サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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八時間の合流路

 

調査船が帰還航路へ入ってから、十日が経った。

 

推進出力は、依然として十パーセント。

 

推進器後部の構造負荷は、ジェームズの予測した範囲内に収まっている。

 

だが、それは損傷が回復したという意味ではない。

 

出力を抑え。

 

急激な姿勢変更を避け。

 

負荷が上昇するたびに航行を止める。

 

そうした慎重な操縦によって、辛うじて悪化を防いでいるだけだった。

 

調査船は現在も、北部未探索領域の内部にいる。

 

第三セーシング領域までの距離は、以前より確実に縮まっていた。

 

それでも。

 

救助船、医療船、技術支援船、補給船が待機する第三セーシングポイントまでは、まだ遠い。

 

救援船団側から見ても、調査船は粉塵帯の向こうにいた。

 

その間。

 

宇宙管理局の警戒体制は、一度も解除されていない。

 

フレイは救援船団全体の勤務交代と補給を管理し。

 

イーナは人員配置と資機材の不足を確認する。

 

リリアは宇宙警察の巡視艦二隻との連携を続け。

 

ナミとマリは、通信遅延と調査船の推進音を監視していた。

 

シャオメイは連盟指令室と宇宙管理局のオペレーションルームを同期させ。

 

ジェームズは調査船の機体負荷から目を離さない。

 

グレートフォックスは、第三セーシングポイントで救援船団と共に待機している。

 

その格納庫では、フォックス、ファルコ、スリッピー、クリスタルが、いつでもアーウィンで発進できる状態を維持していた。

 

そして。

 

調査船よりも先に未探索領域を離脱した護衛艦二隻が、ようやく第三セーシング領域の外縁へ戻ってきた。

 

二隻とも、無事とは言い難い姿だった。

 

外装には粉塵や小隕石による無数の損傷。

 

冷却系統の一部は能力が低下。

 

推進出力も、通常時の半分以下まで落ちている。

 

それでも。

 

乗員を失うことなく、二隻は戻ってきた。

 

連盟指令室の大型画面に、護衛艦二隻の位置が表示される。

 

第一護衛艦から通信が入る。

 

「こちら第一護衛艦。第二護衛艦と共に第三セーシング領域へ到達しました。乗員に重大な負傷者はいません」

 

ペルシアは大きく息を吐くことなく、すぐに問い返した。

 

「よく戻ったわね。機体状態を報告して」

 

「第一護衛艦は主推進出力四十六パーセント。第二護衛艦は三十九パーセントです。両艦とも長時間の高出力航行は困難です」

 

ジェームズが送信された機体記録を開く。

 

推進軸。

 

支持材。

 

冷却系統。

 

船体外装。

 

一つずつ数値を確認していく。

 

「第一護衛艦は右側支持部が歪んでる。第二は冷却器が落ちかけてる。無理に速度を出せば、どちらかが止まる」

 

ペルシアは護衛艦の艦長へ伝えた。

 

「聞こえたわね。二隻とも第三セーシングポイントへ向かって。まず補給と応急修理を受けて」

 

第一護衛艦の艦長はすぐには答えなかった。

 

「統括官、我々は調査船の護衛として派遣されました。可能であれば、応急修理後に再び調査船との合流へ向かいたいと考えています」

 

ペルシアは調査船と護衛艦二隻の位置を見比べた。

 

調査船はまだ、第三セーシング領域へ到達していない。

 

帰還経路上には、不安定な宙域が残っている。

 

護衛艦が一隻もない状態で、損傷した調査船をそのまま進ませることにも不安がある。

 

「気持ちは分かる。でも、その船で無理をさせるつもりはない。修理結果を見てから決める」

 

「了解しました」

 

護衛艦二隻が第三セーシングポイントへ進路を取った、その直後だった。

 

ナミが監視画面を見ながら顔を上げる。

 

「統括官、護衛艦二隻と第三セーシングポイントの間に高密度粒子反応を確認しました」

 

ペルシアが振り向く。

 

「粉塵帯?」

 

マリが観測範囲を拡大する。

 

「はい。周辺天体の重力変動により、帯の一部が移動しています。護衛艦二隻の最短航路を横切る形です」

 

大型画面へ、新しい粉塵帯の位置が表示される。

 

第三セーシングポイント。

 

そこへ向かう護衛艦二隻。

 

両者の間に、濃い赤色の粒子群が伸びている。

 

ファルコがグレートフォックスから画面を見て声を上げる。

 

「帰ってきた途端、また粉塵帯かよ」

 

クリスタルが静かに言う。

 

「さっきまで、その位置にはなかったわ」

 

スリッピーも観測値を確認する。

 

「粒子の密度は、調査船が最初に入った場所より低い。でも、今の護衛艦で入るのは危険だよ」

 

ジェームズは護衛艦の機体状態と粉塵密度を重ねる。

 

「突破は無理だ」

 

ペルシアが尋ねる。

 

「通常出力の半分近く残っていても?」

 

「外装だけの問題じゃない。第一護衛艦は支持材が傷んでる。第二は冷却能力が落ちてる。粉塵帯の中で出力調整を繰り返せば、どちらかが止まる」

 

第一護衛艦の艦長が答える。

 

「低速であれば突破できる可能性はあります」

 

ジェームズは即座に否定した。

 

「低速なら粉塵へ晒される時間が延びる。今の船体じゃ、その方が危険だ」

 

ペルシアは迷わなかった。

 

「粉塵帯には入らないで。迂回路を取って」

 

第一護衛艦の艦長が航路を確認する。

 

「迂回した場合、第三セーシングポイントまで約十六時間です」

 

「十六時間……」

 

ペルシアは二隻の推進状況を見る。

 

現在の機体状態で。

 

粉塵帯を大きく避け。

 

十六時間航行する。

 

速度を上げれば、推進器への負荷が増える。

 

速度を抑えれば、時間が延びる。

 

いずれにしても。

 

傷ついた護衛艦へ長時間の航行を強いることになる。

 

ジェームズが険しい表情で言う。

 

「十六時間そのまま進ませたら、第一の支持部か第二の冷却器が先に持たなくなる可能性がある」

 

ペルシアは航路図を見つめる。

 

護衛艦二隻は、調査船へ再合流するためにも必要だった。

 

だが、今は第三セーシングポイントへ戻ることさえ難しい。

 

救助船や技術支援船を護衛艦の方へ向かわせても、同じ迂回路を十六時間進む必要がある。

 

大型船では、時間を短縮できない。

 

その時。

 

ペルシアの視線が、グレートフォックスの格納庫に並ぶ四機のアーウィンへ向いた。

 

小型。

 

高速。

 

高い機動性。

 

粉塵帯そのものへ入るわけではなく、迂回路を通るなら。

 

大型船より早く護衛艦へ到達できる。

 

ペルシアはスターフォックスとの通信を開いた。

 

「ファルコ」

 

ファルコがすぐに答える。

 

「何だ?」

 

「アーウィンで迂回路を通って、護衛艦二隻まで行くなら何時間?」

 

ファルコは航路図を確認した。

 

距離。

 

粒子密度。

 

牽引装備による速度低下。

 

燃料。

 

四機の機体状態。

 

短い計算の後、答える。

 

「グラップリング装置を積んだ状態なら、十二時間ってところか」

 

ペルシアは護衛艦二隻の位置を見る。

 

「十二時間」

 

スリッピーが補足する。

 

「護衛艦まで行くだけなら燃料も足りるよ。牽引を始めた後は護衛艦側の速度も使えるし、第三セーシングポイントへ戻ればすぐに補給できる」

 

ペルシアの目が鋭くなる。

 

「よし。それなら行ける」

 

連盟の航路担当職員が驚いたように尋ねる。

 

「アーウィン四機で、護衛艦二隻を牽引するのですか?」

 

ペルシアは航路図へ新しい計画を表示する。

 

「護衛艦を完全に停止させて引っ張るわけじゃない。二隻は自力航行を続ける」

 

ジェームズも意図を理解し、護衛艦の出力値を修正する。

 

「アーウィンで推進力を補えば、護衛艦側の出力を落とせる。支持部と冷却器の負担を減らしながら速度を維持できる」

 

ペルシアは続ける。

 

「アーウィンが護衛艦まで十二時間。そこから牽引補助を開始」

 

「護衛艦二隻も、今すぐ迂回路を低速で進んで」

 

第一護衛艦の艦長が確認する。

 

「我々も、アーウィンとの合流地点へ向かうということですか?」

 

「そうよ。止まって待たないで」

 

「機体を壊さない範囲で進んで」

 

「アーウィンも護衛艦へ向かう」

 

「両側から動けば、合流まで十二時間もかからない」

 

航路担当職員が再計算する。

 

護衛艦二隻の低速航行。

 

アーウィン四機の高速航行。

 

互いの接近速度。

 

新たな合流地点が表示された。

 

「合流予測、約八時間です」

 

連盟職員達が一斉に画面を見る。

 

「八時間……」

 

「当初の十六時間から半分です」

 

「速い……」

 

ペルシアはすぐに答えた。

 

「アーウィンが速いだけじゃない。護衛艦も動くからよ」

 

「動ける船を止めて待たせない」

 

「でも、壊れるほどの出力も出させない」

 

「それぞれが出せる力を合わせる」

 

ファルコが通信越しに笑う。

 

「簡単に言ってくれるな」

 

ペルシアはファルコを見る。

 

「できない?」

 

「誰に言ってんだ。やるに決まってるだろ」

 

「なら準備して」

 

フォックスが口を開く。

 

「四機で二隻を担当するなら、二機ずつ分かれる」

 

ジェームズが機体状態を確認する。

 

「第一護衛艦の方が構造損傷が大きい。牽引力の調整が細かくなる」

 

スリッピーが言う。

 

「フォックスと僕が第一護衛艦。ファルコとクリスタルが第二護衛艦でいいと思う」

 

ファルコが不満そうに返す。

 

「何で俺が第二なんだよ」

 

スリッピーは真面目に答えた。

 

「第一護衛艦は支持部に損傷があるから、細かい出力調整が必要なんだ。フォックスが先頭で、僕が固定点を監視する方がいい」

 

クリスタルが穏やかに言う。

 

「第二護衛艦も冷却系統が傷んでいるわ。簡単な方という意味ではないわよ」

 

ファルコは短く息を吐いた。

 

「分かったよ」

 

ペルシアはグレートフォックスへ視線を向ける。

 

「グレートフォックスは動かさないで」

 

フォックスが確認する。

 

「ナウスに任せて、第三セーシングポイントで待機させるのか」

 

「ええ」

 

「救助船団の通信中継拠点として残す」

 

「グレートフォックスまで迂回路へ出したら、第三セーシングポイントの管制と長距離通信が弱くなる」

 

ナウスが答える。

 

「了解しました。グレートフォックスは第三セーシングポイントで待機し、アーウィン四機、護衛艦二隻及び救援船団の通信を中継します」

 

ペルシアは続ける。

 

「ナウス、アーウィンの位置と燃料を常時監視して」

 

「護衛艦との合流前に帰還限界へ近づいたら、すぐに報告」

 

「承知しました」

 

「救助船と補給船も発進準備を維持して」

 

「アーウィンか護衛艦に問題が出たら、迂回路へ出す」

 

「各船へ共有します」

 

ペルシアはスターフォックスの四人を見る。

 

「フォックス」

 

「何だ」

 

「護衛艦の機体を無理に引っ張らないで」

 

「ジェームズの指示に従う」

 

「ああ」

 

「ファルコ」

 

「分かってる。勝手に出力を上げるな、だろ」

 

「よく分かってるじゃない」

 

「何回言われたと思ってる」

 

「クリスタル」

 

「二機と二隻の状態を確認するわ」

 

「操縦者の疲労も見て」

 

「ええ」

 

「スリッピー」

 

「グラップリング装置の状態は問題ないよ」

 

「現地で少しでも怪しいと思ったら使わないで」

 

「分かった」

 

ペルシアは四人を見渡した。

 

「頼むわよ」

 

フォックスが短く答える。

 

「任せろ」

 

ファルコが続く。

 

「八時間より早く着いてやる」

 

クリスタルがすぐに釘を刺す。

 

「速さを競う任務ではないわ」

 

スリッピーも言う。

 

「燃料と牽引装置の負荷を優先しよう」

 

ファルコが呆れたように返す。

 

「分かってるって」

 

四機のアーウィンが、グレートフォックスの格納庫から順に発進する。

 

先頭はフォックス。

 

右後方にファルコ。

 

左後方にクリスタル。

 

中央後方にスリッピー。

 

四機は粉塵帯を大きく避ける迂回路へ入り、急速に加速していく。

 

グレートフォックスは第三セーシングポイントへ残った。

 

ナウスが四機の航路と救援船団を管理する。

 

連盟職員達は、画面上を高速で移動する四つの光点を見つめていた。

 

大型艦では十六時間。

 

だが。

 

アーウィンと護衛艦が両側から接近すれば、八時間。

 

宇宙連邦連盟の職員が小さく呟く。

 

「スターフォックスは、これほど速いのか……」

 

ペルシアは画面を見たまま答える。

 

「速いだけじゃない」

 

「状況が変わった時、自分達で考えて動ける」

 

「だから行かせるのよ」

 

 

アーウィン四機が発進してから、七時間五十二分。

 

フォックスが前方に二つの船影を確認した。

 

「護衛艦二隻を確認した」

 

第一護衛艦から通信が返る。

 

「こちら第一護衛艦。アーウィン四機を確認しました」

 

第二護衛艦も続く。

 

「第二護衛艦、通信良好です」

 

ファルコが二隻の周囲を旋回しながら、外装の損傷を確認する。

 

「本当にボロボロじゃねぇか」

 

クリスタルが静かに注意する。

 

「聞こえているわよ」

 

第二護衛艦の艦長が苦笑を交えず答える。

 

「事実です」

 

スリッピーは第一護衛艦の右側へ回り込み、推進器周辺を観測する。

 

「ジェームズ、第一護衛艦の支持部を映すよ」

 

連盟指令室でジェームズが映像を拡大する。

 

「もう少し後ろ」

 

スリッピーが機体位置を調整する。

 

「ここ?」

 

「そこだ」

 

外部映像には。

 

右側推進器を支える構造部に、僅かな歪みが見える。

 

推進出力が上がるたび、接合部が振動していた。

 

ジェームズが低く言う。

 

「出力をこれ以上上げたら開く」

 

ペルシアが確認する。

 

「牽引すれば、出力をどこまで落とせる?」

 

ジェームズはアーウィン二機の推進力と、護衛艦の質量を計算する。

 

「第一護衛艦は現在三十二パーセントで航行中。フォックスとスリッピーが補助すれば、二十四まで落とせる」

 

「速度は?」

 

「今とほぼ同じで維持できる」

 

「第二護衛艦は?」

 

「ファルコとクリスタルの補助で、二十八から二十一まで下げられる」

 

ペルシアは即座に命じる。

 

「その設定でグラップリング作業を開始して」

 

ジェームズが補足する。

 

「一度に二隻とも始めるな。第一護衛艦からだ」

 

フォックスが第一護衛艦の船首右側へ移動する。

 

スリッピーは船首左側。

 

二機の下部からグラップリング装置が展開される。

 

高強度ワイヤー。

 

磁気固定具。

 

牽引時の衝撃を吸収する緩衝装置。

 

ジェームズが接続位置を指定する。

 

「船首側の主構造材へ付けろ。外装板には付けるな」

 

スリッピーが映像を拡大する。

 

「右側はここでいい?」

 

「もう一つ内側」

 

「ここ?」

 

「そこだ」

 

フォックスが先に答える。

 

「接続する」

 

グラップリング装置が射出される。

 

ワイヤーが伸び。

 

第一護衛艦の船首右側へ固定される。

 

接続表示が緑へ変わった。

 

スリッピーも左側から射出する。

 

磁気固定。

 

補助爪展開。

 

ワイヤー張力、正常。

 

「左右とも固定できたよ」

 

ジェームズは張力値を確認する。

 

「まだ引くな。第一護衛艦、推進出力を三十へ」

 

第一護衛艦の艦長が答える。

 

「三十パーセントへ低下します」

 

推進器の光が僅かに弱まる。

 

「フォックス、スリッピー。牽引出力一パーセント」

 

フォックスが応じる。

 

「開始する」

 

二機が同時に推力を出す。

 

ワイヤーがゆっくりと張る。

 

第一護衛艦の船首が僅かに揺れる。

 

スリッピーがすぐに言う。

 

「右の張力が強い」

 

フォックスが出力を微調整する。

 

「〇・二落とす」

 

船体の揺れが収まる。

 

ジェームズが指示する。

 

「第一護衛艦、二十八へ」

 

「二十八パーセント」

 

「アーウィン、牽引出力を〇・五上げろ」

 

二機の推力が増える。

 

護衛艦の速度は変わらない。

 

だが、護衛艦自身の推進出力だけが下がっていく。

 

「二十六」

 

「二十六パーセント」

 

「最後、二十四」

 

第一護衛艦の推進出力が二十四パーセントまで落ちる。

 

支持部の振動が、明らかに小さくなった。

 

ジェームズが言う。

 

「安定した」

 

スリッピーも確認する。

 

「固定点も問題ない」

 

ペルシアは次に第二護衛艦へ指示する。

 

「ファルコ、クリスタル。始めて」

 

ファルコが船首左側。

 

クリスタルが船首右側へ位置を取る。

 

ジェームズが接続位置を指定する。

 

「第二護衛艦は冷却系統が弱い。推進器の熱をアーウィンへ当てるな。船首から少し外側へ開け」

 

クリスタルが機体を調整する。

 

「この位置なら大丈夫?」

 

「いい」

 

ファルコがグラップリング装置を構える。

 

「接続するぜ」

 

二本のワイヤーが第二護衛艦へ伸びる。

 

固定。

 

張力確認。

 

ファルコが少し強めに引いた瞬間。

 

第二護衛艦の船首が左へ揺れた。

 

ジェームズが鋭く言う。

 

「ファルコ、出力を落とせ」

 

ファルコはすぐに応じる。

 

「分かったよ」

 

クリスタルが穏やかに言う。

 

「最初からジェームズの指定どおりにして」

 

「誤差だ」

 

「大型艦を牽引する時に、その言葉は使わない方がいいわ」

 

ファルコは返事をせず、出力を正確に合わせた。

 

第二護衛艦の推進出力が二十八パーセントから。

 

二十五。

 

二十三。

 

二十一へ落ちる。

 

それでも航行速度は維持された。

 

冷却系統の温度上昇も緩やかになる。

 

ジェームズが二隻の数値を並べる。

 

「両方安定した」

 

ペルシアが護衛艦二隻へ告げる。

 

「このまま第三セーシングポイントへ向かって」

 

「アーウィンの牽引はあくまで推進補助」

 

「護衛艦側で急な姿勢変更をしないで」

 

第一護衛艦の艦長が答える。

 

「了解しました」

 

第二護衛艦も続く。

 

「牽引状態を維持します」

 

四機のアーウィンは、二機ずつ護衛艦の前方へ位置を取る。

 

フォックスとスリッピーが第一護衛艦。

 

ファルコとクリスタルが第二護衛艦。

 

二隻を完全に引くのではない。

 

傷ついた推進器の代わりに。

 

必要な力の一部を受け持つ。

 

それだけで。

 

護衛艦二隻は、機体を壊す危険を抑えながら航行を続けられる。

 

ペルシアは第三セーシングポイントまでの到着予測を確認する。

 

「到着まで?」

 

シャオメイが答える。

 

「現在の速度で約七時間四十分です」

 

「当初の迂回予測は十六時間」

 

連盟職員の一人が感嘆を隠せず言う。

 

「半分以下です」

 

ペルシアは短く頷いた。

 

「二隻が戻ったら、応急修理を最優先」

 

「その後、調査船との合流計画へ移る」

 

調査船は、まだ第三セーシング領域へ来ていない。

 

粉塵帯の向こう側で。

 

十パーセントの推進力を維持しながら。

 

一人の操縦士が帰還航路を進んでいる。

 

護衛艦二隻を先に立て直し。

 

救援船団へ合流させる。

 

それから。

 

改めて調査船を迎えに行く。

 

今の牽引作業は、そのための第一段階だった。

 

 

護衛艦二隻へのグラップリング作業が完了し。

 

牽引状態が安定した後。

 

ペルシアは調査船との個別通信を開いた。

 

調査隊全体へ流れる共有回線ではない。

 

操縦席にいるリュウジへ直接繋がる回線。

 

「リュウジ」

 

少し遅れて返事が届く。

 

「聞こえてる」

 

その声を聞いた瞬間。

 

ペルシアの表情が変わった。

 

疲れている。

 

帰還を開始した直後から、声に疲労はあった。

 

だが今は、それ以上だった。

 

言葉が遅いわけではない。

 

報告も正確。

 

発音も乱れていない。

 

それでも。

 

声の奥に、力が残っていない。

 

感情を押し殺しているというより。

 

感情を出すための余力さえ失い始めている。

 

ペルシアは護衛艦の報告を簡潔に伝える。

 

「護衛艦二隻はアーウィンと合流した。今、第三セーシングポイントへ戻ってる」

 

「そうか」

 

「グラップリングも安定」

 

「二隻とも推進出力を下げた状態で速度を維持できてる」

 

「了解」

 

「調査船を迎えに行くための船は、これで揃う」

 

「まだ修理が必要だ」

 

「分かってる。でも戻せる」

 

リュウジは短く答える。

 

「そうか」

 

同じ言葉。

 

抑揚もほとんどない。

 

ペルシアは眉を寄せた。

 

「リュウジ」

 

「何だ」

 

「今、何時間起きてる?」

 

返答が少し遅れた。

 

「分からない」

 

その答えだけで。

 

ペルシアは確信した。

 

「分からないって何?」

 

「途中で少し寝た」

 

「少しって?」

 

「二時間くらい」

 

「いつ?」

 

「昨日」

 

「昨日のいつ?」

 

「覚えてない」

 

ペルシアは思わず目を閉じた。

 

声の疲れ方だけではない。

 

時間感覚まで曖昧になっている。

 

「セレナは近くにいる?」

 

「後ろにいる」

 

ペルシアは通信を共有する。

 

「セレナ、聞こえる?」

 

操縦席後方からセレナが答える。

 

「聞こえています」

 

「リュウジの状態は?」

 

「強い睡眠不足があります。集中力も低下しています」

 

リュウジが遮る。

 

「操縦に問題はない」

 

ペルシアは即座に言い返した。

 

「その判断を、今のあなたにさせるつもりはない」

 

「機体は安定してる」

 

「だから休めるでしょう」

 

「まだ第三セーシング領域に入ってない」

 

「分かってる」

 

「進路上の粉塵密度も変わる可能性がある」

 

「ナミとマリが見てる」

 

「機体負荷は?」

 

「ジェームズが見てる」

 

「通信は?」

 

「シャオメイが繋いでる」

 

「航路判断は俺がする」

 

「必要な時に起こす」

 

「最初から起きていた方が早い」

 

ペルシアの声が強くなる。

 

「早くても、間違えたら意味がない!」

 

通信の向こうでリュウジが黙る。

 

ペルシアは一度息を整えた。

 

怒鳴りたいわけではない。

 

だが。

 

このまま放っておけば、リュウジは第三セーシング領域へ到達するまで操縦席を離れない。

 

護衛艦が合流しても。

 

救助船が来ても。

 

自分で全てを確認し続ける。

 

「少し休んで」

 

ペルシアは今度は低い声で言った。

 

「今は無理だ」

 

「どうして?」

 

「まだ合流してない」

 

「護衛艦の話?」

 

「ああ」

 

「護衛艦はスターフォックスが見てる」

 

「調査船の護衛に戻れる状態か確認が必要だ」

 

「それはジェームズとスリッピーが判断する」

 

「最終的には俺も見る」

 

「何でも自分で見ないと気が済まないの?」

 

リュウジは答えない。

 

ペルシアは、声を僅かに柔らかくする。

 

「リュウジ」

 

「何だ」

 

「声が限界よ」

 

「声だけで判断するな」

 

「誰に言ってるの?」

 

ペルシアは静かに返した。

 

「私は声で相手の状態を読むのが仕事だったの」

 

「今のあなたの声が普通かどうかくらい分かる」

 

リュウジの返答が止まる。

 

ペルシアは続ける。

 

「怒ってる時の声でもない」

 

「機嫌が悪い時の声でもない」

 

「誰かを拒絶してる声でもない」

 

「疲れ切ってる」

 

「言葉を出すことまで面倒になってる」

 

「違う?」

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

リュウジが小さく答える。

 

「少し疲れてる」

 

ペルシアは呆れたように息を吐いた。

 

「それを少しとは言わない」

 

「操縦はできる」

 

「できるかどうかの話じゃない」

 

「今はできても、次の判断で遅れるかもしれない」

 

「出力を一つ間違えるかもしれない」

 

「航路の変化を見落とすかもしれない」

 

「あなたがずっと言ってきたでしょう。小さな違和感を無視するなって」

 

リュウジは何も返さなかった。

 

ペルシアは畳みかけるのをやめる。

 

代わりに。

 

逃げ道を用意する。

 

「一時間だけでいい」

 

「操縦席を離れなくてもいい」

 

「座席を倒して、目を閉じて」

 

「操縦権限は一時的にソフィアとノアへ移す」

 

「無理だ」

 

「じゃあ自動航行」

 

「完全には任せられない」

 

「フォックスは今、護衛艦を牽引してる。でもナウスと宇宙管理局が航路を見てる」

 

「ジェームズも機体を監視してる」

 

「異常があれば起こす」

 

「通信が切れても?」

 

「起こす」

 

「粒子密度が上がっても?」

 

「起こす」

 

「推進負荷が変わっても?」

 

「起こす」

 

「本当に?」

 

ペルシアの表情が僅かに痛む。

 

リュウジは。

 

休むことが嫌なのではない。

 

眠ることが怖いのだ。

 

自分が目を閉じている間に。

 

また誰かが判断を誤ることが。

 

自分が起きた時には、取り返しがつかなくなっていることが。

 

「本当に起こす」

 

ペルシアははっきりと答えた。

 

「私が約束する」

 

リュウジはしばらく黙った。

 

「一時間だけだ」

 

ペルシアは小さく息を吐く。

 

「ええ。一時間」

 

「それ以上は寝ない」

 

「起きられなかったら?」

 

「起こせ」

 

「状態が良ければ、もう少し寝かせる」

 

「話が違う」

 

「今は一時間ってことでいいわ」

 

「曖昧だ」

 

「疲れてるくせに、そういうところだけ細かいわね」

 

ほんの僅かに。

 

通信の向こうから、リュウジが息を吐く音が聞こえた。

 

笑ったわけではない。

 

だが。

 

先ほどまでより、少しだけ硬さが緩んだ。

 

ペルシアはセレナへ言う。

 

「座席を倒してあげて」

 

「分かりました」

 

「操縦権限は?」

 

リュウジがすぐに尋ねる。

 

「自動航行へ移します。ソフィアとノアが監視し、異常時にはすぐに戻します」

 

「勝手に航路を変えるな」

 

ペルシアが答える。

 

「変えない」

 

「出力も?」

 

「ジェームズの許可なしでは変えない」

 

「何かあったら」

 

「絶対に起こす」

 

リュウジはまだ画面を見ていた。

 

ペルシアは低く言う。

 

「目を閉じて」

 

「まだ確認が」

 

「護衛艦は戻ってる途中」

 

「アーウィンも無事」

 

「グレートフォックスは待機中」

 

「調査船の機体負荷も安定」

 

「今すぐあなたが判断することはない」

 

リュウジはようやく、ゆっくりと目を閉じた。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「護衛艦が戻ったら教えてくれ」

 

「分かった」

 

「修理結果も」

 

「起きてからね」

 

「すぐに教えろ」

 

「はいはい」

 

「軽く返すな」

 

「安心して寝なさいって言ってるの」

 

通信の向こうから返事がなくなる。

 

数分後。

 

セレナが声を落として報告する。

 

「眠りました」

 

ペルシアは画面に映るリュウジを見る。

 

眉間には、まだ僅かに力が入っている。

 

深い眠りではない。

 

いつ警報が鳴っても起きようとしている。

 

それでも。

 

眠っている。

 

ペルシアは小さく言った。

 

「一時間は起こさないで」

 

ジェームズが機体ログを見たまま返す。

 

「重大な変化がなければな」

 

「それでいい」

 

シャオメイも答える。

 

「通信状態を維持します」

 

ナミとマリからも、監視継続の報告が入る。

 

その頃。

 

迂回路では。

 

四機のアーウィンが、傷ついた護衛艦二隻を前方から支えながら進んでいた。

 

その先には。

 

グレートフォックス。

 

救助船。

 

医療船。

 

技術支援船。

 

補給船。

 

そして。

 

宇宙管理局が作り上げた帰還拠点がある。

 

調査船はまだ、その場所へ来ていない。

 

だが。

 

まず護衛艦を戻す。

 

傷ついた二隻を直す。

 

それから。

 

今度こそ。

 

リュウジ達の調査船を迎えに行く。

 

救援は。

 

一つずつ。

 

確実に進んでいた。

 

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