演習場で絶賛ドカタ作業中のハジメは, ポケットからガラス瓶を取り出した.
昨日の香織の背後……じゃなくて柱の裏から採取した苔が入っているやつだ.
「くっくっく, やはり俺の予想通りだ」
一人でカッコつけてるハジメ.
何だ, その自信は.
夕日を背に苔の瓶を振るその姿…….
諸君, こいつ、バイオハザードのサンプルを前にヨダレを垂らすマッドサイエンティストそのものだぜ.
マジでキショいな……(褒め言葉).
地の文(俺)と同じことを思ったのか, 香織がバシィッ!と小気味よい音を立てて水筒を突き出した.
「いいから飲みなさいよ」
「ぶはっ, 助かる. なあ, これを見ろよ香織. この色をよぉ」
水を飲み干したハジメは, 苔のどす黒い根っこを指差した.
「根の先端が変色してるだろ? 臭いを嗅いでみろ. 雑菌が繁殖する特有の『おっさんの加齢臭』がするぜ」
「……汚いからどけてくれる? 食欲失せるんだけど」
香織が全力で嫌な顔をして顔を背けたが, ハジメは構わず熱弁を振るう.
「いいか! これは王宮全体の問題だ. 柱の根元がこれなら, この演습場の地面も表っ面はマシに見えても, 中身はブヨブヨの干潟(ひがた)も同然だ」
「だから何よ」
「排水不良だ! このままだと雨季にシンクホールが発生するのは目に見えてる. メルド団長がランニング中に地面に飲み込まれる可能性だってあるんだぞ」
「おおおおっ!? 地面が沈むのか!?」
その時, 隣でランジ(下半身筋トレ)をキメていた龍太郎が食いついてきた.
龍太郎ってのはあれだ, 拳闘士のジョブを引いた「筋肉脳」のニキだ.
汗だくの筋肉ダルマが目を丸くしている.
「おっ! シンクホール? 映画で見たことあるぜ! じゃあ俺ら, 訓練中に死ぬのか!?」
「安心しろよ, 相棒」
ハジメは悲壮な決意を込めてツルハシを持ち直した.
声を低くして, 再び無駄な決めポーズをぶちかます.
「これより『ハイリヒ王国第一次排水改善工事』を開始する!」
「……」
香織は深い溜息と共に額を押さえた.
(また始まった……)
もはや頭痛がしてきたようだ. あの石バカ気質は異世界に来てさらに悪化している気がする.
「はぁ……メルド団長は『平らに整地しろ』って言っただけじゃない. 話がどんどんデカくなってるわよ」
香織の小言を聞き流し, ハジメは龍太郎の方を向いた.
獲物を狙うハイエナ……いや, 「有望な(こき使いやすい)大学院生」を見つけた教授の目だ!
「おい, 龍太郎」
「あん?」
「筋肉、デカくしたいんだろ?」
「おうよ! 当然だ! でもイマイチ刺激が足りなくてな. この石のアレイも慣れちまうと軽いぜ」
龍太郎はハジメ製の特製アレイでヒュンヒュンとジャグリングをして見せた. その反応にハジメはニヤリと笑い, 顎で演習場の一角を指した.
砂利と石の山(ハジメの錬成失敗作1~500号)が山積みにされている.
「いいぜ. じゃあアレが見えるか? アレを運んでくれ」
「運ぶ? 普通に?」
「いやいや, 普通じゃねえ. 両肩に担いで, 『ウォーキング・ランジ』の姿勢でな」
「……ほう?」
ランジという言葉に, 龍太郎の耳がピクリと動いた.
「おおおっ? 新しい修行法か!?」
「そうだ. 名付けて『錬成師式・下半身破壊砂利運びトレーニング』だ. お前の大腿四頭筋がはち切れんばかりにパンプアップするぜ」
「うおおおおお! 燃えてきたぁぁ!! 任せろ!!」
龍太郎は咆哮しながら砂利の山へと突進していった.
「フンヌゥゥゥ!! 筋肉!! 筋肉ぅぅぅ!!!」
見てくれよ, あの脳筋パワー. 砂利の袋を羽毛のように担いで走り回ってやがる.
見ていた香織が, ハジメの脇腹をツンと突いた.
「痛っ」
「大げさね……あんた, あいつをこき使ってるでしょ」
「ははっ, 人聞きが悪いな. ウィンウィンだろ! あいつはバルクアップできて, 俺は人件費が浮く!」
「この詐欺師野郎……」
全くだぜ. 地の文の俺も同感だ.
詐欺師ハジメはヘラヘラ笑いながら地面に手を当てた.
「さて, 始めるか. 錬成!」
ズズズズ……!
地面が振動した. ハジメの魔力に沿って, 演習場の端の土が勝手に押し退けられていく.
モーゼのじいさんが海を割るかの如く, バカスカ割れていくぜ.
一周ぐるりと回るように, U字型の溝が掘られた.
「おお……」
「感心するなよ, まだまだこれからだ」
ハジメは溝の内部を手でなぞった.
「流速を確保しなきゃな. 角度は大体……これくらいか? 急すぎると土砂が流れるし, 緩すぎると水が溜まる」
「……あんた, 前世はモグラだったの?」
「ビーバーじゃねえかな」
「黙れ」
「うぃっす」
ハジメは目を輝かせ, 両手を合わせた.
「錬成!」
滑らかにコーティングされていく溝の底.
粘土成分を硬化させて防水層を作る手際は, もはや芸術の域だ.
「龍太郎! 砂利だ! 今だ!」
「うらぁぁぁ!! 到着だぜ! 喰らえ、筋肉メテオ!!」
タイミングよく現れた龍太郎が, 砂利の袋をドサドサとぶちまけた.
砂埃が舞い上がり, 香織が顔を顰める.
「ゴホッ! ちょっと! 優しく入れなさいよ!」
「わりぃ! 下半身が燃えてて加減ができねぇ!」
「よし, いいぞ. 水はけはバッチリだ」
ハジメは撒かれた砂利を溝の中に敷き詰め, 再び地面に手を当てた.
「錬成! ガンガン錬成!」
パァァァァン!
今度は土の中に混じっていた植物の根を分解, 理解, 再構築.
……おい, これもう『鋼の錬金術師』じゃねえか.
網状に編み込まれた繊維層が砂利の上を覆っていく.
見ていた香織が不思議そうに尋ねた.
「へぇ, それは何?」
「天然の『ジオテキスタイル』だ. 土が砂利の隙間に入り込んで排水路を詰まらせるのを防ぐフィルターだよ」
「……何言ってんの」
香織はもう質問するのも疲れたようだ. こいつの頭の中がどうなってるのか、もはやホラーの域だな.
「仕上げだ, 埋めろ!」
ハジメが砂利の上を再び土で覆った.
見た目は普通の演習場の端っこだが, その地下には水が流れる『暗渠排水(あんきょはいすい)』システムが完璧に構築されたというわけだ.
「いやぁ……完璧だぜ」
ハジメは満足げに感嘆の声を漏らした.
その表情は, まるで『月光彫刻師』で傑作を作り上げたウィード(主人公)そのものだ.
「これで雨が降ってもこの演習場はサラッサラだ. 水溜まり? 何すかそれ, 美味いんすか? カビなんて寄せ付けねえぜ」
「……ぷははっ!」
香織はついに吹き出した.
「あんた、マジで……地球に帰ったら建設会社でも作りなさいよ. 私が経理やってあげるから」
「おっ? マジで? 年俸交渉は石(宝石)でもいいか?」
「うーん……ダイアモンドなら考えてあげてもいいわよ」
「正気か? ダイヤは工業用だろ! 給料は玄武岩で払ってやる」
「死ね、マジで」
二人が言い合っている間に, 龍太郎が肩で息をしながら近づいてきた.
「はぁ……はぁ……おい、ハジメ. 終わったか?」
「ああ, お疲れ龍太郎. おかげで工期が3日は短縮できたぜ」
「おうよ! 俺の太ももも……3cmは太くなった気がするぜ! 最高の修行だった!」
「よしよし, 明日筋肉痛になったら『薬になる石(パワーストーン的なやつ)』でも錬成してやるよ」
「マジか!? お前、やっぱりいい奴だな!」
三人は夕焼けに染まる演習場を眺めた.
滑らかに整えられた地面. 見えない場所まで完璧に設計された排水システム.
そして汗を流した後の爽快感.
ああ, まるで……
「行こうぜ、メシだ. 今日はパンだってよ」
「パンか, 炭水化物は大事だな」
「肉が出るといいんだけどな!」
「押忍! タンパク質はもっと大事だぜ!」
こうして三人は食堂へと向かった.
同じ頃, 医務室の窓際.
カーテンの裏からその様子を見つめる, 陰湿な影があった.
……さっき頭を割られた檜山だ.
何してんだこいつ. 覗き魔かよ, カーテンの裏に隠れやがって.
彼は腰に巻かれた包帯をバリバリと掻いた.
昼間, ハジメの『雲母(マイカ)ローション』トラップに引っかかって痛めた腰がまだ疼いているのだ.
ギリッ……!
歯ぎしりの音がやかましい.
おい檜山、歯医者行けよ, インプラントのお世話になりたいのか?
「南雲……あの野郎……」
血走った目.
プルプル震える瞳が「あいつをぶちのめしてやる」という殺意を燃やし尽くしている.
ゴゴゴゴゴ……と背後から奇妙な効果音が聞こえてきそうだ.
折よく, 部屋にモヒカン頭の取り巻き(ヤンキー)が入ってきた.
「大助(だいすけ), 大丈夫か? 腰、かなり痛むのか?」
「うっせぇ! 触んな!」
「ひ, ヒィッ! ごめん!」
謝る取り巻きに対し, 檜山はニィッ……と嫌な笑みを浮かべた.
こいつ, 見てみればなかなかのS(ドS)だな.
「あそこを見ろ. あの野郎, 笑ってやがるぜ. 罰を受けに行ったくせに, ヘラヘ라しやがって」
檜山の指が窓の外を指した.
タイミングよく, 窓の外では香織がハジメにタオルを投げ渡し, 龍太郎と肩を組んで笑い合う姿が見えた.
(おまけにイチャついてやがる……その上、龍太郎まで……! なんであんな石バカ野郎に懐いてやがるんだ? 勇者パーティの俺を差し置いて! 俺の方がイケメンだし! 俺の方が強いのに!!)
肩を震わせる檜山.
コンプレックス爆発寸前だぜ.
顔色を窺っていたモヒカン少年が口を開いた.
「な……南雲の奴, ちょっと変だぜ. さっきの滑る床もそうだけど……何か怪しいことをしてるに違いない」
「怪しいこと……そうだ!」
ニヤリと笑った檜山は, 目を細めた. 蛇のような目つきだった.
「昼間……排水工事とか言ってたよな?」
「え? ああ, 何か水の通り道を作るとか何とか」
「あの野郎が大事そうに作り上げたあの現場……メチャクチャにしてやるぜ」
「えっ? 何をする気だ?」
シャッ! 彼は答える代わりにカーテンを閉めた. 暗闇が部屋を侵食する.
ニチャァ……と中二病全開で笑う檜山の瞳に, どす黒い炎が揺らめいた.
「夜になったら……誰もいない時を狙う」
「南雲の奴が掘ったあの溝に……石ころとゴミをブチ込んでパンパンに詰まらせてやる」
「明日の朝の訓練で, メルド団長がグチャグチャになった地面を見たら何て言うかなぁ?」
邪悪な眼差し.
「ひ, ヒィィッ!」
ブルブル. モヒカンはビビって足を震わせた.
その様が満足だと言わんばかりに, 檜山が笑う.
「排水工事の失敗で演習場を沼に変えたとなれば, 退学……いや, 最低でも地下牢行きだ. ハジメ……お前の大好きな土の中で永遠にのたうち回らせてやるぜ. ククク……」
「アハハハハ!! おおおお……流石は大助! 天才的だぜ!!」
檜山の掌で小さな火花が揺らめいて消えた.
卑劣に歪んだ瞳が悪意でぎらついている.
諸君, 地の文の俺は早くもポップコーンが欲しくなってきたぜ.
頑張れ檜山! お前が転落すればするほど、尺(ストーリー)は盛り上がるからな!