全4話で完結します。既に予約投稿済みですので、気楽にお読み下さいませ。
黒と白の粉が舞い続ける大地がある。その中心に立って左右を見渡せば、それぞれ黒と白で埋め尽くされており、それらが衝突する度に黒と白の粉が舞う。
事の始まりを求めるなら、誰かがこう言ったのだ。いい加減にキリの無い鍔競り合いをするのは止めて、そろそろ白黒ハッキリさせようではないか、と。
そんな、黙示録に記されし最終戦争──アルマゲドン──と呼ぶに相応しく思える程の規模の戦いは、その名に反して終わりが見えない膠着状態と化していた。
その膠着状態というよりはむしろ混戦状態となってしまった原因として、奇しくも両陣営の戦略が完全に一致してしまったという事があった。
それは、いきなり幹部クラスの者を出撃させて、雑魚を一掃して数的優位に立つ事によってペースを掌握してしまおうというモノ。
その幹部クラス同士の激突は一進一退の攻防が果てしなく続き、戦局は互角の状態から変わる事も無いまま、3年余りもの時が経過する事となる。
次に両陣営が考えたのは、新戦力の獲得であった。
今まで勢力図が変化しなかったのは、幹部クラスの力がほぼ互角だったからである。
七大魔王とロイヤルナイツ、その他の魔王と三大天使達。
その他のデジモン達も、ナイトメアソルジャーズとウイルスバスターズのように、必ず対になる戦力が存在し、均衡が保たれてしまっていた。
平和であった時はそれでバランスが取れていたのだが、戦時とあってはそれは決着が着かない事を意味する。
だから両陣営は、元来この世界には存在しないモノを召喚し、新たな戦力とする事を考えた。
その新戦力とは、人間。
人間は、それ自体は非常に脆弱な存在であるが、しかし不思議な事にデジモンの力を最大限に引き出す事が出来るという言い伝えがあった。
両陣営は、その言い伝えを信じたのであった。
正確に言えば、両陣営共にそれに縋るしかないぐらい決定打を欠いていたという事であるが。
召喚された人間は、それぞれの陣営に1人ずつ。
何故1人しか居ないのかと言えば、異世界の者に干渉するのに必要なエネルギーは莫大で、1人召喚するのが精一杯だったのだ。
そして両陣営はそれぞれの方法で人間とデジモンのペアを育て上げ、いよいよ前線に送り出す時がやってきた。
両陣営共にこれで勢力図が変わる、と信じていたのだが、奇しくもほとんど活躍する前に、両者は邂逅を果たす事となる。
無数の粒子が絶え間無く舞い散る大地。
その中でも特に多量の粒が舞う黒と白の衝突地帯は、遠くから傍観する事が出来れば幻想的な光景に見えるかもしれないが、一度その中に入ればまさしく危険に満ち溢れた戦場である。
だが、そんな衝突地帯の中にもただ一点だけ、粒が舞っていない地帯が存在していた。
そこは死を意味する粒こそ舞っていないものの、決して安全地帯と呼べる場所ではない。むしろ他の場所よりも危険地帯とも言えた。
だから、そこには粒がほとんど舞っていない。
黒の軍勢も白の軍勢も、流石に巻き添えを喰らって死ぬのは嫌なのであろう。
裏を返せば、ここで繰り広げられている戦いは、それほどに壮絶なモノなのであった。
「ダブルエッジ!」
上半身を機械で固めた赤き竜が、爆音を発しながら飛翔。
その先に居る翼を持つ青き幻竜に向かって両腕に取り付けられた刃を振り下ろす。
しかし、青き幻竜は全く怯む事も無く、振り下ろされた刃を紙一重で避ける。
そして、避けながら青き幻竜は渾身の力を込めた拳を叩き込む。
「マグナムクラッシュ!」
だがその瞬間、赤き戦闘竜が光に包み込まれた。
青き幻竜はその光の中に拳を打ち込んだのだが、手応えが無い。ふと下に目をやると、落ちていく小さな赤い竜が映った。
しかし、また赤い竜が光に包まれたかと思うと、先程まで戦っていた赤き戦闘竜が姿を現す。
「ふう……危なかった。ありがとう、シュウ」
「今のが一番合理的だと思ったからやった。ただそれだけだ。礼を言われる筋合いなど無い」
その戦闘竜から少し離れた所に、茶色いニット帽をかぶった男が佇んでいた。
いや、正確には少年というべきか。容姿の所々にあどけなさが残っている。
しかし、そのシュウという少年の眼光は鋭く冷たく、まるで感情を封じ込めてしまったかのような雰囲気をも醸し出している。
それが、一目見た時に彼を少年と認識するのに時間がかかった原因なのであろう。
「でも助けてくれたんだし、礼は言わないと」
「……道具を上手く扱うのは、主の義務だからな」
油断無く相手──青き幻竜──を見据えながら、赤き戦闘竜──メガログラウモン──はそう呟いた。
シュウはそれを聞いて小さく溜息をつきながら、赤き戦闘竜のそれよりも遥かに小さく呟いた。そしてその言葉は、グランと呼ばれたメガログラウモンの耳に届く事は無かった。
「サトル、どうする? このままじゃいつまで経っても決着が着かないよ?」
「倒すつもりじゃないんだから、それでいいんだよヴィクト。……でも、どうすれば話を聞いてくれるんだ……?」
一方、青き幻竜は空から赤き戦闘竜を見下ろし、警戒しつつ背中に乗せているパートナーと会話を交わす。
こちらのパートナーのサトルという少年も、シュウという少年と同じぐらいの背格好をしており、首に巻いている青いマフラーが印象的な少年であった。
サトルにヴィクトと呼ばれたデジモン──エアロブイドラモン──は、それを聞いて顔をしかめる。
「無理なんじゃないかな……いきなり問答無用で襲い掛かって来たんだし。やっぱり倒しちゃった方が……」
「バカ野郎。全部の敵と戦ってたらキリが無いだろ? 向こうだって人間がパートナーなんだ。きっと話せば分かるって」
サトルの言葉を聞いたヴィクトは、観念したように下降を開始した。
地上に降りて、話し合いの場を持とうとでも思ったのであろうが、しかし──
「アトミックブラスター!」
「うわっ!?」
下降中のヴィクトに向けて、赤い原子砲が襲い掛かった。
間一髪の所でかわす事は出来たが、サトルはどうも考えを改める必要がありそうだと思い知る。
「危ねえ……あっちは戦る気満々で話し合いどころじゃねえか?」
「サトル、どうすんのさ? 戦うの?」
「……しょうがねえなヴィクト。ブチのめしてから話し合うとすっか。でも、殺すなよ」
「オーケー」
本格的に戦う許可を得たからか、ヴィクトの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
戦闘種族としての性か、あるいは自分の主張の方が正しかったという自慢だったのかは定かではないが。
しかし次の瞬間にはエアロブイドラモンの顔から笑みは消え、険しい表情と鋭い眼光が姿を現した。
……かと思いきや、青き幻竜の姿そのものが掻き消えた。
「来るぞ」
シュウは驚いた様子など微塵も見せる事無く呟いた。
グランもそれは同様のようで、両腕に備え付けられている刃を構え、敵の気配を探る。
……が、しかし。
どこからも近付いて来る気配が感じられない。
こういう場合、スピードで撹乱して背後か横から襲い掛かって来るのがパターンなのだが。
「……上だ、グラン」
「Vブレスアロー!」
近付いて来ないという事は、撹乱はフェイク。
本命は遠距離からの不意打ち。
シュウがそれを見破ったのとほぼ同時に、青き幻竜が蒼き熱線を吐き出した。
シュウはしばし逡巡した。この攻撃を防ぐのは容易だが、防ぐだけでは戦いには勝てない。
「避けろ」
グランはシュウの指示通り、横っ飛びでV字型の熱線をかわした。シュウが出した答えは、攻撃を避ける事であった。
防御する事も出来たし、両腕の刃で弾く事も出来たし、原子砲で撃ち返す事さえ出来ただろう。
それらをしなかった理由は、熱線をかわした瞬間に明らかになった。避ける瞬間までグランが居た所を、凄まじい速度で蒼い影が通過したからだ。
「撃て」
一息入れる間もなくシュウがグランに指示を出す。
グランはすぐさま胸部を開放し、原子砲のチャージを開始する。……が、グランはシュウが指した方向を見て驚愕の表情を浮かべた。
「え……あいつを撃つのか? 人間を?」
「そうだ。早くしろ」
なんと、シュウは相手の少年を撃てと言っているのだ。
驚きを隠せないでいるグランの問いに当然のように答えるシュウ。その表情は冷徹の一言で、とてもじゃないが少年とは思えない顔をしていた。
「……分かった。──アトミックブラスター!」
真紅の輝きを帯びた破壊の光線がサトルに向けて放たれた。
その直後、それを放ったグランの横を蒼い影が目にも留まらぬ速さで通過する。
そして蒼い影は瞬く間に光線を追い抜き、サトルとの間に割って入り、大きく翼を広げた。
「ウインドガーディアン!」
風がヴィクトの翼の周りに集まり、ヴィクトはその風を纏った翼を大きく羽ばたかせた。
その途端、ヴィクトの前に凄まじい爆風が発生し、迫り来る光線と衝突する。
光線は風との衝突点で光線は四散していっているが、しかし。徐々にヴィクト達との距離が狭まって来ている。
「グラン、手を緩めるなよ。風なんてのは、いつか止むものだ」
「了解……!」
防がれたにも関わらず、至極冷静に指示を出すシュウ。
グランはその的確さに驚きつつも、指示通りに手を緩めない。
「サトル! このままじゃ……!」
もう5度目となる爆風を起こしながらヴィクトがパートナーに訴える。
まだ到達には遠いが、確実に距離が狭まって来ている。
サトルはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げ、決断した。
「……撃てヴィクト! 今なら多分殺さずに済む!」
「分かった! ……うおおぉぉぉおおッ! ──Vウイングブレードォッ!」
究極体に迫る力を持つとされる完全体、エアロブイドラモンの翼が眩しく光り輝いた。
そして、その翼から蒼い翼の形をしたエネルギーの波動が迸る。蒼き翼は風と衝突している原子砲と激突し、切り裂いた。
「──っ! グラン、防御しろ!」
「くっ! ダブルエッジ!」
エネルギーの奔流を切り裂いて迫ってくる蒼き翼の存在に気付いた瞬間、シュウは直感的に防御を命じた。
グランもすぐさま砲撃を中止し、両腕の刃を前に向けて防御体勢をとる。
翼と刃が接触した瞬間、刃は甲高い音を起てて砕け散り、翼も同時に霧散する。グランが冷や汗をかきながらホッと一息吐いた、その時。
「安心するなグラン! しゃが──」
「遅い! ──マグナムクラッシュ!」
超スピードで蒼い影が強襲。
シュウが指示を出す前にヴィクトがグランを殴り飛ばした。
グランは30m近く吹き飛ばされながらも何とか着地する。
しかしダメージは大きく、グランは膝をついた。
「これで勝負あったな」
茶色いニット帽をかぶった少年の下に歩み寄りながらサトルは声を掛けた。
対してシュウは、ただ黙って青いマフラーを巻いた少年を睨み付ける。
「おいおい、そんなに睨むなよ。別に今からお前を殺そうって訳じゃねえんだから。ちょっと話し合いをしようってだけさ」
「……何故だ?」
「え……?」
「デーモンから話は聞いている。貴様は“白の軍勢”の者だろう?」
「ああ、そうだけど?」
「なら、俺と貴様は殺し合うべき敵同士。話し合い等という無駄な事をする必要は無いハズだ」
「む、無駄? 同じ人間同士じゃないか。何も戦わなくたって……」
「貴様を殺して戦局をこちらに有利にすれば、俺は帰れるんだ。貴様も同じような条件を付けられているんじゃないのか?」
サトルはこの茶色いニット帽をかぶった少年の物言いに愕然とした。
立場が敵同士であるという事ぐらい、サトルだってよく解っていた。
確かにセラフィモンから出された条件では、言い方はもっと柔らかいがこの少年と同じような条件で元の世界に帰れる事になっている。
しかし、サトルはどうしてもその条件を満たす気にはなれなかった。
敵のデジモンを殺す事さえ抵抗があるぐらいなのだ、ましてや人間を殺す事なんて決意出来るハズも無かった。
「そうだけど、でも殺すなんて……!」
「なら貴様は元の世界に帰りたくないのか? 条件を満たせるのは1人だけだぞ」
「そりゃオレだって帰りたいに決まってる。でも、例え見ず知らずの他人でも、人を殺すなんて……」
「……だったら、俺が帰る。貴様は俺に殺されろ。グラン、撃て!」
サトルが目を伏せて戸惑っていると、不意にシュウがグランの方を向いて、サトルの方に手をかざした。
グランは片膝をついたままサトルの方に振り向く。
「分かった、シュウ! ──アトミックブラスター!」
そしてグランは、先程と違って戸惑わずにすぐ胸部から破壊の光線を放った。
だが、それとほぼ同時にヴィクトは動いていた。
「サトル、危ない!」
ヴィクトは間一髪の所で光線を抜かしてサトルを抱えて空に舞い上がった。
そのまま少し離れた所に着地し、サトルを降ろす。
「さあサトル、指示をくれ。もう話し合いも無駄だと判った。戦うしか無いんだ」
グランとシュウを睨み据えながら、ヴィクトはサトルに指示を求めた。
だが、サトルはかなりのショックを受けたようで、呆然としたまま呟く。
「ヴィクト、オレ、甘いのかな……」
「ああ、甘いね。サトルは甘い」
ヴィクトに言われ、サトルは一瞬目を見開いたかと思いきや、苦虫を噛み潰したような表情をしたまま顔を伏せた。
だがヴィクトとは構わず続けた。
「……だけど、そんなサトルだからこそ、このバカげた戦を終わらせる為に戦わなきゃいけないんだ」
そう言うヴィクトの体が、淡い光に包まれた。
ヴィクトは力が漲ってくる感覚を覚える。
これなら、あのメガログラウモンとシュウと呼ばれていた少年がどんな手を使って来ても跳ね返せる。
そう確信した時、地響きと共に凄まじい爆音が辺り一帯の時間を制した。
あまりに大きな爆音に、サトルも思わず顔を上げる。
見ると、先程のメガログラウモンの光線で、近くで戦っていたデジモン達が一部消し飛んでいた。
データの粒がその辺り一帯を舞っている。
だが次の瞬間に異変が起きた。
そのデータの粒は天に舞い上がっては行かず、なんとシュウの右手に集まっていっている。
正確には、シュウの右手にある黒い筺体にだ。
「何だ? 何をする気なんだ?」
険しい表情で観察するサトル。
と同時にサトルは、右腰に付いている白い筺体を手に取った。
自分が持っているこれと同じ物なのだろうか? これにもあんな使い方があるのだろうか? セラフィモンからは、ヴィクトのテイマーである証だとしか聞いていない。何度か光った事はあったのだが……あれはどんな時だっただろう?
死んだデジモン達を構成していた粒子は、シュウが持っている黒い筺体にどんどん集まっていく。
やがてそれは満ち、甲高い電子音を奏でた。
「ようやく溜まったか……。全然チャージ完了の気配を見せないからコイツでは完全体までしかなれないのかと思っていたが、どうやら完全体と究極体とでは必要な経験値がケタ違いなだけだったようだな」
シュウは納得したように呟きながら、黒い筺体をパートナーに向けてかざした。
筺体から赤黒い光が溢れ、グランへと伸びる。
赤き戦闘竜は光に包まれ、次第にその光が戦闘竜の体へと吸収されていく。
そしてそれは、やがて戦闘竜を包み込む球体へと化した。
「あれは……まずい! 止めろヴィクト!」
何が行われようとしているのかようやく察知したサトルが叫んだ。
ヴィクトも危険な雰囲気を敏感に感知していて、サトルの声を受けて即座に動いた。
ヴィクトの体を包んでいた淡い光が翼に集まり、激しく輝き始める。
「Vウイング……ブレードォッ!」
高まったエネルギーが蒼き光の翼となってヴィクトの翼から放たれた。蒼翼は空気を切り裂くような轟音を発しながら赤黒い球体へと向かう。
「ヘル・ハウリング」
球体の中から地が震えるような悍ましい声が響いた。その音波によって空間が歪む。
いや、歪んだのは空間だけではない。ヴィクトが放った蒼き翼も歪み出したのだ。
その歪みは次第に大きくなっていき、翼はとうとう霧散してしまった。
「な……! ヴィクトの必殺技があんな簡単に破られるなんて……!」
目の前で起きた事が事実である事を認識するのを無意識の内に拒んでしまったのか、目を見開いて状況を見直してしまうサトル。
だが当然、そんな事をしても何の解決にもならない。
空には狼狽した表情のヴィクトが居て、茶色いニット帽をかぶった少年の頭上の球体は、いよいよ中に居たモノの姿を露わにしようとしていた。
現れたのは真紅の竜。
先程の機械に身を包んでいたような状態とは違い、関節などの状態から機械と一体化したような印象を受ける。
胸部には正三角形が3つ、中心の逆三角形の頂点を囲う形で並べられている。
「ウオオオオオォォォオオオオ!」
「────っ!」
その、四大竜に数えられる邪竜型デジモン──メギドラモンと呼ばれるその竜は、自らの誕生を祝うかのように産声を上げた。
地の底から響いてくるような轟音に圧されるサトル。
その迫力たるや、気をしっかり保っていないと後ろに吹き飛ばされてしまいそうだ。
頭上のヴィクトも、その尋常でないプレッシャーに圧されている様子。
「──ふっ……ははっ! 勝てる。これなら勝てるぞ、グラン!」
グランの産声を聞いて、シュウは喜びに打ち震えた。
敵のエアロブイドラモンは強い。
完全体のままでは勝てなかっただろう。
それが今は、相手の必殺技を声だけで消し去ってしまう程のパワーがある。
完全に形勢は逆転したと見ていいだろう。
後は、さっさと青いマフラーを巻いた少年を殺し、“白の軍勢”を壊滅状態に追い込み、自分の世界に帰るだけだ。
「くそっ、負けるもんか! マグナムクラッシュ!」
一体いつの間に間を詰めたのか、ヴィクトの渾身の力を込めたパンチがメギドラモンの胸部にクリーンヒットした。
メギドラモンはわずかに後退するが、すぐさま反撃。
巨体とは思えない速度で体を捻り、尻尾で幻竜を横殴りに吹き飛ばした。
ヴィクトは受け身も取れずに地面に叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべる。
「あ──かはっ……く──!」
「ヴィクト、大丈夫か!」
サトルはすぐさまパートナーの下へと駆け寄る。
そしてその状態を見て愕然とした。
たったの一撃しか喰らっていないというのに、今までに見た事が無い程キズだらけになっているのだ。
セラフィモンからヴィクトを預かった時はブイドラモンだったのだが、その頃からもこれほどまでにキズを負った所をサトルは見た事が無かった。
「ぐ──う……ああ、大丈夫……あんな奴に負けるもんか」
「ヴィクト、お前……」
心配そうなサトルの顔を見て、ヴィクトは己を奮い立たせた。
体を震わせながらもヴィクトは立ち上がり、紅い邪竜を睨みつける。
ダメージこそ受けたが、まだ体に漲っていた力は残っている。
あんな何の躊躇いも無くサトルを殺そうとする奴等に負ける訳には行かない。
ヴィクトは死を覚悟してくる奴以外は絶対に殺さない、というサトルの方針は甘い、と思っていた。
だが、オレ達ならやれる、と断言してみせたサトルの表情を見ていると、応えてやりたいとも思っていた。
何の事は無い。
ヴィクトは、サトルが好きだったのだ。
「──大丈夫、絶対に勝つ。信じて」
「……そうだな、殺されるのはゴメンだし。よし、ヴィクト、頼む。勝ってくれ!」
「──ああ!」
それはテイマーとしての指示とは程遠く、酷く稚拙で抽象的な、1人の少年の頼みであった。
だがそれは、ヴィクトにとって最も士気が上がる言葉となる。
ヴィクトの士気は最高潮に高揚し、同時に体が青白い光に包まれた。
「これは……これなら──!」
今までに感じた事が無い程の感情の高ぶりと、全身に漲る力。
ヴィクトは、今なら蒼き翼を超える更なる必殺技を編み出せると確信した。
翼だけでなく、その体全体からエネルギーを放出すれば──!
「……でもヴィクト、少し待ってくれ。もう一度だけ、あいつと話がしたい」
シュウは蒼き幻竜から迸しるかつてない力を敏感に感じ取った。
先程の光の翼とは比べモノにならない攻撃が来る──!
「グラン、遊びは終わりだ! 必殺技を使え! グラン……?」
「グ……敵、殺ス……敵……ウオオオッ!」
響き渡る轟然とした邪龍の咆哮。
それを聞いたシュウは、現状を瞬時に理解出来たが、全く納得が行かなかった。
今までと何の変わりも無い方法で進化させたのに、何故グランの理性が失くなっているのか。
これでは何の作戦も立てられないではないか。
「おいお前!」
その時だった。
あの青いマフラーを巻いた少年の声が聞こえて来た。
考え事を邪魔されたシュウは、嫌悪感を露に言い返す。
「俺は“お前”等という名前ではない! 俺には藤代修という名がある!」
「──そいつは悪かった、藤代。……えと、オレの名前は高村悟」
「──高村、か。もうお前と話す事など無いと思うが、何の用だ」
「1つ訊きたい事がある。人を殺してでも早く元の世界に戻りたいのには何か理由があるのか?」
シュウの顔に驚きの色が浮かんだ。
同時に、何か見透かされ同情されているような気がして、言い知れぬ怒りのような感情が芽生え始める。
「……あったらどうだと言うんだ? 話せば大人しく殺されてくれるとでも?」
「いや、悪いがどんな話を聞かされてもそんなつもりは毛頭無い。オレだって、絶対に帰らなきゃいけない理由がある。……あいつと、結衣とケンカしたまま死んでたまるかよ!」
それを聞いた瞬間、シュウの思考は凍結した。
そんな理由で今まで戦って来たという事自体が到底信じられなかった。
「……貴様、本気で言ってるのか? 死ねない理由が、そんな下らない理由だと?」
「下らない、だと──! てめえ、どこが下らねえってんだ!」
「──っ! どこが、だと? 全てが下らん。たかだか女との仲直りの為なんぞに戦う? ふざけるのも大概にしろ!」
「ふざ──じゃあよっぽど高尚な理由なんだろうなあ! てめえはよ!?」
「……親が交通事故に遭った。2人共意識不明の重体だ。家には12歳と8歳の妹と、6歳の弟がいる」
「────!」
そこから先の台詞は、訊くまでもなかった。
食っていく為には、この藤代が働くしかないのだろう。
流石に親戚は頼れないのか等といった、そこまで踏み込んだ質問をするのは憚られた。
「分かったか? 貴様と違って、俺は絶対に帰らなきゃならん。ここでこんな無駄な時間を過ごしてる間も、あいつらはお腹を空かせて俺の帰りを待ってるかもしれないんだ! ……だから無駄な抵抗は止めて、さっさと俺に殺されろ!」
「グオオオォォォオオオッ!」
藤代の叫びに呼応したのか、邪龍が雄叫びをあげながら動き始めた。体全体が光を帯びながら赤みを増し、口内から白色光と白炎が漏れ出る。
「──サトル、もうこれ以上は……」
「……ああ、そうだな。悪い、お前の気を削いじまった」
「ううん、そんな事無いよ。……出来れば、サトルの理由も詳しく教えてよ」
「ふん、バカ野郎、今はそんな余裕無いだろ? ……この戦いが終わったら話す。だから頼む。勝ってくれ!」
「任せろ! うおおぉぉぉおおおッ!」
ヴィクトの体から裂帛の気合いと共に蒼白い閃光が迸る。
そのエネルギー量は、サトルが今までに見てきたモノを遥かに凌駕していた。
「メギド・フレイム」
その時、邪龍の口から全てを燃やし尽くすような灼熱の炎が吐き出された。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
ヴィクトの背中が頼もしかったからなのか、それとも、いつの間にか輝きを放っていた白い筺体のおかげなのかもしれない。
「ドラゴンインパルス──!!」
ヴィクトの体から放たれていた蒼白い閃光の量が爆発的に増した。
そしてヴィクトはその光に包まれたまま飛び立った。
1度天高く舞い上がったヴィクトは蒼き光の竜となりて邪龍の獄炎に挑む。
全てにおいて合理的に動く少年と、倫理を重んじる少年。
両者の持論は平行線を辿り、激突の時を迎えた。
無事に現実世界に帰れるのは勝った方のみ。
切符を手にするのは、果たして──