「道中、お気をつけてお帰りください」
はい、と返して小さくなる後ろ姿を眺める。
今日であの母親が此処に通って一年。頻度は仕事終わりの一週間か二週間後にやって来る。表情は乏しくて受け答えは出来るが、近寄りがたい雰囲気で苦労しているだろう。
女の後ろ姿が雫ほどまで眺めた後、踵を返して作業に移る。
長椅子の足元に隠れた土くれ、座面に落ちた汚れ、外に生える雑草の除去などをするこの作業が最も長くて最も堪能している時間だ。
一度生まれ変わった身ではあるが、やっていることがじじくさいと感じているけど本来
主の教えを守り、時には祈禱を、時には懺悔を聞き入れるのが聖職者というものだ。
決して人類に仇名す吸血鬼を
「でも憧れちゃうよなー、だってカッコイイもんね」
絞った雑巾を物干し竿に乾かしながら口にする。
黒鍵を指の間に挟んだり投げたり、詠唱を唱えてバケモノを浄化したり、倍速と分かった上で八極拳を振舞ったり、人体サイズ以上の蛇腹剣を振るう先輩や、成層圏からのギロチンを照射する肉体年齢十二歳の先輩の活躍を見て何も思わないほうが珍しいだろう。
不遜にも彼ら彼女らの力が自分にもあれば、何かは変わるのかななどと妄想していた。
それがただの温室育ちの中で完結していれば何事もなかったのだろう。
無論きっかけはある。
それはこの寂れた教会と墓地を兼ねていた場が、生まれ変わった場所なのだから。
これが俺に与えられた
そこから行ってきたものは筋トレをこなしながら情報集めを行い、機を見てはホロウと呼ばれる空間で自己鍛錬と金稼ぎを繰り返した日々。
直ぐに理解できたものとして、一つは生まれ変わった時代に文句を言いたくなるような世界であったこと。大丈夫かこの世界、カルデアか魔法使いが来てもおかしくないぞ?
二つ目にこの世界に魔力はないが、型月由来ではないエーテルと呼ばれるエネルギーが存在していた。使い道が広く軍事利用にも世間一般にも普及しているほど使われている程には扱われている。
二つ目に挙げたエーテルという存在にはとても感謝している。
おかげで
「昼飯なにしよう」
麻婆豆腐は昨日食べたので今日はうどんにでもしよう、せっかくなら容器が聖杯に近いものでも探してみるのもありだな。そうと決まれば今日は店じまいならぬ墓じまいとしよう。
普段此処に通う人なんて墓参りぐらいしかないし、財宝なんて眠ってないし。
明るい気分で此処に通う者がいるとしたら、それは人の情に流されない頑固者か恥知らずと言える者だろうな。
「失礼する」
そうそうこんな感じで、
「何か御用ですか、お嬢さん」
少し驚いている心拍を隠すようにして問いかける。声の主の印象としては十代以上二十代以内といったところ。凛とした声色が自然と背筋を伸ばしてくような印象を感じる。
「
平常心、平常心と。心の言峰綺礼を忘れる事なかれ。
さーて、どんな人がやって来たのかなと…
「ふむ、お前だな」
大和撫子系女子、まだ死滅していなかったか。しかも狐耳を持っているなんて。
青緑色の羽織を纏い、左手に刀を持っていて油断無くこちらを見ている。
「何が、と聞いておこう」
「修行場所を探していたら、強い気配を感じた。そしてそれが、お前だということを」
そう言いながら近づいてくる彼女の目には、冗談を言っているようには見えなかった。
なんか勘づいてないかこれ。怖いんですけど。
「ここは祈りを済ますか、懺悔をする場だ。戦いをする場ではない」
「そうだな、外で待っている」
踵を返す後ろ姿は真剣そのものに見えていて、そのまま帰ってはくれないなと分かってしまう。かと言って今から全力で逃走に励んでも、いい結果になりそうな予感がしない。
「これも修練の一つだと思え俺…おっさんじゃなくて美少女が来たんだ、役得だと思え役得と」
自分に向けた自己暗示を唱えながら、外へと歩き出す。
墓場から離れた場所で、彼女は待っていた。
刀を縦に突き立て、瞑想をしていた両目が開かれる。
「来たか」
「突然現れては他人を強者と判定し、修行を突き付ける……押しかけ女房よりも酷いものだ」
「お前はそれを否定する事も出来た、だがお前はそうしなかった」
「そうしたら明日もやって来るでしょう?」
「ふ、その通りだ」
そこドヤるんじゃねぇよはっ倒すぞ。
なに私のこともう分かっているのかみたいに笑ってんじゃねぇよ。
「構えないのか?」
鞘に手を掛けながら彼女は問いかけてくる。
「修行なのだろう?なら今回は無手での修行として行わせてもらおう」
多分だけど、全力とか見せると私にも向けて欲しいとか言いかねん。
なるべく見せないようにしよう。
「そうか、であるならば……お前の全力を引き出すことを修行としよう」
凄まじい速度の風が吹く。
鞘から抜かれた銀の刃が白く光る。
一秒もしない内に、
「そこだッ!!」
左袈裟斬りを狙った太刀筋に合わせるように、
指で止めたと同時に右手を彼女の腹へ向ける。
一瞬の打音、掌底打ちが鋭く彼女へ向けられた。
「ッ!!」
驚愕する呼吸。
衝撃が伝わる体内が、一瞬にして悲鳴を上げた。
どんな反撃だろうと防ぐか躱してやると見越していた彼女だが、
武器を使った攻防というのは、一方が攻撃でもう一方が防御として強く分かりやすく成立する。
だが武器を用いない無手、徒手空拳には狙われる箇所を想定したカウンター技は数多く存在する。
後ずさる女、その目には少なからず驚愕が浮かび上がっている。
ダメージが入った瞬間にはバックステップして衝撃を流したのだろう。
一撃で倒せるとは思ってはいない。ただ強いだけの人間なら少なからず存在しているが、目の前にいる女は最上級と言える部類だと分かっていた。
この人ホントに人間?会ったことないけどサーヴァントの領域では?
というか刀触った瞬間ヤバい気配したから妖刀なのかよ、源氏の子孫か?
「今の一撃、見事だった」
考察していた頭を切り替える。
彼女は既に態勢を立て直していた。
「それで今日は満足してください」
神父然とした態度ではなく本心からの言葉を掛ける。
お願いですから帰ってくださいと。
「いいや、二本目だ!」
「だろうと思ったよ畜生!!」
更新は忘れた時に来る。
其れは何故か?
卒業単位が足らないからだ。しんどい・・・