午前訓練が終わり、楽しいランチタイム。
生徒たちは三々五々集まって、パンとスープを口に運んでいる。
そしてここ、木陰に集まった「石・筋肉・光」の混成トリオを見てくれ。
「フッ!ハッ!シュシュッ!……これは口で出してる音じゃねえぞ!」
飯食って休めってのに、シャドーボクシングでカロリーを燃やしてる奴がいる。
我らが龍太郎の兄貴だ。
兄貴、手に持ってるその無骨な物体は何ですかい?
「おう! 南雲! これ、マジで最高だぜ!」
ヒュンッ!
あいつはハジメ特製の鉄アレイを振り回した。
「グリップ感が半端ねぇ! 手に吸い付くようだぜ!」
「だろ? 持ち手の部分に、この地域でしか取れない鉱石の粉末をコーティングしたんだ。それが汗を吸収して滑り止めになる。しっかり追い込めよ、親友」
「くぅぅ! さすがはお前だ! 得筋(とくきん)! 得筋! 筋肉が咆哮(ほうこう)してやがるぜぇぇ!」
40kgの鉄の塊を片手でブン回し、上腕二頭筋を見せつける龍太郎。
おいヒューマン、人間か?
こいつ、脳細胞までプロテインで出来てるに違いねえ。
その隣では、輝く鎧を脱ぎ捨てて汗を拭う光輝(こうき)。
「はは、龍太郎は本当に体力が有り余ってるね。食後すぐに運動なんて」
彼は龍太郎からハジメの方へ向き直り、水筒を差し出した。
「南雲、君も飲みなよ。さっきのあの重そうなバックパック、担いでるだけで大変だっただろ?」
「あ、サンキュ」
水を一口飲んだハジメ。……といきなり地面にしゃがみ込んだ。
何すんだよ、お前。
そのまま地面の土をひとつまみ手に取って……。
食べた。
「……っ?!」
「おい!!! 南雲!!!」
光輝がひっくり返りそうな勢いで悲鳴を上げた。
「何やってるんだ! なんで土を食べるんだよ! お腹空いてるの?! 足りないなら僕のパンをあげるから!!」
「モグモグ……ペッ」
ハジメは土を吐き出し、舌をチェッ、チェッと鳴らした。
まるで一流のソムリエがヴィンテージワインをテイスティングしているかのような、あの真剣な表情!
口の中は土埃でひどいことになってるはずなのに、この男、真面目そのものである。
「うーん……酸性度がちょっと高いな。pH5.5ってところか」
「……」
光輝の表情が「ガチでヤバい奴を見た」と言わんばかりに固まってやがる。
「粒子サイズから見てシルト質の粘土だな。ミネラル分は少ないが、この程度ならレンガを焼くには悪くないベースだ」
「いや……地質調査なのは分かるけど、わざわざ食べる必要ある?」
「舌は人間が持つ最も精密な分析器だからな。味を見れば、その土地の歴史が見えるんだよ」
「嘘だ……」
「分かってないな。土の味だって千差万別なんだぜ? 王宮の演習場は兵士たちのしょっぱい汗の味がしたけど、ここの木の下は青臭い腐葉土の味だ。後味が少し苦いのは、クヌギの根が混じってるからだな」
地の文(俺)が理解を諦めようとしたその時、隣でアレイを上げていた龍太郎が目を輝かせた。
「おっ?! 土を食べれば筋肉にいいのか?」
「いや。寄生虫が湧くぞ」
「ちぇっ、じゃあ食わねえ」
類は友を呼ぶとはまさにこの事。こいつら、マジで救いようがねえ。
会話のレベルが異次元すぎる。光輝は額を押さえ、深いため息をついた。
「はぁ……君というやつは本当に……底が知れないよ」
口ではそう言いながらも、光輝の表情はどこか晴れやかだった。
むしろ、以前より緊張が解けてリラックスしているように見える。
「最初は君がいじめられるんじゃないかって心配してたけど……ただの杞憂(きゆう)だったみたいだね」
「褒めてんのか? 貶してんのか?」
「はは、褒めてるんだよ」
光輝が例の爽やかスマイルを振りまきやがった。
おいおい、イケメンすぎだろ。
「一週間後、迷宮近くの町に宿泊するんだ。その時もよろしく頼むよ。君のその……『石の知識』をね」
「頼むなら聖剣を貸せって。岩を割りたいんだよ」
「それはダメだってば!!」
そして時は流れに流れ……一週間後!
ガタゴト、ガタゴト。
馬車の車輪の音が止まった。
「全員下車! ホルアドの町に到着したぞ!」
メルド団長の号令で、生徒たちがゾロゾロと馬車から降りてくる。
王国の辺境、巨大な「オルクス大迷宮」が位置するホルアドの町。
険しい山脈に囲まれたこの場所は、どんよりとした灰色に包まれていた。空気からして違う。湿っぽく、重く、どこか生臭い魔物の臭いが混じったような……。
……というのはただの感傷で、ぶっちゃけ気分が滅入る場所だ。
ところが。
「うひょおぉぉぉぉー!!」
空気もへったくれもなく、奇声を上げている野郎が一人。
ハジメだ。見てくれよ、あのイッちゃってる目。
「見ろよ! あれを見ろよ龍太郎! あの絶壁!!」
ハジメが指差したのは、町の裏山にそそり立つ断崖絶壁。
巨大な六角形の石柱たちが、屏風(びょうぶ)のようにズラリと並んでいた。
「柱状節理(ちゅうじょうせつり)だぁぁぁ! あの完璧なヘキサゴン・パターン! あの隙間、見てくれよ! エロすぎだろ?!」
「……」
生徒たちの視線が北極より冷たくなった。
全くだぜ。女子もいるってのに、セクハラ(石への)は勘弁してくれよな。
「ねえ、香織。あいつ何なの?」
「知らない……聞かないで。赤の他人よ」
香織が顔を伏せた。羞恥心はいつだって彼女の担当だ。
だが、脳筋・龍太郎は違った。
「おおぉ! あの岩、掴んで登れば広背筋(こうはいきん)にガッツリ効きそうだな!」
「だろ?! あれは自然が作った最高のクライミングウォールだぜ!」
バカとバカのコラボレーション。地の文の俺はもう知らん。
そんな二人を尻目に、宿の主人が迎えに出てきた。
「ようこそ、勇者様御一行! 狭いところですが、ゆっくりお休みください」
宿へと入っていく一行。だが、その列の最後尾。
陰湿な影がハジメの後頭部を睨みつけていた。
「……」
檜山大助。
一週間前、演習場での屈辱以来、彼はさらに無口になっていた。
目つきの鋭さが、もはや凶器のレベルだ。
(笑ってろ……。ああ、今のうちに精一杯笑っておけ)
檜山は懐(ふところ)に隠した「何か」をまさぐった。
魔力石か? それとも、不吉なアーティファクトか?
(オルクス大迷宮……。事故が起きるには絶好の場所だよな)
ハジメが柱状節理がどうとか抜かしている姿を見ながら、檜山の口角が歪んだ。
(落盤事故だろうが、魔物の奇襲だろうが……方法はいくらでもある。今度は絶対に失敗しない。お前を埋めて……香織は俺が手に入れる)
執着もそこまで行けば病気だぜ。精神科の受診を勧めたいが、この世界にはなさそうだから、物理治療が正解なのかもしれない。
その日の夜、宿の食堂。
明日はいよいよダンジョン突入!
メルド団長が地図を広げ、ブリーフィングを開始した。
「よく聞け。我々の目標は地下20階までだ。それ以上は危険すぎる」
「20階? 浅すぎませんか?」
血気盛んな生徒たちが不満を漏らしたが、団長は断固としていた。
「オルクス大迷宮を舐めるな。1階から10階まではチュートリアルだが、その下からは本当の実戦だ。特に『トラップ』に気をつけろ。床が抜けたり、壁が動く構造が多い」
「床が抜けたり」
「壁が動く」
その言葉に、檜山の目がギラリと光った。
まるでヒントを得た受験生のような、邪悪な閃き。
一方、ハジメは別のポイントに食いついていた。
「団長、ダンジョンの内壁の材質は何ですか? 花崗岩(かこうがん)ですか、石灰岩ですか?」
「……それが重要なのか?」
「重要ですよ! 石灰岩地帯ならそれを食べるスライムが出る確率が高いし、花崗岩ならゴーレム類が多いでしょうからね」
……お?
なんで筋が通ってるんだ? 団長も一瞬、言葉に詰まった。
「あ……うむ……。複合的だが、お前の言う通りゴーレムもしばしば出没するな」
「よし。ツルハシの刃を『例のコーティング』にしたやつに変えておかないとな」
ハジメはガサゴソとカバンを開けてツルハシを取り出すと、砥石(といし)で研ぎ始めた。
シュッ……サッ……シュッ……サッ……。
食堂の中に、ツルハシを研ぐ音だけが響き渡る。
……お通夜状態(フリーズ)。
空気読めよ、この男。光輝がたまりかねて声をかけた。
「あの、南雲くん……。ちょっとうるさいんだけど……」
「あ、悪い。心を整えてる最中でね」
こいつ、マジでダメだわ。周りの人間も気にしてくださいよ、石バカ兄貴。
キィィィィィィィン――!
だが腕前は確かなのか、ツルハシの刃が不気味なほど鋭く光った。
その刃が魔物を討つのか、それとも「別の何か」を討つのかは、明日にならなければ分からない。
「よし! 今日は早く寝ろ! 明朝06時起床だ! 解散!」
「はい!!」
嵐の前の静けさ。
その暗闇の中で、檜山は一人、静かに笑っていた。
(明日だ……。明日、全てが終わる)