そこは、一見するとどこにでもある8階建てのマンション。
そんな、とある所にあるマンションの7階の一室に無自覚な創造主は居を構えていた。
今回語られている世界の創造主たる彼──篠崎拓郎──は決して悪気があった訳ではない。
ああいう世界が存在している事を知らない者からすれば、ちょっと好奇心の強い者ならそういう事をしても不思議な事は何も無いのだから。
しかし、彼に全く罪が無いのかと問われればNOと答えざるを得ないであろう。
彼の部屋の真上に位置する部屋の住人と、真下に位置する部屋の住人を実に2週間もの間行方不明にしていた犯人は、間接的とはいえ彼に間違い無いのだから。
だからと言って、現実に彼を裁く法律は存在しない。
そんな前例は全く無い上に、証拠も無い。
現実世界から見ればただのプログラムに過ぎないモノが、現実の人間を巻き込んでいる等、俄かには信じられないのは当然と言えよう。
そんな彼だが、何の罰も無かった、という訳ではない。
まず、実験の結果は永遠に見られなくなった。
あの世界を構成していたフォルダごと完全にフリーズ状態になり、初期化もハードリセットも何も受け付けなくなったのだ。
データ入りの端末をそのままで破棄する事の危険性を知っている彼は、捨てる事も出来ずにそれを保管した状態のままでパソコンを使い続けている。
そしてもう1つ、彼自身が自分の所為で2人の少年が2週間もの間行方不明になったのではないかと僅かながら疑っているという事。
本格的な実験を始めた次の日の朝に2人が失踪し、実験が破綻したその日の夜に帰って来たのだから、偶然にしては出来過ぎていると言わざるを得ない。
何の確証も無く、突拍子も無い話だが、それでも彼には疑念があった。
話の内容がファンタジック過ぎて口に出すのも憚られる為、これから先、彼は長い間その疑念を頭の片隅に住まわせて暮らして行く事であろう。
それらが、彼に課せられた罰。
2週間もの間行方不明となっていた高村悟と藤代修。
その2人がマンションのエントランスで発見された時には気絶しており、2人は直ぐさま病院へと運び込まれた。
そしてその翌日に拓郎が見舞いに訪れた際、丁度2人が目を覚ました。
「──あれ? ここは……」
「おう、目が覚めたか高村。藤代はもう起きてるぞ」
「と言ってもついさっきだが。現実でお前とこんなに近所だったとはな。篠崎さんから聞かされた時は驚いたぞ」
高村と藤代の両方と面識のある拓郎からすれば、2人の間に面識が全く無かったという話の方が意外だった。
それなのに、今は知り合いという以上の関係を築いているかのように見える。
「あ、篠崎先輩……オレ達、帰って来れたんですね。何度もダメかと思ったのに」
「バカ、悟!」
拓郎は、高村が何を言い出したかという事より、藤代が高村を名前で呼んだ事に驚いていた。
2週間前まで面識が無かったにも関わらず、わずか2週間で名前で呼ぶ程の間柄になっているのだ。
だからか、拓郎は高村の言葉について深くは追求しなかった。
藤代の言動が印象的過ぎて記憶に残らなかったのかもしれない。
「え? ……え~と篠崎先輩! そういえば前に言ってた凄いプログラムって結局どうなったんですか?」
「────ん? ……あ~……悪い。アレな、途中でバグっちまってさ、もう残ってないんだ」
「え!? マジですか、ショックですね」
「いや、そうでもないんだ。無限に進化するなんて上手い話がある訳無いと思ってたしな」
高村からの質問を受けたのだが、拓郎は自分でも理由が解らない内に嘘をついていた。
実際はフリーズこそしているものの、データは残っている。
やはり無意識の内に負い目でも感じているのだろうか。
「……まあそれより、起きたんだから親御さんを呼ばないとな」
「篠崎さん──!」
拓郎が話を逸らすように言った言葉に、藤代が目を見開く。
藤代の事情は知っているハズなのに何故そんな空気を読んでないかのような発言をしたのか、という顔だ。
「ちょっと待ってろ」
しかし拓郎はそんな藤代の言葉は無視してそう言うと、病室を出て行った。
扉が締め切られ、病室に静寂が戻って来る。
「それにしてもオレ達、本当に帰って来れたんだな」
「冷や汗モノだったがな。セラフィモンに帰せないと言われた時は本当にダメかと思ったぞ」
「結局、全部こいつに助けられた訳だ」
思い返すように2人は会話を交わし、2人はそれぞれの手元にある蒼い筺体と紅い筺体を眺める。
セラフィモンが見つけ出した文献によると“D-グロウ”という名前らしい2つの筺体は、今はもう輝きを放つ事は無い。
ただ電池の交換が不要なだけの不思議な箱だ。
「本当に、連れて来て良かったのかな。こんな狭そうな箱の中に閉じ込めるみたいにしてまで……」
「前も言ったが、イグドラシルの提案を受け入れる事を選んだのはこいつらなんだ。悟が気に病む事じゃない」
2人が持つ箱には液晶画面が付いている。
サトルが持つ蒼い筺体の方には、アルフォースブイドラモンであるヴィクトと、その横に蒼い卵型の球体──蒼天のデジメンタル──が画面に表示されている。
一方のシュウの紅い筺体には、デュークモンであるグランと、横に紅い卵型の球体──紅焔のデジメンタル──が表示されていた。
「──にしても意外だったよな。帰る気満々だった修が最後まで戦いに参加する気になるなんてさ」
「あ、あれは! ただグランの処遇に納得が行かなかったからさっさと戦いを終わらせてやろうと思っただけで……」
その話題を振られると、シュウは赤面しながら説明した。
サトルはそんなシュウを見て思わず笑みを浮かべてしまう。
そして2人は同時に、その時の事を振り返ってみるのだった。
デュークモンの盾から放たれた黄金色の光線の威力は凄まじく、地面を削り取ったような跡が見渡す限り続いていた。
敵が存在していた場所には、アルフォースブイドラモンの必殺技が残したクレーターと、あれだけの攻撃だったにも関わらず、カオスデュークモンの盾が残っていた。
流石に無傷ではなく、無数の亀裂が入っている。
「何とか、勝てたな……」
「──────」
サトルがそう呟く傍らで、シュウが何かを考え込んでいる様子でサトルを見ている。
グランはシュウに何を言われても対応出来るよう、未だに臨戦態勢を解かずに居た。
「ん? どうした、藤代?」
シュウの様子に気付いたサトルが声をかけるが、シュウからの返事は無い。
何を熟慮しているのかは定かでは無いが、サトルを無視しているというよりは全く声が聞こえていないかのような反応だ。
シュウは悩んでいた。
一度は高村の提案を飲んだが、今なら高村を殺す事も出来る今の状況。
チラリと高村のパートナーの位置を確認するが、確実に間に合う程遠くにおり、それがより一層シュウを誘惑する。
徐々にグランに向けてシュウの手が上がって行く。
その様子を見たグランは、これからされるかもしれない指示に備えて槍を油断無く握り直す。
その様子を遠目から見ていたヴィクトは、ただならぬ気配を察知し、パートナーの元へと急行するが、遠過ぎる。
言い知れぬ不安がヴィクトの脳内を染めていく。
さっきまでの戦いでの連帯感が心地良かったからだろうか、元を正せば相手はサトルを殺そうとしていた人物である事を忘れてしまっていた。
今すぐ行動に移られたらとても間に合わないが、それでも、とヴィクトは全力を尽くしてパートナーの元へと急ぐ。
「頼む、間に合ってくれっ……!」
その時であった。
シュウは上げかけていた手を拳に変え、静かにその拳を下ろした。
「──さあ、さっさと俺を“白の軍勢”の本拠地へ連れて行け」
「あ、ああ、そうだな。行くか……って、どうした、ヴィクト?」
「え? いやぁ……あはは……何でもないよ。じゃあサトル、乗って」
拍子抜けしたヴィクトは、乾いた笑いを浮かべつつほっと胸を撫で下ろした。
途中までは殺気に近いモノを感じたのだが、シュウが手を握り拳に変えた辺りから雰囲気が変わった。
気にはなったが、サトルが何とも無ければ別にいいか、と思い直し、特に誰かへ追求したりもしなかった。
「──あ、ヴィクト」
「ん? どうした、サトル?」
「アレも城まで持ってってくれ」
サトルが指差した先には、先の激闘の証とも言えるモノが転がっていた。
一体何に使うつもりなのかと思いはしたが、ヴィクトはサトルの言う通りにした。
「もう、殺す必要は無いしな」
「シュウ……!」
シュウは独り言のつもりで呟いたのだが、グランの耳には届いたようで、嬉しそうな声色で少年の名を呼んだ。
「俺だって、殺さなくても早く帰れるならその方がいいに決まってる。さっきは、単にどっちの方が早く帰れるか考えていただけだ」
「良かったよ。正直、シュウとそんなに歳も変わらないような人間を殺すのは気が重かった」
「……すまなかったな」
「気にするな、シュウ。そもそもこっちの勝手な都合で巻き込んでいるんだ。せめて、シュウの指示を全て受け入れる事ぐらいはさせてくれ」
「…………ああ、ありがとうグラン」
そんなグランの言葉を聞いて、表情を緩めて穏やかに返事をするシュウ。
そんなシュウの表情を見たグランは、今までのシュウの裏に潜んでいたのかもしれない本性のようなモノを垣間見たような気がした。
ひょっとしたら彼は冷酷でも何でもなく、ただ他に選択肢が思い付かなかったが為に命を殺す、という苦渋の決断をしてきただけだったのではないだろうか。
そして、良心の呵責に押し潰されぬよう自らに合理的な理由を付けて。
そう勝手に思い付いた時には、グランはシュウに話し掛けていた。
「──いや、さっきの言葉は撤回する。シュウの指示の全ては受け入れない」
「グラン……?」
「シュウが間違ってると思った時には、従わない。私はシュウの奴隷では無く、パートナーとしてありたいからだ」
「パートナー……そうか、そうだな。悪くない響きだ」
シュウ達を捕虜の扱いで連行していたサトルは、ようやく“白の軍勢”の中枢まで辿り着いた。
サトルは何も考えずに提案した訳では無く、道中嫌な思いもするかもしれないと思い覚悟を決めていたつもりであったのだが。
もっと具体的に言うなら、シュウ達を殺そうとするデジモンに襲われる可能性を考えていたのだが、意外な事に、そんな襲撃には一度も遭わなかった。
これは偏に、ヴィクトとグランが究極体であった事が大きい。
しかも現在最前線に出ている戦力で“白の軍勢”中最強とまで云われているロイヤルナイツと同じ種族のデジモンが2体も居るのだ。
襲撃への抑止力としては十分過ぎると言えた。
これが仮に、逆の立場で“黒の軍勢”の中枢に向かっていたとしたらこうはならなかったかもしれない。
「久し振りだな、オファニモン」
「ああ……ついこの前まで成熟期だったのに、今では究極体ですか。強くなりましたね、ブイ……いえ、今はアルフォースブイドラモンでしたか」
「すまないが話はその辺にしてくれないか、オファニモン。捕虜の処遇の事でセラフィモンに話があるのだが……」
「これはこれはサトル様、久し振りです。はい、大体の話はこちらでも掴んでいます。セラフィモンはこの奥でお待ちです」
“白の軍勢”の中枢に位置する本拠地──ホワイトキャッスル──の入口には、三大天使の1体であるオファニモンが立っており、サトルとヴィクトは久々に対面した。
だが今はシュウの件を先に済ませたいという事で、話を手短に済ませて城門をくぐる。
くぐった先の大広間には、セラフィモンが待っていた。
「待ち兼ねていましたよ、サトル。そしてヴィクト」
セラフィモンは本当に待っていたようで、本来ならもっと奥にある自分の部屋に居るハズなのに、扉の向こうで待ち兼ねていたのであった。
「セラフィモン、早速で悪いんだけど本題に──」
「──後ろに居る彼等の事ですね?」
「……はい、そうです」
サトルが言いかけたのを遮るように、セラフィモンが問い掛ける。
どうやら本当に大体の事情は伝わっているらしい。
サトルが驚いていると、セラフィモンが突然膝を折った。
「────すまない」
「え? それってどういう──」
「……まさかとは思っていたが、俺達を帰す事は出来ない、のか……?」
「──その、通りです」
「なっ────」
「キミ達人間をこの世界に召喚する方法が判ってすぐに喚んだのです。実はまだ古文書の研究は終わっていません」
「……とすると“黒の軍勢”でも状況は似たようなモノか」
半ば自嘲的にシュウは呟く。つまり帰る為のあの条件は実益を兼ねた体のいい時間稼ぎだったという訳だ。その事実を察したサトルは驚きを隠せなかった。
「じゃあ、古文書の研究が終わるまでは、オレも藤代も帰れないって事ですか?」
「最悪の場合、研究しても方法が見付からない可能性もあるがな」
「それは否定出来ないが、伝承によると彼等は帰って行ったとあります。ですから、帰れるという事は確実だと思って欲しい」
サトルもシュウもその言葉は明らかに気休めだと解ってはいたが、これ以上何を言ったとしても虚しくなるだけだったので、その件については誰も何も言わなかった。
「──なら、その研究が終わるまで、俺はどうしていればいい?」
「……仮にもキミは“黒の軍勢”の者。申し訳ないがここで軟禁させてもらうつもりです」
「ではグランはどうなる?」
「──すまないが、それほどの力を持つ者をただの軟禁状態にしておく事は出来ない。ここが“白”である以上、地下の牢獄に監禁するしか──」
「────っ!」
自分達の処遇について尋ねたシュウであったが、グランの処遇を聞いた途端に表情を一変させた。
そしてその瞬間、シュウが持つ黒い筺体から紅い光が溢れ出した。
先の戦闘で筺体の役割を知ったサトルは、シュウの気持ちを何となく察した。
セラフィモンの言う事も最もなのだが、納得が行ってないのであろう。
「藤代、よせ! それ以上動いたらオレ達がお前等を止めなきゃならない」
そう思った時には、サトルは藤代の前に。
ヴィクトはグランの前にそれぞれ立ち塞がっていた。
だがシュウは特に動じる事も無く、高村に向かってこう言った。
「──なら、分かった。俺達もお前等と共に戦ってやる」
「え…………?」
「俺達の存在は、確かにお前達にとっては“悪”だったかもしれないが、俺達はそうであったとは思わない。だから、監禁状態を受け入れるぐらいなら高村、俺はお前と共に戦う」
「藤代────」
「──それに、あいつらと戦えるのは俺達ぐらいしか居ないだろう?」
シュウはそういうと、チラリとセラフィモンの方を見遣った。
するとセラフィモンはその辺りの事情も既に把握していたのか、ずっとヴィクトが抱えていた物体に視線を移した。
「──その盾の持ち主が、報告にあった“レギュレイツ”という者達の……」
「はい、この戦いを監視し、戦力差を“調整”して共倒れを狙い、この世界を横取りしようとしている連中です」
「連中、とは言ったが、まだ構成員はその盾の持ち主しか知らないがな」
サトルの説明に、シュウがそう付け加えておく。
そう、実際の所相手の組織の大きさは未知数なのだ。
場合によっては、サトルとヴィクトだけではどうにもならないかもしれない。
つまる所、シュウはサトルの事が心配でもあったのだ。
戦いに負けた自分だけが生きて帰り、勝った高村が死ぬなんてのは不公平だと思っていた。
「──でしたら、すまないがその“レギュレイツ”を倒してくれないか? その間にこちらは帰る方法を解読する」
「了解した。だがセラフィモン、1つ頼みがある」
「分かりました。何でも言ってみて下さい。私に出来る事なら何でもしましょう」
「…………妹達を、頼む」
「藤代……」
シュウの言った頼みは本当に切実な内容で。
それを聞いたサトルは、セラフィモンが即答で承諾するものだと信じて疑わなかったのだが、しかし。
「──その必要はありません」
「何────?」
「セラフィモン! どういう事だよ!?」
まさかセラフィモンが断るとは夢にも思わなかったサトルは、思わず激昂してしまう。
しかし、断られた当の本人は眉をしかめて訝しんでみせただけで、感情自体に揺れはほとんど無かった。
その原因はシュウ自身も理由が判らず、シュウはただただ困惑するのみであった。
「恐らく、……“黒”の誰かが手を回したんでしょうね。貴方の家族は既に貴方の知り合いの方に保護されています」
「──そうか、小森、か。あいつ──」
「そっか、良かったな藤代、その小森って奴には無事に帰れたら礼を言わねえとな」
「……あ、ああ」
シュウはそれを聞いてどうやら納得した様子で、あっさりと引き下がった。
サトルは余計な口出しは控えて同意するようにシュウに話し掛けたのだが。
シュウは何故か歯切れの悪い返事を返す。
その反応に引っ掛かるモノを感じたサトルは、一か八かカマをかけてみる事にした。
「これで帰らなきゃならない理由がオレと同じになっちまったな」
「な──小森と俺はそんな関係では──」
「あれ~? 小森って女だったのかい、修君?」
「──っ! 悟、貴様──!」
まんまと掛かったシュウが顔を真っ赤にしながらサトルに怒鳴りかかる。
怒鳴られているサトルはしてやったりの顔をしつつ逃げ回る。
その様子を見ていたヴィクトとグランは、視線を合わせると軽く微笑み合うのであった。
不意に病室の扉をノックする音が響き、サトルとシュウはふと我に帰る。
サトルは拓郎が戻って来たと思い、特に確かめもせずにどうぞ、と返す。
その返事を聞いて開け放たれた扉の向こうに居た人物は、果物等がぎっしりと詰め込まれたカゴを抱え込んだ2人の少女だった。
向かって左側の少女は、目に一杯の涙を溜め込み、流さないように堪えている少女で、艶のある黒髪が肩まで真っ直ぐにかかっている。
そして右側の眼鏡をかけている少女は、とても喜びに満ち溢れた穏やかな微笑みを浮かべており、茶色がかったおさげの髪が胸元までかかっている。
「え? ゆ、結──」
「悟~っ!」
向かって左側の少女に目を留めたサトルが驚いて出した声は、その少女の突進によって強制終了した。
ラリアートと言っても過言では無い勢いで抱き着かれ、サトルは苦悶の表情を浮かべる。
だがそれもほんの一瞬の出来事であり、次の瞬間には穏やかなモノとなっていた。
「結衣──ただいま」
「──っ! バ、バカっ、ホントに、ホントに心配したんだから……っ!」
その台詞を皮切りに、抱き着いた少女──華宮結衣──の涙腺は決壊した。
結衣はサトルの胸に顔を埋め、バカ、と連呼しつつ啜り泣きながら胸を叩く。
サトルは律義にもバカと言われる度に悪い、と言い続けていたのだが、時々胸を叩く勢いが強いのか呻き声も混じっていた。
「おかえりなさい、藤代くん」
「小森──」
「た・だ・い・ま、でしょ?」
「……た、ただいま」
「──良かった、本当に……」
もう1人の少女──小森美佳──も、シュウに抱き着きこそしないものの、シュウの返事を聞いて涙腺が緩んだのだろう。
笑顔のままで涙を流すのであった。
落ち着くまで少し時間を置いた後、改まった様子でサトルが口を開いた。
「……なあ、結衣。オレ、お前に謝らなきゃならない事があるんだ」
「うん、知ってる。あの日の事でしょ?」
「そうそう、オレ達がケンカした日の……って、え?」
「聞いたわ、あの子から。無理に頼んで悟を連れ回したって謝られちゃった」
「そっか……もう話してたのか」
サトルはもうこの場で正直に謝ってしまうつもりでいたのだが、結衣が既に部活のマネージャーから話を聞いているという事だったので話すのを止めた。やはり、24日に話す事にしよう。
「結衣、今日って何日だっけ?」
「今日? 20日よ。もう冬休み」
「もうそんな日か。早く退院したいな」
「課題もしっかりあるわよ~」
「うわ、じゃあ退院するまで暇だし、課題でもやってようかな」
「そういうだろうと思って、休んでた間のノートとプリント、それから課題も持って来てあるわ」
「おう、流石は結衣様。準備がいい」
「おだてても手伝わないわよ」
「そ、そんな殺生な……結衣様~」
「ダ~メ。わたしを心配させた罰よ」
他意を感じさせない訊き方で日付を聞き出しつつ、いつもの調子で会話をするサトル。
そんな調子の幼馴染みを見て安心したのか、結衣は満更でも無い様子で軽口を叩くのであった。
「小森、そういえば妹達の面倒を見てくれてたらしいじゃないか。……その、ありがとう」
「いえ、どういたしまして。……ところで、藤代くん達は今までどこに居たの?」
「「────っ!」」
思いがけず突然発せられた疑問の声に表情を固くするサトルとシュウ。
だが事前に打ち合わせていたのか、一瞬だけアイコンタクトを取るとサトルはシュウに全権を委ね、任せられたシュウは、帰る前に決めていた事を口に出した。
「実ハ何モ覚エテイナインダ」
──メチャクチャ下手クソじゃねえかよ──ッ!──
あまりにも不自然過ぎるカタコトな言い方にズッコケそうになるサトル。
ふと結衣に視線を移すと、案の定怪訝そうな顔つきになっていた。
そんなサトルに気付いたのか、結衣が小声で尋ねて来た。
「ねえ、悟も何も覚えてないの?」
「へ? ああ、パソコン触ってて急に意識が遠退いたかと思ったら、気付いた時にはここで寝てた」
──も? え、まさか気付いてない?──
「……え~と、高村くん、も何も覚えてないの?」
「え? は、はい。気付いた時には、もうここに居て──」
「嘘でしょ、悟」
「え────?」
「それ、嘘ですよね? 高村くん」
「ええ────!?」
──え、ちょ、なんで!? どう見てもオレより修の方が下手だったぞ──
「──お前の所為で台無しじゃないか」
「いや、なんでそんな上から目線なんだよ──!? って、ぁ──」
そこまで言って、もう嘘が完全にバレた事に気付いた。
2人の少女の真剣な目がサトルとシュウの心を射抜く。
だが、2人共とてもじゃないが本当の事を言い出す気にはなれなかった。
2人がどうしたものかと思案に耽っていると、先に少女達の方から口を開いた。
「わたし、どんな話でも信じるよ」
「私もです。どうか、私達が信じるという事を信じて下さい」
「「──────」」
「悟────」
「藤代くん────」
そう言ってサトルとシュウを見つめる結衣と美佳の目はただただ真摯なモノで。
だがそれでも、本当の事を言ってもいいのかと2人は悩んでしまう。
自分達が体験した2週間の出来事は、それほどまでに荒唐無稽な内容であったように思う。
しかし──
「──オレ達は、デジタルワールドって所に居たんだ」
「──そこで2週間、俺達はその世界から帰る為に戦った」
「そしてオレ達は、その戦いに勝って帰って来たんだ」
そこまで言われたら話さない訳にも行かなかった。
異世界に飛ばされていた事。
そこで、元の世界に帰る為に戦って来た事を。
結果としてそれはデジタルワールドを救う事にも繋がったのだが、それは今わざわざ言うべき事ではない。
そしてやはりと言うべきであろうか、結衣と美佳は表情を険しくさせ、サトルとシュウの目を覗き込むように凝視する。
少女達は少年達をしばらく見つめた後、観念したように目を伏せた。
「──嘘は、言ってないみたいね」
「デジタルワールド、ですか」
「それでこれが、向こうの世界で貰ったD-グロウって奴だ」
「俺も持っている」
そう言うとサトルとシュウは蒼い筺体と紅い筺体をそれぞれ取り出してみせる。
結衣と美佳は、それを見ると不思議そうに首を傾げた。
「……? 何も無いわよ?」
「何も持ってないですよね……?」
「「え……?」」
サトルとシュウはお互いの手の中にある筺体を見合い、ちゃんとそこにそれが存在している事を確かめる。
しかし、結衣と美佳が嘘をついているとも思えない。
わざわざ2人が嘘をつく理由も無い。
「結衣、本当に見えないのか? 今、こうしてここに持ってるんだけど」
「ええ、上手いパントマイムにしか見えないけど……あ、でも何かある」
「……本当、何か四角い物があるわ」
「他の人間にも見えないんだとすれば、俺達が気絶してた間に取り上げられなかった理由も納得が行くが……何故なんだ?」
どうやら本当にサトルとシュウ以外にはD-グロウは見えないらしく、結衣と美佳はそこに何かがあるのを触って解るだけとなった。
この事から、異世界の物質はその異世界に行った事のある者にしかそれを見る事が出来ない、という仮説が立てられるが、立証は誰にも出来ないのであった。
「それで、結衣、……と小森さん」
「何、悟?」
「どうかしましたか?」
「この事は、他の人には黙っていて欲しいんだ。普通はとても信じられる話じゃないし、いちいち詮索されるのも面倒だし」
「俺からも頼む。普通はイカれた奴だと思われるのが関の山だ」
「──そう、ね。分かったわ」
「そうですね、私もそう思います。他の方には黙っていた方がいいでしょうね」
サトルの提案を受け入れた結衣と美佳は、どことなく嬉しそうな目をしていた。
その事にサトルとシュウは少し怪訝そうにしながら礼を言うと、その直後ぐらいに病室のドアがノックされた。
一番早く反応した美佳がどうぞ、と言うと、今度は間違い無く拓郎が戻って来た。
「高村、今親御さんに連絡が着いた。今こちらに向かってるそうだ。それから……どうぞ」
その拓郎と共に、40代後半ぐらいの男性と女性が入室して来た。
2人共顔の所々に絆創膏が貼ってあり、男性は車椅子に乗っており、女性の方は左腕にギプスをしている。その2人の姿を見たシュウは、驚きと喜びが混在したような複雑な表情を浮かべるのであった。
「父さん! 母さん──!」
12月24日。
世間一般では聖夜、なんて大袈裟な呼ばれ方をしている日であり、通称クリスマス・イヴと言われている日。
だがそれ以上にサトルにとっては重要な日である。
長年共に過ごして来た幼馴染みの、──ごく近い将来恋人になるかもしれない少女の誕生日なのだから。
あれから2日後に退院する事が出来たサトルは、その少女の誕生日に駅前の公園の噴水前で待ち合わせをしていた。
そういう時、いつもならサトルの方が遅れて来るのだが、今回ばかりはサトルの気合いの入れ方が違う。
結果、待ち合わせの1時間前にはもう到着していたのであった。
「……ちょっと早く来過ぎたかな」
呟きながら時間を確認するが、現在時刻は1時30分で、時間まで後30分残っている。
そして、コートのポケットの中の包みを掴み、そこにそれがある事を確かめる。
そんな事を、待ち合わせ場所に到着してからというもの、実に3分に1回ぐらいのペースで繰り返していた。
「──あれ? 悟もう来てたの?」
「──────」
時刻を確認すると、20分前。
結衣が到着した。サトルは声のした方を振り返って、待ち人の姿を確認した途端、言葉を失った。
後ろ半分の髪をポニーテールにして、前半分の髪を巻いた髪型。普段滅多にしない化粧。
サトルが見惚れてしまう理由としては十分過ぎた。
「────悟?」
「あ、ああ、時間を1時間間違えちまってさ、……お前っていつもこんな早くに来てたのか?」
「わたし? うん、今日はちょっと遅い方で、いつもは30分前には来てるよ」
「マジで? ──ゴメン」
「いいよ、待つのは嫌いじゃないし。悟だっていつも5分前には来てたじゃん」
「そっか……でも、今度から気をつけるよ。後さ、──ええと、……今日の結衣、凄く可愛い」
「ぇ────あ、ありがとう」
言ってからサトルは物凄く気恥ずかしさを覚え、結衣の顔を見ていられなくなって俯いてしまう。
結衣も、今まで一度も言われなかった事を突然言われて戸惑ってしまう。
とりあえずお礼だけは言えたものの、その後の言葉が全く繋がらない。
気まずいような、心地良いような沈黙がしばし続いた後、結衣の方が先に気を取り直し、口を開く。
「──悟、行こっ!」
結衣は元気良くそう言うと、サトルの手を取って歩き出そうとする。
しかし、サトルはその場から動こうとはしなかった。
「悟────?」
「結衣、あのさ──これ……」
その場から動こうとしないサトルを不思議そうに見つめる結衣に、サトルは意を決してポケットの中の包みを取り出した。
白とピンクで彩られた可愛らしい包装紙に包まれた手の平サイズの箱を見て、更に不思議そうな表情を見せる結衣。
「え?」
「──誕生日、おめでとう」
「──────!」
またも思いがけない言葉を聞いた結衣は、口を両手で覆うようにしつつ息を飲んだ。
昔はよくおめでとうと言い合っていたのだが、いつしか祝わなくなっていた。
そこへ、久し振りの祝辞の言葉。
感極まった結衣は涙を浮かべて喜んだ。
「──開けてもいい?」
「ああ。気に入ってくれるといいけど」
「……わあ、綺麗……これ、トルコ石?」
「実は、部活のマネージャーに教えてもらったんだ。誕生石なんだろ?」
「うん。……そっか、そうだったんだ」
包みの中から出て来たのは、トルコ石のネックレス。
部活のマネージャーに相談に乗ってもらった所、誕生石を勧められ、後は自分で選んだ。
マネージャーには、あまりにも変なモノを選んでしまった時にダメ出しをしてくれるようにだけ頼んで。
「今着けてもいい?」
「──いや、その前に、聞いて欲しい事があるんだ」
嬉しそうにしていた結衣は、また不思議そうな表情を浮かべる。
サトルは、一度深呼吸をすると少し俯いた。
最初は、遊び終わった帰りに渡して言うつもりだった。
だが今日という日を、幼馴染みとしてではなく、出来れば恋人同士として過ごしたいと思った。
勿論断られてしまえば悲しい一日になってしまうであろう。
しかし、断られなければ人生最良の一日になる。
結衣は、どんな顔をするんだろうか。
……何故だろう。断られるにしても断られないにしても、どちらだとしても泣かせてしまうような気がするのは。
サトルはもう一度だけ深呼吸をすると、覚悟を決めて顔を上げた。
「結衣、──好きだ。だから、出来れば今日からは恋人として付き合って欲しい」
「──────! ……バカ……本当に……っ!」
結衣は再び息を飲むと、俯きながら一言返してからネックレスを首に巻き、顔を上げると同時にサトルの胸に飛び込んだ。
辺りには、とても美しく透き通った雫が舞うのであった……。
完
この作品はここで完結となります。
かつて、有志の方達で作っていたオリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTというサイト上で掲載していた作品ですので、もしかすると見た事がある人も居たりするかもしれませんね。
読んでいて気付いた方も居るかもしれませんが、この作品は漫画版のデジモンアドベンチャーVテイマー01でアルフォースブイドラモンが初めて登場した時のテキストの文章が元ネタになっています。
あのテキストを見て、ひょっとしてアルフォースブイドラモンがメギドラモンを鎮めてデュークモンにしたのかな、なんて。
ついでに、漫画版リスペクト要素としてデジメンタルをアーマー進化のアイテムじゃなくて純粋な進化用アイテムとして設定して、アルフォースブイドラモンとデュークモンにフューチャーモードとクリムゾンモードのフラグを設定してみたりして。
他にも昔の作品がサルベージ出来たら載せてみようかと思っていますのでよろしくです。