アラスター、幻想入りする   作:まったり愛好家

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動くと撃つ!間違えた。撃つと動くだ。今すぐ動く!

いつ見ても訳わかんねえな。


第十一話 普通の魔法使い

「動くと撃つ!」

 

 鋭く張り詰めた声が、背後から突き刺さるように響いた。

 その声は若い。少なくとも私がこれまでこの館で耳にした、妖精や悪魔、あるいは魔法使いのそれとは明らかに違う、張りのある人間じみた声質だった。

 年の頃は十五前後だろう――もっとも、それが本当に人間であれば、の話だが。

 

 私はその声に対して、振り向くこともしなかった。

 影も触手も動かさず、ただ静かに、目の前で床に座り込んでいるパチュリーへ視線を向ける。

 

 爆発の余波で乱れた長い紫の髪が、床に流れるように広がっている。

 焦げた匂いの中で、彼女の魔力はまだ微弱に揺らめいていたが、先ほどまでの鋭さは失われていた。

 

「私の背後に立っている方……お知り合いですか?」

 

 あくまで平静を装い、私は問いかける。

 声色は軽く、緊張を含ませないように意識していた。

 

「いいえ」

 

 パチュリーは即答した。

 こちらを見上げる紫の瞳に、戸惑いはあっても見覚えの色はない。

 

「見たこともないわ。多分、あなたと同じく侵入者ね」

 

 なるほど、と私は内心で頷く。

 この図書館に、第三者が入り込んでくる可能性は否定できなかった。

 霊夢が外で派手にやり合っている以上、別の侵入者が紛れ込む余地はいくらでもある。

 

「ふむ、なるほど」

 

 私は短くそう呟くと、今度は背後に向けて声を投げた。

 

「私の後ろにいる方。なぜ私を攻撃しようとしているのか、その理由を教えてもらえますか?」

 

 語尾に、わざと少しだけおどけた響きを混ぜる。

 相手の反応を見るためだ。

 敵意を煽るよりも、まずは情報を引き出す方が得策だった。

 

「理由?」

 

 背後の声は、少しだけ間を置いてから返ってきた。

 その間に、わずかに魔力が揺れるのを感じる。照準を合わせ直したのだろう。

 

「図書館に侵入するなり、奥ででかい爆発があったもんで、見に来てみたらお前らがいた」

 

 淡々と、しかし妙に率直な口調だった。

 

「何が何だかわからなかったから、とりあえず悪そうなお前の背後を取った。そんなとこだ」

 

 悪びれる様子はまるでない。

 むしろ、当然の判断をしただけだと言わんばかりだった。

 

「……では」

 

 私は小さく息を吐き、続けて問いかける。

 

「なぜここにいるんですか?好奇心ですか?それとも異変解決のためですか?」

 

 背後から感じる圧力は、依然としてこちらを縛っている。

 引き金にかけられた指の存在が、空気越しに伝わってくるようだった。

 

「どっちもだな」

 

 少女は即答した。

 

「異変を解決しようと、怪しい館に入って色々見て回ってたら、でっかい図書館があったもんで入ってきたんだ」

 

 あまりにも素直な動機だった。

 私は思わず、内心で苦笑する。

 

「なるほど……」

 

 私は頷き、声の調子を少しだけ柔らかくする。

 

「では、私たちが敵対する理由はありませんね。私もあなたと同じく、異変を解決するためにここにいるのです」

 

 言葉は、驚くほど自然に口をついて出た。

 嘘だが、必要な嘘だ。

 異変など、私にとっては正直どうでもいい。だが、面倒な戦闘を避けるための口実としては、これ以上ないほど都合が良い。

 

「そうだったか」

 

 背後の少女は、少し間を置いてから言った。

 

「なるほどな。そりゃ悪いことをした」

 

 その言葉と同時に、空気を締め付けていた圧が、すっと消えた。

 銃口――あるいはそれに類する何かが、こちらから外されたのだと直感する。

 

「動いていいぞ」

 

 私は、肩に入っていた力を抜いた。

 背中を刺していた視線の重みが消え、図書館の広大な空間が、ようやく本来の静けさを取り戻し始める。

 

 ゆっくりと振り返る。

 

 そこに立っていたのは、いかにも「魔女」といった風体の少女だった。

 大きな白黒の魔女帽子が、少しだけ傾いて頭に乗っている。

 服装も白と黒を基調とした、どこかメイド服を思わせるデザインで、動きやすさを重視した実用的な造りに見えた。

 

 手には、彼女の身長ほどもある大きな箒。

 床に軽く突き立てるように持っており、それが単なる移動手段以上のものであることは明らかだった。

 

 髪も目も鮮やかな黄色。

 髪は肩口で切り揃えられ、無造作だが不思議と整っている。

 

「いやー、すまんな」

 

 少女は、にかっと笑い、両手を合わせて軽く頭を下げた。

 

「いかにも悪そうな雰囲気を出してたから、ついな……」

 

 その笑顔には警戒心よりも快活さが勝っている。

 だが、先ほどまで向けられていた殺気を思えば、この少女が油断ならない存在であることは疑いようがなかった。

 

「いえいえ、構いませんよ」

 

 私は同じように、柔らかな口調で応じる。

 

「それよりも」

 

 視線で、彼女の箒と立ち姿を一通り確かめながら、続ける。

 

「異変解決をしているということですが……お強いんですか?」

 

 私は、値踏みするように少女を見つめた。

 

「ああ、そこらの妖怪じゃあ、私の足元にも及ばないぜ!」

 

 少女はそう言うと、両腕を曲げて力瘤を作るような仕草をしてみせた。

 冗談めいてはいるが、その動きに迷いはなく、長年戦いを潜り抜けてきた者特有の軽さがある。

 箒を片手で扱う様子からも、単なる虚勢ではないことは明らかだった。

 

「そう言うお前は?」

 

 少女は視線を私から外し、図書館の床に座り込んでいる紫の魔法使いへと向ける。

 

「その紫の魔法使いに勝ったみたいだが……強いのか?」

 

 その問いは探るようでありながら、どこか無邪気でもあった。

 敵意よりも、純粋な興味が勝っている。

 

「どうでしょうね」

 

 私は曖昧に笑い、肩をすくめる。

 

「私自身、ここのパワーバランスについてよく分かっていないので、なんとも言えませんよ」

 

 それは半分は本音で、半分は誤魔化しだった。

 幻想郷という土地の力関係は、まだ私には把握しきれていない。

 不用意な評価は、後々厄介な誤解を招く。

 

「ふーん?」

 

 少女は納得したのか、あるいは深く考えるのをやめたのか、短く相槌を打つ。

 

「まあいいか。それじゃあ、聞きたいことも聞けたし、そろそろ私は行くぜ」

 

 そう言って、少女は箒を軽く地面に突き、ひょいと跨る。

 足先が床から離れた瞬間、ふわりと空気が揺れ、彼女の体は自然に宙へ浮かび上がった。

 

「もっと奥へ行くから、ついてきたかったら一緒に来てもいいぜ?」

 

 誘いの言葉ではあるが、強制する気はまるでない。

 彼女はすでに、次の目的へと意識を向けていた。

 

「遠慮しておきます」

 

 私は即座に首を横に振り、軽く手を振る。

 

「私はそろそろ帰らせてもらいますので。気にせず行ってください」

 

 戦闘の余韻がまだ空間に漂っている。

 これ以上ここに留まる理由はなかった。

 

「んじゃあ、またどこかで会おうぜ」

 

 少女はそう言い残し、くるりと方向を変える。

 箒が空を切り、次の瞬間には本棚の向こうへと消えていった。

 

 残されたのは、破壊の痕跡と、静寂を取り戻しつつある大図書館だけだった。

 

「……今の方も、魔女ですかね?」

 

 私は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。

 問いかけるようでいて、答えを期待していない独り言だった。

 

「今のは、魔法使いよ」

 

 横から、気だるそうな声が返ってくる。

 

 視線を向けると、パチュリーがゆっくりと立ち上がっていた。

 焼け焦げていた両手は、淡い魔力の光に包まれ、すでに大部分が治癒している。

 さすがは一流の魔法使い、といったところだ。

 

「魔法使い?魔女ではなかったんですか?」

 

 私は素直な疑問を口にした。

 

「ええ。私たち魔女特有の、捨食の魔法を感じなかったわ」

 

 パチュリーは淡々と答える。

 その声音には、説明することへの興味のなさと、当然の知識を語る余裕が滲んでいた。

 

 ――幻想郷において、魔女と魔法使いは同義ではない。

 魔女とは、単に魔法を使う女性を指す言葉ではなく、一つの“種族”だ。

 生まれつき魔女である者もいれば、後天的に魔女へと至った者もいる。

 

 魔女は捨虫の魔法、捨食の魔法と呼ばれる特殊な術を身につける。

 老いを極端に遅らせ、食事や睡眠すら不要とする、まさに人間の枠を超える魔法だ。

 

 一方で魔法使いとは、単に魔法を扱う存在の総称に過ぎない。

 人間も妖怪も、その区別はない。

 

「今時、魔法使いなんて珍しいですね」

 

 私は首を横に振り、少し呆れたように言う。

 

「さっさと捨虫の魔法だけでも習得すればいいものを……」

 

「あら?」

 

 パチュリーは片眉を上げた。

 

「知らないの?幻想郷では、人間が人外になっちゃダメなのよ」

 

 淡々と、だがどこか皮肉を込めた声音。

 

「魔女も人外だから、魔法使いが魔女になったら、博麗の巫女に殺されるわよ」

 

 その言葉は、冗談とも本気ともつかない軽さで放たれた。

 だが、そこに含まれる意味は重い。

 

「それは怖いですね」

 

 私は芝居がかった笑顔を浮かべる。

 

「私も用心しなくては」

 

 パチュリーは肩をすくめ、もう興味を失ったかのように視線を外した。

 体はすでに問題なく動くようで、魔力の流れも安定している。

 

「さて」

 

 私は一歩下がり、マイクを手の中でくるりと回す。

 

「ここにいる意味も無くなったことですし……失礼しますね」

 

 影が、足元から静かに広がる。

 次の瞬間、私の体はその影に溶け込むように沈み込み、視界から消えた。

 

 ――そして。

 

 赤い門。

 高くそびえる壁。

 かつて赤毛の門番が立っていた、その場所。

 

 私は、何事もなかったかのように、そこに立っていた。

 

「あれ? もう帰ってきたのかい?」

 

 不意に投げかけられた声に、私はそちらへ視線を向けた。

 門の脇、赤い壁を背にして立っていたのは、赤毛の門番だった。

 

「ええ、もう帰ってきました」

 

 私は軽く頷きながら答える。

 

「目的は済みましたので。あとはゆっくりと、霊夢が帰ってくるのを待つだけですよ」

 

 そう言いながら、私は足元に影を落とす。

 影は地面に染み出すように広がり、やがて輪郭を持ち、形を成していく。

 黒い影が折り重なり、厚みを得て、背もたれ付きの簡素な椅子へと変わる。

 私はそこへ腰を下ろし、深く体重を預けた。

 

 硬い地面に直接座るより、はるかに快適だ。

 戦闘後の余韻が、ようやく体から抜け始めるのを感じる。

 

「お前さんの用事ってなんだい?」

 

 門番は、私の隣まで歩み寄り、腕を組んだ。

 

「お嬢様をとっちめることかい?」

 

 その言葉には探るような響きがあったが、敵意はない。

 むしろ、純粋な好奇心に近い。

 

「いえいえ」

 

 私は苦笑し、首を横に振る。

 

「この屋敷の主人を倒すのは、博麗の巫女――霊夢の役目ですから」

 

 椅子に座ったまま、空を仰ぐ。

 赤い壁と青空の境界が、やけにくっきりと見えた。

 

「私は、自分の力を再認識するとともに……弾幕ごっこのコツを掴みに行っただけですよ」

 

 特に隠す理由もない。

 門番と敵対する意志は、こちらには微塵もなかった。

 

「へえ?」

 

 門番は短く声を漏らす。

 

「誰と戦ったんだい?」

 

「パチュリーという者ですね」

 

 その名を口にした瞬間、門番の表情がわずかに変わった。

 

「ああ、パチュリー様か」

 

 納得したように頷く。

 

「強かっただろー? その様子じゃ、勝ったみたいだけど」

 

 視線が、私の全身を一度なぞる。

 服に大きな破れはないが、魔力の残滓は隠しきれていない。

 

「ええ」

 

 私はマイクを指先でくるくると回しながら答える。

 

「苦労はしましたが……存外、苦戦はしませんでしたね」

 

 事実だ。

 彼女は間違いなく強敵だったが、命を懸けるほどの戦いではなかった。

 

「ふーん……」

 

 門番は曖昧に相槌を打つと、大きく伸びをした。

 関節が鳴る音が、静かな門前に響く。

 

「さてと」

 

 門番は踵を返す。

 

「私は屋敷に行くよ。お嬢様方、まだ戦ってるみたいだしね」

 

 その背中には、迷いがない。

 

「加勢しないと」

 

 そう言い残し、門番は赤い門をくぐって屋敷の中へと消えていった。

 扉の向こうから、再び戦闘の気配がわずかに伝わってくる。

 

「……」

 

 私は、門番が完全に見えなくなるまで、その方向を眺めていた。

 

「私が出てくるのを……待っていたんでしょうか?」

 

 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。

 

「霊夢も私も屋敷にいたら、さすがに勝ち目がない」

 

 そう考えれば、辻褄は合う。

 私が館の外へ出るまで待ち、戦力が分散したところで動いた。

 判断としては、極めて合理的だ。

 

「……なるほど」

 

 私は小さく息を吐き、背もたれに身を預けた。

 

 霊夢が戻ってくるまで、まだ少し時間がある。

 私はそのまま、しばらくゆっくりとしていた。

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