艦これ暇つぶし 作:金柑
CHAOS(カオス)とLAW(ロウ)っていうのは、何も某ゲームだけの話では無い。
この二つの関係はある考え方によっては難しく、ある考え方によっては至極解りやすいものになる。そして思ったよりもずっと身近で体感できるものだ。
これを簡単に解釈してみよう。
世界の秩序、ルールが定まってくると、人はそれを壊したくなってくる。そこから外れたものに強い魅力を覚えてくる。
だから異常に分類されるものに興味を持ち、そこに惹かれ、規則から外れた世界を作り上げようとする。
グチャグチャでメチャクチャで、どうしようも無い状態になってくると、人はそれを整理したくなる。
正道、常識と呼ばれる規則を作り出し、それに沿って世界の均衡を保とうとする。
人はルールが無い世界にいるとルールを作り上げる事を望み、ルールが整った世界にいるとそれを壊ししたいという欲望に駆られる。
ロウによって新たな世界(規則)が生まれ、カオスによって世界(規則)が壊されて新たな世界(規則)が生まれるのだ。
安定した職場、安定した収入、安定した環境。
満足できるはずなのに、何故かそんな環境にいると外れてみたくなってくることはないだろうか。
仕事を辞めて、高い収入を捨てて、夢という不確定極まりない新たな世界を望まないだろうか。
素晴らしい社会に身を置いていても、殺人や強盗などの犯罪を犯したくならないだろうか。
その素晴らしい社会の規則から外れ、自分の存在を変えてみたくはならいだろうか。
乱れた生活をしていくと、やがてそれをキッチリした生活にしていきたいと思わないだろうか。
汚い部屋を綺麗にしたいと思うように。そして自身がそれを思わなくとも、周りがそれを改善していきたいと動いていくように。
規則正しく保たれてきた環境も、変革を迎える時が必ず訪れるように。
混沌とした世界の中でもルールが作られ、それを護ろうとする者が現れるように。
カオスとロウの関係は非常に身近なものだ。
壊そうとして、作ろうとして、また壊して。生と死のようにして、常にこの働きが私達の生の中で繰り返されている。
混沌の中で秩序が生まれる。
秩序の中で混沌が生まれる。
新しい光は常に混沌から生まれ、混沌は常に平穏な世界から生まれる。
世界が保たれていれば、世界が飽和を迎えてしまえば、世界はそれを変えようとする。
護れた世界から、崩れ去る世界へ。
混沌とし、崩れていく世界の中で。人は何を見て、何を知り、何を生かそうとするのだろうか。
■ ■ ■
『提督、撤退の許可をッ!』
金切り声に近い悲鳴。
通信から送られる声にはまったく余裕が感じられない。
「撤退は許可できない。死力を尽くして敵を殲滅しろ。……あぁ、不幸だな」
視線を動かすと、彼女達が出撃した際に入れたお茶が目についた。
ゆっくりと口元にお茶を運ぶ。口内に含むと、冷めて苦いお茶の味で口内が満たされる。 男は「もう少し早く飲めば良かったか?」と思わず顔を顰めた。
仕方なく不味いお茶を、一気に咽の奥へと流し込んでいく。
『私達に死ねって言ってるの馬鹿提督ッ!?』
『曙、気持ちは解るけどその物言いは不味いっぽいッ!?』
通信機から飛び込んで来た、気の強そうな少女の言葉。男は頬を歪めて苦笑しながら、座り心地のあまり良くない椅子に身を沈めた。
「これは軍部の意向だよ。私のような一提督に選択権は与えられていないのさ。ちなみに被害はいくら生まれても良いから、絶対に一帯を制圧しろっていう。こっちのことなんか何も考えていない素晴らしい命令だ」
『っは!散々に現場が警告してやってんのに、あれだけ無視してやがった無能連中が何を今更ッ!』
「そんな無能連中が上にいる大和の国って、実に素敵じゃないか摩耶?」
『素晴らしすぎて吐き気が込み上げてくるねッ!今度暇があれば連中の役に立たない脳味噌に、20.3センチ連装砲の弾でキスしてやりたいぐらいだッ!』
「止めとけ、弾が勿体ない」
仮に空いた椅子がいくつできようが、結局は同じような人間が座ることになる。
希望的観測でものを語ることは幸せだが、現実は不幸すら生温い事になるのはこの世の常だろう。
『ああ、不幸だわ。ようやく与えられた活躍の場が、まさかこんな泥沼な戦場だなんて』
「はっはっは、扶桑。人生は山あり谷あり、そのうち積み立てた幸運が返済されるさ」
『それは素晴らしい人生プランだな提督。だが艦娘になったときから積み立てた幸運があるはずなのに、未だ僅かな利息すら受け取った事は無いのだがね?』
やや皮肉を交えた質問だ。
その意図を完全に理解した提督は、微笑みを深くする。
「木曾、残念だが不景気なこの今の世の中じゃ幸運の利息は下がっても上がることはない。ついでにあまりの信用不安と不況に、積み立てしといた銀行自体が倒産していく始末だ」
『そいつは嬉しい事を聞いたな、おまけで離脱を認めてくれたらもっと嬉しい。そしたら魔法の一つもプレゼントしたいぐらいだ』
提督は木曾の言葉に眼を細めた。
「魔法?」
『乙女のキスだ』
「妙妙たる魔法だね、是非とも受け入れたいものだ」
冗談か本気か、どちらにしても向こうは反応を楽しんでいるのだろう。
曙が怒り心頭といった様子で、木曽に「ふざけてんじゃないわよッ!」と怒鳴っているのが聞こえた。
彼女に罵倒する余力がある分、今日の戦場はいくらか穏やかであるらしい。
……もっとも、彼女であれば余力が無くとも最後まで心に刺さる物言いを続けそうだが。
無線の向こうで繰り広げられる轟音の嵐。激しい戦場の様子が目に浮かぶ。硝煙の煙が、遠く離れているこの地にまで届きそうだ。
なんていうか、あれだ。これを「むせる」というのだろうか。
「それに魔法をかけられる歳じゃないよ、俺はもう魔法から醒める年齢になってるしね」
『やれやれ、うまくはいかないものだな。まぁこんな生死の境に身を置きすぎると、いやでも現実を噛み締めざるをえないか』
「おめでとう。挫折と悲哀と苦悩を味わい尽くすからこそ人は大人になれるんだ。今日の夕飯は赤飯にしておこう」
『それはいい、あれは腹にたまる』
赤飯はごま塩がよく合うな。
そのままも一番だが、やはりうま塩が引き立てる赤飯の味は格別だ。
そういえば、今日は魚の煮付けであっていたはず。これも赤飯のお供としては、百点満点のおかずだ。
『廚二病に、罵倒女に、ヤンキー女に、戦闘狂。何で私と姉様はここにいるのかしら?不幸すぎて死にそう……』
「山城、君がその部隊にいる時点で、既に軍部から彼女らと同列視されていることに気がついてる?」
『ほんっとうに不幸だわッ!』
まだ自分が不幸だと理解できている分、彼女達は幸せな方だ。
不幸を不幸と知らず、不幸を不幸と思わなくない。そうなればいよいよをもってして、艦娘は人間から外れてしまう。
彼女達が兵器扱いを受けながら、未だに人としての感性を捨てていない事は、提督としては駄目だろうが素直に嬉しく思う。
本人達の感想はまったくの別として、ではあるが。
『糞提督ッ!十二時の方角から新たな援軍がお出ましよッ!』
「数は?」
『駆逐艦が四隻、軽巡が二隻ッ!ちょっと、流石にこれ以上はきついわよッ!?』
「夕立、いけるか?」
『既に砲身が溶けそうなぐらい熱い、武装の方が保たないっぽいッ!』
「やれないことはないんだな、霧島みたいに殴り合ってみるかい?」
『それすごい名案っぽいッ!』
さて、状況を整理していこう。
現在戦場には駆逐艦が三隻、軽巡が二隻、雷巡が一隻、軽空母が二隻、重巡が三隻。
援軍として駆逐艦が四隻に軽巡が二隻。十七体が敵側として参戦した。
対してうちの乙女達は計六人。既に戦闘開始から二十分が経過。弾と燃料はまだ持つが、疲労は蓄積している。そろそろ判断能力が鈍る頃合いだ。
まともな提督であれば退却を決める場面だろう。撤退戦を指揮し、如何にして艦娘達を無事に鎮守府へ帰還させるか。指揮官の能力を発揮する見せ所のはずだ。
が現実は蜜よりも甘く、苦い。
厳しい上下社会の理不尽。その波はこの鎮守府まで及び、すっぽり飲み込んでしまっている。
この逆境の原因は間違いなく、話をまったく聞かない本部と、やたらと海軍に反対してくる陸軍の連中である。
……しかし、こんな愚痴は今更だろう。
原因や責任の所在を求めるのは後回しだ。十中八九は責任を此方に押しつけてくるのは目に見えてる。
考えていても辛いことばかりだから、あまり考えたくないという情けない現実がそこにある。
悪い負債ばっかりが積み重なっていく様を見るのは、それなりに心臓と胃と頭にくる。体は鍛えているから問題無いが、鍛えようのない心は持ちそうにない。
「陣形を単縦陣に移行。木曾の援軍へ向けた甲標的の雷撃後に、夕立・曙両名による突撃を決行する」
最悪尽くめの舞台の上でも、役者の士気は十二分。どっちが踊るのか解らないが、踊るにしろ踊らないにしろ楽しんだもの勝ちだろう。
同じ阿呆なら踊らにゃ損だ。
「二人は接近戦に持ち込んで混乱させろ。摩耶は二人の援護、扶桑と山城は瑞雲を軽空母の足止めとして放った後、重巡一隻を集中攻撃で沈ませる。これ以上呼ばれる前に、一気に方をつけないと」
『おい提督、それが失敗したら?』
「お前達は海の底で深海棲艦達とワルツを踊って、俺は首でブランコを楽しむ。いつも通り、何も問題は無い」
俺の言葉に対する反応は六人六色。
ただ全員に共通して言えることは……殺気が膨れあがった。殺気の方向性が敵(深海棲艦)か、味方の敵(軍部)か、それとも俺自身に向いているのかは知らない。
『All right!つまりいつも通りって事だッ!』
麻耶の喜色に富んだ叫びと共に海上を急速旋回。振り向き様に自慢の20.3センチ連装砲で、中破に追い込んでいた電装軽巡洋艦チ級を瞬く間に撃沈させる。
突破口を切り開いた麻耶に呼応するかのように、次々と艦娘は気勢を上げて突撃を開始。
各々が戦意を隠そうともせずに戦場へ身を躍らせていく。
『あいつらは俺のダンスパートナーにしては、いささか役者不足ッ!来てすぐに悪いがご退場を願おうッ!』
木曾が先行させていた甲標的が、未だ遠方に位置する援軍部隊の座標を完全に捉え切った。
甲標的の先頭から二本の九七式酸素魚雷が発射。射出された酸素魚雷が、海中を雷速50ノットという速さで突き進む。酸素魚雷が今しがた参戦しようとしている軽巡洋艦ヘ級に直撃、撃沈。
さらに僅かばかりそれた残る一本が、それよりやや後方を進軍していた駆逐艦イ級の顔に着弾。爆炎がイ級を飲み込み、海のチリへと変えた。
『意地でも死んでやるもんですかッ!帰ったら覚悟してなさいよ糞提督ッ!』
進撃する曙が砲撃を躱しつつ、迎撃に乗り出した二隻の駆逐艦の間を交差。すり抜け様に駆逐艦ロ級、ハ級の横っ腹に連撃を叩き込み轟沈させる。
『ソロモンの悪夢、この場所で再現してあげるわッ!』
夕立が野生に満ちた笑みを浮かべながら10cm連装高角砲を砲撃。弾は曙へ完全に注意を向けていた重巡洋艦リ級の顔面に着弾。眼という繊細な機関をやられたリ級は、顔を覆いその場で金切り声に似た悲鳴を上げる。
仲間の惨状を目にした残る重巡リ級二隻は、怒り狂いながら夕立へ砲身を向けた。
しかし既に夕立はその小柄な体をもって、敵艦との接近戦を繰り広げている。激しく動き回る夕立へ照準は付け難く、さらには誤射(フレンドリーファイア)を恐れて砲撃が行えない。
その間にも夕立は提督の進言通りに、なんと拳で駆逐艦ニ級を撃沈させる。まさに鬼神の如き働きであった。
『金剛四姉妹、伊勢・日向には負けたいくないもの……はぁ』
『夜戦には持ち込みたくないわ……嫌な予感がするし』
低テンションの扶桑・山城が瑞雲を送り出した後、41cm連装砲を一斉射撃。
夕立に気を取られていた重巡リ級一隻を、姉妹息の揃った砲撃で四散させる。さらに顔を負傷し、反応が遅れていたもう一隻の胴体にも二発の砲弾が着弾。自身の腹腔に風穴を空けたまま、地平線に吹き飛ばされて海に沈む。
艦隊全体が狂気を内包した戦意を荒々しく見せつけていく。
嵐のように激しい乙女達の猛攻に晒された深海棲艦達は、瞬く間に数を減らしていった。
「鎮守府毎に数が限られている艦娘は、演習や軽い実戦を重ねて少数精鋭にするしかない。しかし一人前になる時間を向こうは許してはくれない。結果としてある程度の訓練を施した艦娘を、戦場で一人前にするという無茶が当たり前になってきている」
活躍を耳にしながらも、提督の顔はどこか浮かない表情であった。
「対して深海棲艦はほぼ完成されたな軍だ。統制は甘いが、その代わりに底なしにも思える十分な数を運用。燃料や弾薬といった戦争に必要な物資も、戦いの度に十分な数を運用している。対してこっちは陸の孤島、そもそも資源が国全体で慢性的な不足に陥っているの現状だ。」
艦娘達の咆哮を聞きながら、提督は頭に被った帽子を指で弄ぶ。
「おまけ、敵の本拠地が不明。敵の燃料補給地点も不明。この広い海のどこかにあるって、そりゃ当たり前だろうに」
口から出てくるのは、ため息と愚痴ばかり。嫌な大人になりつつある。
「これで深海棲艦が人間のような小賢しさや、戦略を練ってきたら……人類は果たして連中に勝てるのか?」
深海棲艦は頭はあまりよろしくないらしい。本能行動や僅かな情動反応は見受けられるが、複雑な精神活動は行わない。学習能力だけがある機械のようだ。
だが知性を彼らが備えれば、数だけが取り柄の無能軍団が、統制された精鋭に変貌する。
その危険性はおとぎ話扱いされているが、少し前までは艦娘や深海棲艦までおとぎ話どころか空想の世界ですら存在できなかった。
むしろ艦娘が意志を持っているのだから、深海棲艦が持ち得てもおかしくはないと思うのだが……。
人間はあまり面倒くさい可能性を考えたくないらしい。おかげでこんな話を言っている自分は狂人扱いだ。
ただ狂人扱いの戯言であろうが、通信機器から艦娘へ発信されるわけで……。
『全部こっちに聞こえてるわよ糞提督ッ!気落ちさせんなッ!』
『辛気くさいこと言うなって馬鹿提督ッ!』
『す、少しは希望があることも聞きたいっぽい?』
『希望に縋って目を眩ませるよりはマシだが……。この現実は理性で割り切れるものでは無いなッ!』
『勝っているのに負けている気分になる。不幸だわ……』
『あ、これ不発弾……。今日もう四回目、確立は低いはずなのに』
一部を除いた大半の艦娘達から非難の言葉を浴びた。
「帰ってきたらいくらでもお小言は受けるよ。……君たちが負けたら、お小言を受ける前に左遷されるわけだが」
『絶対に勝って生きて帰ってやるんだから、そこで待ってなさいよッ!』
「頼む、俺の財政維持の為に勝利を届けてくれ」
『そこは嘘でも平和の為に、とか宣って欲しいところだな』
怒りと呆れに包まれた艦娘達。彼女達の攻撃は更に熾烈に、苛烈になっていく。
深海棲艦達は一隻、また一隻と数を減らしていき、やがてその全てが海中へ没していった。
十五分三十二秒後。艦隊は戦闘を終了。
彼女達の最終討伐数は、艦隊の編成数の十倍を超えていた。対して此方は全員が小破以上の被害を受けていたものの、沈没はゼロという脅威の結果に。
この結果を紳士に受け止めた提督は、総司令部へ実際よりも被害をさらに悪化させた報告を送る事を決意したという。もしこのまま伝えてしまえば、調子に乗った軍部からどんな無茶な司令が届けられるか。
現場の事をまるで考えない指令を想像するだけで、口の端に変な笑いが込み上げてくる。
無茶をして手に入れる上等な階級よりも、心の平穏と健康な体が何よりも長生きのコツだ。
さて、曙のお小言を聞く前にお茶を飲もう。そうだな、今度は渋くないものがいい。
お茶菓子は何かあったか、のっそりと椅子から起き上がる。給湯室へ赴く提督の横顔は晴れやかであった。