ジャン・キルシュタインが兵士をやめた日 作:an-ryuka
俺の周りは、やけに静かだった。
――これは、夢だ。
唐突にそう理解した。
兵舎でも訓練場でもない。壁の外でもない。
どこかの町の、日だまりの中。石畳がほんのり熱を持っていて、風がパンと砂糖の匂いを運んでくる。人の声は遠くで溶けて、耳に刺さらない。怖さも、焦りも、ここの空気には混じっていない。
俺は歩いている。
誰かと並んで。
横を見ると、ピアットがいた。
制服じゃない。薄い色の服。髪が肩に落ちて、頬が柔らかい光を拾っている。
あいつのいつものにやにやじゃない。勝ち誇った顔でも、からかいの顔でもない。
ただ、自然に笑ってる。そこにいるだけで空気が明るくなるみたいな。
……なんだよその笑い方。
「ねぇジャン、あれ食べたい」
指さしたのは、屋台の焼き菓子だ。砂糖の粉が舞って、香りがふわっと立つ。
甘い匂いが鼻の奥をくすぐって、腹が勝手に鳴りそうになる。
「……またかよ。さっきも食っただろ」
「別腹だもん」
「都合のいい腹だな」
文句を言うと、ピアットは肩をすくめて、からかうみたいに俺の肘をつつく。
「買ってくれないの?」
「なんで俺が」
「え、だって、ジャンだし」
意味が分からない。
分からないのに、腹が立たない。
むしろ、その意味不明がいつものことみたいに馴染んでいて、俺は溜息を落としながら財布を出している。
「ほらよ。落とすなよ」
「わーい」
受け取ったピアットは、すぐにかぶりつかない。
ちぎって、俺の口元へ寄せる。
「はい、あーん」
「はぁ? やめろ、ガキじゃねぇ」
「ガキじゃないなら食べられるよね?」
「理屈が逆だろ」
言い合いながら、俺は口を開けてしまう。
甘い。温かい。柔らかい。
それを見たピアットが満足そうに笑って、俺の肩へ頬を寄せる。
距離が、近い。
近いのに、兵舎みたいな鬱陶しさがない。押し付けられる感じもない。
ただ隣にいるのが当然で、これ以上離れる理由がないみたいな……。
「ね、ジャン。歩こ」
「歩いてんだろ」
「もっと。ずっと」
ずっと。
いつもの俺なら「バカ言うな」って返す。吐き捨てる。笑って冗談にする。
なのに、返せない。言葉が喉に引っかかる。
ピアットが俺を見上げる。
その目には挑発がない。駆け引きがない。冗談の逃げ道がない。
ただ、俺の顔を見て、俺がいることを嬉しそうにしている。
それが、怖いくらい心地いい。
俺の手が勝手に動く。
彼女の頭に触れて、
やめろ、と思う前に、もう撫でていた。
ピアットは目を細める。
喉を鳴らしそうな、甘い顔。
「……なにそれ。優しいじゃん」
「うるせぇ」
「へへ」
笑い声。
俺も笑っている。
自分の喉から、こんなに柔らかい音が出るのかって、夢の中の俺が一瞬だけ驚いて、それでも笑い続ける。
恋人みたいだ、と思った。
いや、恋人そのものだろ、これは。
その認識が浮かんだ瞬間――胸の奥が、熱くなって、怖くなって、
⸻
「……っ!」
目が開いた。
天井。兵舎の、汚れた木の板。暗い。
呼吸の音がいくつも重なっている。汗と布団の匂い。どこかで誰かが寝返りを打って、ギシ、と床が鳴る。
心臓が、うるさい。
喉が乾いて、舌が張り付く。
息を吸ったのに足りない。
(……は?)
起き上がろうとして、途中で止まる。
動いたら何かが崩れそうで、布団の中で固まる。
夢。夢だ。寝ぼけてるだけだ。
そう言い聞かせても、胸の奥がまだ温かい。
甘い匂いが、鼻の奥に残ってる気がする。
あいつの笑い声が、耳の奥でまだ鳴ってる。
(……なんだ今の)
俺が好きなのはミカサだろ。
強い。綺麗だ。目を奪われる。見惚れる。憧れる。
そのはずだ。
じゃあ、今の夢の幸福感は何だ。
(……俺、あいつとあんな風に……?)
あいつがピアットのことだと認めた瞬間、また心臓が跳ねる。
違う。違うだろ。夢だ。
俺が好きなのはミカサで、ピアットは――
(……うるせぇ)
うるさい。距離が近い。からかってくる。勝手に触る。
俺の反応を楽しんでる。俺をおもちゃみたいに扱う。
そのはずなのに。
――好きだよ、ジャン。
(……今の俺、あいつのこと好きだったのか?)
夢の中の俺は自然だった。
無理してない。強がってない。
あいつが隣にいるのを当たり前にして、笑って、手で撫でて――
(……は? 俺が?)
混乱が頭の中で回転する。
俺がピアットを撫でるって構図がまずおかしい。
撫でられる側だろ、俺は。いや、何言ってんだ俺。
目を閉じる。
閉じても、夢の光景が浮かぶ。
浮かんで、勝手に胸が熱くなる。
(……やめろ)
布団を頭まで引っ張り上げて、暗闇に逃げ込む。
寝直そうとする。
でも目は冴えて、脳だけがやたら働く。
幸せだったって感想が、最悪だ。
それを認めた瞬間、何かが決まってしまいそうで怖い。
(……夢だろ。今は別に。別に、だ)
別に。別に。別に。
言い聞かせても、心臓は落ち着かなかった。
⸻
朝の訓練場は寒い。
整列。点呼。走り込み。
身体は勝手に動く。いつも通りだ。
なのに、視界の端が落ち着かない。
(いるか?)
いるに決まってる。訓練兵団だ。逃げ場なんてない。
なのに俺は、わざわざ探してしまう。
探すな。探すな、クソ。
――いた。
女列の方で、アニの隣に立っている。
髪をまとめて、制服の襟を直している。いつもみたいにへらへらしてない。朝だからか、眠いのか。表情が少しだけ素のままで、妙に落ち着いて見えた。
(……こんな顔、してたか)
可愛いが浮かびかけて、俺は自分の思考を殴る。
(は?)
何が可愛いだ。
あいつは面倒くさい。生意気で、距離感がバグってて、俺の神経を逆撫でして――
ピアットがこっちを見た。
目が合う。
たぶん、合っただけだ。
いつもなら俺はすぐ逸らす。逸らして「見てねぇ」って顔をする。
なのに今日は、逸らせない。
夢の中のあいつの目と、今のあいつの目が、繋がってしまった。
息が止まる。
身体が固まる。
頭が真っ白になって、次に来るのが焦りだ。
(やべ)
俺が固まったのを、ピアットは不思議そうに首を傾げた。
それから、いつもの調子で小走りに近づいてくる。
「おーい、ジャン」
近い。
声が近い。
距離が近い。
「ねぇ、どうしたの? 顔、変だよ」
指先で俺の肘あたりをつんつん突く。
いつもなら「触るな」って振り払う。
今日は――振り払うのが遅れる。
指先の感触が、夢の中の肘をつつかれた感触と繋がった気がして、背筋がぞわっとする。
(やめろ、やめろ、やめろ)
俺はようやく動いて、一歩後ろへ下がる。
逃げたみたいだ。最悪だ。
「……別に」
「別にって何。寝不足?」
「……寝不足だ」
ピアットが眉を上げる。
「え、珍し」
「うるせぇな……」
声が引きつる。
自分で分かる。今日は声が違う。
いつもの俺の声じゃない。余計に焦る。
ピアットの表情が、少しだけ真面目になる。
からかいが引っ込む。
「大丈夫? 熱ある?」
「ねぇよ」
「ほんと?」
「ほんとだ」
彼女が俺の額に手を伸ばしかけて、途中で止まる。
――俺が、ビクッと反応したから。
最悪だ。なんでこんな女に、ビクつかなきゃならねぇんだよ。
ピアットは口を尖らせて、俺の顔を覗き込んでくる。
覗き込む距離が、夢の距離と重なって――
(やめろ!!)
俺は視線を逸らしてしまう。
逸らして、やっと息ができる。
ピアットは「えー?」って顔で少しだけ俺を観察したあと、埒が明かないと判断したらしい。
ふっと視線を外して、周りを見回す。
その目が、マルコを見つける。
ピアットがマルコの方へ歩き出す。
「マルコー!」
(……あ?)
胸が、理由もなくざわつく。
少し先でマルコとピアットが話している。
ピアットが何か言って、マルコが困ったような顔をした。
(やめろ)
何を言う気だ。
なんでマルコに相談するんだよ。俺に聞けよ。
いや、聞かれても困るが。
(クソ)
足が勝手に動く。
気づいたら二人の輪に割り込む距離まで詰めていた。
「……何話してんだよ」
「あ、ジャン」
マルコが柔らかく笑う。
「だって……ジャン、今日様子変だもん」
「変じゃねぇ」
ピアットがじとっと見つめてくる。
「変だし〜。
いつもなら『触るな』って言うのに、さっき言わなかったし」
「……言うタイミング逃しただけだ」
マルコが気まずそうに視線を泳がせる。
ピアットは俺を見る。
真面目で、無防備で、夢の中の目と同じで――
(やめろ)
咄嗟に、別の方向へ逃げる。
「お前こそ……らしくねぇな」
「え?」
「心配とか。いつもは俺に絡んで遊んでるくせに、急に真面目になって……」
言ってから、何を言ってんだ俺、と思う。
でも止まらない。舌が勝手に進む。みっともない。
「……マルコに鞍替えか?」
言った瞬間、空気が一瞬止まる。
マルコが「え、ええ?」って小さく声を漏らして固まる。
ピアットは一拍おいて、マルコと目を合わせた。
その目が、会話してる。
声じゃない会話。
「ジャンどうしたの?」
「さぁ……?」
それに、カッとする。
(なんだよそれ!)
二人が俺を外側にして同じものを見てる感じが、意味もなく腹立つ。
俺が勝手に割り込んだくせに、その輪に馴染めないのが癪だ。
「……うるせぇ」
低く吐いて、俺はマルコの腕を掴んだ。
強く掴むつもりはなかった。
なのに指先が妙に力んでしまう。
「行くぞ、マルコ」
「え、ちょっと、ジャン?」
マルコが慌てる。ピアットも「え?」って声を出す。
「待って、どこ行くの」
「訓練だよ!ぼーっとしてる暇ねぇだろ」
「ジャンがぼーっとしてるんだけど!」
ピアットが言いかけたのを、俺は睨む。
睨んだつもりなのに、たぶん顔は赤い。
自覚がある。最悪だ。
ピアットは口を閉じる。
その閉じ方が、優しく見えた。
追わない。追い詰めない。こいつはそういう時がある。
それが余計に、胸の中の何かを揺らす。
揺らすな。落ち着け。俺。
俺はマルコを引っ張って歩き出す。
背中にピアットの視線が刺さる。
刺さるのに、振り返れない。
マルコが小声で言う。
「ジャン、えっと……ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だ」
「……心配してただけだと思うよ」
「分かってる」
「分かってるなら、なんであんな言い方……」
答えない。
答えたら、夢の話をする羽目になる。
言えるわけがない。
歩幅を早める。
床板が軋む。冷たい空気が頬に当たる。
(……俺が悪いのか?)
違う。夢が悪い。
夢を見た俺が悪い。
いや、俺が悪いってことじゃねぇか。
(クソ)
「ジャン、ちょっと待って、手、痛い……」
「あ、悪い」
ようやく掴む力を緩める。
マルコが苦笑して腕をさすりながら、俺の横を歩く。
「ねぇ、ほんとに何でもないの?」
「何でもねぇ」
マルコは慎重に言葉を選ぶみたいに、少し間を置いてから続ける。
「彼女が僕に聞きに来たの、たぶん、ジャンがいつもと違うからだよ。からかうためじゃなくて」
「……」
「それって、結構……ジャンが望んでた関わり方なんじゃないの?」
その言葉が、夢の幸せを呼び起こす。
甘い匂い。日だまり。肩に寄った頬。
俺が笑ってた感覚。
唇を噛む。苦い。
(やめろ)
遠くで号令が響く。
訓練が始まる。始まってくれ。
身体を動かして、余計なことを考えないで済む時間が欲しい。
俺は前だけを見る。
背中の方から、ピアットの明るい声が遠くで聞こえた気がした。
アニを呼ぶ声。いつものように誤魔化す声。
目で追いかけたくなる衝動を、奥で押しつぶした。
⸻
昼の休憩。木陰に座り込んだ訓練兵たちが、水筒を回しながらだらだら喋っている。
ジャンは、そこに混ざりながらも、どこか落ち着かない。
視線が勝手に探してしまう。
探すな、と言い聞かせても、目は裏切る。
ピアットは――いた。
少し離れた場所。アニの近く。アニが「近い」と言いそうな距離で、ギリギリ言わせない距離を保っている。
ピアットは、いつも通りだ。けろっとした笑い。軽い身振り。
(……いつも通り、かよ)
そのいつも通りが、今日はやけに眩しい。
眩しいくせに、目が離せない。
そして当然、来る。
「ジャ〜ン」
背中側から、声。
すぐ横まで滑り込む気配。肩に、ちょん、と体重が乗る。
「……っ」
ジャンは反射で肩を強張らせた。
でも、押し返すのが遅れた。
昨日からずっと、こういう「遅れ」が増えてる。
ピアットはそれを気にした様子もなく、勝手にジャンの腕にひっかけるみたいに手を乗せて、顔を覗き込んだ。
「まだ変な顔してる〜。寝不足治った?」
「治ってねぇ」
「ふ〜ん?」
からかう声。すぐ離れる、いつものパターン。
そう思ったのに、今日は離れない。ほんの半拍だけ、長い。
ジャンは喉の奥で「触るな」の言葉を飲み込む。
出したら出したで、昨日の自分の告白まがいが浮かぶからだ。
「……お前、今日はやけに絡むな」
「え〜?いつもじゃん」
「いつもより……近い」
「減るもんじゃないし〜」
「減る。……俺の寿命が」
「私がいればきっと伸びるよ♡」
言いながら、ピアットはあっさり離れた。
離れてから、ちょっとだけニヤッとする。勝った顔。
ジャンの中で、何かがチリッと焦げる。
(……くそ、何だこの感じ)
その瞬間、コニーが大声で話題をぶん投げた。
「なぁなぁ!お前ら卒業したらどこ志望だ?やっぱ憲兵団?」
サシャが即乗る。
「憲兵団!おいしいものがたくさんありそうです!」
「お前は食い物以外にねぇのかよ」と誰か突っ込み、周りが笑う。
ライナーが肩をすくめる。
「俺は……まあ、色々だな」
その色々の重さに、ベルトルトが目を伏せる。
マルコは空気を読んで、話題を明るく戻すみたいに言う。
「でも、みんな考えるよね。命かかってるから」
その言葉で、笑いがちょっとだけ薄くなる。
命は冗談じゃない。壁の外に出るってのは、そういうことだ。
ジャンは、そこでふと気づいた。
ピアットの志望。――聞いたことがない。
あいつは誰にでも絡むけど、自分の芯の話は、いつも煙に巻く。
(……聞いたこと、ねぇな)
ジャンは、わざと普通の口調で振った。
余計な温度を入れないように、なるべく何でもない話として。
「お前も、やっぱ憲兵団か?」
ピアットが、ぴた、と止まった。
笑いが一瞬止まる。瞬きが一回だけ遅れる。
その沈黙が、逆にうるさい。
それからピアットは、口角だけを上げた。
意味深に。
笑って。
「……調査兵団♡」
ハートまで付けて言った。
わざとらしく、甘ったるく。
ジャンの顔が固まるのが、自分でも分かった。
凍る、というより、頭の中で何かが引っかかる。
周りの空気も一瞬固まった。
コニーが言葉を出す。
「はぁ!?マジかよ!?エレン以外にもいるのかよ」
サシャがパンを持ったまま固まる。
「調査兵団……」
アニは、遠くから「……バカじゃないの」って言いたそうな顔をして、すぐに目を逸らした。
ジャンだけが、遅れて言葉を拾う。
「……冗談だよな?」
半笑い。自分の声が引きつってるのが分かる。
笑って否定してほしい。そうすれば全部「いつもの冗談」で終わる。
ピアットは肩をすくめた。
「さぁ?」
誤魔化す。逃げる。
でも目は笑ってる。楽しそうに。
「訳わかんねぇ……」
ジャンが頭を抱えると、ピアットはそれを眺めて、ほんのり微笑んだ。
嬉しそうに。まるで、その顔が見たかったとでも言うように。
それが、ジャンの神経を逆撫でして、同時に胸の奥を変に熱くする。
ジャンは顔を上げて、言葉をぶつけた。
ぶつけることで、自分を保とうとするみたいに。
「お前も……死に急ぎ野郎と一緒かよ」
エレンが「は?」って顔をする前に、ジャンは続けた。
「……なんで自分からそんな危ないとこ行こうとすんだよ。ありえねぇだろ!あそこは、死にに行くようなもんだぞ!」
声が強くなる。強くなるほど、心配が透ける。
それが恥ずかしくて、余計に語気が荒くなる。
ピアットは、きょとん、とした。
怒鳴られても、怯えた顔をしない。
怒りを返すでもない。
ただ、顔を覗き込むみたいに首を傾げて、軽く笑った。
「……心配してくれるんだ?」
その言い方が、ずるい。
柔らかいのに、針が混じってる。
「私のこと好きだから?」
ピアットが一歩近づく。
ジャンの視界が、ピアットの顔で埋まる。
からかいのはずの言葉が、今日はやけに真ん中に刺さる。
ジャンは頭を抱えたまま、顔を伏せた。
逃げるみたいに。隠れるみたいに。
それでも、口が勝手に動いた。
「……そうだって言ったら、どうすんだよ」
小声だった。
誰にも聞こえないと思ったのに、ピアットにはちゃんと届いた。
ピアットが、固まった。
言葉が聞こえてこなかった。
いつもなら、ここで「やだ〜ジャンかわい〜♡」とか言って逃げるところだろ。
返事がないのが怖くなって、恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは、顔を赤くして手で隠してるピアット。
目も俺から逸らしてる。
――マジかよ、って思った。
からかいはねぇのか。今のは。
俺の小声、効いたのか?
ジャンは、間抜けみたいに見つめてしまった。
見つめて、口が勝手に言う。
「……なんで顔赤くしてんだよ」
自分も赤くなってるのに、気づかないふりをした。
ピアットは、顔を背けた。目を合わせない。逃げる。
「いや、だって……」
「だっても、何もねぇんだよ」
ジャンは呆然とした。
自分が何を言ってるのかもよく分からない。
ピアットが赤い。
……周りが静かだ。静かすぎる。
コニーが「お、おい……」って言いかけて、サシャに口を塞がれる。
マルコは気まずそうに目を伏せる。
エレンは「うわ……」みたいな顔で引く。ミカサの目が一瞬だけ鋭くなる。
アニだけは、「……くだらない」みたいに目を細めてるくせに、視線はちゃんと離さない。
その視線の圧に耐えられなくなったみたいに、ピアットは一歩下がり――
「……っ」
そのまま、逃げ出した。
軽い足音。いつもみたいに軽いのに、今日はやけに切羽詰まって聞こえた。
ジャンは反射で手を伸ばした。
止めるつもりだった。
でも、伸ばしただけで止めなかった。指先が空を掴んで終わる。
(……俺、何やってんだ)
周りがざわつく。
「え、今の告白?」コニーが小声で言う。
「シッ!コニー!」サシャが噛み殺した声で叩く。
マルコは「……ジャン……」って困った顔。
エレンは「お前ら、何してんだよ……」って呆れ半分、興味半分。
ジャンは頭を抱えたまま、立ち上がることもできなかった。