一旦距離を維持する』

 

ファルコが苛立った声で言う。

 

『維持って言っても、こっちもずっと止まってられねぇぞ。対象船が流れてる』

 

スリッピーの声。

 

『回転周期データ出た! でも一部欠けてる。右舷補助の跳ね、予測より大きい!』

 

ジェームズが画面を見て、さらに険しい顔をする。

 

「駄目だ。右舷後方からの接近禁止。牽引は左舷前方か下方。ただし下方は視界が悪い」

 

シャオメイがすぐに言う。

 

「左舷前方へ誘導するなら、未登録信号方向との関係確認が必要です」

 

リリアが重ねる。

 

「警察照会を入れます」

 

「今入れると通信が落ちます」

 

「落ちる可能性です。未登録信号のリスクも可能性です」

 

「通信が落ちたら、現場とのやり取りが止まります」

 

「未登録信号が妨害なら、いずれ止まります」

 

イーナが必死に整理しようとする。

 

「待ってください。まず接近禁止方向だけ現場に返して、警察照会は帯域を落とした形式で——」

 

「帯域を落とすと照会結果が遅れます」

 

リリアが言う。

 

「でも現場は今、接近判断を待っています」

 

イーナの声にも焦りが混じる。

 

フレイは記録を続けていたが、眉がわずかに動いた。

 

「判断が分岐したまま、現場への回答が遅延しています」

 

その言葉に、オペレーションルームの空気が一瞬張り詰めた。

 

後方席で見ていたナミは、端末に素早く記録を入れていた。

 

“通信切断前取得情報の優先順位が共有されていない”

 

“接近禁止方向のみ先行回答可能”

 

“未登録信号と警察照会が救助判断を停止させている”

 

マリも別の欄に記録している。

 

“背景音なし。現場側音声に焦りあり”

 

“フォックスは距離維持可能と判断。ただしファルコは対象船流動を懸念”

 

“警察照会による帯域消費と、妨害可能性のリスク比較が未整理”

 

ナミは小声でマリに言った。

 

「これ、今言いたい」

 

マリも小声で返す。

 

「分かる。でも見学」

 

「うん」

 

「ただ、止まると思う」

 

「私もそう思う」

 

二人は口を閉じた。

 

ペルシアは、役員席の近くに立ったまま、黙って見ていた。

 

本当なら、今すぐ中央に入って整理したい。

 

接近禁止方向だけ先に出す。

 

警察照会は最低帯域でリリアが並行。

 

シャオメイは通信維持。

 

ジェームズは牽引不可方向を確定。

 

イーナは現場への短文回答。

 

フレイは分岐記録。

 

そう言えば、おそらく一度は流れる。

 

だが、今日はペルシアは参加しない。

 

彼女の役目は、役員を止めること。

 

そして、詰まる場所を見ること。

 

ペルシアは唇を結び、動かなかった。

 

役員の一人が、たまらず少し身を乗り出した。

 

「これは、誰が判断を——」

 

ペルシアは即座に片手を上げた。

 

「発言は終了後にお願いします」

 

声は穏やかだった。

 

だが、有無を言わせない強さがあった。

 

役員は少し驚き、すぐに口を閉じた。

 

ジェームズがちらりとその様子を見た。

 

そして、小さく呟く。

 

「本当に止めたな」

 

フレイが記録しながら答える。

 

「統括官ですので」

 

その間にも、現場から通信が入る。

 

『本部、指示は?』

 

フォックスの声だった。

 

シャオメイが一瞬、画面を見た。

 

イーナが回答文を作ろうとする。

 

リリアが警察照会の入力を止めかける。

 

ジェームズが牽引不可方向を再度出そうとする。

 

フレイが全てを記録する。

 

だが、誰も最終的な一本化ができない。

 

情報は出ている。

 

意見も出ている。

 

それぞれ正しい。

 

だが、まとまっていない。

 

ペルシアは目を細めた。

 

これが見たかった。

 

そして、これが痛かった。

 

フレイが静かに言った。

 

「統括不在による判断停滞。現場回答遅延、二十秒」

 

イーナの手が止まった。

 

シャオメイが唇を噛む。

 

リリアが警察連携席で目を伏せる。

 

ジェームズは舌打ちした。

 

「止めろ」

 

その声は低かったが、はっきりしていた。

 

フレイが顔を上げる。

 

「訓練停止要請ですか」

 

「このまま続けても、同じところで詰まる。現場を無駄に待たせるだけだ」

 

画面の向こうで、フォックスも頷いた。

 

『本部、一度止めた方がいい。こちらは安全距離を維持する』

 

ファルコが続く。

 

『実戦なら怒鳴ってるところだな』

 

クリスタルの声が静かに入る。

 

『でも、止める判断は早い方がいい』

 

スリッピーも言った。

 

『データは取れたよ。どこで詰まったか、かなりはっきりしてる』

 

フレイはペルシアを見る。

 

ペルシアは、役員席の前に立ったまま、静かに頷いた。

 

「シミュレーション、一時停止」

 

フレイがすぐに宣言する。

 

「シミュレーションを一時停止します。現場、距離維持。対象船遠隔安定化へ移行」

 

シャオメイが通信を入れる。

 

「こちら宇宙管理局オペレーションルーム。シミュレーション一時停止。フォックス、距離維持をお願いします」

 

『了解。距離維持』

 

大型画面の表示が、訓練停止状態へ切り替わる。

 

オペレーションルームには、重い沈黙が落ちた。

 

イーナは悔しそうに端末を見ている。

 

リリアは唇を結んでいた。

 

シャオメイは目を伏せ、通信ログを見つめている。

 

ジェームズは腕を組んだまま、何も言わない。

 

フレイは記録を止めず、淡々とタイムラインを整理していた。

 

ナミとマリは、後方で黙って端末を閉じかけたが、まだ閉じなかった。

 

書くべきことが多すぎた。

 

役員達も、先ほどまでの楽しげな雰囲気を失っていた。

 

初回だから失敗する。

 

そう説明されていた。

 

だが、実際に止まるのを見ると、空気は重い。

 

続きです。

ペルシアが「失敗」と見られた停止を、実は“ほぼ完成に近い材料が揃っていた状態”だと見抜き、統括官席に入った瞬間に全員の能力を噛み合わせていく場面です。

 

オペレーションルームは、重く沈んでいた。

 

大型画面には、シミュレーション一時停止の表示。

 

現場側のスターフォックスは安全距離を維持し、廃棄予定の旧式宇宙船は遠隔安定化モードに移行している。

 

音は少ない。

 

だが、静かではなかった。

 

誰も声を出さないことで、かえって全員の呼吸が聞こえるようだった。

 

イーナは端末に視線を落としたまま、指を止めていた。

 

整理しようとした。

 

ジェームズの整備判断も、リリアの警察連携も、シャオメイの通信帯域の懸念も、現場のフォックス達の声も、全部見えていた。

 

だが、それを一本にできなかった。

 

リリアは警察連携席で、唇を結んでいる。

 

未登録信号を後回しにする危険も、通信帯域を守らなければ現場回答が遅れることも、どちらも分かっていた。

 

だからこそ、止まった。

 

シャオメイは通信ログを見つめていた。

 

自分は間違っていない。

 

通信帯域が落ちれば、現場映像が途切れる。

 

だが、リリアの言う未登録信号の危険も、否定できなかった。

 

ジェームズは腕を組んで座っていた。

 

いつも通り不機嫌そうに見える。

 

けれど、眉間の皺はいつもより深い。

 

整備側の危険は出した。

 

右舷後方は駄目だ。

 

牽引すれば救助艇側に負荷が返る。

 

そこまでは言った。

 

だが、それを現場指示へ変換する前に、全体が止まった。

 

フレイは記録を続けていた。

 

顔には出さない。

 

だが、記録欄には、判断停滞、現場回答遅延、優先順位未確定、統括判断不在という言葉が並んでいる。

 

ナミとマリも、後方の見学席で黙っていた。

 

ナミは、端末に書いた記録を見つめている。

 

通信切断前に取るべき情報。

 

接近禁止方向のみ先行回答可能。

 

救助判断を止めずに、警察照会を並行する方法。

 

それらが見えているのに、見学者として口を挟まなかった。

 

マリも、背景情報と未登録信号の扱いを記録していた。

 

警察照会をしなければいけない。

 

だが、照会そのものが通信帯域を圧迫する。

 

この比較を誰が判断に変えるのか。

 

そこが止まった。

 

役員達も黙っていた。

 

最初は、ペルシアに会えて嬉しそうだった。

 

彼女の軽い口調に笑い、見学の注意点にも納得していた。

 

だが、実際にシミュレーションが途中で止まると、空気は変わった。

 

役員の一人が、小さく呟く。

 

「……これで大丈夫なのか?」

 

別の役員も、声を潜めて言った。

 

「初回とはいえ、現場回答が止まるのは……」

 

「統括官が入っていないとは聞いていたが」

 

「本番でこれなら危険だな」

 

その声は大きくない。

 

だが、参加者には聞こえた。

 

イーナの肩がわずかに固まる。

 

シャオメイが唇を噛む。

 

リリアの視線が落ちる。

 

ナミとマリも、端末から顔を上げた。

 

ペルシアは、役員席の前に立っていた。

 

さっきまで、役員の発言を止めるためにそこにいた。

 

今も、そこにいる。

 

だが、彼女はすぐには何も言わなかった。

 

目を閉じ、顔を少し伏せる。

 

その表情は見えない。

 

がっかりしているのか。

 

呆れているのか。

 

怒っているのか。

 

誰にも分からなかった。

 

オペレーションルームの空気がさらに重くなる。

 

ジェームズが小さく舌打ちした。

 

「……」

 

シャオメイは、何か言おうとしてやめた。

 

イーナは資料端末を握りしめる。

 

リリアは呼吸を整えようとしていた。

 

ナミとマリは、互いに顔を見合わせることもできなかった。

 

その時、ペルシアが低く呟いた。

 

「言ったよね」

 

声は小さい。

 

だが、よく通った。

 

全員の視線が、ペルシアへ向く。

 

「今日のシミュレーションは、成功を披露する場ではなくて、失敗を見つける場だって」

 

ジェームズが顔を上げた。

 

シャオメイも目を向ける。

 

イーナ、フレイ、リリア。

 

後方席のナミとマリ。

 

そして役員達も、ペルシアを見る。

 

ペルシアはゆっくりと顔を上げた。

 

その表情を見て、全員が一瞬、言葉を失った。

 

嬉しそうだった。

 

目元に笑みが浮かんでいる。

 

呆れているわけでも、怒っているわけでも、失望しているわけでもない。

 

むしろ、満足しているように見えた。

 

「それなのに」

 

ペルシアは、いつもの軽い口調に戻った。

 

「いきなり完璧に近い結果を出すなんて、なに? 皆んな、本番に強いタイプなの?」

 

オペレーションルームの空気が止まった。

 

誰もすぐには理解できなかった。

 

ジェームズが眉を寄せる。

 

シャオメイは目を瞬かせた。

 

イーナは、手元の端末から顔を上げたまま固まっている。

 

リリアは驚いたようにペルシアを見た。

 

ナミとマリも、ぽかんとしていた。

 

役員の一人が、思わず声を漏らす。

 

「……完璧?」

 

ペルシアは役員の方を向いた。

 

「ええ」

 

その声は、はっきりしていた。

 

「皆んな、情報を的確に上げていました。後はそれを整えて判断するだけですから」

 

役員達がざわめいた。

 

ペルシアは一歩、中央へ進む。

 

「ジェームズは、整備側の危険を最短で出した。右舷後方接近禁止。牽引負荷の逆流。救助艇側の損傷リスク。これは出ていました」

 

ジェームズは少しだけ目を逸らした。

 

「事実を言っただけだ」

 

「その事実が必要なの」

 

ペルシアは次にシャオメイを見る。

 

「シャオメイは、通信帯域の限界を見た。映像を落とせば接近判断が遅れる。警察照会を同時に入れれば通信が細くなる。これも必要な指摘」

 

シャオメイは息を呑む。

 

「でも、まとめられませんでした」

 

「まとめるのは、あなた一人の仕事じゃない」

 

ペルシアはリリアを見る。

 

「リリアは、未登録信号を見落とさなかった。警察照会を救助判断と切り離せていなかったのは課題。でも、危険を出したこと自体は正しい」

 

リリアは小さく頷いた。

 

「はい」

 

「イーナは、全員の情報を拾おうとした。途中で止まったけど、拾えていた。拾えていなかったら、そもそも詰まることもできない」

 

イーナの目が揺れる。

 

「……はい」

 

「フレイは、判断停滞を記録した。止めるべきタイミングを見える形にした」

 

フレイは静かに頭を下げた。

 

「記録しただけです」

 

「その“だけ”がないと、訓練はただの失敗になるのよ」

 

ペルシアは後方席へ視線を向けた。

 

「ナミ、マリ」

 

二人が姿勢を正す。

 

「見学枠なのに、ちゃんと黙ってたわね」

 

ナミは少し戸惑いながら答える。

 

「はい。口を挟まない指示でしたので」

 

マリも続ける。

 

「見学記録に残しました」

 

「それでいい。たぶん二人とも、今すぐ言いたいことが山ほどあるでしょ」

 

ナミとマリは互いに一瞬だけ顔を見る。

 

ナミが通常口調で小さく言う。

 

「あるね」

 

マリも通常口調で返す。

 

「かなりある」

 

ペルシアは笑った。

 

「後で聞く」

 

そして、役員達へ向き直る。

 

「今の停止は、失敗ではありません。材料は揃っていました。各席が危険を拾い、現場も声を出し、記録も止まっていなかった。足りなかったのは、統括判断だけです」

 

役員の一人が眉をひそめる。

 

「だが、その統括判断こそが重要なのではないかね」

 

「その通りです」

 

ペルシアは即答した。

 

「だから今から入ります」

 

オペレーションルームがざわついた。

 

ペルシアは局長の方を見た。

 

局長マーカスは、役員席の少し後ろに立っていた。

 

最初から静かに見ていたのだ。

 

ペルシアは軽い口調で言う。

 

「局長、皆んなやる気みたいだし、私もやっぱり参加していい?」

 

局長はしばらくペルシアを見ていた。

 

その顔には、わずかな苦笑が浮かんでいる。

 

「……好きにやりなさい」

 

ペルシアはにっと笑った。

 

「了解」

 

その一言と同時に、空気が変わった。

 

ペルシアは役員席の前から離れ、中央の統括官席へ向かう。

 

さっきまで空席だった場所。

 

情報が集まりながらも、判断へ変換されなかった場所。

 

そこへ、ペルシアが座った。

 

座った瞬間、まるで部屋の中心が定まったようだった。

 

ペルシアは端末を軽く叩く。

 

大型画面の表示が切り替わり、停止時点の三十秒前へ戻る。

 

「フレイ、停止三十秒前から再開。記録は別ライン。最初の停止記録は消さない」

 

「承知しました」

 

「イーナ、現場回答文を短文形式へ。長文は禁止。最初の一文は“右舷後方接近禁止、距離維持”」

 

「はい」

 

「ジェームズ、右舷後方禁止の根拠を三語で」

 

ジェームズが眉をひそめる。

 

「三語?」

 

「役員じゃない。現場へ返す用」

 

ジェームズは一瞬だけ考え、短く言った。

 

「補助跳ね、負荷逆流、牽引不可」

 

ペルシアは頷く。

 

「採用」

 

イーナが即座に入力する。

 

「シャオメイ、通信帯域を三分割。現場映像優先、音声維持、警察照会は低帯域テキストのみ」

 

シャオメイの手が動く。

 

「はい。映像六、音声三、照会一で維持します」

 

「採用。落ちたらすぐ言って」

 

「はい」

 

「リリア、警察照会は止めない。ただし救助判断を止める照会は禁止。未登録信号の識別照会だけ低帯域で投げて」

 

リリアがすぐ頷く。

 

「はい。照会内容を最小化します。未登録信号識別、発信源照合、妨害可能性のみ」

 

「採用」

 

ペルシアは現場通信を開く。

 

「フォックス、聞こえる?」

 

『聞こえている』

 

「再開後、右舷後方接近は禁止。距離維持のまま左舷前方の安全角を探して。ファルコ、右舷側の跳ねを目視継続。クリスタル、未登録信号と反射の距離感を見て。スリッピー、回転周期の欠けを補正できる?」

 

スリッピーの声が弾んだ。

 

『できる! ただ、アーウィン側の補正データも使った方が早い』

 

ペルシアはすぐ言った。

 

「スリッピー? ナウスはアーウィンにインプットしてる?」

 

『インプット済みだよ』

 

「なら、ナウスも参加させていいわよ」

 

一瞬、現場側の通信がざわついた。

 

スリッピーの声が明らかに嬉しそうになる。

 

『いいの?』

 

「必要なら使う。使えるものは使うの」

 

通信に、ナウスの落ち着いた合成音声が入った。

 

『ナウス、補助演算に参加します。アーウィン各機の外部測定値を統合可能です』

 

ペルシアは即座に判断する。

 

「ナウス、対象船回転周期、右舷補助跳ね、左舷前方接近角の三点を優先。予測値はシャオメイへ。本部表示は一画面にまとめて」

 

『了解しました』

 

ペルシアは軽く息を吸った。

 

「それじゃあ、やりましょうか」

 

その声には、先ほどまでの重さはない。

 

だが、軽いだけでもない。

 

全員の視線が前を向く。

 

フレイが宣言する。

 

「シミュレーション再開。停止三十秒前より再開します」

 

大型画面が動き出した。

 

 

『こちらフォックス。現場付近に到着。対象船を確認した』

 

再開直後。

 

同じ場面。

 

だが、今度は違った。

 

シャオメイが即座に通信状態を確認する。

 

「こちら宇宙管理局オペレーションルーム。フォックス、通信状態確認。遅延〇・八秒。映像優先、音声維持。警察照会は低帯域で並行します」

 

ペルシアが短く言う。

 

「いい。次」

 

ファルコの声。

 

『見た目より回ってるぞ。右舷側、少し嫌な揺れ方だ』

 

ジェームズが言う。

 

「右舷補助跳ね。接近禁止候補」

 

ペルシアは即座に判断する。

 

「まだ候補。イーナ、現場へは“右舷後方接近注意、距離維持”で先行」

 

イーナが返答文を作る。

 

「フォックス、右舷後方接近注意。距離維持を継続してください。詳細確認中です」

 

『了解。距離維持』

 

リリアが未登録信号を確認する。

 

「二時方向外縁に未登録信号。対象船からではありません。警察照会、低帯域テキストで識別のみ投げます」

 

ペルシアは頷く。

 

「救助判断は止めない。照会は並行」

 

「はい」

 

シャオメイが通信画面を見る。

 

「照会帯域、一割で維持。映像更新落ちていません」

 

「採用。そのまま」

 

スリッピーの声が入る。

 

『回転周期データ出た! でも一部欠けてる』

 

ペルシアは即座に言う。

 

「ナウス、補完」

 

『補完中。アーウィン三機の外部測定値を統合。右舷補助跳ね、予測値より一二パーセント増大』

 

ジェームズが画面を見て言う。

 

「右舷後方、禁止で確定」

 

ペルシアは迷わない。

 

「採用。イーナ、現場へ」

 

イーナが短文で出す。

 

「フォックス、右舷後方接近禁止。理由、補助跳ね、負荷逆流、牽引不可。距離維持のまま左舷前方角を確認してください」

 

フォックスの返事は速かった。

 

『了解。右舷後方接近禁止。左舷前方角を確認する』

 

ファルコが続く。

 

『右舷はやめて正解だ。戻りが悪すぎる』

 

ペルシアはすぐ次へ進む。

 

「クリスタル、未登録信号と反射の距離感」

 

『未登録信号は対象船より遠い。反射は対象船近く。混ざって見えてるだけだと思う。でも、外縁側に動きがある』

 

リリアがすぐ反応する。

 

「警察照会結果、一部返答あり。登録なし。ただし妨害確定ではありません」

 

ペルシアは判断する。

 

「未登録信号は警戒継続、救助停止条件にはしない。リリア、警察側には“救助継続、外縁監視依頼”で返して」

 

「はい」

 

シャオメイが言う。

 

「通信帯域、照会分を維持しても映像更新に影響なし」

 

「継続」

 

マリは見学席で息を呑んだ。

 

さっき、自分達が記録していた問題が、次々に判断へ変わっていく。

 

警察照会は止めない。

 

でも救助判断も止めない。

 

通信帯域は守る。

 

映像は落とさない。

 

未登録信号は、救助停止ではなく外縁監視へ回す。

 

ペルシアは、誰かの意見を潰していない。

 

全部を拾っている。

 

その上で、今使うものと後に回すものを分けている。

 

ナミも、端末を握ったまま見ていた。

 

接近禁止方向だけ先に返す。

 

危険は確定する前でも、注意として出せる。

 

確定したら禁止に変える。

 

通信が切れる前に、現場が動ける最低限の情報だけ先に渡す。

 

ナミが見ていた“危険の順番”が、そのまま運用になっていた。

 

「マリ」

 

ナミが小声で言う。

 

「何?」

 

「すごいね」

 

マリは画面から目を離さずに答えた。

 

「うん。情報の順番が変わっただけで、全部動いてる」

 

「うん」

 

 

現場映像では、スターフォックスのアーウィンが対象船の周囲を一定距離で回り始めた。

 

フォックスが距離維持。

 

ファルコが右舷側の跳ねを目視継続。

 

クリスタルが未登録信号と反射の違いを確認。

 

スリッピーとナウスが回転周期と接近角を補正する。

 

本部側では、シャオメイが通信帯域を維持し、リリアが警察照会を最小限で走らせ、ジェームズが牽引不可方向を判断し、イーナが現場へ短文回答を返し、フレイが全てを時系列へ落とし込む。

 

ペルシアは統括官席で、ほとんど姿勢を変えない。

 

だが、全てを聞いていた。

 

「ジェームズ、左舷前方角、牽引可否」

 

「角度二十度なら可。ただし対象船回転差が落ちるまで待つ」

 

「採用。ナウス、回転差低下予測」

 

『十二秒後に回転差許容範囲へ入ります』

 

「シャオメイ、十二秒間通信維持。映像落とさないで」

 

「はい」

 

「イーナ、フォックスへ。“十二秒後、左舷前方二十度、仮接近可”。仮を入れて」

 

「はい」

 

イーナは即座に通信へ乗せる。

 

「フォックス、十二秒後、左舷前方二十度、仮接近可。牽引はまだ不可。距離維持のまま待機してください」

 

『了解。十二秒後、左舷前方二十度、仮接近可。牽引不可、距離維持』

 

ペルシアは頷く。

 

「復唱良し」

 

リリアが言う。

 

「警察側から返信。外縁監視を開始。未登録信号は救助妨害確定ではありません」

 

「採用。救助継続」

 

シャオメイが通信席で少し声を上げる。

 

「通信遅延、一・二秒へ増加」

 

ペルシアは即座に言う。

 

「映像は?」

 

「維持。ただし照会帯域をこのままにすると一・五秒まで増えます」

 

「リリア、警察照会一時低頻度。監視依頼は維持。追加照会は三十秒後」

 

リリアは迷わず答える。

 

「はい。警察照会、低頻度へ移行します」

 

シャオメイが確認する。

 

「通信遅延、一・一秒へ戻りました」

 

「いい。シャオメイ、その判断はあなたからも言っていい。遅延が一・五を超える前に」

 

シャオメイは一瞬だけ目を見開いた。

 

「はい」

 

ペルシアは次へ進む。

 

「ジェームズ、牽引開始条件」

 

「回転差許容、左舷前方二十度、グラップル負荷二割以内」

 

「二割を超えたら?」

 

「即解除」

 

「採用。イーナ、現場へ」

 

イーナはすぐに短文へ整える。

 

「フォックス、牽引開始条件。回転差許容、左舷前方二十度、グラップル負荷二割以内。二割超過で即解除」

 

フォックスが応答する。

 

『了解。条件確認』

 

スリッピーの声が入る。

 

『ナウス補正、回転差許容まで三、二、一、入った!』

 

ペルシアは短く言った。

 

「フォックス、仮接近開始」

 

『了解。仮接近開始』

 

ファルコが言う。

 

『右舷はまだ跳ねてる。左舷側は安定してるぜ』

 

クリスタルが続ける。

 

『外縁側の未登録信号、こちらへの接近なし。救助動線には入っていない』

 

リリアがすぐ拾う。

 

「未登録信号、救助動線外。警察監視継続、救助判断への影響なし」

 

ペルシアは頷く。

 

「採用」

 

フレイが記録する。

 

「時刻〇九二一。仮接近開始。未登録信号は救助判断から分離、警察監視へ移行」

 

役員達は、後方席で黙って見ていた。

 

さっきまで、情報がぶつかって止まった部屋。

 

それが今、同じ情報量のまま動いている。

 

むしろ、情報は増えている。

 

スリッピーとナウスの補正が加わり、現場からの声も増えた。

 

それなのに、混乱しない。

 

理由は明らかだった。

 

ペルシアがいる。

 

彼女は、誰の意見も長く説明させない。

 

だが、切り捨てもしない。

 

必要な情報を短く取り、役割を決め、採用か保留かをその場で告げる。

 

ジェームズの言葉が荒くても、整備判断として拾う。

 

シャオメイの通信懸念を、通信制御指示へ変える。

 

リリアの警察連携を、救助判断から分離して並行処理に回す。

 

イーナには、長い情報を現場が動ける短文へ変えさせる。

 

フレイには、判断と未決事項を分けて記録させる。

 

フォックス達には、現場の感覚を遠慮なく出させる。

 

スリッピーとナウスには、技術補正を演算として組み込ませる。

 

それぞれが持っている力を、ぶつけるのではなく流れにしている。

 

役員の一人が、小さく呟いた。

 

「……これが、統括官か」

 

別の役員も、目を細める。

 

「彼女が入った瞬間、情報の意味が変わったな」

 

局長マーカスは、何も言わずに見ていた。

 

だが、その表情には、わずかな満足があった。

 

 

仮接近は成功した。

 

次は牽引判断。

 

ここでも意見はぶつかった。

 

ジェームズは、グラップル負荷が予想より少し高いと言う。

 

スリッピーは、ナウス補正なら許容内に収められると言う。

 

ファルコは、現場感覚として一度離した方がいいと言う。

 

フォックスは、距離維持の燃料消費を気にする。

 

クリスタルは、対象船近くの反射がまだ気になると言う。

 

リリアは、未登録信号がまだ完全に消えていないため、警察監視を続けるべきだと言う。

 

シャオメイは、通信遅延が再び増え始めていると報告する。

 

イーナは、その全てを現場返答へまとめようとする。

 

以前なら、ここでまた止まっていた。

 

だが、今は違った。

 

ペルシアは、即座に切った。

 

「牽引はまだしない」

 

ジェームズが頷く。

 

「正解だ」

 

スリッピーが少し慌てる。

 

『でも、ナウス補正なら——』

 

「スリッピー、補正は採用。でも牽引判断にはまだ使わない。今は仮接近維持に使う」

 

『あ、そっか。了解!』

 

「ファルコの現場感覚は採用。離脱ではなく、仮接近維持で様子を見る。フォックス、燃料消費は?」

 

『問題ない。短時間なら維持できる』

 

「なら維持。クリスタル、反射監視継続。リリア、警察監視継続。ただし救助判断を止めない。シャオメイ、通信遅延一・五超えたら即報告。イーナ、現場へ」

 

イーナは一拍も置かずに返した。

 

「フォックス、牽引はまだ実施しません。仮接近維持。ナウス補正は姿勢監視に使用。反射監視、警察監視は継続。通信遅延一・五秒超過で再判断します」

 

『了解。仮接近維持』

 

ペルシアは短く頷く。

 

「良し」

 

その一言で、全員が次へ動いた。

 

ジェームズは次の負荷予測へ。

 

シャオメイは通信帯域の再調整へ。

 

リリアは警察連携の更新へ。

 

イーナは現場返答の次文へ。

 

フレイは判断履歴の整理へ。

 

現場のフォックス達も、今度は本部の回答を待たずに状況確認を続けられている。

 

ナミは後方で端末を握りしめていた。

 

「マリ」

 

「何?」

 

「統括官、危険を消してない」

 

「うん。順番を変えてるだけ」

 

「全部残してる」

 

「でも、今使うものだけ前に出してる」

 

マリは画面を見たまま続けた。

 

「これ、私達がやるべきことも同じだね」

 

ナミは頷いた。

 

「うん。見えた危険を全部言うんじゃなくて、今動ける形にする」

 

「それが難しい」

 

「でも、見えた」

 

二人の声は小さい。

 

だが、ペルシアには聞こえていた。

 

彼女は前を向いたまま、少しだけ笑った。

 

 

シミュレーションは、そこから大きく崩れなかった。

 

もちろん、完璧ではない。

 

通信遅延は一度、一・六秒まで伸びた。

 

シャオメイが即座に報告し、ペルシアが警察照会の更新頻度を下げた。

 

リリアは一瞬だけ迷ったが、救助判断を止めない範囲で監視依頼を維持した。

 

ジェームズは、牽引負荷が二割に近づいた時点で解除準備を出した。

 

ペルシアはそれを採用し、フォックスへ“牽引開始ではなく固定確認”を指示した。

 

スリッピーとナウスは、アーウィン側の外部測定値を統合し、対象船の回転差を視覚化した。

 

イーナは、ペルシアの判断を現場が復唱しやすい短文に整え続けた。

 

フレイは、判断、保留、監視継続、再判断条件をすべて別枠で記録した。

 

現場では、フォックスが距離を維持し、ファルコが右舷側の危険を監視し、クリスタルが反射と未登録信号の違いを見続けた。

 

誰か一人が突出しているわけではない。

 

全員が、自分の役割を果たしている。

 

そして、その全員を、ペルシアがつないでいた。

 

役員達は、もう途中で口を挟まなかった。

 

挟む必要がなかった。

 

むしろ、挟めなかった。

 

目の前で、情報が判断へ変わっていく。

 

危険が整理される。

 

意見の衝突が、役割分担へ変わる。

 

保留が放置ではなく、再判断条件として残される。

 

その流れを見れば、素人でも分かる。

 

この部屋は、ペルシアが座ると機能する。

 

いや、ペルシアが全てをやっているわけではない。

 

ペルシアは、全員に仕事をさせている。

 

それが凄かった。

 

自分で抱え込まない。

 

誰かに丸投げもしない。

 

聞く。

 

切る。

 

残す。

 

採用する。

 

保留する。

 

戻す。

 

指示する。

 

その速度が異常だった。

 

しかも、軽い。

 

「ジェームズ、それは怖い顔してるだけ? それとも本当に駄目?」

 

「本当に駄目だ」

 

「採用。怖い顔だけなら却下だったわ」

 

「うるさい」

 

「イーナ、今の“うるさい”は記録しなくていい」

 

「はい」

 

「フレイは記録しそうだから止めて」

 

「既に記録していません」

 

「偉い」

 

「必要ないと判断しました」

 

「言い方」

 

そんな軽口を挟みながらも、判断は一度も遅れなかった。

 

シャオメイが緊張で少し声を詰まらせた時も、ペルシアはすぐに言った。

 

「シャオメイ、数字だけ。理由は後」

 

「通信遅延一・四、映像維持、音声軽微な乱れ」

 

「十分。採用」

 

リリアが警察照会の扱いで迷った時も、ペルシアは短く切った。

 

「事件判断じゃない。今は救助阻害の確認だけ」

 

「はい。救助阻害確認に絞ります」

 

「良し」

 

イーナが情報をまとめすぎて長文になりかけた時も、ペルシアは笑った。

 

「イーナ、それは報告書。現場には二行」

 

「はい。二行にします」

 

「あなたならできる」

 

その一言で、イーナの手が速くなった。

 

ジェームズが短すぎる言葉で済ませようとした時は、ペルシアが止める。

 

「ジェームズ、“無理”だけじゃ現場が困る。無理な方向と条件」

 

「右舷後方無理。左舷前方二十度なら条件付き」

 

「採用」

 

フレイが記録を取る。

 

「統括判断、右舷後方不可、左舷前方条件付き」

 

ペルシアは頷く。

 

「それでいい」

 

この流れの中で、誰も余計な自尊心を守っていなかった。

 

意見がぶつかっても、ペルシアがすぐに意味を分ける。

 

“それは今使う”

 

“それは後”

 

“それは監視”

 

“それは警察へ”

 

“それは現場に返す”

 

“それは記録だけ”

 

“それは却下”

 

却下されても、誰も止まらない。

 

採用されれば、すぐ次へ進む。

 

この部屋の全員が、ペルシアの判断に引っ張られていた。

 

 

やがて、対象船は仮固定に成功した。

 

牽引は本実施せず、救助艇接近可能範囲の確認までで止める。

 

未登録信号は警察監視下に置かれ、救助判断からは分離。

 

通信は遅延を抱えながらも維持。

 

現場側のスターフォックスは、安全距離を保ったまま対象船を監視し続けた。

 

フレイが静かに宣言する。

 

「訓練第二段階、完了。仮固定確認。牽引本実施は保留。救助艇接近可能範囲を確定」

 

オペレーションルームに、今度は別の沈黙が落ちた。

 

先ほどの重い沈黙ではない。

 

誰もが、自分達が動いたことを理解するための沈黙だった。

 

イーナは、小さく息を吐いた。

 

シャオメイはヘッドセットを押さえたまま、画面を見つめている。

 

リリアは警察連携席で、ようやく肩の力を抜いた。

 

ジェームズは腕を組んだままだが、不機嫌そうな顔の奥に、少しだけ納得があった。

 

フレイは記録を閉じない。

 

まだこの後、整理があるからだ。

 

ナミとマリは、後方席で言葉を失っていた。

 

役員達も、黙っていた。

 

その沈黙を破ったのは、局長だった。

 

「見事だった」

 

短い言葉だった。

 

だが、部屋の全員がその重みを感じた。

 

ペルシアは統括官席で軽く肩をすくめた。

 

「見事なのは皆んなよ。私は整えただけ」

 

ジェームズがぼそりと言う。

 

「その“整えただけ”が一番おかしいんだよ」

 

シャオメイが小さく頷いた。

 

「私も、そう思います」

 

イーナも、少しだけ笑った。

 

「ペルシア統括官が入ってから、情報の置き場所が分かりました」

 

リリアも言う。

 

「私は、警察連携を救助判断から分ける感覚が、少し分かりました」

 

フレイは淡々と記録しながら言った。

 

「統括官参加後、判断遅延は大幅に減少。情報衝突は継続して発生しましたが、全て役割分担または保留条件へ変換されています」

 

ナミが小さく呟く。

 

「すごい……」

 

マリも、珍しく少しだけ表情を崩した。

 

「うん。全部見えていたのに、全部を前に出していない」

 

ペルシアは後方席へ視線を向ける。

 

「ナミ、マリ」

 

二人はすぐに姿勢を正す。

 

「はい」

 

「はい」

 

「後で記録を見せて。あなた達がどこで口を挟みたくなったか、全部聞く」

 

ナミは一瞬だけ驚き、それから頷いた。

 

「分かりました」

 

マリも続ける。

 

「承知しました」

 

ペルシアは笑う。

 

「今日の見学、かなり勉強になったでしょ」

 

ナミは、今度は少しだけ素直に答えた。

 

「はい。とても」

 

マリも頷いた。

 

「はい。情報の使い方が見えました」

 

「よろしい」

 

役員の一人が、ようやく口を開いた。

 

「ペルシア統括官」

 

ペルシアはそちらを見る。

 

「はい。質疑は今から受けます」

 

役員は少し苦笑した。

 

「君が止めるから、ずっと黙っていたよ」

 

「ありがとうございます。とても助かりました」

 

「……正直、最初に止まった時は不安になった」

 

「でしょうね」

 

ペルシアはあっさり認める。

 

「でも、今ので分かった。さっきの停止は、材料がなかったのではなく、材料を束ねる手がなかったんだな」

 

ペルシアは静かに頷いた。

 

「はい。今日、それが分かりました」

 

「つまり、オペレーションルームには統括官が必要だと」

 

「違います」

 

ペルシアは即答した。

 

役員達が少し驚く。

 

ペルシアは続けた。

 

「オペレーションルームには、“統括判断の機能”が必要です。それを私一人に固定したら、私がいない時にまた止まります」

 

局長の目がわずかに細くなる。

 

ペルシアは中央卓の画面を見る。

 

「今日の次の課題は、私がやった整理を、部屋の仕組みに落とすことです。優先順位表。分割回答の基準。警察照会と救助判断の分離。通信帯域の再判断条件。整備リスクの短文化。現場復唱の書式」

 

フレイがすぐに記録する。

 

「次回改善項目として記録します」

 

ペルシアは頷いた。

 

「そう。私がすごいで終わったら意味がない。私がいなくても七割動く部屋にする。私が入ったら十割に近づく。それが目標」

 

役員達は、今度こそ完全に黙った。

 

それは反論できない沈黙だった。

 

ペルシアの凄さは、自分の能力を見せることではなかった。

 

自分の能力を、組織へ移そうとしていることだった。

 

局長が静かに笑った。

 

「やはり、君に任せてよかった」

 

ペルシアは嫌そうに顔を向ける。

 

「局長、そういうこと言うと仕事が増えるから嫌い」

 

「増えるだろうな」

 

「最悪」

 

ジェームズが低く言う。

 

「でも、必要だ」

 

ペルシアはジェームズを見る。

 

「あなたまで真面目なこと言わないで。調子が狂う」

 

「うるさい」

 

シャオメイが小さく笑った。

 

イーナも、リリアも、少しだけ笑った。

 

ナミとマリも互いに顔を見合わせる。

 

ナミが通常口調で言った。

 

「マリ、ここに来てよかったね」

 

マリも通常口調で頷いた。

 

「うん。かなり大変だけど」

 

「うん。かなり大変」

 

二人はそう言って、少しだけ笑った。

 

ペルシアはその笑いを横目で見てから、統括官席に座り直した。

 

「さて」

 

全員が再び彼女を見る。

 

「成功を披露する場じゃないって言ったけど、結果的に少し見せすぎたわね」

 

役員達が笑う。

 

ペルシアも笑った。

 

「でも、ここからが本番よ。今の動きを、次は私なしで半分でも再現する。そのために、まず記録整理」

 

フレイが頷く。

 

「開始します」

 

「イーナ、現場回答文の変化を抽出」

 

「はい」

 

「シャオメイ、通信帯域再判断の閾値表」

 

「はい」

 

「ジェームズ、整備リスクの短文化。文句は後」

 

「今言う」

 

「却下」

 

「……くそ」

 

「リリア、警察照会と救助判断の分離表」

 

「はい」

 

「ナミ、通信切断前に取る情報の優先順位。見学記録から出して」

 

「はい」

 

「マリ、背景音と未登録信号の扱い。警察連携へ回すもの、救助判断へ残すものを分けて」

 

「承知しました」

 

「フォックス達は、現場側で“本部から欲しかった一文”を出して。スリッピーとナウスは補正情報の表示形式を後で送って」

 

通信越しに、フォックスが答えた。

 

『了解』

 

ファルコが笑う。

 

『やっぱり仕切ると速ぇな』

 

クリスタルも言う。

 

『今のは見ていて気持ちよかったよ』

 

スリッピーが明るく続ける。

 

『ナウスのデータもまとめて送るね!』

 

ナウスの合成音声が入る。

 

『補正ログを出力します』

 

ペルシアは満足そうに頷いた。

 

「よし。じゃあ全員、仕事」

 

その一言で、オペレーションルームは一斉に動き出した。

 

さっきまでの重い空気は、もうない。

 

そこにあるのは、忙しさだった。

 

そして、確かな熱だった。

 

役員達は、後方席からその光景を見ていた。

 

誰ももう、「これで大丈夫なのか」とは言わなかった。

 

むしろ、分かってしまった。

 

この部屋は、まだ未完成だ。

 

だが、確かに動く。

 

そして、その中心にペルシアがいる限り、未完成の部品でさえ、判断へ変わる。

 

ペルシアは統括官席で端末を叩きながら、いつものように軽く呟いた。

 

「本当に、面倒な部屋になってきたわね」

 

フレイがすぐに答える。

 

「統括官が作っている部屋です」

 

「分かってるわよ」

 

ジェームズが横から言う。

 

「一番面倒なのはお前だ」

 

ペルシアは笑った。

 

「知ってる」

 

その笑い声を合図にするように、オペレーションルームはさらに回り始めた。

 

初回シミュレーション。

 

それは、途中で止まり、荒れ、役員達の前で重い空気を生んだ。

 

だが、そこからペルシアが入った瞬間、部屋は姿を変えた。

 

散らばっていた情報は流れになり、ぶつかっていた意見は判断材料になり、迷っていた人間達は役割を取り戻した。

 

誰もが理解した。

 

ペルシアは、ただ人懐っこいだけではない。

 

ただ口が立つだけでもない。

 

彼女は、声の高さ、言葉の強さ、視線の揺れ、情報の順番、現場の焦り、役員の圧力、そのすべてを聞き分けながら、必要なものだけを判断へ変える。

 

統括官。

 

その言葉が、この日初めて、部屋の全員に実感として落ちた。

 

 

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