アラスター、幻想入りする   作:まったり愛好家

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第十四話 腹の探り合い

 

「あなたが私に会いにくるのが見えたの。だから会いにきた。それ以上でも以下でもない。言ってること、わかる?」

 

 少女は宙に浮いたまま、にやにやとした笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 その表情は無邪気とも挑発的とも取れるが、どちらにせよ相手を試す色が濃い。

 

 赤い目が、私を値踏みするように細められる。

 その視線を受けるだけで、空気がわずかに軋む。

 

(……見えた、だと)

 

 未来視か、千里眼か。

 あるいは、もっと曖昧で厄介な何かか。

 

 幻想郷という場所では、因果や時間の扱いが歪んでいる存在も珍しくない。

 だが、それをこんなにも当然のように口にするあたり、彼女にとっては特別な力ですらないのだろう。

 

 それでいて、この問いかけ。

 

 理解しているかどうかではなく、

 理解できる程度の存在かどうかを測っている。

 

(結局のところ……)

 

 私は内心で息を吐いた。

 

 面白そうだから会いに来た。

 理由としては、それで十分なのだろう。

 

 現に、この少女からは、こちらを警戒する様子がほとんど感じられない。

 敵意も、身構えもない。

 

 つい先ほど、霊夢と対峙していたはずなのに――

 その結果で自尊心が削がれた形跡が、どこにもない。

 

 自分を疑う気配が、毛ほどもない。

 

 未だ、自分を絶対的な強者として認識している。

 揺らぎがない。ひびもない。

 

(……結構なことだ)

 

 私は、表情を変えずに一歩前に出た。

 影が、私の足運びに合わせて床をなぞる。

 

「……まあ、いいでしょう」

 

 少しだけ声を低くする。

 

「私としても、会いに行く手間が省けました」

 

 余計な心理戦に付き合う気はない、という意思表示。

 

「それで?」

 

 マイクを握る手に、力を込める。

 

「あなたは、私に何を求めているのです?」

 

 少女は、即答しなかった。

 

 空中でくるりと体を回し、ドレスの裾を揺らしながら、わざとらしく考える素振りを見せる。

 その間も、赤い目は一瞬たりとも私から離れない。

 

「あなたが私に何を求めて来たか」

 

 そして、楽しそうに告げた。

 

「それが、私があなたに求めるもの」

 

 意地悪な笑み。

 答えになっていないようでいて、完全に的を射ている。

 

(……なるほど)

 

 私は、ほんのわずかに口角を上げた。

 

 完全に、おちょくられている。

 こちらがどう動くか、どう返すかを、最初から楽しんでいる。

 

 上下関係は、彼女の中では既に決まっているのだろう。

 こちらは「観察対象」であり、「娯楽」であり、「確認事項」の一つに過ぎない。

 

「私も同じようなものです」

 

 肩をすくめる。

 

「明確な理由があって、ここに来たわけではありません。なんとなく来て、なんとなく入っただけです」

 

 淡々と、事実だけを並べる。

 

「ですから、強いて言えば……」

 

 一拍置いて。

 

「娯楽、でしょうか」

 

 少女は、数秒ほど黙り込んだ。

 

 赤い瞳が見開かれ、

 次の瞬間――。

 

「ク……クク……」

 

 喉を鳴らすような笑いが漏れ。

 

「あーっはっはっはっはっは!」

 

 堰を切ったように、甲高い笑い声が広間に響き渡った。

 赤い壁がそれを反射し、空間全体が揺れる。

 

「なるほどね! パチェがおすすめするわけだわ!」

 

 その笑いと共に、先ほどまで空間を支配していた張り詰めた威圧感が、嘘のように消えた。

 重力が、戻る。

 

 少女はふわりと降下し、音もなく床に着地する。

 私と同じ高さまで来て、距離は数歩。

 

「ごめんなさいね?」

 

 そう言って、目尻に浮かんだ涙を、指先でぬぐう。

 

「試すような真似して」

 

 声は、先ほどまでとは打って変わって落ち着いている。

 

「……つまり」

 

 私は、慎重に言葉を選ぶ。

 

「最初から、私がなぜここに来たのか、わかっていた……そういうことですか?」

 

 なんなら、

 私が何者かも、把握しているだろう。

 

「ええ、そうよ」

 

 少女はあっさりと肯定した。

 

「あなたが倒したパチュリーから、あなたのことを聞いたの」

 

 その名が出た瞬間、私は内心で小さく頷いた。

 

「地獄から、上級悪魔が幻想入りしたって」

 

 赤い目が、じっと私を見据える。

 

「それでね。私を差し置いて悪魔を名乗るなんて、どんなやつなのか気になっちゃって」

 

 声には、もう揺らぎはない。

 冷静で、観察者のそれだ。

 

「試してみたら……」

 

 肩をすくめる。

 

「なんだか拍子抜け」

 

 率直すぎる感想。

 

「もっと暴力的で、血気盛んかと思ってたのに。思ったよりスッキリしたやつが来たし、やけに胡散臭いし」

 

 言葉を選ばない。

 

「正直、想像と全然違って、驚いちゃった」

 

「なるほど」

 

 私は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「確かに、現世で“悪魔”と聞けば、そういったイメージを抱かれがちですね」

 

 肩の力が、少し抜ける。

 

「実際、そういう悪魔の方が多いのも事実です」

 

 そして、わずかに笑う。

 

「……まあ、私も血は好きですが」

 

 その一言で、少女の表情が変わった。

 

「へえ?」

 

 赤い瞳が細まり、

 小さな牙が覗く。

 

「私の前で言うってことは……そういうこと?」

 

 空気が、ほんの少しだけ緊張を取り戻す。

 

「ええ、そういうことです」

 

 私は否定しない。

 

「悪魔が皆そう、というわけではありませんが」

 

 淡々と続ける。

 

「私は人肉が好きでしてね。特に、小指が」

 

 少女は一瞬、ぽかんとした顔をした後、肩を揺らして笑った。

 

「なかなか変わってるね」

 

 軽い調子で。

 

「私は血液専門だから、なんとも言えないけど」

 

「それは、実にもったいない」

 

 私は真顔で言った。

 

「ぜひ一度、試してみてください。独特の風味と、癖のある味がたまりませんよ」

 

 赤い広間に、奇妙な沈黙が落ちる。

 

 二人の間に流れる空気は、敵意でも友好でもない。

 ただ――互いを測り、楽しんでいる、それだけだった。

 

「それで?」

 

 私は、手の中でマイクをくるりと回しながら問いかけた。

 金属製の筐体が、わずかに光を反射する。

 この場においては無意味とも言える癖のような動作だが、私にとっては呼吸と同じだ。

 

「娯楽は、提供していただけるのでしょうか?」

 

 声は落ち着いていた。

 挑発でも、媚びでもない。

 ただの確認だ。

 

 指先を顎に当て、考え込む仕草。

 

「んー?」

 

 間延びした声。

 それだけで、場の緊張が緩む……ようでいて、実際には別の種類の圧が生まれる。

 

「娯楽……娯楽ねぇ……」

 

 視線が、私をなぞる。

 頭の先から足元まで、じっくりと。

 

「あなた、戦闘は好き?」

 

 まるで、雑談の延長のような軽さだった。

 

 しかし、その問いが持つ意味は軽くない。

 この幻想郷で、「戦闘が好きか」と問われることは、遊びの誘いであると同時に、存在価値の確認でもある。

 

「それなりには」

 

 私は即答した。

 

「……もしかして、あなたと戦うんですか?」

 

 そうであれば、話は早い。

 相手が誰であれ、覚悟を決めるだけだ。

 

 体の奥で、影が静かに蠢く。

 呼応するように、感覚が研ぎ澄まされていく。

 

「いいえ」

 

 少女は、あっさりと首を振った。

 

「私の従者と戦わせようかなって思って」

 

 その言葉は、拍子抜けするほど軽く投げられた。

 

「私ね、自分で戦うのも好きだけど」

 

 一歩、後ろに下がる。

 ドレスの裾が、床をなぞる。

 

「自分の従者が戦ってるのを見るのも、同じくらい好きなの」

 

 赤い目が、楽しげに細まる。

 

(……なるほど)

 

 私は、内心で小さく息を吐いた。

 

 直接相手をするほどでもない。

 だが、無視するほどつまらなくもない。

 

 そういう位置づけだ。

 

「従者、ですか……」

 

 声に出すと、わずかに棘が混じった。

 自覚はしている。

 

 戦う相手を“選ばれる”ことに対する、微かな不快感。

 

「その方は、パチュリーという魔女よりも強いのですか?」

 

 提案されている立場である以上、露骨な拒絶はしない。

 だが、確認は必要だ。

 

 少女は、また少し考える素振りを見せた。

 

「うーん……どうだろ」

 

 指先をくるくると回す。

 

「時と場合による、かな」

 

 そして、曖昧に笑った。

 

「要は、トントンってとこ」

 

 その言い方が、逆に厄介だった。

 

 圧倒的に上でも下でもない。

 つまり、実力が読めない。

 

「なるほど」

 

 私は頷いた。

 

「それなら……まあ、楽しめそうですね」

 

 完全に勝てるとも言えず、

 完全に負けるとも言えない。

 

 最も“娯楽”として厄介なライン。

 

「でしょ?」

 

 少女は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、試合決定ってことで」

 

 そう言うと、彼女は小さな手を――

 

 二回、パン、と叩いた。

 

 乾いた音。

 それだけ。

 

 ――しかし。

 

 次の瞬間、空間が歪んだ。

 

 いや、歪んだという表現すら正しくない。

 歪みも、揺らぎも、前兆もなかった。

 

 ただ、そこに“現れた”。

 

 少女の横。

 いつの間にか、銀髪のメイドが立っていた。

 

 音もなく、風もなく、魔力の波動すら感じさせずに。

 

 まるで最初からそこに存在していたかのように。

 

「……」

 

 私は、言葉を失った。

 

 空間魔術?

 超高速移動?

 

 違う。

 

 断じて、違う。

 

 私は普段、ワープを多用する。

 空間を裂き、影に沈み、座標を越える。

 

 だからこそ、断言できる。

 

(これは……ワープじゃない)

 

 移動した、という感覚が存在しない。

 “現れた”というより、“最初からいた”という感覚に近い。

 

 それは、概念的な差異だ。

 

 背筋を、冷たいものが走る。

 

 このメイド――

 ただ者ではない。

 

 少女は、そんな私の反応を楽しむように、シャンデリアへと軽やかに跳び乗った。

 金属製の装飾の上に腰を下ろし、足をぶらぶらと揺らす。

 

「じゃ、始めていいわよ」

 

 観戦者の位置。

 

 完全に、余裕。

 

 銀髪のメイドは、無言のままこちらを見ている。

 表情は薄く、感情の起伏が読み取れない。

 

 ただ、視線だけが――鋭い。

 

 私は即座に判断した。

 

 舐めてかかっていい相手ではない。

 

 影が、足元から立ち上がる。

 触手のように、体の周囲を巡る。

 

 感覚を最大まで張り詰め、

 世界を細分化する。

 

 マイクを握る手に、力がこもる。

 

 銀髪のメイドは、一歩も動かない。

 構えも見せない。

 

 まるで、「いつでもどうぞ」と言わんばかりに。

 

 頭上では、吸血鬼の幼女がシャンデリアに座り、愉快そうにこちらを見下ろしている。

 

 赤い広間。

 三者三様の位置取り。

 

 空気は、完全に戦闘前のそれだった。




ジャン・ピエール・アラスター

「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

つるぺた幼女が手を叩いたと思ったらいつの間にかやつの横にメイドが現れた!

な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何が起きたのかのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった…

催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ…

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
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