ガールズバンドと傍観者   作:イソギンチャク

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実質第5回ガールズバンド総選挙応援作品です♡(※なお期限切れ)


番外編
クリスマス番外編「魔法が解けても」


「柊都、今年のクリスマスについてなのだけれど」

 

 時はクリスマス一週間前。キラキラと光りまくるイルミネーションに群がる虫みたいなカップルに体当たりする妄想をしながら、CiRCLEから我が家への家路を歩む。

 その途中、たまにはカレーでも食べたいな、と思ってキャンパス街に出てきたら、たまたま白鷺と鉢合わせた。なんかここで会うのも奇遇だし、みたいな感じで軽く話していたら、白鷺がクリスマスの話題を出してきた。

 何? パスパレでリア充体当たりボーリング企画でもするの? と聞いたら白鷺は大きくため息をつき、違うわよ。と呆れた声で口にした。

 

「あの子、シンデレラの舞台やるらしいんですってね。それも、薫自身でアレンジしたシンデレラ。ええと……名前、なんだったかしら……」

「それ、もしかしなくても『瀬田薫シンデレラ』のことだろ? なんで毎回名詞の前に自分の名前つけちゃうんだろうな、アイツ……」

「さあ……」

 

 なんていうか、こういう時の俺と白鷺はめちゃくちゃウマが合うと思う。お互いどこぞのナスビ頭に振り回されているが故、苦しみを分かち合える仲間だと思っている。俺が勝手に。

 にしても、二年連続シンデレラかあ。しかもクリスマスに。軽く去年のことを思い出す。たしか、急に白鷺が薫との関係に悩み出して俺が相談乗ったっけ。別れの手紙を書く、なんて言い出した時はめっちゃ焦ったのを覚えてる。

 ……こう見えて、なんだかんだ白鷺も薫のこと大切に思ってるんだよな。めっちゃいい幼馴染じゃん。

 

「にしても、クリスマスとシンデレラ、どっちも二年連続ってすごいよな。いや〜覚えてるぜ? 去年はどっかの誰かさんがさあ、かおちゃんかおちゃんってクネクネしてたもんなあ! ね〜、ち・い・ちゃん!」

「引っ叩くわよ」

「スンマセン……」

 

 仮にもアイドルが出してはいけないであろう覇気を纏った白鷺が、笑顔のまま俺を見つめていた。怖くなったのでさっきの発言を全て訂正して、土下座した。

 まあ、こういうやり取りができるのも去年のクリスマスを乗り越えたからだろうけど。

 

「……まあ、あの時はあなたがいてくれて助かったわ。私ひとりじゃ気持ちの整理がつかなかっただろうから」

「まあな。気持ちは俺もわかるし」

「ええ、そうね。あなたほど薫に対してク・ネ・ク・ネしてる人はいないもの」

「るっせ!」

 

 なんていうか特に、クネクネの言い方に悪意を感じるなあ〜。流石の私も中学生の頃から薫にクネクネしてる人には勝てないわ、とご丁寧に俺のクネクネ歴を出してまで煽ってくる白鷺千聖サンはあまりにもレスバの才能があると思う。

 まあ、つまり。クリスマスに薫が舞台に立つってことは。

 

「今年のクリスマスも、ダメそうかあ……」

「仮に薫の予定が空いていたとして、あなたが薫をデートに誘えるとは思えないけれど」

「白鷺、もうやめて。俺のHPもうゼロだから。なんならオーバーキル」

 

 言葉の死体蹴りを喰らっている俺に対して、白鷺は随分とニヤニヤしている。こういうの! よくないと思います! 死体蹴りはよくないっ! って指でバッテンマーク作るぞ俺。

 ……男がやったらきついか。やめよう。作りかけた指を普通に戻して、俺は薫のトークルームを開く。画面の中にはぜひ見にきておくれ! と薔薇の絵文字が添えられたメッセージにキモいスタンプで返す俺がいた。やり取りはそれだけ。何にもはじまっちゃいない。

 

「まあ、せっかくのクリスマスなんだし少しぐらい勇気を出してみてもいいんじゃない? 去年のあなたが、しつこく私に言ってたみたいに」

「……善処します……」

 

 そう言われてしまっては返す言葉もないので、頷いておく。またしても俺がレスバで完全敗北した瞬間だった。勝てた経験あんまないけどな。

 それじゃあね、と勝ち誇った顔で松原さんを迎えに行った白鷺を見送り、俺は薫と過ごせなかった今までのクリスマスについて考えていた。

 

 一年目。中学二年。出会ったばかりだったから論外。

 二年目。中学三年。受験期だから論外。

 三年目。高校一年。そもそもこの時期は薫に再会してないから論外。

 四年目。高校二年。なんか普通にハロハピで過ごしてるっぽかった。

 五年目。高校三年。なんか白鷺がクネクネしてたのでそっち優先だった。

 

 して、来たる六年目も普通に舞台っぽいし、これでクネクネ六年選手に突入だな。もう俺はダメかもしれない。クネクネリーグ出場何回目だよこの戦績。

 いや、でもさ。こんな俺でも何かしら手がかりがあれば、過ごす口実もできるんだろうけどなあ。手がかりがあってもダメそうな気がするが、この世にはダメ元という言葉がある。そのダメ元さえ掴めれば、俺だって、きっと。

 

 たくさんの星が、冬の街を照らしている。ギラギラと光るそれは、どうやらイルミネーションというらしい。

 まるで、星空が私たちの元に降りてきてくれたみたいだね。隣でこんな声が聞こえる。なんか嬉しそうだ。俺はうまく言葉を紡げなくて、そうだな、とぶっきらぼうな返事しか返せない。

 ちょっと気まずいピリッとした空気のまま、電光ライトの星空を一緒に歩んで、たまに寄り道してコーヒーを飲んで、ベンチでダラダラと空とか見上げたりしてさ。

 ふと、隣を見ると儚いね、って笑ってるアイツの横顔がそこにあって──

 

 チラシの裏に落書きされたラブソングの書き写しみたいな夢物語だ。そんな現実は、全くもって存在しないのに。それこそ、幼い頃妹に読ませてもらった少女漫画ぐらいありえない、バカみたいな夢物語。

 でも、心のどこかでそうだったらいいなって、思ってはいると思う。ふーん、俺は妄想が上手い。自分で言っててやかましいな。

 ……まあ、そんなのも夢の夢の話だ。今の俺には縁もゆかりもない話。ため息が、白い息になって空に飛んでいく。

 そんな時、携帯の通知がピコンと鳴った。どうせろくに行ってないラーメン屋の公式メッセージだろうと思ってスマホを開いたら、そこには薫からのメッセージがあった。

 

「柊都、君に頼みがあるんだ」

 

 〜

 

「ああ、来てくれたんだね。本当にありがとう、柊都……! この舞台に君が来てくれたのなら、大成功間違いなしさ!」

「ま、まあね? 別に俺もちょうどクリスマスまで暇だったし? なんか年末ダラダラして過ごすのもアレだし? それで来ただけだから。別に深い理由とかないよ」

 

 白々しっ。我ながら白々しっ。この泳ぎまくる視線、秒速何センチだろう。秒速5センチメートルって言いたいのか俺のクネクネ具合が。

 というのも。あの帰り、薫からメッセージで「舞台のスタッフが全然足りなくてヤバいから助けにきて欲しい」的なメッセージが届いて。なんていうか、こういうのによくありがちなご都合主……奇跡のチャンスが俺に微笑んでくれたんだと思い、俺は即答で「やる」と返事をした。

 

「そういえばさ、なんでスタッフの仕事にどうして俺を呼んでくれたの? 薫なら他にも子猫ちゃんのアテたくさんあるだろうに」

「理由はいろいろあるけれど……そうだね。一番は、君ならきっと来てくれると思っていたから、かな」

「へ〜、そ、そっか……まあ、アレ? 長年の付き合いゆえの、信頼……って感じ?」

「フフ、つまり……そういうことさ」

「じゃあ、薫って、そっか。俺のこと……一番に、信頼、してくれてるんだ。あ、ありが……」

 

「薫くーん! 黒服さんが、脚本のかくにん、したいってー! ってあれ? いおりんなんでここいるのー?」

「か、薫さーん、その後、衣装のフィッティングもお願いしてもいいかな……? ってあれ? 伊織くん、珍しいね」

「あ、伊織さんじゃん。お疲れ様です」

「あら、シュートじゃない! 迷子かしら?」

 

「ごめん! 今の言葉全部取り消しで! 今までのやり取り全部まとめて忘れていいよ! てか忘れろ! お前なんかに期待した俺がバカだったよ! バーカ!」

 

 瀬田薫に「特別扱い」は存在しない。これシェイクスピアが言ってたわ。まあこの裏で莫大な大金が動いてそう感からするに弦巻さんが絶対絡んでそうな気はしたがその予感はバッチリ的中していたようだ。だよね〜。

 つまり、俺はn回目の数合わせ、実質幻の七人目のハロハピ〜リバイバル〜に呼ばれただけだった。このくだり今まで何回やっただろうな。俺は今まで何回意味のない舞い上がり方をしたんだろうな。

 ……今回も、ついでかあ。あくまで俺はついで、なんだよなあ。思い返せば、ホワイトデーの時も、ウェディングの時も、ハロハピちゃんねるの時も、去年のクリスマスも、添え物みたいに立ってただけだし。

 なんていうか、あそこで笑い合ってるアイツらと俺との間には明確な境界線がある気がするんだ。絶対に越えられない、埋められない溝が。

 傍観者。その言葉が俺に頭によぎった。そう、傍観者。俺にお似合いの言葉だと思う。

 目の前で起こる色鮮やかな舞台に向かっていくら手を伸ばせど、その登場人物にはなれなくて。それをただ席から眺めることしかできない、哀れな観客。薫っぽく言うなら、そんな感じ。

 俺にはこれが合っていると思う。むしろ、これにしかなれないと思う。ただ、こうして見ているだけで幸せ。そう、思っていたはずなのに。

 

 薫の相手役、誰なんだろうな。

 

 ……この立場じゃ到底割に合わないような。役不足な感情だけが、俺の頭の中を埋め尽くしていた。

 

 〜

 

「今日まで本当にありがとう、子猫ちゃんたち。君たちがいなければ、瀬田薫シンデレラは完成しなかった。明日の公演、必ず儚い舞台にしようじゃないか……!」

「「「「おーっ!」」」」

 

 ここ数日動き回ってクタクタだろうにも関わらず元気いっぱいな掛け声と共に、グラスの音が鳴る。ついに明日は大詰め。瀬田薫シンデレラが幕を開ける。

 美咲に注いでもらったオレンジジュースは、これで三杯目。冬なのにやけに喉が渇いて、つい飲みすぎてしまった。オレンジジュースだからノーダメージだけどな。

 

「てか、伊織さん。伊織さんって、今回の舞台の稽古とかリハーサル、見ました? すごかったですよー、クオリティ。なんていうか、あたしまで惹き込まれる……みたいな」

「あー、俺、実は見てないんだよね。当日の楽しみにしておきたくて」

「へえ、意外ですね。伊織さん、薫さんの舞台とか、結構観るイメージだったんですけど」

 

 そう言って、美咲は空っぽになった俺のグラスに四杯目のオレンジジュースを注ぐ。美咲は何か言いかけるようなそぶりを一瞬見せたが、それ以降何も聞いてくることもなく、あとは当たり障りのない会話だけが続いた。

 肝心の言い出しっぺ、というか、全ての元凶はあそこでこころやはぐみとわいきゃいしてるせいでこっちにまで気づいてなさそうだけど。

 

「薫さんのこと、気になります?」

「……バレた?」

「顔に書いてあるんで」

 

 ……なお、美咲にはバレた。というか、美咲のカンはそもそも異常すぎる。初めて会った時点で俺が薫のこと好きって気づいてたし。

 美咲曰く、全てのムーブに薫さんへの好意が滲み出てて面白いんですよね、とのことらしい。松原さんも同じような理由で「微笑ましいねえ」と笑っていた。

 

「一切脈ないのに、どうしてこう勘違いしそうになる行動ばっか取るんだろうな、アイツ……」

「はは……まあ、そうなるのも仕方ないですよね……まあでも、あたしから見たら薫さんは薫さんなりに伊織さんのこと大切に思ってそうですけどね」

「そうかあ? あの万物が子猫ちゃん平等博愛王子サマシーンが俺のこと気に留めてるとか一切思えないけど」

「じゃあこの舞台、誘われないと思いますけど?」

「そうかあ……」

 

 それが一番困るんだよなあ。俺のことはどうでもいい癖してこういうイベントごとだけ律儀に誘ってくるのとか、本当にどうかと思う。

 その誘いに律儀に乗ってる俺も俺だけど、にしてもだろ。特別じゃないなら大事にしないでほしい、そんな感じの歌詞にバカほど共感したあの日を思い出す。

 

「伊織さんって普段自信満々なのに、薫さんのことになるとすーぐ卑屈になりますよね」

 

 美咲はそう言って、烏龍茶に口をつけた。

 ──美咲から見て、俺はそう見える? 

 そう言いかけてやめた。それ以上言葉を紡げば、よくないボロが出てきそうだったから。

 そんなことばっかり考えるのは、きっと寒くて気が滅入ってるせいだ。あとはこの、会場設営から帰る時に毎回目にするギラギラ光るイルミネーションの光のせい。あとは──

 そういうことにして、詰まった言葉をオレンジジュースで流し込んだ。

 

 〜

 

 ついにやってきたクリスマス当日。滝のように押し寄せる子猫ちゃんをCiRCLEで鍛えられた自慢のスタッフスキルで捌きまくり、あと少しで開演。関係者席にギリギリ滑り込み、舞台を見る。あの板の上に、薫が立つのか。ごくり、と唾が喉を通る音がした。

 この時間は、妙に胸がザワザワする。剥き出しの心臓をスポンジで洗われているような、そんな感じ。それが、俺があんまり薫の舞台を見ない理由。舞台の上の薫を見ることができない理由。あとは──

 

「……瀬田薫シンデレラ、開演だ!」

 

 観客席に縛られた上で君を見つめると、俺がただの「傍観者」でしかないことを、嫌というほど思い知らされるからだ。

 

 〜

 

「あ……スタッフさんの部屋って、こっちですよね! あ、改めまして……この瀬田薫シンデレラでシンデレラ役をすることになった■■です! 今でも男である僕がお姫様役なんて恐れ多いですけど……精一杯頑張ります!」

「そんな悲しいことを言わないでくれ、■■くん。君が演じる女性は、どんな華よりも美しく、可憐さ。だからこそ、そんな君に瀬田薫シンデレラを彩ってほしくてね」

「あ、ありがとうございます、瀬田さん。僕、精一杯、頑張ります!」

 

 この男、知らねー。

 それが最初の感想だった。てか、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 俺が瀬田薫シンデレラとやらの手伝いを始めて二日目のこと。俺が淡々と事務作業をやっている時に、あいつは来た。

 薫よりも十センチくらい下の小柄な体型。一瞬性別を見間違うほどの女顔。無駄に礼儀の正しいあいさつと、薫との馴れ馴れしい会話。

 この男、知らねー。

 二回目の知らねーが来た。あまりにも、ぬるっと、知らない関係性が俺の前に提示されていたから。

 シンデレラとかいう恋愛ものやってんのに肝心のシンデレラ役が男とか、ガチ恋薫ファン泣かせる気ですかあ? とか。

 俺の知らないところで男と逢瀬ですかあ? いいご身分ですねえ、とか。

 瀬田薫シンデレラなのにオールキャスト瀬田薫じゃないのかよ、とか。

 今考えれば、思いつくだけの嫌味は山ほど言えたと思う。というか、言おうとした。言おうとした、けれど。

 でも、何も言えなかった。笑い合う二人の姿が、遥か先に見えたから。遠い遠い、舞台の板上に見えたから。

 

「す、すごーいっ! 衣装を着た■■さん、本物のお姫様みたい! はぐみ、ドキドキしちゃうよ……!」

「■■さんと薫さんの演技、素敵……! 思わずうっとりしちゃったあ」

「あらシュート、まだパソコンと睨めっこしているの? ほらっ、■■が差し入れを持ってきてくれたわよっ! 薫をイメージしたクッキーなんですって」

 

「てか、伊織さん。伊織さんって、今回の舞台の稽古とかリハーサル、見ました? すごかったですよー、クオリティ。なんていうか、あたしまで惹き込まれる……みたいな」

「■■さんと、息ぴったりなんですよ」

 

 今思えば、相当ショックだったんだろうな。それからの俺は、■■クンに関する話題に関してはあーそうだな、と返すだけの壊れたラジオみたいな感じになっていたと思う。

 ……美咲との会話で、言葉に詰まったのも、きっとそれ。いつの間にか俺の中で■■クンの存在はプチ地雷になっていた。

 ……あの子、何も悪くないのにな。

 

「あ、お疲れ様ですっ! 伊織さん」

「お、お疲れ……■■クン。……てか、俺の名前、知ってたんだ」

「ふふっ、薫さんに教えてもらったんです。いつも私を助けてくれる昔からの大切なソウルメイトなんだって」

 

 ……正直、鉢合わせたくなかった。でも、関係者席に向かう途中、「彼」とすれ違ってしまった。

「彼」は無邪気に笑っていた。俺がどれだけぐちゃぐちゃの感情を抱えてるかなんて、全くもって知りませんよって顔して。

 

「あ、その、舞台、頑張ってね。……応援、してるから」

 

 だから、逃げたかった。

 俺の醜さを暴くようにきらめく、鏡写しの彼の瞳から。

 

「おや? ■■くんと柊都じゃないか! 珍しい二人だね、何を話していたんだい?」

「あ、薫さん! 実は今、薫さんの話をしてたんです。たしか伊織さんって、薫さんとは中学からの付き合いなんですよね?」

「あ……うん。そうだよ。そこまで、話したんだ」

「フフ、君という大切な友人をつい自慢したくなってしまってね」

 

 口先だけならどうとでも言えるからな。そう言いかけた自分が怖くなった。

 なんとなく、俺と薫だけの公然の秘密だと思ってた関係性をこうもペラペラ喋ると思ってなかった。別に隠すことでもないし、バレてもいいんだけどさあ。

 よりによって、■■クンに、か。ああ、もうダメだ。これじゃあまるで、俺が嫌な奴みたいじゃないか。……そう、だけど。

 ……この腐れ縁、みたいな関係性はさ。俺と薫の中にある、唯一の特別。だったはずなんだよ。そう思ってたのは、薫だけだったのかな。

 

「俺! い、いい席! 取りたいから! だからその、先に……行ってる」

 

 だから、逃げるように俺は関係者席に向かった。このまま二人のそばにいたら、気がおかしくなりそうだったから。

 走る、走る、走って、走った。ふと、気配を感じて後ろを振り返った。そこには誰もいなかった。

 当たり前だ。二人は、俺とは違う。俺とは遠い世界の人間なんだから。

 

 時は戻って、今。

 

 舞台の上で、王子とシンデレラが踊っている。煌びやかな舞踏会で、優雅に、華麗に、幸せそうに。

 噂通り、ドレスに身を包んだ「彼」は、息を呑むほど美しかった。そういう趣味がない俺ですらも見惚れてしまうぐらい、まばゆい。

 対する薫は、普段よりも表情が柔らかい、そんな気がして。「彼」の腰を優しく抱いて、軽やかに一回転。この舞台がひとつの小説だったとして、このシーンが挿絵になるなら、間違いなくここだろうなと思った。

 

 きもちわるい。

 

 ガラスの靴が、階段の上で転がっている。ゴロゴロと転がり落ちるそれは、まるで俺の心みたいだった。その靴を、王子は、薫は、拾い上げて、優しく笑う。

 あの日初めて俺に微笑みかけてくれた時の笑顔で、笑う。そのまなざしが、俺は大好きだった。

 

 きもちわるい。

 

 ガラスの靴を片手に街中を探し回っていた王子は、とある民家までやってきた。王子は、継母と義姉たちにガラスの靴を履かせようとする。

 ガラスの靴は小さくて、みんなその靴の中に足が入らなかった。合わない靴に無理やり大きな足を押し込む姿が、やけに惨めに見えた。

 ああ、たしか。シンデレラの原作ってこの靴に足の形を合わせるために足の骨を削ってたんだっけ。

 なんか、どっちも俺みたいだな。乾いた笑いが出た。

 

 きもちわるい。

 

 シンデレラがやってきた。

 今まで誰も綺麗に履けなかったガラスの靴がピッタリとハマった。

 

「おぇ」

 

 ぐちゃりと、視界が歪んだ。

 

 〜

 

 夢を見ていた。

 

「時折、君が無理をしすぎていないか心配になるんだ」

 

 ……俺が、高熱を出して倒れたあの日。薫がぽつりと口にした言葉を、ふと思い出す。

 

「君はいつもみんなのために明るく振る舞っているけれど、心の奥底ではずっと何かに怯えているような気がしてね」

「……正直、びっくりしたんだ。再会した時、君の雰囲気はあの時とガラリと変わっていたから」

「……だから、心配でね」

 

 薫にしては珍しい、真面目なトーンだった。それもそっか、中学卒業から高校二年までの、一年ちょっとの空白。その期間で、俺も、薫も、変わっていったから。

 あの時の伊織柊都を知っているのは、薫しかいない。

 

「でも、私は知っているよ。君は、素敵な人だ」

「だからね」

「……君は、君のままでいいんだよ」

「何も、みんなの前じゃなくていいんだ。ただ……そう。私と二人きりの時くらいは、肩の力を抜いて笑ってほしいんだ」

 

 その言葉に、俺はうまく言葉を返せなかった。君の眼差しは、真っ直ぐで、優しかった。真っ直ぐで、怖かった。だから、俺は目を逸らした。薫は不思議そうに俺を見ていた。けれど、諦めたのか、納得したのか、二度と同じ言葉を俺に向かって口にすることはなかった。

 

 だってさ。

 ありのままの俺を見せたところで、お前は俺のことを好きになってなんかくれないだろ。

 

 輝かない星が夜空に溶け込むように。薔薇の棘が取り除かれるように。夕焼け空が青空を覆い隠すように。アイドルの裏側を誰もが見ないふりをするように。着ぐるみの中身を誰も暴かないように。魔法が解けたシンデレラに、誰も見向きなんかしないんだよ。

 根暗で卑屈で、自分の殻に閉じこもることしかできない人間嫌いの伊織柊都より、バカで間抜けでお人よしで、みんなと仲良しの伊織柊都の方が誰だって好きだろ。そういうことだよ。

 お前が瀬田薫という舞台を演じるように、俺も伊織柊都という舞台を演じてる。たったひとりの観客に観てもらうために。

 あのさ、薫。俺がいつも明るく振る舞ってるのはみんなのためなんかじゃないよ。長かった前髪を切って暗かった髪も明るく染めて、見様見真似でオシャレとか始めたのもさ、全部全部。

 

 君のためなんだよ、薫。

 

 なんて言ったら、君は笑うかなあ。笑ってくれたら、いいな。

 

 意識がだんだんとクリアになっていく。ぼやけていた視界がくっきりと輪郭を形作って、蛍光灯の光が目に入ってくる。

 ここは医務室……だろうか。少し身体をモゾモゾと動かすと、ここがベッドの上だと分かった。つまり俺、あの後──怖くなって、目を閉じる。

 額に、熱を感じた。真っ暗な視界からはよくわからないが、それは人の手のようだった。その手は二、三回俺の額を優しく撫でると、そのまま離れていった。

 

「……目が覚めたんだね、よかった」

 

 ああ、こういう時、一番そばにいて欲しくないのにな。さっき額に触れた謎の手の主は、優しく俺に微笑む。

 急に倒れてしまったと聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ。薫は口にする。その頬に汗が伝っているのが見えた。……確実に舞台のそれとは違う汗。もしかして、ここまで走ってきてくれたのかな。そんなわけないか。

 

「……みんなは?」

「私から頼んで席を外してもらったんだ。だから、ここには私と君しかいないよ」

「……そっか」

 

 少しだけ、胸を撫で下ろす。こんな姿、あんまり人に見せたくないから。いや、ゲロ吐いて倒れた時点で相当だけど、こうして弱ってる姿は、あんまり見せたくないし。

 まあ、一番見せたくない相手がこうして気を遣ってくれてるんだけどな。つくづく自分の情けなさに嫌気がさす。

 

「……ごめん、迷惑かけて」

「いいんだよ。大切な友人が苦しんでいる姿を、放ってなんかおけないからね。体調は、問題なさそうかい?」

「うん、大丈夫。……ありがと」

 

 薫の手が、背中を撫でる。思わず涙が出そうになって、なんとか堪える。ここで泣いたら、俺はもう、ダメになってしまうから。

 薫は、俺の顔を覗き込んで優しく首をかしげる。その優しい顔が、俺は、大好きで、大切で、俺の、救いで。

 

「……何か、辛いことでもあったのかい?」

「大丈夫」

「……本当に、そうかい?」

 

 ……ああ。薫の前じゃ、誤魔化せない、な。

 

「ただ……」

「……一緒にいる資格について、考えてた」

 

「俺と、薫ってさ。どうして一緒にいるか、わかんないじゃん。これと言った共通項も、接点も、理由もない。そんな、感じじゃん」

「だからさ、薫と演劇っていう接点があって、薫と楽しそうに話してて、舞台の上でも息ばっちりなあの子と話す薫見てさ、色々考えてた」

「……その時、俺の存在意義がわからなくなった」

「はは、バカみたいだろ? 最高の演劇見ただけでこんな食らってるとか。薫にとっては、どっちも大事な『子猫ちゃん』なのにな」

「……でも、普通に当たり前の話なんだよ。俺と薫を繋ぎ止める関係性なんてさ、せいぜい中学時代ちょっと話したってだけ」

「……俺さ、変わりたかったんだ。薫の隣に胸張って立てるような、そんな奴に、なりたかった」

「でも結局はそんなふうに全然なれなくてさ」

「喧嘩が強いわけでもなくて、音楽の才があるわけでもなくて、演劇なんて一切わからない。そんな俺を隣に置いてくれる薫は、いったん何なんだろうって、常日頃から思ってるよ」

 

 ぽつり、ぽつりと、隠していた本音がこぼれ落ちていく。ああ、嫌われたな。幻滅されたな。もう、いっそのこと全部伝えて灰になってしまいたい。そしたらさ、適当なところに撒いてよ。灰だらけの俺にぴったりな、いい結末だろ? 

 薫は、真面目な顔でその話を聞いていた。やがて俺が全部話し終わった後も、薫は静かに俺の目を見つめていた。

 

「誰かと一緒にいたいと思うことに、理由がいるのかい?」

 

 その瞳は、痛いくらいに眩しかった。

 

「私は、君と一緒にいたいから、君と一緒にいるんだよ」

 

 その手のひらは、痛いくらいに温かかった。

 

「それじゃあダメかな? 柊都」

 

 その光は、痛いくらいに優しかった。

 

「……と言われても、最初はわかりづらいかもしれないね。そうだね……それじゃあ君が名もなきミジンコだったとしよう」

「えっ、ミジンコだったの、俺?」

「フフ……あくまで例え話さ。そうだね、仮に儚い朝がやってきたとしよう。そうしたら、私はプレパラートの中の小さく可憐な君に毎日語りかけるんだ。『おはよう、柊都』、とね」

「側から見たら異常者だろそれ」

 

 あまりにもバカな例え話に、思わず頬が緩む。さっきのガチ病みモードも、嘘みたいに。あーあ、俺がこの数日間、いや、数年間クネクネと悩んでた問題だって、言葉ひとつで救い上げられちゃうんだ。まるで、魔法使いみたいに。

 それでこそ、俺の王子様だよ。

 

 あの日、君と出会った時のことを思い出す。誰のことも信じられなくて、本の世界に閉じこもってた俺に、初めて君が話しかけてくれた時のことを。

 その時、俺は初めて空の色を知った。青くて、眩しくて、綺麗だった。

 

 そうだ。君がいるだけで、モノクロの毎日が、ぱっと鮮やかに色づく。俺の人生にかけがえのない光を灯してくれたのは、間違いなく君だった。君が、俺にとっての太陽なんだって、そう思える、唯一の人なんだ。

 ああ、そうだ。そうだよ。俺は薫のこういうところを、好きになったんだ。

 

「はは、バカだなあ、お前。本当にバカ」

「でも、それは俺もだな。自分のことばっかで、周りのことが見えなくなってた」

 

「……だからさ、ありがとう」

 

 いまだに笑顔は慣れない。表情筋がうまく動かなくて片側の口角しか上がらない、変な笑顔。でも、薫はその笑顔が大好きだと言ってくれた。それが嬉しくて、また思い出し笑い。

 

「あの……大変気まずいんですけど……シンデレラ役の子にごめんって言っといてくれる? 結構申し訳ないことしちゃったし……」

「? 構わないが……でも、それは柊都自身が伝えたほうがいいと思うよ」

「正論やめて? 俺があんま喋ったことない人と話すの苦手なのお前知ってるだろ」

「大丈夫さ! その時は私が間を取り持ってあげようじゃないか!」

「そういう問題じゃないんだけど……」

 

 これで柊都に男の子の友達が増えるね! とニッコニコの瀬田薫さんは、やっぱり違う世界の人間だ。ゆうてあの子マジでいい子そうだしこんな俺とも仲良くしてくれそうな気はするけど……は? キモすぎるだろ俺。損得勘定で人を図るな。

 てか、仕方がない話だが■■くんの話を挙げた瞬間薫の話題が全部彼にスイッチングした。子猫ちゃん全員を大切に思うところはとてもいいことだと思うが俺と二人きりの時でさえもそれを忘れないのはちょっとどうかと思う。

 ……何が嬉しくてクリスマスイブに好きな女が別の男の子の話してるの聞かなきゃいけないんだよ。あの子には悪いがそれとこれとは別だ。だから、俺は、勇気を振り絞って、こう口にした。

 

「あのさ、薫がよかったらなんだけど──」

 

 〜

 

「フフ、もっと近くに来ても構わないよ、子猫ちゃん」

「え、あ……俺はここでいいかな」

「そうかい? 君は照れ屋さんだね」

 

 ……ガチで快諾されると思わなかった。

 とはいえ、俺にしては相当頑張ったと思う。というのも、この後、ベンチでさ、あ、あったか〜い紅茶でも飲まね? と上擦った声で薫を誘ったのだ。あったか〜いのかの音が裏返ってかなり死にたかったが薫はそんなことを気にするわけもなくよろこんで! と俺の手を引いた。

 少し覚めた紅茶に口をつける。味が一歳わからない。ただゲロ甘なことだけはわかる。だいぶザラメが溶けた味がする。もう俺Twitterやめようかな。

 薫は、どうかな。俺と過ごしてて、嫌じゃないかな。いやさっき大丈夫って言ってもらった手前同じことを聞くのはだるいから言わないけど。

 少し遠くで、キラキラとイルミネーションが輝いている。昔の俺は、それをただ眺めているだけだった。どうせ俺にあの光は似合わないって、遠ざけるだけだった。

 でも、今は違う。いつか、その光の中に、君と一緒に飛び込めたらって思ってる。それがいつになるかはわからないけど、いつか、きっと。

 

「……綺麗だね」

「うん、綺麗だよ」

「フフ、わかるよ。君はイルミネーションよりも瀬田薫の方が綺麗だと言いたいんだね?」

「それお前が言ったらおしまいなんだよ……」

 

 マジでいつになるかわからなくなってきたな。この調子じゃ俺たちジジイとババアになってもこのやりとり続けてるぞ。

 ……せっかくのクリスマス、二人きりなのに、これで終わるのも、なんだ。……なけなしの勇気を振り絞って、俺は薫を見つめる。

 

「薫、俺は……さ」

「こうやって、三十センチくらいの間を挟んで薫と話してるこの時間が、一番好き、だよ」

 

 どんなイルミネーションより、どんな星より君が眩しくて仕方がないんだ、なんてキザな言葉は逆立ちしても声に出せやしないけど。

 その輝きをどうにかしてこの手のひらに収めたい、なんてキモいポエムも口が裂けても言えないけど。

 せめて、このかけがえのない一瞬をただの一瞬で終わらせたくないように。魔法が解けても、ずっとそばにいられるように。そんな祈りを込めて、星に願う。

 

 時計の針が、十二時を回った。

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