夜明けの青白い光が漂うホルアドの町!
大蛇が顎(あぎょ)を開けたかのような迷宮の入り口前。
生徒たちを嘲笑うかのように、冷たい風がヒョォォォと頬を叩きやがるぜ、諸君。
目をカッと見開いた団長が、シャキーンと剣を掲げた。
「全員、整列!」
チャキッ、チャキッ。
鎧の触れ合う音とともに、生徒たちが整然と列を作る。
「よく聞け。今日から実戦だ。学校の演習場でやっていた模擬戦とは次元が違う。ここはオルクス大迷宮。人間の常識が通用しない魔物の巣窟だ」
厳格。謹厳。真実。
迷宮の危うさを誰よりも知る彼だからだろうか。安っぽい虚勢(きょせい)ではなく、年季の入った目尻がドッシリと据わってやがる。
だが、浮かれきったガキどもにその警告が響くのか?
「うわ、雰囲気作りすぎ。ただのモンスター狩りだろ?」
「だよな。俺たちのステータスなら余裕で無双できるって」
このバカども、RPGか何かだと思ってやがるのか?!
一歩間違えれば死ぬんだぞ!!!
地の文の俺と同じ気持ちなのか、団長が苦々しく眉をひそめる。
「そこ、喋っているのは誰だ! 緊張感を持て!」
「す、すみません!」
「繰り返す。我々の目標は地下20階。それ以上降りれば命の保証はできん。隊列は前衛、中衛、後衛に分ける。天之河、お前が先頭だ」
「はい! お任せください!」
光輝(こうき)が聖剣を抜くと、白い光が周囲を照らし出す。
ピカーッ! マジで眩しいぜ。
生徒たちの目に、これでもかというほどの憧憬(どうけい)が宿る。
「わぁ……やっぱり光輝くん。カッコいい……」
「聖剣なんて、本物の勇者様みたい」
頬を赤らめる女子生徒たち。
正直、男の俺から見てもカッコいいのは認めざるを得ないなww
そんな彼の横に立つのは、我らがタンク・龍太郎の兄貴だ。
「おう! 俺も負けてらんねぇ! 今日という日のために、朝から牛丼二杯平らげてきたぜ!」
そんな兄貴が心許ないのか、雫(しずく)が呆れたようにため息をついた。
「はぁ……龍太郎、あなたのお腹には餓鬼(がき)でも住み着いてるの? 少しは緊張しなさいよ」
「へへっ、雫ちゃん。腹が減っては戦はできぬ、だ。見てろよ俺の拳、今日でモンスターどもの顎を全部粉砕してやるからな」
「口だけは達者なんだから……香織、あなたは大丈夫? 顔色が少し青白いけど」
雫の問いに、香織がはにかんだ。
「あ、うん。大丈夫だよ、雫ちゃん! ちょっとドキドキしてるだけ」
……おぉ、可愛いじゃねえか。
外剛内柔なトムボーイ(?)とは、地の文の俺も興奮を禁じ得ないぜ。
一方、そんな香織の視線は自然と列の最後尾、荷物をまとめているハジメへと向かった。
「南雲くん……準備、できてるかな?」
彼女が視線を向けた先。みんなが武器の最終点検をしている中、一人で奇行に走る「筋肉だるま(に見えるほど重装備の)錬成師」がいた。
シュッ……サッ……シュッ……サッ……。
リズム感溢れる砥石の音に、鼻歌まで添えているハジメ。
香織はスンッと真顔になって首を振った。
「バカね……相変わらずだわ」
だが、なぜか安心してしまうのはどういうわけか。香織は不思議とその光景に心を落ち着かせた。
一方……そんなハジメを睨みつける勢力がもう一つ。
「おい、見ろよ。また始まったぜ」
「……イカれてやがる」
出た! 檜山(ひやま)一派だ!
殺気じみた視線に気づいているのかいないのか、ハジメはツルハシ研ぎに没頭していた。
「ふーむ……よし。刃が鋭く立ったな。これならあそこ(・)にも豆腐を切るように入り込むぜ」
ハジメはツルハシの刃を光に透かし、うっとりと恍惚(こうこつ)の表情を浮かべた。変態野郎め。
「やっぱり熱気対策にはあのコーティングが最強だな。この玲瓏(れいろう)たる輝きを見ろよ」
そこへ光輝が近づいてきた。
「南雲! 何してるんだ? 早く来い! 出発するぞ!」
「ははっ、ごめんごめん! 相棒(ツルハシ)のコンディションチェックをしててさ」
「相棒って……君、なんでそれにそこまで心血を注ぐんだ?」
「光輝、お前は分かってないな。ダンジョンで一番怖いのはモンスターじゃない。『行き止まり』だ。壁をブチ抜けるかどうかが、生存の分かれ目なんだよ」
よどみなくスラスラと出てくる言葉に、光輝も俺もつい納得させられちまった。
「あはは……そうかな? 君は本当に独特な視点を持っているね」
多様な視点を受け入れる光輝班長、万歳。
そんな和やかな雰囲気の中、檜山は唇を尖らせて皮肉を飛ばすのに忙しかった。
「おい南雲。荷物はちゃんと持てよ。遅れたら置いていくからな」
「ご心配なく、檜山様。俺のカバンの中には非常食からテントまで全部詰まってるからな。むしろお前らの方が俺に泣きつくことになるぜ?」
「んだと、コラァ……!」
檜山が拳をギュッと握ったその時。
「そこまでだ!! 雑談禁止! 突入する! 全員、松明(たいまつ)に火を灯せ!」
メルド団長の合図で、ボォォッ! と松明が一斉に燃え上がる。
「行くぞ! オルクス大迷宮へ!」
よしっ、迷宮突入だ!
迷宮初層。
天井から水滴がポタポタと落ち、生徒たちの足音が響く。思ったよりジメジメした場所だ。
そして。
キィィヤアアアアーッ!
暗闇の中から赤い目が光り出す。巨大なコウモリの群れと、狼型魔物「グレイウルフ」の登場だ!
「キャッ! 何、あれ!」
「ま、魔物だ! 本物の魔物だよ!」
後方で魔法を充填していた生徒たちがパニックになりかけると、メルド団長が間髪入れずに指示を飛ばした。
「慌てるな! 一層の魔物は弱い! 前衛、盾を構えろ!」
「シールドバッシュ!!」
ドゴォォォン!
狼たちが一瞬で吹き飛ばされたぜ。痛そうだな……。
機を逃さず、光輝が剣を抜いた。
「今だ!!」
ピカーッ! マジで眩しいぜ(二回目)。
光の斬撃が狼たちをなぎ払う。
キャンッ! キャンッ!
悲鳴をかき消すように続く拳の雨あられ。
「オラァ! オラオラオラァ!!」
龍太郎は素手でコウモリどもを撃墜しやがった。
「弱ぇ! 弱すぎるぜ! サンドバッグより手応えがねぇ!」
「隙を見せるな、龍太郎! 右にあと二匹!」
彼を補佐するように、雫の剣が高速で動き、狼の首を刎ねる。鮮やかな一撃。
「怪我した人はいない? 『ライトヒール』!」
かすり傷を負った生徒たちには、香織の治癒魔法が降り注ぐ。トムボーイ・ヒーラーとは、地の文の俺も興奮(略)。
「うわ、一瞬で終わっちゃったね」
「マジで大したことないじゃん。俺たち、ビビりすぎてたのかな?」
戦闘が終わり、歓喜に沸く生徒たち。
だが、隊列の後方でハジメは?
お前、地面にしゃがみこんで何してんだ。野グソか?
「ほう……この粘液質は……」
「南雲! お前、そこで何をしてる!」
「団長、これを見てください。床に『スライム』の痕跡があります。でもただのスライムじゃありません。『マグマスライム』です」
「な、何でそれが分かるんだ?」
「床の石が溶けてるでしょう? 花崗岩を侵食した跡です。これから出てくる奴らは鎧を溶かす可能性があるので、注意したほうがいいですよ」
……こいつ、何でそんなに詳しいんだ?
地の文の俺と同じ気持ちなのか、団長も「うむ」と頷いた。
「……ふむ。見所があるな。全員! 鎧に触れないよう注意しろ!」
石バカの石知識、団長も認めざるを得ないようだ。
一方、それを苦々しく見つめる檜山。
「チッ……鼻につく野郎だぜ。知ったかぶりしやがって」
嫉妬深すぎだろ、おい……。
彼の横で、モヒカン・ヤンキーがなだめる。
「ダイスケ、落ち着けよ。どうせ運搬係だ。もっと深くまで潜れば……」
「分かってる。チャンスはいくらでもあるからな」
こいつら、マジで危なっかしいぜ。
突入から2時間経過。
地下8階――休憩ポイント。
龍太郎の兄貴は水をゴクゴクと飲み干した。
「くぅぅ~、一汗かくと爽快だぜ! 迷宮とか言ってビビってたけど、完全にジムだよな、ジム!」
「はは、それでも油断は禁物だよ」
そんな二人を、憧れの眼差しで見つめる女子たち!
「ねぇ、さっきの光輝くん見た? 剣さばきがマジで芸術的じゃなかった?」
「そうそう! 汗を流してる姿もセクシーだよねぇ~」
……これ、完全に遠足の雰囲気だぜ。
メルド団長はこの空気が全く気に入らないようだ。
「お前ら! 緊張を解くな! まだ10階にも達してないんだぞ!」
「えー、団長。固いこと言わないでくださいよ~」
「俺たち、もうレベル3も上がったんですよ!」
このガキども、気が抜けやがって……。
団長のため息が深まる中、隅っこでハジメは壁をガリガリと削っていた。
「うおぉ……これ、『蛍光石』か? 異世界にはいろんな石があるもんだ。やっぱり図鑑を読み込んでおいて正解だったぜ」
「ねぇハジメ、何してるの? お弁当食べないの?」
絶好のタイミングで食事を運んでくる香織。……正妻の鑑(かがみ)だな。
ハジメはこれ見よがしに光る小石を差し出した。
「お、香織。これ見てくれよ。この石、魔力を込めると光るんだぜ? ランタン代わりに使えるな」
「ぷふふっ。こんな時まで……バカね。あなた、本当に石の変態なんだから」
「何だよ。石は嘘をつかないからな。裏切りもしないし、黙ってその場を守り続ける。なんて信頼できる奴らなんだ」
その言葉に、香織は思わず頷いてしまった。
頬を赤らめる香織ww
「……そうね。まるでハジメみたい」
「あ? 俺が石頭(いしあたま)だってか?」
「違うわよ! そういう意味じゃなくて……もう、あなたは本当にバカね」
全くだぜ。なんでそんなに鈍感なんだよ。
そんな彼に、香織の背負い投げ……ではなく「背中スマッシュ」が飛ぶ。
「うわっ、急に何だよ! 石が欲しいならやるよ!」
「黙れバカ! お前は叩かれて当然なのよ!」
……まあ、和気藹々(?)とした二人だぜ。
だが、その様子を蛇のような目で見つめる視線があった。
ベキッ。
檜山が手に持っていたパンを握りつぶした。
「……殺してやる」
「ヒ、ヒヤマ?」
モヒカンの近藤(こんどう)がビビっている間にも、パン屑がパラパラと落ちていく。
「あの野郎……よくも香織と……分不相応なんだよ……!」
ガリッ、ボキッ、ギシッ。
彼の今後の歯科治療費が増えていく音が聞こえるぜ。
(笑ってろ。テメェごときが、勇者パーティのアイドルと親しげにするんじゃねぇ。ただの石オタクの分際で……俺の足元に転がってる石ころと同じなんだよ……!)
ひとしきり震えていた彼は、近藤に告げた。
「おい、近藤」
「え?」
「後で乱戦になったら……分かってるな?」
「ま……マジでやるのか?」
「今さら抜けるなんてなしだぞ?」
ヒヒヒッ。
悪魔のように歪む口元に、モヒカン近藤はブルリと身を震わせた。
地下10階――中ボス・ルーム。
不意に重くなる空気。
その前を、さらに重厚そうな門が遮っている。
「ここからが本番だ。10階の主、『ツインヘッド・オーガ』が出る」
「オーガ? 頭が二つあるのか?」
「ああ。力はもちろん、魔法まで使う。前衛は防御に集中し、魔法使いが火力を注ぎ込め」
その言葉に光輝が覚悟を決める。
「分かりました。僕がヘイトを稼ぎます!」
ギィィィィィィ――。
開かれる重厚な鉄の門。
グォォォォォォォ!!
そこには4メートルはある巨体。二つの頭を持つオーガが棍棒を持って立っていた。
「ひぇっ……デカい……」
近藤がビビった、その時だ。
「待て! 床を見ろ! 床を!!」
「何?」
「オーガの足元! あれは泥じゃない! 『底なし沼』のトラップだ! 突っ込んだら足を取られるぞ!」
……おい、なんで気づいたんだ、こいつ。
どんな観察眼だよ。
「何だと?! 全員、止まれ!!」
団長の叫びは遅かった。
龍太郎の兄貴は、すでに飛び出した後だったからだ。
「先手必勝! 食らえッ!!」
ベチャッ!
「え? 何だこれ?! 足が抜けない!!」
グォォォォォッ!
オーガが龍太郎を見てニヤリと笑い、棍棒を振り上げる。
「龍太郎!!」
「クソッ、龍太郎!!」
光輝と雫が駆けつけようとするが、距離がある。オーガの棍棒が叩きつけられる、その直前!
「この、スカポンタンがあぁぁ!!」
珍しくマジな目つきになったハジメが、懐から何かを取り出して投げた。
「食らえ! チャン돌(デカ石)手榴弾!!」
ドッゴォォォォン!!
爆発音とともに石の破片が四方に飛び散る。
オーガが目を覆ってよろめいた。
その瞬間を、光輝は見逃さなかった。
「今だ! 魔法使いチーム! 沼を干上がらせろ! 火炎系魔法、放て!!」
ファイヤーボルト!
ファイヤーボール!
雨のように降り注ぐ火炎魔法。
それが沼地に着弾し、一瞬にして水分を蒸発させる。
ガチガチに固まった地面。
「おっしゃぁ! 抜けたぜ! サンキュー南雲!!」
「はあぁぁぁぁ!! 聖光連斬!!」
光輝の剣が舞うと、オーガの二つの首が転がった。
ズゥゥゥゥン!!
巨体が倒れ、土煙が舞い上がる。
素早くその間を脱出した龍太郎!
兄貴、生きてたんだな!
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったぜ」
「南雲! すごいよ! どうやってあの短時間でトラップを見抜いたんだ?」
「言っただろ。石は嘘をつかないって。色が微妙に違ったんだよ。それに、腐った臭いもしてたしな」
……お前、カッコいいじゃねえか。
同じ気持ちなのか、雫も声をかけてきた。
「ありがとう、南雲くん。あなたのおかげで龍太郎が助かったわ」
「まあ、運搬係も飯を食う分くらいは働かないとな。それと龍太郎、頼むから少しは考えて動け。筋肉に脳細胞まで奪われたのか?」
「へへっ、わりぃわりぃ! でも勝っただろ!」
他の生徒たちも歓声を上げる。
「わぁぁぁ! オーガを倒したぞ!」
「10階のボスも一撃じゃん!」
「なぁ、ぶっちゃけ俺たち強すぎない? このまま20階まで直行できそうだな」
このバカども、また油断かよ。
生徒たちの勢いは天を突くほどだ。
だが、それが逆にメルド団長を不安にさせていることに、彼らは気づかなかった。
(順調すぎる……順調すぎて不気味だ。あの自惚れは、いつか毒になるというのに)
……廃人ゲーマーの諸君なら分かるはずだ。「ヌルゲー」なんて言葉が出た瞬間、ゲームのジャンルが変わることをな。