みんなが基礎体力練錬の後の魔力運用で死にかけてるってのに、見てくれよ、このハジメって野郎を。
「……」
おい、こいつ何してんだ。
「すぅーっ……」
うわ、地面に鼻をくっつけて座り込んでやがる。
「見つけたぞ、こんなところに隠れてたのか。いい色艶(いろつや)してやがる」
石に話しかけるんじゃねえよ、おっさん。
「この透明度……完璧な六角板状構造。爪先で軽く触れるだけで……」
パサッ。
薄い膜がクリスピーに剥がれた?! 何なんだ、あの石。
「まるで焼きたてのクロワッサンの層を剥がすような、この指先への感触。俺の地元じゃ味わえない極上のテクスチャーだぜ」
……こいつ、もう異世界に適응(てきおう)しきってやがる。
変な奴だよ、全く。
「おい、見ろよ。南雲がまた始めてるぞ」
「また石掘ってんのか?」
全く、飽きもせずによくやるよ。
ある意味、大したもんだぜ、マジで。
「放っておけよ。あいつ、昨日も一晩中城壁を磨いてたらしいぜ。衛兵たちの間じゃ『狂った左官屋』って呼ばれてるぞ」
「うわ、ガチの変質者じゃん……。でも、あんなに幸せそうだと文句も言いづらいよな」
その言葉通り、ハジメの野郎、ヘラヘラ笑ってやがる。
今のあいつは、剥がした岩石の破片を太陽にかざして悦に浸っている。
「見てくれよ、この輝き。流石は『千の顔』と呼ばれるだけはあるぜぇ」
ああ……よく分からんがハジメ、お前が幸せならそれでいいよ。悪いことしてるわけじゃないし、俺の心が狭かったのかもしれん。
人生、戦闘以外にもやることは多いもんな。
……ごめん、地の文(俺)が悪かった。反省するわ。
「おい、南雲」
だが、こういう空気に必ず水を差す野郎がいる。悪友の檜山だ。
「一枚……二枚……三枚……」
だが、そんなの関係ねえとばかりに、ハジメは石の皮剥きに夢中だ。
偉いぞ、ハジメコーラ! あんなチンピラは相手にするな。
「俺のシカトか?」
「……」
「おい。みんなが仕事してるってのに、お前だけ……」
コツッ。
檜山がハジメの肩を足で小突きやがった。……一線を越えやがったな。
コツッ。
「……あ。」
ほら見ろ、石っころが落ちちまったじゃねえか。
流石にハジメもキレたのか、唇を噛み締めて荒い息を吐き出した。
「おい。気をつけろよ」
そうだ。気をつけろよ、檜山。無駄に強がるんじゃねえ。そんなことしても女子はお前を好きになんねえぞ?
「あぁ? 気をつけろ? はっ! 錬成師の分際で、お前に何ができるってんだよ!」
「錬成」
「は? ……うわっ!」
拳大の石ころが、あいつの頭の上に降ってきた。
「痛っ!」
頭を抱えてのたうち回る檜山。
正直、いくらクラスメートでも、肩を足で小突くのはやりすぎだ。
同じことを思ったのか、他の連中も口々に言い始めた。
「あーあ、檜山の野郎。いい職業引いたからって調子乗りすぎだろ」
「放っておけばいいのに、なんでわざわざ絡むんだよ。南雲だってスキル訓練で苦労してんのにさ」
ざわざわ。
空気が不利になったのを察して、檜山は無駄に声を荒らげる。
「うるせえ! 俺が間違ったこと言ったか!? こいつが遊んでるのがムカつくだろ! みんなして綺麗事ばっかり言いやがって!」
「……」
「くそっ!」
檜山は拳を固めた。
こいつ、殴りかかる気か――と思った瞬間。
「錬成」
「うりゃあっ……!? どわぁっ!」
ズサァァァーーーッ!
……見事な股裂きスライディング。
俺の目も点になった。
「え? お、おわぁ!? おおおお!?」
ドガシャァァン!!
「ぎゃああああ!!! 俺の腰がぁぁ!! な、なんだ! なんでこんなに滑るんだ!? 油でも塗ったのか?!」
「雲母は横圧力を加えると非常によく滑るんだ。潤滑剤としても使われるのを知らなかったのか?」
いやー、知らんかったわ。お前のおかげで賢くなったよ、サンキューな。
そう。さっき剥いて遊んでいた石をどうにか変成させたら、魔法のグリスみたいな効果が出たわけだ。
錬成師、すげぇぇぇ!
「やべぇ、あいつの転び方見たか?」
「南雲、あいつマジで才能の無駄遣いだろ」
「こ……この野郎……!」
檜山は顔を真っ赤にして立ち上がった。
羞恥心と怒りが限界突破してやがる。
「笑うな!! 南雲、テメェ……ぶっ殺してやる! 火炎術師の力を見せてやるよ! ファイアボール!!」
ゴォッ!
檜山の掌から、バスケットボール大の火の玉が放たれた。
「おい、マジかよ!」
「檜山、トチ狂ったか!? 攻撃魔法を!」
「逃げろ! ハジメ!」
全くだ。
一線を越えすぎて、地の文の俺も言葉が出ねえ。
「灰になりやがれ! 死ねぇ!」
シュゥゥゥゥーーーッ!
ファイアボールが飛んでいく。
「……」
……おい、こいつ。なんで逃げねえんだよ。
「……!」
なんで目がキラキラしてんだよ!
おいおいおい、何する気だ。
「錬成!」
ハジメは足元に転がっていた石の破片を、平らな石板に変えた!
さらに錬成で地面の雲母の粉を瞬時に石板の上に……コーティング? 何だそれ。
「自家製・雲母シールド!」
ドォォォォン!!
ファイアボールが、ハジメの掲げた輝く石板にぶつかって粉々に砕けた。
火花が四方に飛び散ったが、ハジメは無傷。煤(すす)一つついてねえ。
「……え?」
「オイェス」
「ふ、防いだ……? ただの石板でファイアボールを?」
「お前な。雲母はストーブの覗き窓にも使われてた、実績のある断熱材だぜ。お前の火遊び程度じゃ、傷一つ付かないんだよ」
……だそうです。
おかげでまた知識が増えたわ。
「雲母は断열재(だんねつざい)」……メモしとこ。
クラスメートたちも、その斬新な防御方法に釘付けだ。
「うわ……マジで防ぎやがった」
「錬成師、実はぶっ壊れ性能(チート)なんじゃね?」
「かもな」
予想外の展開に、檜山はうろたえまくっている。
「こ……このキチガイが……!」
「あ、それと。ボーナスだ」
ふぅー。
ハジメが息を吹きかけた。
「反射(リフレクト)マン」
フゥゥゥゥーーー。
おいおい、次は何だ。
盾の表面に付着していた微細な粉末がキラキラと輝きながら、檜山の顔面に向かって飛んでいく!
逃げろ、檜山!
虚勢は失敗したし、今後の人生ハードモード確定だろうが、流石に失明はマズい!
「うわぁっ! 目が! 俺の目がぁぁ!! 痛い! 何か入った!」
「石の粉の味はどうだ?」
「何の騒ぎだ! 神聖な訓練場で私闘とは!」
そこへ、メルド団長がやってきた。
「この魔力の残滓……お前ら、今、攻撃魔法を使ったか?」
「団長! こいつが俺の目に土を撒いたんです! 目が開かないんです!」
……惨(みじめ)だぞ、檜山。
「南雲! 事実か!」
問い詰めるようなメルド団長。
果たして、ハジメの答えは?
「はい、すみませんでした」
くぅ~! クールだぜ、ハジメコーラ。
「……はぁ。頭が痛い。檜山は医務室へ行け! 南雲、貴様は……とにかく訓練離脱だ! 罰として、訓練終了後に居残りで演習場の整地作業を命ずる!」
いや団長、前後関係の調査くらいしてやってくれよ。
……って、ハジメの野郎、なんでまた目がキラキラしてんだよ。
「整地作業……つまり、合法的に穴を掘ってもいいってことですか?」
「……あ? まあ、そうなるが……」
「よっしゃあ! ついでに排水工事までバッチリ終わらせときます! もっと柔らかい土を運び入れましょうか?」
「……好きにしろ」
団長は呆れ果てたように頭を掻いた。
(こいつ、罰を与えたのになんで喜んでるんだ……? まさか、殴られながら悦ぶ……そういう趣味か……? くわばらくわばら……)
……何だよ。
団長、あんた想像力豊かすぎるだろ。
とにかく、そんなこんなで演習場の補수(ほしゅう)作業が開始された。