監視クローン大量生産系TS主導者「どうしてこうなった」   作:ギンの助

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プロローグだよ。


第1話 素晴らしき世界(大嘘)

 ズズズ、と腹の底に響くような微振動が、カフェのテーブルを揺らした。

 カップの中の黒い液体が波紋を描く。しかし、テラス席の客たちは誰も悲鳴を上げない。ただ一斉に、東側の防壁の方角へ視線をやっただけだ。

 

 分厚いドーム状の透明防壁の向こう側。

 そこには、形容し難い赤黒く脈打つ肉塊のような生命体が地平線まで続く、地獄絵図が広がっていた。

 

 かつては緑豊かだった大地。人々が暮らした生活圏。

 だが今、そこにあるのは荒れた地面と枯れた草木、そして人類がそこで暮らしていた痕跡である廃墟のみ。

 

 ――『魔物』。

 120年前に突如現れたその厄災は、環境に合わせて無限に高速進化と分岐を繰り返す捕食者だった。人類は総力を挙げて抗ったが、魔物たちの圧倒的な進化速度には追いつけず、国家は次々と瓦解。世界人口の六割が食い殺され、残された人類は細々と生活圏を狭めるしかなかった。それから時が流れた。

 

 上空では、翼長十メートルを超える『飛行型』の群れが、硝子を引っ掻くような奇声を上げて旋回している。

 地上では、戦車のような『甲殻型』が廃ビルを砕きながら進み、瓦礫の影からは無数の触手を持つ『粘液型』が獲物を狙って鎌首をもたげている。

 そして、それら全てを踏み潰すように、山脈と見紛う『超大型』がゆっくりと横切っていく。

 

 防壁一枚隔てた先にあるのは、明確な死と絶望の世界。

 だが、店内の客の一人が、ふう、と息を吐いて視線を戻した。

 

「……また巨大種か。最近、動きが活発だな」

「ご安心ください、マスター。防壁のエネルギー充填率は九八%を維持。現在の脅威レベルでは物理的な突破は不可能です」

 

 男の背後から、鈴のような声が答える。

 答えながら、男のカップに角砂糖代わりの『栄養タブレット』を追加したのは、白銀の髪を持つ可憐な少女だ。

 

「そうか。お前が言うなら安心だな、シアン(C-23)

 

 男は少女の頭をポンと撫でる。

 彼が飲んでいるのはコーヒーではない。味と香りを化学的に再現した、ただの黒い栄養補給液だ。

 この街の食品には「本物」など存在しない。

 全て擬似的な再現がされたものやペーストなどで補われている。

 視線を周囲に戻せば、メインストリートは休日を楽しむ人々で溢れかえっている。

 買い物かごを提げた主婦の隣に、荷物を持つ銀髪の少女。

 杖をつく老人の腕を支える、銀髪の少女。

 公園の砂場で遊ぶ子供たちに付き添う銀髪の少女。

 

 右を見ても、左を見ても。

 すべての家族、すべてのグループに、まるで影法師のように「彼女」がついている。

 数十、数百、数千の同じ顔。同じ背丈。同じ硝子玉のような瞳。

 その一見異様な光景は、しかし、この街では空気のように馴染んでいた。

 

――キィィィン、と。

 耳鳴りのような高音が鼓膜を掠めたのは、その時だった。

 

 カフェの前の交差点で、信号待ちをしていたトラックをよそに、目の前の信号機が不規則に明滅を始めた。

 赤、青、黄。デタラメなリズムでチカチカと光り、交差点の車の流れが混乱して止まる。

 

「あーあ、またか。半年前に対策システムの更新がされたはずだってのに」

 

 運転手は舌打ちをしてぼやいた。

 原因は、防壁の外にいる『ウタウモノ』の鳥型が放つ、広域干渉波だ。

 確かに半年前、この波長を完全に解析し、遮断フィルターを導入したはずだった。だが、奴らの「進化」はそれを上回ったのだ。

 たった半年で、奴らは干渉波のパターンをより複雑怪奇なものへと変質させ、対策済みのフィルターをすり抜けてきたのである。

 

「警告。既知の防御パターンとの不一致を確認」

 

 助手席に座っていた「シアン」が、即座に反応した。

 彼女は音もなくドアを開けて飛び降りると、交差点の隅にある信号制御盤の前へ滑るように移動し手をかざす。

 そして抑揚のない機械的な声で呟いた。

 

「車両制御系、異常なし。交通管制ユニットのみ論理汚染を確認……事故誘発の危険性『大』。最優先対処対象と認定」

 

 今回の波は、独立した車両システムではなく、ネットワークに常時接続されている信号インフラの隙間を狙われたものだった。

 

「対象波形、変異を確認。従来比で複雑度が150%増大……既存の防壁定義では弾けません」

 

 彼女は制御盤に手をかざしたまま、眉がわずかに顰められた。

 

「単独ユニットによる解析および解読予測時間……およそ240秒。交通遮断による経済損失が許容値を越えます」

 

 彼女は即座に判断を下した。

 

「近隣ユニットへ協力要請。並列処理による時間短縮を試行します」

 

 彼女が信号を送った刹那。

 対向車線のトラックから、歩道の買い物列から、別の「シアン」たちが弾かれたように駆け寄ってきた。

 彼女たちは制御盤を囲むように配置につくと、一斉に制御盤に向けて手をかざす。

 

「広域リンク、開始。――現時刻をもって、新規アルゴリズムを構築します」

 

 そう1人が呟いた後、その次に発した言葉は他のユニットと綺麗に揃って発せられた。

 

「「「並列演算、同期。リソース共有率100%」」」

 

「「「対象、未登録の変異干渉波」」」

 

 一人では数分かかる計算が、複数のユニットを経由することで演算能力が加速する。

 

「「「ヒューリスティック解析……開始」」」

 

「「「波形パターン、演算」」」

 

「「「――最適解、生成完了。最新の防御パッチを適用しました。」」」

 

 狂っていた信号機が一度沈黙し、次の瞬間、正しい青色を取り戻して再起動した。

 

「「「現場システム、復旧完了」」」

 

 だが、彼女たちの仕事はそこで終わらない。

 

「「「解析データ、都市管理棟(メインサーバー)へ転送」」」

 

「「「当該魔物への防衛障壁、優先度ランクの引き上げを要請」」」

 

「「「――要請承認。全域アップデートを開始します」」」

 

 ここで分析されたデータは防壁を管理するシステムへ送られ、防壁を守るための糧となる。

 こうやって凄まじい速度で進化する魔物には、こちら側もそれに応じた対応をすぐさまとらないと手遅れになってしまうのだ。

 

「おぉ、すぐの復旧助かるよっ!ありがとなぁ!」

 

 正常に戻った信号機を見て、運転手が窓から声を上げた。

 仕事を終えたシアン達は、無表情のまま、ぺこりと綺麗なお辞儀を返した。

 

 ◇

 

 広場の中央。

 人々が足を止め、見上げているのは、ビルのごとき高さでそびえ立つ青白い光の柱だ。

 無数の粒子が構成するのは、一人の女性の巨大なホログラム像。

 この街に溢れるクローンたちの元(オリジナル)となった『管理人』の姿が、神像のごとく鎮座している。

 

「今日も一日平和に過ごせているのは貴方様のおかげです……ありがとうございます……ありがとうございます」

 

 ベンチに座る老婦人が、ホログラムに向かって両手を合わせた。

 

「管理人様。貴女様がこのインフラを整え、あの魔物を通さない防壁を作り、そして私達の生活を補助してくれるクローンロボットを作ってくださいました」

 

 このコミュニティの管理者であり主導者である彼女の出現は、マイナス続きの現世で唯一のプラスになった出来事だと言えた。

 トップがいないと社会は成り立たない。

 それまでにもこのコミュニティに指導者や導き手は現れていたが、すぐに魔物によって淘汰されるなどして散っていた。

 だが、彼女は違った。

 突如現れた、彼女はそれに屈せず、持ち前の頭脳と行動力で、不十分だった人々を守るための安全な環境とシステムをここ数年で作り上げたのだ。

 彼女のおかげで、人々の魔物による死亡者数は大幅に減少した。

 

 まさに『英雄』に相応しい人物だった。

 

 老婦人は祈りを終えると、隣に座る小さなクローンの手を握りしめた。

 

「あんたの生みの親の管理者様は、本当に偉大だよ」

 

「はい、マダム」

 

「あんたたちも働き者で本当に助かっているよ」

 

 沢山の人が彼女たちを愛している。

 沢山の人が彼女たちに感謝している。

 そしてその開発を手がけたオリジナルである彼女には最大限の敬意を払っていた。

 

 

 ――やがて、夕刻のチャイムが街全体に鳴り響く。

 

「帰ろうか、シアン(S-05)

「はい、マスター」

 

 無数の家族が、無数の銀髪を連れて家路につく。

 この街にはほとんど貧富の差がない。

 全員が同じ規格の集合住宅に住み、同じ配給を受け取り、同じように管理された安全の中で生きている。

 生きるために、余計なものをすべて削ぎ落とした安全の中で。

 

 

 とある集合住宅の一室。

 清潔だが無機質なダイニングに、合成食材で作られた灰色のペーストが並んでいた。

 味気ない匂い。生きるために必要なカロリーと栄養素だけが計算された、完全無欠の飼料。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、あなた」

 

 

 妻が力なく笑うが、少し前まで玄関まで走ってきていた元気な娘の姿はない。

 夫は焦燥感を隠せず、リビングへと急いだ。

 

「ミナの具合は?」

「……今日も、一口も食べないの。美味しくないって」

 

 ソファには、げっそりと痩せた幼い娘が横たわっていた。

 この街の子供たちに一部で見られる『合成食拒絶症』。

 栄養素は完璧なのに、均一すぎる味と食感に対し、脳が「食べ物ではない」と誤認し、嚥下障害を起こす現代病だ。

 娘の瞳は、クローンロボットのシアンの瞳と同じくらい、うつろだった。

 

 夫は震える手で、懐から包みを取り出した。

 

「見ろ。滅多にないぞ……こんなことは……。運良く『本物』が手に入ったんだ」

 

 包みを開くと、土のついた小さなジャガイモが二つ、転がり出た。

 強烈な「土」の匂いと、不格好な形。

 この管理社会において、完全に殺菌管理された合成食品以外の摂取は、防疫法により固く禁じられている。外の世界の「進化する魔物」の小型や虫型が紛れ込むリスクがあるからだ。

 

「あなた、それ……! 見つかったら……!」

「わかってる。だが、もうこれに縋るしかないんだ」

 

 夫は必死な形相で妻に囁く。

 

「闇市の商人が言っていた。一度でいい、本物の『土の匂い』と『雑味』を脳に与えれば、麻痺した本能が呼び覚まされるって……。医学的根拠なんてない。ただの迷信かもしれない。でも、このままあの子が衰弱死するのを待つよりはマシだ!」

 

 夫はシアンをちらりと見た。彼女は部屋の隅で、彫像のように静止してまっすぐ立っていた。

 

「大丈夫だ、シアン(H-44)は恐らく定期更新でスリープ中のようだし、今がチャンスだ。今のうちに調理しよう」

 

 妻は一瞬ためらったが、すぐ決意を固めたようで深く頷いた。

 

「…………ええ……そうね、急ぎましょう」

 

 妻がジャガイモを手に取る。

 それは薬などではない。ただの野菜だ。だが、追い詰められた親にとっては、その食べ物でさえ、希望そのものだった。

 

 その時だ。

 

 鉄扉が、不釣り合いに滑らかな電子音を立てて開錠された。

 ガチャリ。

 室内の空気が凍りつく。入室してきたのは、見知らぬ「シアン」――巡回型の管理ユニットだ。

 

 そして同時に、部屋の隅でスリープしていたはずの「家族のシアン」が、カッ、と目を見開いた。

 

「第一種防疫汚染物質の反応を確認」

 

 鈴を転がすような、しかし抑揚のない声。

 その声は、入り口のシアンと、家の中にいたシアン、二体の口から完全にハモって発せられた。

 父親は弾かれたように土下座をした。

 

「まっ、待ってくれ! 娘のためなんだ! あの子はもう数日も食べていない! 死にそうなんだ!」

 

「対象個体『ミナ』の栄養状態は、配給ペーストの摂取で充分に生命維持が可能です。もしそれが困難な場合、経管栄養からの摂取も私は提案致しましたが、却下されたのはマスター達です」

 

 家のシアンが、淡々と事実を告げる。

 透き通るような白銀の髪。硝子玉を思わせる瞳。ついさっきまで娘の看病をしていたその手は、今は冷徹な執行官の手となっていた。

 

「防疫法第9条違反。未殺菌有機物の隠匿を確認。当該物体は脅威の対象である魔物の存在を誘発する恐れがあり、都市全体の治安を乱す可能性があります」

 

「違う! ただ娘に『食べる喜び』を思い出させたいだけなんだ! これは生きるために必要な刺激なんだ!」

 

「個体間の情緒的判断は、全体最適化の阻害要因です」

 

 男がすがりつこうと手を伸ばした瞬間、彼女の細い腕が鞭のようにしなり、男の手首を掴み上げた。

一瞬だった。

 圧倒的な膂力によって、男の体は軽々とドンッという鈍い音と共に床にねじ伏せられた。

 

「痛っ、あがっ!?」

「パパ!」

「あなた!」

 

 泣き叫ぶ母親と、恐怖で瞳を見開く娘。

 娘はふらつく足でソファから降り、かつて姉のように慕っていた銀髪の少女の足に抱きついた。

 

「やめて、シアン(H-44)ちゃん! パパをいじめないで! わたし、ペースト食べるから! 食べるからぁ!」

 

 その悲痛な叫び声が部屋中に響いても、彼女の処理回路にはノイズとしてすら認識されない。

 光の宿らない目で、父親を拘束用結束バンドで締め上げるだけだ。

 

「対象の身柄を『隔離浄化施設』へ移送します。以降、当世帯は濃厚接触者として監視レベルAに移行。個人の自由行動権は一時凍結されます」

「そんな……あぁ、神様……」

 

 泣き崩れる母親の背中と、連行される父親の絶望的な視線。

 入り口の巡回ユニットへと父親を引き渡すと、家のシアンは何事もなかったかのように直立し、機械的に踵を返した。

 

 手の中には、没収した二つのジャガイモ。

 その2つのジャガイモは適切に処理されるだろう。

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