5 years later〜エピソードZA〜   作:nami73

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 新たなチャンピオンが起つ時、それは古きチャンピオンが横たわる時に他ならない。
 本編とはあまり関係ない外伝作となります。


外伝 チャンピオン

『カルネさんもすっかり女優業に専念ね』

 

 ポケモン歴2002年頃より巷で囁かれていた風説の真相としては至ってシンプルな話で、カロスリーグにおいて四天王戦からタイトルマッチまでの牙城を突き崩すような猛者が2000年代に入って以降とんと現れなかったからに過ぎない。コレに関しては元より見込みのあるカロス女子のいくらかはトライポカロンに流入していく文化性に加え、全国規模でトレーナーとしての進路において裾野が広がり続けていることの反動からリーグ挑戦者の量と質は低下の一途を辿っているのが理由であり、チャンピオンカルネ個人の責任とするのは筋が通らない話だろう。

 そんなカルネの元にタイトルマッチの話が舞い込んだこと自体がカロスの人々からすれば驚愕モノで、2012年の大晦日、ミアレスタジアムはカルネの久々の試合を目当てに満員御礼となっていた。

 

「お母様……」

 

 スタジアムのVIPルームからフィールドへの視線を感知し、入場するカルネは笑顔と共に右拳を作って向ける。

 その仕草は少女が幼き日の大冒険を共にしてくれたMZ団でしていたジェスチャーであり、少女も彼らと幾度となく拳を向け合い絆を深めたのを母に話したものだ。

 少女は、母が幼き日の思い出話を忘れずにいてくれたことに胸が暖かくなる。

 44歳の実年齢を悟らせぬ往年の純白コーディネートをバッチリと着こなし、これまた変わらぬ笑顔の中に見える寂しさを感じ取ってしまえるのは、VIPルームに通された黒髪の少女がカルネにとって血を分けた実の娘であるが故のシンパシーからだった。

 アンシャは、在りし日より確かに濃くなったほうれい線から母の年老いた悲しみを見た。

 

 

 

 人生とはままならぬものであるとカルネは常々思い、その流動を勤勉のもとに楽しみながら生きてきた。

 1978年のトレーナーデビューからトントン拍子にチャンピオンへと至る反面、役者としては鳴かず飛ばずの期間が続いた。

 特撮番組の主役をきっかけに役者として花開いたかと思えば、今度はチャンピオンとして新時代の台頭と、チャンピオン同士の死闘が待つ激動期を迎えることとなった。

 無敵のダンデを筆頭としたチャンピオン世代や最強のサトシ世代と張り合ってゆくという中で、カルネはカロスの若い資産家と良い仲になっていた。MSBCの末席に加えられたばかりの由緒正しい家柄ではない新進気鋭の青年の放つ柔らかい雰囲気が、カネと権力の匂いがキツイ世界に辟易するカルネの気風にマッチした。

 そんな2人の間に愛の結晶としてアンシャが産まれたのは1996年の秋だった。公私共に『同志』だと思っていたカルネが10歳も年下の彼氏をゲットし、ゴールインしていた事実を後から聞いたシンオウリーグチャンピオンシロナがヤケ酒キメて2日酔いで便器に顔突っ込んで吐瀉物を吐き戻していたのは、この話としてはどうでもいいことである。

 

『俺が言うのもなんだけど、カルネさんの本当の実力はあんなモンじゃあないぜ』

 

 1997年度のマスターズトーナメントでカルネを破ったダンデは後年インタビューにてこう語った。

 カルネが産後疲れを癒すことなく、育児休暇もろくに取らずに現場復帰したのは主に悪の組織フレア団の蠢動が原因であり、そのまま最前線にその身を置き続けた。

 結婚から出産までをごく一部の者以外に伝えることはせずトップシークレット扱いにしてもらい、カルネはチャンピオンとしても、女優としても変わることのない立ち振る舞いを見せた。その中でバトルの世界では勝ち負けを繰り返し、女優としての大役も絶えず果たし続けてきた。

 少なくともダンデが戦ったカルネとは産後疲れのダメージが体に残ったままであり、万全のものとは程遠いコンディションであったと言っていい。

 その辺りが理解できないダンデではないからこそ、1997年度のトーナメントセミファイナルの話を持ち出されるたびに力説するのだ。『その気になったカルネはもっと強い』と。

 アンシャを産み、母となったカルネの中には善き母としての理性が芽生えた。それは子を産んだ母であるならば普遍的な道理だろうが、おおよそ真剣勝負においては足枷となった。

 真剣勝負の世界とは飛び込んだ者たちの渦巻く思念、狂気を飼い慣らす者がその術を持たぬ者を喰らい尽くすのが摂理であり、そこにおいて子を想う理性を力と変えるのをカルネは拒んだ。

 それは、カルネに勝負の世界で生きてゆくことへの限界を人知れず悟らせていた。それでも彼女がチャンピオンとしての威光を決して翳らせることがなかったのは、ひとえに勤勉であったからに他ならない。

 

 

 

オオオオオッ!!

 

 やがて、フィールドと拍手の渦がカルネを呑み込んで行く。

 カロスリーグタイトルマッチ……命を燃やし、立ち上がったカルネの前に姿を見せた若き挑戦者の名は……ユリーカ。

 女性らしい美と戦士としての精悍さを程よく携えた瞳には、勝負の世界で生きてゆくための確かな狂気をほどよく飼い慣らしているのが見えた。

 カルネが拒んだ狂気を、ユリーカはモノにしていた。

 

 

 

『前半戦は挑戦者のド迫力ファイトが炸裂!! ガチゴラス同士のミラーマッチから始まりアマルルガ、ヌメルゴンと3連続KOで折り返し、後半戦、勢いを持った挑戦者のガチゴラスにチャンピオンカルネのルチャブル渾身のカンフー殺法炸裂!! しかし続けて出てきたデデンネにルチャブルが倒され5体目に姿を見せるはサーナイト!!』

 

 若き挑戦者のフレッシュなパワーが年老いた王者の鍛え抜いた技術をみるみるうちに突き崩してゆく。

 観客が圧倒されるカルネの姿に騒然とする中、アンシャからすれば試合の流れとして自然なものに思えた。

 10年前、プリズムタワー暴走事件の直後に密かに発生していた異次元空間の侵食騒ぎをMZ団とともに矢面に立ち、解決に導いたユリーカの強さをアンシャは知っていた。

 彼女が成長を続ければいつか母にも届き得ると確信していたからだ。

 

「ユリーカ、強くなってる……!」

 

 アンシャの付き添いでVIPルームから試合を観ながら呟くのは異次元ミアレ騒ぎからの付き合いであるシャラジムのジムリーダーコルニだ。

 快活な性格の彼女が小声にならざるをえないほどユリーカのパフォーマンスは圧倒的であった。

 

「あっ……!」

 

 言い切ってからコルニはしまった! と口元を抑えながらアンシャの顔色を窺うように視線を向ける。

 ポケモントレーナーとしての手ほどきをした師弟関係であるが、アンシャの持つ母譲りの雰囲気に年上ながら呑み込まれそうになるところのあるコルニだ。早い話が女性としてはだいぶ遅れをとっている自覚があった。

 

「大丈夫ですコルニ様。思っておられる通りです」

 

 アンシャはコルニに笑みを向ける。

 その笑みには、母が向けてきたものと同じ寂しさがあった。

 アンシャの母譲りの顔立ちに、コルニはカルネに待ち受ける運命を見届ける覚悟を見た。

 

「ピィ〜……?」

 

 アンシャの手は腰掛けた膝の上に鎮座するいたずらポケモンフーパの頭を優しく撫でる。

 10年来の付き合いであるパートナーも、分類にあるような悪戯を起こす気にはなれなかった。スタジアムを取り巻く雰囲気からおとなしくしてなければと思った。おイタをすれば大好きなアンシャのドーナツをお預けされてしまうからだ。

 ドーナツのお預けだけは、フーパは勘弁であった。

 

 

 

『サーナイト撃沈〜〜〜ッ!! チャンピオンカルネの象徴が、若い力の前にフィールドに沈んだーーーッ!!』

 

 デビューの日から苦楽を共にしてきた相棒が倒れ伏したのをカルネはボールへと戻す。

 残るラスト1体、握り込むボールを見て去来するのは、忙しい中で僅かな余暇をやりくりしながら娘とのスキンシップを重ねていた日のこと。寝る前にアンシャに読み聞かせをしていた記憶が蘇っていた。

 ホウエン地方に伝わる伝説をモチーフにした絵本の内容をアンシャが覚えていて、彼女なりの冒険の中で出会った仲間たちの協力のもとでこの手に渡ってきた1体は、母こそ最強で、最強のトレーナーには最強のポケモンが相応しいと心の底から信じ抜いた上で渡してくれたもの。

 故にカルネには見せる義務があった。最強の挑戦者を前に、アンシャが信じてくれた『最強のトレーナーと最強のポケモンの姿』を。

 

 カルネはジッと見つめていたボールに『お願いね』とひと言念じかけてから天高く放り投げる。

 

「きりゅりゅりゅりゅりゅしぃぃぃッッッ!!」

 

 エメラルドグリーンの巨竜が姿を見せて早々に虹色の繭に包まれ、帝に相応しき威容を露わとする。

 メガレックウザが担うカルネの演劇テーマはズバリ『神話』。天上世界の壮大なやり取りをバトルを通して表現するのだ。

 メガレックウザを最後の切り札としたカルネを前に、デデンネを引っ込めたユリーカは若い力のもとに右手を高々と掲げて号令をかける。

 生態系の守護者ではなく、秩序を司る存在でもなく、ただただユリーカの勝利のためだけにジガルデセルが集い、100%の姿を見せた。

 それだけではない。ジガルデもまた虹色の繭に包まれ、巨大な大砲を頭上に構える。

 メガジガルデとメガレックウザがフィールドにて対峙した。

 

 

 

 スタジアムはおろか、ミアレシティそのものを揺らす伝説のポケモン同士の死闘の終局として、自らを一本の矢としてメガレックウザは飛びかかる。

 捨て身の一撃を前にユリーカは冷静だった。

 メガジガルデは巨大な砲台を向け、主人の意思のもとに引き金を引いた。

 

バッヒュアアアアアアアッ!!!!

 

 『無に帰す光』が呑み込んでゆくのはレックウザだけではない。

 カルネの34年間のトレーナー人生、その中で培われ、積み上げられてきた全てが眩い光の中に溶けてゆく。

 やがて、光を叩き付けられ続けたレックウザは、その巨体を思わせぬほどに静かに倒れて落ちた。

 疲れて眠るように……。

 

ドワオオオオオオオ!!!!

 

 スタジアム中の歓声が新たなチャンピオンの誕生を讃え、これまでのチャンピオンの奮闘を労う。

 天を仰ぐカルネの頬に伝い、フィールドへ落ちた光る涙が語るのは、安堵だった。

 

 

 

「お母様」

 

 全てが終わり、アンシャはコルニに付き添ってもらいカルネの控え室を訪れた。

 試合を終え、ひとしきり取材陣への対応を済ませたカルネは控え室に置かれた簡素なパイプ椅子に腰掛けたまま、愛する娘の声に反応して変わらぬ柔和な顔を向ける。

 インナーとショートパンツは真冬でも汗にまみれ、試合早々に脱ぎ捨てた羽付きのジャケットはフィールドの土でドロドロに汚れている。

 カルネがチャンピオンであったのと併せて持ち合わせていた煌びやかな大女優としてのイメージからは遠くかけ離れた姿、コレにこそコルニは『戦う者の美』を見出した。このカルネを嗤う者がいるならば到底許せることではないと思うほどに。

 苦笑いを浮かべるカルネに、アンシャは駆け寄り強く抱き締めた。小さかった頃、僅かな時間を見つけては一緒に過ごしてくれた目の前の母のように。

 

「お母様……お帰りなさい」

 

 アンシャがそっと呟く。

 カルネの両腕がアンシャの背に回される。

 アンシャは、母の分もとめどなく泣いた。母の偉大さを受け止めた上でポケモントレーナーとしても、役者としてもその足跡をなぞる選択肢がどうしても取れなかった自分には、それしか母のためにできることはないと思えたからだ。

 アンシャにつられてコルニも、カルネのマネージャーのミナミも大粒の涙を流す。

 泣き出す者たちの頭上をフーパがオロオロしながら飛び回る中、カルネは穏やかな表情のまま瞑目し、ただただ愛する娘の背を優しく撫でる。

 カルネは改めて実感した。戦い終わった直後に芽生えた安堵の意味を。

 自分がいなくなった後もカロスリーグはユリーカを新チャンピオンとして盛り上がってゆくだろうということではない。

 これでただの女に、ただの母親に帰ることができることへの安堵であった。

 

『帰れるんだ……これで帰れるんだ……』

 

oh……

 

ライ ラ ライ

 

ライ ラ ライ……

 

 

 

 

 翌ポケモン歴2013年、カルネはタイトルマッチの敗戦を理由にポケモントレーナーとしての現役引退を表明。俳優業に専念することを世間に対し公表した。

 それは紛れもなくカロスリーグの新たな夜明けであった。

 

 




 『アンシャ』
 16歳。パティシエ志望。
 カロスの名チャンピオンであるカルネから深い愛情を受けて育った女の子。
 母が倒され、変わりゆく時代は娘の瞳にどう映ったのか……それは本人にしか分からない。

 今回のお話で本シリーズは完全に終了となります。ここまで読んで下さり本当にありがとうございました。
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