監視クローン大量生産系TS主導者「どうしてこうなった」   作:ギンの助

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第2話 抗う人たち(全ギレ)

 

クローンに監視される社会。

 そんな社会に不満を持った集団がいた。彼らは自らを『レジスタンス』と名乗り、クローンによる支配からの脱却を目指し活動していた。

 

 彼らの究極的な目標――それは、クローンのオリジナルの抹殺。

 

 どれだけクローンを破壊しようと、オリジナルがいる限りその増産は止まらず、支配からの脱却もない。

 ゆえに彼らは声を上げる。

 

『オリジナルこそが真の人類の敵である! 我らはそれに対するレジスタンスである!』

 

 街角に貼られた『同志求ム!!』と書かれたビラの趣旨は、要約すればそんなものであった。

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

「またレジスタンス……」

 

 真っ白な中央管制室。

 私は、モニターに映る「破壊された私のクローン」を見つめながら、深いため息をついた。

 スクラップになったクローンの顔には、赤いスプレーで【悪魔!】と殴り書きされている。

 

 潰しても潰しても何処からともなく湧いてくる反抗勢力に、ため息をつかざるを得ない。

 クローンの監視を光らせても、こういう輩はウジ虫のように湧いてくる。

 

 害虫駆除をしている私の身にもなって欲しい。

 いや、切実に。

 

「……それにしても悪魔ねぇ」

 

 前世でも、私はそう呼ばれていたのを思い出す。

 

 私には前世というのが明確にある。

 前世の私は、自分で言うのもなんだがあまりにも天才的な頭脳を持った青年発明家だった。

 溢れ出る才能、閃くアイデア。寝食を忘れ、ただ人類の未来のため、皆が幸せになれるようにと、ある画期的なエネルギー機関を発明した。

 それは貧困をなくし、争いを過去のものにするはずの光だった。

 老若男女問わず世界中が私を称え、私もそれに満足していた。

 

 だが、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

 私の頭脳は優れていたが、人の「悪意」に対してはあまりにも無知すぎたのだ。

 私の発明は、それを囲む権力者たちによって、世界を焼き尽くす兵器へと転用された。

 「こんなはずじゃなかった」と嘆いた時にはもう遅かった。私の愛した世界は、私が生み出した光によって崩壊した。

 

 瓦礫の下で息絶え、次に目を開けた時、そこには光り輝く女性――女神がいた。

 

 

「貴方のような稀有な魂が、あのような形で終わるのは忍びないですね」

 

 女神は困ったように微笑んでいた。

 

「貴方の才は、他に類をみません。けれど、それが原因で世界を滅ぼしてしまった。皮肉なものです」

 

「……私を地獄に突き落とす宣告を、わざわざ直々に伝えるために、こんな場所まで呼び出したってわけですか……女神さんもいい趣味してらぁ……」

 

「いえ、いえ! 誤解なさらずに! 私はあなたにチャンスを差し上げに来たのです。あなたのような才あるものを腐らせるにはもったいない! 私はそう考えたのです!」

 

「はぁ……なるほど?」

 

「実は……私が任され管理する世界は他にもありまして……そこもまた、滅びの危機に瀕しているのです」

 

 この女神、もじもじしながら恥ずかしそうに何か言ったと思ったらヤベェこと言い出したぞ。

 誰だよ、こんな女神に世界の管理任せたの。

 

「世界を滅ぼした立場の私が言うのもなんですが、……何やってるんですか、しっかりしてください」

 

 女神は顔を更に恥ずかしそうに赤らめた。

 

「おっしゃる通りです……ぐぅの音も出ません」

 

 女神は続ける。

 

「……ただ、言い訳をさせてください!」

 

「……いいでしょう。発言を許します」

 

「ありがとうございます」

 

 なんか立場逆転してない? それでいいのか女神。

 

「私が神として世界に干渉するには様々な制約があるのです。その限られたなかで世界をいい方向へと導くのはとてつもなく根気のいる作業で、私にはそれがどうも苦手で……そこで、何かいい方法がないかとこの本を穴があくほど読み返しました」

 

 そう言って女神は付箋が大量に貼られた『神様用世界管理マニュアル』と書かれた本の表紙を見せてきた。

 

「そしたら、ありました!」

 

「良かったですね」

 

「神である私が世界に直接干渉することは許されていませんが、私が優れたと思った人間を別の世界から連れてくるなどはグレーでしたが、OKでした。

 だから私の管理してた世界が一つ滅んだので、その中から一際優秀だったあなたを、まだギリ滅んでないもう一つの世界に転生させて、内部で頑張って世界崩壊の危機を救って欲しいなと。

 あなたは創造の才に溢れているのですから、前回の失敗を糧にすればきっと次は上手くいくはずです! そうすれば私は制約まみれの状態で外部からあたふたする必要もなくなります。内部からの助っ人がいるわけですから」

 

 なんか私に対する荷が重い気がするんだが、気のせいだろうか。

 まぁ……でも。

 私は女神をまっすぐ見つめた。

 

「まぁ……でも、正直私のせいでこういう結末になってしまったんだという自責の念がすごいんです……これが少しでも解消されるなら別の世界でやり直してみたい気持ちは……あります」

 

 女神の顔がパァッと明るくなる。

 

「ありがとうございます!! そう言ってくださると信じてました!」

 

 女神は姿勢を整えて、改めてかしこまると、先程までのぽわぽわした声とは大違いの神様っぽい威厳たっぷりの声でこう言った。

 

『貴方のその才で、今度こそ世界を救ってみせなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして私は、この荒廃した世界に女として転生した。

 この華奢で美しい体は、女神が用意した器だ。

 

 転生した先は、地獄だった。

 百数十年前、突如現れた『魔物』により、人類は絶滅寸前。私が見つけた生存コミュニティも、私が現れるまでに統治者が現れては食われての繰り返しで、魔物にとってちょっとした統治者のわんこそばみたいになっていた。

 

 そんな中、私は指導者として立ち上がった。

 二度目の生。二度目のチャンス。今度こそ、私はできる範囲から広げて、頑張って人の本当のためになることをしようと心に決めた。

 

 そんなある日、私の技術で仮の拠点を作り、ひとまずの安全を確保した時のことだった。私はその時、前世の時と同じように酷く失望することになったのを覚えている。

 安全を得た人々は、今度は限られた資源を巡って内部で争い、奪い合いを始めたのだ。

 

 私はその時悟った。

 

 ――ああ、人間という生き物は、環境が変わっても本質は変わらない。

 

「自由」を与えれば、彼らはまた選択を誤る。

「力」を与えれば、彼らはまた自滅の道を選ぶ。

 前世の二の舞だ。彼らの良心を信じて技術を委ねれば、世界はまた滅びる。

 

 だから私は決めたのだ。

 人類を救うために、人類から「選択する権利」を剥奪すると。

 

 私が全ての資源を管理する。

 私が全ての生活を監視する。

 私が全てのルールを決定する。

 

 ――愚かな彼らが二度と過ちを犯さぬよう。

 

 そう決意した私は、以前から計画していた巨大防壁都市『コロニー01』の設計思想を、根本から書き換えることにした。

 

 当初の予定では、単に魔物を防ぐための強固なシェルターを作るつもりだった。

 だが、仮拠点で起きた資源を巡る醜い争いが、私の考えを改めさせた。ただ守るだけではダメだ。彼らが生殺与奪の権を握り合えば、必ず内側から腐る。

 だから、新しい都市は徹底した「管理機能」を付与した構造でなければならない。

 

 全てのライフラインを中央制御し、個人の自由を奪ってでも平和な世界をつくりだす。

 

 だが、この完璧な箱庭を稼働させるには、私と民衆、そして私と防壁とを繋ぐ『中間地点』が必要だった。

 私が中枢だとしても、実際に現場で防壁をメンテナンスし、民衆を取り締まる手足がいなければ、システムは回らない。

 

 一瞬、その手足として優秀な人間を選抜して雇うことも考えた。

 だが、その選択肢は即座に却下した。

 仮拠点でのあの争いを見て、誰が他人を信用できるというのか。それに何より、前世で人の悪意に晒されたあのどうしようもない過去が、私の魂に深く刻み込まれている。それですっかり私は人間不信になっていた。

 

 他人に、この世界の命運を握るスイッチなど触らせたくはない。

 

 そこで私は自らの発明家としての知識を総動員し、人間代わりの理想の管理ユニット――私の手足となる存在の設計に取り掛かった。

 

 求められる条件は三つ。

 

 一つ目は、『生物の直感』。

 未知の進化を遂げる魔物に対抗するには、過去のデータしか参照できないAIや、マニュアル通りのロボットでは対応できない。

 常に変化する防壁のプログラムを現場で瞬時に書き換えるためには、論理を超えた最適解を導き出せる「生物としての直感」を持った脳が必要だった。

 

 二つ目は、『機械の強靭さと稼働効率』。

 脆弱な生身の人間では、魔物との戦闘や、都市インフラと直結した過酷な演算処理には耐えられない。

 それに人間は人生の三分の一を「睡眠」に費やす。24時間体制で世界を維持するには、短時間のデータ更新やメンテナンスのみで動き続けられる、強固な機械の肉体が必要だ。

 

 そして三つ目は、『プログラムの従順さ』。

 これが最も重要かもしれない。裏切りや反逆の可能性をゼロにするため、私の決定を絶対的な真理として実行する忠誠心が組み込まれていなければならない。

 

 これら全てを満たす存在――それこそが、生体脳と機械の技術を併せ持つ『クローンロボット(サイボーグ)』だった。

 

 では、そのベースとなる遺伝子は誰のものが最適か?

 ここははっきり言わせてもらおう。

 答えは一つしかない。女神さえも認めた、――『私』だ。

 

 他人の遺伝子では、不確定なノイズが混ざり、私の予測できないことが起こる可能性だってある。

 

 だから、『私』なのだ。

 世界で唯一信用できる「私」を基盤に、モデルを作成して生産する。

 これこそが、この地獄のような世界で人類を存続させるための、唯一にして絶対の解だと思うに至った。

 

 こうして方針は定まった。

 私は私の見つけられる範囲の残存人類を完成した『コロニー01』へ収容。そして彼らを完璧に統治・保護するために、私の遺伝子と機械を融合させた『クローンロボット』を開発し、都市の全域に配備したのだ。

 

 あれから、長い時が流れた。

 

 じゃがいもをきっかけに父親が連行されたあの事件をモニター越しから見ていたが、それから数えても、もう十数年が経つ。

 あの件は何故か、今でも鮮明に覚えている。

 

 冷酷だとは思うが、それを謝る気はない。

 私の箱庭で安定した生活をしたいのなら、それなりのルールは守ってもらわないといけない。

 いいところどりは許されない。

 

 その冷酷な判断のおかげもあってか、この十数年どうにかこの社会を維持して管理できている。

 完全な管理ができているのかと言われれば微妙……だけども。

 

 そんな時が経っても、モニターのガラスに映る私の顔は、少女のように若々しい。というかまだ少女だ。

 

 

私がこの世に生を受けてから、普通ならもういい歳になっていてもおかしくないほどの時が流れている。

 

 だけどクローンロボットを造っている際の実験段階で、私の体をあれこれいじっていたら意図せずその時の少女のまま成長が止まってしまい、不老になってしまったのだ。

 

 そんな事を考えている時だった。

 ――部屋中にどでかい警報音が流れ始めたのは。

 

『警告。警告。セクター4防壁突破。侵入者多数。警告――』

 

 無機質なアナウンスが響く中、背後にある重厚な耐圧扉が、爆発音と共に内側へとひしゃげた。

 舞い上がる粉塵と硝煙。その向こう側から、怒号とともに数人の影がなだれ込んでくる。

 

 来た。

『彼ら』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちはレジスタンス。お前が……クローン『シアン』のオリジナルだな」

 

 リーダーの男が口を開いた。

 

「ええ」

 

 椅子に座る私は、ゆっくりと椅子を回転させ、彼らの方を向いた。

 

「本当に……同じ姿なんだな。クローンと」

 

 リーダーの男――クロスは目を細めてそういった。

 

「そうですよ、クロスさん。そして、ジェーンさん、ラッドさん、ジャックさん、初めまして」

 

 この場に来た全員の名前を呼んだことで、多少の動揺が広がる。

 クロスはその動揺を敵に悟られないように、わざとドスの効いた低い声で問いかける。

 

「……なぜだ? なぜ、お前はこんな地獄を作り出した? 人が人としての自由を奪われ、家畜のように管理される……こんな社会を!」

 

 私は静かに答えた。

 

「そんな極限状態の世界で人類を存続させるためには、徹底した管理と、リソースの最適化が必要になった。貴方たちが憎む私の支配は、計算式が導き出した『人類が全滅しないための唯一の解』なのです」

 

「……生きるためなら、俺たちに家畜になれとでも言いたいのか?」

 

 クロスの持つ銃の銃口が、怒りでわずかに震えている。

 

「我々はただ、人間らしくありたいだけだ! 好きな時に笑い、好きな物を食べ、明日への希望を持ちたい! お前の管理下にあるのは『飼育』であって『生活』じゃない!」

 

「私は知っているのです。人間に選択肢という名の自由を与えればどうなるのか」

 

「…………」

 

「――争いです。奪い合いです。自分の方が多く欲しい、自分の方が楽をしたい……そんな些細な欲望が、やがて集団を割り、悲劇を生む。今の現状がマシだと思えるくらいの悲劇を」

 

 私は、かつて目の当たりにした前世の記憶を思い出しながら片目をつむった。

 

「――貴方たちが求めている『自由』は一時的には素晴らしいものだろう。だが、それは破滅への引き金を引く権利だ。この崩壊寸前の世界ではそれが顕著に働く」

 

「黙れ!! 自由なくして何が人か!?」

 

 私の言葉を遮るように、クロスの怒号が響き渡った。

 彼は一歩踏み出し、私の胸倉を掴まんばかりの勢いで叫ぶ。

 

「すべてが死ぬまでの作業でしかない現在に、それでも人類は『生きている』といえるのか!? 味のないペーストをすすり、薄気味悪い人形に見張られ……楽園に見せかけた偽りまみれのこんな地獄で!!」

 

「地獄、ですか……。ここが地獄だと思うのなら、その地獄から去ればいい」

 

 彼らの激情に対し、私は冷たい目でそう返した。

 

「噂によれば遥か北へ、他の生存コミュニティがあるらしいじゃないですか。そんなにここが嫌なら、そこへ行けばいいのです。お望みであれば、防壁のゲートも開けて差し上げますよ?」

 

 私の提案に、クロスたちが虚を突かれたように目を軽く見開いた。だが、その表情には嬉しさなどといった感情は読み取れない。その逆だ。

 

「もっとも――そこに辿り着く前に、魔物の餌食になっておしまいでしょうけど」

 

 外の世界の現実。

 それはクロスたちも重々承知しているからこその反応だった。

 

 クロスは唇を噛み締め、反論できずに震えている。彼らとて馬鹿ではない。外に出れば死ぬことくらい、本能で理解しているのだ。

 

「命がいくつあっても足りないこの世界で、私は安全な場所を提供する対価として、自由を制限しているにすぎません。

別に、私の用意した環境が不満なら出ていけばいい。……結局のところ、自由は欲しいが死にたくはない。だから私が汗水垂らして築いた安全の対価を支払ずに、無条件で享受したいと戯言をぬかす。

まるで、あれもこれもと欲しがる、子供と同じですね」

 

「……っ、きサマぁ……ッ!! 言わせておけば!!」

 

 クロスの背後にいたスキンヘッドの男が顔を真っ赤にして、憤怒の感情に任せてこちらへ、やってこようとしたが、それをクロスが手で制する。

 

「くそっ――止めるんじゃねぇ」

 

「いや、ちげぇよ? 殺る時はみんなでって言ったろ? 1人で済ませようとすんじゃねぇ」

 

 スキンヘッドの男は一瞬呆気に取られた顔をすると、その顔はニヤリと下卑た表情に変わった。

 

「そうだったな」

 

 その言葉と共に銃口が一斉に、管理人に向けられた。

 

「――言い残すことは?」

 

 クロス達は覚悟を決め、引き金に指をかけた。

 殺気立った全員の銃口が、私の一点に集中する。

 

 死の直前。

 沈黙が場を支配する中、私はふと、悲しむように、あるいは呆れるように、小さく眉を下げた。

 

「――それじゃあ、本当に。さよならだ」

 

 クロス達はそれを合図に引き金を引く。

 

 ダダダダダダダッ!!

 

 乾いた銃声が連射され、静寂を切り裂いた。

 椅子に座っていた銀髪の美女が、無慈悲な弾丸の嵐に晒される。

 

 衝撃で美しい肢体がビクンと跳ねた。

 白い肌が裂け、蜂の巣にされ、ぐらりとバランスを崩す。

 抵抗することもなく、彼女は糸の切れた操り人形のように床へ崩れ落ちた。

 

 ドサリ、と物言わぬ骸が横たわる。

 硝煙の白煙が立ち込め、ツンとした火薬の匂いが空気を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んあー……。うるさいですねぇ……」

 

 時を同じくして、壁一枚隔てた隠し部屋で私は不機嫌にカプセルから身を起こした。

 

 むくり、と。

 重たいまぶたを擦りながら、寝床から這い出る。

 

「久しぶりの睡眠時間だったのに。まともに寝させてくれさえしないのですか」

 

 のそりと起き上がり、大きく伸びをする。

 

 管制室で今しがた破壊されたアレは、私が寝ている間の業務を肩代わりさせるための『ダミーロボット』だ。

 一家に一台配置されているクローンロボットとは違い、私の記憶を植え付け、私の性格まで再現した影武者のような存在。

 あのクローンロボットが見た一部始終は私の脳と同期して共有されるので、起きたばかりではあるが、今何が起こっているのかも把握済みだ。

 

「しかし、やはりというかダミーには襲撃してくるレジスタンスの対処は荷が重かったようで」

 

 私への再現性を高めるあまり、戦闘力も私と同等であまりない。変なところで私の凝り性が発動してしまった結果だ。そこは本当に悪い癖だ、私の。

 

 私はトボトボと歩き出すと、部屋の隅にあるメンテナンスドックへと向かった。

 そこには椅子に腰掛け、首筋や脊髄に太いケーブルを繋がれたまま、人形のように目を閉じている一体のクローンがいる。

 

「メンテナンス強制終了。……起きなさい、リズ。仕事ですよ」

 

 私がエンターキーを叩くと、ケーブルのロックが解除され、シュルシュルと自動的に巻き取られていく。

 それと同時に閉じられていた瞳がかっと見開かれた。

 

「んー! おはよーございまーす、管理人!」

 

 椅子から勢いよく立ち上がった瞬間、彼女は私の胸に飛び込んできた。

 上げられた顔をまじまじと見れば、その骨格などから確かに私のクローンなのだと分かるが――バチバチにつけられたつけまつげ、派手なグロスリップ、金とピンクのメッシュが入った髪、そして着崩した服という、強烈なギャルの出で立ちをしていた。

 

「もー! メンテ長いですよー! マジ待ちくたびれたし! 他の子と違ってアタシだけコードに繋がれている時間が長い! 悲しい!」

 

 頬を膨らませて抗議してくる彼女の名は、専属秘書『リズ』。もちろん彼女も例に漏れず、私が製造したクローンロボットの一体だ。

 

 前世で人間の悪意に晒され、極度の人間不信に陥った私は、他人を側近として雇うことができない。

 裏切りを恐れるあまり、心から信用できるのは「自分」か、「自分が作り出した従順な機械」だけになってしまったからだ。

 

 だが、だからと言って四六時中、行動を共にする秘書が、鏡写しのように自分と同じ顔をしていては、どうにも落ち着かない。

 街で活動する「シアン」たちはいい。彼女たちのほとんどは私と直接関わりなく過ごしている。私の視界に入らないところで私のような写し身が何千体いようが、それはそういうものとして割り切れる。

 

 しかし、秘書は違う。

 常に同じ部屋で呼吸し、言葉を交わす相手が全く同じ私のようであるというのは、精神衛生上あまりにもよろしくない。まるで延々と鏡を見せられているようで、気が狂いそうになるのだ。

 

 とはいえ私の遺伝子基盤を使っている以上、素体そのものを変えるわけにはいかない。

 そこで私は、基盤となる素体としての「私」はそのままに、性格と、外見のチューニングだけを『私とは真反対』になるよう調整した。

 薄々お察しかもしれないが、私はだいぶ根暗な性格をしている。その逆ということで完成したのが……ギャル秘書ことリズである。

 

「ごめんなさい、でも貴方は他のユニットと違って戦闘にも力を入れてるぶん、構造が複雑でどうしても時間がかかってしまうんです。――それより、緊急事態です、リズ。

 私をとっちめようとしている人達が中まで入ってきて、なかなかまずいことになっているのです。ちょっと対処してきてくれませんか?」

 

 私の言葉を聞いた瞬間、リズの表情が変わった。

 声のトーンが、一瞬で底冷えするほど低くなる。

 

「え、マジで? つか、ウチの管理人に……何たてつこうとしてんだよ、そいつら…………行ってくる。全員、秒で沈めるから」

 

 リズはニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、隠し扉の解除スイッチを叩いた。

 

  

 

 

 

 

 

 

「あっけない最期だったな」

 

 管制室では、部下たちが歓声を上げていた。

 だが、リーダーのクロスだけは違和感に眉をひそめていた。

 これだけ体に穴が空いたのに血が流れていない。

 

「……おい、なんか変だ」

 

 クロスが死体を蹴り返し、仰向けにした瞬間、全員が息を呑んだ。

 弾丸によって穴が空いた体から覗いていたのは、血や肉ではなく、チラチラと火花を散らす無機質なチタン合金の骨格と電子回路だったからだ。

 

「なっ……!? こいつ、クローンロボットか!?」

「クソッ、罠だ! 本物はどこにいる!?」

 

 蜂の巣にしたのが「ダミー人形」だったと気づき、クロスたちが狼狽していると――プシュウ、と背後の一見なんの変哲もない壁に一つの切れ目ができたかと思うとそこがスライドし中から人影が出てきた。

 

「あんたたち? ウチの管理人に迷惑かけてんの」

 

 現れたのは、一人の少女だった。

 

 クロス達が一斉に身構え、銃口を向ける。

 この都市には、同じ顔をした人形が溢れかえっている。

 その少女の顔立ちはそれらと一緒だった。

 だが、顔立ちは一緒でも装いが従来のと比べてもまるで違う。

 なんというか派手なのだ、この少女は。

 

「その顔……。ダミーの次は、派手な着せ替え人形のお出ましか? それとも――貴様こそが、人形を操っているオリジナルか?」

 

 クロスは探るように問い詰めた。

 顔はクローンと同じ。ならば可能性は二つに一つ。

 ただのクローンか、それとも本物か。

 

 その真剣な問いに、少女――リズは、心底おかしくてたまらないといった様子で吹き出した。

 

 真剣に問うた質問に対して舐められた態度を取られ、若干の苛立ちを覚えるクロス。

 

「あはは! ウケる。アタシがあの人に見える?」

 

「……何がおかしい」

 

「あんな天才で完璧な人と一緒にしないでよ。アタシはリズ。世界で一番管理人を慕ってる、管理人はアタシのお姉ちゃんみたいな存在なの」

 

「……あ?」

 

 クロスはリズの要領の得ない会話で眉を顰める。

 そんな最中、リズはあっけらかんと続ける。

 

「つまり、アタシもクローンロボットだってこと。そこんとこヨロシク」

 

 その告白に、クロスの表情が一変した。

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、代わりにじわじわと侮蔑の色が広がる。 

 

「なんだ……結局、お前もただのクローンか」

 

 クロスは銃口をリズに向けたまま、鼻で笑った。

 

「見た目が多少カスタマイズされていようと、中身が電子計算機なら恐るるに足らん。クローンと分かればこっちのものだ」

 

 彼らの自信には根拠があった。

 今まで数えきれないほど社会に溶け込むシアンを制裁という建前で、壊してスクラップにしてきたからだ。

 確かに彼女らの戦闘スペックは高いが、数の暴力には敵わない。1人のクローン相手に武器を持った数人でかかれば余裕なのである。

 

「俺たちが今まで、何体のクローンロボットを破壊してきたと思っている? お前もすぐに、そこのガラクタと同じ運命を辿らせてやる」

 

 クロスは勝利を確信し、部下たちに目配せをした。

 一斉射撃で蜂の巣にする。それで終わりだ――そう思っていた。

 

 だが。

 

「……な?」

 

 リズの雰囲気が、一変した。

 彼女はどうやらクロス達が蜂の巣にしたクローンの存在に気がついたらしい。

 ギャル特有の軽薄さが消え、凍りつくような殺気が管制室の温度を一気に下げる。

 

「これ、あんた達がやったの?――アタシ、ダミーちゃんのこと結構気に入ってたのに。管理人に頑張ってなりきろうとしてるところがキュートで……」

 

 ギリ、と彼女の奥歯が鳴る音が聞こえた気がした。

 

「それに何より――アタシの大好きな管理人の邪魔をするゴミクズは、マジ許さないから」

 

 リズがヒールの踵で床を鳴らした。

 クロスが「撃て」と号令をかけたのもその時だった。

 

 ドォン!!

 

 爆発のような踏切音と共に、彼女の姿が消えた。

 いや、消えたのではない。

 人間の動体視力を遥かに超える初速で、彼らの懐へ飛び込んだのだ。

 

「――は?」

 

 クロスは間の抜けた声を漏らし、銃を構えたまま呆然と虚空を見つめた。

 視界の端で、何かが天井に向かって打ち上げられたのが見えた。

 遅れて、ガシャン! という派手な破壊音と共に、最前列にいた部下が白目を剥いて床に転がってくる。

 

「え、な、に……?」

 

 誰も状況を理解できなかった。

 部下の顎は砕かれ、屈強な大男が紙切れのように吹き飛ばされたのだ。

 それをやったはずの少女は、すでにそこにはいない。

 

「おそっ。止まって見えるんですけど」

 

 背後から聞こえた声に、全員がぎょっとして振り返る。

 だが、振り返った時にはもう遅い。

 

「うわあああっ!?」

「ぐべっ!?」

 

 一人は首筋へ手刀を受け、一人は鳩尾へ膝蹴りを叩き込まれる。

 銃声が響くことすらない。トリガーを引くよりも速く、リズは踊るように彼らの間を駆け抜け、意識を刈り取っていく。

 

「な、なんだコリャ……!? 今まで潰してきたクローンと格が違いすぎる……」

 

 残された人たちは、反撃どころか、銃口を定めることすらできない。

 右を向けば左から、左を向けば背後から。

 まるで透明な幽霊に殴られているかのように、次々と仲間が沈んでいく。

 圧倒的なスピード。

 それは彼らが知る「クローンロボット」の動きとは、次元が違っていた。

 

「管理人に害をなす奴は、全員しばく!」

 

 その言葉ともに、クロス以外の最後の1人が天井まで蹴り上げられ、ボロ雑巾のように落下した。

 

 数秒後。

 立っている者は、リズ以外には誰もいなかった。

 リーダーのクロスはというと、意識を保ってはいたが、彼もまた、呆気にとられて口を開けたまま、腰を抜かしてへたり込んでいた。

 

「ば、化け物……。そ、そんな強いなんて聞いていない……」

 

 クロスが恐怖に震えていると、リズがしゃがみ込み、その張り詰めた表情を一瞬で和らげ、ニシシと笑った。

 

「だって教えてないもーん」

 

 

 

 再び隠し部屋。

 私はモニター越しにリズとレジスタンスの戦いを見ていた。いやこれは戦いとも言えないな、どちらかと言うと一方的なリズの蹂躙に近い。

 

……まあ、そうなるよね。

 

 彼らはリズをただのクローンと侮った。それが敗因だ。

 確かに街を歩いている大量生産型の一般普及しているシアンたちと、私の秘書として働くリズの素体は同じ私の遺伝子だ。

 だが、一般普及の彼女らとは用途が違う。

 用途によって素材や出来ることの幅を変えるのは当たり前だと思うのだが、何故それをあのレジスタンスの人達は考えないのだろうか。

 

 それに、リズは本来、秘書業務だけでなく『対魔物用』の決戦兵器として設計されている。

 街の治安維持レベルではなく、外の世界の化物たちと渡り合うことを想定しているのだ。そのため、骨格には希少な超硬度合金やその他諸々を惜しげもなく使用している。身体の構造自体が、他の量産型とは比較にならないほど頑丈で、しなやかなのだ。

 

 それに加えて、ソフト面での鍛錬も桁違いだ。

 リズには定期的に『仮想空間』へとダイブしてもらっている。そこでは他のクローンでは負荷がかかりすぎて耐えられないような、現実の数千倍の体感速度で、何百万回という戦闘シミュレーションが繰り返されており、そこで学習してもらっている。

 

 そんな、戦闘に適した機械的な体と、シミュレーションで実現した戦闘に対する尋常じゃない経験値を持った者に、素人が数人で挑んだところで勝負になるはずがない。

 

 そんな強いリズだが、本質的には一番私の身近にいる秘書として、私を守るための最終防衛ラインとしても機能している。

 

 前世に引き続き、頭脳労働に全振りしたこの体は、少し走っただけで息切れする貧弱さだ。万が一の時、私には自分の身を守る術がない。

 だからこそのリズだ。彼女は私の最強の盾である。彼女が予期せぬ破壊をされた時、私の死もその時なのかもしれない。

 

「……それにしても」

 

 私はモニターから視線を外し、部屋の惨状――正確には、モニターに映る破壊された侵入経路を見て、ガシガシと頭を掻きむしった。

 

「派手にやってくれましたね……もう……!」

 

 重厚な耐圧扉はひしゃげ、セキュリティロックは焼き切られ、廊下のセンサー類は全滅。

 彼らが強引に突破してきたルートは、どこもかしこも滅茶苦茶だ。

 これ、誰が直すと思ってるんだ?

 当然、修理の指揮を執り、資材を手配し、プログラムを再設定するのは『私』だ。

 ただでさえ忙しいのに、本来しなくていいはずのタスクが山積みになってしまった。

 

「それに、こいつらの後処理も考えなきゃいけないですし…………捕虜の収容スペースの確保に、食料配分の再計算、尋問、更生プログラムの作成……」

 

 指折り数えていくうちに、目の前が暗くなってくる。

 少し寝れたと思ったら、これだ。

 私の安眠は、またしばらくお預けらしい。

 

「あーあ……」

 

 私は背もたれに全体重を預け、天井を仰いだ。

 再び訪れるであろう激務と、しばらく訪れないであろう睡眠時間。

 逃れられない現実を前に、私は深く、重たい溜息を吐き出すと――椅子に深く沈み込んだ。

 

 

 コロニー内のある一角。

 薄暗い路地裏。

 

 そこで一人の女が、壁に寄りかかりながら携帯端末の画面を見つめていた。

 目深に被ったローブのフードが、彼女の顔を隠している。

 だが、その粗末な布地越しでも、すらりと伸びた長身と、成熟した女性特有の肉感的な曲線美は隠しきれていない。

 

『――速報。中央管理区画への不法侵入を試みた武装テロ組織を鎮圧。治安維持局は首謀者および関与した全構成員を特定・摘発し、同組織の完全解体を完了』

 

 端末の青白い光が、フードの下の口元を照らし出す。

 美しい唇が、冷ややかに歪んだ。

 

「……馬鹿ね」

 

 吐き捨てるような声。

 彼女は端末を懐にしまうと、首にかかった古びた銀色のロケットペンダントを指先で弾いた。

 

 カチリ、と蓋が開く。

 中に収められているのは、一枚の色褪せた写真。

 優しそうな若き日の父と母。そしてその真ん中で、何も知らずに無邪気な笑顔を浮かべる幼い自分。

 

「私なら……もっと上手くやってみせるのに」

 

 感情任せに突っ込んで散った彼らとは違う。

 この完璧な箱庭を崩壊させるには、もっと緻密な計画が必要だ。

 

 そのためにも、集めなくてはならない。

 私に協力してくれる『同志』を。

 

 パチン、とペンダントを閉じ、女は夜の闇へと足を踏み出す。

 かつての面影を完全に消し去り、美しく成長したその女の名は――ミナという。

 

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