護衛艦二隻の救助には、ほぼ一日を費やした。
当初の予測では。
アーウィン四機との合流まで八時間。
そこから牽引補助を受けながら第三セーシングポイントへ戻るまで、七時間余り。
合計でも十六時間以内。
そう見込まれていた。
だが、実際にはそうならなかった。
第一護衛艦の支持部は、外部映像で確認した以上に歪んでいた。
アーウィンが推進力を補助している間は安定していたが、航路変更を行うたびに張力の偏りが発生する。
その度に。
フォックスとスリッピーが牽引出力を調整し。
ジェームズが支持部の負荷を確認し。
護衛艦側が推進出力を落とす。
数値が安定するまで待ち。
それから再び航行する。
第二護衛艦も同じだった。
冷却系統の能力低下が、予想より早く進んだ。
推進出力を二十一パーセントまで落としても。
長時間航行によって、冷却材温度が少しずつ上がっていく。
数時間ごとに航行を止め。
予備冷却装置へ切り替え。
温度が下がるまで待機する必要があった。
ファルコは何度も先を急ごうとした。
その度にクリスタルが止め。
ジェームズが数字を突きつけ。
ペルシアが速度を落とすよう命じた。
救助のために出た船を。
さらに壊すわけにはいかなかった。
予定より大幅に遅れて。
護衛艦二隻とアーウィン四機が第三セーシングポイントへ到着した時。
宇宙管理局の警戒体制発令から、すでに十一日が経過していた。
大型画面に。
護衛艦二隻。
アーウィン四機。
グレートフォックス。
救助船。
医療船。
技術支援船。
補給船。
宇宙警察の巡視艦二隻。
全ての船影が表示される。
ようやく。
救援側の船が揃った。
だが。
喜んでいる時間はなかった。
第一護衛艦は、支持部の応急補強が必要。
第二護衛艦は、冷却材交換と冷却器の再調整が必要。
アーウィン四機も。
長時間の高速航行と牽引作業によって、燃料を大きく消耗している。
フォックス機、残燃料二十一パーセント。
ファルコ機、十九パーセント。
クリスタル機、二十三パーセント。
スリッピー機、二十パーセント。
全機。
すぐに再出動できる状態ではない。
第三セーシングポイントへ戻った瞬間から。
補給班。
整備班。
技術支援船。
グレートフォックスの作業用アーム。
全てが動き始めていた。
アーウィンへの燃料供給。
グラップリング装置の点検。
牽引ワイヤーの交換。
護衛艦への外部補強。
冷却系統の修復。
最短で進めても。
護衛艦二隻を再び未探索領域へ向かわせるには、最低六時間。
アーウィン四機は、燃料供給だけなら二時間。
牽引装置と機体の点検を含めれば三時間以上。
ペルシアは連盟指令室の中央画面を見つめていた。
第三セーシングポイント。
そこに集結した救援船団。
そして。
まだ第三セーシング領域へ到達していない調査船。
調査船の前方には。
動き続ける粉塵帯があった。
粒子密度は。
一時間前より僅かに上がっている。
粉塵帯の外縁も、少しずつ調査船側へ広がっていた。
ナミが監視結果を報告する。
「統括官、粉塵帯の拡大速度が上がっています」
ペルシアは画面から目を離さない。
「調査船との距離は?」
ナミが現在位置と粒子帯の外縁を重ねる。
「現在速度を維持した場合、約四時間十分後に外縁へ到達します」
マリも予測を更新する。
「ただし、粉塵帯の移動速度が現在のまま続いた場合です」
「拡大がさらに進めば、三時間半まで短くなる可能性があります」
ペルシアは救援側の準備状況を見る。
アーウィン四機。
最短三時間。
護衛艦二隻。
最短六時間。
救助船と技術支援船も。
粉塵帯を避けて調査船へ向かうには時間がかかる。
アーウィンだけを先行させれば。
調査船へ到達する前に。
調査船自身が粉塵帯外縁へ入る可能性がある。
フレイが宇宙管理局から報告する。
「統括官、護衛艦二隻の応急修理を三時間以内へ短縮することは困難です」
ペルシアは聞き返す。
「作業を分けても?」
フレイが答える。
「第一護衛艦の外部補強は短縮できません。接合部を固定する前に推進器を使用すれば、補強材そのものが剥離する可能性があります。第二護衛艦は冷却器の交換を省略できますが、その場合は未探索領域への再進入後、連続航行時間が二時間以内に制限されます」
ジェームズが短く言う。
「行かせる意味がない」
ペルシアは腕を組む。
「アーウィンだけ先に出せば?」
スリッピーがグレートフォックスの格納庫から答える。
「燃料だけなら二時間以内に終わるよ。でも、牽引装置を使うならワイヤーを交換した方がいい。護衛艦の牽引で、想定以上に熱が入ってる」
ファルコが言う。
「交換しなくても、一回くらいなら持つだろ」
スリッピーはすぐに否定する。
「一回が何時間になるか分からない。調査船の救助に使うなら、護衛艦より負荷が大きくなる可能性もある」
クリスタルも加える。
「燃料だけ入れて出すのは反対よ。現場へ着いた後で装置が使えなければ、戻るだけになるわ」
ファルコは黙った。
ペルシアは画面を見つめたまま、考える。
時間がない。
だが。
焦って出した救援隊が、現場で何もできなければ意味がない。
護衛艦を不完全な修理で出せば。
また途中で止まる。
アーウィンを不十分な点検で向かわせれば。
調査船へ着いた後に故障するかもしれない。
待つべき。
本来なら。
全てを整えてから出すべきだ。
だが、その間にも。
調査船は粉塵帯へ近づいている。
ペルシアは調査船の現在位置を拡大した。
速度。
推進出力。
機体負荷。
航路。
どれも大きな異常はない。
ジェームズの予測範囲内。
十日間。
リュウジは調査船を壊さずに動かし続けている。
だが。
粉塵帯は。
待ってはくれない。
「統括官」
シャオメイが呼ぶ。
「調査船から優先通信です」
ペルシアの顔が上がる。
「繋いで」
「接続します」
大型画面の一部が切り替わる。
調査船操縦室。
リュウジが操縦席に座っている。
前回の通信よりは、僅かに顔色が戻っていた。
だが。
疲労が消えたわけではない。
目の下に濃い影。
頬にも力がない。
それでも。
操縦席に座っている時のリュウジの目は。
正面の航路をまっすぐ見ていた。
「ペルシア」
「聞こえてる。どうしたの?」
リュウジは一度、前方の航路表示を見る。
「このまま粉塵帯へ入る」
連盟指令室の空気が止まった。
ペルシアは思わず前へ身を乗り出す。
「待って」
リュウジは答えない。
ペルシアは続ける。
「今、スターフォックスの燃料供給と機体点検をしてる。終わり次第、すぐに向かわせる。護衛艦二隻も修理中。六時間以内には出せる」
リュウジは静かに返した。
「六時間は待てない」
ペルシアの声が強くなる。
「待てないじゃない、待って。速度を落として、粉塵帯の移動を見ながら時間を作って」
リュウジは計器を確認する。
「速度を落とせば、粉塵帯に飲まれる」
「進路を変えれば?」
「外縁が広がってる。今から迂回路へ入っても、途中で塞がれる可能性が高い」
マリが航路予測を確認する。
「リュウジさんの予測と一致します」
ペルシアがマリを見る。
「他の迂回路は?」
マリが複数の候補を出す。
「第一候補は九時間増加。第二候補は十四時間。ですが、どちらも粉塵帯の移動が現在の予測から外れた場合、途中で再変更が必要です」
リュウジが続ける。
「迂回に入った後で塞がれたら、推進器が持たない」
ペルシアは言い返す。
「だからスターフォックスが行く。三時間以内に出せる」
「到達まで何時間かかる」
ペルシアは答えられなかった。
今の調査船の位置。
第三セーシングポイントから。
迂回航路。
アーウィンが燃料と装備を積んで発進しても。
到達には十時間前後かかる。
調査船は、それまで粉塵帯の前で待てない。
ペルシアは航路図を見る。
「なら救助船を先に出す」
フレイが静かに答える。
「大型船では間に合いません」
ペルシアは唇を噛む。
分かっている。
分かっていて。
何か他の手段を探している。
リュウジが言う。
「今なら突破できる」
ペルシアは即座に否定する。
「駄目。今の調査船で、もう一度粉塵帯へ入るなんて認めない」
「最初の粉塵帯より密度は低い」
「低くても粉塵帯よ。今の推進器では出力を上げられない」
「上げなくても抜けられる」
ジェームズが機体ログを見ながら言う。
「機体には異常はない」
ペルシアがジェームズを見る。
「本当に?」
「今のところはな」
「支持材の負荷も、安定してる。推進器温度も、正常範囲」
「なら突破できる?」
ジェームズは黙った。
数値だけなら。
現在の調査船に、新たな異常はない。
推進出力十パーセント。
構造負荷。
推進軸。
冷却系統。
いずれも十日間の範囲内に収まっている。
だが。
粉塵帯へ入る。
粒子衝突。
姿勢補正。
出力変動。
船体振動。
今まで抑えていた全ての負荷が、一度にかかる。
ジェームズは答える。
「今のデータだけなら、すぐ壊れる状態ではない」
ペルシアが詰め寄るように聞く。
「できるの?」
「分からない」
「どっちよ」
「粉塵帯の中の負荷は、外から計算しきれない。機体に異常はない。でも、安全とも言えない」
リュウジが静かに言う。
「機体は厳しい」
ジェームズの目が動く。
「何を感じてる」
リュウジは操縦桿へ手を置いたまま答える。
「右後方から、僅かに遅れて返ってくる」
ジェームズが機体図を開く。
「数値には出てない」
「分かってる」
「どの入力だ」
「姿勢補正」
「補助推進器一番を使った時だけ、戻りが遅い」
ジェームズがログを拡大する。
補助推進器一番。
入力。
反応。
姿勢変化。
全て正常範囲内。
数値上の遅延は検出されていない。
「ログにはない」
リュウジは短く答える。
「感覚的に厳しい」
指令室が静まる。
連盟職員の一人が小さく言う。
「感覚だけで、粉塵帯突破の可否を判断するのですか」
ペルシアの目が鋭くなる。
だが。
リュウジはその言葉へ反応しなかった。
ジェームズも、数字だけを見て否定しない。
十日前。
計器に異常が出ない段階で。
リュウジは推進器の違和感を報告した。
その感覚は正しかった。
今回も。
数値には現れていない。
だが。
操縦席にいるリュウジは。
船体の反応が厳しくなっていると感じている。
ペルシアは尋ねる。
「厳しいのに、突破するの?」
リュウジは前方の粉塵帯を見る。
「厳しいから、今行く」
「どういう意味?」
「時間が経てば悪化する」
「機体が?」
「両方。機体も、粉塵帯も」
リュウジは航路表示を操作する。
粉塵帯の密度。
拡大方向。
調査船の進入角度。
出口までの距離。
「今なら外縁の薄い場所を通れる。三時間後には、この区画も密度が上がる。待ってから入る方が危険だ」
ペルシアは声を強める。
「待ってから入れるなんて言ってない。スターフォックスを向かわせる」
「到着する前に、薄い場所が消える」
「なら別の場所から」
「その時には機体が持たない」
「どうしてそう言い切れるの?」
リュウジは少し黙った。
それから。
低い声で答える。
「船が重い」
ペルシアの表情が変わる。
数字ではない。
感覚。
操縦桿。
座席。
反応。
船全体から伝わるもの。
「重いって?」
「姿勢を戻した後、船が止まろうとする。推進器は動いてる。速度も落ちてない。でも、今までより一回ずつ遅い」
ジェームズが聞く。
「支持部がずれてると思うか」
「分からない」
「補助推進器か?」
「それも分からない」
「なら何が厳しい」
リュウジは一度目を閉じる。
操縦してきた十日間。
船体へ伝わる振動。
操縦桿から返る力。
出力を入れた時の動き。
止めた時の余韻。
言葉にしにくいものを。
何とか形にしようとしている。
「船全体」
リュウジは答えた。
「どこか一つじゃない。全体が、少しずつ遅れてる」
ジェームズは黙った。
数値には出ていない。
だが。
複数の小さな劣化が同時に進めば。
個別の異常値にはならないまま。
船全体の応答だけが鈍くなることはある。
それを操縦士が感じ取っている。
「今のうちに抜ける」
リュウジが言う。
「粉塵帯へ入る前に、出力を一度十二まで上げる」
ペルシアが即座に反応する。
「十パーセントを超えるの?」
「短時間だけ」
ジェームズが厳しい声を出す。
「支持材が開く可能性がある」
「分かってる」
「開いたら戻せない」
「開く前に落とす」
「お前の感覚だけで?」
「そうだ」
ジェームズの顔が険しくなる。
「危険だ」
「今残ってる選択肢は全部危険だ」
リュウジの声には。
怒りも苛立ちもなかった。
疲れている。
だが、迷ってはいない。
「迂回して、途中で塞がれる」
「待って、密度が上がる」
「救援を待って、機体が遅くなる。今抜ける。一番戻れる可能性が高いのはこれだ」
ペルシアは画面の前で拳を握った。
認めたくない。
粉塵帯へ入れたくない。
十日前。
あの粉塵帯で。
護衛艦二隻が離脱した。
調査船は壊れ。
隊内の信頼も崩れた。
リュウジは一人で操縦を引き受けた。
もう一度。
同じ場所へ。
今度は傷ついた船で入る。
止めるのが管理局の仕事。
帰すのが自分の仕事。
そう思って。
ここまで体制を作った。
なのに。
今。
リュウジは救援を待たずに行くと言っている。
ペルシアは低い声で言う。
「リュウジ」
「何だ」
「私はあなたを止めるために、権限を取り上げたんじゃない」
「分かってる」
「勝手に危険へ入るために、操縦を任せたわけでもない」
「分かってる」
「なら待って」
リュウジは答えなかった。
ペルシアはさらに言う。
「私は、あなたを帰したい」
「帰るために行く」
「失敗したら?」
「失敗しない」
ペルシアの声が強くなる。
「そんな保証どこにもない!」
「保証はない」
「なら!」
リュウジが静かに遮った。
「ペルシア」
ペルシアは言葉を止める。
「俺に操縦を任せてくれるんだろ?」
その一言が。
指令室の空気を変えた。
ペルシアは答えられなかった。
十日前。
自分が言った。
船をどう動かすか。
どこで止まるか。
戻るか。
進むか。
全てリュウジが決めていい。
本部の期待も。
調査隊の声も。
気にしなくていい。
いつもどおり操縦すればいい。
自分は。
その判断を支持すると言った。
だが。
今。
リュウジの判断は。
ペルシアが最も選んでほしくなかったものだった。
粉塵帯へ入る。
救援を待たない。
傷ついた船で突破する。
操縦を任せるとは。
自分が納得できる判断だけを認めることではない。
現場にいる操縦士が。
自分より多くの情報を。
数字にならない感覚まで含めて持っていると認めること。
その判断が怖くても。
任せること。
ペルシアは唇を噛んだ。
リュウジが続ける。
「信じてくれ」
声は疲れている。
だが。
弱くはなかった。
助けを求める声でもない。
無茶を通そうとする声でもない。
操縦士として。
必要な判断を伝えている声だった。
ペルシアは画面に映るリュウジを見る。
操縦席に座った時の。
あの目。
航路そのものを見ているような目。
数字だけではない。
船体。
粉塵。
時間。
乗員。
全てを同時に見ている。
リュウジは。
一度も自分だけが助かる航路を選ばなかった。
粉塵帯でも。
護衛艦離脱後も。
帰還中も。
全員を生きて帰すために操縦してきた。
今も。
恐怖や焦りで言っているのではない。
自分の船が。
今なら抜けられる。
今を逃せば厳しくなる。
そう判断している。
ペルシアは目を閉じる。
頭の中で。
全ての選択肢を並べた。
待機。
救援待ち。
迂回。
停止。
突破。
どれにも危険がある。
安全な選択肢は。
もうない。
なら。
最も現場を知る者へ任せるしかない。
ペルシアはゆっくりと目を開いた。
「分かった」
指令室の全員がペルシアを見る。
「リュウジを信じる」
連盟職員の一人が驚いたように声を上げる。
「統括官、本当に突破を認めるのですか?」
ペルシアは振り返る。
「認める。でも、リュウジ一人には任せない」
ペルシアの声が、統括官のものへ変わった。
迷いを残さず。
決めた後は。
全員を動かす。
「全員、配置を整えて」
フレイが即座に反応する。
「突破支援体制へ移行します」
ペルシアは次々に指示を出す。
「シャオメイ、調査船との全通信を最優先。通常回線を圧縮。位置、機体ログ、音声の順で必ず残して」
シャオメイが答える。
「承知しました。第三中継と第二中継を同時使用します。片方が切れても、もう一方で位置情報を保持します」
「ナミ、通信断に備えて最終位置の自動記録」
ナミが答える。
「一秒ごとに保存します。通信が切れた場合、推定航路を自動更新します」
「マリ、粉塵密度の変化をリュウジへ直接送って」
「前方だけじゃなく、左右と出口側も」
マリが答える。
「観測範囲を六方向へ拡張します。密度変化は数値と音声の両方で送信します」
「ジェームズ」
ジェームズはすでに機体図を開いている。
「見てる」
「出力十二パーセントを使える時間は?」
ジェームズは構造負荷を再計算する。
「確実に安全と言える時間はない」
「目安でいい」
「三十秒以内」
リュウジが答える。
「十五秒で足りる」
ジェームズがリュウジを見る。
「十二まで一気に上げるな。十一で五秒。負荷を見て十二。支持部が開いたら即十へ戻せ」
「了解」
ペルシアは続ける。
「スターフォックス」
グレートフォックスの格納庫からフォックスが答える。
「聞いている」
「燃料供給だけ終わった機体から先行準備。牽引装置は交換を続けて」
「でも、調査船が粉塵帯を抜けた後に停止したら、装置を積んだ二機だけでも出す」
フォックスが答える。
「俺とスリッピーが牽引装備を持つ」
ファルコがすぐに口を挟む。
「俺達は護衛か」
「そうよ」
ペルシアが答える。
「ファルコとクリスタルは外縁警戒。調査船が粉塵帯を抜けた瞬間に向かえるようにして」
ファルコが言う。
「分かった」
クリスタルも答える。
「リュウジの身体状態も通信から確認するわ」
「お願い」
ペルシアはリリアへ指示する。
「宇宙警察の巡視艦二隻を粉塵帯外縁へ前進」
リリアが確認する。
「粉塵帯へは入れません」
「入らなくていい。抜けた調査船を受け取れる位置まで、救助船と医療船の航路を確保して」
「承知しました」
「フレイ、救助船と医療船を前進待機」
フレイが答える。
「第三セーシングポイントから出します。ただし、粉塵帯外縁から安全距離を維持します」
「技術支援船も一緒に、補給船は後方待機」
「承知しました」
ペルシアはマーカスを見る。
局長は、ここまで一度も口を挟まなかった。
ペルシアが決めるのを待っていた。
「局長」
マーカスが答える。
「やれ」
短い言葉。
だが。
それで十分だった。
宇宙管理局として。
突破判断を支える。
責任も引き受ける。
そういう意味だった。
ペルシアは再びリュウジを見る。
「リュウジ」
「聞こえてる」
「突破を認める」
リュウジの目が僅かに動く。
「ありがとう」
「まだよ」
ペルシアは強く言う。
「勝手に始めないで、こっちの配置が整うまで待って」
「どのくらいだ」
「七分」
「五分で」
「七分」
「粉塵帯が動いてる」
マリが割り込まず、最新予測を送る。
ペルシアは数値を見る。
薄い進入口が閉じ始めている。
「六分」
リュウジは答える。
「分かった」
ペルシアは指令室全体を見渡す。
各担当が動く。
通信回線。
機体監視。
救助船。
医療船。
巡視艦。
アーウィン。
グレートフォックス。
全てが。
一人の操縦士の判断を支えるために配置されていく。
今度は。
リュウジだけが粉塵帯へ入るのではない。
物理的には調査船一隻。
だが。
その後ろには。
宇宙管理局全体がいる。
ペルシアは一つずつ確認する。
「シャオメイ」
「通信二重化、完了しました」
「ナミ」
「位置情報の一秒記録を開始しました」
「マリ」
「粉塵密度の直接送信を開始します」
「ジェームズ」
「機体監視、準備できた」
「フレイ」
「救助船、医療船、技術支援船、前進開始」
「リリア」
「巡視艦二隻、外縁待機地点へ移動中です」
「フォックス」
「アーウィン四機、発進準備へ移行した」
「ナウス」
「全船の通信中継及び位置追跡を開始しています」
ペルシアは最後に。
調査船を見る。
「リュウジ」
「準備できてる」
「進入口は?」
マリが送った観測値を見ながら、リュウジが答える。
「前方右、十一度」
「出口は?」
「二十五度左へ流れてる」
「途中で変わる可能性は?」
「ある」
「対応できる?」
リュウジは迷わず答えた。
「できる」
ペルシアは一度だけ息を吸った。
怖い。
止めたい。
待たせたい。
だが。
信じると決めた。
「分かった」
ペルシアはリュウジをまっすぐ見る。
「任せる」
リュウジの手が操縦桿を握る。
「必ず抜ける」
ペルシアは強く返す。
「ええ。全員連れて帰ってきて」
「分かった」
ペルシアは指令室全体へ向き直る。
「調査船、粉塵帯突破へ移行。全員、持ち場を離れないで、異常を感じたら、数値が出る前でも報告。リュウジの操縦を邪魔しない。でも、絶対に一人にしない」
そして。
通信画面の中で。
リュウジが前を向く。
主推進出力。
十パーセント。
前方。
粉塵帯。
薄い進入口が。
少しずつ閉じ始めている。
リュウジは静かに告げた。
「調査船、粉塵帯突破を開始する」
ペルシアは拳を握ったまま。
答えた。
「行って」