宇宙管理局本部。
会議区画。
普段は各部署の調整や事故検証に使用される大会議室へ。
未探索領域調査隊の生存者達が集められていた。
調査船が宇宙管理局へ帰還してから。
彼らは本部内の宿泊区画へ泊まっていた。
帰還直後の健康確認。
事情聴取。
破損した装備の確認。
宇宙連邦連盟側との連絡。
まだ正式な帰還手続が全て終わったわけではない。
本来なら。
リュウジもこの場へ出席する予定だった。
だが。
リュウジは医療センターで精密検査を受け。
そのまま入院となった。
そのため。
会議室に集められた調査隊の席には。
一つだけ空席があった。
調査隊側の中央付近。
操縦責任者。
リュウジ。
そう記された席。
そこには。
誰も座っていない。
調査隊のメンバーは。
長机の片側へまとまって座っていた。
ノア。
カイル。
マーヤ。
オスカー。
セレナ。
ユアン。
ベン。
アデル。
ソフィア。
護衛艦から移乗した隊員。
全員。
帰還できた安堵よりも。
疲労と。
不満と。
拭い切れない緊張を顔へ残している。
対する宇宙管理局側には。
ペルシア。
フレイ。
イーナ。
ジェームズ。
シャオメイ。
リリア。
ファルコ。
クリスタル。
スリッピー。
九人が同席していた。
フォックス。
ナミ。
マリ。
三人は。
オペレーションルームで通常業務へ入っている。
調査船の帰還は。
宇宙管理局全体の業務を止める理由にはならない。
通常航路を飛ぶ船。
救難信号。
管制補助。
未登録船の照合。
日常の監視は。
今も続いている。
会議室の中央には。
長い机。
その上には。
人数分の薄い資料。
そして。
情報提供に関する同意書が置かれていた。
ペルシアは。
調査隊の正面へ座っている。
統括官用の制服。
髪は整えられている。
姿勢も。
一応は統括官らしく見える。
ただし。
椅子には少し深く座りすぎていた。
フレイが。
その横から一度だけ視線を送る。
ペルシアは気づき。
僅かに姿勢を正した。
会議開始予定時刻。
ちょうど。
ペルシアは。
両手を机の上へ置いた。
調査隊の顔を。
一人ずつ見る。
帰還直後。
医療区画や格納区画では会っている。
だが。
正式な形で。
全員を前にして話すのは。
これが初めてだった。
ペルシアは。
普段より少しだけ柔らかな笑みを浮かべた。
「ちゃんと会うのは、初めてよね」
誰も答えない。
ペルシアは続ける。
「宇宙管理局統括官のペルシアよ。よろしくね」
沈黙。
ノアも。
カイルも。
他の調査隊員も。
口を開かなかった。
視線を合わせる者すら少ない。
一部は。
机の上の同意書を見ている。
一部は。
宇宙管理局側の顔ぶれを警戒するように見ている。
ファルコは。
椅子へ浅く腰掛け。
腕を組んでいた。
ジェームズは。
壁際へ近い席で。
不機嫌そうに背もたれへ寄りかかっている。
クリスタルは。
表情を変えない。
スリッピーだけが。
少し困ったように。
ペルシアと調査隊を交互に見ていた。
ペルシアは。
返事がないことを。
特に気にした様子もなく話を続ける。
「今日、ここに来てもらったのは、未探索領域で起きたことについて、宇宙管理局にも報告書を提出してほしいからなの」
調査隊側の空気が。
僅かに硬くなる。
ペルシアは。
机上の書類を指で示した。
「宇宙連邦連盟へ提出する正式報告とは別に、宇宙管理局の事故検証と、今後の救助体制の改善に使わせてもらいたい。操縦記録や機体データは、すでに一部共有されてる。でも、記録だけでは分からないことも多いわ。誰が何を見たのか、どの時点で危険を感じたのか、連盟側の指示がどう伝わっていたのか、調査船の中で、実際に何が起きていたのか」
ペルシアは。
一枚目の書類を持ち上げた。
「机の上に、情報提供の同意書があるから、内容を確認して、問題がなければ書いてほしい」
また。
沈黙。
紙を手に取る者はいる。
だが。
署名用のペンへ手を伸ばす者はいない。
ペルシアは。
少しだけ首を傾げた。
「分からないところがあったら、聞いて」
その時。
ノアが。
初めて口を開いた。
「これは強制ですか?」
落ち着いた声。
だが。
明確な警戒がある。
ペルシアは。
すぐに首を横へ振った。
「ううん、あくまで任意よ。書かないことで、連盟側の評価に影響することもない。宇宙管理局から不利益を与えることもないわ」
ペルシアは。
そこで少し笑う。
「でも、書いてくれると助かる。今回の事故は、今後の未探索領域対応を変える材料になるから」
ノアは。
同意書へ視線を落とした。
答えない。
その隣で。
カイルが。
椅子の背から身体を起こした。
「書いてほしければ」
低い声。
室内の空気が。
その一言で変わる。
「まず、俺達に言うことがあるだろう」
ペルシアが。
カイルを見る。
「言うこと?」
カイルの目が鋭くなる。
「とぼけるな」
机の上へ置かれていた手が。
ゆっくり握られる。
「俺達を馬鹿だと罵ったことを謝れ、話はそれからだろう」
調査隊側の何人かが。
カイルへ視線を向ける。
止める者はいない。
同じ不満を抱えている者もいる。
帰還までの通信。
救助判断。
粉塵帯へ突入する直前。
宇宙管理局と連盟側との間では。
何度も激しい言葉が交わされていた。
その中で。
ペルシアが。
調査隊側の判断を。
馬鹿だと切り捨てた。
少なくとも。
カイルはそう受け取っていた。
ペルシアは。
数秒。
カイルを見た。
それから。
本気で分からないように。
眉を寄せた。
「え?私、馬鹿なんて言ったかしら?」
カイルの頬が引きつる。
ペルシアは。
演技をしている様子ではない。
思い出そうとしている。
通信時のやり取りを。
一つずつ頭の中で探している。
だが。
見つからない。
シャオメイが。
横から静かに言った。
「言っていましたよ」
ペルシアが。
シャオメイを見る。
「言った?」
「はい」
シャオメイは。
端末を操作する。
「調査隊側が、損傷状況を伏せたまま帰還航路を維持しようとした時です。正確には」
シャオメイは。
通信記録を読み上げる。
「こんな調査隊の馬鹿な連中も―――気にしなくていい、と発言されています」
会議室へ。
僅かな沈黙が落ちる。
ペルシアは。
何度か瞬きをした。
「……全然、覚えてないんだけど」
苦笑い。
悪びれていないわけではない。
本当に。
覚えていない。
あの時のペルシアは。
調査船の状態。
救助船の位置。
スターフォックスとの連携。
連盟側の消極的な判断。
全てを同時に処理していた。
誰へ何を言ったか。
細かな言葉までは。
残っていない。
ファルコが。
鼻で笑った。
「ハナから、こんな連中は眼中になかったってことだろ」
カイルの視線が。
ファルコへ向く。
「元宇宙ハンターか」
吐き捨てるような声。
ファルコの笑みが。
僅かに深くなる。
挑発へ。
挑発で返そうとしている。
ペルシアが。
鋭く睨んだ。
「ファルコ!」
「何だよ」
「煽らない」
「先に煽ってきたのは向こうだろ」
「今は黙って」
ファルコは。
肩をすくめた。
だが。
口元の笑みは消えない。
カイルは。
宇宙管理局側の面々を見渡した。
ファルコ。
クリスタル。
スリッピー。
ジェームズ。
そして。
中央に座るペルシア。
「宇宙管理局も」
カイルは。
嘲るように息を吐いた。
「宇宙ハンターを雇うとはな」
ファルコの目が。
少しだけ細くなる。
クリスタルの表情から。
微かな柔らかさが消える。
スリッピーも。
困ったような笑みを引っ込めた。
「それに」
カイルは。
ペルシアへ視線を戻す。
「通信であれだけ俺達に啖呵を切っていた統括官が、こんなチャラチャラした若い女だったとはな」
空気が。
さらに冷える。
フレイの指が。
端末の上で止まった。
イーナが。
小さく息を呑む。
リリアの瞳が。
僅かに鋭くなる。
シャオメイは。
カイルの発言を記録する手を止めない。
ジェームズだけは。
表情を変えず。
カイルを見ている。
その目は。
すでに。
相手を切り捨てる言葉を選んでいる目だった。
カイルは続けた。
「この程度の奴を統括官に招くなんて、宇宙管理局も底が浅いな」
言い終えた瞬間。
椅子が。
小さく軋んだ。
誰かが。
身体へ力を入れた音。
ペルシアは。
その変化を聞き取った。
右側。
ファルコ。
左側。
フレイ。
少し後ろ。
ジェームズ。
全員の空気が。
明らかに変わっている。
ペルシアは。
笑みを浮かべた。
怒っているようには見えない。
だが。
その目だけが。
静かにカイルを見ていた。
「そこまで!」
明るく。
しかし。
はっきりとした声。
室内の空気を。
一度切る。
「分かった。その言い方は、私が悪かったわ」
ペルシアは。
両手を机の上へ置く。
「ちゃんと私が謝るから、それでもう一度、話を戻しましょう」
ペルシアが。
頭を下げようとした。
その瞬間。
「カイルさん」
フレイが口を開いた。
静かな声。
声量は大きくない。
それでも。
ペルシアの動きを止めるには十分だった。
フレイは。
椅子へ座ったまま。
カイルを真っ直ぐに見ている。
「あなたは、統括官が謝れば、同意書にサインしてくださるのですか?」
カイルは。
一瞬だけ黙る。
それから。
鼻で笑った。
「……フッ、同意するかよ」
ペルシアの眉が動く。
カイルは。
背もたれへ身体を預け。
尊大に続けた。
「俺は宇宙連邦連盟の人間だ。お前達に従う道理はない。謝罪は謝罪、同意書は別だ。俺が書きたくなければ書かない」
フレイは。
表情を変えなかった。
「そうですか、では一つだけ言っておきます」
カイルが。
僅かに顎を上げる。
フレイは。
淡々と言った。
「人を見かけで判断しない方がよろしいかと」
カイルが。
笑う。
乾いた。
馬鹿にするような笑い。
「見かけで判断?笑わせるな」
カイルは。
胸を張る。
「俺はA級パイロットとして、宇宙連邦連盟に長い間、所属している。一目見れば、どんな人間かくらい、俺の感覚で分かるんだよ」
ペルシアが。
少しだけ顔を傾けた。
その言葉へ。
何か違和感を覚えたように。
だが。
フレイは。
一切間を置かなかった。
「なるほど、調査隊のメンバーを危険に遭わせた、愚かなパイロットの感覚を誰が信じるというのですか?」
「は?」
ペルシアの口から。
間の抜けた声が出た。
カイルも。
一瞬。
理解できなかったように固まる。
やがて。
目が大きく開く。
「なんだと?」
声が。
一段低くなる。
調査隊側の何人かが。
身じろぎした。
ノアが。
フレイを見る。
ペルシアも。
フレイを見ていた。
そこまで言うとは。
思っていなかった。
フレイは。
普段。
必要以上に相手を刺激しない。
記録。
規則。
事実。
それらを使い。
冷静に相手の逃げ道を塞ぐ。
だが。
今の言葉は。
明確に。
カイル自身を切り捨てていた。
「フレイ」
ペルシアが。
小さく呼ぶ。
フレイは。
ペルシアを見なかった。
カイルだけを見ている。
「通信記録を確認しました。航路変更の提案を却下。護衛艦の損傷情報についても、調査継続へ影響するとして、報告を遅らせています。結果として全員を危険な目に合わせました」
会議室が。
静まり返る。
フレイは。
端末へ視線を落とすことすらしない。
全て。
頭へ入っている。
「あなたの長い経験が、正しい判断へ結びつかなかったことは、記録が証明しています」
カイルの手が。
机の下で握られる。
「黙れ」
低い声。
フレイは。
表情を変えない。
「事実です」
その一言を。
ジェームズが。
さらに低い声で引き継いだ。
「経験が長いことを、判断が正しい証明にするな」
カイルの視線が。
ジェームズへ向く。
ジェームズは。
腕を組んだまま。
壁際から動かない。
「何年乗っていようが、船を壊すなら、ただ長く座っていただけだ」
「貴様」
「推進器の支持部が壊れかけていた」
ジェームズの声は。
冷たい。
「粉塵帯に勝手に突入して、調査予定を優先した。結果、リュウジが何日も、お前達の尻拭いをして船を運んだ」
カイルの眉が。
大きく動く。
「リュウジは、俺の判断に従って」
「違う」
ジェームズは。
即座に切った。
「お前の判断が正しかったから操縦したんじゃない」
「お前の判断で壊れた状況を、他に動かせる奴がいなかったから引き受けただけだ」
調査隊側から。
小さな息を呑む音。
カイルは。
口を開く。
だが。
次の言葉が出ない。
ジェームズは続ける。
「A級だろうが、連盟所属だろうが、船を帰せなかった奴が帰した人間と、帰すために動いた奴を見下すな」
重い声。
短い言葉。
カイルの顔から。
余裕が消えていく。
ファルコが。
椅子へ座ったまま。
楽しそうに笑った。
ただし。
目は笑っていない。
「一目見れば分かる、ねぇ」
カイルが。
ファルコを睨む。
「何がおかしい」
「いや」
ファルコは。
足を組み直す。
「お前の目って、随分便利なんだなと思ってよ。俺が元宇宙ハンターだってことは分かった、ペルシアが若い女だってことも分かった。でも」
ファルコの声が。
少しだけ低くなる。
「自分が船を壊したことは分からなかった」
カイルの頬が。
引きつる。
「自分の判断が間違ってることも、調査隊が限界に近いことも、何一つ見えてなかった」
ファルコは。
口元だけで笑う。
「大した感覚だな、一目で人間が分かる前に、計器と仲間の顔を見る練習をした方がいいんじゃねぇか?」
「ファルコ」
ペルシアが止めようとする。
だが。
ファルコは。
視線をカイルから外さない。
「それとな、宇宙ハンターを馬鹿にするのは勝手だ。俺達は、お前らに褒められたくて飛んでたわけじゃねぇ。でも――壊れた船から誰かを連れ帰った奴を、帰る場所で待ってた奴を、見かけだけで底が浅いなんて言うなら」
ファルコの笑みが消える。
「お前は自分が思ってるほど、人を見る目はねぇよ」
カイルが。
椅子から立ち上がりかける。
その前に。
クリスタルが口を開いた。
「座りなさい」
静かな声。
怒鳴っていない。
それでも。
カイルの動きが。
一瞬止まる。
クリスタルは。
背筋を伸ばし。
カイルを見ていた。
「ここは宇宙管理局の会議室よ、威圧する場所ではないわ」
カイルは。
ゆっくり座り直す。
クリスタルは続ける。
「あなたは、若いという理由でペルシアを軽く見た。宇宙ハンターという経歴でファルコを見下した。肩書だけで自分の判断が正しいと主張した。全て、あなたが今、批判した見かけによる判断ね」
カイルの口元が。
僅かに歪む。
「言葉遊びか」
「いいえ」
クリスタルは。
首を横へ振る。
「単純な矛盾よ。人を見抜けると言いながら、相手の年齢、所属、経歴、それしか見ていない。あなたが見抜いたものは、人間ではなく表示された肩書だけ」
声は穏やか。
だが。
一つ一つの言葉が。
正確に刺さる。
「そして」
クリスタルは。
ペルシアを一度だけ見る。
「あなたが底が浅いと言った人は、連盟が救助判断を遅らせている間に、救助船を動かし、私たちに協力を求め、管理局の各部署をまとめ、粉塵帯の出口を作った。少なくとも、あなたより多くのものを見ていたわ」
ペルシアは。
少し驚いたようにクリスタルを見る。
クリスタルは。
それ以上。
ペルシアへ視線を向けない。
カイルへだけ。
静かに言った。
「見誤ったのは、あなたよ」
カイルが。
奥歯を噛む。
その横で。
スリッピーが。
端末を机へ置いた。
普段の明るい表情はない。
「僕からもいい?」
誰の許可も待たず。
スリッピーは続ける。
「カイルさんが、救助通信の中継切替を拒否した記録が残ってる」
「何?」
「通常系統を維持した方が、連盟側との通信が安定するって言ってたよね」
「当然だ」
「でも、通常系統は粉塵の影響で何度も途切れてた」
「僕達は、管理局の短距離中継とスターフォックス側の通信網を組み合わせれば、接続時間を伸ばせるって提案した」
「それを」
スリッピーは。
少しだけ眉を寄せる。
「宇宙ハンターの設備は信用できないって、拒否した」
カイルは。
ファルコ達を睨む。
「信用できるわけがない」
「でも」
スリッピーは。
真っ直ぐ返す。
「最終的に、その通信で帰ってきたんだよ」
会議室へ。
短い沈黙。
「調査船からの出力は弱くなってた。通常回線だけなら、粉塵帯の中で完全に見失ってた。ファルコ達の中継装置が信号を拾って、シャオメイが遅延を補正して、イーナが情報を整理して、フレイが救助船へ伝えて、ペルシアが突入許可を出した」
スリッピーは。
普段より。
ゆっくり話す。
一つも聞き漏らされないように。
「見かけで信用しなかった相手の技術に、あなた達は助けられた。それを知らないまま、宇宙ハンターを雇った管理局は浅いって言うのは、少し違うと思う」
最後だけ。
スリッピーらしい柔らかさが残る。
だが。
内容は。
容赦がなかった。
「信用できなかったのは仕方ないよ。でも、間違っていたと分かった後まで認めないのは、経験じゃなくて、意地だよ」
カイルが。
スリッピーを睨む。
「子どもが」
ファルコの眉が動く。
クリスタルの目が鋭くなる。
だが。
スリッピー自身が。
先に答えた。
「年齢で判断するのは、さっきフレイがやめた方がいいって言ったばかりだよ」
カイルの顔が。
さらに険しくなる。
スリッピーは。
少し悲しそうに言う。
「本当に、人の話を聞かないんだね」
その言葉の後。
イーナが。
膝の上へ置いていた資料を握り直した。
声を出そうとして。
一度。
息を整える。
彼女は。
強い言葉を使うことに慣れていない。
誰かを否定することにも。
慣れていない。
だが。
ペルシアを馬鹿にされたまま。
黙っていることはできなかった。
「カイルさん」
丁寧な声。
カイルが。
イーナを見る。
その視線に。
イーナの肩が。
僅かに強張る。
それでも。
目を逸らさない。
「私は、調査船から送られた物資使用記録と、乗員の健康記録を整理しました。帰還の五日前には、食料配分と水分配給を、通常より減らしていた記録があります」
カイルは。
答えない。
イーナは続ける。
「医療担当から、これ以上、帰還が遅れれば、複数の乗員が継続勤務できなくなる可能性があると報告されています。実際にはいなかった」
カイルが言う。
「倒れた者はいない」
イーナの指が。
資料を強く握る。
「倒れなければ、問題はないのでしょうか」
カイルが。
僅かに眉を動かす。
イーナの声は。
震えている。
だが。
止まらない。
「リュウジさんは、帰還後の検査で、全身の数値が治療基準の直前でした」
ペルシアが。
イーナを見る。
その情報は。
医療センターから。
統括官権限で届いたばかりだった。
「調査隊の他の方にも、筋疲労、睡眠障害が確認されています。倒れなかったのではありません。倒れる前に帰ることができただけです」
会議室が。
さらに静かになる。
イーナは。
一度息を吸う。
「その帰還を可能にした方へ、見かけだけで、この程度の人間と言うのは、私は」
言葉が。
一度詰まる。
イーナは。
ペルシアを見る。
ペルシアは。
少し驚いた顔で。
イーナを見ている。
イーナは。
もう一度カイルへ向き直る。
「間違っていると思います」
強い言葉ではない。
だが。
普段。
相手へ逆らうことを恐れていたイーナが。
ここまで言う。
その意味は。
この場にいる宇宙管理局側の全員が理解していた。
「ペルシア統括官は、皆さんを帰すために、何度も情報を確認しました。私達が出した資料に不足があれば、すぐに戻して、必要なら、ご自身で現場へ確認へ行かれました。若いことと、統括官として不十分であることは同じではありません」
イーナは。
小さく。
しかし。
はっきり言った。
「私はペルシア統括官が、この管理局の統括官でよかったと思っています」
ペルシアの目が。
僅かに開く。
「イーナ」
思わず。
名前を呼ぶ。
イーナは。
言ってしまった後で。
少し顔を赤くしている。
それでも。
俯かなかった。
次に。
シャオメイが。
端末を机の上へ置いた。
「記録上の事実を、一つ訂正します」
カイルが。
苛立ったように見る。
シャオメイは。
全く怯まない。
「先ほど、宇宙管理局へ従う道理はない、とおっしゃいました。その点については正しいです。同意書は任意です。ペルシア統括官も、最初にそう説明しています。書かない選択は尊重されます」
カイルが。
僅かに顎を上げる。
「だったら」
「ですが」
シャオメイが遮る。
「情報提供を拒否する権利と相手を侮辱する権利は別です」
カイルの目が。
細くなる。
「ペルシア統括官が、通信中に馬鹿と発言したことは事実です。その点は、謝罪されるべきだと思います」
ペルシアが。
小さく頷く。
「うん」
シャオメイは続ける。
「同時に、カイルさんが勝手に粉塵帯に突入したこと、統括官を外見だけで拒否したことも事実です。一方だけが謝罪し、もう一方が、自身の判断について何も説明しないのであれば、対等な話し合いではありません」
カイルは。
机を指で叩く。
「俺に謝れと言うのか」
「いいえ」
シャオメイは。
淡々と答える。
「説明してくださいと言っています。なぜ、御自身の感覚を優先したのですか?説明できるはずです」
カイルの表情が。
歪む。
シャオメイは。
目を逸らさない。
「一目見れば人間が分かるという感覚ではなく、記録へ残せる根拠で答えてください。宇宙管理局は、その情報を求めています。それができないまま、統括官の年齢や外見を理由に能力を否定しても説得力はありません」
カイルの指が。
机を叩くのを止める。
シャオメイは。
最後に言った。
「私は通信技師です。言葉ではなく、届いた結果を見ます。ペルシア統括官の判断は、皆さんを帰還させる結果へ繋がりました。カイルさんの判断は調査船を帰還困難な状態へ近づけました。現時点で確認できる差はそれです」
ペルシアは。
シャオメイを見る。
以前。
ケレス管制で。
間違っていると思えば止める。
そう言った少女。
その言葉どおり。
今。
相手がA級パイロットであっても。
一歩も引かなかった。
次に。
リリアが。
静かに口を開いた。
「カイルさん」
カイルが。
リリアを見る。
若い。
細い。
一見すれば。
この場で最も強い言葉から遠い少女に見える。
リリアは。
机の上で両手を重ねていた。
姿勢は整っている。
声も。
穏やかだった。
「私は以前、救助される側でした」
カイルの表情が。
僅かに変わる。
「救難信号が届かず、誰も来ない時間を経験しました。助けを待つ側にとって、誰が所属しているか、何級の操縦士か、何年の経験があるか、そのようなことは、何の意味もありません」
リリアの瞳が。
真っ直ぐカイルを捉える。
「来てくれたか、帰してくれたか、それだけです」
ファルコ達も。
静かにリリアを見る。
「ペルシアさんは、私を救助した方達を探してくださいました。誰も取り合わなかった記録を確認して、見落とされていた事実を拾ってくださいました。今回も皆さんの信号を拾うために動きました」
カイルが。
小さく鼻を鳴らす。
「感情論か」
「はい」
リリアは。
迷わず答えた。
その返事に。
カイルの方が。
僅かに戸惑う。
「感情もあります。助けてもらった人を馬鹿にされて、何も感じないわけではありません。ですが」
リリアは続ける。
「事実もあります。皆さんは宇宙管理局が調整した救助体制によって帰還しました。その判断を行った統括官を外見だけで能力が低いと決めつけることは、今回、皆さんが救助された事実を御自身で否定しているのと同じです」
カイルの目が。
険しくなる。
リリアは。
それでも。
声を荒らげなかった。
「人を見る目があるとおっしゃるなら、帰還できた理由を正しく見てください」
静かな言葉。
だが。
逃げ場はない。
最後に。
全員の視線が。
自然とジェームズへ戻りかける。
だが。
ジェームズは。
すでに一度言葉を出している。
代わりに。
フレイが。
もう一度だけ口を開いた。
「カイルさん、統括官は御自身の発言について謝罪しようとしました。あなたは、謝罪を受けても同意しないと明言しました。つまり、最初から、謝罪は情報提供へ応じる条件ではなかった。統括官を頭を下げさせるための要求だった」
カイルが。
机へ身を乗り出す。
「違う」
「何が違うのでしょう」
「侮辱されたことに対する謝罪を求めただけだ」
「それなら」
フレイは。
一切表情を変えない。
「統括官が謝罪した時点で、その件は終わらせるべきです。その後、同意書へ署名しない選択をすればよい。ですが、あなたは統括官の外見、年齢、同席者の経歴まで侮辱した」
フレイの声が。
僅かに冷える。
「謝罪を求める人間の態度として、一貫していません」
「お前に」
カイルが。
声を荒らげる。
「俺の態度を決められる筋合いはない!」
「その通りです」
フレイは。
あっさり認めた。
「あなたの態度を決めるのは、あなた自身です。そして、その態度によって、あなたがどのような人間かを示したのも、あなた自身です」
完全な沈黙。
カイルは。
何も返せない。
怒りはある。
だが。
反論すればするほど。
記録。
判断。
結果。
全てを突きつけられる。
ペルシアは。
宇宙管理局側の面々を見渡した。
フレイ。
イーナ。
ジェームズ。
シャオメイ。
リリア。
ファルコ。
クリスタル。
スリッピー。
全員。
明らかに怒っている。
しかも。
ペルシアが止める隙もなく。
次々に。
カイルを切り捨てた。
ペルシアは。
数秒。
口を開けたまま固まっていた。
そして。
ようやく。
我に返る。
「ちょっと待って」
誰も答えない。
「待ってって」
ペルシアは。
椅子から立ち上がる。
「全員、一回外に出るわよ」
ファルコが。
眉を上げる。
「は?」
「宇宙管理局側、全員」
ペルシアは。
会議室の扉を指す。
「今すぐ」
「まだ話は」
フレイが言いかける。
「いいから」
ペルシアは。
少し強く言った。
「このままだと、同意書どころじゃなくなる」
それは。
すでに手遅れに近い。
調査隊側の空気は。
完全に硬直している。
カイルは。
怒りで顔を歪めている。
他のメンバーは。
何も言わず。
机の上の書類を見ている。
他の隊員達も。
宇宙管理局側の予想外の反撃に。
口を挟めずにいた。
ペルシアは。
調査隊へ向き直る。
「一度、休憩にしましょう。同意書は、そのまま置いておいて、書くかどうかは、後で決めてくれていいわ」
カイルが。
何か言おうとする。
だが。
ペルシアは先に続ける。
「それと、馬鹿と言ったことは謝る」
ペルシアは。
今度こそ。
調査隊へ向けて頭を下げた。
「言い方が悪かったわ。ごめんなさい」
短い。
だが。
はっきりした謝罪。
数秒。
頭を下げた後。
ペルシアは顔を上げる。
「ただし」
目が。
僅かに鋭くなる。
「事故原因と、判断の検証は別。その点については、また改めて話しましょう」
そして。
宇宙管理局側へ向き直る。
「行くわよ」
九人は。
順番に席を立った。
ジェームズは。
カイルへ一度だけ。
冷たい視線を向ける。
ファルコも。
最後まで笑みを浮かべていた。
クリスタルが。
その背中を軽く押す。
「行くわよ」
「分かってる」
スリッピーは。
少し気まずそうに。
調査隊へ頭を下げる。
イーナも。
小さく一礼した。
リリア。
シャオメイ。
フレイ。
最後に。
ペルシア。
全員が。
会議室を出る。
扉が閉まった。
◇
会議室の外。
広い廊下。
少し離れた休憩スペースまで移動したところで。
ペルシアは。
突然立ち止まった。
そのまま。
勢いよく振り返る。
「ちょっと」
全員が止まる。
ペルシアは。
両手を腰へ当てた。
「みんなして、どうしたのよ?」
ファルコが。
僅かに眉を上げる。
ジェームズは。
壁へ寄りかかる。
フレイは。
端末を持ったまま。
表情を変えない。
ペルシアは続ける。
「私、局長から、全員に同意書をもらえって言われたのよ?任意だから無理強いはするな。でも、できるだけ全員から取れって、ちゃんと説明して、謝るところは謝って、少しずつ話を進めるつもりだったのに」
ペルシアは。
一人ずつ顔を見る。
「ファルコやジェームズならまだしも」
「おい」
ファルコが言う。
ジェームズの眉も動く。
「何で俺達だけなら分かるんだ」
「あなた達は、すぐ喧嘩を買うでしょう」
「買ってねぇ」
「売られたら受け取るだけだ」
「それを買うって言うのよ」
ペルシアは。
ファルコを指差す。
「でも、フレイ、イーナ、シャオメイ、リリア、クリスタル、スリッピーまで、何で全員で怒るのよ!」
誰も。
すぐには答えなかった。
廊下へ。
気まずい沈黙が落ちる。
先ほどまで。
あれほど容赦なくカイルを追い詰めていた者達が。
今度は。
僅かに視線を逸らしている。
ペルシアは。
首を傾げる。
「何?言いたいことがあるなら言って」
ファルコが。
鼻を鳴らした。
「別に」
「別にじゃないでしょ」
「気に入らなかっただけだ」
「何が?」
ファルコは。
一瞬。
答えるのを嫌がるように顔を背ける。
「お前を、見た目だけで馬鹿にしたことだよ」
ペルシアの目が。
僅かに開く。
ファルコは。
不機嫌そうに続ける。
「お前が書類嫌いで、すぐ現場に飛び出して、思いついたら勝手に人を拾ってきて、統括官らしくない格好で寝てることがあるのは事実だ」
「ちょっと」
「でも」
ファルコの声が。
少しだけ低くなる。
「何も知らねぇ奴に、この程度なんて言われる筋合いはねぇ」
ペルシアが。
ファルコを見る。
ファルコは。
視線を合わせない。
「俺達がいるから浅いって言われるのも気に入らねぇ。宇宙ハンターを雇ったんじゃない、お前が必要だと思って、俺達が残ると決めただけだ。それを管理局が落ちたみたいに言われるのは」
ファルコは。
舌打ちする。
「腹が立つ」
ペルシアの口元が。
僅かに上がりそうになる。
だが。
まだ笑わない。
次に。
ジェームズが。
低く言う。
「俺は無能が、他人を無能扱いするのが嫌いなだけだ」
ペルシアが。
ジェームズを見る。
「それだけ?」
「それだけだ」
「私を馬鹿にされたからじゃなくて?」
「違う」
即答。
だが。
視線は。
僅かに横へ逸れている。
ペルシアは。
何も言わず。
ジェームズを見続ける。
ジェームズの眉間へ。
皺が寄る。
「見るな」
「見てない」
「見てる」
「聞いてるだけ」
「なら黙って聞け」
ペルシアは。
笑いを堪えるように唇を結んだ。
フレイが。
静かに口を開く。
「統括官」
「何?」
「先ほどのカイルさんの発言は宇宙管理局の統括官に対する侮辱です。個人間の感情だけで済ませるものではありません」
ペルシアが。
少し真面目な顔になる。
フレイは続ける。
「統括官の年齢や外見を理由に、能力が低いと決めつけることを許せば、今後の外部調整にも影響します。必要な時に、統括官の判断を軽視される原因になります」
「だから、止めた?」
「はい」
「それだけ?」
フレイが。
僅かに黙る。
ペルシアが。
顔を覗き込もうとする。
フレイは。
一歩だけ下がった。
「近いです」
「それだけ?」
「統括官」
「答えて」
フレイは。
数秒。
黙っていた。
それから。
僅かに目を伏せる。
「……個人的にも、不快でした」
ペルシアの目が。
大きくなる。
フレイは。
すぐに端末へ視線を落とした。
「以上です」
「フレイ」
「以上です」
声は平静。
だが。
耳が。
ほんの僅かに赤い。
ペルシアの口元が。
また上がりかける。
次に。
イーナが。
少し緊張しながら言う。
「私も」
全員が。
イーナを見る。
イーナは。
両手を身体の前で重ねる。
「ペルシア統括官に必要だと言っていただきました。私が総務部で、役に立てているか分からなかった時に、確認することは悪いことではないと言ってくださいました」
ペルシアは。
黙って聞く。
「今の場所に、連れてきてくださいました。その方を何も知らないまま、見た目だけで、この程度と言われて、黙っていることは」
イーナは。
少し頬を赤くする。
「できませんでした」
「イーナ」
ペルシアの声が。
少し柔らかくなる。
イーナは。
恥ずかしくなったように。
僅かに俯く。
「感情的になってしまい、申し訳ありません」
「謝らない」
ペルシアが。
すぐに言う。
イーナが。
顔を上げる。
「でも」
「今のは謝らない」
ペルシアは。
少し笑った。
「ありがとう」
イーナの頬が。
さらに赤くなる。
シャオメイは。
端末を胸元へ抱えたまま言う。
「私は、記録上の誤りを訂正しただけです」
ペルシアが。
シャオメイを見る。
「本当に?」
「はい」
「私を馬鹿にされたからじゃなくて?」
「それもあります」
即答。
今度は。
ペルシアの方が。
少し驚く。
シャオメイは。
僅かに顔を赤くしながら続ける。
「ペルシア統括官は私が必要なら止めると言った時、それでいいと言ってくださいました。ですから、今回は、私が間違っていると思ったことを止めました。」
「相手がA級パイロットでも?」
「関係ありません」
「統括官を馬鹿にしたから?」
シャオメイは。
一瞬だけ口を閉じる。
「……それも、関係あります」
ペルシアは。
とうとう。
明らかに嬉しそうな顔になる。
シャオメイは。
それを見て。
少し後悔したように視線を逸らした。
リリアが。
静かに続ける。
「私は、ペルシアさんへ恩があります。恩だけで話したわけではありません。でも、助けてくださった方が侮辱されて、何も言わずにいることはできませんでした」
ペルシアが。
リリアを見る。
リリアは。
穏やかに微笑む。
「ペルシアさんは私が今、ここにいる理由の一人です。ですから、私の知っているペルシアさんと、あの方が決めつけた人物が違うことを伝えたかったんです」
ペルシアの顔が。
少しだけ照れたように緩む。
「リリアまで」
クリスタルが。
腕を組んだまま言う。
「私は矛盾を指摘しただけよ」
ペルシアが。
すぐに見る。
「クリスタルも?」
「何が?」
「私のため?」
クリスタルは。
数秒。
ペルシアを見た。
「あなたは自分の価値を低く扱いすぎる時があるわ」
ペルシアの笑みが。
僅かに止まる。
「今も皆がなぜ怒ったのか、本当に分かっていないでしょう」
「だって、私は謝れば済むと思ったし」
「そういうところよ」
クリスタルは。
小さく息を吐く。
「あなた自身が気にしないことと私達が気にしないことは同じではない。私達は、あなたがどのように統括官として動いてきたかを知っている。失敗も、無茶も、面倒なところも」
「全部?」
ペルシアが言う。
「全部」
クリスタルは即答する。
「その上で、見た目しか知らない人に能力まで否定されるのは不愉快だった」
ペルシアは。
完全に口元を緩めている。
クリスタルは。
それに気づき。
少し目を細める。
「その顔をやめなさい」
「何の顔?」
「調子に乗る直前の顔」
ペルシアは。
さらに笑う。
最後に。
スリッピーが。
後頭部を掻きながら言った。
「僕もペルシアがすごく頑張ってたのを見てたから」
ペルシアが。
スリッピーを見る。
「調査船からの信号が弱くなった時、ずっと音を聞いてたよね。何度切れても、まだいるって言って、諦めなかった」
スリッピーの声は。
普段どおり優しい。
「僕達にできることを聞いて、必要ならすぐ決めて、責任は自分が取るって言った。だから、何も知らない人に、チャラチャラした若い女って言われるのは」
スリッピーは。
少し困ったように笑う。
「嫌だったよ」
ペルシアは。
スリッピーを見つめる。
スリッピーは続ける。
「ペルシアは、見た目は、少し統括官っぽくない時もあるけど」
「ちょっと」
「でも、僕達の統括官だよ」
その一言で。
ペルシアが。
完全に黙った。
先ほどまで。
腰へ手を当て。
全員を問い詰めていた。
だが。
今は。
少しだけ目を見開き。
八人を順番に見ている。
ファルコ。
ジェームズ。
フレイ。
イーナ。
シャオメイ。
リリア。
クリスタル。
スリッピー。
全員。
視線を合わせようとしない。
ある者は壁を見る。
ある者は端末を見る。
ある者は床を見る。
自分達が。
ペルシアを庇って怒った。
その事実を。
正面から認めることが。
少し気恥ずかしい。
廊下へ。
静かな時間が流れる。
やがて。
ペルシアの口元が。
ゆっくり。
大きく上がった。
「なになに?」
全員の表情が。
僅かに強張る。
ペルシアは。
両手を胸元で組む。
「私のために怒ってくれたの?」
ファルコが。
嫌そうな顔をする。
「その言い方やめろ」
「可愛いところがあるじゃない!」
ペルシアは。
満足げに言い切った。
「誰が可愛いんだ」
ジェームズが。
低く言う。
「全員」
「俺は違う」
「ジェームズが一番分かりやすかったわよ」
「黙れ」
「リュウジのことまで出して怒ってたじゃない」
「事実を言っただけだ」
「はいはい」
ペルシアは。
楽しそうに笑う。
ファルコが。
頭を掻く。
「面倒くせぇ」
「何よ」
「庇ったら庇ったで、これだ」
「だって嬉しいんだもの」
「素直ね」
クリスタルが。
少し呆れながら言う。
ペルシアは。
胸を張った。
「嬉しい時は嬉しいって言うわよ、皆が私を大事にしてくれてるなんて、統括官になってよかったわ」
「そこまで言っていません」
フレイが。
即座に訂正する。
「言ってたようなものじゃない」
「言っていません。不快だったって、職務上の」
「個人的にもって言った」
フレイが。
完全に黙る。
ペルシアの笑みが。
さらに深くなる。
「フレイ、可愛い」
「統括官」
「何?」
「今後、同様の場面では、私は発言を控えます」
「ごめん」
ペルシアは。
すぐに謝った。
だが。
笑みは消えない。
イーナも。
頬を赤くしたまま困っている。
シャオメイは。
端末へ視線を落とし。
何かを記録するふりをしている。
リリアは。
恥ずかしそうに微笑む。
スリッピーも。
少し照れながら笑っていた。
ジェームズとファルコは。
明らかに。
早くこの話を終わらせたそうな顔をしている。
ペルシアは。
全員を見渡す。
嬉しい。
単純に。
嬉しかった。
自分が。
宇宙管理局へ来たばかりの頃。
統括官という肩書はあっても。
自分の周りには何もなかった。
フレイだけが。
資料を持って横に立っていた。
そこへ。
一人。
また一人。
必要だと思った者を呼んだ。
時には。
嫌がられた。
断られた。
怒られた。
それでも。
少しずつ。
同じ場所で動く仲間が増えた。
今。
その仲間達が。
自分を侮辱されたことへ怒った。
自分より先に。
自分以上に。
怒った。
ペルシアは。
その事実を。
胸の中で何度も確かめる。
「でも」
ペルシアが。
少しだけ現実へ戻る。
「これ、どうするのよ」
「何がだ」
ファルコが聞く。
「同意書」
ペルシアは。
会議室の方を指差す。
「全員からもらえって言われたのに、もう、誰も書いてくれないんじゃない?」
全員が。
一瞬黙る。
確かに。
会議室の空気は。
最悪に近かった。
スリッピーが。
申し訳なさそうに言う。
「少し、言いすぎたかな」
「少し?」
ペルシアが聞き返す。
シャオメイが。
冷静に答える。
「かなりだと思います」
ファルコが。
肩をすくめる。
「向こうが先だ」
「それを言ったら話が進まないでしょう」
ペルシアは。
額を押さえる。
「もう、私が謝って、少し持ち上げて、任意だから無理しなくていいって言って、まずノア辺りから書いてもらおうと思ってたのに」
フレイが。
静かに提案する。
「時間を置きましょう。再開後は統括官と私だけが入ります。他の皆さんは退席してください」
ファルコが。
不満そうに言う。
「俺達が邪魔みたいに言うな」
「現時点では邪魔です」
フレイは即答した。
「特にファルコさんとジェームズさんは」
ジェームズが。
鼻で笑う。
「最初から呼ぶな」
「局長から、救助へ関わった各担当者も同席させるよう指示がありました」
「もう十分関わっただろ」
「関わりすぎたのよ」
ペルシアが。
ため息をつく。
それでも。
顔には。
まだ満足そうな笑みが残っている。
「まあ、仕方ないか」
ペルシアは。
もう一度。
全員を見る。
「今回は許してあげる」
ファルコが。
目を細める。
「何でお前が許す側なんだ」
「私のために怒ってくれたから」
「違う」
「可愛い」
「言うな」
ペルシアの笑い声が。
廊下へ響く。
会議室の中には。
まだ。
重い空気が残っている。
同意書も。
一枚も署名されていない。
カイルとの対立も。
何一つ解決していない。
それでも。
ペルシアの周囲には。
自分が守ろうとした者達がいた。
そして。
今度は。
その者達が。
ペルシアを守ろうとしていた。