会話の選択肢を間違えたと自責しながら、迫る刃の間合いから大きく離れる。
予定変更だ、
「逃がさない」
全力疾走する俺の命を刈り取る嵐を潜り抜ける。
視界の隅に垣間見た不満の目が、恐ろしさを増しているのが分かる。
大地を引き裂くが如くの一振りを一足強く踏み込んでの回避。
上下を分離する切り払いは宙返りで跳ぶ。
返す刀で着地隙を狙う一撃、脚を開き背を地に沈める。
その僅かな隙間を無駄にすることなく、両脚で蹴り飛ばす。
女をバネ代わりに後転し、再び走り出す。
そんな逃避行を数度繰り返す。
「いつまでそうするつもりだ」
痺れを切らしたのか、今までよりも速い速度で背中を真っ直ぐに突き刺しに来る。
一挙一動が命に終わりを突き付けると心臓が鳴いていたが、これは更に酷い。
「ふん!!」
左足を軸にその一撃を回し蹴りの要領で蹴り上げる。
しかし、明確な防御に揺さぶられるまでもなく上げられた刀が即座に振り下ろしに来る。
――またその指で止めるのか、と女は思う。
――流石に無理か、と男は悟る。
聞こえた悲鳴は、肉体の
相手の得物を受け流し、肩から背中を用いた衝撃を送って、お互いの距離を遠ざける。
受け身を取って顔を上げた瞬間、視界に迫る刃先。けれど彼女にとっては些事に過ぎず、瞬時に刀で弾き飛ばされた。
「それがお前の武器か?」
空から地へと刺さるそれを見て、自身の武器を受け流された正体を見て問いかけてくる。
「この修行はお前の勝ちだ」
刃渡りや持ち手が刀よりも短く、片手で持つことを前提とした投擲剣。
これぞ長年モチーフ武器と誤認されていた代行者を象徴する『黒鍵』である。
「お手製だ、贈与はするのでお帰り願いたい」
黒鍵とは言っても中身は偽物だ、聖書のページでも魔力でもなくエーテルで再現しているため吸血鬼への概念礼装では無い。
加減なく攻めて来るのでキャラがブレブレだ。
動揺とか死にかけるような瞬間であれば素が出てしまうのは仕方ないとして、なんで相手は殺る気なんですかね。
「修行のついでに貰っておこう」
こいつセイバーの皮被ったバーサーカーだわ、まるで聞いてない。
「自身の研鑽を積むことだとしても、節度は守りなさい」
「承知している、だからこそ守るための刃を研いでいるのだ」
シンプルに迷惑ですとは言えなくて、ロールプレイだとしても神父としての助言を掛けてみたけど、やめてはくれなかった。
意思は固く揺るがなく、決して口先だけの言葉ではないのは明白だ。
相手は本気で自分以外の人を守り通すと示し続ける為に戦いに身を投じている。対して俺は、自分の事情を盾にして事なかれと流している半端者と言えるだろう。
いい加減、腹を括るときなんだろうな。
一度構えを解いて、女に分かりやすく二本指を突き立てる。
「
その言葉を聞いた彼女は、長い耳を動かした後…
「承知した」
薄く笑い――
「行くぞ」
――蒼い刃の嵐を巻き起こした。
「
腕を交差し
飛んでくる斬撃の波をその刀身で打ち払い、斬り落とし、彼女の刀の勢いを止める。
「飛ぶ斬撃か、羨ましくなる!」
「お前にも出来るだろう」
一瞬の攻防と売り言葉に買い言葉が続いていく。
女が刀を振るえば男が不釣り合いな刃で逸らし、弾いて怒涛の攻勢を凌いでいく。
だがそれも次第に黒鍵が刃毀れしていき、左手の得物は武器としての意味を失った。
「せい!
柄から手を放し、開いた手で打撃を送る。
開かれた距離を閉じるように接近する女の挙動を封じる。
懐から黒鍵を取り出し、刃先を相手に向けて弾丸のように投擲。
女が黒鍵の弾幕に即座に対処し、その刀で斬り伏せる。
一呼吸の休息。男は右手に黒鍵を構え左手は軽く突き出し、女は刀を納刀する。
容赦なく攻めるおかげで刀身が砕け、直ぐにボロボロとなっていく。
エーテルを操作して刃を復元して再び強化、思考を固める。
タイムリミットまでもう暫く。相手の勝利条件はこちらの全力を引き出すことだか、その条件は達成出来ない。
何故ならば、
女の持つ戦法は妖刀を用いて超高速の斬撃。ただ斬るだけではなくすれ違い様に攻める抜刀術に刹那の瞬間に事を生じる居合術、鞘の中に収束したエーテルを斬撃として放出という刀を主体とした戦い方だ。
対して俺には両手に握られた投擲を目的とした剣で鍔迫り合いをし、弾丸の様に投擲を行う。投擲し空いた手は八極拳に近い徒手空拳で応用する。
近接戦闘として女が大きく有利なのは当然と言える。女は俺の身体スペックを上回っており、近距離用に強化した黒鍵であっても彼女の刀ほどの耐久度は無く消耗品である。
今は黒鍵と似非八極拳で立ち向かえ――
相手は俺より高速で動くんだ、ならばこちらは高速と弁えた上で動けば良い!
「――命を賭けろ」
ネックレスに繋がった十字架を手に取り、添えるように口に触れる。
さあ、もう少しの辛抱だ。
「課長、課長!どこにいるのですかー!」
「はぁ、一体どこにいるのやら。……ん、これは?」
滾る金属の絶叫。
肉体の迸る風切り。
完成された一刀が、不出来な祈りを切り捨てる。
「…くっ、ハアァ!」
最後の一本が折れたとしても、強く踏み鳴らして前へと進む。
だが視界を閉じる掌底は躱され、柄を使った一撃が迫り来る。
「ぅうぐ‼︎‼︎」
吸い寄せられるように鳩尾へと打ち込まれた打撃が、意識を容赦なく奪いに来る。
失っていく意識を、歯を食いしばって叫び、女の姿を捉え続けることで耐える。
「これを凌ぐか」
「見栄を、張っているだけだ‼︎」
刀を持つ右手と胸ぐらを掴み、宙へと浮かせる。
平面に物が落ちる音、そのまま追い打ちへと踏み込む音。
左足を軸に、一回転した勢いを乗せた回し蹴り。
体勢を整えきれていない彼女の側頭部を狙った、意識を失わせる一撃のお返しを送り込む。
惜しむらくは、鮮麗に研ぎ澄まされた彼女の努力が刀身での防御に男の足が食い込んだということを。
「ぁ」
放出する赤、飛沫する血肉が男の体力を更に奪われていく。その光景に、女の意識は何処かを見た。
それは全てが赤い世界。
何もかもが灰に塵にとなる結末。
そんな世界の中で、私の手を握って最期まで笑顔でいた者の顔を――
「ぬぅぅ‼︎」
苦痛の響く身体を無視して足を振り切る。
血溜まりの出来た右足を一瞥して、目線を前にする。
数回に跳ねる衝撃が止み、体勢を立て直す彼女。
顔を上げた彼女の顔は、今までよりも鋭い刃のように見えた。
「…終わらせる」
収束する光のように。
その刀に込められた力には、俺の小さな祈りを喰い潰すに相応しかった。
迫る蒼い化身。
あらゆる邪悪を、究極の一が嘲笑いに来た。
もう俺はここで、負けていい――
「そこまでです、課長!」
違う女の声色の音。
俺と彼女の間に飛び出してきた薙刀が、戦闘の終わりを告げたことを告げた。
土を踏むが、第三者の到達を迎える。
「今日の修行はそこまでにして下さい。そろそろ貴方が手につける書類が溢れそうなんですから」
狐耳の彼女と似た服装をした桃色髪の女性がこちらへと意識を向けている。
地面に刺さった薙刀を引き抜き、鞘に戻して挨拶をする。
「私は対ホロウ特別行動部第六課の月城柳と申します。今回は課長である星見雅課長によってご迷惑をかけたことをお詫び申し上げます」
丁寧な謝罪をしてくる女性は月城柳という名前で、俺に
やっぱり公的機関の方だったのかー。
昔ネタバレ喰らわないようにデジタルデトックスしたおかげか、SNSは一日に二回程に減った俺でも星見雅の名と顔を目にしたことがある。
とりあえずこちらも頭を軽く下げて感謝の意を込めて言葉を送る。
「
本人を驕る偽物かどうか確かめたかったので、賭けに出てみることにした。そして予想通り彼女を知る者がやってきたことに安堵した。
「どういうことだ、何故二分通りに柳が来ると分かったのだ?」
疑問に思うのも無理はない。
俺と柳さんは面識なんて無い、だがきっかけはある。
柳の眼鏡のブリッジを押し上げた右手が、上へと向けられる。
「答えは空にありました」
「…空?」
「はい、課長を探している最中にこんなものがありました」
そう言って彼女に携帯端末を向ける。
その画面には、晴れた空に刀と狐耳のマークと
「私が上空に向けてエーテルを送り出し、特徴と時間を表した信号を送ったのだ」
答え合わせの言葉を代わって答える。
新エリー都からでも目視出来るマークを空に送り出し、星見雅との戦闘を誘導する。虚狩りという名誉を持つ彼女の知名度と実力を逆手に利用する、これが俺の考えた
「最初は単なる偽情報かと思いましたが、遠目からでも分かる戦闘を目にして確信しました。それと貴方の怪我もこちらで治療致します。直ぐに救急車を呼びますので応急処置をさせていただきます」
数分時が経ち、救急車に乗せられた俺は病院で治療を受けて怪我を治してもらった。
四日程を院内で過ごし、軽傷だったことが幸いだと告げられ直ぐに退院となると内心喜んだ。
「あの日はすまなかった」
退院一日前、萎れた耳を更に下げた星見雅が面会に来た。あの日の後、副課長である柳さんにお話をされていたのだろう。
「顔を上げたまえ、武人とは常に血と命の駆け引きをする者だ。信念があるのなら、譲ってはいけないだろう」
結局は彼女が喧嘩を売って、その喧嘩を俺が買ったというだけだ。でもその喧嘩は何日経っても続きそうだから、俺が第三者を呼びつけて有耶無耶にさせただけに過ぎない。
「お前は私が怒っているだろうと考えていたが、そんなことは無い」
この人は多分…強くなる為の事を真面目に行ってきて、スランプになっていたのかもしれない。技術のレベルを上げる為に努力をするけど上手くいかなくて、結果的に俺の所にやって来たということだろう。
「強くなり人を守る。それは人として善いことである、だからこそ節度を守れと最初に言った筈だ」
「…しかし、いつか人を守れなくなる時が——」
「お前一人で守れる世界など、生きるに値しない」
語気を強めて彼女の心に問いかける。
これは簡単に済まされるものじゃないが、簡単な程に済まさなければ後で後悔する時に遅くなる。
「なんだと?」
低く発せされれた言葉が響く。
睨みつける眼光が、嘘は許さないと告げる。
ここが正念場だ、神父としての建前も俺という本心も心に込めろ。
「怪物と言う意味は分かるかね?」
「人に仇なすモノ、強大な力を持つ生き物だ」
「この世界で最も怪物と象徴されるモノは?」
「エーテリアスだ」
「では二番目は?」
「…人間か?」
「正解だ。人はホロウの中でエーテリアスとなり、エーテリアスとなった者を倒すお前は正しく英雄と呼ぶに相応しい。しかし英雄に迎えられる末路は決まっている。その末路は何か、分かるかね?」
「逸話は広まり、英雄としての業績を讃えられて後世に伝わる…そのほかに、そうか」
「正解だ、模範解答と言ってもいい。大抵の英雄は多少の差異あれどそのような末路を迎えることが多い。だが英雄は、怪物として恐れられる可能性は零ではない」
一つ国を超えた先では、祖国を滅ぼした元凶や殺戮者などと認識される。簡単に言えば大義名分を掲げて異国が日本に侵攻したとする。異国では神聖視や英雄視されるが、日本では目の敵にさせるだろう。
「近い例を挙げるなら、魔女裁判がいい例だ。お前が持つ妖刀は多大な危険が潜んでいる。人を守るという願いに罅が入る瞬間を、お前の刀は待っている」
というか身の回りの人間を破滅に追い込むから妖刀なんだよ。破滅させるのはホロウやエーテリアスにしてくれ、俺はまだ平穏に生きていたい。
「力の使い所を間違えた瞬間、お前は英雄ではなく怪物と見なされる。守ってきた者たちから向けられる非難、信じてきた者たちから見られる恐怖の目。果たしてお前は、その地獄に耐え切れるかな?」
ちなみにもし妖刀などといった力を俺が持つことになったとしたら、すぐさま溶岩の海へと捨てる。
今よりもボロ屑同然の教会の中で、段ボールの腹の上で目覚めた俺ならば、そんな力に頼らずとも生きていけると証明し続けてやる。
魔性の力で以って生きるのではなく、人間の力で、人間として生きるのが真っ当な人生だと俺はそう考えている。
「私は――」
立ち上がって、この場を後にする。
答えは聞きたくない。
告げようとする彼女から離れるように扉へと向かう。
「しかし、お前は既に答えを見つけ出している。安らぎのある場所、帰りを待つ者、心から信じる者がお前を人に戻してくれる」
最後にそう言って、病室の扉を閉じた。
「………ふぅ」
しばらく歩いて階段を登る。
ドアノブを回して扉を開く。
屋上で夕焼けを眺めながら、自分の言った発言を思い出す。
「やっぱ荷が重いな。人に言われれば納得できると思うけど、自分で言うのは違うって思っちゃうな。超恥ずかしい」
帰って黒鍵を補充したいな〜うどん食べたいな〜、などと呑気に考えて今後の生活に黄昏ていた。