北部未探索領域の調査が始まってから、一か月が経った。
リュウジが宇宙連邦連盟を離れた後も、宇宙管理局の時間は止まらない。
事故報告。
救難信号。
管制区からの照会。
宇宙警察との情報共有。
通信訓練の記録。
次回訓練計画。
処理を終えた資料の上へ、次の資料が積み上げられていく。
そして、その中心にいるペルシアも変わらなかった。
少なくとも、仕事へ文句を言い続ける姿だけを見れば、完全な通常運転だった。
「おかしい」
統括官席に座っていたペルシアは、目の前に並んだ三つの資料を見比べながら呟いた。
フレイが即座に顔を上げる。
「何がおかしいのでしょうか」
「同じ訓練の報告書が三つある」
ペルシアは一つ目を持ち上げた。
「通信経路再編訓練結果報告書」
二つ目。
「通信経路再編訓練参加者個人評価」
三つ目。
「個人評価に基づく次回訓練計画案」
三つを机の上へ並べる。
「一つにまとめればいいじゃない」
「提出目的が異なります」
「使っている文字は大体同じよ」
「結果、評価、改善計画は別の資料です」
「読む人間は重なってるでしょう」
「一部は重なっています」
「だったら一つでいいじゃない」
「よくありません」
フレイは表情を変えずに答えた。
ペルシアは椅子の背もたれへ身体を預ける。
「統括官って、人に仕事をさせる立場じゃなかったの?」
「指示を出した結果を確認する立場でもあります」
「後半はいらないと思う」
「必要です」
「フレイが確認すればいいでしょ」
「一次確認は行いました」
「なら終わり」
「最終承認者は統括官です」
「制度が悪い」
「制度変更案を作成しますか」
ペルシアは黙った。
フレイの指が端末へ動く。
「統括官発案として、宇宙管理局内における決裁権限及び文書処理制度の見直し案を――」
「作らない」
ペルシアはすぐに止めた。
「仕事を減らすために、もっと大きな仕事を増やさないで」
「承知しました」
「絶対、分かっていて言ったでしょ」
「何のことでしょうか」
少し離れた席から、ファルコの笑い声が聞こえた。
「朝から元気だな、統括官様」
ペルシアは視線だけを向ける。
「様はいらない」
「じゃあ、朝から元気だな、ペルシア」
「元気じゃない。資料に命を吸われてるの」
「それだけ喋れりゃ元気だろ」
ファルコは椅子へ浅く腰掛け、訓練航路の確認画面を片手で操作していた。
その隣では、クリスタルが医療支援時の連携手順を確認している。
「ファルコ、邪魔をしないの」
クリスタルが穏やかに言う。
「邪魔してねぇよ。統括官の生存確認だ」
「ペルシアは資料がある限り、文句を言いながら生きているわ」
「何、その生態みたいな説明」
ペルシアが不満そうに言う。
クリスタルは少しだけ笑った。
「間違ってはいないでしょう?」
「否定しにくいのが腹立つ」
「それより、一枚目の承認が終わっていないわよ」
「クリスタルまでフレイ側なの?」
「仕事を片づける側よ」
「敵が多い」
「あなたが逃げようとするからでしょう」
「逃げてない。改善提案をしてたの」
ファルコが鼻で笑う。
「資料を一つにしろってのが改善かよ」
「合理化よ」
「都合のいい言葉だな」
「ファルコ、操縦指導計画の課題を増やすわよ」
「職権乱用だろ、それ」
「統括官の権限よ」
「ほら、使い方を間違えてる」
「黙りなさい、ファルコ」
ペルシアが言うと、ファルコは楽しそうに笑った。
そのやり取りの近くで、イーナは三つの資料を静かに見比べていた。
「統括官」
「何、イーナ」
「資料そのものを一つにまとめることは難しいと思います」
「イーナまで反対?」
「ただ、共通項目を一覧化した参照表を一枚追加すれば、確認時間は短縮できるかもしれません」
ペルシアが僅かに身体を起こす。
「参照表?」
「はい。三つの資料で重複している日時、参加者、想定条件、主要結果を一つの表にまとめます」
「それを最初に見れば、同じところを三回読まなくて済む?」
「完全には省略できませんが、確認の順番は整理できます」
ペルシアはフレイを見る。
「採用」
「必要性を確認します」
「イーナが必要って言った」
「私は可能性を申し上げただけです」
イーナは少し慌てて訂正した。
「でも良い案でしょう?」
「有効だと思います」
フレイはイーナの案を端末へ記録する。
「試験的に作成してください」
「承知しました」
イーナは丁寧に頷いた。
ペルシアは得意そうに腕を組む。
「ほら。統括官が文句を言ったから改善された」
「イーナさんの提案です」
「きっかけは私よ」
「統括官は資料を読みたくないと発言しただけです」
「そこから改善が生まれたの」
「結果だけ自分のものにするなよ」
ファルコが言う。
「統括官は人を使うのが仕事なの」
「それ、タツヤ班長にも言ってたな」
「正しいことは何度でも言うわ」
「都合のいい時だけな」
ペルシアが言い返そうとした時、反対側の席から小さな声が聞こえた。
「ナミ、ここ」
マリが通信手順書の一部を指で示していた。
ナミが椅子を寄せ、同じ画面を見る。
「再接続の前に負傷者数を確認することになってる」
「うん。でも通信品質がこの値なら、先に位置情報を確定した方がいい」
「私もそう思う」
「順番が逆だね」
二人は互いに対しては通常口調だった。
短く意見を交わし、すぐに内容を整理する。
ナミが手を上げた。
「統括官、確認していただきたい箇所があります」
「何?」
「通信途絶の可能性が高い場合の聴取順序です」
ナミは手順書を表示する。
「現在の手順では、負傷者数と船内状況を確認した後に、位置情報を確定することになっています」
マリが続ける。
「ただし、想定されている通信品質では、位置情報の取得前に回線が切断される可能性があります」
「どのくらい?」
ペルシアが聞く。
マリはすぐに数値を表示した。
「過去の類似事例では、最初の接続から平均二十八秒で音声品質が低下しています」
「現在の質問項目を順番どおりに聞いた場合、位置情報の確認まで平均三十五秒です」
「七秒遅い」
「はい」
「なら先に位置情報」
ペルシアは即答した。
ナミが頷く。
「私もそう考えます」
「ただし、変更理由まで書いて」
「位置情報を先に聞け、だけだと、現場の人は状況によって元の順番に戻すから」
「通信切断前に救助先を確定するため、と書きます」
「そう」
マリが手順書の修正案を入力する。
「この順番に変更すれば、初回接続中に位置情報まで取得できる可能性が上がります、と追記します」
「いいわね」
「承知しました」
ナミとマリは、また互いに画面を確認する。
「次の警報音分類も見よう」
ナミが言う。
「うん。赤と黄色だけでは情報が足りない」
「点滅周期も入れる?」
「入れた方がいい。機種が違っても緊急度を推測できる」
「じゃあ追加する」
二人の会話を聞きながら、ペルシアは少しだけ口元を緩めた。
指摘が鋭すぎる。
言い方が直接的すぎる。
だが、それでも見つける。
危険の順番。
言葉になっていない異常。
二人は少しずつ、自分達の見ているものを、他人が受け取れる形へ変え始めていた。
その近くでは、リリアが宇宙警察から送られてきた照会資料を確認していた。
「ペルシアさん」
「何?」
「宇宙警察から、昨日の未登録船に関する追加照会が届いています」
リリアは資料を表示する。
「管理局が取得した通信ログのうち、発信者の身元に関する部分だけを先に共有してほしいとのことです」
「理由は?」
「別件の密輸捜査との関連を確認するため、とされています」
ペルシアは資料へ目を通す。
「船の安全確認は終わってる?」
「はい。乗員三名の無事は確認されています」
「なら、必要部分だけ共有して」
「全ログは渡さない」
「承知しました」
「救難時の会話には、捜査と関係ない個人情報も入ってるから」
「宇宙警察側にも、共有範囲を限定する理由を明記します」
「お願い」
リリアは丁寧に頷いた。
「それと、グレイ本部長から直接確認が入った場合は、まず私へ回してください」
「分かりました」
「一人で抱え込まないでね」
ペルシアが言うと、リリアは少しだけ目を瞬かせた。
「はい」
「ここでは、グレイ本部長の娘としてではなく、管理局のリリアとして判断していいの」
「ありがとうございます」
リリアの表情が僅かに柔らかくなる。
ファルコが横から口を挟んだ。
「親父から直接来たら、無視すりゃいいんじゃねぇか」
「無視は駄目です」
リリアは真面目に答えた。
「冗談だよ」
「ファルコは、冗談と本気の境目が分かりにくいのよ」
クリスタルが言う。
「俺はいつも分かりやすいだろ」
「そう思っているのは貴方だけよ」
「ひでぇな」
「事実でしょう?」
「クリスタルまでペルシアみたいになってきたな」
「それは失礼ね」
ペルシアが先に反応する。
「お前が怒るのかよ」
オペレーションルームに、小さな笑いが広がる。
正式にシャオメイがチームへ加わったこと以外、大きく変わったことはない。
イーナは一つずつ確認しながら情報を整える。
リリアは宇宙警察との間に立ち、必要な情報と守るべき情報を分ける。
ナミは、通信が切れる前に取るべきものを見る。
マリは、声や数値の中から相手が言えていない異常を拾う。
フレイは全てを記録し、仕事から逃げようとするペルシアを止める。
フォックス、ファルコ、クリスタルも、必要な時には自然にそこへいる。
そしてシャオメイは、正式な通信担当者として新しい席に座っていた。
以前のような外部協力者用の仮設端末ではない。
宇宙管理局の正式な認証端末。
複数の中継回線を同時に監視できる通信席。
そこには、シャオメイの識別コードが登録されている。
ペルシアはシャオメイの席を見た。
「シャオメイ」
「はい」
「正式に入って一週間だけど、感想は?」
シャオメイは画面から目を離した。
「今、その質問をされる理由は何ですか」
「資料から少しだけ離れたいから」
「正直ですね」
「統括官に必要なのは正直さよ」
フレイがすぐに言う。
「責任です」
「似たようなものよ」
「異なります」
シャオメイは少し考える。
「想像していたより騒がしいです」
「誰のせいだろうな」
ファルコがペルシアを見る。
「ファルコ」
「俺は何も言ってねぇぞ」
「目が言ってる」
シャオメイは続けた。
「ただ、以前より判断材料が集まる速度は上がっています」
「それは褒めてる?」
「はい」
「もっと分かりやすく言って」
「正式に加わって良かったと思っています」
ペルシアの表情が少しだけ明るくなる。
「よろしい」
「ですが、統括官の資料処理速度については改善が必要です」
「そこはいらない」
「正式メンバーとして、必要な指摘です」
ナミが小さく頷く。
「必要な指摘は、届く形にした方がいいです」
ペルシアがナミを見る。
「今の、届きすぎたわ」
マリも静かに続ける。
「ただ、内容は正しいと思います」
「二人とも、私を使って訓練しないで」
「実践的ではあります」
「マリ」
「申し訳ありません」
謝りながらも、マリの表情は真面目だった。
クリスタルが穏やかに笑う。
「良いチームになってきたじゃない」
ペルシアは室内を見渡す。
面倒な人間ばかり。
言うことを聞かない者。
細かすぎる者。
遠慮がなさすぎる者。
過去を抱えている者。
それでも、以前より確実に形になっている。
「そうね」
ペルシアは小さく答えた。
「面倒だけど、悪くないわ」
「一番面倒なのはお前だけどな」
ファルコが言う。
「黙りなさい、ファルコ」
◇
ペルシアがようやく一枚目の報告書へ承認を入れた時だった。
統括官席の専用回線が鳴る。
通常の内線とは異なる音。
局長からの直接通信だった。
フレイが端末を見る。
「局長からです」
「見えてる」
ペルシアは通信を開いた。
画面に映ったのは、宇宙管理局局長のマーカスだった。
いつものように余裕のある表情。
だが、目だけは普段より僅かに真剣だった。
『ペルシア』
「何?」
『宇宙連邦連盟から呼び出しだ』
「私に?」
『そうだ』
「何の用?」
『詳しい説明は聞いていない』
ペルシアの眉が動く。
「詳しい説明もないのに呼びつけるの?」
『連盟らしいだろう』
「褒めてないわよね」
『もちろんだ』
マーカスは苦笑する。
『君一人ではなく、何人か連れてきてほしいそうだ』
「誰を?」
『人選は君に任せると言っている』
「嫌な頼み方ね」
『私もそう思う』
「緊急?」
『緊急とは言っていない』
「でも局長は緊急だと思ってる」
『ああ』
マーカスは椅子へ僅かに身体を預けた。
『通常の協議室ではなく、本部の指令区画へ来るよう指定された』
ペルシアの表情から、軽さが僅かに消える。
「現在進行中の案件?」
『その可能性が高い』
「事故?」
『分からない』
「救難?」
『それも分からない』
「本当に何も聞いてないのね」
『何度聞いても、現地で説明するとしか言わなかった』
「局長なのに?」
『局長でも、連盟が隠すものまでは見えない』
「役に立たないわね」
『君は上司に容赦がないな』
「局長も私に容赦ないでしょ」
『君に容赦をすると、勝手に走るからな』
「しないわよ」
マーカスは一瞬黙った。
ペルシアも黙る。
『……君は本当に、そういうところだけ自覚がないな』
「それで、局長は来るの?」
『別件を終えてから向かう。君達が先に入ってくれ』
「分かった」
『ペルシア』
「何?」
『説明がないまま何かを頼まれても、すぐに引き受けるなよ』
「私を何だと思ってるの?」
『現場を見た瞬間、動き始める統括官だ』
「必要なら動くわよ」
『だから、最初に話を聞けと言っている』
「分かってる」
『本当に?』
「局長までフレイみたいなこと言わないで」
『フレイが正しいんだろう』
フレイは画面の外で小さく頷いた。
ペルシアがそれを見る。
「フレイ、そこで頷かない」
「局長のご指摘は適切です」
『ほら』
「二人して腹立つわね」
マーカスは少しだけ笑った。
『気をつけて行ってこい』
「ええ」
通信が切れる。
ペルシアは数秒、暗くなった画面を見つめた。
宇宙連邦連盟。
本部指令区画。
説明なし。
複数人を連れてこい。
嫌な要素が綺麗に揃っている。
ペルシアは立ち上がった。
「フレイ」
「はい」
「ここは任せるわよ」
「承知しました」
フレイは即答し、現在進行中の案件一覧を開く。
「通信障害案件二件、宇宙警察からの照会一件、救助艇帰還報告一件です」
「イーナ」
「はい、統括官」
「案件の進行状況を一つにまとめて、フレイへ」
「承知しました」
「優先順位が曖昧なものがあったら、勝手に決めないで一度止めて」
「確認してから進めます」
「それでいいわ」
ペルシアはリリアを見る。
「リリア」
「はい」
「宇宙警察への資料共有は、さっき決めた範囲だけ」
「追加要求が来た場合は、フレイさんへ確認します」
「グレイ本部長から直接連絡が来ても?」
「はい。管理局内の手順を優先します」
「よろしい」
次にナミとマリを見る。
「ナミ、マリ」
「はい」
二人の返事が重なる。
「通信監視を続けて。通常と違う切断や、中継点の遅延があったら、小さくても残して」
ナミが真剣に頷く。
「切断前後の取得情報を分けて記録します」
マリも続ける。
「背景音と警報信号の変化も照合します」
「ただし、異常だと決めつけないで」
「事実と推測を分けます」
「そう」
ペルシアはファルコへ視線を向けた。
「ファルコ」
「俺は留守番か?」
「そうよ」
「連盟本部、ちょっと面白そうじゃねぇか」
「面白さで人選しないの」
「お前が言うと説得力ねぇな」
「勝手に通信席を触らないで」
「触らねぇよ」
「さっき触ろうとしてたでしょう」
「見てただけだ」
「同じよ」
「同じじゃねぇ」
クリスタルが静かに言う。
「ファルコ、留守番をお願い」
ファルコはクリスタルを見る。
「お前まで置いてくのか?」
「何か起きた時、こちらにも動ける人間が必要でしょう」
「……まあ、そうだけどよ」
「それに、ペルシアがいない間に問題を起こしたら、私が止めるわ」
「俺が問題起こす前提かよ」
「違うの?」
ファルコは答えなかった。
ペルシアが満足そうに頷く。
「クリスタル、ファルコをお願い」
「任せて」
「俺の扱い、雑じゃねぇか?」
「貴方にはこのくらいでちょうどいいの」
クリスタルが穏やかに言った。
ファルコは深くため息を吐いた。
「お前ら、だんだん似てきたな」
ペルシアは次にシャオメイを見る。
「シャオメイ」
「はい」
「私についてきて」
シャオメイは少し驚いた。
「通信関係の案件ですか」
「分からない」
「分からないのに、私を連れていくのですか」
「分からないから連れていくのよ」
「理由になっていません」
「指令区画へ呼ばれた」
シャオメイの表情が変わる。
「現在進行中の案件である可能性が高いということですね」
「そう」
「分かりました」
正式メンバーとなった今、シャオメイの返答に迷いはなかった。
「通信設備に触れる可能性がありますので、認証端末を持っていきます」
「お願い」
ペルシアはジェームズを見る。
「ジェームズ」
ジェームズは端末から顔を上げない。
「断る」
「まだ何も言ってないでしょ」
「連盟本部へ行くんだろ」
「聞こえてたなら話が早いわね」
「面倒だ」
「知ってる」
「別の奴を連れていけ」
「機体の話が出た時、一番早く異常を見つけられるのはあなたよ」
ジェームズの指が止まった。
「事故だと決まったのか」
「決まってない」
「なら必要ない」
「決まってから呼んだら遅いでしょ」
ジェームズはペルシアを見る。
「説明もないんだろ」
「ええ」
「本当に面倒だな」
「だから連れていくの」
ジェームズは舌打ちし、端末を閉じた。
「機体を見るだけだ」
「十分」
最後にペルシアはフォックスを見る。
「フォックス」
「ああ」
「あなたも来て」
「現場判断が必要か」
「それと、私が連盟と喧嘩を始めた時に止める役」
「俺は止めるとは言っていない」
「じゃあ味方して」
「それも言っていない」
「でも来るのね」
フォックスは静かに立ち上がった。
「ああ」
ペルシアは上着を手に取る。
「じゃあ、行ってくる」
「ペルシアさん」
リリアが呼び止める。
「何?」
「お気をつけて」
ペルシアは一瞬、目を瞬かせる。
それから少しだけ笑った。
「ありがとう」
イーナも丁寧に頭を下げる。
「こちらはフレイさんの指示に従って進めます」
「お願い」
ナミが言う。
「通信回線に異常があれば、すぐに共有します」
マリも続ける。
「必要な情報を整理した上で送ります」
「二人とも頼んだわよ」
ファルコが軽く手を上げる。
「土産よろしくな」
「仕事よ」
「連盟の食堂、良いもん置いてるらしいぞ」
「自分で行きなさい」
クリスタルがファルコを見る。
「だから留守番でしょう」
「分かってるって」
フレイが最後にペルシアを呼ぶ。
「統括官」
「何?」
「局長がおっしゃったとおり、説明を最後まで聞いてください」
「分かってる」
「即答しないでください」
「努力する」
「努力では不安です」
「ちゃんと聞く」
「お願いします」
◇
宇宙連邦連盟本部へ到着しても、詳しい説明はなかった。
受付での身分確認。
機密区画への入室申請。
外部通信機能の制限。
個人端末の一時封印。
複数の認証扉。
案内役の連盟職員は、何を聞いても同じ言葉しか返さない。
「指令室でご説明します」
長い廊下を歩きながら、ペルシアは三度目の質問をした。
「ここまで来ても、まだ言えないの?」
「私の権限ではお伝えできません」
「呼び出したのはそっちでしょう」
「申し訳ありません」
「謝るなら説明して」
「指令室でご説明します」
ペルシアは隣のシャオメイを見る。
「どう思う?」
「通信機能まで制限しています」
「見れば分かるわよ」
「現在進行中の機密案件である可能性が高いです」
「それも分かる」
「それ以上の情報はありません」
「正しいけど面白くない」
後ろを歩いていたジェームズが言う。
「遊びに来たんじゃない」
「分かってるわよ」
「なら黙って歩け」
「ジェームズ、連盟職員みたいになってるわよ」
「お前を黙らせたいだけだ」
フォックスは周囲を静かに見ていた。
廊下を行き交う職員。
資料を抱えて走る通信担当者。
開閉を繰り返す指令区画の扉。
平時の動きではない。
「何かが続いている」
フォックスが言った。
ペルシアも表情を引き締める。
「ああ」
終了した事故の報告ではない。
今も現場で、何かが進んでいる。
案内役が最後の認証扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
扉が開く。
その先には、広大な指令室が広がっていた。
壁面を埋める複数の大型画面。
船舶位置。
航路図。
通信状態。
損傷評価。
中央の立体映像には、北部宙域が表示されている。
通常航路のさらに外側。
観測記録がほとんど存在しない領域。
「未探索領域……」
シャオメイが小さく言った。
ペルシアの足も止まる。
連盟側の担当者が近づいてきた。
濃紺の制服。
高い階級章。
だが、その表情には疲労が滲んでいる。
「お待ちしていました。宇宙管理局のペルシア統括官ですね」
「ええ」
ペルシアは立体図から目を離さない。
「これは何?」
担当者は一度、周囲を確認した。
「現在、宇宙連邦連盟では、北部未探索領域の調査を実施しています」
ペルシアがゆっくりと振り向く。
「へえ」
声は軽い。
だが、目は笑っていなかった。
「それを今頃、私に言う理由は?」
指令室の空気が僅かに固くなる。
担当者は慎重に答える。
「本調査は、連盟内でも限定された部署のみで管理されていました」
「宇宙管理局には関係ないと判断した?」
「当初は純粋な調査任務でした」
「当初は、ね」
ペルシアは立体図を見る。
「今は違うの?」
「現時点で、事故とは断定していません」
「なら、どうして事故対応をする宇宙管理局を呼んだの?」
担当者は一瞬黙った。
「調査隊の編成に変更が生じました」
別の画面が開く。
表示されたのは三隻の宇宙船。
中央に調査船。
その左右に護衛艦二隻。
しかし、護衛艦二隻の航路は、調査区域とは反対方向へ伸びていた。
「護衛艦二隻は、調査継続が困難となり、引き返しています」
フォックスが画面を見る。
「二隻ともか」
「はい」
ペルシアが聞く。
「理由は?」
担当者が宙域図の一部を拡大する。
細かな粒子が、帯状に広がっている。
「粉塵帯です」
「粉塵?」
シャオメイが画面へ近づく。
「事前観測では、この規模ではなかったのですか」
「過去の記録では、密度の低い粒子帯とされていました」
「実際には?」
「高密度の鉱物粒子と、小規模な隕石群が含まれていました」
ジェームズの目が僅かに細くなる。
担当者は続ける。
「護衛艦二隻は、粉塵帯通過時に損傷を受けました。修理は可能ですが、調査を継続した場合、帰還能力を維持できないと判断されました」
「それで戻した」
ペルシアが言う。
「はい」
「調査船は?」
担当者の返答が一瞬遅れた。
ペルシアはそれを見逃さない。
「調査船はどうしたの?」
「現在も運航を継続しています」
「護衛艦二隻が引き返したのに?」
「はい」
「単独で?」
「現在は、調査船単独です」
ペルシアの声が低くなる。
「誰が継続を決めたの?」
「調査本部です」
「現場は納得した?」
「操縦責任者から異議が提出されました」
「却下した?」
「はい」
ペルシアは数秒、何も言わなかった。
「操縦は?」
「何でしょうか」
「調査船を操縦しているのは誰?」
担当者は端末を確認した。
「ドルトムント財閥旅行会社所属の操縦士です」
ペルシアの呼吸が僅かに止まる。
「名前は?」
「リュウジです」
心臓が大きく跳ねた。
指令室の音が、一瞬だけ遠くなる。
端末音。
通信音。
職員達の声。
全てが薄くなった。
神社で渡したお守り。
出発前の顔。
いつもどおりでいい。
無理をしないで。
帰ってきて。
そう言って送り出した。
だが、リュウジが乗っているのは、護衛艦二隻が撤退するほどの粉塵帯を通過した調査船だった。
損傷した船。
単独航行。
本部への異議は却下。
それでも調査を続けている。
「ペルシア統括官?」
担当者の声で、ペルシアは意識を戻した。
「通信は?」
「はい?」
「調査船と通信はできるの?」
「定時通信は維持しています」
「今すぐ繋いで」
「現在は定時通信時間外です」
「だから何?」
「調査船側の作業状況を確認する必要があります」
「護衛艦二隻が引き返して、調査船だけで動いてるのよね」
ペルシアの声から、普段の軽さが消えていた。
「今、状態を確認しない理由がある?」
担当者が答えに詰まる。
シャオメイが通信設備へ目を向ける。
「回線をお借りできますか」
連盟の通信担当者が振り向く。
「あなたは?」
「宇宙管理局通信担当のシャオメイです」
シャオメイは正式な認証証を表示した。
「調査船までの中継経路と、現在の回線状態を確認させてください」
担当者が迷う。
ペルシアが言う。
「見せて」
「しかし、機密区分が――」
「その機密を説明するために呼んだんでしょう。調査船に問題が起きているから、私達を呼んだ。違う?」
担当者は数秒黙り、通信担当者へ頷いた。
「回線情報を開示しろ」
「はい」
シャオメイが通信席へ入る。
表示された経路を見て、すぐに眉を寄せた。
「中継点が三つ。未探索領域のため、直接通信はできません」
連盟の通信担当者が答える。
「臨時中継装置を経由しています。三つ目の中継点で遅延が発生しています」
「許容範囲内です」
「音声通信だけであれば、です」
シャオメイは通信ログを開く。
「大容量データを送れば、欠損が発生する可能性があります」
「補正処理を行っています」
「補正前のデータも残っていますか」
「残っています」
「両方を使用します」
「なぜですか」
「補正処理によって、微細な異常まで平滑化される可能性があります」
ジェームズが低く言う。
「そのとおりだ」
連盟職員がジェームズを見る。
「あなたは?」
「整備士だ」
「所属は?」
「今は関係ない」
ジェームズは画面から目を離さない。
「生のログを出せ」
ペルシアも続ける。
「補正前と補正後、両方」
担当者が指示する。
「開示しろ」
「はい」
シャオメイは通信回線の同期を始めた。
「調査船識別コードを確認。暗号鍵、一致しました。第一中継点、接続。第二中継点、接続。第三中継点……応答遅延」
画面の表示が黄色く点滅する。
「再接続を行います」
シャオメイの指が素早く動く。
「第三中継点、接続。調査船を呼び出します」
呼出音が鳴る。
一度。
二度。
三度。
ペルシアは、無意識に拳を握っていた。
回線が開く。
最初に聞こえたのは、機械音だった。
低く一定ではない推進音。
断続的な電子音。
僅かな通信雑音。
そして。
『こちら北部未探索領域調査船』
リュウジの声だった。
『識別コードを送れ』
その声を聞いた瞬間、ペルシアの胸の奥が締めつけられた。
想像していた声とは違う。
疲れているだけではない。
低い。
硬い。
言葉が短い。
一つ一つの音が、相手を遠ざけるように尖っている。
普段のリュウジも口数は多くない。
必要なことを簡潔に話す。
だが、今の声には余白がなかった。
話を続けるための間も。
相手の反応を待つ柔らかさも。
何もない。
強い苛立ち。
押し殺した怒り。
あるいは、長く何かに耐え続けている者の声。
ペルシアは、声質だけでそれを感じ取った。
シャオメイが識別情報を送る。
「宇宙連邦連盟本部指令室です。宇宙管理局統括官の要請により、回線を接続しています」
一瞬、通信の向こうが静まる。
『宇宙管理局?』
まだ硬い声。
ペルシアは通信席へ近づいた。
何も知らないように。
いつもと同じように。
重くなった空気を壊す時の声を作る。
「リュウジ」
通信遅延。
数秒後。
『……ペルシア?』
声が変わった。
本当に僅かだった。
張りつめていたものが少し緩む。
呼吸が一度、深く入る。
先ほどまで声の表面にあった刺が、ほんの少しだけ薄くなった。
ペルシアは聞き逃さなかった。
「そうよ」
わざと軽く答える。
「残念。エリンじゃなくて私」
短い沈黙。
『別に残念とは言ってない』
少しだけ、普段のリュウジに近い。
「言ってないだけで思ったでしょう」
『思ってない』
「本当に?」
『何のための通信だ』
声はまだ硬い。
だが、最初のように相手を切りつける声ではなかった。
ペルシアが応答したことで、確かに僅かな安堵が生まれている。
「冷たいわね」
『悪かった』
「謝るの早い」
『今、余計な話をしている余裕がない』
「分かってる」
ペルシアは少しだけ声を落ち着かせた。
「だから、状況を教えて」
『定時報告は連盟へ送っている』
「連盟の報告書じゃなくて、リュウジから聞いてるの」
返答が遅れる。
『船体は運航可能だ』
「報告書の言い方」
『事実だ』
「もっと具体的に」
リュウジが一度、息を吐く。
『生命維持は正常。主要システムも稼働している。補助推進器は修理済み。外部センサーも予備系統を含めて復旧した』
ペルシアは指令室に表示された船体情報を見る。
確かに、表面上の数値は正常だった。
修復率。
機器稼働率。
生命維持。
気密。
全て許容範囲内。
「護衛艦二隻は戻ったのよね」
『ああ』
「調査船だけ残った」
『本部命令だ』
短い言葉。
その瞬間、声が再び硬くなった。
本部命令。
ただそれだけを言い、説明を切る。
ペルシアは今すぐそこへ踏み込まなかった。
「現在の推進出力は?」
『十パーセント』
指令室にいた職員の何人かが顔を上げる。
ペルシアも目を細めた。
「十パーセント?」
『ああ』
「通常は?」
『この区画では三十五から四十』
「今は十?」
『十で維持している』
「理由は?」
リュウジはすぐに答えなかった。
『機体に違和感がある』
ジェームズが通信席へ近づく。
ペルシアの表情も変わる。
「どんな違和感?」
『推進入力に対する反応が、僅かに遅い。計器上は許容範囲内だ。姿勢制御にも異常はない。ただ、出力を上げると機体後部が引かれる』
「引かれる?」
『進行方向と僅かにずれる。補正すれば消える程度だ。十パーセントまで落とすと違和感も消える』
ジェームズが低い声で言う。
「補正するな」
通信の向こうに短い間が生まれる。
『誰だ』
「ジェームズ」
ペルシアが答える。
「整備士。口は悪いけど腕はいいわ」
「余計な説明をするな」
『ジェームズ……』
リュウジは名前を確認するように繰り返す。
『分かった。補正は最小限にしている』
「最小限でも入れるな」
ジェームズは言った。
「機体がずれるなら、ずれる理由がある」
「制御で隠すな」
ペルシアは端末へ手を伸ばす。
「リュウジ、機体ログを送って」
『連盟には送っている』
「私達にも」
『機密指定だ』
ペルシアの目が冷える。
「今、連盟本部の指令室にいるわ。連盟の回線を使ってる。それでも駄目?」
リュウジは答えなかった。
連盟側の担当者が口を開く。
「宇宙管理局へのデータ共有には、正式な承認が――」
ペルシアが振り向く。
「私達を呼び出しておいて、ログは見せないの?」
「共有範囲を確認する必要があります」
「確認してる間に推進が止まったら、誰が助けに行くの?」
担当者が黙る。
ペルシアは通信へ戻る。
「機体ログを送って、通信ログも全部」
『通信ログも?』
シャオメイが説明する。
「中継時に欠損している可能性があります。調査船側に保存されている、送信前の生データをお願いします」
少し間があり、リュウジが答えた。
『分かった』
先ほどまでよりも素直な返答だった。
『今送る』
データ転送が始まる。
シャオメイが受信状況を確認する。
「機体ログ、受信を開始しました。通信ログも受信しています。第三中継点で一部欠損。再送要求を出します。調査船側の保存データは正常です」
数十秒後。
指令室の大型画面に、調査船の詳細ログが展開された。
推進系統。
燃料供給。
冷却系統。
姿勢制御。
船体構造負荷。
外壁損傷。
修理履歴。
ペルシアは数値を見つめた。
「異常、ないわね」
少なくとも、一見した限りでは。
補助推進器は修理されている。
外部センサーも復旧。
装甲の損傷箇所には補修材が充填され、気密性も確保されている。
推進器の出力検査も正常。
燃料流量。
冷却効率。
振動値。
全て許容範囲内。
「見事に修復されています」
シャオメイが言う。
連盟の技術担当者も頷く。
「修理後、複数回の検査を行っています。いずれも正常判定です」
ペルシアは画面を見たまま黙る。
機体ログに異常はない。
だが、リュウジは違和感があると言った。
リュウジが根拠もなく推進出力を十パーセントまで落とすことはない。
数値に出ない何かを、操縦感覚で拾っている。
「ジェームズ」
返事がない。
ジェームズは、推進系統のログを拡大していた。
十五パーセント。
二十パーセント。
二十五パーセント。
試験時の出力履歴。
燃料流量は一定。
冷却値にも大きな変化はない。
しかし。
ジェームズが低く言う。
「跳ねてる」
「何が?」
ペルシアが近づく。
「推進系統のログだ」
連盟の技術担当者が画面を見る。
「正常範囲内ですが」
ジェームズは振り向かなかった。
「正常範囲かどうかを聞いてない」
一つの波形を指す。
「ここだ」
推進出力を十五パーセントへ上げた瞬間。
推進器固定部の構造負荷が、一度だけ僅かに上昇している。
ペルシアが目を凝らす。
「この小さい変化?」
「ああ」
「誤差じゃないの?」
「一度ならな」
ジェームズは次のログを開く。
二十パーセント。
同じ箇所。
同じ形の上昇。
さらに二十五パーセント。
今度は、少しだけ大きい。
「出力を上げるたびに、同じ場所が跳ねてる」
シャオメイが別の記録を重ねる。
「機体後部の姿勢補正と、発生時刻が一致しています。リュウジさんが感じた違和感と、同じタイミングです」
ペルシアの表情から、完全に軽さが消えた。
「どういうこと?」
ジェームズは粉塵帯通過後の損傷記録を開く。
船体外壁には、無数の細かな傷が記録されていた。
全て補修済み。
検査済み。
正常判定。
「粉塵帯で、船の外壁が傷ついてるんだろ」
「それは修復されてる」
「表面はな」
ジェームズは推進器周辺の構造図を拡大する。
「粉塵や隕石が外壁に当たれば、衝撃は内側へ逃げる。外壁だけ直しても、推進器の固定部か、支持材が僅かに歪んでる可能性がある」
連盟の技術担当者が言う。
「構造検査では異常は検出されていません」
「停止状態で検査したんだろ」
「はい」
「なら出ない」
ジェームズは言い切った。
「止まっている時は形を保てる。推進力がかかった時だけ、傷んだ部分が開く。出力を落とせば戻る。だから通常検査では正常に見える」
ペルシアは、推進波形と船体構造図を交互に見た。
「リュウジが推進出力を十パーセントに落としてるのは?」
「正解だ」
ジェームズは即答した。
「十パーセントなら、歪んだ部分へかかる負荷が小さい。今は耐えてる。十五を超えた辺りから負荷が跳ねてる。二十五では、さらに大きい。三十以上にしたら?」
ジェームズは画面から目を離し、ペルシアを見る。
「推進が止まる」
指令室が静まり返った。
「止まる?」
「ああ」
「固定部がずれて、推進軸が外れる可能性がある。燃料供給管が引っ張られるかもしれない。最悪なら、推進器そのものを切り離すことになる」
ペルシアの手が僅かに握られる。
「爆発は?」
「可能性は低い」
「ないとは言わないのね」
「言えるわけがない」
ジェームズは通信へ向き直る。
「リュウジ」
『聞いている』
「推進出力は十パーセントから上げるな」
『分かった』
「姿勢補正も最小限」
『ああ』
「後部から異音は?」
『音としては拾っていない』
「振動は?」
少し間がある。
『十五パーセントまで上げた時、一度だけ操縦席へ返った』
ジェームズの表情が険しくなる。
「それを先に言え」
『ログには出ていなかった』
「お前の身体が拾ってる」
リュウジは黙った。
「操縦席まで返る振動は、推進器の中だけで終わってない。船体構造を伝ってる。十パーセントを維持しろ。これ以上、出力を上げたら推進が止まる」
『了解』
ペルシアは、画面に表示された調査船の位置を見る。
未探索領域。
護衛艦なし。
推進出力、十パーセント。
通常検査では見つからない構造損傷。
それでも、調査本部は運航継続を命じている。
「了解」
ペルシアは短く答えた。
ジェームズの判断を受け入れる言葉。
同時に、自分の中へ状況を刻む言葉だった。
「リュウジ」
『何だ』
「そのまま十パーセントを維持して」
『ああ』
「連盟から出力を上げろと言われても、上げないで」
指令室の中が僅かにざわつく。
リュウジは少し黙った。
『命令されたら?』
その声に、先ほどと同じ刺が戻った。
ペルシアは、その問いの奥にあるものを聞いた。
すでに何かを命じられた。
異議を出した。
それでも却下された。
だから確認している。
命令されたら、自分の判断を捨てなければならないのか。
ペルシアは迷わなかった。
「上げないで」
はっきりと言う。
「推進を失ったら、調査も命令も関係ない。何か言われたら、私が説明する」
連盟の担当者が口を開く。
「ペルシア統括官、それは宇宙管理局の権限を――」
ペルシアは振り返らない。
「推進が止まるって、今説明されたでしょう」
「しかし、航行に関する最終判断は調査本部が――」
「なら、調査本部の責任者をここへ呼んで、止まった調査船を、どうやって帰すのか聞くから」
誰も答えなかった。
通信の向こうで、リュウジの呼吸が聞こえる。
『分かった』
少しだけ柔らかい声。
『十パーセントを維持する』
「そうして」
ペルシアは答えた。
そして、声へほんの少しだけ普段の軽さを戻す。
「リュウジ」
『何だ』
「私が切るまで、通信を切らないでよ」
『作業がある』
「繋いだままでもできるでしょ」
『邪魔だ』
「ひどい」
短い沈黙。
『……切るな』
聞き逃しそうなほど、小さな声だった。
ペルシアは僅かに目を伏せる。
「了解」
今度の了解は、機体状況への返答だけではなかった。
リュウジが、自分の想像以上に追い詰められている。
最初の声を聞いた時に感じた違和感が、確信へ変わっていた。
壊れかけているのは、推進系統だけではない。
調査船の中で、別の何かも限界へ近づいている。
ペルシアは通信を維持したまま、連盟の担当者へ向き直った。
「さて」
いつもの軽い口調。
だが、その目には鋭い光があった。
「機体の話は分かった。次は、人の話を聞かせてもらうわ」
誰が、護衛艦二隻を失った調査船へ継続を命じたのか。
なぜ、リュウジの異議は却下されたのか。
なぜ、宇宙管理局への連絡が一か月も遅れたのか。
そして。
通信の向こうにいるリュウジから、あの刺々しい声を引き出したものは何なのか。
一か月遅れて。
ようやく、ペルシアの手がリュウジの異常へ届き始めていた。