アラスター、幻想入りする   作:まったり愛好家

2 / 15
コメントが付いたぞー!嬉しいー!めっちゃ描くぞー!


第二話 自己紹介をしましょう

(……はあ。この世界の宗教観は、やはり独特なんでしたっけ)

 

 私は、畳の目をぼんやりと眺めながら、内心でそう息を吐いた。

 神、妖怪、付喪神。

 どれも私の知る概念とは微妙に、あるいは致命的にズレている。

 

(ならば、私が持っている宗教や神話の知識から想像しても、意味はありませんね)

 

 無理に理解しようとすればするほど、齟齬が広がるだけだ。

 ここは一度、この世界の理屈をそのまま飲み込むしかない。

 

 そう結論づけた私は、付喪神という存在について深く追及するのをやめ、話の続きを促すことにした。

 

「……さきほど言っていましたね」

 

 私は顔を上げ、霊夢を見る。

 

「忘れ去られたものや、行き場をなくしたものが流れ着く、と。それは一体、どういう意味なんですか?」

 

 霊夢は少しだけ目を伏せ、指先で机の縁をなぞった。

 考えを整理する時の癖なのだろう。

 

「それはね」

 

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「分かりやすく言うと……誰からも“覚えてもらえてない”状態のことよ」

 

「覚えてもらえていない、ですか」

 

「ええ」

 

 霊夢は頷く。

 

「単純に忘れ去られていたり、正しい情報よりも間違った情報の方が主流になっちゃったり。あるいは、最初から“なかったもの”として扱われたり……そういう存在ね」

 

 その語り口は淡々としているが、どこか諦観が混じっているようにも聞こえた。

 

「そうやって、外の世界で居場所を失った存在が流れ着く先。それが幻想郷なの。で、そういう経緯で入ってきた人間のことを、外来人って呼んでるわ」

 

 私は、ゆっくりと息を吸った。

 

「なるほど……」

 

 頭の中で、いくつかの可能性が繋がっていく。

 

「つまり、私も……そうであると?」

 

 問いかけると、霊夢は肩をすくめた。

 

「まあ、そうなんじゃない?」

 

 軽い調子で言う。

 

「だって、それ以外でここに来ようと思ったら、結界を抜けなきゃいけないもの」

 

「結界?」

 

 また、知らない単語だ。

 

 私が眉をひそめるのを見て、霊夢は「ああ」と小さく声を上げた。

 

「幻想郷はね、“博麗大結界”っていう結界で、外の世界と隔てられてるの」

 

 そう言って、指で円を描く。

 

「だから普通の人間は簡単には入ってこられないし、逆にこっちの存在も外には出にくい。お互いを隔てる、大きな境界線みたいなものね」

 

 私は黙って聞いていた。

 

「その結界の管理をしてるのが――私」

 

 霊夢は、親指で自分を指した。

 

「博麗神社の役目ってわけ。つまり」

 

 一拍置いてから、得意げに胸を張る。

 

「私、博麗霊夢が、この幻想郷のバランスを保つ担当ってこと。……まあ、面倒だけど」

 

 最後の一言で、どこか投げやりな雰囲気が混じる。

 

「なるほど」

 

 私は静かに頷いた。

 

「つまり、あなたがこの世界の管理人……あるいは、調停者のような存在というわけですか」

 

 そう言うと、霊夢は少しだけ鼻を鳴らした。

 

「まあ、そんな感じね」

 

 私は、この少女が自分を助けた理由を、ようやく理解した気がした。

 この幻想郷において、外来人は放置できない存在なのだろう。

 

「博麗霊夢……」

 

 私は、その名を口に出して確かめる。

 

「というんですね?」

 

「あ、そういえば」

 

 霊夢は、ぽんと手を打った。

 

「自己紹介、まだだったわね」

 

 そう言って、立ち上がる。

 

「私の名前は博麗霊夢。幻想郷の管理をしている、楽園の素敵な巫女よ」

 

 ご丁寧にも、くるりと一回転し、両手を広げるようなポーズまで取ってみせた。

 

 ……正直なところ、場違い感がすごい。

 

 私は内心でわずかに引きながらも、礼儀として自分も名乗ることにした。

 もちろん、悪魔としての正体は伏せる。

 

「では、私からも自己紹介を」

 

 私は背筋を伸ばす。

 

「私はアラスター。アメリカ合衆国、ルイジアナ州出身のラジオパーソナリティです」

 

 生前の肩書き。

 この姿である以上、嘘ではない。

 

「アメリカ合衆国……?」

 

 霊夢は首を傾げた。

 

「ちょっと聞いたことないわね。どこ?」

 

(……アメリカを知らない、ですか)

 

 私は内心で少し驚いた。

 

(ここは……相当な田舎、ということなのでしょうね)

 

 そう結論づけ、簡潔に答える。

 

「ここから、ずっと東の国ですよ」

 

「ふーん」

 

 霊夢は深く考えない様子で頷いた。

 

「まあいいわ。じゃあ、自己紹介も済んだし、続きを話すわね」

 

 そう言って、再び座布団に腰を下ろす。

 

「幻想郷に住んでるやつはね」

 

 霊夢の声が、少しだけ低くなる。

 

「大体が、ろくなやつじゃないのよ」

 

「……と、言いますと?」

 

「いたずら好きとか、物を盗むとかなら、まだ可愛い方」

 

 彼女は指を折りながら数える。

 

「でも、人を食べるようなやつだって、大勢いるわ」

 

 その言葉に、私は表情を変えずに聞き入った。

 

「そういう連中のことを、まとめて妖怪って呼んでるの」

 

「妖怪……さきほども言っていましたね」

 

「ええ」

 

 霊夢は頷く。

 

「で、その妖怪たちが、時々“異変”ってのを起こすのよ」

 

「異変?」

 

「幻想郷全体に影響を及ぼす、一種の災害みたいなものね」

 

 霊夢は、横に置いてあったお祓い棒を手に取り、軽く掲げた。

 

「そして、それを解決するのも、私の役目」

 

 なるほど。

 

「あなたの役目、ですか」

 

 私は首を傾げた。

 

「失礼ですが……あなたは、まだ子供でしょう?」

 

 道徳的な憐憫ではない。

 純粋な疑問だ。

 

「それほど大規模な問題を、なぜあなた一人で?」

 

 霊夢は、即座に答えた。

 

「簡単よ」

 

 胸を張る。

 

「妖怪が強くて、普通の人間じゃ手が出せないから」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「私は妖怪より強い。だから私がやる。それだけ。単純でしょ?」

 

 ……確かに、単純だ。

 

 私を襲ったあの少女――明らかに人外の存在を、汗一つかかずに退けたのだ。

 この霊夢という巫女が、相当な実力者であることは疑いようがない。

 

(悪魔だった私と……いったい、どちらが強いのでしょうね)

 

 そんな不毛な比較が、頭をよぎる。

 

「それで」

 

 私は、話を元に戻した。

 

「弾幕、という言葉についてですが」

 

「弾幕ね」

 

 霊夢は頷く。

 

「まあ、私たちの使う戦闘形式みたいなものよ」

 

「戦闘形式……?」

 

「幻想郷での争いは、基本的に“スペルカードルール”っていう決まりに従って行われるの」

 

 霊夢は、淡々と説明する。

 

「力のあるやつ同士が本気でやり合ったら、里が吹き飛ぶでしょ? それを防ぐための……まあ、喧嘩の作法ね」

 

「スペルカードっていうのは、自分の技に名前を付けて宣言する奥の手のこと。ただ撃てばいいってものじゃない」

 

 彼女の声には、どこか誇りが滲んでいた。

 

「どんな弾幕を、どんな美しさで、どんなルールの中で展開するか。それが重要なの。強さだけじゃなくて、芸術点や発想も勝負のうち」

 

「……戦いに、芸術ですか」

 

「そうよ」

 

 霊夢は当然のように言う。

 

「当たれば一本、避けきればセーフ。致命傷を与える攻撃は禁止。勝負はあくまで弾幕ごっこ」

 

 私は黙って聞いていた。

 

「だから、実力差があっても誰にでも勝つチャンスがある。理不尽だけど、そこが公平なの」

 

「それに、このルールがあるから」

 

 霊夢は少し声を落とす。

 

「妖怪は無闇に人間を襲えないし、人間も妖怪を必要以上に傷つけずに済む。共存のための妥協点、ってところね」

 

 ……共存。

 

「正直、面倒だけど」

 

 霊夢は肩をすくめる。

 

「これがなかったら、幻想郷はとっくに崩壊してるわ」

 

 一通りの説明を、私は黙って聞いていた。

 

 大体の仕組みは理解した。

 だが、一つだけ、どうしても引っかかる点がある。

 

「……人間と妖怪は」

 

 私は、慎重に言葉を選ぶ。

 

「共存、しているのですか?」

 

「してるわ」

 

 霊夢は即答した。

 

「まあ、人間側はそう思ってないでしょうけど」

 

「どういう意味です?」

 

「妖怪はね」

 

 霊夢は、静かに語る。

 

「伝承や噂が形を持った存在なの。だから、人間からの恐れや恐怖がないと、存在を保てない」

 

「だから、無闇に人間を殺せない。でも、恐怖は必要」

 

 彼女は淡々と言った。

 

「だから、生かさず殺さず。人間の数を保ってるってわけ」

 

 ……なるほど。

 

 私は、内心で納得した。

 

(人間を……家畜のように、里に閉じ込めている)

 

 治安は、地獄よりはマシだ。

 だが、決して良いとは言えない。

 

(……素晴らしい)

 

 私の胸の奥で、何かが静かに、しかし確実に高鳴った。

 

(これは、いいですよ)

 

 平和で退屈な世界かと思っていた。

 だが違う。

 

(なんとも……ギリギリのバランスで成り立っていますね)

 

 秩序と混沌。

 共存と搾取。

 表向きの平穏と、内側に潜む歪み。

 

(これは……)

 

 私は、誰にも悟られぬよう、ほんのわずかに口角を上げた。

 

(壊してみたいかもしれませんね)

 

 その考えに、胸が高鳴るのを、私は否定しなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。