サヴァイヴ〜ドルトムント財閥〜   作:一塔

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帰還

 

リュウジがドルトムント財閥の旅行会社へ戻る。

 

その少し前。

 

北部未探索領域から帰還した調査船と護衛艦二隻は、当初の予定では宇宙連邦連盟のエアポートへ収容されることになっていた。

 

今回の調査は。

 

宇宙連邦連盟からの依頼で始まった。

 

調査船も。

 

護衛艦も。

 

連盟側が用意した船だった。

 

帰還後の報告。

 

乗員への聞き取り。

 

航行記録の回収。

 

事故原因の調査。

 

全てを考えれば。

 

宇宙連邦連盟の施設へ戻るのが自然だった。

 

第三セーシングポイントを出発した救助船団も。

 

当初は連盟のエアポートへ向けて航路を取っていた。

 

調査船を牽引する救助船。

 

外部から推進補助を行うアーウィン四機。

 

応急修理を終えた護衛艦二隻。

 

技術支援船。

 

医療船。

 

宇宙警察の巡視艦。

 

それらが一つの船団となり。

 

ゆっくりと既知領域を進んでいた。

 

だが。

 

調査船の状態を詳細に確認するほど。

 

宇宙連邦連盟側のエアポートへ直接入れることが難しいと分かってきた。

 

船体後部。

 

主推進器支持部。

 

右側接合部。

 

外部装甲。

 

通信設備。

 

観測装置。

 

損傷は。

 

外から見えていたものより、はるかに広い範囲へ及んでいた。

 

粉塵帯を抜けた直後。

 

アーウィン四機が調査船へ到着し。

 

スリッピーとジェームズが外部映像を確認した。

 

そこで初めて。

 

調査船が、どれほど危険な状態で航行を続けていたのかが明らかになった。

 

主推進器を支える構造材は。

 

複数箇所で変形。

 

右側接合部には。

 

細い亀裂が何本も走っている。

 

船体外装の一部は剥離し。

 

内部フレームが露出。

 

粉塵の衝突を受けた船首側は。

 

本来の形が分からないほど削れていた。

 

通信中継装置も。

 

外部アンテナの半分近くが損傷。

 

観測機器は。

 

主観測装置を除き。

 

ほとんどが停止している。

 

そして。

 

最も問題だったのは。

 

調査船を宇宙連邦連盟の大型収容区画へ入れるためには。

 

途中で一度。

 

牽引船を切り替えなければならないことだった。

 

連盟側エアポートの収容口は。

 

通常航行可能な船を前提としている。

 

外部牽引されたまま。

 

主推進器を停止した大型調査船を。

 

そのまま受け入れる構造にはなっていない。

 

一度。

 

外側の待機領域で停止。

 

連盟側の収容用牽引装置へ接続し直す。

 

その作業が必要になる。

 

だが。

 

今の調査船は。

 

牽引を一度解除すれば。

 

船体後部の姿勢が崩れる可能性があった。

 

ペルシアは救援本部の画面に表示された収容手順を見た瞬間。

 

判断した。

 

連盟側へは入れられない。

 

宇宙管理局のエアポートなら。

 

大型事故船。

 

航行不能船。

 

宇宙海賊による被害船。

 

そうした船を直接収容できる緊急ドックがある。

 

外部牽引を維持したまま。

 

船体全体を固定できる。

 

周囲を減圧し。

 

複数の作業用アームで支え。

 

推進器を停止した状態でも。

 

そのまま収容できる。

 

医療区画。

 

技術解析区画。

 

宇宙警察の調査室。

 

全てが近い。

 

ペルシアは宇宙連邦連盟の責任者へ。

 

収容先変更を伝えた。

 

連盟側は。

 

最初こそ難色を示した。

 

調査船は連盟の資産。

 

調査も連盟の依頼。

 

事故記録も連盟が管理する。

 

当然。

 

自分達の施設へ収容したい。

 

だが。

 

ペルシアは譲らなかった。

 

「調査船を一度でも牽引から外せば、主推進器支持部が崩れる可能性がある」

 

「記録を守るために、船を壊すつもり?」

 

「宇宙管理局の緊急ドックなら、今の牽引状態のまま収容できる」

 

「資産管理や調査権限の話は、収容してから協議すればいい」

 

「今決めるべきなのは、どちらの組織が先に記録を取るかじゃない」

 

「調査船と乗員を、これ以上傷つけずに戻せるかどうかよ」

 

連盟側も。

 

それ以上は反対できなかった。

 

局長も。

 

宇宙管理局への収容を正式に承認した。

 

調査船。

 

護衛艦二隻。

 

救助船団。

 

アーウィン四機。

 

全ての進路が。

 

宇宙管理局へ変更された。

 

 

ペルシア。

 

ジェームズ。

 

シャオメイ。

 

局長。

 

四人は。

 

調査船より先に宇宙管理局へ戻った。

 

連盟側の高速連絡艇を使用し。

 

帰還船団の到着前に。

 

受入体制を整えるためだった。

 

宇宙管理局のエアポートでは。

 

すでにフレイが全体を取りまとめていた。

 

緊急ドックの確保。

 

医療班の配置。

 

技術班の招集。

 

収容後の減圧手順。

 

宇宙警察との情報共有。

 

乗員ごとの搬送先。

 

全てが一覧化されている。

 

ペルシア達が連絡艇を降りると。

 

フレイ。

 

ナミ。

 

マリ。

 

イーナ。

 

リリアが待っていた。

 

フレイが最初に頭を下げる。

 

「お帰りなさい、統括官」

 

ペルシアは足を止めずに答える。

 

「ただいま。準備は?」

 

フレイはペルシアの横へ並び。

 

端末を操作しながら報告する。

 

「第一緊急ドックを調査船用に確保しました。第二及び第三ドックを護衛艦用として使用します。医療班は第一待機区画。重症者対応班を調査船へ優先配置。技術班は収容後、船体固定を確認してから入ります」

 

ペルシアはすぐに確認する。

 

「調査船のエアロックは開く?」

 

ジェームズが答える。

 

「内側の機構は生きてる。外側は歪んでるが、緊急解放なら使える。ただし、船体を固定する前に開けるな」

 

フレイが頷く。

 

「収容完了後、構造班の確認を待って開放します」

 

シャオメイは通信端末を見ながら。

 

管理局内の各部署へ最新位置を送っている。

 

「帰還船団との通信は正常です。調査船の内部通信も維持されています。ただし、主回線は不安定です。現在は救助船経由で中継しています」

 

ナミが航路画面を示す。

 

「船団は管理局外周航路へ入りました。到着まで二十七分です」

 

マリも続ける。

 

「現在の牽引速度なら、予定どおり第一緊急ドックへ進入できます。ただし、調査船後部の振動が増加した場合は、途中で速度を落とす可能性があります」

 

ペルシアは調査船の位置を確認する。

 

画面上では。

 

一つの光点。

 

だが。

 

その光点の中には。

 

十日以上。

 

傷ついた船を操縦し続けたリュウジがいる。

 

帰還航路へ入った。

 

粉塵帯を抜けた。

 

救援船と合流した。

 

牽引も始まった。

 

もう危険な場所は越えた。

 

理屈では分かっている。

 

それでも。

 

実際に姿を見るまでは。

 

胸の奥に残っているものが消えない。

 

イーナが。

 

少し遠慮がちにペルシアへ声をかける。

 

「統括官」

 

ペルシアが見る。

 

「何?」

 

イーナは一瞬言葉を選ぶ。

 

「リュウジさんは、御無事なのですよね」

 

「生きてる」

 

ペルシアは即答した。

 

「会話もできる。自分で歩けるって言ってる。でも、かなり疲れてる」

 

イーナは胸元で両手を握る。

 

「そうですか」

 

その横で。

 

リリアは調査船の記録を見つめていた。

 

宇宙警察本部長の娘として。

 

事故。

 

規則違反。

 

乗員間の責任。

 

本来なら。

 

調査すべきことが多い。

 

護衛艦が先に離脱した経緯。

 

調査船内での指揮系統。

 

船長権限の停止。

 

リュウジが一人で操縦を引き受けた理由。

 

連盟側の指揮判断。

 

だが。

 

今。

 

リリアはその話をしなかった。

 

「聞き取りは、医療班の許可が出てからにします」

 

ペルシアはリリアを見る。

 

「当然よ。今すぐ説明させるつもりなら、私が止めるところだった」

 

リリアは小さく頷く。

 

「そのつもりはありません」

 

局長が二人の横を通り。

 

緊急ドックの指揮区画へ向かう。

 

「責任の整理は後だ。まず、全員を船から降ろす」

 

ペルシアは局長の背中を見る。

 

「分かってる」

 

「分かっている顔には見えない」

 

ペルシアの眉が動く。

 

「どんな顔よ」

 

局長は振り返らない。

 

「今すぐ調査船まで走っていきそうな顔だ」

 

イーナが。

 

僅かに口元を緩める。

 

ナミとマリは。

 

表情を変えないようにしている。

 

フレイは。

 

いつもどおり淡々としていた。

 

「統括官がドック内へ進入される場合は、安全確認後にしてください」

 

ペルシアがフレイを見る。

 

「入るって言ってないでしょ」

 

「まだ言われていません」

 

「なら言わなくていい」

 

「先に確認しておく必要があります」

 

ペルシアは何か言い返そうとして。

 

やめた。

 

今の自分が。

 

落ち着いて見えないことは分かっている。

 

指令室では。

 

冷静に判断できた。

 

粉塵帯突破を認めた後も。

 

救助船を動かし。

 

アーウィンを発進させ。

 

牽引順序を決めた。

 

だが。

 

帰還が近づくほど。

 

仕事のために押し込めていた感情が。

 

少しずつ戻ってきている。

 

怖かった。

 

あのまま。

 

リュウジの通信が切れるのではないかと思った。

 

粉塵帯の中で。

 

船が壊れるのではないかと思った。

 

自分が信じると決めた判断が。

 

リュウジを死なせるのではないかと思った。

 

それでも。

 

信じた。

 

今。

 

帰ってくる。

 

ペルシアは。

 

緊急ドックの観測窓へ向かった。

 

 

二十七分後。

 

宇宙管理局外周の警戒灯が点灯した。

 

帰還船団。

 

到着。

 

第一緊急ドックの巨大な収容扉が開く。

 

ドック内部では。

 

空間固定装置。

 

牽引アーム。

 

姿勢制御用ドローン。

 

救助班。

 

技術班。

 

医療班。

 

全てが配置についていた。

 

観測窓の向こう。

 

遠くから。

 

最初に四つの光が見えた。

 

アーウィン。

 

フォックス機。

 

ファルコ機。

 

スリッピー機。

 

クリスタル機。

 

四機が。

 

調査船の周囲を囲むように飛んでいる。

 

先頭にフォックス。

 

右側にファルコ。

 

左側にクリスタル。

 

後方の支持部近くにスリッピー。

 

その中央。

 

救助船に牽引され。

 

調査船がゆっくりと入ってきた。

 

ペルシア達は。

 

言葉を失った。

 

通信映像では見ていた。

 

外部損傷の写真も。

 

ジェームズの解析も。

 

何度も確認した。

 

それでも。

 

実物は。

 

想像を超えていた。

 

調査船の船首は。

 

左右で形が違っている。

 

装甲が削られ。

 

本来なら滑らかな外周が。

 

荒く裂けている。

 

右側の観測設備は。

 

ほとんど残っていない。

 

外部通信アンテナは折れ。

 

配線がむき出し。

 

船体側面には。

 

粉塵の衝突による無数の傷。

 

小さなものではない。

 

深く。

 

長く。

 

船体を抉るような線が。

 

何百本も走っている。

 

後部。

 

主推進器周辺は。

 

さらに酷かった。

 

支持構造材が歪み。

 

推進器全体が。

 

僅かに右へ傾いている。

 

応急補強材。

 

固定ワイヤー。

 

外部支持フレーム。

 

救助船とアーウィンが追加した装備で。

 

辛うじて形を保っている。

 

船体下部の一部は剥がれ。

 

内部隔壁が見えている。

 

護衛艦二隻も。

 

無傷ではなかった。

 

第一護衛艦は。

 

外装の広い範囲に亀裂。

 

第二護衛艦は。

 

冷却器周辺に黒い焼損跡。

 

だが。

 

調査船の損傷は。

 

その二隻とは比べものにならなかった。

 

ナミが。

 

小さく息を呑む。

 

マリも。

 

画面から目を離せない。

 

イーナは。

 

無意識に口元へ手を当てた。

 

リリアの表情も固まっている。

 

フレイでさえ。

 

一瞬だけ報告を忘れた。

 

局長は。

 

観測窓の前で立ち尽くしていた。

 

「これで……戻ったのか」

 

ジェームズが。

 

低く答える。

 

「戻したんだ」

 

「リュウジが」

 

ペルシアは何も言えなかった。

 

船体を見る。

 

あの状態で。

 

十日以上。

 

航行を続けた。

 

主推進器を制限し。

 

僅かな反応の遅れを読み。

 

船全体が崩れないように操縦し。

 

最後は。

 

粉塵帯まで突破した。

 

数字で説明されていたことが。

 

目の前の損傷へ変わっている。

 

これは。

 

無事に帰ってきた船ではない。

 

本来なら。

 

帰ってこられなかった船だ。

 

それを。

 

リュウジが。

 

ここまで持ってきた。

 

四機のアーウィンが減速する。

 

フォックス機とファルコ機が左右へ離れ。

 

ドック内部の誘導灯に従う。

 

スリッピー機は。

 

最後まで調査船後部の支持部近くを離れなかった。

 

救助船の牽引出力が下がる。

 

管理局側の大型作業アームが。

 

調査船へ伸びる。

 

最初に。

 

船首側を固定。

 

次に。

 

左右側面。

 

最後に。

 

最も損傷の大きい船尾側を。

 

複数のアームで支える。

 

ジェームズが技術班の回線へ入る。

 

「右後方は直接掴むな。支持材の外側を支えろ!圧力を一度にかけるな。一番から順に、五パーセントずつ上げろ」

 

技術班が応答する。

 

「第一支持アーム、固定開始。第二支持アーム、接触。船首固定完了。側面固定へ移行します」

 

シャオメイが調査船との回線を維持する。

 

「調査船、こちら宇宙管理局。第一緊急ドックへの収容を開始しています。乗員は、そのまま待機してください」

 

調査船内から。

 

弱い音声が返る。

 

リュウジではない。

 

調査隊の乗員。

 

「了解しました」

 

船体全体が。

 

ゆっくりとドック内部へ入る。

 

収容扉が閉じる。

 

外部空間との隔壁。

 

減圧。

 

固定確認。

 

船体の僅かな動きが止まる。

 

フレイが報告する。

 

「調査船、第一緊急ドックへ収容完了。全支持アーム、固定。船体移動なし、医療班、進入準備へ移行します」

 

ペルシアの胸が。

 

強く鳴った。

 

ようやく。

 

戻った。

 

宇宙管理局へ。

 

自分達のところへ。

 

もう。

 

宇宙空間ではない。

 

牽引も。

 

粉塵も。

 

航路もない。

 

船体は固定されている。

 

後は。

 

中にいる者達を出す。

 

 

調査船のエアロック周辺へ。

 

技術班が集まる。

 

外部扉は。

 

粉塵によって大きく傷ついていた。

 

通常の開放操作では。

 

途中で引っかかる可能性がある。

 

ジェームズが現場へ降り。

 

扉の歪みを確認する。

 

「上側が沈んでる。通常開放は無理だ」

 

技術班が聞く。

 

「緊急解除を使用しますか?」

 

ジェームズは一度。

 

内部圧力を確認する。

 

「内側隔壁が閉じてるなら使える」

 

シャオメイが調査船へ通信する。

 

「内部エアロック担当者へ。外部扉の緊急解除を行います。内側隔壁の閉鎖を確認してください」

 

調査船内から返答。

 

「内側隔壁、閉鎖しています。圧力正常」

 

ジェームズが工具を受け取る。

 

外部解除装置。

 

予備油圧。

 

補助アーム。

 

一つずつ接続する。

 

「開けるぞ」

 

重い音。

 

エアロック外部扉が。

 

数センチ動く。

 

途中で止まる。

 

補助アームが。

 

ゆっくりと扉を引く。

 

金属が擦れる。

 

低く。

 

耳障りな音が。

 

ドック内へ響く。

 

扉の隙間が広がる。

 

医療班が。

 

その前で待機している。

 

担架。

 

酸素装置。

 

応急処置用品。

 

体温管理用シート。

 

全てを持って。

 

扉が。

 

人一人通れる幅まで開く。

 

「進入可能」

 

医療班が。

 

次々に調査船内へ入る。

 

最初に。

 

負傷者確認。

 

次に。

 

自力歩行が難しい者。

 

体調不良者。

 

脱水。

 

睡眠不足。

 

放射線。

 

粉塵による機器汚染。

 

全員の状態を。

 

船内で簡易確認する。

 

ペルシアは。

 

エアロック前の安全区域で待っていた。

 

フレイからは。

 

統括官が現場へ出る必要はないと言われた。

 

局長からも。

 

医療班の邪魔をするなと言われた。

 

分かっている。

 

だから。

 

安全線より前へは出ない。

 

ただ。

 

そこから離れることもできなかった。

 

一人。

 

また一人。

 

調査隊の乗員が降りてくる。

 

顔色が悪い。

 

疲れている。

 

身体を支えられている者もいる。

 

医療班へ連れられ。

 

待機区画へ移動する。

 

ペルシアは。

 

その一人一人を確認する。

 

セレナ。

 

ソフィア。

 

ノア。

 

それぞれ。

 

顔に疲労が残っている。

 

だが。

 

歩いている。

 

生きている。

 

セレナは。

 

ペルシアの姿を見た。

 

一瞬。

 

足を止めそうになる。

 

だが。

 

医療班に促され。

 

そのまま歩いていった。

 

今は。

 

言葉を交わす時ではない。

 

ペルシアも。

 

何も言わなかった。

 

その後ろ。

 

エアロックの奥から。

 

一人の男が見えた。

 

リュウジ。

 

ペルシアの胸が。

 

一気に熱くなった。

 

生きている。

 

画面ではなく。

 

通信映像でもなく。

 

本当に。

 

目の前にいる。

 

調査船の狭い通路から。

 

ゆっくりと降りてくる。

 

フライトスーツは。

 

長期間の使用で汚れている。

 

肩。

 

袖。

 

胸元。

 

細かな擦れ。

 

応急処置の跡。

 

顔色は。

 

明らかに悪い。

 

頬が少し落ち。

 

目の下には濃い影。

 

髪も乱れている。

 

歩き方も。

 

いつものリュウジとは違う。

 

一歩ごとに。

 

身体の重さを確かめているような。

 

足元が。

 

完全には安定していない。

 

それでも。

 

医療班の手を借りず。

 

自分で歩いている。

 

ペルシアは。

 

すぐに分かった。

 

疲れ切っている。

 

少し休めばいいという状態ではない。

 

身体だけではない。

 

十日以上。

 

壊れた船の反応を感じ続け。

 

調査隊の全員を背負い。

 

粉塵帯を抜け。

 

救助船へ引き渡すまで。

 

一度も気を抜けなかった。

 

その疲労が。

 

全身へ残っている。

 

リュウジは。

 

エアロックを降りたところで。

 

周囲を見た。

 

医療班。

 

技術班。

 

管理局職員。

 

局長。

 

ジェームズ。

 

シャオメイ。

 

フレイ。

 

ナミ。

 

マリ。

 

イーナ。

 

リリア。

 

その中で。

 

ペルシアを見つける。

 

リュウジの表情が。

 

ほんの僅かに変わった。

 

警戒が解けたような。

 

肩の力が抜けたような。

 

安堵。

 

それまで。

 

身体を動かすために張っていた糸が。

 

ペルシアの姿を見た瞬間。

 

少しだけ緩んだ。

 

リュウジは。

 

ペルシアへ向かって歩き始める。

 

ペルシアも。

 

安全線の内側で。

 

一歩前へ出た。

 

「リュウジ」

 

リュウジは。

 

返事をしなかった。

 

聞こえていないわけではない。

 

ただ。

 

声を出す余力がないように見えた。

 

距離が縮まる。

 

五歩。

 

四歩。

 

三歩。

 

その途中。

 

リュウジの右足が。

 

僅かな床の段差へ引っかかった。

 

身体が前へ傾く。

 

いつものリュウジなら。

 

崩れる前に。

 

すぐ足を出す。

 

だが。

 

反応が遅れた。

 

ペルシアは。

 

考えるより先に動いた。

 

両腕を伸ばし。

 

リュウジの身体を抱き止める。

 

重い。

 

全身の力が抜けかけている。

 

リュウジの額が。

 

ペルシアの肩へ触れる。

 

ペルシアは。

 

両足へ力を入れ。

 

倒れないように支える。

 

「ちょっと、リュウジ」

 

声が。

 

思っていたより震えた。

 

リュウジは。

 

ペルシアの肩へ顔を伏せたまま。

 

小さく息を吐いた。

 

「助かった」

 

僅かな声。

 

帰還したことへの言葉なのか。

 

身体を受け止めてもらったことへの言葉なのか。

 

その両方なのか。

 

ペルシアには分からなかった。

 

ただ。

 

その一言で。

 

胸の奥へ押し込めていたものが。

 

一気に溢れそうになった。

 

ペルシアは。

 

リュウジの背中へ手を回す。

 

フライトスーツ越しに。

 

ゆっくりとさする。

 

背中が。

 

思っていたより細く感じる。

 

力が入っていない。

 

本当に。

 

限界だった。

 

「辛かったのに、よく頑張ったわね」

 

ペルシアは。

 

リュウジの背中をさすりながら呟いた。

 

指令室では。

 

言えなかった。

 

信じていると言うことしかできなかった。

 

突破後も。

 

救助作業を優先し。

 

休めとも。

 

怖かったとも。

 

ほとんど言えなかった。

 

今。

 

ようやく。

 

目の前へ戻ってきた。

 

「もう大丈夫よ。船も止まった。全員、降ろすから、よく帰ってきたわ」

 

リュウジは。

 

何も答えなかった。

 

ペルシアの肩へ。

 

ほんの数秒。

 

身体を預けていた。

 

それは。

 

普段のリュウジなら。

 

ほとんど見せない姿だった。

 

誰かに支えられるより。

 

自分で立とうとする。

 

疲れていても。

 

大丈夫だと言う。

 

問題があれば。

 

先に周囲を確認する。

 

そんなリュウジが。

 

今だけは。

 

ペルシアへ身体を預けている。

 

周囲にいた者達も。

 

誰も声をかけなかった。

 

ジェームズは。

 

腕を組んだまま。

 

僅かに目を伏せる。

 

シャオメイは。

 

通信端末を持つ手を止めていた。

 

イーナは。

 

目元を押さえそうになり。

 

何とか堪えている。

 

ナミとマリも。

 

黙って二人を見ていた。

 

リリアは。

 

医療班が近づきすぎないよう。

 

手で制している。

 

局長は。

 

一度だけ。

 

小さく息を吐いた。

 

リュウジは。

 

やがて。

 

ペルシアから身体を離した。

 

自分で立つ。

 

だが。

 

まだ。

 

足元は完全ではない。

 

ペルシアは。

 

リュウジの腕を掴んだまま離さない。

 

「とりあえず、メディカルチェックを受けて」

 

リュウジは。

 

少しだけ目を閉じた。

 

「先にドルトムントへ戻る」

 

ペルシアの眉が上がる。

 

「何言ってるの?」

 

リュウジは。

 

息を整えながら答える。

 

「報告しないといけない。タツヤ班長とエリンさんに」

 

ペルシアは。

 

すぐに反対しようとした。

 

今の状態で。

 

会社へ戻る。

 

論外。

 

歩くだけで躓いた。

 

顔色も悪い。

 

医療班も待っている。

 

だが。

 

リュウジの目を見る。

 

疲れている。

 

それでも。

 

そこだけは譲らない目。

 

ドルトムントを離れてから。

 

二か月近い。

 

途中。

 

調査中止。

 

連絡途絶。

 

予定変更。

 

十四班側には。

 

何も説明できていない。

 

リュウジ自身が。

 

戻ったことを伝えたいのだろう。

 

報告だけではない。

 

自分の姿を見せる。

 

帰ってきたと伝える。

 

それを。

 

他人へ任せたくない。

 

リュウジは。

 

低い声で続ける。

 

「頼む」

 

ペルシアは。

 

リュウジを見つめた。

 

本来なら。

 

認めない。

 

医療班へ引き渡す。

 

場合によっては。

 

局長権限で止める。

 

だが。

 

リュウジが。

 

これまで何度。

 

自分の判断を信じてほしいと言ったか。

 

粉塵帯でも。

 

最後は。

 

信じた。

 

今。

 

危険な操縦をするわけではない。

 

会社へ戻って。

 

報告をするだけ。

 

その後。

 

必ず戻す。

 

ペルシアは。

 

深く息を吐いた。

 

「今回だけよ」

 

リュウジの目が僅かに動く。

 

ペルシアは。

 

腕を離しながら続ける。

 

「報告したら、すぐに戻ってきなさいよ。メディカルチェックは絶対。逃げたら、管理局から迎えを出すから」

 

リュウジは。

 

僅かに口元を緩めた。

 

「悪い」

 

「悪いと思ってるなら、最初から受けなさいよ」

 

「分かってる」

 

「分かってないから言ってるの」

 

リュウジは。

 

もう一度。

 

小さく息を吐いた。

 

「戻る」

 

ペルシアは。

 

念を押す。

 

「すぐよ」

 

「分かった」

 

リュウジは。

 

ゆっくりと歩き始めた。

 

管理局の出口。

 

連絡通路。

 

ドルトムント財閥の旅行会社へ向かう交通区画。

 

歩幅は。

 

普段より小さい。

 

それでも。

 

一人で歩いていく。

 

ペルシアは。

 

その背中を見送った。

 

止めたい気持ちは。

 

まだある。

 

だが。

 

会社へ戻ることが。

 

リュウジにとって。

 

帰還の最後なのかもしれない。

 

調査船を管理局へ入れただけでは。

 

帰ったことにならない。

 

十四班のフロアへ。

 

タツヤ班長と。

 

エリンと。

 

仲間達のいる場所へ戻る。

 

そこまで行って。

 

ようやく。

 

リュウジの帰還が終わる。

 

そう思い。

 

ペルシアは見送った。

 

 

リュウジの姿が。

 

連絡通路の向こうへ消えてから。

 

数分後。

 

第一緊急ドックの方向から。

 

医療班の一人が走ってきた。

 

周囲を見回している。

 

焦った様子。

 

誰かを探している。

 

ペルシアが気づき。

 

声をかける。

 

「どうしたの?」

 

医療班の職員は。

 

ペルシアの姿を見つけ。

 

足を止めた。

 

「統括官」

 

「リュウジさんを見ませんでしたか?」

 

ペルシアは。

 

リュウジが歩いていった方向を見る。

 

「今、ドルトムントへ向かったわ」

 

医療班の顔が曇る。

 

「メディカルチェックの前にですか?」

 

「報告したら戻るって約束させた。絶対戻すから」

 

医療班は。

 

手に持っていたものを見せた。

 

携帯端末。

 

黒い保護ケース。

 

表面に。

 

細かな傷が入っている。

 

「リュウジさんが、携帯端末を忘れていまして」

 

ペルシアは。

 

端末を見る。

 

調査船内。

 

操縦席周辺で。

 

医療班が拾ったのだろう。

 

「じゃあ、私が渡しておくわ」

 

医療班は。

 

少し迷った。

 

「大丈夫でしょうか?連絡が取れない状態ですので」

 

「ドルトムントへ向かったなら、後で私が持っていく。あなた達は他の乗員を見て」

 

医療班は。

 

ペルシアへ端末を渡した。

 

「お願いします。リュウジさんには、戻り次第必ず検査を受けていただくようお伝えください」

 

「分かってる。逃げさせないから」

 

医療班は頭を下げ。

 

再びドックへ戻っていった。

 

ペルシアは。

 

リュウジの端末を手に持つ。

 

画面は消えている。

 

長期間。

 

まともな通信環境がなかったため。

 

電力消費を抑える設定になっている。

 

端末を起動する。

 

認証画面。

 

本人ではないため。

 

内部の情報は見られない。

 

だが。

 

通知だけは。

 

画面へ表示される。

 

メッセージ。

 

着信履歴。

 

緊急連絡。

 

その中に。

 

同じ名前が。

 

何度も並んでいた。

 

エリン。

 

ペルシアの眉が動く。

 

通知を下へ送る。

 

エリン。

 

エリン。

 

エリン。

 

何日分も。

 

時間を空けながら。

 

何度も連絡が入っている。

 

短いメッセージ。

 

通信できる時でいいから返事して。

 

体調は大丈夫?

 

調査が中止になったって聞いたけど、何があったの?

 

無理してない?

 

返事ができないなら、既読だけでもいい。

 

帰還予定が分かったら教えて。

 

今どこにいるの?

 

リュウジ。

 

連絡して。

 

端末の通知領域に表示されるだけでも。

 

かなりの数だった。

 

リュウジは。

 

調査船の操縦。

 

機体維持。

 

航路判断。

 

その全てで。

 

端末を見る余裕などなかったのだろう。

 

通信そのものも。

 

ほとんど繋がっていない。

 

ペルシアは。

 

画面を見ながら。

 

小さく呟く。

 

「連絡?」

 

エリンからのメッセージ。

 

着信。

 

音声通信の呼出記録。

 

全て。

 

未応答。

 

ペルシアは。

 

思わず笑った。

 

心配が。

 

そのまま数になっている。

 

「彼女かよ」

 

からかうような言葉。

 

だが。

 

声には。

 

少し安心が混ざった。

 

エリンが。

 

ずっと心配していた。

 

リュウジを待っている。

 

なら。

 

今頃。

 

ドルトムントでは。

 

帰還予定を確認しているはず。

 

ただ。

 

予定では。

 

調査船は宇宙連邦連盟へ戻ることになっていた。

 

収容先が。

 

急遽。

 

宇宙管理局へ変わった。

 

ドルトムント側へ。

 

まだ正確な情報が届いていない可能性がある。

 

それなら。

 

エリンは。

 

宇宙連邦連盟のエアポートで待っているかもしれない。

 

ペルシアは。

 

端末を見つめる。

 

連絡先の通知画面から。

 

エリンへの発信操作を選ぶ。

 

本人の端末からは。

 

認証が必要で発信できない。

 

ペルシアは。

 

自分の端末を取り出した。

 

連絡先。

 

エリン。

 

発信。

 

一度。

 

呼出音が鳴る。

 

その途中で。

 

接続された。

 

本当に。

 

一コールだった。

 

「もしもし、ペルシア?」

 

エリンの声。

 

すぐに出た。

 

だが。

 

いつもの落ち着いた声ではない。

 

不安。

 

焦り。

 

心配。

 

それを。

 

何とか押さえている声。

 

周囲の音も。

 

僅かに聞こえる。

 

アナウンス。

 

人の足音。

 

エアポートの待機区画。

 

エリンは。

 

本当に宇宙連邦連盟にいる。

 

「どうしたの?」

 

エリンは。

 

ペルシアの用件を待たず。

 

続ける。

 

「私、今、宇宙連邦連盟にいるんだけど、まだリュウジが操縦している調査船が帰ってこなくて。到着予定は過ぎてるし、案内も変わらないの。連盟の人に聞いても確認中って言われるだけで」

 

ペルシアは。

 

一瞬。

 

言葉を失った。

 

エリンは。

 

予定どおり。

 

迎えに行っていた。

 

調査船が来ない。

 

連絡もない。

 

収容先が変わったことも知らない。

 

何が起きているか分からないまま。

 

待っている。

 

ペルシアは。

 

思わず聞き返す。

 

「何?迎えに行ってるの?」

 

エリンは。

 

少し息を整えた。

 

「ええ、何日も連絡が返ってこないし、急に調査は中止になるし、予定より早く戻るって聞いたのに、詳しい説明は何もないし、何かあったんでしょう?」

 

ペルシアは。

 

リュウジの端末を見る。

 

通知画面。

 

エリンからのメッセージ。

 

数え切れないほど。

 

その一つ一つが。

 

今の声と繋がる。

 

エリンは。

 

何も知らされない中で。

 

ずっと連絡を送り続けていた。

 

リュウジから返事がない。

 

だが。

 

怒っているのではない。

 

何かあったと分かっている。

 

だから。

 

返事ができないほどの状況なのではないかと。

 

心配している。

 

ペルシアは。

 

軽く笑った。

 

「エリン」

 

「何?」

 

「落ち着いて聞いて」

 

エリンの向こう側の音が。

 

僅かに遠くなる。

 

人の少ない場所へ移動したのだろう。

 

「……うん」

 

ペルシアは。

 

はっきりと伝えた。

 

「リュウジは無事」

 

電話の向こうで。

 

息を呑む音がした。

 

「無事なの?」

 

「ええ。今、宇宙管理局に帰ってきた」

 

エリンは。

 

すぐに言葉を返さなかった。

 

ペルシアは。

 

その沈黙の中で。

 

エリンが。

 

何度も状況を理解しようとしているのが分かった。

 

宇宙連邦連盟ではない。

 

宇宙管理局。

 

帰ってきた。

 

無事。

 

その三つを。

 

頭の中で繋げている。

 

やがて。

 

震える声が返る。

 

「宇宙管理局に?どうして?」

 

ペルシアは。

 

調査船が収容された緊急ドックを見る。

 

巨大な船体。

 

損傷。

 

医療班。

 

技術班。

 

あの状態を。

 

どう説明するか。

 

言葉を選ぶ。

 

隠しても。

 

エリンには分かる。

 

リュウジの顔を見れば。

 

すぐに。

 

何かあったと気づく。

 

だから。

 

曖昧にしない。

 

ただし。

 

必要以上に怖がらせない。

 

事実を。

 

順番に話す。

 

「最初は連盟へ戻る予定だった。でも、調査船の損傷が大きすぎたの」

 

エリンの声が固くなる。

 

「損傷?」

 

「北部未探索領域で、調査船が粉塵帯の影響を受けた。主推進器の支持部が壊れかけた。護衛艦二隻も損傷して、先に離脱した。リュウジ達の調査船だけが、未探索領域に残った」

 

電話の向こうで。

 

エリンが。

 

何も言わなくなる。

 

ペルシアは続ける。

 

途中で止めれば。

 

余計に不安になる。

 

「調査は、その時点で中止になった。リュウジが調査船の操縦を引き受けた。推進出力を抑えながら、十日以上かけて戻ってきた。途中で、粉塵帯が帰還航路を塞いだ」

 

エリンが。

 

かすれた声で聞く。

 

「粉塵帯を?」

 

「突破した」

 

ペルシアは答える。

 

「壊れかけた調査船で、リュウジが操縦して、無事に抜けた」

 

エリンの呼吸が。

 

明らかに乱れた。

 

「待って。壊れかけた船で?リュウジが?一人で操縦してたの?」

 

ペルシアは。

 

正確に答える。

 

「操縦は、ほぼ一人。調査隊の乗員も船内にはいた。でも、船を動かしてたのはリュウジ」

 

「何日も?」

 

「何日も」

 

エリンの声が。

 

さらに低くなる。

 

「寝てないの?」

 

「ほとんど」

 

「途中で、少しだけ寝かせた。でも、本当に少し」

 

ペルシアは。

 

自分がリュウジへ休めと言った時のことを思い出す。

 

通信越し。

 

疲れた声。

 

眠ることを拒むリュウジ。

 

一時間だけ。

 

ようやく眠った。

 

それでも。

 

身体の疲労は。

 

消えるはずがない。

 

「連絡する余裕がなかったの」

 

ペルシアは。

 

リュウジの端末を見る。

 

「端末も、今、私が持ってる。調査船に忘れてたの。エリンからの連絡が、かなり入ってるわ」

 

電話の向こうで。

 

エリンが一瞬黙る。

 

少しだけ。

 

恥ずかしさに近い間。

 

だが。

 

すぐに心配が勝つ。

 

「返事が欲しかったわけじゃないの。無事なら、それでよかった」

 

ペルシアは。

 

小さく笑う。

 

「嘘」

 

「何が?」

 

「めちゃくちゃ返事欲しかったでしょ」

 

「それは……」

 

エリンは言葉に詰まる。

 

ペルシアは。

 

端末の通知数を見る。

 

「彼女かよってくらい来てる」

 

エリンの声が。

 

僅かに強くなる。

 

「ペルシア」

 

「はいはい」

 

「今はそういう話じゃないでしょう」

 

「そうね」

 

ペルシアは。

 

すぐに冗談を引っ込める。

 

エリンの声が。

 

少し戻った。

 

いつものエリン。

 

感情が揺れていても。

 

必要なことを確認しようとする。

 

「リュウジは今どこにいるの?」

 

ペルシアは。

 

一瞬。

 

言いにくそうに口を閉じた。

 

エリンは。

 

その間を逃さない。

 

「ペルシア?」

 

「怒らないで聞いて」

 

「何?」

 

「一度、ドルトムントへ向かった」

 

沈黙。

 

今までとは違う。

 

冷たい沈黙。

 

ペルシアは。

 

エリンがどんな顔をしているか。

 

見えなくても分かった。

 

「メディカルチェックは?」

 

「まだ」

 

「ペルシア」

 

低い声。

 

怒っている。

 

完全に。

 

ペルシアは。

 

反射的に弁解する。

 

「止めたわよ。でも、先にタツヤ班長とエリンへ報告したいって、頼むって言われたの」

 

「今の状態で、一人で行かせたの?」

 

「歩けるって言ったから‥‥さっき躓いたけど」

 

電話の向こうの空気が。

 

さらに冷える。

 

ペルシアは。

 

言った直後。

 

余計なことを言ったと気づいた。

 

「躓いた?」

 

エリンの声が。

 

静かになる。

 

怒りが深い時の声。

 

「ペルシア」

 

「はい」

 

「リュウジは、どのくらい疲れてるの?」

 

ペルシアは。

 

今度は誤魔化さなかった。

 

「一目で分かるくらい。顔色も悪い、歩き方もいつもと違う。私のところへ来る途中で躓いて、抱き止めた、少しだけ、私に身体を預けてた」

 

エリンは。

 

何も言わない。

 

ペルシアは。

 

その沈黙へ。

 

さらに説明する。

 

「でも、意識ははっきりしてるし、会話もできる。報告したら、すぐ管理局へ戻るって約束させた。戻ったら、絶対にメディカルチェックを受けさせる」

 

エリンの声が。

 

僅かに震える。

 

「辛かったのね」

 

ペルシアは。

 

調査船を見る。

 

「うん」

 

短く答える。

 

「かなり辛かったと思う…でも、弱音はほとんど言わなかった。船が厳しいってことは言ってた、自分が辛いとは、最後まで言わなかった。粉塵帯を抜けた後も、最初に救助の順序を確認してた。調査隊の乗員が全員降りるまで、自分も操縦席を離れなかった」

 

エリンは。

 

小さく息を吐いた。

 

「リュウジらしい」

 

「そうね」

 

「でも、そういうところが困るのよ」

 

「それも分かる」

 

ペルシアは。

 

ほんの少し笑った。

 

「エリン」

 

「何?」

 

「リュウジ、帰ってきたから」

 

「本当に」

 

「宇宙管理局のエアポートへ入った。調査隊の乗員も、全員降ろしてる。護衛艦二隻も帰ってきた。だから、もう大丈夫」

 

電話の向こうで。

 

エリンが。

 

長く息を吐いた。

 

張り詰めていたものが。

 

少しだけ緩む。

 

「よかった」

 

小さな声。

 

「本当によかった」

 

ペルシアは。

 

リュウジの端末を握り直す。

 

「端末は私が預かってる。後で渡す。エリンからのメッセージも、ちゃんと見せるわ」

 

「全部見せなくていい」

 

「かなりあるわよ」

 

「言わなくていい」

 

「心配しすぎ」

 

「心配するでしょう」

 

エリンの声に。

 

少しだけ。

 

いつもの強さが戻る。

 

「何日も返事がなくて、調査が中止になって、予定が急に変わって、それでも詳しい説明が何もないのよ。迎えに来たら、調査船が到着しないし、心配しない方がおかしいでしょう」

 

ペルシアは。

 

素直に認める。

 

「そうね。ごめん」

 

エリンは。

 

すぐには返さない。

 

「ペルシアが謝ることではないわ。あなたも、ずっと対応してたんでしょう」

 

「まあね」

 

「リュウジを帰してくれたの?」

 

ペルシアは。

 

一瞬考える。

 

自分が帰した。

 

そう言い切ることはできない。

 

リュウジ自身が。

 

船を操縦した。

 

ジェームズが。

 

機体を支えた。

 

シャオメイが。

 

通信を繋いだ。

 

フレイ達が。

 

救援体制を作った。

 

スターフォックスが。

 

護衛艦と調査船を助けた。

 

救助船。

 

医療船。

 

巡視艦。

 

全員で。

 

帰した。

 

「皆で帰した」

 

ペルシアは答える。

 

「でも、最後に船を動かしたのはリュウジ。私達は、その操縦を支えただけ」

 

エリンは。

 

静かに言う。

 

「ありがとう」

 

ペルシアの胸が。

 

僅かに詰まる。

 

「私は統括官だから」

 

「それでもよ」

 

「ありがとう、ペルシア」

 

ペルシアは。

 

少しだけ目を伏せた。

 

エリンは。

 

昔からそうだった。

 

必要な時。

 

必要な相手へ。

 

真っ直ぐに礼を言う。

 

自分だけが辛い時でも。

 

周囲を見ている。

 

「どういたしまして」

 

ペルシアは。

 

照れを隠すように続ける。

 

「それで、エリン」

 

「何?」

 

「連盟で待ってても、調査船は来ないわよ」

 

「分かってる」

 

「今から管理局へ来る?」

 

電話の向こうで。

 

僅かな間。

 

エリンは。

 

すぐに行きたいはず。

 

だが。

 

リュウジは。

 

すでにドルトムントへ向かった。

 

行き違う可能性がある。

 

エリンは。

 

状況を整理する。

 

「リュウジは、ドルトムントへ向かったのよね」

 

「ええ」

 

「なら、私も戻る。たぶん、途中ですれ違うかもしれない。会社へ連絡して、到着したら止めてもらう」

 

ペルシアは。

 

冗談混じりに言う。

 

「捕獲するの?」

 

エリンは。

 

即答した。

 

「する」

 

ペルシアは笑った。

 

「怖い」

 

「ペルシアも、すぐ戻すって約束させたんでしょう」

 

「させた」

 

「なら、会社で報告させたら、私が連れて行く」

 

「助かる」

 

「助かるじゃないわ」

 

「本当に一人で歩かせたの?」

 

ペルシアは。

 

また責められる気配を感じる。

 

「歩けるって言ったから」

 

「リュウジは、歩けなくても歩けるって言うでしょう」

 

「それは……そう」

 

「分かってるなら止めて」

 

「今度から止める」

 

「今回だけって言ったんでしょう」

 

「言った」

 

「本当に今回だけにして」

 

「分かりました」

 

ペルシアが。

 

思わず敬語で答える。

 

電話の向こうで。

 

エリンが僅かに息を漏らした。

 

笑ったのか。

 

呆れたのか。

 

その両方。

 

「端末は?」

 

「私が持ってる」

 

「管理局へ戻った時に渡して」

 

「分かった」

 

エリンは。

 

最後に。

 

静かに聞く。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「リュウジ、本当に無事なのね」

 

ペルシアは。

 

今度は。

 

迷わず答えた。

 

「無事よ。疲れてる。ボロボロ。怒られることも、たぶん沢山ある。でも、生きてる。自分の足で歩いて、ドルトムントへ戻った。だから、大丈夫」

 

エリンは。

 

小さく返した。

 

「分かった」

 

その声には。

 

まだ不安が残っている。

 

だが。

 

先ほどまでの。

 

何も分からない恐怖とは違う。

 

会える。

 

姿を確認できる。

 

叱ることも。

 

休ませることもできる。

 

その現実がある。

 

「私も戻る」

 

「ええ」

 

「ペルシアも休んで」

 

「無理」

 

「どうして?」

 

「調査船の収容後処理、乗員の状態確認。連盟との協議、宇宙警察への報告、護衛艦の修理。山ほどある」

 

エリンが。

 

少し呆れた声を出す。

 

「あなたも同じね」

 

「何が?」

 

「自分は後回し」

 

「私は統括官だから」

 

「それ、リュウジがS級だからって言うのと同じよ」

 

ペルシアは。

 

言葉に詰まった。

 

エリンは続ける。

 

「食事はして、少しでも座って、全部終わってから倒れたら意味がないでしょう」

 

ペルシアは。

 

小さく息を吐く。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「善処する」

 

「しない人の言葉」

 

「エリン、厳しくない?」

 

「あなたとリュウジには、これくらいでいいの」

 

ペルシアは笑った。

 

疲れている。

 

身体も。

 

頭も。

 

限界に近い。

 

それでも。

 

エリンと話したことで。

 

少しだけ。

 

いつもの感覚が戻った。

 

「じゃあ、リュウジをお願い」

 

エリンは。

 

静かに答える。

 

「任せて」

 

通信が切れる。

 

ペルシアは。

 

自分の端末を下ろした。

 

もう一方の手には。

 

リュウジの端末。

 

画面には。

 

エリンからの大量の通知。

 

ペルシアは。

 

もう一度だけ。

 

その数を見る。

 

「本当に彼女みたい」

 

小さく笑う。

 

だが。

 

今度は。

 

からかう声ではなかった。

 

心配して。

 

待っている者がいる。

 

戻る場所がある。

 

だから。

 

リュウジは。

 

あの状態でも。

 

先にドルトムントへ向かったのだろう。

 

ペルシアは。

 

調査船へ視線を戻す。

 

巨大な船体。

 

無数の傷。

 

応急補強。

 

剥がれた装甲。

 

その全てが。

 

今回の帰還が。

 

どれほど困難だったのかを示している。

 

それでも。

 

帰った。

 

ペルシアは。

 

リュウジの端末を自分の上着へ入れた。

 

そして。

 

再び統括官の顔へ戻る。

 

「フレイ」

 

近くにいたフレイが。

 

すぐに反応する。

 

「はい、統括官。調査隊全員のメディカルチェック状況をまとめて、護衛艦二隻の乗員も含めて、連盟への報告は、事実確認が終わるまで暫定版だけ出す」

 

フレイが答える。

 

「承知しました」

 

ペルシアは。

 

第一緊急ドックへ歩き出す。

 

リュウジは。

 

ドルトムントへ帰った。

 

エリンも。

 

迎えるために戻る。

 

だから。

 

自分は。

 

ここに残ったものを片付ける。

 

調査船。

 

護衛艦。

 

調査隊。

 

事故記録。

 

全てを。

 

二度と。

 

同じことが起きない形へ変える。

 

それが。

 

統括官として。

 

帰ってきたリュウジへできることだった。

 

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