監視クローン大量生産系TS主導者「どうしてこうなった」   作:ギンの助

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第4話 その時は唐突に(1)

 

 

 

無機質な空間。

 無限に続くグリッド線だけが天地を定義している。

その場所には多種多様な異形の怪物が数十体という数で溢れかえっていたが、それに意を介さず、たった一人で対峙する女がいる。

 私の秘書、リズだ。

 彼女は挑発するように、その場で軽くステップを踏んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「――仮想空間へのダイブ、接続安定を維持しています」

 

 そんな光景を私は、モニター越しに眺めていた。

 

 モニターに映るリズは本質的には本物には違いないが、現実(リアル)のものではない。

 

 仮想空間に送るためにつくられたアバターであり、モニターの彼女の精神もそちらに紐付けをされている。

 つまりモニターに映るのは彼女の精神が入ったアバター(電子分身)ということになる。

 

 じゃあ本物は? ということだが、視線をモニターから少し横へずらせば、現実のリズが居る。

 

 彼女はメンテナンスドックの椅子に深く腰掛け、首筋や脊髄に直結された無数の太いケーブルに繋がれたまま、微動だにしていない。

 

 これは彼女のメンテナンスをする時とほぼ同じだが、唯一違う点もある。

 

 顔半分を覆う仰々しいヘッドギアだ。

 

 このヘッドギアが仮想空間に彼女を招待する重要な役割を担っている。

 

 

 まるで眠り姫のような状態だけど、仮想空間では熾烈な戦いの一歩手前。

 

 今日は戦闘シミュレーションを用いた訓練を次のフェーズに移行させる為の大事な日。

 彼女が今まで行ってきた戦闘シミュレーションの敵をよりパワーアップさせたものと戦ってもらう。

 

 超簡潔に言えば、現在リズはフルダイブ型の仮想空間にいて、『更なる経験値を稼ぐために、今まで以上の敵と戦ってもらおうの会』を絶賛実施中というわけである。

 

 そんな会を催している場所は、コロニー01内にある私が設立した研究所の対魔物部門の一室だ。

 私の周りでは、私と同じ顔をした白衣姿のクローンたち――ここの研究所で働くシアンたちが、忙しなく動き回っている。

 

「神経接続深度、良好。リズのバイタル、オールグリーンです」

 

 私の隣で、タブレットを操作しながら報告してきた子もシアンだ。

 だが、彼女は他のシアンとは少々毛色が違う。

 他のシアンが白衣をぴったり着ているのにも関わらず、彼女が着ている白衣はサイズが合っていない。袖が余って萌え袖のようになっているし、裾に至っては床のモップ掛けの代わりなのかと言いたくなるほどズルズルと引きずっている。

 

 だから、この研究所の床は異様にピカピカだったりする。

 

 事の発端は、彼女がロールアウトした当初、私がうっかりサイズを間違えて発注してしまったことにある。

 慌ててジャストサイズを注文し直そうとしたのだが、彼女は何故かそのブカブカの白衣を猛烈に気に入り、断固として脱ごうとしなかった。それ以来、彼女はずっとこのオーバーサイズを愛用している。

 

 私としては普通にピッタリサイズの白衣を着て欲しいけど、私が原因の発端みたいなものだし強く言い出せない。

 

 

 そんな、彼女の個体識別名はシアン(C-08)

 この研究所のリーダーを務める優秀なクローンロボットだ。

 しかし、そのだらしない着こなしから、私は彼女の事を『ブカ子』という愛称でよんでいる。

 

 悪口じゃないからね!

 本人も嫌がってる感じではないし。

 

 そんな事を考えているとブカ子が私に向けて言う。

 

「準備ができました、管理人。プログラム、いつでも行けます」

 

「了解です。では、リズの方にも始めて問題ないか聞きますね」

 

 こっちの準備が出来たので、リズの方に開始の承諾をとるため、私は研究所に備え付けのマイクに向かって呼びかけた。このマイクで拾われた音は、仮想空間でも聞こえるようになっている。つまり、これによって現実世界と仮想世界で会話ができる訳だ。

 

『リズ……こっちの準備が整いましたので、そろそろ始めようかと思っています。……問題ないですか?』

 

 私の声は仮想空間からだと天の声みたいな感じで聞こえているはず。

 

『うぃーっす! いつでもドーゾ! 今日は絶好調だから』

 

 するとアバターのリズはその言葉と共に360度回りながら手を振り出した。

 

『……な、なにをしてるんです……』

 

 私がその奇怪な行動に若干引きつつマイク越しに問うた。

 

『んー、管理人に向けて手を振りたいけど、こっちからは、管理人がどこからみてるか分かんないんだよねぇー。

 でも、やっぱり管理人に手ぇ振りたいじゃん? だからさ、こうやって全方向に振っとけば、絶対どっかで管理人に向けて手を振った事になるって思ったんすよー! アタシ天才かも』

 

 

『そうですか……まぁ、いつも通りのようで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というかそもそも論、何故彼女をここまで強化する必要があるのか。

 私の護衛として役に立ってもらうためというのもあるにはあるが、他にも理由はある。

 その一つが、ある「壁」を突破するための足がかりを掴むためというのが挙げられる。

 

 現在、我々のコミュニティは防壁の外、半径110キロメートルより先へ進むことができずにいた。

 原因は、その境界線上に住み着くある厄介極まりない魔物の群れがとおせんぼうをしているせいだった。

 

 通称――『頑強種(シブトイモノ)』。

 

 見た目は、全人類が生理的嫌悪感を抱くあの黒い害虫――Gさんのような外見をしている。

 だが、近づいてよく見れば、それは昆虫ではない。赤黒く脈打つ高密度の筋肉があの害虫の形を模倣して形成されているのだ。

 そして大きさも圧倒的に違う。

 大きさは驚異の27メートル。

 

 大きさだけでも卒倒しそうだが、コイツらの真の恐ろしさはそこではない。本家本元のGさんをリスペクトしてさらに強化したような異常な「生命力」にある。

 放射能も飢餓も意に介さず、何を食ってでも生き延びる悪食ぶり。さらに、頭を吹き飛ばされても活動を止めず、体を両断されればそれぞれの肉片が独立してカサカサと襲いかかってくる。

 進化の過程で意地でも生きてやるという信念だけをずっと掲げてそれにたどり着いたような存在である。

 

 こいつらが集まったコロニーが半径110キロ圏外の境界線上にいくつも点在しているせいで、それが邪魔をし我々はそこから離れた圏外の資源確保はおろか、探索すら現時点では不可能に陥っている。

 

 それに、観測データなどで数年前から北方に、かなり大規模な生存者コミュニティが存在する可能性が示唆されているのだが、その半径110キロメートルより遠くにあるため存在を確かめる事すら出来ていない。

 もし接触し、協力体制を築くことができればと何回も考えた。

 そのためには、シブトイモノのコロニーの突破は必須事項だった。

 

「今回の敵性プログラムは、予定通りフェーズ2へ移行します」

 

 ブカ子が淡々と説明する。

 

「先週までの『レベル1に設定した魔物想定NPCの大量討伐』のフェーズは予定より一ヶ月早く成功とみなす結果になりました。今回からは敵の質を一段階引き上げ、『レベル2に設定した魔物想定NPC』を混ぜた混成部隊を相手に、経験を積んでもらいます。慣れたら、体感速度を早めて効率よく学習してもらいますが、今回ははじめてということもあり、現実世界と変わらない体感速度に設定しています」

 

 レベル、レベルと先ほどからブカ子が言っているけど、これは、魔物の脅威度である。

 我々が独自に定めた5段階のレベルで分類されている。

 このレベル分けは、あくまで「個体単体」での戦闘力を基準にしたものだ。

 

 レベル1:複数人かつ銃火器や武装を整え、適切な処置をする事により討伐が可能な個体。

 

 レベル2:訓練された小隊規模での戦闘が必要な個体。

 

 レベル3:戦車級の火力やミサイル攻撃が必要な個体。

 

 レベル4:単体で小規模な都市を壊滅させる力を持つ、またはそれ以上に厄介な性質を持つ個体。

 

 レベル5:規格外。物理法則や生物学的限界を無視した存在。

 

 と、上記のようになっている。

 

 ちなみにシブトイモノの推定脅威度はレベル3。それが目を覆いたくなるほどで群れをなしているため、単体ではなく群れで考えればレベル4.3くらいはいってるんじゃないかと私は思っている。

 

 私はドラゴンぽい見た目の魔物も見たことがあるが、私的には進化の過程でGさんに寄せてきた魔物であるシブトイモノの方が恐ろしい。

 

「さあ、データ収集を開始します。戦闘を始めてください」

 

 ブカ子がポチッと開始のボタンを押した。

 画面の中で、リズが疾走する。

 

『オラオラオラァ! やってやらぁ!!』

 

 彼女の動きは洗練されていた。

 仮想空間の魔物想定NPCが爪を振るうよりも速く、懐に潜り込み、あらかじめプログラムされて設定されていた急所を一撃で粉砕する。

 敵が崩れ落ちてポリゴンとなって霧散するのと同時に、彼女はもう次の獲物の首を刎ねている。

 

 現実世界にあるリズの本体は、依然としてドックの椅子に座り、コードに繋がれたままだ。だが、計測器の数値は彼女の脳が激しく活動していることを示している。

 

「おぉ、反応速度も好調のようですね」

 

 ブカ子が感嘆の声を漏らす。

 1時間後。

 画面の中には、リズのアバター以外の動くものは何もいなかった。

 70体の敵NPCは、すべてポリゴンの塵と化していた。

 

「……クリアタイム、58分32秒です。フェーズ2初めての実施にしてはいい調子だと思うのですが、どう思います? 管理人」

 

「ええ、私もそう思います。上出来です。流石私自慢の秘書なだけあります」

 

 私もこの結果に満足げに頷いた。

 

 

 プシュウゥゥ……。

 ドックから圧縮空気が抜ける音がして、リズのフェイスギアのロックが解除された。

 現実世界へと帰還し、ギアを外した彼女は清々しい表情をしていた。

 

「ふぅーーっ! ……見た? いい感じだったっしょ!」

 

「はい、良かったですよ」

 

 私は彼女に対して小さく拍手を送った。

 

「へへっ、これから管理人のためにもっと強くなってみせるからねー! 期待しててくださいよー!」

 

「もちろんです」

 

 順調だ。

 このまま強化計画が進めば、半径110キロメートル圏外も行動できるようになる。

 久しぶりに明るい未来が見えた気がした。

 

 ――その時だった。

 

「報告。緊急事態発生、緊急事態発生です」

 

 そんな大きなかけ声と共に、ドアから一つの物影が入ってきた。

 飛び込んできたのは、警備担当のシアンだ。

 

 

「緊急事態……? もしかしてまた過激派が私を狙いにきたのですか……」

 

 私は眉をぴくりと動かしながらそう言った。

 

「……いいえ、違います」

 

 警備シアンは息を整える間もなく早口に続ける。

 

「旧市街区画……にて、住民の凶暴化事案が発生。現在、現場はパニック状態です」

 

「きょ、凶暴化……? 暴徒化とかではなく……?」

 

 過激派が増えている現状、暴徒化なら分からなくもないが、凶暴化とはなんだ。

 

 耳慣れない言葉に、私とリズは顔を見合わせた。

 

「状況の説明をお願いします」

 

「かしこまりました。現在確認されている凶暴化個体は5名。……彼ら彼女らは突如として理性を喪失し、見境なく周囲の住民を襲い始めました。現場に急行した警備ユニットが3名を確保しましたが……その過程で9体のユニットが全損しました」

 

「ユニットが……全損ですか……。彼、彼女らは武器を持っているということですか」

 

「いえ……それが――」

 

一呼吸おき、シアンは続ける。

 

「それが、相手は武器を持っていない、素手の状態で破壊を実行しました」

 

 私は息を呑んだ。

 シアン達はいくらリズより戦闘能力が劣るといっても生身の人間が素手で破壊できるようなスペックではない。

 レジスタンスでさえ、一体のクローンロボット相手に複数人での、そして武器を全員が持った状態という極めて優位に働く条件下で破壊していた。

 それなのに、今回の件はそうではなさそうだ。

 

「確保した個体をスキャンしたところ、脳の理性を司る領域が、未知の細胞によって侵食され、ドロドロに融解していました。さらに――」

 

 警備シアンが言い淀むように一瞬言葉を詰まらせ、続けた。

 

「……当該個体の皮膚全体に、紫色の変色が確認されています。これらすべて総合して判断すると、99.9%の確率で『魔物』由来の生物汚染だと判断できます」

 

 防壁があるのに何故だ! ……とは言わない。

 あれも完全じゃない。ほぼ、魔物を防ぐ事はできても相手はそれより速いスピードで、それに対抗するように進化と分岐を繰り返してくる。

 とりあえず――

 

「被害拡大を防ぐため、当該区画に『簡易エネルギー障壁』をすぐに展開してください。メイン防壁で使っているエネルギーの10%を緊急流用する事になりますが、確保できていない残りの2名がこれ以上他のところで被害を出さないようにするためにも、仕方がありません」

 

「承知しました。直ちに実行に移すように周囲のユニットに呼びかけます」

 

 私は冷静な判断をしながら、それと同時に指先が冷たくなるのを感じた。

 

 すごく嫌な予感がするのだ――。

 

 いや、今の報告の時点で、すでに嫌なことには違いがないのだが、そうではない。そうではないのだ。

 

 被害が報告された場所は、仮拠点があったエリア。

 古くからある、下町の居住区画。

 そこは――私がつい先日訪れた、あの場所があるエリアだ。

 

 さっきから冷や汗が止まらない。

 聞かなければならない。確認しなければならない。

 だが、その答えを聞くのが、たまらなく怖かった。

 

 私の硬直を察したのか、隣にいたリズが一歩前に出た。

 彼女は真剣な眼差しで、警備シアンを見据えた。

 

「ねえ。……その確保された人たち、あるいは被害のあった場所に……『サユリ』って名前の人は、いたりしないよね?」

 

 その質問が投げかけられた瞬間。

 研究所内の時間が、止まったような錯覚に陥った。

 

 警備シアンは、淡々とした機械的な声で、私の聞きたくなかった事実を告げた。

 

「……確認された凶暴化個体の一人が、当該人物であると照合されました。現在、彼女の確保にはまだ至れていません」

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