翌朝。
宇宙管理局本部。
統括官室の空気は、いつもより少しだけ静かだった。
昨日の初回シミュレーション。
役員達の前で一度停止し、そこからペルシアが入ってオペレーションルームを見事に回した。
その後の慰労会。
役員達に誘われ、ペルシアは浴びるように飲んだ。
褒めては呑み。
褒めては呑み。
フレイを褒め、イーナを褒め、リリアを褒め、シャオメイを褒め、ナミとマリを褒め、ジェームズを褒め、フォックス達まで褒めた。
そして、そのたびに飲んだ。
フレイが何度も水を差し出した。
局長も途中で止めた。
それでも、ペルシアは笑っていた。
「今日は皆んなが凄かったから」
そう言って、また飲んだ。
その結果が、今だった。
統括官室の扉が、いつもよりゆっくり開いた。
「……おはよう」
ペルシアが入ってきた。
声が低い。
顔色が悪い。
片手で頭を押さえ、もう片方の手で壁に触れている。
いつもの軽い足取りではない。
一歩進むたびに、世界の揺れを確認しているようだった。
イーナが真っ先に気づいた。
「ペルシア統括官、大丈夫ですか?」
ペルシアは小さく首を横に振る。
「大丈夫じゃない」
シャオメイが椅子から立ち上がった。
「顔色がかなり悪いです」
「うん。気持ち悪い」
ペルシアは統括官席まで歩こうとして、途中で止まった。
そして、もう一度頭を押さえる。
「……頭が、割れる」
その様子を見て、ナミとマリは完全に固まっていた。
昨日、統括官席で全員の情報を束ね、役員達の前で堂々と説明し、オペレーションルームを動かした人。
その同じ人物が、今は壁に寄りかかりながら「気持ち悪い」と言っている。
ナミは呆然と呟いた。
「……マリ」
マリも通常口調で小さく返す。
「うん」
「統括官って、こういう人なの?」
「分からない。昨日の記録にはなかった」
「記録に残す?」
「残したら怒られると思う」
「だね」
二人は同時に黙った。
その時、フレイが端末を閉じた。
表情はいつも通り。
だが、声はかなり冷たかった。
「統括官」
ペルシアは目を細める。
「フレイ……声が頭に響く」
「昨日、二日酔いは禁止と申し上げました」
「努力するって言った」
「努力ではなく実行してください、と申し上げました」
「覚えてる」
「覚えていて、その結果がこれですか」
ペルシアは壁に手をついたまま、弱々しく答える。
「皆んなが凄かったから……」
「褒めるたびに飲む必要はありません」
「褒めるには喉が……」
「水で十分です」
「昨日も聞いた」
「今日も言います」
フレイは容赦なかった。
その横で、ジェームズも腕を組んでいる。
昨日の慰労会には結局参加し、散々ペルシアに褒められ、本人は嫌がっていた。
その分、今朝の声はさらに厳しい。
「馬鹿か」
ペルシアはゆっくりとジェームズを見る。
「朝からひどい」
「浴びるように飲めばそうなるに決まってるだろ」
「ジェームズを褒めた分も入ってる」
「俺のせいにするな」
「だって、ジェームズが凄かったから」
「それで飲むな」
ジェームズは本気で呆れていた。
「昨日、何杯飲んだ」
ペルシアは少し考えようとして、すぐに顔をしかめた。
「考えると気持ち悪くなる」
「じゃあ相当だな」
「うん」
「うんじゃない」
そこへ通信画面が開いた。
スターフォックス側の回線だった。
フォックス、ファルコ、クリスタル、スリッピーが映る。
昨日のシミュレーションの追加確認のため、朝から通信をつなぐ予定になっていた。
画面に映ったペルシアの姿を見て、フォックスが一瞬黙った。
そして、低い声で言う。
『ペルシア』
「フォックス……おはよう」
『昨日、あれだけ飲むなと言われていただろう』
ペルシアは視線を逸らした。
「聞いてた」
『聞いていて、それか』
「皆んなが凄かったから……」
『それは理由にならない』
フォックスの声は、フレイやジェームズとは違う厳しさがあった。
怒鳴るわけではない。
だが、逃がさない。
『統括官が倒れたら、せっかく作った部屋が止まる。昨日、自分で言っていたはずだ。統括判断を一人に固定してはいけないと』
ペルシアは小さく唸る。
「朝から正論が多い……」
『正論を言われる状態を作ったのはお前だ』
「はい……」
ペルシアは珍しく素直に頷いた。
イーナが慌てて水を持ってきた。
「ペルシア統括官、お水です。ゆっくり飲んでください」
「ありがとう、イーナ……優しい」
イーナは心配そうに眉を寄せる。
「無理はしないでください。昨日は本当にお疲れでしたし、今日は整理作業が中心ですから」
フレイがすぐに言う。
「整理作業は軽作業ではありません」
イーナは少し困ったようにフレイを見る。
「それは分かっていますが、今のペルシア統括官に通常速度を求めるのは……」
「自業自得です」
「フレイさん……」
ペルシアは水を両手で持ち、少しずつ飲んだ。
「イーナが天使に見える」
ジェームズが低く言う。
「錯覚だ」
イーナは苦笑する。
「錯覚でも、お水は飲んでください」
「飲む」
リリアも近づいてきた。
手には、胃に優しい温かい飲み物と、軽い食事が載ったトレイがある。
「ペルシア統括官、こちらもどうぞ。急に食べるとつらいと思いますので、少しずつで大丈夫です」
ペルシアは感動したようにリリアを見る。
「リリア……あなたも優しい」
リリアは少し微笑む。
「昨日、たくさん褒めていただいたので」
「褒めてよかった」
フレイがすぐに言う。
「褒めることと飲みすぎることは別です」
「フレイ、今日は厳しい」
「昨日も厳しかったです」
「そうだった」
スリッピーが画面越しに心配そうに身を乗り出した。
『ペルシア、大丈夫? ナウスに二日酔い対策のリスト出してもらう?』
ペルシアは少しだけ笑った。
「スリッピー、優しい……」
ナウスの合成音声が入る。
『水分補給、休息、消化に良い食事、光量調整を推奨します』
スリッピーが頷く。
『ほら、照明少し落とした方がいいって』
シャオメイがすぐに室内端末を操作した。
「照明を少し落とします。画面の輝度も下げますね」
ペルシアは目を細めながら頷く。
「シャオメイも優しい……」
シャオメイは少し照れたように笑った。
「昨日、通信席を褒めていただいたので」
「褒めてよかった……」
ジェームズが呆れたように言う。
「褒めれば許されると思うなよ」
ペルシアはジェームズを見る。
「ジェームズも、昨日褒めた」
「だから何だ」
「少し優しくして」
「嫌だ」
「ひどい」
「自業自得だ」
フォックスも画面越しに頷く。
『ジェームズに同意する』
「フォックスまで……」
その横で、ファルコがついに笑いをこらえきれなくなった。
『ははっ、昨日あれだけ格好よく仕切ってた統括官が、今日はこれかよ』
ペルシアは画面を睨もうとして、眩しかったのかすぐ目を細めた。
「ファルコ、笑わないで。響く」
『悪い悪い。でも無理だろ。昨日の勢いで飲めばこうなるって』
「皆んなが凄かったから」
『その言い訳、何回目だよ』
「分からない」
『そこも覚えてねぇのか』
ファルコは楽しそうに笑っている。
クリスタルは、呆れたようにため息をついた。
『ペルシア、本当に飲みすぎ』
「クリスタル……」
『昨日も止めたよね』
「止められた気がする」
『気がするじゃなくて、止めた』
「ごめん」
クリスタルは呆れた顔のまま、それでも声は柔らかかった。
『今は無理しないで。まず水を飲んで、少し食べて、座って。画面を見すぎると余計につらいから、フレイに読み上げてもらった方がいい』
フレイがすぐに頷く。
「その対応が妥当です」
クリスタルは続ける。
『あと、横になるなら短時間だけ。完全に寝ると午前中の記録整理が飛ぶよ』
「介抱が現実的……」
『呆れてるからね』
「でも優しい」
『優しいけど、次に同じことをしたらもっと怒る』
ペルシアは小さく頷いた。
「はい」
クリスタルの呆れた介抱は、ある意味で一番効いていた。
ナミとマリは、後方でその様子を見ていた。
完全に唖然としている。
昨日見たペルシア。
役員達の前で笑い、止めるべき発言を止め、統括官席に座った瞬間に全員の情報を判断へ変えた人。
その同じ人が、今日は水を両手で抱えて、目を細めながら「気持ち悪い」と言っている。
ナミが通常口調で小さく言った。
「マリ」
「うん」
「統括官って、昨日の統括官だよね」
「同一人物のはず」
「はずって」
「確認したいくらい違う」
ナミは真剣な顔でペルシアを見る。
「でも、皆さん慣れてる」
マリも周囲を見る。
「うん。フレイさんとジェームズさんとフォックスさんは厳しい。イーナさん、リリアさん、スリッピーさん、シャオメイさんは優しい。クリスタルさんは呆れながら介抱。ファルコさんは笑ってる」
ナミは少しだけ間を置いた。
「分類ができてる」
「うん。かなりはっきりしてる」
「これも記録する?」
「しない方がいい」
「だね」
その会話を、なぜかフレイは聞き逃さなかった。
「ナミさん、マリさん」
二人は即座に姿勢を正した。
「はい」
「はい」
フレイは淡々と言った。
「統括官の体調不良は、公式記録には残しません。業務記録上は“整理作業を分担して実施”とします」
ナミは真面目に頷いた。
「承知しました」
マリも続ける。
「了解しました」
ペルシアが水を飲みながら小さく言う。
「フレイ、優しい……」
フレイは即答した。
「優しさではありません。統括官の名誉管理です」
「それは優しさ」
「違います」
「優しい」
「違います」
ジェームズが横から言う。
「どうでもいいから座れ。立ってると倒れるぞ」
ペルシアは椅子に沈むように座った。
「ジェームズ、優しい」
「違う。倒れられると面倒なだけだ」
「それも優しさ」
「違う」
フォックスが通信越しに言う。
『今日は統括官席に座って判断するな。整理に徹した方がいい』
ペルシアは少しだけ目を開ける。
「仕事はする」
『するなとは言っていない。だが、昨日のような速度でやるな』
フレイがすぐに同意する。
「本日は統括官の判断作業を制限します。資料確認と改善項目の承認のみ行ってください」
ペルシアは不満そうに唇を尖らせた。
「私の部屋なのに」
「だからこそです」
イーナが柔らかく言う。
「ペルシア統括官、今日は私達が整理します。統括官は確認だけお願いします」
リリアも頷く。
「昨日、ペルシア統括官が言ってくださった改善項目を、私達で形にします」
シャオメイが続ける。
「通信帯域の閾値表も、私がまとめます」
スリッピーも画面越しに手を挙げる。
『ナウスの補正ログは僕が整理するよ。ペルシアは後で見るだけでいいから』
クリスタルが少し呆れた声で言う。
『ほら、皆がやるって言ってる。今日は任せなよ』
ファルコが笑いながら言った。
『昨日あれだけ褒めたんだから、今日は働いてもらえよ』
「ファルコ、それは正しいけど言い方」
ペルシアは小さく呻いた。
ジェームズは腕を組む。
「昨日、お前が言ったんだろ。自分一人に固定したら止まるって」
ペルシアは黙った。
「なら今日は試せ。お前が気持ち悪い状態でも動くかどうか」
「ジェームズ、言い方は最悪だけど、正しい」
「最悪は余計だ」
「でも正しい」
ペルシアは少しだけ笑った。
そして、頭を押さえながらも、椅子に深く座り直した。
「分かった。今日は皆んなに任せる」
フレイはすぐに端末を開く。
「では、昨日の改善項目整理を開始します」
「声、少し小さめで」
「承知しました」
フレイは本当に少し声を落とした。
ペルシアは目を細める。
「やっぱり優しい」
「違います」
「優しい」
「業務上の配慮です」
「それを優しさって言うのよ」
フレイはため息を吐いた。
イーナが小さく笑う。
リリアも少し笑った。
シャオメイは照明をさらに微調整し、スリッピーはナウスのリストを送っている。
クリスタルは画面越しに、ペルシアがちゃんと水を飲んでいるか見ていた。
ファルコはまだ笑っている。
フォックスは厳しい顔のまま、時々「水を飲め」と言う。
ジェームズは不機嫌そうにしながらも、ペルシアの前に余計な資料が積まれないよう、整備ログを自分の席へ引き取った。
ナミとマリは、その光景を見ながら、また小さく顔を見合わせた。
ナミが通常口調で言う。
「マリ」
「何?」
「この部屋、変だね」
マリは少し考えた。
「うん。でも、動いてる」
ナミはペルシアを見た。
頭を押さえ、気持ち悪いと言いながらも、皆の声を聞いている。
時々うなずき、必要な時だけ短く確認する。
昨日のような鋭さはない。
だが、中心にいることは変わらない。
マリも同じものを見ていた。
「統括官が完璧だから動くんじゃないんだね」
ナミは頷いた。
「うん。統括官が弱ってても、皆が動こうとしてる」
「昨日、褒めてたからかな」
「それもあると思う」
「すごい人だね」
ナミは少しだけ笑った。
「うん。今日はすごく具合悪そうだけど」
マリも小さく笑った。
「うん。そこは間違いない」
その声が少し聞こえたのか、ペルシアが薄目を開けた。
「ナミ、マリ……聞こえてるわよ」
二人は即座に姿勢を正す。
「失礼しました」
「申し訳ありません」
ペルシアは水を飲み、少しだけ笑った。
「でも、間違ってないわ。今日は本当に気持ち悪い」
フレイがすぐに言う。
「自業自得です」
ジェームズも続ける。
「馬鹿だな」
フォックスも画面越しに言う。
『反省しろ』
ファルコは笑う。
『言われ放題だな』
スリッピーが慌てる。
『でも、昨日は頑張ったからね!』
イーナも優しく言う。
「今日は無理せず進めましょう」
リリアも頷く。
「はい。必要な確認だけお願いします」
シャオメイも言った。
「通信資料はこちらでまとめます」
クリスタルは呆れながらも、穏やかに言う。
『水、もう少し飲んで』
ペルシアは、全員の声を聞いて、少しだけ目を細めた。
厳しい声。
優しい声。
呆れた声。
笑っている声。
心配している声。
全部が混ざっている。
昨日、自分が褒めて飲んだ相手達が、今日は自分を囲んでいる。
それが少しだけおかしくて、少しだけ嬉しかった。
ペルシアは頭を押さえたまま、弱々しく笑った。
「……皆んな、朝から元気ね」
フレイが淡々と答える。
「統括官以外は、おおむね通常です」
「ひどい」
「事実です」
ジェームズが低く言う。
「今日一日はおとなしくしてろ」
フォックスが続ける。
『同感だ』
クリスタルも頷く。
『今日は皆に任せること。分かった?』
ペルシアは小さく頷いた。
「はい」
ファルコが笑う。
『昨日の統括官とは別人みたいだな』
ペルシアは画面を睨む気力もなく、ただ手を軽く振った。
「ファルコ、あとで覚えてなさい」
『その調子じゃ覚えてねぇだろ』
「覚える……たぶん」
また笑いが起きた。
二日酔いで始まった朝。
統括官としては最悪の体調。
フレイとジェームズとフォックスには厳しく叱られ、イーナとリリアとスリッピーとシャオメイには優しく慰められ、クリスタルには呆れながら介抱され、ファルコには笑われた。
ナミとマリは唖然としながら、その光景を見ていた。
だが、その中でオペレーションルームは止まらなかった。
フレイが記録を進める。
イーナが回答文を整理する。
リリアが警察連携表を作る。
シャオメイが通信閾値をまとめる。
ジェームズが整備リスクを短文化する。
スリッピーとナウスが補正ログを送る。
フォックス達が現場側の改善点を返す。
ナミとマリが見学記録を改善項目へ変える。
そしてペルシアは、頭を押さえながら、時々「採用」「それは後」「そこは分けて」と短く言った。
昨日のような速度はない。
けれど、部屋は動いていた。
ペルシアが目指していた形に、少しだけ近づいていた。
自分一人が完璧に動かす部屋ではなく。
自分が弱っていても、皆が動ける部屋へ。
ペルシアは水を飲みながら、小さく呟いた。
「……昨日、褒めておいてよかった」
フレイがすぐに言う。
「褒めることと飲みすぎることは別です」
「分かってる……」
「本当に分かっていますか」
「今日は分かってる」
「明日も覚えていてください」
「努力する」
「実行してください」
ペルシアは机に額を近づけそうになりながら、弱々しく笑った。
「フレイ、やっぱり厳しい……」
「補佐ですので」
その一言に、統括官室の全員が少しだけ笑った。
ペルシアは頭を押さえたまま、小さく呻く。
「笑うと響く……」
それでも、彼女の口元も少しだけ笑っていた。
ーーーー
続きです。
二日酔いから少し戻ってきたペルシアが、屋上で一息ついているところへジェームズが来て、前夜の「褒めては呑む」理由を問い、正式加入へ気持ちが動く場面です。
昼頃。
宇宙管理局本部の統括官室は、朝よりも少しだけ落ち着きを取り戻していた。
ペルシアの顔色も、最悪の状態からは多少戻っている。
朝は、頭を押さえながら「気持ち悪い」としか言えなかった。
フレイには厳しく叱られ、ジェームズには馬鹿と言われ、フォックスには通信越しに正論で詰められた。
その一方で、イーナとリリアとシャオメイは水や軽食を用意し、スリッピーとナウスは二日酔い対策を送ってきた。
クリスタルは呆れながら介抱し、ファルコは楽しそうに笑っていた。
ナミとマリは、昨日との落差に唖然としていた。
それでも、仕事は進んだ。
ペルシアが全てを動かしたわけではない。
むしろ、今日はペルシアが弱っていたからこそ、周りが動いた。
フレイが記録を整理し、イーナが現場回答文を抽出し、リリアが警察連携と救助判断の分離表を作り、シャオメイが通信閾値をまとめ、ナミとマリが見学記録から改善点を拾った。
ジェームズも、文句を言いながら整備リスクの短文化を確認していた。
ペルシアは、それを見ながら短く言っただけだ。
「採用」
「それは後」
「そこは分けて」
その程度だった。
だが、それで部屋は回った。
昨日より遅い。
昨日より荒い。
それでも、止まらなかった。
昼休憩に入る頃、ペルシアはようやく椅子から立ち上がった。
「……少し外の空気吸ってくる」
フレイがすぐに顔を上げる。
「統括官、一人で大丈夫ですか」
「大丈夫。もう歩ける」
「朝もそう言って壁に寄りかかっていました」
「今は違う」
「どこへ」
「屋上」
フレイは少し考えた。
「長時間は避けてください」
「はいはい」
「昼休憩終了前には戻ってください」
「はいはい」
「“はい”は一回で結構です」
「はい」
ペルシアは少しだけ笑い、紙コップを手に取った。
中身は、湯気の立つ味噌汁だった。
シジミの味噌汁。
朝からイーナに勧められ、リリアに渡され、フレイに水分補給と合わせて飲むよう言われた。
最初は「味噌汁なんて」と言っていたペルシアだったが、一口飲んだ瞬間、考えを変えた。
体に染みた。
本当に、染みた。
「やっぱりシジミの味噌汁が一番……」
ペルシアは紙コップを両手で持ちながら、屋上へ向かった。
◇
宇宙管理局本部の屋上は、通常の屋上というより、人工重力の安定した展望スペースに近かった。
透明な防護壁の向こうには、木星圏の淡い光が広がっている。
遠くには作業艇の航路灯。
さらに奥には、港湾区画へ向かう輸送船の光が細く伸びていた。
ペルシアは屋上の端にあるベンチへ腰を下ろした。
紙コップの味噌汁を、ゆっくり飲む。
少し熱い。
だが、その熱がありがたかった。
「……生き返る」
最後の一口まで飲み干すと、ペルシアは深く息を吐いた。
頭痛はまだ残っている。
胃も完全ではない。
だが、朝のような最悪の気持ち悪さは抜け始めていた。
紙コップを横に置き、ポケットに手を入れる。
取り出したのは、細い煙草だった。
久しぶりだった。
最近はほとんど吸っていない。
宇宙管理局に来てからは、なおさらだ。
吸う暇もなかった。
吸う気分にもならなかった。
けれど、今日は少しだけ、そういう気分だった。
ペルシアは煙草をくわえ、火をつけた。
小さな火が揺れる。
煙が、木星圏の淡い光へ細く溶けていく。
一口だけ吸い、ゆっくり吐いた。
「……まずい」
そう言いながら、ペルシアは少し笑った。
「でも、落ち着くのよね」
その時、屋上へ続く扉が開いた。
ペルシアは振り返らなかった。
足音で分かった。
重く、遠慮がなく、けれど近づきすぎない歩き方。
ジェームズだった。
「ここにいたのか」
ペルシアは煙草を指に挟んだまま、肩越しに答える。
「見つかった」
「隠れるならもっと分かりにくい場所に行け」
「屋上に来る人なんて少ないと思ったのよ」
「甘いな」
ジェームズは少し離れた場所に立ち、ペルシアを見た。
そして、彼女の手元に目をやる。
「お前が煙草を吸うなんて意外だな」
ペルシアは煙を細く吐く。
「昔はたまに吸ってたわよ」
「今は吸ってないだろ」
「ええ。久しぶり」
「二日酔いの時に吸うものか?」
「普通は吸わないわね」
「なら吸うな」
「正論が多い日ね」
ジェームズは鼻を鳴らした。
「自業自得だ」
「朝から何回それ言われたかしら」
「足りないくらいだ」
ペルシアは苦笑した。
「厳しいわね」
「優しくする理由がない」
「昨日あれだけ褒めたのに?」
「それとこれは別だ」
「フレイみたいなこと言う」
「最悪だな」
ペルシアは小さく笑った。
ジェームズはしばらく黙っていた。
屋上には、風の代わりに空調の柔らかい流れがあった。
煙草の煙はすぐに吸気口の方へ流れていく。
ペルシアは二口目を吸い、紙コップの中に残っていた味噌汁の香りを見て、少しだけ顔をしかめた。
「煙草とシジミの味噌汁って、合わないわね」
「当たり前だ」
「でも今の私には両方必要だったの」
「意味が分からん」
「分からなくていいわよ」
また沈黙が落ちた。
今度の沈黙は、悪いものではなかった。
ジェームズは、ペルシアの隣に座るでもなく、少し離れた壁際に立っている。
ペルシアも、それを急かさない。
彼が何かを言いに来たことは分かっていた。
だが、言い出すまで待った。
やがて、ジェームズが口を開いた。
「昨日のことだ」
「呑みすぎた話?」
「それは馬鹿だ」
「ひどい」
「事実だ」
「はいはい」
ジェームズは少しだけ眉を寄せた。
「そうじゃない」
ペルシアは煙草を指先で軽く揺らす。
「じゃあ何?」
ジェームズは視線を外したまま言った。
「どうして、あそこまで褒めた」
ペルシアの指が、少しだけ止まった。
ジェームズは続ける。
「呑んで、騒いで、褒めて、また呑んで。役員の前でも、俺達の前でも、ずっと褒めていた」
「そうね」
「なぜだ」
ペルシアはすぐには答えなかった。
煙草の火を見つめる。
小さく赤く、じりじりと燃えている。
「ジェームズ」
「何だ」
「昨日のシミュレーション、最初に止まったでしょ」
「ああ」
「あの時、皆んな自分の失敗だと思ってた」
ジェームズは黙った。
ペルシアは続ける。
「イーナは、まとめられなかったと思ってた。リリアは、警察照会で救助判断を止めたと思ってた。シャオメイは、通信帯域を守ることに固執したと思ってた。フレイは記録できても判断を動かせなかったと思ってた」
ジェームズは小さく言う。
「俺も、出すべきことを出し切れなかった」
「そう。それぞれ、そう思った」
ペルシアは煙を吐いた。
「でも、違うのよ」
ジェームズがペルシアを見る。
「皆んな、必要なものは出してた。出してたのに、止まった。なら、それは個人の失敗じゃない。部屋の形の問題。統括判断の置き場所の問題。情報の順番の問題」
ペルシアは少しだけ目を細める。
「でも、人って、自分の失敗だと思うのよ」
「……」
「特に、真面目な人ほどね」
ジェームズは黙って聞いていた。
「だから、昨日のうちに返しておきたかった」
「返す?」
「そう」
ペルシアは煙草を持った手を軽く上げる。
「あなたが出した危険は必要だった。シャオメイの通信懸念は必要だった。リリアの未登録信号も必要だった。イーナの整理も、フレイの記録も、ナミとマリの見学記録も、フォックス達の現場感覚も、全部必要だった」
ペルシアはジェームズを見る。
「それを本人達に返しておかないと、次に声が出なくなる」
ジェームズの目がわずかに動いた。
ペルシアは静かに続ける。
「昨日、役員達の前で止まった。あれは重い。あのまま解散したら、たぶん皆んな夜に考え込んだわ。自分が止めたんじゃないかって」
「ありえるな」
「でしょ」
ペルシアは苦笑した。
「だから、呑みながらでも言ったの。あなたのこれは必要だった。あなたのあの声は助かった。あの指摘がなかったら危なかった。そうやって、本人の手元に成果を戻した」
ジェームズは低く言った。
「それで、あそこまで飲む必要はない」
「それはそう」
ペルシアはあっさり認めた。
「そこは反省してる」
「本当か」
「今日はしてる」
「明日忘れるなよ」
「努力する」
「実行しろ」
ペルシアは小さく笑った。
「皆んな同じこと言うわね」
ジェームズは視線をそらす。
「当たり前だ」
少しの間、二人は黙った。
屋上の防護壁の向こうで、遠くの航路灯がゆっくり動いている。
ペルシアは煙草を灰皿へ軽く押し当てた。
「それにね」
「まだあるのか」
「あるわよ」
ペルシアは紙コップを指で軽く叩いた。
「私、昨日言ったでしょ。私がすごいで終わったら意味がないって」
「ああ」
「オペレーションルームは、私一人で動かす場所じゃない。私が弱ってても、私がいなくても、七割は動く部屋にしたい」
ジェームズは少しだけ眉を寄せる。
「今日、動いてたな」
「ええ」
ペルシアは嬉しそうに笑った。
「二日酔いの私でも、部屋が止まらなかった」
「誇ることか?」
「誇るわよ。体調管理としては最悪だけど、組織作りとしては収穫」
「無茶苦茶だな」
「統括官だから」
「便利な言葉だ」
「フレイの真似?」
「やめろ」
ペルシアは笑った。
ジェームズは、そんなペルシアをしばらく見ていた。
昨日の統括官席。
今朝の二日酔い。
そして今、屋上で味噌汁を飲み干し、久しぶりの煙草を吸いながら、自分達を褒めた理由を話しているペルシア。
どれが本当の姿か分からない。
いや、全部なのだろう。
人懐っこく、雑で、酒に弱くはないが加減を知らず、フレイに叱られ、役員に可愛がられ、部下を褒め、協力者まで巻き込む。
その一方で、誰が何を見ていたかを忘れない。
声にならなかった成果を拾い、本人へ返す。
ジェームズは、面倒だと思った。
本当に、面倒な女だと思った。
だが。
「ペルシア」
「何?」
「お前は、人を使うのが上手いな」
ペルシアは少しだけ目を丸くした。
「それ、褒めてる?」
「たぶんな」
「たぶんって何よ」
「慣れてない」
ペルシアは少し笑った。
「でしょうね」
ジェームズは壁にもたれたまま、木星圏の光を見た。
「俺は、整備士だ」
「知ってる」
「現場で機体を見る。ログを見る。音を見る。癖を見る。それが仕事だ」
「ええ」
「本部の席に座って、役員の前で説明して、誰かの言葉に合わせて動く。そういうのは向いていない」
ペルシアは何も言わなかった。
ジェームズは続ける。
「昨日も、何度も帰りたかった」
「知ってる」
「呑み会も帰りたかった」
「それも知ってる」
「今日も帰りたかった」
「ずっとじゃない」
「ずっとだ」
ペルシアは笑う。
ジェームズは、少しだけ息を吐いた。
「でも、昨日の部屋は悪くなかった」
ペルシアの表情が静かになる。
「そう」
「あそこなら、整備士の言葉が消えない」
ペルシアは黙って聞いた。
「現場だと、整備の言葉は後回しにされることがある。見た目で行けそうだとか、操縦士が大丈夫だと言ったとか、通信が急げと言ったとか。そういう理由で、機体の癖が軽く見られる」
ジェームズの声は、いつもより少し低かった。
「だが昨日、お前は拾った。右舷補助の跳ねも、負荷逆流も、三語で出せと言った。長い説明はいらないが、消しもしなかった」
ペルシアは煙草を灰皿に置いた。
「消したら危ないもの」
「そうだ」
ジェームズは、初めてまっすぐペルシアを見た。
「だから、正式に入る」
ペルシアは一瞬、反応しなかった。
「……何に?」
「お前のチームだ」
ペルシアは瞬きをした。
ジェームズは不機嫌そうに続ける。
「オペレーションルーム。正式メンバーとして入る。技術助言者じゃなくてな」
ペルシアは、今度こそ驚いた顔をした。
「ジェームズ」
「何だ」
「今、二日酔いで聞き間違えたかと思った」
「聞き間違いじゃない」
「本当に?」
「何度も言わせるな」
ペルシアはじっとジェームズを見る。
ジェームズは露骨に嫌そうな顔をした。
「やめろ」
「いや、だって」
「褒めるな」
「まだ何も言ってない」
「顔が褒める顔だ」
ペルシアは口元を押さえた。
だが、笑いは隠せなかった。
「嬉しい」
「言うな」
「無理。嬉しい」
「面倒だな」
「あなたが入るなら、かなり強くなる」
「整備の席だけだ。人前で愛想よくする気はない」
「求めてない」
「役員の相手もしない」
「しなくていい」
「長い説明も嫌いだ」
「三語でいいわよ」
ジェームズは少しだけ眉を寄せた。
「本当にそれでいいのか」
ペルシアは頷いた。
「あなたは、危険を見つける人。整備士の言葉を、オペレーションルームに差し込む人。説明を整えるのはイーナやフレイがいる。判断へ変えるのは私達がやる」
「俺の言葉を勝手に薄めるなよ」
「薄めない。届く形にする」
ジェームズは黙った。
その言葉に、反論しなかった。
ペルシアは少しだけ真面目な顔で言う。
「ジェームズ。正式に入るなら、条件がある」
「何だ」
「逃げないこと」
ジェームズは顔をしかめた。
「逃げる前提か」
「昨日も今日も帰りたがってたでしょう」
「事実だ」
「だから言ってるの」
ペルシアは指を一本立てる。
「面倒だと言ってもいい。口が悪くてもいい。無愛想でもいい。役員に愛想を振りまかなくてもいい。でも、必要な時に席を立たないこと」
ジェームズは少し黙った。
「それだけか」
「それだけ」
「……分かった」
ペルシアはにやりと笑う。
「採用」
ジェームズは嫌そうにする。
「お前に採用されると腹が立つな」
「正式加入おめでとう」
「祝うな」
「祝うわよ」
「飲むなよ」
ペルシアはぴたりと止まった。
「……さすがに今日は飲まない」
「信用できない」
「今日は味噌汁で祝う」
「それならいい」
ペルシアは空になった紙コップを持ち上げた。
「空だけど」
「意味がない」
「気持ちよ」
ジェームズは小さくため息を吐いた。
「本当に面倒だな」
「それ、昨日も言ってた」
「明日も言う」
「じゃあ、明日も聞く」
ペルシアは立ち上がった。
少しふらつきかけたが、今度は自分で踏みとどまった。
ジェームズが無言で手を伸ばしかけ、すぐに引っ込める。
ペルシアはそれを見逃さなかった。
「今、支えようとした?」
「してない」
「したでしょ」
「してない」
「優しい」
「違う」
「優しいわね、ジェームズ」
「違うと言ってる」
ペルシアは楽しそうに笑った。
「フレイに報告しなきゃ」
「やめろ」
「イーナにも」
「やめろ」
「シャオメイも喜ぶわね」
「やめろ」
「スリッピーは絶対喜ぶ」
「通信するな」
「フォックス達にも」
「やめろ」
ジェームズは本気で嫌そうだった。
だが、もう撤回しなかった。
ペルシアは屋上の扉へ向かう。
扉の前で振り返り、言った。
「ジェームズ」
「何だ」
「ようこそ、オペレーションルームへ」
ジェームズは目を逸らした。
少し間を置いて、低く答える。
「……仕事はする」
ペルシアは満足そうに頷いた。
「それで十分」
二人は屋上を後にした。
◇
統括官室へ戻ると、フレイがすぐに顔を上げた。
「統括官、昼休憩終了五分前です」
「戻ったわよ」
「体調は」
「シジミの味噌汁でかなり復活」
「それは何よりです」
フレイはそう言いながら、ペルシアの後ろにいるジェームズを見る。
「ジェームズさんもご一緒でしたか」
ジェームズは腕を組む。
「たまたまだ」
ペルシアはにやにやしている。
フレイはその表情を見て、すぐに察したように目を細めた。
「統括官。何かありましたね」
「さすがフレイ」
「何がありましたか」
ペルシアは大きく息を吸った。
ジェームズが低く言う。
「言うな」
ペルシアは満面の笑みで言った。
「ジェームズが正式メンバーになるって」
統括官室の空気が止まった。
イーナが目を見開く。
「本当ですか?」
リリアも顔を上げる。
シャオメイは驚きのあまり端末を落としかけた。
ナミとマリは同時にジェームズを見る。
フレイだけは、一拍置いてから静かに端末を開いた。
「正式加入手続きを開始します」
ジェームズは顔をしかめる。
「早い」
「必要です」
「まだ何も書いてない」
「口頭意思確認がありました。統括官が証人です」
「最悪だ」
ペルシアは嬉しそうに笑う。
「最悪じゃないわ。最高よ」
イーナが柔らかく微笑む。
「よろしくお願いします、ジェームズさん」
リリアも丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
シャオメイは少し興奮した様子で言った。
「整備ログの見方、もっと教えてください」
「面倒だ」
「お願いします」
「……必要ならな」
ナミが真面目に言う。
「整備リスクの短文化について、今後確認させてください」
マリも続ける。
「背景音や未登録信号と、整備ログの異常兆候を照合する場面があると思います」
ジェームズは二人を見た。
「新人にしては面倒なことを言う」
ナミは少しだけ姿勢を正す。
「必要だと思います」
マリも頷く。
「はい」
ジェームズは小さく息を吐いた。
「……なら持ってこい」
ナミとマリは互いに顔を見合わせた。
ナミが通常口調で小さく言う。
「マリ、今のは許可?」
マリも通常口調で答える。
「たぶん。ジェームズさんの“いい”だと思う」
「分かりにくいね」
「うん」
ジェームズが低く言う。
「聞こえてるぞ」
二人はすぐに姿勢を正した。
「失礼しました」
「申し訳ありません」
ペルシアは笑いをこらえきれなかった。
フレイは端末を操作しながら言う。
「統括官」
「何?」
「正式加入に伴い、ジェームズさんの配置、権限、役割定義、記録責任範囲を決める必要があります」
「ええ。整備リスク判断席。機体ログ、牽引負荷、姿勢制御異常、救助艇側損傷リスクの一次判断」
「承知しました」
「ただし、対外説明は本人にさせない」
ジェームズが即座に言う。
「当然だ」
フレイは淡々と記録する。
「対外説明はイーナさん及びフレイで変換。統括判断への接続はペルシア統括官」
「それで」
ペルシアは席に座る。
朝よりも、背筋が伸びていた。
まだ完全復活ではない。
頭痛も少し残っている。
だが、目は戻っていた。
「よし。午後の仕事を始めましょう」
フレイが少しだけ目を細める。
「統括官、無理は禁物です」
「分かってる。今日は水と味噌汁で動く」
ジェームズが低く言う。
「煙草も吸ってただろ」
全員の視線がペルシアに集まった。
ペルシアは固まる。
フレイの声が静かに低くなった。
「統括官」
「……久しぶりに一本だけ」
「二日酔い明けにですか」
「反省してます」
「本当に?」
「本当に」
ジェームズが鼻で笑う。
「信用されてないな」
ペルシアはジェームズを睨む。
「あなたが言ったんでしょ」
「事実だ」
フレイは深くため息を吐いた。
「午後は水分補給を継続してください」
「はい」
「煙草は今日はもう禁止です」
「はい」
「酒も当然禁止です」
「それは分かってる」
「確認です」
ペルシアは弱々しく笑った。
「厳しいわね」
フレイは端末を閉じる。
「補佐ですので」
ジェームズが低く言った。
「面倒な部屋だな」
ペルシアは即座に返す。
「正式メンバーがそれ言う?」
ジェームズは目を逸らした。
「撤回はしない」
「よろしい」
ペルシアは満足そうに笑った。
その笑顔を見て、統括官室の空気が少し明るくなる。
正式メンバーとして、ジェームズが加わる。
それは大きな一歩だった。
無愛想で、口が悪くて、すぐ帰りたがる。
だが、整備の危険を誰より早く拾う男。
その言葉が、これからは協力者の助言ではなく、オペレーションルームの一部になる。
ペルシアは紙コップを持ち上げた。
今度の中身は、水だった。
「では、午後もよろしく」
フレイが頷く。
イーナも、リリアも、シャオメイも続く。
ナミとマリも姿勢を正した。
ジェームズは少し遅れて、ぼそりと言った。
「……仕事はする」
ペルシアは笑う。
「知ってる」
その一言で、午後の統括官室は動き始めた。
二日酔いから始まった一日。
シジミの味噌汁と、久しぶりの煙草と、屋上での短い会話。
その末に、オペレーションルームはまた一つ、必要な歯車を手に入れた。