サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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ジェームズ

翌朝。

 

宇宙管理局本部。

 

統括官室の空気は、いつもより少しだけ静かだった。

 

昨日の初回シミュレーション。

 

役員達の前で一度停止し、そこからペルシアが入ってオペレーションルームを見事に回した。

 

その後の慰労会。

 

役員達に誘われ、ペルシアは浴びるように飲んだ。

 

褒めては呑み。

 

褒めては呑み。

 

フレイを褒め、イーナを褒め、リリアを褒め、シャオメイを褒め、ナミとマリを褒め、ジェームズを褒め、フォックス達まで褒めた。

 

そして、そのたびに飲んだ。

 

フレイが何度も水を差し出した。

 

局長も途中で止めた。

 

それでも、ペルシアは笑っていた。

 

「今日は皆んなが凄かったから」

 

そう言って、また飲んだ。

 

その結果が、今だった。

 

統括官室の扉が、いつもよりゆっくり開いた。

 

「……おはよう」

 

ペルシアが入ってきた。

 

声が低い。

 

顔色が悪い。

 

片手で頭を押さえ、もう片方の手で壁に触れている。

 

いつもの軽い足取りではない。

 

一歩進むたびに、世界の揺れを確認しているようだった。

 

イーナが真っ先に気づいた。

 

「ペルシア統括官、大丈夫ですか?」

 

ペルシアは小さく首を横に振る。

 

「大丈夫じゃない」

 

シャオメイが椅子から立ち上がった。

 

「顔色がかなり悪いです」

 

「うん。気持ち悪い」

 

ペルシアは統括官席まで歩こうとして、途中で止まった。

 

そして、もう一度頭を押さえる。

 

「……頭が、割れる」

 

その様子を見て、ナミとマリは完全に固まっていた。

 

昨日、統括官席で全員の情報を束ね、役員達の前で堂々と説明し、オペレーションルームを動かした人。

 

その同じ人物が、今は壁に寄りかかりながら「気持ち悪い」と言っている。

 

ナミは呆然と呟いた。

 

「……マリ」

 

マリも通常口調で小さく返す。

 

「うん」

 

「統括官って、こういう人なの?」

 

「分からない。昨日の記録にはなかった」

 

「記録に残す?」

 

「残したら怒られると思う」

 

「だね」

 

二人は同時に黙った。

 

その時、フレイが端末を閉じた。

 

表情はいつも通り。

 

だが、声はかなり冷たかった。

 

「統括官」

 

ペルシアは目を細める。

 

「フレイ……声が頭に響く」

 

「昨日、二日酔いは禁止と申し上げました」

 

「努力するって言った」

 

「努力ではなく実行してください、と申し上げました」

 

「覚えてる」

 

「覚えていて、その結果がこれですか」

 

ペルシアは壁に手をついたまま、弱々しく答える。

 

「皆んなが凄かったから……」

 

「褒めるたびに飲む必要はありません」

 

「褒めるには喉が……」

 

「水で十分です」

 

「昨日も聞いた」

 

「今日も言います」

 

フレイは容赦なかった。

 

その横で、ジェームズも腕を組んでいる。

 

昨日の慰労会には結局参加し、散々ペルシアに褒められ、本人は嫌がっていた。

 

その分、今朝の声はさらに厳しい。

 

「馬鹿か」

 

ペルシアはゆっくりとジェームズを見る。

 

「朝からひどい」

 

「浴びるように飲めばそうなるに決まってるだろ」

 

「ジェームズを褒めた分も入ってる」

 

「俺のせいにするな」

 

「だって、ジェームズが凄かったから」

 

「それで飲むな」

 

ジェームズは本気で呆れていた。

 

「昨日、何杯飲んだ」

 

ペルシアは少し考えようとして、すぐに顔をしかめた。

 

「考えると気持ち悪くなる」

 

「じゃあ相当だな」

 

「うん」

 

「うんじゃない」

 

そこへ通信画面が開いた。

 

スターフォックス側の回線だった。

 

フォックス、ファルコ、クリスタル、スリッピーが映る。

 

昨日のシミュレーションの追加確認のため、朝から通信をつなぐ予定になっていた。

 

画面に映ったペルシアの姿を見て、フォックスが一瞬黙った。

 

そして、低い声で言う。

 

『ペルシア』

 

「フォックス……おはよう」

 

『昨日、あれだけ飲むなと言われていただろう』

 

ペルシアは視線を逸らした。

 

「聞いてた」

 

『聞いていて、それか』

 

「皆んなが凄かったから……」

 

『それは理由にならない』

 

フォックスの声は、フレイやジェームズとは違う厳しさがあった。

 

怒鳴るわけではない。

 

だが、逃がさない。

 

『統括官が倒れたら、せっかく作った部屋が止まる。昨日、自分で言っていたはずだ。統括判断を一人に固定してはいけないと』

 

ペルシアは小さく唸る。

 

「朝から正論が多い……」

 

『正論を言われる状態を作ったのはお前だ』

 

「はい……」

 

ペルシアは珍しく素直に頷いた。

 

イーナが慌てて水を持ってきた。

 

「ペルシア統括官、お水です。ゆっくり飲んでください」

 

「ありがとう、イーナ……優しい」

 

イーナは心配そうに眉を寄せる。

 

「無理はしないでください。昨日は本当にお疲れでしたし、今日は整理作業が中心ですから」

 

フレイがすぐに言う。

 

「整理作業は軽作業ではありません」

 

イーナは少し困ったようにフレイを見る。

 

「それは分かっていますが、今のペルシア統括官に通常速度を求めるのは……」

 

「自業自得です」

 

「フレイさん……」

 

ペルシアは水を両手で持ち、少しずつ飲んだ。

 

「イーナが天使に見える」

 

ジェームズが低く言う。

 

「錯覚だ」

 

イーナは苦笑する。

 

「錯覚でも、お水は飲んでください」

 

「飲む」

 

リリアも近づいてきた。

 

手には、胃に優しい温かい飲み物と、軽い食事が載ったトレイがある。

 

「ペルシア統括官、こちらもどうぞ。急に食べるとつらいと思いますので、少しずつで大丈夫です」

 

ペルシアは感動したようにリリアを見る。

 

「リリア……あなたも優しい」

 

リリアは少し微笑む。

 

「昨日、たくさん褒めていただいたので」

 

「褒めてよかった」

 

フレイがすぐに言う。

 

「褒めることと飲みすぎることは別です」

 

「フレイ、今日は厳しい」

 

「昨日も厳しかったです」

 

「そうだった」

 

スリッピーが画面越しに心配そうに身を乗り出した。

 

『ペルシア、大丈夫? ナウスに二日酔い対策のリスト出してもらう?』

 

ペルシアは少しだけ笑った。

 

「スリッピー、優しい……」

 

ナウスの合成音声が入る。

 

『水分補給、休息、消化に良い食事、光量調整を推奨します』

 

スリッピーが頷く。

 

『ほら、照明少し落とした方がいいって』

 

シャオメイがすぐに室内端末を操作した。

 

「照明を少し落とします。画面の輝度も下げますね」

 

ペルシアは目を細めながら頷く。

 

「シャオメイも優しい……」

 

シャオメイは少し照れたように笑った。

 

「昨日、通信席を褒めていただいたので」

 

「褒めてよかった……」

 

ジェームズが呆れたように言う。

 

「褒めれば許されると思うなよ」

 

ペルシアはジェームズを見る。

 

「ジェームズも、昨日褒めた」

 

「だから何だ」

 

「少し優しくして」

 

「嫌だ」

 

「ひどい」

 

「自業自得だ」

 

フォックスも画面越しに頷く。

 

『ジェームズに同意する』

 

「フォックスまで……」

 

その横で、ファルコがついに笑いをこらえきれなくなった。

 

『ははっ、昨日あれだけ格好よく仕切ってた統括官が、今日はこれかよ』

 

ペルシアは画面を睨もうとして、眩しかったのかすぐ目を細めた。

 

「ファルコ、笑わないで。響く」

 

『悪い悪い。でも無理だろ。昨日の勢いで飲めばこうなるって』

 

「皆んなが凄かったから」

 

『その言い訳、何回目だよ』

 

「分からない」

 

『そこも覚えてねぇのか』

 

ファルコは楽しそうに笑っている。

 

クリスタルは、呆れたようにため息をついた。

 

『ペルシア、本当に飲みすぎ』

 

「クリスタル……」

 

『昨日も止めたよね』

 

「止められた気がする」

 

『気がするじゃなくて、止めた』

 

「ごめん」

 

クリスタルは呆れた顔のまま、それでも声は柔らかかった。

 

『今は無理しないで。まず水を飲んで、少し食べて、座って。画面を見すぎると余計につらいから、フレイに読み上げてもらった方がいい』

 

フレイがすぐに頷く。

 

「その対応が妥当です」

 

クリスタルは続ける。

 

『あと、横になるなら短時間だけ。完全に寝ると午前中の記録整理が飛ぶよ』

 

「介抱が現実的……」

 

『呆れてるからね』

 

「でも優しい」

 

『優しいけど、次に同じことをしたらもっと怒る』

 

ペルシアは小さく頷いた。

 

「はい」

 

クリスタルの呆れた介抱は、ある意味で一番効いていた。

 

ナミとマリは、後方でその様子を見ていた。

 

完全に唖然としている。

 

昨日見たペルシア。

 

役員達の前で笑い、止めるべき発言を止め、統括官席に座った瞬間に全員の情報を判断へ変えた人。

 

その同じ人が、今日は水を両手で抱えて、目を細めながら「気持ち悪い」と言っている。

 

ナミが通常口調で小さく言った。

 

「マリ」

 

「うん」

 

「統括官って、昨日の統括官だよね」

 

「同一人物のはず」

 

「はずって」

 

「確認したいくらい違う」

 

ナミは真剣な顔でペルシアを見る。

 

「でも、皆さん慣れてる」

 

マリも周囲を見る。

 

「うん。フレイさんとジェームズさんとフォックスさんは厳しい。イーナさん、リリアさん、スリッピーさん、シャオメイさんは優しい。クリスタルさんは呆れながら介抱。ファルコさんは笑ってる」

 

ナミは少しだけ間を置いた。

 

「分類ができてる」

 

「うん。かなりはっきりしてる」

 

「これも記録する?」

 

「しない方がいい」

 

「だね」

 

その会話を、なぜかフレイは聞き逃さなかった。

 

「ナミさん、マリさん」

 

二人は即座に姿勢を正した。

 

「はい」

 

「はい」

 

フレイは淡々と言った。

 

「統括官の体調不良は、公式記録には残しません。業務記録上は“整理作業を分担して実施”とします」

 

ナミは真面目に頷いた。

 

「承知しました」

 

マリも続ける。

 

「了解しました」

 

ペルシアが水を飲みながら小さく言う。

 

「フレイ、優しい……」

 

フレイは即答した。

 

「優しさではありません。統括官の名誉管理です」

 

「それは優しさ」

 

「違います」

 

「優しい」

 

「違います」

 

ジェームズが横から言う。

 

「どうでもいいから座れ。立ってると倒れるぞ」

 

ペルシアは椅子に沈むように座った。

 

「ジェームズ、優しい」

 

「違う。倒れられると面倒なだけだ」

 

「それも優しさ」

 

「違う」

 

フォックスが通信越しに言う。

 

『今日は統括官席に座って判断するな。整理に徹した方がいい』

 

ペルシアは少しだけ目を開ける。

 

「仕事はする」

 

『するなとは言っていない。だが、昨日のような速度でやるな』

 

フレイがすぐに同意する。

 

「本日は統括官の判断作業を制限します。資料確認と改善項目の承認のみ行ってください」

 

ペルシアは不満そうに唇を尖らせた。

 

「私の部屋なのに」

 

「だからこそです」

 

イーナが柔らかく言う。

 

「ペルシア統括官、今日は私達が整理します。統括官は確認だけお願いします」

 

リリアも頷く。

 

「昨日、ペルシア統括官が言ってくださった改善項目を、私達で形にします」

 

シャオメイが続ける。

 

「通信帯域の閾値表も、私がまとめます」

 

スリッピーも画面越しに手を挙げる。

 

『ナウスの補正ログは僕が整理するよ。ペルシアは後で見るだけでいいから』

 

クリスタルが少し呆れた声で言う。

 

『ほら、皆がやるって言ってる。今日は任せなよ』

 

ファルコが笑いながら言った。

 

『昨日あれだけ褒めたんだから、今日は働いてもらえよ』

 

「ファルコ、それは正しいけど言い方」

 

ペルシアは小さく呻いた。

 

ジェームズは腕を組む。

 

「昨日、お前が言ったんだろ。自分一人に固定したら止まるって」

 

ペルシアは黙った。

 

「なら今日は試せ。お前が気持ち悪い状態でも動くかどうか」

 

「ジェームズ、言い方は最悪だけど、正しい」

 

「最悪は余計だ」

 

「でも正しい」

 

ペルシアは少しだけ笑った。

 

そして、頭を押さえながらも、椅子に深く座り直した。

 

「分かった。今日は皆んなに任せる」

 

フレイはすぐに端末を開く。

 

「では、昨日の改善項目整理を開始します」

 

「声、少し小さめで」

 

「承知しました」

 

フレイは本当に少し声を落とした。

 

ペルシアは目を細める。

 

「やっぱり優しい」

 

「違います」

 

「優しい」

 

「業務上の配慮です」

 

「それを優しさって言うのよ」

 

フレイはため息を吐いた。

 

イーナが小さく笑う。

 

リリアも少し笑った。

 

シャオメイは照明をさらに微調整し、スリッピーはナウスのリストを送っている。

 

クリスタルは画面越しに、ペルシアがちゃんと水を飲んでいるか見ていた。

 

ファルコはまだ笑っている。

 

フォックスは厳しい顔のまま、時々「水を飲め」と言う。

 

ジェームズは不機嫌そうにしながらも、ペルシアの前に余計な資料が積まれないよう、整備ログを自分の席へ引き取った。

 

ナミとマリは、その光景を見ながら、また小さく顔を見合わせた。

 

ナミが通常口調で言う。

 

「マリ」

 

「何?」

 

「この部屋、変だね」

 

マリは少し考えた。

 

「うん。でも、動いてる」

 

ナミはペルシアを見た。

 

頭を押さえ、気持ち悪いと言いながらも、皆の声を聞いている。

 

時々うなずき、必要な時だけ短く確認する。

 

昨日のような鋭さはない。

 

だが、中心にいることは変わらない。

 

マリも同じものを見ていた。

 

「統括官が完璧だから動くんじゃないんだね」

 

ナミは頷いた。

 

「うん。統括官が弱ってても、皆が動こうとしてる」

 

「昨日、褒めてたからかな」

 

「それもあると思う」

 

「すごい人だね」

 

ナミは少しだけ笑った。

 

「うん。今日はすごく具合悪そうだけど」

 

マリも小さく笑った。

 

「うん。そこは間違いない」

 

その声が少し聞こえたのか、ペルシアが薄目を開けた。

 

「ナミ、マリ……聞こえてるわよ」

 

二人は即座に姿勢を正す。

 

「失礼しました」

 

「申し訳ありません」

 

ペルシアは水を飲み、少しだけ笑った。

 

「でも、間違ってないわ。今日は本当に気持ち悪い」

 

フレイがすぐに言う。

 

「自業自得です」

 

ジェームズも続ける。

 

「馬鹿だな」

 

フォックスも画面越しに言う。

 

『反省しろ』

 

ファルコは笑う。

 

『言われ放題だな』

 

スリッピーが慌てる。

 

『でも、昨日は頑張ったからね!』

 

イーナも優しく言う。

 

「今日は無理せず進めましょう」

 

リリアも頷く。

 

「はい。必要な確認だけお願いします」

 

シャオメイも言った。

 

「通信資料はこちらでまとめます」

 

クリスタルは呆れながらも、穏やかに言う。

 

『水、もう少し飲んで』

 

ペルシアは、全員の声を聞いて、少しだけ目を細めた。

 

厳しい声。

 

優しい声。

 

呆れた声。

 

笑っている声。

 

心配している声。

 

全部が混ざっている。

 

昨日、自分が褒めて飲んだ相手達が、今日は自分を囲んでいる。

 

それが少しだけおかしくて、少しだけ嬉しかった。

 

ペルシアは頭を押さえたまま、弱々しく笑った。

 

「……皆んな、朝から元気ね」

 

フレイが淡々と答える。

 

「統括官以外は、おおむね通常です」

 

「ひどい」

 

「事実です」

 

ジェームズが低く言う。

 

「今日一日はおとなしくしてろ」

 

フォックスが続ける。

 

『同感だ』

 

クリスタルも頷く。

 

『今日は皆に任せること。分かった?』

 

ペルシアは小さく頷いた。

 

「はい」

 

ファルコが笑う。

 

『昨日の統括官とは別人みたいだな』

 

ペルシアは画面を睨む気力もなく、ただ手を軽く振った。

 

「ファルコ、あとで覚えてなさい」

 

『その調子じゃ覚えてねぇだろ』

 

「覚える……たぶん」

 

また笑いが起きた。

 

二日酔いで始まった朝。

 

統括官としては最悪の体調。

 

フレイとジェームズとフォックスには厳しく叱られ、イーナとリリアとスリッピーとシャオメイには優しく慰められ、クリスタルには呆れながら介抱され、ファルコには笑われた。

 

ナミとマリは唖然としながら、その光景を見ていた。

 

だが、その中でオペレーションルームは止まらなかった。

 

フレイが記録を進める。

 

イーナが回答文を整理する。

 

リリアが警察連携表を作る。

 

シャオメイが通信閾値をまとめる。

 

ジェームズが整備リスクを短文化する。

 

スリッピーとナウスが補正ログを送る。

 

フォックス達が現場側の改善点を返す。

 

ナミとマリが見学記録を改善項目へ変える。

 

そしてペルシアは、頭を押さえながら、時々「採用」「それは後」「そこは分けて」と短く言った。

 

昨日のような速度はない。

 

けれど、部屋は動いていた。

 

ペルシアが目指していた形に、少しだけ近づいていた。

 

自分一人が完璧に動かす部屋ではなく。

 

自分が弱っていても、皆が動ける部屋へ。

 

ペルシアは水を飲みながら、小さく呟いた。

 

「……昨日、褒めておいてよかった」

 

フレイがすぐに言う。

 

「褒めることと飲みすぎることは別です」

 

「分かってる……」

 

「本当に分かっていますか」

 

「今日は分かってる」

 

「明日も覚えていてください」

 

「努力する」

 

「実行してください」

 

ペルシアは机に額を近づけそうになりながら、弱々しく笑った。

 

「フレイ、やっぱり厳しい……」

 

「補佐ですので」

 

その一言に、統括官室の全員が少しだけ笑った。

 

ペルシアは頭を押さえたまま、小さく呻く。

 

「笑うと響く……」

 

それでも、彼女の口元も少しだけ笑っていた。

 

 

ーーーー

 

 

 

続きです。

二日酔いから少し戻ってきたペルシアが、屋上で一息ついているところへジェームズが来て、前夜の「褒めては呑む」理由を問い、正式加入へ気持ちが動く場面です。

 

昼頃。

 

宇宙管理局本部の統括官室は、朝よりも少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

ペルシアの顔色も、最悪の状態からは多少戻っている。

 

朝は、頭を押さえながら「気持ち悪い」としか言えなかった。

 

フレイには厳しく叱られ、ジェームズには馬鹿と言われ、フォックスには通信越しに正論で詰められた。

 

その一方で、イーナとリリアとシャオメイは水や軽食を用意し、スリッピーとナウスは二日酔い対策を送ってきた。

 

クリスタルは呆れながら介抱し、ファルコは楽しそうに笑っていた。

 

ナミとマリは、昨日との落差に唖然としていた。

 

それでも、仕事は進んだ。

 

ペルシアが全てを動かしたわけではない。

 

むしろ、今日はペルシアが弱っていたからこそ、周りが動いた。

 

フレイが記録を整理し、イーナが現場回答文を抽出し、リリアが警察連携と救助判断の分離表を作り、シャオメイが通信閾値をまとめ、ナミとマリが見学記録から改善点を拾った。

 

ジェームズも、文句を言いながら整備リスクの短文化を確認していた。

 

ペルシアは、それを見ながら短く言っただけだ。

 

「採用」

 

「それは後」

 

「そこは分けて」

 

その程度だった。

 

だが、それで部屋は回った。

 

昨日より遅い。

 

昨日より荒い。

 

それでも、止まらなかった。

 

昼休憩に入る頃、ペルシアはようやく椅子から立ち上がった。

 

「……少し外の空気吸ってくる」

 

フレイがすぐに顔を上げる。

 

「統括官、一人で大丈夫ですか」

 

「大丈夫。もう歩ける」

 

「朝もそう言って壁に寄りかかっていました」

 

「今は違う」

 

「どこへ」

 

「屋上」

 

フレイは少し考えた。

 

「長時間は避けてください」

 

「はいはい」

 

「昼休憩終了前には戻ってください」

 

「はいはい」

 

「“はい”は一回で結構です」

 

「はい」

 

ペルシアは少しだけ笑い、紙コップを手に取った。

 

中身は、湯気の立つ味噌汁だった。

 

シジミの味噌汁。

 

朝からイーナに勧められ、リリアに渡され、フレイに水分補給と合わせて飲むよう言われた。

 

最初は「味噌汁なんて」と言っていたペルシアだったが、一口飲んだ瞬間、考えを変えた。

 

体に染みた。

 

本当に、染みた。

 

「やっぱりシジミの味噌汁が一番……」

 

ペルシアは紙コップを両手で持ちながら、屋上へ向かった。

 

 

宇宙管理局本部の屋上は、通常の屋上というより、人工重力の安定した展望スペースに近かった。

 

透明な防護壁の向こうには、木星圏の淡い光が広がっている。

 

遠くには作業艇の航路灯。

 

さらに奥には、港湾区画へ向かう輸送船の光が細く伸びていた。

 

ペルシアは屋上の端にあるベンチへ腰を下ろした。

 

紙コップの味噌汁を、ゆっくり飲む。

 

少し熱い。

 

だが、その熱がありがたかった。

 

「……生き返る」

 

最後の一口まで飲み干すと、ペルシアは深く息を吐いた。

 

頭痛はまだ残っている。

 

胃も完全ではない。

 

だが、朝のような最悪の気持ち悪さは抜け始めていた。

 

紙コップを横に置き、ポケットに手を入れる。

 

取り出したのは、細い煙草だった。

 

久しぶりだった。

 

最近はほとんど吸っていない。

 

宇宙管理局に来てからは、なおさらだ。

 

吸う暇もなかった。

 

吸う気分にもならなかった。

 

けれど、今日は少しだけ、そういう気分だった。

 

ペルシアは煙草をくわえ、火をつけた。

 

小さな火が揺れる。

 

煙が、木星圏の淡い光へ細く溶けていく。

 

一口だけ吸い、ゆっくり吐いた。

 

「……まずい」

 

そう言いながら、ペルシアは少し笑った。

 

「でも、落ち着くのよね」

 

その時、屋上へ続く扉が開いた。

 

ペルシアは振り返らなかった。

 

足音で分かった。

 

重く、遠慮がなく、けれど近づきすぎない歩き方。

 

ジェームズだった。

 

「ここにいたのか」

 

ペルシアは煙草を指に挟んだまま、肩越しに答える。

 

「見つかった」

 

「隠れるならもっと分かりにくい場所に行け」

 

「屋上に来る人なんて少ないと思ったのよ」

 

「甘いな」

 

ジェームズは少し離れた場所に立ち、ペルシアを見た。

 

そして、彼女の手元に目をやる。

 

「お前が煙草を吸うなんて意外だな」

 

ペルシアは煙を細く吐く。

 

「昔はたまに吸ってたわよ」

 

「今は吸ってないだろ」

 

「ええ。久しぶり」

 

「二日酔いの時に吸うものか?」

 

「普通は吸わないわね」

 

「なら吸うな」

 

「正論が多い日ね」

 

ジェームズは鼻を鳴らした。

 

「自業自得だ」

 

「朝から何回それ言われたかしら」

 

「足りないくらいだ」

 

ペルシアは苦笑した。

 

「厳しいわね」

 

「優しくする理由がない」

 

「昨日あれだけ褒めたのに?」

 

「それとこれは別だ」

 

「フレイみたいなこと言う」

 

「最悪だな」

 

ペルシアは小さく笑った。

 

ジェームズはしばらく黙っていた。

 

屋上には、風の代わりに空調の柔らかい流れがあった。

 

煙草の煙はすぐに吸気口の方へ流れていく。

 

ペルシアは二口目を吸い、紙コップの中に残っていた味噌汁の香りを見て、少しだけ顔をしかめた。

 

「煙草とシジミの味噌汁って、合わないわね」

 

「当たり前だ」

 

「でも今の私には両方必要だったの」

 

「意味が分からん」

 

「分からなくていいわよ」

 

また沈黙が落ちた。

 

今度の沈黙は、悪いものではなかった。

 

ジェームズは、ペルシアの隣に座るでもなく、少し離れた壁際に立っている。

 

ペルシアも、それを急かさない。

 

彼が何かを言いに来たことは分かっていた。

 

だが、言い出すまで待った。

 

やがて、ジェームズが口を開いた。

 

「昨日のことだ」

 

「呑みすぎた話?」

 

「それは馬鹿だ」

 

「ひどい」

 

「事実だ」

 

「はいはい」

 

ジェームズは少しだけ眉を寄せた。

 

「そうじゃない」

 

ペルシアは煙草を指先で軽く揺らす。

 

「じゃあ何?」

 

ジェームズは視線を外したまま言った。

 

「どうして、あそこまで褒めた」

 

ペルシアの指が、少しだけ止まった。

 

ジェームズは続ける。

 

「呑んで、騒いで、褒めて、また呑んで。役員の前でも、俺達の前でも、ずっと褒めていた」

 

「そうね」

 

「なぜだ」

 

ペルシアはすぐには答えなかった。

 

煙草の火を見つめる。

 

小さく赤く、じりじりと燃えている。

 

「ジェームズ」

 

「何だ」

 

「昨日のシミュレーション、最初に止まったでしょ」

 

「ああ」

 

「あの時、皆んな自分の失敗だと思ってた」

 

ジェームズは黙った。

 

ペルシアは続ける。

 

「イーナは、まとめられなかったと思ってた。リリアは、警察照会で救助判断を止めたと思ってた。シャオメイは、通信帯域を守ることに固執したと思ってた。フレイは記録できても判断を動かせなかったと思ってた」

 

ジェームズは小さく言う。

 

「俺も、出すべきことを出し切れなかった」

 

「そう。それぞれ、そう思った」

 

ペルシアは煙を吐いた。

 

「でも、違うのよ」

 

ジェームズがペルシアを見る。

 

「皆んな、必要なものは出してた。出してたのに、止まった。なら、それは個人の失敗じゃない。部屋の形の問題。統括判断の置き場所の問題。情報の順番の問題」

 

ペルシアは少しだけ目を細める。

 

「でも、人って、自分の失敗だと思うのよ」

 

「……」

 

「特に、真面目な人ほどね」

 

ジェームズは黙って聞いていた。

 

「だから、昨日のうちに返しておきたかった」

 

「返す?」

 

「そう」

 

ペルシアは煙草を持った手を軽く上げる。

 

「あなたが出した危険は必要だった。シャオメイの通信懸念は必要だった。リリアの未登録信号も必要だった。イーナの整理も、フレイの記録も、ナミとマリの見学記録も、フォックス達の現場感覚も、全部必要だった」

 

ペルシアはジェームズを見る。

 

「それを本人達に返しておかないと、次に声が出なくなる」

 

ジェームズの目がわずかに動いた。

 

ペルシアは静かに続ける。

 

「昨日、役員達の前で止まった。あれは重い。あのまま解散したら、たぶん皆んな夜に考え込んだわ。自分が止めたんじゃないかって」

 

「ありえるな」

 

「でしょ」

 

ペルシアは苦笑した。

 

「だから、呑みながらでも言ったの。あなたのこれは必要だった。あなたのあの声は助かった。あの指摘がなかったら危なかった。そうやって、本人の手元に成果を戻した」

 

ジェームズは低く言った。

 

「それで、あそこまで飲む必要はない」

 

「それはそう」

 

ペルシアはあっさり認めた。

 

「そこは反省してる」

 

「本当か」

 

「今日はしてる」

 

「明日忘れるなよ」

 

「努力する」

 

「実行しろ」

 

ペルシアは小さく笑った。

 

「皆んな同じこと言うわね」

 

ジェームズは視線をそらす。

 

「当たり前だ」

 

少しの間、二人は黙った。

 

屋上の防護壁の向こうで、遠くの航路灯がゆっくり動いている。

 

ペルシアは煙草を灰皿へ軽く押し当てた。

 

「それにね」

 

「まだあるのか」

 

「あるわよ」

 

ペルシアは紙コップを指で軽く叩いた。

 

「私、昨日言ったでしょ。私がすごいで終わったら意味がないって」

 

「ああ」

 

「オペレーションルームは、私一人で動かす場所じゃない。私が弱ってても、私がいなくても、七割は動く部屋にしたい」

 

ジェームズは少しだけ眉を寄せる。

 

「今日、動いてたな」

 

「ええ」

 

ペルシアは嬉しそうに笑った。

 

「二日酔いの私でも、部屋が止まらなかった」

 

「誇ることか?」

 

「誇るわよ。体調管理としては最悪だけど、組織作りとしては収穫」

 

「無茶苦茶だな」

 

「統括官だから」

 

「便利な言葉だ」

 

「フレイの真似?」

 

「やめろ」

 

ペルシアは笑った。

 

ジェームズは、そんなペルシアをしばらく見ていた。

 

昨日の統括官席。

 

今朝の二日酔い。

 

そして今、屋上で味噌汁を飲み干し、久しぶりの煙草を吸いながら、自分達を褒めた理由を話しているペルシア。

 

どれが本当の姿か分からない。

 

いや、全部なのだろう。

 

人懐っこく、雑で、酒に弱くはないが加減を知らず、フレイに叱られ、役員に可愛がられ、部下を褒め、協力者まで巻き込む。

 

その一方で、誰が何を見ていたかを忘れない。

 

声にならなかった成果を拾い、本人へ返す。

 

ジェームズは、面倒だと思った。

 

本当に、面倒な女だと思った。

 

だが。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「お前は、人を使うのが上手いな」

 

ペルシアは少しだけ目を丸くした。

 

「それ、褒めてる?」

 

「たぶんな」

 

「たぶんって何よ」

 

「慣れてない」

 

ペルシアは少し笑った。

 

「でしょうね」

 

ジェームズは壁にもたれたまま、木星圏の光を見た。

 

「俺は、整備士だ」

 

「知ってる」

 

「現場で機体を見る。ログを見る。音を見る。癖を見る。それが仕事だ」

 

「ええ」

 

「本部の席に座って、役員の前で説明して、誰かの言葉に合わせて動く。そういうのは向いていない」

 

ペルシアは何も言わなかった。

 

ジェームズは続ける。

 

「昨日も、何度も帰りたかった」

 

「知ってる」

 

「呑み会も帰りたかった」

 

「それも知ってる」

 

「今日も帰りたかった」

 

「ずっとじゃない」

 

「ずっとだ」

 

ペルシアは笑う。

 

ジェームズは、少しだけ息を吐いた。

 

「でも、昨日の部屋は悪くなかった」

 

ペルシアの表情が静かになる。

 

「そう」

 

「あそこなら、整備士の言葉が消えない」

 

ペルシアは黙って聞いた。

 

「現場だと、整備の言葉は後回しにされることがある。見た目で行けそうだとか、操縦士が大丈夫だと言ったとか、通信が急げと言ったとか。そういう理由で、機体の癖が軽く見られる」

 

ジェームズの声は、いつもより少し低かった。

 

「だが昨日、お前は拾った。右舷補助の跳ねも、負荷逆流も、三語で出せと言った。長い説明はいらないが、消しもしなかった」

 

ペルシアは煙草を灰皿に置いた。

 

「消したら危ないもの」

 

「そうだ」

 

ジェームズは、初めてまっすぐペルシアを見た。

 

「だから、正式に入る」

 

ペルシアは一瞬、反応しなかった。

 

「……何に?」

 

「お前のチームだ」

 

ペルシアは瞬きをした。

 

ジェームズは不機嫌そうに続ける。

 

「オペレーションルーム。正式メンバーとして入る。技術助言者じゃなくてな」

 

ペルシアは、今度こそ驚いた顔をした。

 

「ジェームズ」

 

「何だ」

 

「今、二日酔いで聞き間違えたかと思った」

 

「聞き間違いじゃない」

 

「本当に?」

 

「何度も言わせるな」

 

ペルシアはじっとジェームズを見る。

 

ジェームズは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「やめろ」

 

「いや、だって」

 

「褒めるな」

 

「まだ何も言ってない」

 

「顔が褒める顔だ」

 

ペルシアは口元を押さえた。

 

だが、笑いは隠せなかった。

 

「嬉しい」

 

「言うな」

 

「無理。嬉しい」

 

「面倒だな」

 

「あなたが入るなら、かなり強くなる」

 

「整備の席だけだ。人前で愛想よくする気はない」

 

「求めてない」

 

「役員の相手もしない」

 

「しなくていい」

 

「長い説明も嫌いだ」

 

「三語でいいわよ」

 

ジェームズは少しだけ眉を寄せた。

 

「本当にそれでいいのか」

 

ペルシアは頷いた。

 

「あなたは、危険を見つける人。整備士の言葉を、オペレーションルームに差し込む人。説明を整えるのはイーナやフレイがいる。判断へ変えるのは私達がやる」

 

「俺の言葉を勝手に薄めるなよ」

 

「薄めない。届く形にする」

 

ジェームズは黙った。

 

その言葉に、反論しなかった。

 

ペルシアは少しだけ真面目な顔で言う。

 

「ジェームズ。正式に入るなら、条件がある」

 

「何だ」

 

「逃げないこと」

 

ジェームズは顔をしかめた。

 

「逃げる前提か」

 

「昨日も今日も帰りたがってたでしょう」

 

「事実だ」

 

「だから言ってるの」

 

ペルシアは指を一本立てる。

 

「面倒だと言ってもいい。口が悪くてもいい。無愛想でもいい。役員に愛想を振りまかなくてもいい。でも、必要な時に席を立たないこと」

 

ジェームズは少し黙った。

 

「それだけか」

 

「それだけ」

 

「……分かった」

 

ペルシアはにやりと笑う。

 

「採用」

 

ジェームズは嫌そうにする。

 

「お前に採用されると腹が立つな」

 

「正式加入おめでとう」

 

「祝うな」

 

「祝うわよ」

 

「飲むなよ」

 

ペルシアはぴたりと止まった。

 

「……さすがに今日は飲まない」

 

「信用できない」

 

「今日は味噌汁で祝う」

 

「それならいい」

 

ペルシアは空になった紙コップを持ち上げた。

 

「空だけど」

 

「意味がない」

 

「気持ちよ」

 

ジェームズは小さくため息を吐いた。

 

「本当に面倒だな」

 

「それ、昨日も言ってた」

 

「明日も言う」

 

「じゃあ、明日も聞く」

 

ペルシアは立ち上がった。

 

少しふらつきかけたが、今度は自分で踏みとどまった。

 

ジェームズが無言で手を伸ばしかけ、すぐに引っ込める。

 

ペルシアはそれを見逃さなかった。

 

「今、支えようとした?」

 

「してない」

 

「したでしょ」

 

「してない」

 

「優しい」

 

「違う」

 

「優しいわね、ジェームズ」

 

「違うと言ってる」

 

ペルシアは楽しそうに笑った。

 

「フレイに報告しなきゃ」

 

「やめろ」

 

「イーナにも」

 

「やめろ」

 

「シャオメイも喜ぶわね」

 

「やめろ」

 

「スリッピーは絶対喜ぶ」

 

「通信するな」

 

「フォックス達にも」

 

「やめろ」

 

ジェームズは本気で嫌そうだった。

 

だが、もう撤回しなかった。

 

ペルシアは屋上の扉へ向かう。

 

扉の前で振り返り、言った。

 

「ジェームズ」

 

「何だ」

 

「ようこそ、オペレーションルームへ」

 

ジェームズは目を逸らした。

 

少し間を置いて、低く答える。

 

「……仕事はする」

 

ペルシアは満足そうに頷いた。

 

「それで十分」

 

二人は屋上を後にした。

 

 

統括官室へ戻ると、フレイがすぐに顔を上げた。

 

「統括官、昼休憩終了五分前です」

 

「戻ったわよ」

 

「体調は」

 

「シジミの味噌汁でかなり復活」

 

「それは何よりです」

 

フレイはそう言いながら、ペルシアの後ろにいるジェームズを見る。

 

「ジェームズさんもご一緒でしたか」

 

ジェームズは腕を組む。

 

「たまたまだ」

 

ペルシアはにやにやしている。

 

フレイはその表情を見て、すぐに察したように目を細めた。

 

「統括官。何かありましたね」

 

「さすがフレイ」

 

「何がありましたか」

 

ペルシアは大きく息を吸った。

 

ジェームズが低く言う。

 

「言うな」

 

ペルシアは満面の笑みで言った。

 

「ジェームズが正式メンバーになるって」

 

統括官室の空気が止まった。

 

イーナが目を見開く。

 

「本当ですか?」

 

リリアも顔を上げる。

 

シャオメイは驚きのあまり端末を落としかけた。

 

ナミとマリは同時にジェームズを見る。

 

フレイだけは、一拍置いてから静かに端末を開いた。

 

「正式加入手続きを開始します」

 

ジェームズは顔をしかめる。

 

「早い」

 

「必要です」

 

「まだ何も書いてない」

 

「口頭意思確認がありました。統括官が証人です」

 

「最悪だ」

 

ペルシアは嬉しそうに笑う。

 

「最悪じゃないわ。最高よ」

 

イーナが柔らかく微笑む。

 

「よろしくお願いします、ジェームズさん」

 

リリアも丁寧に頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

シャオメイは少し興奮した様子で言った。

 

「整備ログの見方、もっと教えてください」

 

「面倒だ」

 

「お願いします」

 

「……必要ならな」

 

ナミが真面目に言う。

 

「整備リスクの短文化について、今後確認させてください」

 

マリも続ける。

 

「背景音や未登録信号と、整備ログの異常兆候を照合する場面があると思います」

 

ジェームズは二人を見た。

 

「新人にしては面倒なことを言う」

 

ナミは少しだけ姿勢を正す。

 

「必要だと思います」

 

マリも頷く。

 

「はい」

 

ジェームズは小さく息を吐いた。

 

「……なら持ってこい」

 

ナミとマリは互いに顔を見合わせた。

 

ナミが通常口調で小さく言う。

 

「マリ、今のは許可?」

 

マリも通常口調で答える。

 

「たぶん。ジェームズさんの“いい”だと思う」

 

「分かりにくいね」

 

「うん」

 

ジェームズが低く言う。

 

「聞こえてるぞ」

 

二人はすぐに姿勢を正した。

 

「失礼しました」

 

「申し訳ありません」

 

ペルシアは笑いをこらえきれなかった。

 

フレイは端末を操作しながら言う。

 

「統括官」

 

「何?」

 

「正式加入に伴い、ジェームズさんの配置、権限、役割定義、記録責任範囲を決める必要があります」

 

「ええ。整備リスク判断席。機体ログ、牽引負荷、姿勢制御異常、救助艇側損傷リスクの一次判断」

 

「承知しました」

 

「ただし、対外説明は本人にさせない」

 

ジェームズが即座に言う。

 

「当然だ」

 

フレイは淡々と記録する。

 

「対外説明はイーナさん及びフレイで変換。統括判断への接続はペルシア統括官」

 

「それで」

 

ペルシアは席に座る。

 

朝よりも、背筋が伸びていた。

 

まだ完全復活ではない。

 

頭痛も少し残っている。

 

だが、目は戻っていた。

 

「よし。午後の仕事を始めましょう」

 

フレイが少しだけ目を細める。

 

「統括官、無理は禁物です」

 

「分かってる。今日は水と味噌汁で動く」

 

ジェームズが低く言う。

 

「煙草も吸ってただろ」

 

全員の視線がペルシアに集まった。

 

ペルシアは固まる。

 

フレイの声が静かに低くなった。

 

「統括官」

 

「……久しぶりに一本だけ」

 

「二日酔い明けにですか」

 

「反省してます」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

ジェームズが鼻で笑う。

 

「信用されてないな」

 

ペルシアはジェームズを睨む。

 

「あなたが言ったんでしょ」

 

「事実だ」

 

フレイは深くため息を吐いた。

 

「午後は水分補給を継続してください」

 

「はい」

 

「煙草は今日はもう禁止です」

 

「はい」

 

「酒も当然禁止です」

 

「それは分かってる」

 

「確認です」

 

ペルシアは弱々しく笑った。

 

「厳しいわね」

 

フレイは端末を閉じる。

 

「補佐ですので」

 

ジェームズが低く言った。

 

「面倒な部屋だな」

 

ペルシアは即座に返す。

 

「正式メンバーがそれ言う?」

 

ジェームズは目を逸らした。

 

「撤回はしない」

 

「よろしい」

 

ペルシアは満足そうに笑った。

 

その笑顔を見て、統括官室の空気が少し明るくなる。

 

正式メンバーとして、ジェームズが加わる。

 

それは大きな一歩だった。

 

無愛想で、口が悪くて、すぐ帰りたがる。

 

だが、整備の危険を誰より早く拾う男。

 

その言葉が、これからは協力者の助言ではなく、オペレーションルームの一部になる。

 

ペルシアは紙コップを持ち上げた。

 

今度の中身は、水だった。

 

「では、午後もよろしく」

 

フレイが頷く。

 

イーナも、リリアも、シャオメイも続く。

 

ナミとマリも姿勢を正した。

 

ジェームズは少し遅れて、ぼそりと言った。

 

「……仕事はする」

 

ペルシアは笑う。

 

「知ってる」

 

その一言で、午後の統括官室は動き始めた。

 

二日酔いから始まった一日。

 

シジミの味噌汁と、久しぶりの煙草と、屋上での短い会話。

 

その末に、オペレーションルームはまた一つ、必要な歯車を手に入れた。

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