リュウジがドルトムント財閥の旅行会社へ戻る。
その少し前。
北部未探索領域から帰還した調査船と護衛艦二隻は、当初の予定では宇宙連邦連盟のエアポートへ収容されることになっていた。
今回の調査は。
宇宙連邦連盟からの依頼で始まった。
調査船も。
護衛艦も。
連盟側が用意した船だった。
帰還後の報告。
乗員への聞き取り。
航行記録の回収。
事故原因の調査。
全てを考えれば。
宇宙連邦連盟の施設へ戻るのが自然だった。
第三セーシングポイントを出発した救助船団も。
当初は連盟のエアポートへ向けて航路を取っていた。
調査船を牽引する救助船。
外部から推進補助を行うアーウィン四機。
応急修理を終えた護衛艦二隻。
技術支援船。
医療船。
宇宙警察の巡視艦。
それらが一つの船団となり。
ゆっくりと既知領域を進んでいた。
だが。
調査船の状態を詳細に確認するほど。
宇宙連邦連盟側のエアポートへ直接入れることが難しいと分かってきた。
船体後部。
主推進器支持部。
右側接合部。
外部装甲。
通信設備。
観測装置。
損傷は。
外から見えていたものより、はるかに広い範囲へ及んでいた。
粉塵帯を抜けた直後。
アーウィン四機が調査船へ到着し。
スリッピーとジェームズが外部映像を確認した。
そこで初めて。
調査船が、どれほど危険な状態で航行を続けていたのかが明らかになった。
主推進器を支える構造材は。
複数箇所で変形。
右側接合部には。
細い亀裂が何本も走っている。
船体外装の一部は剥離し。
内部フレームが露出。
粉塵の衝突を受けた船首側は。
本来の形が分からないほど削れていた。
通信中継装置も。
外部アンテナの半分近くが損傷。
観測機器は。
主観測装置を除き。
ほとんどが停止している。
そして。
最も問題だったのは。
調査船を宇宙連邦連盟の大型収容区画へ入れるためには。
途中で一度。
牽引船を切り替えなければならないことだった。
連盟側エアポートの収容口は。
通常航行可能な船を前提としている。
外部牽引されたまま。
主推進器を停止した大型調査船を。
そのまま受け入れる構造にはなっていない。
一度。
外側の待機領域で停止。
連盟側の収容用牽引装置へ接続し直す。
その作業が必要になる。
だが。
今の調査船は。
牽引を一度解除すれば。
船体後部の姿勢が崩れる可能性があった。
ペルシアは救援本部の画面に表示された収容手順を見た瞬間。
判断した。
連盟側へは入れられない。
宇宙管理局のエアポートなら。
大型事故船。
航行不能船。
宇宙海賊による被害船。
そうした船を直接収容できる緊急ドックがある。
外部牽引を維持したまま。
船体全体を固定できる。
周囲を減圧し。
複数の作業用アームで支え。
推進器を停止した状態でも。
そのまま収容できる。
医療区画。
技術解析区画。
宇宙警察の調査室。
全てが近い。
ペルシアは宇宙連邦連盟の責任者へ。
収容先変更を伝えた。
連盟側は。
最初こそ難色を示した。
調査船は連盟の資産。
調査も連盟の依頼。
事故記録も連盟が管理する。
当然。
自分達の施設へ収容したい。
だが。
ペルシアは譲らなかった。
「調査船を一度でも牽引から外せば、主推進器支持部が崩れる可能性がある」
「記録を守るために、船を壊すつもり?」
「宇宙管理局の緊急ドックなら、今の牽引状態のまま収容できる」
「資産管理や調査権限の話は、収容してから協議すればいい」
「今決めるべきなのは、どちらの組織が先に記録を取るかじゃない」
「調査船と乗員を、これ以上傷つけずに戻せるかどうかよ」
連盟側も。
それ以上は反対できなかった。
局長も。
宇宙管理局への収容を正式に承認した。
調査船。
護衛艦二隻。
救助船団。
アーウィン四機。
全ての進路が。
宇宙管理局へ変更された。
◇
ペルシア。
ジェームズ。
シャオメイ。
局長。
四人は。
調査船より先に宇宙管理局へ戻った。
連盟側の高速連絡艇を使用し。
帰還船団の到着前に。
受入体制を整えるためだった。
宇宙管理局のエアポートでは。
すでにフレイが全体を取りまとめていた。
緊急ドックの確保。
医療班の配置。
技術班の招集。
収容後の減圧手順。
宇宙警察との情報共有。
乗員ごとの搬送先。
全てが一覧化されている。
ペルシア達が連絡艇を降りると。
フレイ。
ナミ。
マリ。
イーナ。
リリアが待っていた。
フレイが最初に頭を下げる。
「お帰りなさい、統括官」
ペルシアは足を止めずに答える。
「ただいま。準備は?」
フレイはペルシアの横へ並び。
端末を操作しながら報告する。
「第一緊急ドックを調査船用に確保しました。第二及び第三ドックを護衛艦用として使用します。医療班は第一待機区画。重症者対応班を調査船へ優先配置。技術班は収容後、船体固定を確認してから入ります」
ペルシアはすぐに確認する。
「調査船のエアロックは開く?」
ジェームズが答える。
「内側の機構は生きてる。外側は歪んでるが、緊急解放なら使える。ただし、船体を固定する前に開けるな」
フレイが頷く。
「収容完了後、構造班の確認を待って開放します」
シャオメイは通信端末を見ながら。
管理局内の各部署へ最新位置を送っている。
「帰還船団との通信は正常です。調査船の内部通信も維持されています。ただし、主回線は不安定です。現在は救助船経由で中継しています」
ナミが航路画面を示す。
「船団は管理局外周航路へ入りました。到着まで二十七分です」
マリも続ける。
「現在の牽引速度なら、予定どおり第一緊急ドックへ進入できます。ただし、調査船後部の振動が増加した場合は、途中で速度を落とす可能性があります」
ペルシアは調査船の位置を確認する。
画面上では。
一つの光点。
だが。
その光点の中には。
十日以上。
傷ついた船を操縦し続けたリュウジがいる。
帰還航路へ入った。
粉塵帯を抜けた。
救援船と合流した。
牽引も始まった。
もう危険な場所は越えた。
理屈では分かっている。
それでも。
実際に姿を見るまでは。
胸の奥に残っているものが消えない。
イーナが。
少し遠慮がちにペルシアへ声をかける。
「統括官」
ペルシアが見る。
「何?」
イーナは一瞬言葉を選ぶ。
「リュウジさんは、御無事なのですよね」
「生きてる」
ペルシアは即答した。
「会話もできる。自分で歩けるって言ってる。でも、かなり疲れてる」
イーナは胸元で両手を握る。
「そうですか」
その横で。
リリアは調査船の記録を見つめていた。
宇宙警察本部長の娘として。
事故。
規則違反。
乗員間の責任。
本来なら。
調査すべきことが多い。
護衛艦が先に離脱した経緯。
調査船内での指揮系統。
船長権限の停止。
リュウジが一人で操縦を引き受けた理由。
連盟側の指揮判断。
だが。
今。
リリアはその話をしなかった。
「聞き取りは、医療班の許可が出てからにします」
ペルシアはリリアを見る。
「当然よ。今すぐ説明させるつもりなら、私が止めるところだった」
リリアは小さく頷く。
「そのつもりはありません」
局長が二人の横を通り。
緊急ドックの指揮区画へ向かう。
「責任の整理は後だ。まず、全員を船から降ろす」
ペルシアは局長の背中を見る。
「分かってる」
「分かっている顔には見えない」
ペルシアの眉が動く。
「どんな顔よ」
局長は振り返らない。
「今すぐ調査船まで走っていきそうな顔だ」
イーナが。
僅かに口元を緩める。
ナミとマリは。
表情を変えないようにしている。
フレイは。
いつもどおり淡々としていた。
「統括官がドック内へ進入される場合は、安全確認後にしてください」
ペルシアがフレイを見る。
「入るって言ってないでしょ」
「まだ言われていません」
「なら言わなくていい」
「先に確認しておく必要があります」
ペルシアは何か言い返そうとして。
やめた。
今の自分が。
落ち着いて見えないことは分かっている。
指令室では。
冷静に判断できた。
粉塵帯突破を認めた後も。
救助船を動かし。
アーウィンを発進させ。
牽引順序を決めた。
だが。
帰還が近づくほど。
仕事のために押し込めていた感情が。
少しずつ戻ってきている。
怖かった。
あのまま。
リュウジの通信が切れるのではないかと思った。
粉塵帯の中で。
船が壊れるのではないかと思った。
自分が信じると決めた判断が。
リュウジを死なせるのではないかと思った。
それでも。
信じた。
今。
帰ってくる。
ペルシアは。
緊急ドックの観測窓へ向かった。
◇
二十七分後。
宇宙管理局外周の警戒灯が点灯した。
帰還船団。
到着。
第一緊急ドックの巨大な収容扉が開く。
ドック内部では。
空間固定装置。
牽引アーム。
姿勢制御用ドローン。
救助班。
技術班。
医療班。
全てが配置についていた。
観測窓の向こう。
遠くから。
最初に四つの光が見えた。
アーウィン。
フォックス機。
ファルコ機。
スリッピー機。
クリスタル機。
四機が。
調査船の周囲を囲むように飛んでいる。
先頭にフォックス。
右側にファルコ。
左側にクリスタル。
後方の支持部近くにスリッピー。
その中央。
救助船に牽引され。
調査船がゆっくりと入ってきた。
ペルシア達は。
言葉を失った。
通信映像では見ていた。
外部損傷の写真も。
ジェームズの解析も。
何度も確認した。
それでも。
実物は。
想像を超えていた。
調査船の船首は。
左右で形が違っている。
装甲が削られ。
本来なら滑らかな外周が。
荒く裂けている。
右側の観測設備は。
ほとんど残っていない。
外部通信アンテナは折れ。
配線がむき出し。
船体側面には。
粉塵の衝突による無数の傷。
小さなものではない。
深く。
長く。
船体を抉るような線が。
何百本も走っている。
後部。
主推進器周辺は。
さらに酷かった。
支持構造材が歪み。
推進器全体が。
僅かに右へ傾いている。
応急補強材。
固定ワイヤー。
外部支持フレーム。
救助船とアーウィンが追加した装備で。
辛うじて形を保っている。
船体下部の一部は剥がれ。
内部隔壁が見えている。
護衛艦二隻も。
無傷ではなかった。
第一護衛艦は。
外装の広い範囲に亀裂。
第二護衛艦は。
冷却器周辺に黒い焼損跡。
だが。
調査船の損傷は。
その二隻とは比べものにならなかった。
ナミが。
小さく息を呑む。
マリも。
画面から目を離せない。
イーナは。
無意識に口元へ手を当てた。
リリアの表情も固まっている。
フレイでさえ。
一瞬だけ報告を忘れた。
局長は。
観測窓の前で立ち尽くしていた。
「これで……戻ったのか」
ジェームズが。
低く答える。
「戻したんだ」
「リュウジが」
ペルシアは何も言えなかった。
船体を見る。
あの状態で。
十日以上。
航行を続けた。
主推進器を制限し。
僅かな反応の遅れを読み。
船全体が崩れないように操縦し。
最後は。
粉塵帯まで突破した。
数字で説明されていたことが。
目の前の損傷へ変わっている。
これは。
無事に帰ってきた船ではない。
本来なら。
帰ってこられなかった船だ。
それを。
リュウジが。
ここまで持ってきた。
四機のアーウィンが減速する。
フォックス機とファルコ機が左右へ離れ。
ドック内部の誘導灯に従う。
スリッピー機は。
最後まで調査船後部の支持部近くを離れなかった。
救助船の牽引出力が下がる。
管理局側の大型作業アームが。
調査船へ伸びる。
最初に。
船首側を固定。
次に。
左右側面。
最後に。
最も損傷の大きい船尾側を。
複数のアームで支える。
ジェームズが技術班の回線へ入る。
「右後方は直接掴むな。支持材の外側を支えろ!圧力を一度にかけるな。一番から順に、五パーセントずつ上げろ」
技術班が応答する。
「第一支持アーム、固定開始。第二支持アーム、接触。船首固定完了。側面固定へ移行します」
シャオメイが調査船との回線を維持する。
「調査船、こちら宇宙管理局。第一緊急ドックへの収容を開始しています。乗員は、そのまま待機してください」
調査船内から。
弱い音声が返る。
リュウジではない。
調査隊の乗員。
「了解しました」
船体全体が。
ゆっくりとドック内部へ入る。
収容扉が閉じる。
外部空間との隔壁。
減圧。
固定確認。
船体の僅かな動きが止まる。
フレイが報告する。
「調査船、第一緊急ドックへ収容完了。全支持アーム、固定。船体移動なし、医療班、進入準備へ移行します」
ペルシアの胸が。
強く鳴った。
ようやく。
戻った。
宇宙管理局へ。
自分達のところへ。
もう。
宇宙空間ではない。
牽引も。
粉塵も。
航路もない。
船体は固定されている。
後は。
中にいる者達を出す。
◇
調査船のエアロック周辺へ。
技術班が集まる。
外部扉は。
粉塵によって大きく傷ついていた。
通常の開放操作では。
途中で引っかかる可能性がある。
ジェームズが現場へ降り。
扉の歪みを確認する。
「上側が沈んでる。通常開放は無理だ」
技術班が聞く。
「緊急解除を使用しますか?」
ジェームズは一度。
内部圧力を確認する。
「内側隔壁が閉じてるなら使える」
シャオメイが調査船へ通信する。
「内部エアロック担当者へ。外部扉の緊急解除を行います。内側隔壁の閉鎖を確認してください」
調査船内から返答。
「内側隔壁、閉鎖しています。圧力正常」
ジェームズが工具を受け取る。
外部解除装置。
予備油圧。
補助アーム。
一つずつ接続する。
「開けるぞ」
重い音。
エアロック外部扉が。
数センチ動く。
途中で止まる。
補助アームが。
ゆっくりと扉を引く。
金属が擦れる。
低く。
耳障りな音が。
ドック内へ響く。
扉の隙間が広がる。
医療班が。
その前で待機している。
担架。
酸素装置。
応急処置用品。
体温管理用シート。
全てを持って。
扉が。
人一人通れる幅まで開く。
「進入可能」
医療班が。
次々に調査船内へ入る。
最初に。
負傷者確認。
次に。
自力歩行が難しい者。
体調不良者。
脱水。
睡眠不足。
放射線。
粉塵による機器汚染。
全員の状態を。
船内で簡易確認する。
ペルシアは。
エアロック前の安全区域で待っていた。
フレイからは。
統括官が現場へ出る必要はないと言われた。
局長からも。
医療班の邪魔をするなと言われた。
分かっている。
だから。
安全線より前へは出ない。
ただ。
そこから離れることもできなかった。
一人。
また一人。
調査隊の乗員が降りてくる。
顔色が悪い。
疲れている。
身体を支えられている者もいる。
医療班へ連れられ。
待機区画へ移動する。
ペルシアは。
その一人一人を確認する。
セレナ。
ソフィア。
ノア。
それぞれ。
顔に疲労が残っている。
だが。
歩いている。
生きている。
セレナは。
ペルシアの姿を見た。
一瞬。
足を止めそうになる。
だが。
医療班に促され。
そのまま歩いていった。
今は。
言葉を交わす時ではない。
ペルシアも。
何も言わなかった。
その後ろ。
エアロックの奥から。
一人の男が見えた。
リュウジ。
ペルシアの胸が。
一気に熱くなった。
生きている。
画面ではなく。
通信映像でもなく。
本当に。
目の前にいる。
調査船の狭い通路から。
ゆっくりと降りてくる。
フライトスーツは。
長期間の使用で汚れている。
肩。
袖。
胸元。
細かな擦れ。
応急処置の跡。
顔色は。
明らかに悪い。
頬が少し落ち。
目の下には濃い影。
髪も乱れている。
歩き方も。
いつものリュウジとは違う。
一歩ごとに。
身体の重さを確かめているような。
足元が。
完全には安定していない。
それでも。
医療班の手を借りず。
自分で歩いている。
ペルシアは。
すぐに分かった。
疲れ切っている。
少し休めばいいという状態ではない。
身体だけではない。
十日以上。
壊れた船の反応を感じ続け。
調査隊の全員を背負い。
粉塵帯を抜け。
救助船へ引き渡すまで。
一度も気を抜けなかった。
その疲労が。
全身へ残っている。
リュウジは。
エアロックを降りたところで。
周囲を見た。
医療班。
技術班。
管理局職員。
局長。
ジェームズ。
シャオメイ。
フレイ。
ナミ。
マリ。
イーナ。
リリア。
その中で。
ペルシアを見つける。
リュウジの表情が。
ほんの僅かに変わった。
警戒が解けたような。
肩の力が抜けたような。
安堵。
それまで。
身体を動かすために張っていた糸が。
ペルシアの姿を見た瞬間。
少しだけ緩んだ。
リュウジは。
ペルシアへ向かって歩き始める。
ペルシアも。
安全線の内側で。
一歩前へ出た。
「リュウジ」
リュウジは。
返事をしなかった。
聞こえていないわけではない。
ただ。
声を出す余力がないように見えた。
距離が縮まる。
五歩。
四歩。
三歩。
その途中。
リュウジの右足が。
僅かな床の段差へ引っかかった。
身体が前へ傾く。
いつものリュウジなら。
崩れる前に。
すぐ足を出す。
だが。
反応が遅れた。
ペルシアは。
考えるより先に動いた。
両腕を伸ばし。
リュウジの身体を抱き止める。
重い。
全身の力が抜けかけている。
リュウジの額が。
ペルシアの肩へ触れる。
ペルシアは。
両足へ力を入れ。
倒れないように支える。
「ちょっと、リュウジ」
声が。
思っていたより震えた。
リュウジは。
ペルシアの肩へ顔を伏せたまま。
小さく息を吐いた。
「助かった」
僅かな声。
帰還したことへの言葉なのか。
身体を受け止めてもらったことへの言葉なのか。
その両方なのか。
ペルシアには分からなかった。
ただ。
その一言で。
胸の奥へ押し込めていたものが。
一気に溢れそうになった。
ペルシアは。
リュウジの背中へ手を回す。
フライトスーツ越しに。
ゆっくりとさする。
背中が。
思っていたより細く感じる。
力が入っていない。
本当に。
限界だった。
「辛かったのに、よく頑張ったわね」
ペルシアは。
リュウジの背中をさすりながら呟いた。
指令室では。
言えなかった。
信じていると言うことしかできなかった。
突破後も。
救助作業を優先し。
休めとも。
怖かったとも。
ほとんど言えなかった。
今。
ようやく。
目の前へ戻ってきた。
「もう大丈夫よ。船も止まった。全員、降ろすから、よく帰ってきたわ」
リュウジは。
何も答えなかった。
ペルシアの肩へ。
ほんの数秒。
身体を預けていた。
それは。
普段のリュウジなら。
ほとんど見せない姿だった。
誰かに支えられるより。
自分で立とうとする。
疲れていても。
大丈夫だと言う。
問題があれば。
先に周囲を確認する。
そんなリュウジが。
今だけは。
ペルシアへ身体を預けている。
周囲にいた者達も。
誰も声をかけなかった。
ジェームズは。
腕を組んだまま。
僅かに目を伏せる。
シャオメイは。
通信端末を持つ手を止めていた。
イーナは。
目元を押さえそうになり。
何とか堪えている。
ナミとマリも。
黙って二人を見ていた。
リリアは。
医療班が近づきすぎないよう。
手で制している。
局長は。
一度だけ。
小さく息を吐いた。
リュウジは。
やがて。
ペルシアから身体を離した。
自分で立つ。
だが。
まだ。
足元は完全ではない。
ペルシアは。
リュウジの腕を掴んだまま離さない。
「とりあえず、メディカルチェックを受けて」
リュウジは。
少しだけ目を閉じた。
「先にドルトムントへ戻る」
ペルシアの眉が上がる。
「何言ってるの?」
リュウジは。
息を整えながら答える。
「報告しないといけない。タツヤ班長とエリンさんに」
ペルシアは。
すぐに反対しようとした。
今の状態で。
会社へ戻る。
論外。
歩くだけで躓いた。
顔色も悪い。
医療班も待っている。
だが。
リュウジの目を見る。
疲れている。
それでも。
そこだけは譲らない目。
ドルトムントを離れてから。
二か月近い。
途中。
調査中止。
連絡途絶。
予定変更。
十四班側には。
何も説明できていない。
リュウジ自身が。
戻ったことを伝えたいのだろう。
報告だけではない。
自分の姿を見せる。
帰ってきたと伝える。
それを。
他人へ任せたくない。
リュウジは。
低い声で続ける。
「頼む」
ペルシアは。
リュウジを見つめた。
本来なら。
認めない。
医療班へ引き渡す。
場合によっては。
局長権限で止める。
だが。
リュウジが。
これまで何度。
自分の判断を信じてほしいと言ったか。
粉塵帯でも。
最後は。
信じた。
今。
危険な操縦をするわけではない。
会社へ戻って。
報告をするだけ。
その後。
必ず戻す。
ペルシアは。
深く息を吐いた。
「今回だけよ」
リュウジの目が僅かに動く。
ペルシアは。
腕を離しながら続ける。
「報告したら、すぐに戻ってきなさいよ。メディカルチェックは絶対。逃げたら、管理局から迎えを出すから」
リュウジは。
僅かに口元を緩めた。
「悪い」
「悪いと思ってるなら、最初から受けなさいよ」
「分かってる」
「分かってないから言ってるの」
リュウジは。
もう一度。
小さく息を吐いた。
「戻る」
ペルシアは。
念を押す。
「すぐよ」
「分かった」
リュウジは。
ゆっくりと歩き始めた。
管理局の出口。
連絡通路。
ドルトムント財閥の旅行会社へ向かう交通区画。
歩幅は。
普段より小さい。
それでも。
一人で歩いていく。
ペルシアは。
その背中を見送った。
止めたい気持ちは。
まだある。
だが。
会社へ戻ることが。
リュウジにとって。
帰還の最後なのかもしれない。
調査船を管理局へ入れただけでは。
帰ったことにならない。
十四班のフロアへ。
タツヤ班長と。
エリンと。
仲間達のいる場所へ戻る。
そこまで行って。
ようやく。
リュウジの帰還が終わる。
そう思い。
ペルシアは見送った。
◇
リュウジの姿が。
連絡通路の向こうへ消えてから。
数分後。
第一緊急ドックの方向から。
医療班の一人が走ってきた。
周囲を見回している。
焦った様子。
誰かを探している。
ペルシアが気づき。
声をかける。
「どうしたの?」
医療班の職員は。
ペルシアの姿を見つけ。
足を止めた。
「統括官」
「リュウジさんを見ませんでしたか?」
ペルシアは。
リュウジが歩いていった方向を見る。
「今、ドルトムントへ向かったわ」
医療班の顔が曇る。
「メディカルチェックの前にですか?」
「報告したら戻るって約束させた。絶対戻すから」
医療班は。
手に持っていたものを見せた。
携帯端末。
黒い保護ケース。
表面に。
細かな傷が入っている。
「リュウジさんが、携帯端末を忘れていまして」
ペルシアは。
端末を見る。
調査船内。
操縦席周辺で。
医療班が拾ったのだろう。
「じゃあ、私が渡しておくわ」
医療班は。
少し迷った。
「大丈夫でしょうか?連絡が取れない状態ですので」
「ドルトムントへ向かったなら、後で私が持っていく。あなた達は他の乗員を見て」
医療班は。
ペルシアへ端末を渡した。
「お願いします。リュウジさんには、戻り次第必ず検査を受けていただくようお伝えください」
「分かってる。逃げさせないから」
医療班は頭を下げ。
再びドックへ戻っていった。
ペルシアは。
リュウジの端末を手に持つ。
画面は消えている。
長期間。
まともな通信環境がなかったため。
電力消費を抑える設定になっている。
端末を起動する。
認証画面。
本人ではないため。
内部の情報は見られない。
だが。
通知だけは。
画面へ表示される。
メッセージ。
着信履歴。
緊急連絡。
その中に。
同じ名前が。
何度も並んでいた。
エリン。
ペルシアの眉が動く。
通知を下へ送る。
エリン。
エリン。
エリン。
何日分も。
時間を空けながら。
何度も連絡が入っている。
短いメッセージ。
通信できる時でいいから返事して。
体調は大丈夫?
調査が中止になったって聞いたけど、何があったの?
無理してない?
返事ができないなら、既読だけでもいい。
帰還予定が分かったら教えて。
今どこにいるの?
リュウジ。
連絡して。
端末の通知領域に表示されるだけでも。
かなりの数だった。
リュウジは。
調査船の操縦。
機体維持。
航路判断。
その全てで。
端末を見る余裕などなかったのだろう。
通信そのものも。
ほとんど繋がっていない。
ペルシアは。
画面を見ながら。
小さく呟く。
「連絡?」
エリンからのメッセージ。
着信。
音声通信の呼出記録。
全て。
未応答。
ペルシアは。
思わず笑った。
心配が。
そのまま数になっている。
「彼女かよ」
からかうような言葉。
だが。
声には。
少し安心が混ざった。
エリンが。
ずっと心配していた。
リュウジを待っている。
なら。
今頃。
ドルトムントでは。
帰還予定を確認しているはず。
ただ。
予定では。
調査船は宇宙連邦連盟へ戻ることになっていた。
収容先が。
急遽。
宇宙管理局へ変わった。
ドルトムント側へ。
まだ正確な情報が届いていない可能性がある。
それなら。
エリンは。
宇宙連邦連盟のエアポートで待っているかもしれない。
ペルシアは。
端末を見つめる。
連絡先の通知画面から。
エリンへの発信操作を選ぶ。
本人の端末からは。
認証が必要で発信できない。
ペルシアは。
自分の端末を取り出した。
連絡先。
エリン。
発信。
一度。
呼出音が鳴る。
その途中で。
接続された。
本当に。
一コールだった。
「もしもし、ペルシア?」
エリンの声。
すぐに出た。
だが。
いつもの落ち着いた声ではない。
不安。
焦り。
心配。
それを。
何とか押さえている声。
周囲の音も。
僅かに聞こえる。
アナウンス。
人の足音。
エアポートの待機区画。
エリンは。
本当に宇宙連邦連盟にいる。
「どうしたの?」
エリンは。
ペルシアの用件を待たず。
続ける。
「私、今、宇宙連邦連盟にいるんだけど、まだリュウジが操縦している調査船が帰ってこなくて。到着予定は過ぎてるし、案内も変わらないの。連盟の人に聞いても確認中って言われるだけで」
ペルシアは。
一瞬。
言葉を失った。
エリンは。
予定どおり。
迎えに行っていた。
調査船が来ない。
連絡もない。
収容先が変わったことも知らない。
何が起きているか分からないまま。
待っている。
ペルシアは。
思わず聞き返す。
「何?迎えに行ってるの?」
エリンは。
少し息を整えた。
「ええ、何日も連絡が返ってこないし、急に調査は中止になるし、予定より早く戻るって聞いたのに、詳しい説明は何もないし、何かあったんでしょう?」
ペルシアは。
リュウジの端末を見る。
通知画面。
エリンからのメッセージ。
数え切れないほど。
その一つ一つが。
今の声と繋がる。
エリンは。
何も知らされない中で。
ずっと連絡を送り続けていた。
リュウジから返事がない。
だが。
怒っているのではない。
何かあったと分かっている。
だから。
返事ができないほどの状況なのではないかと。
心配している。
ペルシアは。
軽く笑った。
「エリン」
「何?」
「落ち着いて聞いて」
エリンの向こう側の音が。
僅かに遠くなる。
人の少ない場所へ移動したのだろう。
「……うん」
ペルシアは。
はっきりと伝えた。
「リュウジは無事」
電話の向こうで。
息を呑む音がした。
「無事なの?」
「ええ。今、宇宙管理局に帰ってきた」
エリンは。
すぐに言葉を返さなかった。
ペルシアは。
その沈黙の中で。
エリンが。
何度も状況を理解しようとしているのが分かった。
宇宙連邦連盟ではない。
宇宙管理局。
帰ってきた。
無事。
その三つを。
頭の中で繋げている。
やがて。
震える声が返る。
「宇宙管理局に?どうして?」
ペルシアは。
調査船が収容された緊急ドックを見る。
巨大な船体。
損傷。
医療班。
技術班。
あの状態を。
どう説明するか。
言葉を選ぶ。
隠しても。
エリンには分かる。
リュウジの顔を見れば。
すぐに。
何かあったと気づく。
だから。
曖昧にしない。
ただし。
必要以上に怖がらせない。
事実を。
順番に話す。
「最初は連盟へ戻る予定だった。でも、調査船の損傷が大きすぎたの」
エリンの声が固くなる。
「損傷?」
「北部未探索領域で、調査船が粉塵帯の影響を受けた。主推進器の支持部が壊れかけた。護衛艦二隻も損傷して、先に離脱した。リュウジ達の調査船だけが、未探索領域に残った」
電話の向こうで。
エリンが。
何も言わなくなる。
ペルシアは続ける。
途中で止めれば。
余計に不安になる。
「調査は、その時点で中止になった。リュウジが調査船の操縦を引き受けた。推進出力を抑えながら、十日以上かけて戻ってきた。途中で、粉塵帯が帰還航路を塞いだ」
エリンが。
かすれた声で聞く。
「粉塵帯を?」
「突破した」
ペルシアは答える。
「壊れかけた調査船で、リュウジが操縦して、無事に抜けた」
エリンの呼吸が。
明らかに乱れた。
「待って。壊れかけた船で?リュウジが?一人で操縦してたの?」
ペルシアは。
正確に答える。
「操縦は、ほぼ一人。調査隊の乗員も船内にはいた。でも、船を動かしてたのはリュウジ」
「何日も?」
「何日も」
エリンの声が。
さらに低くなる。
「寝てないの?」
「ほとんど」
「途中で、少しだけ寝かせた。でも、本当に少し」
ペルシアは。
自分がリュウジへ休めと言った時のことを思い出す。
通信越し。
疲れた声。
眠ることを拒むリュウジ。
一時間だけ。
ようやく眠った。
それでも。
身体の疲労は。
消えるはずがない。
「連絡する余裕がなかったの」
ペルシアは。
リュウジの端末を見る。
「端末も、今、私が持ってる。調査船に忘れてたの。エリンからの連絡が、かなり入ってるわ」
電話の向こうで。
エリンが一瞬黙る。
少しだけ。
恥ずかしさに近い間。
だが。
すぐに心配が勝つ。
「返事が欲しかったわけじゃないの。無事なら、それでよかった」
ペルシアは。
小さく笑う。
「嘘」
「何が?」
「めちゃくちゃ返事欲しかったでしょ」
「それは……」
エリンは言葉に詰まる。
ペルシアは。
端末の通知数を見る。
「彼女かよってくらい来てる」
エリンの声が。
僅かに強くなる。
「ペルシア」
「はいはい」
「今はそういう話じゃないでしょう」
「そうね」
ペルシアは。
すぐに冗談を引っ込める。
エリンの声が。
少し戻った。
いつものエリン。
感情が揺れていても。
必要なことを確認しようとする。
「リュウジは今どこにいるの?」
ペルシアは。
一瞬。
言いにくそうに口を閉じた。
エリンは。
その間を逃さない。
「ペルシア?」
「怒らないで聞いて」
「何?」
「一度、ドルトムントへ向かった」
沈黙。
今までとは違う。
冷たい沈黙。
ペルシアは。
エリンがどんな顔をしているか。
見えなくても分かった。
「メディカルチェックは?」
「まだ」
「ペルシア」
低い声。
怒っている。
完全に。
ペルシアは。
反射的に弁解する。
「止めたわよ。でも、先にタツヤ班長とエリンへ報告したいって、頼むって言われたの」
「今の状態で、一人で行かせたの?」
「歩けるって言ったから‥‥さっき躓いたけど」
電話の向こうの空気が。
さらに冷える。
ペルシアは。
言った直後。
余計なことを言ったと気づいた。
「躓いた?」
エリンの声が。
静かになる。
怒りが深い時の声。
「ペルシア」
「はい」
「リュウジは、どのくらい疲れてるの?」
ペルシアは。
今度は誤魔化さなかった。
「一目で分かるくらい。顔色も悪い、歩き方もいつもと違う。私のところへ来る途中で躓いて、抱き止めた、少しだけ、私に身体を預けてた」
エリンは。
何も言わない。
ペルシアは。
その沈黙へ。
さらに説明する。
「でも、意識ははっきりしてるし、会話もできる。報告したら、すぐ管理局へ戻るって約束させた。戻ったら、絶対にメディカルチェックを受けさせる」
エリンの声が。
僅かに震える。
「辛かったのね」
ペルシアは。
調査船を見る。
「うん」
短く答える。
「かなり辛かったと思う…でも、弱音はほとんど言わなかった。船が厳しいってことは言ってた、自分が辛いとは、最後まで言わなかった。粉塵帯を抜けた後も、最初に救助の順序を確認してた。調査隊の乗員が全員降りるまで、自分も操縦席を離れなかった」
エリンは。
小さく息を吐いた。
「リュウジらしい」
「そうね」
「でも、そういうところが困るのよ」
「それも分かる」
ペルシアは。
ほんの少し笑った。
「エリン」
「何?」
「リュウジ、帰ってきたから」
「本当に」
「宇宙管理局のエアポートへ入った。調査隊の乗員も、全員降ろしてる。護衛艦二隻も帰ってきた。だから、もう大丈夫」
電話の向こうで。
エリンが。
長く息を吐いた。
張り詰めていたものが。
少しだけ緩む。
「よかった」
小さな声。
「本当によかった」
ペルシアは。
リュウジの端末を握り直す。
「端末は私が預かってる。後で渡す。エリンからのメッセージも、ちゃんと見せるわ」
「全部見せなくていい」
「かなりあるわよ」
「言わなくていい」
「心配しすぎ」
「心配するでしょう」
エリンの声に。
少しだけ。
いつもの強さが戻る。
「何日も返事がなくて、調査が中止になって、予定が急に変わって、それでも詳しい説明が何もないのよ。迎えに来たら、調査船が到着しないし、心配しない方がおかしいでしょう」
ペルシアは。
素直に認める。
「そうね。ごめん」
エリンは。
すぐには返さない。
「ペルシアが謝ることではないわ。あなたも、ずっと対応してたんでしょう」
「まあね」
「リュウジを帰してくれたの?」
ペルシアは。
一瞬考える。
自分が帰した。
そう言い切ることはできない。
リュウジ自身が。
船を操縦した。
ジェームズが。
機体を支えた。
シャオメイが。
通信を繋いだ。
フレイ達が。
救援体制を作った。
スターフォックスが。
護衛艦と調査船を助けた。
救助船。
医療船。
巡視艦。
全員で。
帰した。
「皆で帰した」
ペルシアは答える。
「でも、最後に船を動かしたのはリュウジ。私達は、その操縦を支えただけ」
エリンは。
静かに言う。
「ありがとう」
ペルシアの胸が。
僅かに詰まる。
「私は統括官だから」
「それでもよ」
「ありがとう、ペルシア」
ペルシアは。
少しだけ目を伏せた。
エリンは。
昔からそうだった。
必要な時。
必要な相手へ。
真っ直ぐに礼を言う。
自分だけが辛い時でも。
周囲を見ている。
「どういたしまして」
ペルシアは。
照れを隠すように続ける。
「それで、エリン」
「何?」
「連盟で待ってても、調査船は来ないわよ」
「分かってる」
「今から管理局へ来る?」
電話の向こうで。
僅かな間。
エリンは。
すぐに行きたいはず。
だが。
リュウジは。
すでにドルトムントへ向かった。
行き違う可能性がある。
エリンは。
状況を整理する。
「リュウジは、ドルトムントへ向かったのよね」
「ええ」
「なら、私も戻る。たぶん、途中ですれ違うかもしれない。会社へ連絡して、到着したら止めてもらう」
ペルシアは。
冗談混じりに言う。
「捕獲するの?」
エリンは。
即答した。
「する」
ペルシアは笑った。
「怖い」
「ペルシアも、すぐ戻すって約束させたんでしょう」
「させた」
「なら、会社で報告させたら、私が連れて行く」
「助かる」
「助かるじゃないわ」
「本当に一人で歩かせたの?」
ペルシアは。
また責められる気配を感じる。
「歩けるって言ったから」
「リュウジは、歩けなくても歩けるって言うでしょう」
「それは……そう」
「分かってるなら止めて」
「今度から止める」
「今回だけって言ったんでしょう」
「言った」
「本当に今回だけにして」
「分かりました」
ペルシアが。
思わず敬語で答える。
電話の向こうで。
エリンが僅かに息を漏らした。
笑ったのか。
呆れたのか。
その両方。
「端末は?」
「私が持ってる」
「管理局へ戻った時に渡して」
「分かった」
エリンは。
最後に。
静かに聞く。
「ペルシア」
「何?」
「リュウジ、本当に無事なのね」
ペルシアは。
今度は。
迷わず答えた。
「無事よ。疲れてる。ボロボロ。怒られることも、たぶん沢山ある。でも、生きてる。自分の足で歩いて、ドルトムントへ戻った。だから、大丈夫」
エリンは。
小さく返した。
「分かった」
その声には。
まだ不安が残っている。
だが。
先ほどまでの。
何も分からない恐怖とは違う。
会える。
姿を確認できる。
叱ることも。
休ませることもできる。
その現実がある。
「私も戻る」
「ええ」
「ペルシアも休んで」
「無理」
「どうして?」
「調査船の収容後処理、乗員の状態確認。連盟との協議、宇宙警察への報告、護衛艦の修理。山ほどある」
エリンが。
少し呆れた声を出す。
「あなたも同じね」
「何が?」
「自分は後回し」
「私は統括官だから」
「それ、リュウジがS級だからって言うのと同じよ」
ペルシアは。
言葉に詰まった。
エリンは続ける。
「食事はして、少しでも座って、全部終わってから倒れたら意味がないでしょう」
ペルシアは。
小さく息を吐く。
「分かった」
「本当に?」
「善処する」
「しない人の言葉」
「エリン、厳しくない?」
「あなたとリュウジには、これくらいでいいの」
ペルシアは笑った。
疲れている。
身体も。
頭も。
限界に近い。
それでも。
エリンと話したことで。
少しだけ。
いつもの感覚が戻った。
「じゃあ、リュウジをお願い」
エリンは。
静かに答える。
「任せて」
通信が切れる。
ペルシアは。
自分の端末を下ろした。
もう一方の手には。
リュウジの端末。
画面には。
エリンからの大量の通知。
ペルシアは。
もう一度だけ。
その数を見る。
「本当に彼女みたい」
小さく笑う。
だが。
今度は。
からかう声ではなかった。
心配して。
待っている者がいる。
戻る場所がある。
だから。
リュウジは。
あの状態でも。
先にドルトムントへ向かったのだろう。
ペルシアは。
調査船へ視線を戻す。
巨大な船体。
無数の傷。
応急補強。
剥がれた装甲。
その全てが。
今回の帰還が。
どれほど困難だったのかを示している。
それでも。
帰った。
ペルシアは。
リュウジの端末を自分の上着へ入れた。
そして。
再び統括官の顔へ戻る。
「フレイ」
近くにいたフレイが。
すぐに反応する。
「はい、統括官。調査隊全員のメディカルチェック状況をまとめて、護衛艦二隻の乗員も含めて、連盟への報告は、事実確認が終わるまで暫定版だけ出す」
フレイが答える。
「承知しました」
ペルシアは。
第一緊急ドックへ歩き出す。
リュウジは。
ドルトムントへ帰った。
エリンも。
迎えるために戻る。
だから。
自分は。
ここに残ったものを片付ける。
調査船。
護衛艦。
調査隊。
事故記録。
全てを。
二度と。
同じことが起きない形へ変える。
それが。
統括官として。
帰ってきたリュウジへできることだった。