サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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顔合わせ

 

宇宙連邦連盟訓練センター。

 

未探索領域適性試験と、その直後に行われた極秘会議から三日が経っていた。

 

リュウジは再び、連盟の訓練施設を訪れていた。

 

今回の目的はシミュレーターではない。

 

二月から四月まで、およそ二か月に及ぶ北部未探索領域調査。

 

その調査船へ乗り込む隊員達との、正式な顔合わせだった。

 

認証区画を抜けた先にある通路は、前回よりも人の気配が多かった。

 

技術者。

 

研究員。

 

軍人。

 

訓練担当。

 

それぞれが端末や資料を抱え、慌ただしく行き交っている。

 

これから始まる調査が、リュウジ一人のために準備されているものではないことが分かる。

 

多くの人間が関わり、長い時間をかけて作られてきた計画。

 

自分は、そこへ最後に呼ばれた操縦士にすぎない。

 

それでも、連盟側の依頼は事実上の個人指名だった。

 

北の未探索領域を飛ぶことができる操縦士。

 

異常を数字だけではなく、機体の感触として拾える者。

 

通信が遅れ、航路情報が古くなっても、船を落ち着かせられる者。

 

連盟が求めた条件の先に、リュウジの名前があった。

 

だが、個人指名されたことと、調査隊の全員から認められることは別だった。

 

リュウジは第一編成室の前で足を止めた。

 

胸元には、エリンから渡された帰還守が入っている。

 

火星エアポート近くの神社で渡されたもの。

 

無事に行ってきて、ではない。

 

必ず帰ってきて。

 

その言葉を思い出す。

 

リュウジは一度だけ胸元に触れ、認証端末へ身分証をかざした。

 

扉が静かに開いた。

 

 

第一編成室の中央には、楕円形の大きな机が置かれていた。

 

机を囲むように、十席が並んでいる。

 

操縦責任者。

 

副操縦士一。

 

副操縦士二。

 

副操縦士三。

 

システムエンジニア。

 

コックピット・コンディション。

 

エンジニア。

 

通信士。

 

宇宙学士一。

 

宇宙学士二。

 

正面の大型画面には、今回使用される調査船の立体図が浮かんでいた。

 

旅客船のような美しさはない。

 

長距離航行と生存性を優先した、太く無骨な船体。

 

前方には操縦区画。

 

中央には観測機器と居住区画。

 

後方には多重化された推進装置。

 

左右には外部探査機の射出口と、大型の通信中継器。

 

そのさらに外側に、二機の軍用艦が護衛として表示されている。

 

調査船だけでも大規模な編成だ。

 

そこへ軍用艦が二機つく。

 

連盟が、未探索領域をどれほど危険な場所と考えているかが分かる。

 

リュウジが入室した時、すでに四人が集まっていた。

 

最初に目に入ったのは、机の上へ三台の端末を並べている女性だった。

 

短い茶髪。

 

視線はほとんど画面から動かない。

 

一台には船内統合系統。

 

一台には自動航法と観測装置。

 

もう一台には生命維持と電力分配が表示されている。

 

女性はリュウジの足音に気づき、顔だけを上げた。

 

「リュウジさんですね」

 

「はい」

 

「システムエンジニアのマーヤ・リンデンです。船内統合制御、航法支援、生命維持、観測系統の接続管理を担当します」

 

「リュウジです。よろしくお願いします」

 

リュウジが頭を下げる。

 

マーヤは小さく頷くと、すぐに端末へ視線を戻した。

 

「最初に一つ、確認してもよろしいですか」

 

「はい」

 

「操縦中、ご自身で統合制御系統へ直接入力を行うことはありますか」

 

「緊急時にはあります」

 

「通常時は?」

 

「システムエンジニアがいるなら、そちらへ任せます」

 

マーヤの指が止まった。

 

ようやく、正面からリュウジを見る。

 

「操作方法をご存じでも?」

 

「はい」

 

「ご自身で操作した方が早い場合でも?」

 

「その操作が必要だと判断したら、先にあなたへ伝えます」

 

「伝える時間がない場合は?」

 

「先に操作します。ただし、後で必ず説明します」

 

マーヤは少しだけ目を細めた。

 

「操縦士の方は、システムに詳しいほど自分で触りたがります」

 

「俺が触ることで、マーヤさんの判断と衝突する可能性があります」

 

「ご自分の判断より、私の判断を優先すると?」

 

「役割によります。操縦は俺が判断します。システムの切り替えは、あなたの方が詳しい」

 

「責任者なのに、他人へ任せることに抵抗はありませんか」

 

「全部を自分でやる方が危険だと思っています」

 

マーヤは何も言わなかった。

 

だが、端末の一つに新しい項目を作った。

 

【操縦側からの直接入力時、システム席へ自動通知】

 

「今の話を踏まえて、操作履歴がこちらへ即時表示されるようにします」

 

「お願いします」

 

「無断で操作されても、後から追えるようにします」

 

「その方がいいです」

 

「怒らないんですね」

 

「必要な仕組みなので」

 

マーヤは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「話しやすくて助かります」

 

 

大型画面の前には、大柄な男性が立っていた。

 

濃い灰色の作業服。

 

腕は太く、指には細かな傷が残っている。

 

資料を見るというより、立体表示された調査船を実物のように眺めていた。

 

胸元の名札には、オスカー・ヴェルナー。

 

担当はエンジニア。

 

「オスカーだ」

 

リュウジが近づく前に、男が口を開いた。

 

「推進器、船体構造、冷却、重力制御、生命維持の機械系統を見る」

 

「よろしくお願いします」

 

「一つだけ、最初に言っておく」

 

オスカーはリュウジを見た。

 

「壊れた物を、何でも直せると思うな」

 

「はい」

 

「未探索領域では部品も人手も限られる。直すより止めた方が早い時もある。使えない系統を残して船全体を落とすくらいなら、俺は切る」

 

「その判断は任せます」

 

オスカーの眉が上がった。

 

「簡単に任せるな。操縦に必要な系統を止めることもある」

 

「止めなければ、さらに危険になる場合ですよね」

 

「そうだ」

 

「なら止めてください」

 

「機体が予定どおり動かなくなるぞ」

 

「残っている機能に合わせて飛ばします」

 

オスカーはしばらくリュウジを見た。

 

「昨日の適性試験で、左舷補助推進器を再起動しなかったらしいな」

 

「はい」

 

「復旧確率は七割以上だった」

 

「失敗した三割で、別の系統まで巻き込む可能性がありました」

 

「七割を選ぶ操縦士も多い」

 

「他に帰る方法がなければ、選ぶかもしれません」

 

「昨日は違った?」

 

「壊れた状態でも帰れました」

 

「予定時刻より遅れても?」

 

「帰還できるなら」

 

オスカーは低く笑った。

 

「操縦士は、大体、遅れるのを嫌がる」

 

「乗客を乗せている時は、遅れを減らす努力はします」

 

「未探索領域では?」

 

「予定時刻より船を残します」

 

オスカーは立体図へ視線を戻した。

 

「慎重だな」

 

「そうかもしれません」

 

「だが、整備側としては助かる」

 

「どうしてですか」

 

「壊れた物を無理やり使えと言わないからだ」

 

オスカーは、調査船の後部を拡大した。

 

「ただし、俺の判断が常に正しいわけでもない。機械を守りすぎれば、任務が進まないこともある」

 

「その時は話してください」

 

「意見が割れたら?」

 

「理由を聞きます」

 

「時間がなければ?」

 

「帰還できる方を選びます」

 

オスカーは少しだけ笑った。

 

「それならいい」

 

 

窓際には、白い上着を着た女性が立っていた。

 

淡い金髪を一つにまとめ、端末には心拍、呼吸、視線、睡眠、摂取量といった生体情報が並んでいる。

 

リュウジが近づくと、女性は穏やかに微笑んだ。

 

「セレナ・ハートです。コックピット・コンディションを担当します」

 

「よろしくお願いします」

 

「操縦区画の温度、湿度、酸素濃度、照明、騒音。それから、操縦員の食事、水分、睡眠、疲労、反応速度、精神状態を管理します」

 

「医療担当でもあるんですか」

 

「応急対応は行います。ですが、私の主な仕事は、操縦できる状態かどうかを判断することです」

 

セレナは端末を操作した。

 

画面に表示されたのは、リュウジの適性試験後の記録だった。

 

「適性試験当日、夕食を取ったのは二十二時十四分」

 

リュウジの表情が少し固まる。

 

「会議が長引いたので」

 

「理由は記録されています。ただ、理由があっても食事不足は不足です」

 

「はい」

 

「睡眠は五時間四十二分」

 

「普段もそのくらいです」

 

「普段から足りていません」

 

即答だった。

 

リュウジは少し黙った。

 

エリンにも似たことを言われる。

 

エマなら、もっと強く言うかもしれない。

 

「訓練中は気をつけます」

 

「気をつける、では困ります」

 

「では、指示に従います」

 

「私が操縦交代を指示した場合も?」

 

「はい」

 

「ご自身では飛べると思っていても?」

 

「従います」

 

「S級パイロットとして、まだ飛べると判断していても?」

 

「俺自身が正確に判断できない状態になっている可能性があります」

 

セレナの目が少し変わった。

 

「そこまで理解されているなら、話は早いです」

 

「以前から、本人だけに任せるべきではないと言われています」

 

「どなたに?」

 

「十四班のチーフパーサーです」

 

「操縦士の体調まで見ているのですか」

 

「よく見られています」

 

「信頼しているんですね」

 

「はい」

 

セレナは端末に、個人支援者あり、と記録した。

 

「では、その方と同じことを私も言います」

 

「はい」

 

「食事を抜かない。睡眠時間を削らない。体調不良を隠さない。大丈夫という言葉だけでは判断しません」

 

「分かりました」

 

「本当に?」

 

リュウジは少し間を置いた。

 

「実行します」

 

セレナは満足そうに頷いた。

 

「よろしいです」

 

 

通信士席には、細身の若い男性が座っていた。

 

黒髪。

 

手元には通信中継機の配置図と、帯域配分の一覧。

 

名札にはユアン・リーとある。

 

通信士のユアンは、リュウジを見ると片手を上げた。

 

「ユアン・リー。通信士だ。よろしく」

 

「リュウジです。よろしくお願いします」

 

ユアンは端末をリュウジからも見えるように回した。

 

「昨日の試験で、通信完全途絶九十秒を撤退判断に設定したらしいな」

 

「はい」

 

「連盟の原案は五分だった」

 

リュウジの眉が動く。

 

「長すぎます」

 

「俺もそう言った」

 

ユアンは、通信が五分間切れた場合の航路誤差を表示した。

 

「内部センサーと慣性航法だけなら、船自体は飛べる。だから五分程度は調査継続可能という考えだった」

 

「飛べることと、続けていいことは別です」

 

「そのとおり」

 

ユアンは画面を切り替える。

 

「問題は位置誤差だけじゃない。通信が切れた瞬間から、本部と現場が別の時間を生きる」

 

「本部側は、切断前の情報で判断し続ける」

 

「現場は、その後の変化を知っている。五分後に通信が戻っても、本部から来る指示は五分前の状況を前提にしている可能性がある」

 

「通信復旧直後の手順が必要ですね」

 

「何を先に送る?」

 

「現在位置。機体状態。観測状況。乗員状態。護衛艦二機の位置と状態」

 

ユアンが頷く。

 

「それから、本部側が持っている最終情報との差を確認する」

 

「同期が終わるまで、本部の継続指示をそのまま受けない」

 

「通信士としては、それを操縦責任者に言ってもらえると助かる」

 

「通信が戻ったことを、安全が戻ったこととは考えません」

 

ユアンは少し笑った。

 

「昨日の九十一秒か」

 

「共有されているんですね」

 

「選抜に必要な範囲だけな」

 

「どこまでですか」

 

「お前が九十秒で帰還を決めたこと。九十一秒で通信が戻っても、進路を戻さなかったこと」

 

ユアンは少しだけ真面目な顔になった。

 

「通信士も、復旧した時には安心する。自分の担当が戻ったと思うからな。その瞬間に継続側へ傾く可能性がある」

 

「だから、復旧だけでは撤退判断を解除しない」

 

「そうしてほしい」

 

ユアンは一度、手元の通信表を見る。

 

「ただし、九十秒では短すぎる宙域もある」

 

「それは分かっています」

 

「なら、現地で延長する?」

 

「出発前に、宙域ごとの基準を作ります」

 

「現地では変えない?」

 

「安全側へは変えます。継続側へ緩める場合は、俺一人では決めません」

 

ユアンはリュウジを見た。

 

「操縦責任者なのに?」

 

「操縦士は、飛べると判断する側です」

 

「自分の判断を信用しないのか」

 

「逆です。飛べるからこそ、進みすぎる可能性があります」

 

ユアンはしばらく黙った。

 

それから手を差し出す。

 

「通信側としては、助かる考え方だ」

 

リュウジも手を握り返した。

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 

やがて、二人の宇宙学士が入室した。

 

先に入ったのは、細身の女性だった。

 

濃い茶色の髪を後ろでまとめ、腕には複数の観測端末を抱えている。

 

女性は挨拶より先に、正面の航路図へ向かった。

 

「この重力乱流記録、最終更新はいつですか」

 

マーヤが答える。

 

「十七年前です」

 

「古すぎます」

 

女性は即答した。

 

「十七年あれば、重力井戸の位置も、乱流の周期も変わります。このまま初期航路へ使うのは危険です」

 

その後ろから、丸い眼鏡をかけた男性が入ってきた。

 

両手には、大量の資料。

 

「その古い記録しかないから、我々が調査するんでしょう」

 

「前提値が違えば、観測機器の配置も変わります」

 

「初期観測で修正すればいい」

 

「その初期観測地点までの航路が古いと言っているんです」

 

二人は、入室直後から議論を始めた。

 

男性が周囲の視線に気づき、軽く頭を下げる。

 

「失礼しました。ベン・ホルツです。宇宙物質学と、漂流構造物の分析を専門にしています」

 

女性も遅れて名乗った。

 

「アデル・モローです。重力天文学と航路観測を担当します」

 

「リュウジです。よろしくお願いします」

 

アデルはリュウジを見る。

 

「昨日の適性試験で、探査機を一分ほどで回収したそうですね」

 

「はい」

 

「予定観測時間は五分だった」

 

「姿勢補正回数が増えていました」

 

「結果として、直後に重力偏差が上がりました。回収判断は正しかったと思います」

 

アデルは少し間を置いた。

 

「ただし、本調査では、回収不能になることを承知で探査機を残すよう求める場合があります」

 

「理由によります」

 

「重力乱流の中心データが必要な場合です」

 

「探査機を失っても、その後の観測や帰還へ支障が出ないなら検討します」

 

「検討ですか」

 

「はい」

 

「学術的価値は、操縦士だけでは判断できません」

 

「だから理由を聞きます」

 

「それでも拒否する可能性がある?」

 

「あります」

 

「どのような場合ですか」

 

「その探査機が、通信中継や帰還航路確認に必要になる可能性がある場合です」

 

アデルの表情が少し硬くなる。

 

「慎重すぎれば、何も見つけられません」

 

「見つけても持ち帰れなければ、調査結果になりません」

 

ベンが静かに口を挟む。

 

「探査機を全部、重力観測へ使われても困ります」

 

アデルがベンを見る。

 

「全部使うとは言っていません」

 

「必要になれば言うでしょう」

 

「あなたも漂流物を見つけるたびに探査機を出したがるはずです」

 

「未登録構造物を目視だけで通過するよりいい」

 

「航路調査が先です」

 

「漂流構造物も航路阻害要因です」

 

二人の意見がぶつかる。

 

リュウジは、どちらかを止めなかった。

 

二人とも必要な危険を見ている。

 

重力乱流を調べなければ、航路は作れない。

 

漂流構造物を見落とせば、安全な航路にはならない。

 

「探査機の最低残数を、用途ごとに決めましょう」

 

リュウジが言った。

 

アデルとベンが同時に見る。

 

「重力観測用。漂流物確認用。通信中継用。緊急確認用。それぞれ最低一機以上を残す」

 

アデルが腕を組む。

 

「重要な観測機会を逃す可能性があります」

 

「その場合は協議します」

 

「現地で最低残数を下げることも?」

 

「あります。ただし、俺一人では決めません」

 

「誰が決めるんですか」

 

「宇宙学士二名。システムエンジニア。通信士。操縦責任者。用途に関係する担当者で決めます」

 

ベンが頷く。

 

「合理的です」

 

アデルはまだ不満そうだった。

 

だが、拒否はしなかった。

 

「基準案を作ります」

 

「お願いします」

 

 

副操縦士三名が入ってきたのは、集合時刻の少し前だった。

 

最初の一人は、黒髪の男性。

 

年齢はリュウジより少し上に見える。

 

入室すると、全員へ丁寧に頭を下げた。

 

「ノア・グラントです。連盟所属、B級。長距離調査船の航法支援と交代操縦を担当してきました」

 

「リュウジです。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

次に入ってきたのは、赤みのある茶髪の女性だった。

 

姿勢がよく、視線に迷いがない。

 

「ソフィア・クラインです。民間貨物航路所属、B級。大型船の緊急着艦と、推進異常時の姿勢制御を専門にしています」

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

二人とも、リュウジを意識してはいた。

 

だが、露骨な反発はない。

 

自分の役割を理解し、仕事として参加しているように見えた。

 

最後に、扉が開いた。

 

入ってきた男を見た瞬間、ノアとソフィアの姿勢がわずかに変わった。

 

濃紺の操縦服。

 

宇宙連邦連盟直属航行隊の章。

 

肩にはA級資格を示す銀色の線。

 

暗い金髪を短く整え、背はリュウジより少し高い。

 

男は部屋を見回した。

 

その視線が、操縦責任者席の近くに立つリュウジで止まる。

 

男は自分の席へ向かわなかった。

 

まっすぐ、リュウジの前まで歩いてくる。

 

「お前がリュウジか」

 

「はい」

 

「カイル・レナード。連盟直属航行隊、A級パイロットだ」

 

「リュウジです。よろしくお願いします」

 

リュウジが頭を下げる。

 

カイルは返さなかった。

 

「昨日の適性試験映像を見た」

 

「そうですか」

 

「連盟は、ずいぶん高く評価している」

 

「結果の説明は、まだ受けていません」

 

「聞く必要もないだろう」

 

カイルは、操縦責任者席を見た。

 

「この席が、お前のために空けられている」

 

部屋の空気が少し硬くなる。

 

リュウジはカイルを見る。

 

「何か問題がありますか」

 

カイルの目が鋭くなった。

 

「問題がないと思っているのか」

 

「理由を聞かなければ分かりません」

 

「この調査計画が立ち上がった時、操縦責任者候補は俺だった」

 

誰も声を出さなかった。

 

ノアは視線を伏せる。

 

ソフィアは表情を変えない。

 

事情を知っていたらしい。

 

カイルは続ける。

 

「俺は連盟直属航行隊で十一年飛んだ。重力嵐の救助航行。通信途絶下の物資輸送。軍用艦の牽引。未登録宙域への先行調査」

 

一つずつ。

 

自分が積み上げてきたものを、確かめるように言う。

 

「北部未探索領域計画にも、初期段階から参加した。調査船の仕様確認も、護衛艦との編隊訓練もやった」

 

「はい」

 

「だが連盟は、外からS級を呼んだ」

 

カイルの声が低くなる。

 

「一度の適性試験で、操縦責任者をお前に変えた」

 

反発する理由は十分にあった。

 

長い時間をかけて、責任者になる準備をしてきた。

 

危険任務を重ねた。

 

A級の中でも高い実績を持っている。

 

そこへ突然、外部企業からS級が来た。

 

自分は副操縦士へ回される。

 

納得できない方が自然だった。

 

「俺が逆の立場でも、納得できないと思います」

 

リュウジが答えた。

 

カイルの眉が動く。

 

「同情か」

 

「違います」

 

「なら何だ」

 

「あなたが積み上げてきたものを、俺は知りません。昨日の試験だけで、俺の方が上だと言うつもりもありません」

 

「それでも責任者席には座る」

 

「指名された以上、引き受けます」

 

カイルの表情が険しくなる。

 

「結局、S級の席は手放さないということか」

 

「資格を守るためではありません」

 

「では何のためだ」

 

「調査船を帰すためです」

 

「俺では帰せないと?」

 

「そうは言っていません」

 

「なら、俺へ譲ればいい」

 

部屋の全員が二人を見ていた。

 

リュウジは、すぐには答えなかった。

 

感情だけで席を譲ることはできない。

 

自分が選ばれた理由も、カイルの実力も、まだ確認できていない。

 

「今ここで譲ることはできません」

 

「なぜだ」

 

「俺が指名された理由を、まだ確認し終えていないからです」

 

「昨日の操縦を見せたからだろ」

 

「操縦だけで選ばれたのなら、連盟側へ理由を確認します」

 

「不満なのか」

 

「操縦が上手いだけで、調査船の責任者に置くのは危険です」

 

カイルが一瞬黙った。

 

「あなたの方が適任だと分かれば、俺から交代を提案します」

 

「何?」

 

「ただし、今は分かりません」

 

「俺に従うと言うのか」

 

「あなたの判断が正しければ」

 

「最終判断が割れたら?」

 

「理由を聞きます」

 

「時間がなければ?」

 

「出発前に条件を決めます」

 

「お前と俺の意見が真逆なら?」

 

「帰還できる方を選びます」

 

カイルが鼻で笑った。

 

「昨日の九十秒か」

 

「はい」

 

「慎重すぎる」

 

「そうかもしれません」

 

「未探索領域は、慎重なだけでは調査できない」

 

「進む判断も必要です」

 

「なら、なぜ通信が戻った後も帰った」

 

リュウジの声が少しだけ低くなる。

 

「簡単に帰ったわけではありません」

 

「進めると思ったのか」

 

「思いました」

 

「なら進めばよかった」

 

「一度決めた条件を、進めそうだからという理由で緩めれば、次も同じことをします」

 

「状況に応じた変更だ」

 

「安全側への変更なら認めます」

 

「現場で条件を固定すれば、機会を逃す」

 

「機会を逃すことと、帰還できなくなることは同じではありません」

 

二人の考え方は違っていた。

 

カイルは、自分の経験と現場判断を信じる。

 

リュウジは、自分が進める人間だからこそ、帰還条件を簡単には緩めない。

 

どちらも、船を帰すために考えている。

 

ただし、その方法が正反対に近い。

 

「言葉では何とでも言える」

 

カイルが言った。

 

「そうですね」

 

「次のシミュレーションで確認する」

 

「分かりました」

 

「お前が操縦責任者にふさわしくないと判断したら、正式に異議を出す」

 

「出してください」

 

「簡単に言うな」

 

「必要な異議なら、出すべきです」

 

カイルの表情に、一瞬だけ戸惑いが浮かんだ。

 

怒ると思っていたのかもしれない。

 

S級として反発すると思っていたのかもしれない。

 

だが、リュウジにとって重要なのは、自分が認められることではない。

 

誰が操縦席に座れば、全員が帰れるか。

 

それだけだった。

 

カイルは一歩下がった。

 

「俺は、まだお前を認めない」

 

「分かりました」

 

「明日の訓練で証明する」

 

「お願いします」

 

「その言い方が気に入らない」

 

「すみません」

 

「謝られると、もっと気に入らない」

 

通信士のユアンが、小さく笑った。

 

カイルがそちらを見る。

 

「何だ」

 

「初日から大変だと思って」

 

「意見があるなら言え」

 

「通信が切れた時だけ、二人とも黙ってくれれば助かる」

 

部屋の何人かが、少しだけ笑った。

 

張り詰めていた空気が、わずかに緩む。

 

カイルは不満そうな顔のまま、自分の席へ向かった。

 

だが、部屋からは出なかった。

 

副操縦士一の席へ座った。

 

まだ認めてはいない。

 

それでも、同じ船へ乗る準備はする。

 

それが、最初の一歩だった。

 

 

全員がそろったところで、正面の扉が開いた。

 

ヴァレン准将と調査計画主任が入室する。

 

全員が姿勢を正した。

 

「そのままでいい」

 

ヴァレン准将は室内を見回し、大型画面を切り替えた。

 

「北部未探索領域調査隊、第一次編成を発表する」

 

画面に、名前と役職が並ぶ。

 

操縦責任者。

 

リュウジ。

 

副操縦士。

 

カイル・レナード。

 

ノア・グラント。

 

ソフィア・クライン。

 

システムエンジニア。

 

マーヤ・リンデン。

 

コックピット・コンディション。

 

セレナ・ハート。

 

エンジニア。

 

オスカー・ヴェルナー。

 

通信士。

 

ユアン・リー。

 

宇宙学士。

 

アデル・モロー。

 

ベン・ホルツ。

 

合計十名。

 

ヴァレン准将は画面を切り替える。

 

調査船の左右に、二機の軍用艦が表示された。

 

左側は大型の護衛巡洋艦。

 

重装甲。

 

長距離航行能力。

 

牽引設備と救難区画を持つ。

 

「護衛巡洋艦ヴァルキュリア。艦長はエドガー・ロウ大佐。長距離火力、牽引、救難、補給支援を担当する」

 

右側は、ヴァルキュリアより小型だった。

 

細く鋭い船体。

 

多数の推進器。

 

機動性を優先した設計。

 

「小型戦術艦アストライア。艦長はミレイユ・カーター少佐。先行偵察、周辺警戒、近接護衛を担当する」

 

ベンが画面を見上げた。

 

「軍用艦が二機も必要なのですか」

 

「必要と判断した」

 

「未登録漂流物への対応だけでは、過剰ではありませんか」

 

「未登録漂流物だけとは限らない」

 

その言葉に、リュウジの目がわずかに動いた。

 

極秘会議で見せられた、未探索領域の奥から届く信号。

 

調査隊の全員には、まだ知らされていない。

 

ヴァレン准将は何も補足しなかった。

 

アデルが手を挙げる。

 

「護衛艦が先行しすぎた場合、重力観測へ影響する可能性があります」

 

「航路決定権は調査船側にある」

 

「軍側が危険と判断した場合は?」

 

「軍用艦は独自に編隊維持不能を宣言できる」

 

リュウジが手を挙げた。

 

「一機が編隊維持不能を宣言した場合、調査船側でも撤退条件の再判定を入れたいです」

 

調査計画主任が眉を寄せる。

 

「護衛艦一機の不具合で、調査を中止するのか」

 

「中止とは言っていません。再判定です」

 

「残る一機で護衛可能なら継続できる」

 

「不具合の原因が、護衛艦だけに起きているとは限りません」

 

リュウジは二機の表示を見る。

 

「重力乱流。通信異常。未登録信号。調査船にも同じ影響が出る可能性があります。護衛艦が離脱するという事実を、調査継続と切り離すべきではありません」

 

カイルが口を開いた。

 

「再判定だけでは遅い場合もあります」

 

全員の視線がカイルへ向く。

 

「ヴァルキュリアが牽引設備を失えば、調査船に大規模故障が出た時に帰れない。アストライアが偵察能力を失えば、未登録漂流物への対応が遅れる」

 

カイルは二機の艦を指した。

 

「艦ごとに、失った時の中止条件を決めるべきです」

 

リュウジは頷いた。

 

「賛成です」

 

カイルがリュウジを見る。

 

「簡単に乗るな」

 

「必要な意見なので」

 

「俺が言ったからではなく?」

 

「誰が言ったかは関係ありません」

 

カイルは何も言わなかった。

 

ヴァレン准将は二人を見てから、調査計画主任へ言った。

 

「記録しろ」

 

「しかし、護衛艦一機の能力喪失だけで中止条件を作れば、調査範囲が狭くなります」

 

「艦ごとに整理する。無条件中止とは限らない」

 

調査計画主任は不満そうに端末へ入力した。

 

「明日から、三隻編隊による合同シミュレーションへ入る」

 

部屋の空気が変わる。

 

「初回は通常通信下での編隊維持と役割確認。その後、通信遅延、重力乱流、観測機器異常、護衛艦の機関不具合を段階的に追加する」

 

カイルが手を挙げた。

 

「操縦責任者は固定ですか」

 

「固定しない」

 

ヴァレン准将は答えた。

 

「前半はリュウジ。後半はカイルが操縦責任者を務める」

 

カイルの目に鋭い光が戻った。

 

「比較するということですか」

 

「順位を決めるためではない」

 

「条件は同一ですか」

 

「システム側が、それぞれの判断に応じて展開を変える」

 

「それでは単純比較できません」

 

「単純比較をするつもりはない」

 

ヴァレン准将は、リュウジとカイルを順に見た。

 

「誰が、どの状況で強いか。誰が、どの状況で危ういか。それを見る」

 

「了解しました」

 

カイルが答える。

 

「承知しました」

 

リュウジも続いた。

 

一人は、連盟の危険任務を十一年担ってきたA級パイロット。

 

一人は、適性試験で連盟の想定を超えたS級パイロット。

 

周囲は二人を比較する。

 

どちらが上か。

 

どちらが操縦責任者にふさわしいか。

 

だが、本当に必要なのは勝敗ではない。

 

二人が、同じ船を帰すために協力できるか。

 

その答えは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

同じ頃。

 

スペースホープ、十四班事務所。

 

昼休憩に入り、班室にはそれぞれが持ち込んだ昼食の匂いが広がっていた。

 

エリンは自分の食事へ手をつけながらも、何度も端末の画面を確認していた。

 

今朝、リュウジから届いたのは短い連絡だけだった。

 

『これから顔合わせです。』

 

それ以降、まだ何も来ていない。

 

連盟側の予定が詰まっていることは分かっている。

 

顔合わせ中に端末を触れるはずもない。

 

それでも、気になった。

 

リュウジは、緊張すると食べられなくなるタイプではない。

 

むしろ逆だった。

 

食事を忘れる。

 

必要だと分かっていても、資料や航路の確認を優先する。

 

本人の中では、食事を抜いているつもりすらない。

 

後で食べようと思ったまま、時間だけが過ぎる。

 

エリンは端末を伏せた。

 

ククルがその様子に気づいた。

 

「エリンさん、リュウジさんから連絡はありましたか」

 

「朝に一度だけ。これから顔合わせって」

 

ククルは時計を見る。

 

「もうお昼ですよね」

 

「うん」

 

エマがすぐに顔を上げた。

 

「食べていない可能性があります」

 

カイエがエマを見る。

 

「まだ分からないよ」

 

「可能性は高い」

 

「どうして?」

 

「リュウジさんだから」

 

カイエは反論できず、少しだけ笑った。

 

「それは確かに」

 

エリンも苦笑する。

 

「資料を見始めると、止まらないからね」

 

ガーネットが端末を閉じた。

 

「連盟側にも、食事や体調を管理する担当者がいるのではないでしょうか」

 

「コックピット・コンディション担当がいるみたい」

 

エリンが答える。

 

「操縦席の環境だけじゃなくて、パイロットの睡眠や食事も見るって」

 

エマの表情が少しだけ明るくなった。

 

「適切な役職です」

 

ククルがエマを見る。

 

「そこ、すごく安心するんだね」

 

「重要だから」

 

カイエも頷いた。

 

「でも、担当の人に聞かれても、リュウジさんなら“大丈夫です”って言いそうですね」

 

「言うね」

 

エリンは即答した。

 

「本人の大丈夫は信用しないでくださいって、先に伝えたいくらい」

 

ガーネットが静かに言う。

 

「それは、少し失礼ではありませんか」

 

「でも事実だよ」

 

「否定はできません」

 

ガーネットも小さく笑った。

 

少し離れた席では、ミラとランが午後の訓練資料を整理していた。

 

ランが顔を上げる。

 

「リュウジさん、初対面の方ばかりですよね」

 

ミラはランには通常口調で答えた。

 

「うん。連盟の人や研究者、軍の人もいると思う」

 

「ちゃんと話せてるかな」

 

「必要なことは話すと思う。でも、自分から雑談はしないよね」

 

「うん」

 

ランは少し心配そうに端末を見る。

 

「誤解されなければいいけど」

 

ミラも小さく頷いた。

 

「リュウジさん、説明が短い時があるからね」

 

ミラはエリンへ向き直る。

 

「エリンさん。顔合わせが終わった頃に、連絡してみますか」

 

エリンは少し考えた。

 

「邪魔にならないかな」

 

ランが丁寧に言う。

 

「短い連絡なら、大丈夫ではないでしょうか」

 

ククルも頷く。

 

「リュウジさん、エリンさんからなら嬉しいと思います」

 

エマが口を開いた。

 

「食事確認が必要です」

 

カイエが苦笑する。

 

「エマは結局そこなんだ」

 

「そこが重要だから」

 

タツヤ班長は、少し離れた自分の席で一連の会話を聞いていた。

 

「向こうにも担当がいるなら、任せればいいよ」

 

エリンがタツヤ班長を見る。

 

「もちろん、連盟側の方針には従ってもらいます。ただ、本人が正確に申告するかは別です」

 

「そこまで信用ない?」

 

「操縦については信用しています」

 

「食事は?」

 

「信用していません」

 

タツヤ班長は声を上げて笑った。

 

「はっきり言うね」

 

「今まで何度もありましたから」

 

「まあ、そうだな」

 

エマは端末へ何かを入力し始めていた。

 

ククルが覗き込む。

 

「何を作ってるの?」

 

「長期任務中の食事管理案」

 

「もう?」

 

「必要になるから」

 

カイエも画面を見る。

 

「食事間隔、簡易食、非常食、水分補給……かなり細かいね」

 

「食欲が落ちた場合の代替食も必要」

 

エリンが少し眉を上げる。

 

「そこまで作ると、連盟側の担当と重なるよ」

 

「確認して、足りない部分だけ渡します」

 

ガーネットが頷いた。

 

「連盟側は一般的な管理を行うと思います。リュウジさん個人の傾向は、十四班の方が把握している部分もあるでしょう」

 

「たとえば?」

 

ククルが聞く。

 

エマは真剣に答えた。

 

「集中すると食事を後回しにする。簡易栄養食だけで済ませようとする。水分量が少ない。唐揚げなら比較的よく食べる」

 

カイエが笑う。

 

「最後だけ急に具体的」

 

「重要」

 

ククルも笑った。

 

「唐揚げを非常食にするの?」

 

「保存方法による」

 

「真面目に検討するんだ」

 

エリンは皆のやり取りを聞きながら、端末を手に取った。

 

「送るね」

 

画面へ短く入力する。

 

『顔合わせ、終わった?』

 

一度、指を止める。

 

続けて、もう一文。

 

『ちゃんとお昼食べてる?』

 

送信。

 

数分後。

 

返信が来た。

 

『今、説明が終わりました。まだ食べていません。』

 

エリンは思わず目を閉じた。

 

「やっぱり」

 

エマがすぐに聞く。

 

「食べていないんですか」

 

「うん」

 

「今すぐ行くように言ってください」

 

「言うよ」

 

カイエが少し笑う。

 

「エマ、エリンさんより先に怒ってる」

 

「昨日も夕食が遅かったんですよね」

 

「そうみたい」

 

エマの表情がさらに真剣になる。

 

「なら、今日の昼食は必要です」

 

ククルが言う。

 

「必要じゃない昼食なんてないよ」

 

「特に必要という意味」

 

エリンは返信する。

 

『資料を見る前に食堂へ行って。今すぐ。』

 

すぐに返事が来た。

 

『分かりました。』

 

エリンは画面を皆へ見せた。

 

「行くって」

 

エマは少しだけ安心した。

 

「食べ終わるまで確認が必要です」

 

「そこまではいいよ」

 

「でも」

 

「向こうの担当もいるから」

 

エマは不満そうだったが、頷いた。

 

「分かった」

 

ククルが笑う。

 

「完全に皆で面倒を見てますね」

 

ガーネットは静かに答えた。

 

「それだけ、帰ってきてほしいということです」

 

その言葉で、一瞬だけ空気が変わった。

 

二月から四月まで。

 

およそ二か月。

 

北の未探索領域。

 

食事の話をしている間も、その事実が消えるわけではない。

 

エリンは端末の画面を見た。

 

リュウジは、帰る前提で行くと決めた。

 

なら、残る側も帰る前提で待つ。

 

食事を気にする。

 

眠っているか確認する。

 

帰ってきた時に食べさせたい物を考える。

 

そんな日常の一つ一つが、帰還後の場所を作っていく。

 

ククルが空気を変えるように言った。

 

「帰ってきたら、最初は何を食べたいでしょうね」

 

エマが即答する。

 

「唐揚げ」

 

カイエが笑う。

 

「まだ聞いてないよ」

 

「可能性が高い」

 

ミラも少し笑った。

 

「私も唐揚げだと思います」

 

ランはミラへ通常口調で言う。

 

「他にも聞いてみたいね」

 

「うん。二か月ぶりなら、食べたい物も増えてるかもしれない」

 

エリンは皆を見回した。

 

「まだ出発もしてないよ」

 

ククルは笑った。

 

「でも、帰ってきた時の話をするのはいいでしょう?」

 

エリンは一瞬黙り、それから柔らかく笑った。

 

「そうだね」

 

帰ってくる前提で考える。

 

それは、向かうリュウジだけが守る約束ではない。

 

十四班もまた、帰ってきた後の話をしながら待つ。

 

エリンは端末を伏せ、ようやく自分の昼食へ手を伸ばした。

 

「じゃあ、私達も食べよう」

 

「はい」

 

ククルが答える。

 

「うん」

 

エマも食事を再開する。

 

カイエは少し笑いながら、エマの端末を見る。

 

「食事管理表、午後も作るの?」

 

「仕事が終わってから」

 

「本気だね」

 

「重要だから」

 

班室に、小さな笑いが広がった。

 

遠く離れた宇宙連邦連盟では、まだ他人同士の調査隊が顔を合わせたばかり。

 

スペースホープでは、十四班がいつもどおり昼食を囲んでいる。

 

場所は違う。

 

それでも、リュウジが帰る場所は、確かにここに残っていた。

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